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18th Love 「萌瑠のホンキ」
一方、姫宮家は鍋もたけなわだった。
「ふう、お腹いっぱい」
そう言えば、家に友達を呼んで食事をするのって久し振りだな、とゆかりは思った。いつもは父と二人で淋しくはないのだが、会話が弾むというわけではない。
(そう言えば、巳弥ちゃんはいつも1人なんだな)
ちょっぴり淋しがり屋のゆかりには、毎晩1人で食事をすることは無性に淋しく感じられる。もし自分が巳弥の立場だったら・・・・。
巳弥があの宝玉を愛しげに見つめていたことを思い出す。
(今の巳弥ちゃんにとって、あの玉が唯一のお父さんの思い出なんだ。そんな大切なもの、取り上げるなんてゆかりには出来ないよ。もしゆかりのお父さんが死んじゃったら・・・・ゆかり、きっと凄く悲しいと思う)
「ここ、湿気多いよねぇ」
いきなり透子が宝玉を持って立ち上がった。それを見て、チェックが慌てる。
「何するんだ?」
「この部屋、湿気が多いから隣の部屋に置こうかと思って。ほら、表面が曇ってるでしょ?」
「そ、そうか」
「そんなに慌てないでよ。持ち逃げとかしないから」
「いや、疑ってるわけじゃないんだ、悪かったな」
「大事な宝玉だもんね」
そう言って宝玉を抱え、歩き出そうとした透子だったが・・・・。
「あっ」
椅子に足を取られ、前のめりになった。その拍子に宝玉が透子の手を離れ、前方にある壁に向かって飛んだ。
「あ〜!」
一同が一斉に声をあげる。
だが宝玉が壁に激突する瞬間、光が宝玉を包んだ。
「あ・・・・」
「肩叩きっ?」
透子のマジカルアイテム「魔法の肩叩き」から光が伸び、クッションのようになって宝玉を守った。光の網に包まれ、ゆっくりと床に落ちる宝玉には、傷1つ付いていなかった。
「よ、良かったぁ」
「ビビったじょ〜」
「気をつけてよ、透子」
胸を撫で下ろす一同・・・・いや、透子を除いた一同。
(無理よ、あんな魔法を瞬時に発動なんて、できっこないわ。しかも、肩叩きの意思で、なんて)
透子は肩叩きを拾い上げた。
(予測してたっていうの? あたしが事故に見せかけて宝玉を壊そうとしたこと。あたしが宝玉を持った時から、既にあの魔法の用意をしていた・・・・?)
肩叩きは何も答えない。
(それでこそあたしのマジカルアイテムよ。結構いいコンビになるかもね、あたしたち。今回はあたしの負けにしておくわ)
「どうして肩叩きを見てニヤニヤしてるの、透子?」
不思議そうに見るゆかりに「お礼を言ってたの」と答える透子だった。
(ちょっと強引な作戦だったかなぁ。でもこうでもしないと、みんな反対するに決ってるもんね。さて別の手を考えないと)
ジリリリ、と玄関先で電話が鳴った。ゆかりが受話器を取ると、相手方は聞き慣れない声で「藤堂院さんいますか」と言ってきた。
(え、どうして透子がここにいることを知ってるの? 誰?)
「えっとぉ、透子は・・・・」
ゆかりがどう答えていいか分からないでいると、透子が顔を出した。
「誰から?」
「んとね、透子に電話」
「あたしに?」
いぶかしみながら電話に出る透子。
「もしもし?」
「・・・・藤堂院さん? 芽瑠です」
「あ・・・・」
「誰から?」
そう尋ねたゆかりに「と、友達から」と答えた。嘘ではない。
「どうしてここに?」
「そこしかないもの」
「・・・・そうね。どうしてここの電話番号を知ってるの?」
「電話帳で『姫宮』っていう家に片っ端から掛けたわ。珍しい苗字だったからあまり時間はかからなかったけど。学校に忍び込んで生徒名簿を見るより早かったかな」
「ご苦労様。用件は?」
「そっちにあるんでしょう? 宝玉」
「隠しても無駄だと思うから言うけど、その通りよ。まさか渡してくれなんて言わないわよね?」
「話がしたいわ、藤堂院さんと」
「あんなことしておいて?」
あんなこと、とは迅雷と水無池姉妹が出雲家を襲ったことを指している。
「早くしないと、姉さんがそっちに行くわ。宝玉を奪いに。姉さん、今度は本気よ」
「へぇ、あの時は本気じゃなかったからあたしたちに負けたっていうの?」
「そうよ」
