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タイトル


 20th Love 「カラスの中身」


 床に落ちていたカラスは、既に事切れていた。ライトニングアロー自体は光なので殺傷能力はないはずだが、少しパワーを強くし過ぎたのか、カラスの体を貫く結果となってしまったため、死んでしまったのだろう。言わばレーザー光線のようなものだ、と透子は考えた。
 どうしてカラスが巳弥を襲ったのだろうと思っていると、巳弥が透子に弱々しい声で話し掛けてきた。
「あの、藤堂院さん、信じて貰えるかどうか分からないんだけど・・・・そのカラス、喋ったの。『宝玉を渡せ』って」
「信じるわよ。こんな状況だもの、ゴボウが喋ったって聞いても信じるわ」
 透子はカラスの息がないことを確認して「お布団出すから、手伝って」と言った。
(そう言えばあのカラス・・・・ひょっとしてあの夜、公園にいた?)
 気を失った露里を3人がかりで布団に寝かせ、こちらも意識のないミズタマとチェックの怪我の手当をして、破損した家の修理を手分けして魔法で済ませ、ようやく一息ついたゆかり、透子、巳弥。
 とりあえずは偽物の宝玉で場を凌いだが、いつ本物ではないと気付かれるか分からない。おそらく三姉妹は見ただけでは分からないだろうと透子は思っていた。
「あのカラスだけど」
 巳弥が裏口の方を見ながら発言した。
「ワンちゃんと同じように、誰かがカラスの体を借りて私を襲ったのかしら」
「もしくはワンちゃんから出て来た彼みたいに、あのカラスが本体かもしれないわ。もしあのカラスの体が借り物だとしたら・・・・」
「だとしたら?」
「その当人はどこへ行ったの? 一緒に死んだの?」
「また魂だけが抜け出して、どこかに逃げたってこと?」
「かもしれない。あのワンちゃんに入ってた人かもよ? 今度はカラスに乗り移ってきたのかも」
「それはないわ」
 キッパリと言い切る巳弥。
「どうして?」
「・・・・理由を聞かれたら困るけど・・・・雰囲気というか、印象というか・・・・」
「そりゃあ、仔犬とカラスだから受ける雰囲気は違うでしょ」
「それは・・・・」
 何と言っていいか分からず困る巳弥に、透子はそれ以上突っ込まなかった。
「ところで、ゆかり」
 透子は、ずっと寝ている露里の傍を離れずに座っているゆかりの腕をぷにっと突付いた。
「ふえっ?」
「先生に、何て説明するつもり?」
「もう本当のことを言うしかないよ」
「確かに、ね。これだけ巻き込んだら誤魔化しようがないもんね。そうだ、魔法で何とかならない? 宝玉の秘密を守る為だったら魔法が承認されるよ、きっと」
「駄目だよ、ミズタマが言ってた。人の心を操作する魔法は禁じられてるんだって」
「ふぅん・・・・」
(禁じられてるってことは、不可能じゃないってことね)
「ねぇねぇ、ゆ・か・り」
「な、なによぅ」
「先生の、どこがいいの?」
「ふぇ・・・・」
「いいのかなぁ、先生と生徒、禁断の恋」
 たちまち真っ赤になるゆかりを見て、ますます面白がる透子だった。
「え、そうなの? そう言えば、そんな雰囲気・・・・」
 巳弥は反応が真面目なだけに、洒落にならない。
「でもさ、先生っていつもこうしてあたしたちが看病してない? 助けに入ってるつもりで、いつも助けてるのはこっちだよね」
「・・・・仕方ないよ、先生は魔法を使えないもん」
 ちょっと怒った顔で透子を睨み返したゆかりは、頬を膨らませた。
「でも、助けようとしてくれる、それだけで嬉しいの」
「今の、おのろけ・・・・?」
 また巳弥がストレートに問う。
 恥ずかしがるゆかりに、透子はすすっと近付いて耳元で囁いた。
「でも、いつまでもこうしていられないんだよ。今のゆかりは、ゆかりじゃないんだから」
「・・・・分かってるよ」
 分かってはいるのだが、ゆかりは今の生活が終わることを考えないようにしていた。今の露里との関係も、巳弥との関係も、学校の生活も、全て大切な宝物だった。
 露里の隣には魅瑠にボコボコにされて気を失ったまま眠っているミズタマとチェックがいた。怪我のほうもかなり傷が深く、魅瑠の爪にやられたと思われる。トゥラビアへのゲートは彼らだけが知っているので、彼らが目覚めるまでトゥラビアに宝玉を持ち帰ることは不可能だった。傷の方はマジカルアイテムの魔法で治療が可能だ。