「・・・・分かったわ。どうすればいい?」
「私がそっちに行っても、トゥラビアの方たちには歓迎されないでしょうから・・・・外で会えない?」
「いいわ」
受話器を置いた透子は、部屋に戻って「ちょっと出掛ける」と言った。
「どこへ行くんだ?」
「お友達が近くに来てるの。会えないかなって言われて。ちょっと行ってくるね」
「これから雑炊するんだけど」
冷蔵庫から卵を取り出しているゆかり。テーブルの上には既に御飯が用意されていた。残っていた具をさらって、鍋も準備OKであった。
「残しておいて。後で食べるから」
「早く帰って来てね」
ゆかりが卵を割りながら透子に声を掛けた。
「くそっ」
一方、出雲家に鍵を壊して侵入した魅瑠。穴の開いた屋根から忍び込もうとした魅瑠だったが、すっかり塞がっていたので仕方なく強行手段に出たのだった。
友達なのだから、と電話の再ダイヤル記録や登録されている番号を探ってみたが、ゆかりの家の番号はなかった。巳弥の部屋に入って手帳などを盗み見たが、手掛かりは何も得られない。
(くそ、どうすれば・・・・)
成すすべなく出雲家を出た魅瑠の前に、1羽のカラスが降りてきた。
「ん?」
大きなカラスだ。普通の女の子なら、怖くて逃げているだろう。だが魅瑠はじっとその目を見た。
「・・・・まさか」
カラスが頷く。そして背中を見せ、ついて来いと言うようにこちらを振り返った。
「はいっ!」
飛び立ったカラスを見失わないよう、魅瑠は必死に走った。少しでも目を離すと、カラスの姿は真っ暗な夜に溶けてしまいそうだった。
姫宮家の近くにある空き地に、透子は立っていた。芽瑠に気付くと、軽く会釈をする。だが暗がりなのでその表情は見えなかった。
「ごめんなさい」
「いいのよ、歩いてすぐだもの」
「違うわ、その・・・・宝玉のこと」
「悲しかったわ、あの時は」
「あの時は?」
「あなたがこうして会いに来たってことは、あの時は本意じゃなかったってことよね。もしくはあたしから宝玉を貰おうと思って来たとか?」
「宝玉は姫宮家にあるの?」
「電話で言ったでしょ、あるって。あなたをおびき出す為の嘘じゃないわ」
「ええ、そうね。藤堂院さんは、どうするつもり?」
「あたしの一存では決められないわ」
「じゃあ、あなたはどうしたいの?」
「粉々にしたいわ。再生不可能なまでにね。文字通り『玉砕』って感じに」
少し間が開いて、芽瑠が「ふふっ」と笑った。
「へん?」
「ううん、私と同じ意見だなって思ったの」
「そう? 良かった」
「3つの内、1つでも欠ければ宝玉は意味を成さない。『陰の玉』も『陽の玉』もただの玉になるわ。そうなれば、争いはなくなる」
「壊した者がどういう目に遭うかは想像したくないけどね。あと、本当に3つ揃わないと意味がないのか、2つでもある程度の力は得られるのか、それも分からないわ」
「・・・・そうね」
イニシエートとトゥラビア、双方が狙う宝玉「無の玉」。仮にどちらかが無の玉を手に入れれば、当然あと1つも手に入れようとするだろう。仮に2つの宝玉だけでも力があるとすれば、その力を手に入れた方がもう片方に攻撃を仕掛け、大きな争いになることは目に見えている。そのためにも、無の玉はどちらにも渡すわけにはいかない、と2人の意見は一致した。
「私たち、第3勢力ってわけね」
「トゥラビアに持ち帰ろうとする者、イニシエートに持ち帰ろうとする者、壊そうとする者。あと1つ勢力があるわ。出雲巳弥がお父さんの形見だって言ってる。ゆかりはそれを応援してるわ」
「形見? だから出雲家に宝玉があったのね。でも、そんなこと」
「有り得なくは無いわ」
透子は芽瑠に、巳弥の父親が宝玉を作った説を説いた。
「でも、出雲さんが所有していると、彼女が危険よ」
「そう。だから彼女にも渡すわけにはいかない。渡すってのは変ね、元々彼女が持っていたわけだし」
「私も姉さんを裏切るみたいで、心苦しいわ。でもこれがベストの選択だと思うの」
(それが姉さんの為でもある気がする。こう言っては悪いけど、紅嵐先生だって宝玉を手に入れてしまったら、何に使うか分からないもの)