「とにかく宝玉は預かることにして、先生も目が覚めるまでここに寝かせておくしかないわね。ゆかりのお父さんって、いつ帰って来るの?」
「明日の夜だけど」
「それまでには起きるでしょ。お父さんが帰ってきて先生がいたら、大変だもんね。『俺がいない間に娘と2人っきりで何をしている〜!』って」
「透子、変なこと考えないで・・・・」
 この後、透子は芽瑠の事を思い出して待たせてあった場所に行ったが、人影はなかった。
(姉貴が持って帰った宝玉を見て、あの子・・・・水無池芽瑠はどう思うのかな。やっぱり壊そうって考えるのかな・・・・とにかくそんな偽物より、こっちの本物が問題ね。ミズタマ君もリチャードも寝てるし、今夜あたりが最後のチャンスかも)

 アパートに帰ってきた水無池三姉妹。魅瑠は一生懸命カラスの姿を探したが、どこにも見当たらなかった。
「何をキョロキョロしてるの? 姉さん」
「ああ・・・・」
 魅瑠はしつこく外を見回していたが、やがて諦めて部屋に入った。
「おお、帰ったか」
 奥から迅雷の声が聞こえた。
「迅雷、こっちにカラスがこなかったかい?」
「はぁ? 帰って早々、何を言ってるんだ」
「来てないのか?」
「来るかよ、そんなもん」
「・・・・そうか」
「一体どうしたの、姉さん」
 芽瑠は背中の萌瑠をそっと布団の上に降ろした。どうやら気を失ったついでに寝てしまったようだ。スースーと軽い寝息を立てていた。
「萌瑠、どうしたんだ? 寝たのか?」
「え? あ、うん、そうなの。それより姉さん」
「ああ、実はね・・・・」
「おい、それ宝玉じゃないか! いてててっ」
 魅瑠の持っている宝玉を見て、迅雷が叫ぶ。急に体を起こしたので、背中に痛みが走った。
「あぁ、手に入れたよ、宝玉」
「そうか・・・・」
(くそぅ、結局先を越されちまったか。元はと言えば、俺様が場所を突き止めたっていうのに!)
 手柄を横取りされた、という気持ちがあることは否めない。手柄を立てれば憧れの紅嵐の弟子にグっと近付く。迅雷にとって「無の玉」はその絶好のチャンスだったのだ。魅瑠には「先生に良く思われたい、誉められたい」という目的しかない。迅雷は「そんな目的なら手柄を譲ってくれ」と言おうとしたが、譲られたところで自分は受取ったりしないだろうと思った。いつか実力で弟子になる、それが彼の目標だった。
「それより姉さん、カラスって何なの?」
「そうそう、実はね、先生に会ったんだよ!」
「何っ?」
「本当!? どこで?」
「私がここを出てすぐさ。迅雷と同じように、カラスの体を借りていた」
「何か話したの?」
「いや、だけど雰囲気で分かったよ、先生だってね」
「そう思っただけかよ、だったら勘違いかもしれないな」
「何だって、迅雷! 私が先生を間違うわけないじゃないか! あれは確かに先生だ、話さなくても分かる!」
 噛み付きそうな勢いで反撃された迅雷は「そ、そうか」と引き下がった。
「なら、先生はどこへ行ったの?」
「てっきりここに来ていると思ったんだけどね」
 それからしばらくコーヒー等を飲みながら待ってみたが、カラスが現れる気配はなかった。
「やっぱりただのカラスだったんじゃ・・・・」
「先生だって言ってるだろ!」
 芽瑠のセリフを途中で遮り、魅瑠は立ち上がった。
「どこへ行くの?」
「探しに行く!」
「待ってよ、姉さんの言うことは信じるから、待っていようよ」
「何かあったのかもしれない。事故に遭ったり、犬に襲われたり、保健所に捕まったり・・・・」」
「先生だったら大丈夫よ」
「・・・・」
「先生を信じましょう」
「・・・・そ、そうだな。先生なら、大丈夫だ」
 芽瑠の言葉で落ち着きを取り戻した魅瑠は、再び腰を下ろした。
「ひょっとしたら、もうイニシエートに帰ったのかも」
「ちょっと様子を見に来ただけってことか?」
「どうして話をしなかったのよ、姉さん」
「だって・・・・恥ずかしいじゃないか。久々の対面なんだから」
 魅瑠の口から「恥ずかしい」という言葉が発せられるとは想像も出来なかった迅雷は、思わず吹き出してしまった。
「何がおかしい、迅雷」
「あ、いや、何も。そうか、先生がこっちに来たってことは、俺が通ったゲートから更に改良が加えられたってことだな。あの時は先生の魂は大き過ぎて通れなかったんだからな」
「先生の飽くなき探究心の賜物なのね」
 うっとり、という感じで遠くを見ている魅瑠。迅雷は何だか別人を見ているかのような錯覚に陥った。
(恋は人を変えるってのは本当なんだな。変わり過ぎて気持ち悪いが)
 手柄を取られた迅雷だが、そんな魅瑠を見ていると「良かったんじゃないか」という気持ちになる。
(恋か・・・・)
 迅雷の頭に巳弥の顔が浮かぶ。
「うおっ」
「どうした、迅雷」
「い、いや、ちょっと背中が疼いて・・・・」
(駄目だ駄目だ、俺はどうしちまったんだ? もうあの子には会えないんだ、このまま宝玉を持って、こいつらと故郷に帰る、それでいいんだ)
「お前ら、いつその宝玉を持って帰るんだ? 何なら明日にでも・・・・」
「でも迅雷君、私たちはゲートの位置を知らないわ。案内して貰わないといけないんだけど、そのためには、あなたが回復するまで待っていないと・・・・」
「そんな悠長なこと言っていられないよ、芽瑠」
 魅瑠が慌てて口を挟んだ。
「すぐにでも持って帰りたいんだ、私は」
「でも・・・・それなら迅雷君、ゲートの位置を地図か何かに書いて、教えてくれる?」
「おう、まかせろ」
 芽瑠が迅雷に紙とペンを渡して数分後、2人は彼の書いた地図を拝見した。
「・・・・やはり回復を待つしかないわね」
 軽く溜め息をつく芽瑠。
「どういう意味だ!?」
「迅雷君、これは地図ではないわ。地図とは本来、その場所を知らない人にも方角や目的地が見て取れるものでなければならないのよ。分かってる?」
「分かるだろうよ、それで」
「仕方ない、私が迅雷を背負っていくか。それで案内させよう」
 そんな魅瑠の言葉に反抗する迅雷。
「女に背負われるなんて格好悪いのは嫌だ」
「そんなこと言ってる場合かい!?」
「そうか、お前、女じゃないもんな」
「どこから見ても女だろ!? ほれ、見えないのかい、これが!」
 魅瑠は寝ている迅雷の顔の上で豊満なバストをゆっさ、ゆっさと揺らした。
「わ、分かったからやめろ・・・・」
「あ、迅雷君、照れてる」
「ち、違う。挟まれて窒息死させられたら嫌だからな」
 芽瑠にからかわれ、そっぽを向く迅雷。
「そんなことするか! あぁ、先生さえいてくれたら、すぐにでも帰れるというのに」
「方法がないわけではないぞ」
 ふてくされたような言い方の迅雷。画力をけなされたことに怒っているようだ。
「俺がもう一度、魂化すればいい。それで、誰かの体を借りてゲートまで案内する。魂になれば傷の痛みもないだろう」
「それだよ、迅雷! 頭いいじゃないか! 早速お前が入る為の犬を連れてきてやる」
「何でまた犬なんだ!?」
「気に入ってそうだったじゃないか」
「ちょ、ちょっと待って2人共」
「何だい、芽瑠」
「落ち着いて。『魂化』なんて高等技術、迅雷君は使えたっけ?」
 芽瑠の言葉に固まる迅雷。
「おお、俺がこっちに来た時は、先生にやってもらったんだっけ」
「やっぱりお前、馬鹿!」
 パシ、と魅瑠は迅雷の頭を叩いた。なかなかいい音がした。
「痛ぇな! お前だって似たようなもんだろうが!」
「あぁ、結局私たち、先生がいないと何もできないんだねぇ・・・・」
 落胆する魅瑠であった。

 透子は芽瑠に「自分たちは猫又である」と聞かされたことを、ゆかりたちに話そうかどうか迷っていた。芽瑠に会ったことは秘密にしたかったし、ゆかり達が知ったところでどうなるものでもないという考えもあった。
「ねぇ、藤堂院さん」
 巳弥が恐る恐る裏口の方を覗き込みながら言った。
「あのカラス、どうするの・・・・? 気持ち悪いよ」
「そうねぇ、どうしよう。あたしだって気持ち悪いし」
 と、自分で殺っておいて無責任なことを言う。
「先生が起きたら捨てて貰おうよ、男なんだし」
「でも、いつ目覚めるか・・・・カラスをあのままにして寝るのって、気持ち悪くない?」 「・・・・出雲さん」
「え?」
「あなた、結構喋るんじゃない。もっと無口で愛想のない人だと思ってたわ」
「・・・・」
「あ、気に障ったらごめんね」
「ううん、別に」
 俯いたまま黙ってしまった巳弥を見て「余計な事を言ったな」と反省する透子だった。学校で誰とも口をきかない巳弥と、こうしてお喋りをする巳弥、どちらが本当の彼女なのだろうか。透子は思った。
「ん・・・・」
 低いうめきと共に、露里の手が動いた。それを見たゆかりは彼の手を取って「先生!」と呼びかけた。
「ん・・・・姫宮・・・・?」
 ゆかりの顔を見た途端、突然起き上がる露里。素早く辺りを見回す。
「あいつは!? どこへ行った!?」