確かに紅嵐は優秀な学者で上からの信頼も厚い人物だが、野望を持ったり欲に目が眩まないとも限らない。魅瑠に言えば「先生はそんな人じゃない」と怒られてしまうだろうが。
何より不安なことは、迅雷によれば紅嵐が既にトゥラビアへのゲートを完成させたということだ。今まで互いに行き来の出来ない3つの世界に宝玉が散らばっていた為に、それを巡る争いが起きなかった。その存在すら確かめられない状態で、ただの伝説だと思われていた。ところがゲートの存在によって3つの宝玉が揃う可能性が出て来たのだ。紅嵐がゲートを作ったのは、単に学者としての他世界への、宝玉への興味によるものだけなのか、それとも・・・・。
「水無池さん?」
考えに浸っていた芽瑠は、透子の呼びかけで我に返った。
「あ、ごめんなさい」
「さて、どうしましょうか。具体的に」
「そうね・・・・宝玉、持ち出せる?」
「可能だと思うわ。そうね・・・・戦ってみる? あたしと、あなた」
「え?」
「宝玉を意図的に壊したらあなたもタダでは済まないでしょう? だから、あたしが宝玉を持ち出して、あなたがそれを奪おうとして、争っている内に壊れちゃったってことにすればいいじゃない」
「ふぅん。ふふっ、藤堂院さんって、つくづくずる賢いのね」
「それ、誉めてるの?」
「賢いんだから、誉め言葉じゃない?」
2人が笑いあったその時、1つの影が飛び出してきた。
「芽瑠おね〜ちゃん!」
「え、も、萌瑠? どうして?」
「後をつけたの」
「聞いたの? 今の話」
芽瑠は話を聞かれたこともショックだが、萌瑠に後をつけられて気付かなかったこともショックだった。
「嘘だよね、お姉ちゃん。魅瑠お姉ちゃんを裏切るなんて」
「違うのよ、萌瑠。私は姉さんの為を思って・・・・」
「あなたね!」
いきなり透子に向かって指差した萌瑠だったが、あまり迫力はなかった。
「え?」
「あなたが芽瑠おね〜ちゃんをたぶらかしたのね!」
「た、たぶらかす!?」
「おね〜ちゃんたちを喧嘩させようとしてるんでしょ!」
「違うのよ、萌瑠」
なだめようとした芽瑠だったが、萌瑠は耳を貸さない。
「もるたちは仲良くなくちゃ、駄目なんだからぁ!」
いきなり、萌瑠の右手の爪が5本とも伸びた。そのまま透子に向かって地面を蹴る。
「いけない、萌瑠!」
「きゃ・・・・」
直線的な攻撃だったので辛うじてかわした透子は、右手に「魔法の肩叩き」を出現させた。応戦ではなく、防戦の為に。
「待って、萌瑠ちゃん」
「もんどうむよ〜! おね〜ちゃんを返せ!」
クルリと身をひるがえし、再び透子に襲いかかる鋭い爪。透子はそれを防御壁「マジカルシールド」で受け流す。すれ違う時、透子は人間にはないものを萌瑠の腰に見た。
(え、尻尾!?)
萌瑠の腰からは2本の黒い尻尾が生えていた。
(コスプレ? ううん、動いてる・・・・)
「萌瑠、やめなさい!」
妹に駆け寄ろうとした芽瑠だったが、萌瑠は大きく跳躍して再び透子に襲い掛かった。
「えいっ」
透子は肩叩きを振り、履いていたロングスカートを短めのキュロットスカートに変化させた。彼女はロングスカート派で、脚の露出はほとんどさせないのだが、この際こだわってはいられなかった(それでも短パンなどにしないあたりが透子らしかった)。当然、魔法を使う際の呪文などを唱えている暇もなかった。悠長に「きらきらスマイル〜」などと言っていたら萌瑠の爪に切り裂かれていただろう。
「マジカルフェザー!」
透子は「ぽよぽよとこたん」にはならずに、普段着のままマジカルフェザーを装着した。魔女っ娘のあり方等を問うている場合ではなかった。
「藤堂院さん、逃げて! 萌瑠、本気だから!」
「本気って!?」
「萌瑠が本当の姿になったら、あなた殺されるわ!」
「・・・・そ、それは嫌だなぁ」
透子はマジカルフェザーを広げ、宙に浮いた。萌瑠は芽瑠に任せ、ここは逃げた方がいいと判断した。
「逃がさないよ!」
反動を付け、透子に向かって飛び上がる萌瑠。その跳躍力は今までに見たジャンプの比ではなかった。一気に空を飛んでいる透子との間合いが縮まる。
(!!)
よもや萌瑠から感じることなど考えもしなかった「恐怖」を感じた透子は、とっさに萌瑠の迫り来る方向にマジカルシールドを展開させた。しかも二重に。
ドカッ!