「敵ならもういないよ、先生」
 露里の腕を持って、安心させるようにゆかりは優しい声で言った。
「そ、そうか・・・・俺、また助けられたな」
「また?」
「やっと確信したよ。この前は夢だとか言われてその気になっていたが、学校で俺が怪我をさせられたのも、今日のあいつになんだな? あれはやはり本当にあったことなんだな?」
 真剣な目で迫る露里に、ゆかり達は本当のことを話し始めた。但し、ゆかりと透子が本当は大人だということは言わなかった。
「宝玉・・・・そんな物を、お前達は守っているというのか」
 半信半疑ながら、事実であることを認めざるを得ない露里。
「俺になにか出来ることはないのか? お前たち子供には危険過ぎる」
「いえ・・・・出来ることって、別に・・・・」
 と言いかけたゆかりに、透子が割って入った。
「これから先生には色々とお世話になるかもしれません。特に学校のこととか」
「学校のこと、か?」
「ええ、例えば今日の集団エスケープを上手く学校側に説明して下さるとか、状況によっては、学校を突然休まなければならなくなるかもしれませんので、そのフォローとか。あとは忙しくてそれどころではなくなったら、宿題を免除して頂くとか・・・・」
「そ、そうか、難しいな、なかなか」
 そう言って頭をかく露里だった。何気なく時計を見ると、既に0時を回っている。
「おっと、もうこんな時間か。長い間、寝ていたんだな。明日は学校があるので、これで失礼する。お前達は・・・・どうする?」
「私たちは宝玉から目を離せないので、学校に行くのはちょっと・・・・出雲さんはどうするの? あの三姉妹は多分、偽物の宝玉を持って帰ったから学校にはもういないとは思うけど・・・・もしすぐに偽物だってことがバレてしまったら、あなたも危ないわ。宝玉の在りかを知っているんだから」
「うん・・・・そうね」
「しかし、今日のエスケープ組がみんな休むとなれば、俺も何てフォローすればいいのか・・・・言い訳ができないぞ」
 露里の言い分ももっともである。だがゆかりたちの事情を聞いた後では「何とかしなければ」とも思う。「何かできることはないか?」と言った手前、無下に断ることもできない。そんな露里を見て、ゆかりが助け舟を出した。
「だったら、透子はここにいて。ゆかりと巳弥ちゃんは学校に行くよ。何かあったら、ゆかりが巳弥ちゃんを守るから。透子1人なら風邪ってことにすればいいよ」
「姫宮・・・・先生、そうしてくれると助かるな」
「あ〜あ、先生のことになると張り切るのね、ゆかり」
「そ、そんなんじゃないもん」
 またまた耳まで真っ赤になるゆかりだった。その照れを隠すように「布団を敷いてくる」と言って2階へ駆け上がった。巳弥は学校へ行く用意を持って来ていないので、明日の朝、少し早く出て巳弥の家に寄ってから登校することにした。
「うわ・・・・」
 2階の自分の部屋に入ったゆかりは、部屋の様子を見て愕然とした。
 割れたガラス、倒れた本棚、砕けた花瓶、そしてミズタマかチェックのものだろう、血がベッドに飛んでいた。その傍らには、彼らのマジカルレシーバーが落ちていたが、これもやはり壊れてしまっていた。
「魔法で修理しようっと。お願い、孫の手」
 これは宝玉を守る任務とは違うだろうと思ったゆかりは、孫の手に頬擦りして頼んでみた。
「みにみにすか〜と、ふりふりふりる! ぱんちらた〜んで、はぁとをげっと!」
 孫の手から放出された光がゆかりの部屋全体を包み、凄惨な状況が元通りになってゆく。ゆかりはその後で、透子と巳弥のために布団を用意した。と言っても夏なので、あまり大層なものではなく、薄い敷布団とシーツだけで事は足りた。用意を済ませたゆかりが1階に降りていくと、露里が立ち上がるところだった。
「先生は帰るから、気をつけるんだぞ」
(先生、もう帰っちゃうんだ・・・・ゆかり、もっともっとお話ししたかったな)
 そう思ったが、引き止めることも出来ずに手を振るゆかり。
「そうだ、先生」
「何だ、藤堂院」
「ちょっと、お願いが・・・・」
「ん?」
 透子は露里に、裏口にあるカラスの死体を片付けて欲しいとお願いした。露里も嫌なお願いではあったが、女の子にさせるわけにはいかないと思い、気持ち悪いながらも何とか死体をゴミ袋に入れて外に出した。運良く明日はゴミの日だったので、朝には清掃の人が片付けてくれていることだろう。
(うっ・・・・?)
 ゴミ捨て場にゴミを出して姫宮家に戻ろうとした露里は、軽い目眩を覚えた。頭も少しクラクラする。
(どうしたんだ・・・・)
 頭が重い。手足の力が抜けるような感覚が襲う。露里は何とか踏ん張ると、壁に手をついて息を吐いた。
(息が苦しい・・・・風邪でもひいたか?)
 それを見たゆかりが、玄関から走ってきた。
「先生、どうしたんですか?」
「いや、大丈夫だ、少し目眩がしただけだ」
「無理しないで、泊まっていった方が・・・・」
「いや、教え子の女の子3人と一緒に同じ屋根の下で一夜を過ごすわけにはいなかいよ」
「でも、1階と2階で寝るんだから、問題ないよ」
「そういうわけには・・・・もう大丈夫だ、ちょっとクラっとしただけだから」
「そう、ですか・・・・」
 心配しながらも、ゆかりは露里が帰るのを見送った。
 姫宮家は女の子3人とウサギ2匹というメンバーになった。狭いながらも、何とか3人で寝られる格好になったゆかりの部屋。透子と巳弥のパジャマを魔法で出そうとしたが、マジカルアイテムは承認してくれなかった。「私はこのままでいいよ」と透子が言ったので、ゆかりのもう1つのパジャマは巳弥が着ることになった。だが、ゆかりは小さいパジャマを1着しか買っていなかったので、当然もう1つとなると・・・・。
「凄く大きいね、このパジャマ」
 というのが27歳のゆかりのパジャマを着た巳弥の感想だった。上着が膝上5cmまであり、ワンピースといった感じである。
「そ、そうね、ちょっとサイズ間違えて買っちゃって・・・・あははは」
 とゆかりは誤魔化したが、それにしては結構着込んでいる感じの肌触りだった。巳弥はあえてその部分を突っ込まずにおいた。
「もう遅いから、寝ようか」
 透子は眠そうな目を擦った。それに反論するゆかり。
「え〜、このシチュエイションは、当然枕投げじゃないの?」
「1人で投げてなさい・・・・」
 透子はスリープモードに入ったため、喋りがスローテンポだった。ゆかりは仕方なくピローシュートを諦め、戸締りや火の始末の確認のついでに「ミズタマたちの様子を見てくる」と言って、1階に下りた。
 ゆかりが部屋を出て行ったのを見て、透子が巳弥に話し掛ける。
「出雲さん」
「・・・・はい?」
「あの宝玉、本当にお父さんの形見なの?」
「お母さんにそう聞かされていたから・・・・でも色々あって、本当はどうなのか分からなくなってきたわ」
「いつから、あなたの家にあるの?」
「私が生まれた時にはあったみたいだけど」
「ふ〜ん。ねぇ、お父さんってどんな人?」
「・・・・」
 その透子の質問に口を閉ざす巳弥。
「答えられない・・・・のかな?」
「答えたくない」
「てことは、何か秘密があるのね?」
「そんなこと・・・・」
 その時ドアが開いて、ゆかりが帰ってきた。
「なになに、何の話?」
「・・・・何でも。さ、寝ようか」
 透子はゆかりの手に宝玉があることに気付くと「持って来たの?」と聞いた。
「1階に置いてると無用心でしょ?」
「そうね、ここにあった方がいいかも」
 ゆかりは転がらないようにクッションの上に宝玉を置くと、ベッドに入った。それを確認して、透子は部屋の明かりを消した。

 21th Love へ続く



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