「にゃあっ!」
目に見えない透明のシールドに思い切りぶつかった萌瑠は、地面に向かって落下した。シールドで頭を打ったらしく、受身を取る様子がなかった。
(いけない! あのまま落ちたら・・・・)
透子は肩叩きを振り、萌瑠の落下する地点へクッションを作ろうとした。
「あれっ」
だが肩叩きからは魔法が放出されない。魔力が尽きたのかと思ったが、魔力ドームはまだまだ膨らんでいた。
「どうして!?」
芽瑠がダッシュした。
一見追いつけそうにない距離だったが、一瞬の後には彼女の腕の中に萌瑠の姿があった。そして芽瑠にも2本の尻尾があった。萌瑠の落下地点にはとても追いつけそうにないと判断した芽瑠は、自分も本来の能力を発現させたのだった。
「萌瑠、萌瑠」
返事は無い。息はしているので、気を失っているだけだろう。透子がゆっくり降りてくる。
「ごめんなさい、大丈夫?」
「藤堂院さんが謝ることないわ」
「萌瑠ちゃん、大丈夫?」
「ええ」
気を失っている萌瑠はただ寝ているかのように、いつも通りのお子様な少女だった。ただ爪が長く、尻尾が2本出ていることを除いては。
透子のこめかみに汗が一筋流れた。夏の暑さのせいだけではない。マジカルシールドは萌瑠の爪で深々と切り裂かれていたのだった。もし二重に張っていなければ、今頃どうなっていただろうと思い、透子はゾッとした。
「・・・・これが私たちの正体よ」
芽瑠も自分の尻尾を動かしてみせた。
「正体、っていうのも変ね。今までの姿も本当の姿だもの」
「どういう・・・・意味?」
「これは紅嵐先生・・・・えっと、私たちの世界の研究家で、その先生の話の受け売りだけど、私たちイニシエートの世界は元々、ここと同じ世界だったの」
「同じ世界?」
「それが何かの原因によって切り離され−先生は何者かの術によるものと言っていたけど−、別々の刻の流れを形成した」
「でも、切り離されただけじゃ化け物・・・・ごめんなさい、そんな体にはならないわ。多分、だけど」
「そうね。その要因までは聞かされていないけど、私たちは主に2つの形態を持っているの。1つはあなたたちと同じ人間型、もう1つは・・・・」
「その姿ってわけ?」
「いいえ、これはもう1つの姿の半覚醒した姿」
「半覚醒?」
「私たち姉妹は・・・・猫又なの」
玄関のチャイムが鳴った。
「透子、帰って来たのかな」
「でも、それならチャイムなんて鳴らさないと思うわ」
巳弥の意見ももっともだと思ったゆかりは、玄関に行き、ドアを開けずに「どちら様ですか」と聞いた。
「夜分遅くすみません、卯佐美中学の露里と申します」
「え、先生!?」
(な、なんで先生が家に来るの!? 家庭訪問はまだまだ先だよね?)
「あ、あの、ご、ご用件は・・・・」
「姫宮か? ちょっと話があるんだ」
「ちょ、ちょっと待って下さい!」
ゆかりは大急ぎで居間に引き返し、ミズタマとチェックに2階に行くように指示した。巳弥は、まぁいてもいいだろう。
「まだ雑炊を食べてないじょ、いい感じで出来上がったのに・・・・」
「そんなの、後!」
ゆかりは2匹が2階に避難したのを確認して、玄関を開けた。いつものスーツ姿の露里が鞄を持って立っていた。
「今晩は、学校の帰りに直接来たんだ。お父さんはいる?」
「いえ、今日は旅行で・・・・」
「そうか。じゃあ姫宮1人で留守番なのか・・・・それはそれで都合がいいかもな」
「え?」
(え、え? ゆかり1人でお留守番で、都合がいいってどういう意味!? ま、まさか・・・・)
「姫宮、2人っきりだね」
「せ、先生・・・・」
「実は俺、前から君のことが好きだったんだ」
「駄目よ、先生。ゆかりは生徒で先生は先生なのよ。それにゆかりは中学生・・・・」
「そんなの関係ない。姫宮、いや、ゆかり」
「あぁ、駄目、先生っ」
(なんてことに!? え〜っ、だってまだ心の準備が・・・・しまった、巳弥ちゃんがいるんだ! 一緒に2階に行って貰えば良かったかなぁ)
「ちょっと・・・・お邪魔していいかな。学校のことで話があるんだ」
「へ、学校ですか?」
19th Love へ続く
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