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タイトル


 9th Love 「サタデー・ロマンス」


「起っきろ、起っきろ、起っきろ」
 ゆかりの声がカーテンを締め切った部屋に響く。
「ん〜・・・・」
 バン、バンと手探りで目覚まし時計を叩いたゆかりは4度目にしてその機能を停止させることに成功した。目覚まし時計のメッセージは、ゆかりが自分で吹き込んだものだ。
「どうして休みの土曜まで学校に行かなきゃならないわけぇ?」
 目を擦りながら布団の中で寝返りをうつゆかり。数秒の後、目を閉じて微かな寝息を立て始める。
「ゆかりん! 起きるじょ!」
「ぐっ」
 横っ腹にミズタマのボディプレスが炸裂し、ゆかりは息が一瞬止まった。
「殺す気!?」
「起きないからだじょ」
「今日は休みじゃな〜い。いいでしょ、授業はないんだからさぁ」
「ミセス・ラビラビの占いによれば、土曜だって昼間は宝玉を感じるって言ってたじょ! きっと宝玉の鍵を握る誰かが、クラブ活動か何かで学校に出てるんだじょ」
「じゃあさ、ミズタマが行ってきてよ。何かあったら連絡を頂戴。すぐ行くから」
「我輩が学校をうろついていたら怪しまれるじょ」
「う〜ん、理屈っぽいなぁ・・・・」
 上体を起こしたものの、いまだ目は半開きのゆかりだった。
「土曜は透子と交代で学校に行くっていう約束だったじょ」
「分かったわよぅ。顔、洗ってくる」
 ベッドから出てフラフラと部屋を出て行くゆかりを見て、ミズタマはため息をついた。
「やれやれだじょ」

 学校が休みの第2、第4土曜は体育系クラブ活動の生徒と日直の先生だけが学校に来ている。だから校舎は職員室を除き無人で、それぞれの教室には鍵がかかっていた。校門も部外者が入らないように閉ざされているが、勝手口から入るのは自由だった。
 ゆかりの所属しているバドミントン部はクラブ活動というよりも同好会のような存在で、休みの日まで学校に出てきて活動するようなことはしていなかったが、制服のままでは目立つので取りあえずゆかりはバドミントンのユニフォームを着ていた。
 グラウンドではその半分を使ってサッカー部の練習試合が、残りの2角では野球部とソフトボール部がそれぞれ練習をしている。体育館ではバスケットボール部、バレーボール部が、テニスコートではテニス部がそれぞれ活動を行っていた。
(宝玉の手掛かりがあるって言ったって、曖昧すぎるよね)
 ゆかり自身は胡散臭いと思っているが、ミセス・ラビラビの占いでは日曜日以外の日の、しかも昼間にだけ宝玉の手掛かりがこのうさみみ中学にあるらしい。ということは、生徒の1人が宝玉を持っているのか、ある場所を知っているのか。それとも教師なのか。
(そうか、先生っていう可能性もあるよね)
「姫宮じゃないか、どうした?」
「えっ、せ、先生?」
 職員室の窓が開き、顔を出したのは担任の教師・露里だった。
「先生、今日は当番なんですか?」
「あぁ。姫宮は?」
「え、えっと・・・・」
 バドミントン部は活動していないのに、今のゆかりは部活の格好だった。
(何て言おう?)
「え〜っとぉ、部活じゃないんですけど、何人かで集まってバドミントンをしようかって話になって、でもみんな来れなくなって、その・・・・」
「そうか、残念だな。わざわざそんな格好までしたのにな」
「え、ええ、そうなんです」
「こっちに来ないか? お菓子ならあるぞ」
「は、はい!」
 露里に招かれたゆかりは職員室にやって来た。露里以外は誰もいないので、いつもの職員室とは何となく雰囲気が違った。
「適当に座ってくれ」
 給湯室から出てきた露里は、両手にカップを持っていた。
「コーヒーで良かったか?」
「え、はい」
 実はゆかりはコーヒーが苦手で専ら紅茶派だったが、露里が用意してくれたものに「苦手です」と言えないゆかりは、ニッコリ笑って受け取った。
「暇だったんだよ。姫宮が来てくれて良かった」
 露里は自分の椅子に座ってゆかりと向き合い、お菓子の袋を開けた。
「こんなのしかないが」
「頂きます」
 1つ1つ包装されたパフケーキを1つ受け取り、包みを開けるゆかり。
(あ・・・・)
 バドミントン部のユニフォームはミニスカートなので、椅子に座ると太腿が露わになってしまった。ゆかりは慌ててスカートの上に左手を置き、右手でお菓子を食べた。
「えっと・・・・当番の時は、何をしているんですか?」
「そうだな、本来の目的は学校の見回りと、電話番だ。休みの日でも学校に電話がかかってくる場合があるからな。後は個人的な仕事をしている。例えば今日は小テストの採点と、明日からの授業の予習だな」
「え、先生も予習するんですか?」
「どうやって授業を進めようとか、より分かりやすい説明はないかとか、色々考えることはあるんだよ」
「なるほど」
(真面目で、熱心だなぁ)
「どうした姫宮、元気ないのか? 何だかぎこちないぞ」
「え・・・・」
(うわ、耳が熱いよ、恥ずかしい)
 みるみる耳が真っ赤になるゆかり。
「熱でもあるのか?」
 スッと露里の手の平がゆかりの前髪をかき分け、額に当てられた。
「ちょっと熱いかな」
「いえ、大丈夫です・・・・」
(うわ、先生の手、大きい・・・・)
「調子が悪いなら、早く帰った方がいいな。送ってやりたいんだが、夕方までいなきゃならないんだ」
「いえ、お気遣いなく」
 ゆかりが手を振る仕草を見て、露里が笑った。
「姫宮、お前時々子供っぽくない言葉を使うよな」
「そ、そうですか?」
(そりゃ、27だし)
(そう・・・・ゆかりは27なんだよ、先生。ゆかりが生徒じゃなくて27歳の女性だったら、先生はゆかりのことを、どう思ってくれるのかな)
「それはそうと姫宮、前にも言ったことだが、いじめられてるなんてことはないんだな? 担任の俺がこう言っては何だが、人見知りが激しい出雲は周りからちょっと浮いてしまっている所がある。その出雲と仲良くしていれば、お前まで仲間外れにされてしまうかもしれない」
「・・・・それは出雲さんと友達になるなってことですか?」
「いや、違う、言い方が悪かったな。要するに、俺はお前を応援する。出雲と友達になってやってくれ。何があっても俺がお前たちを守る。こんなことを頼めるのは姫宮や芳井くらいしかいないんだ」
「先生・・・・」
 見詰め合う2人。閑散とした職員室には、窓の外から聞こえる蝉の声だけが聞こえていた。沈黙を破ったのはゆかりだった。
「あ、喉、渇いちゃった・・・・」
 慌ててカップを取ろうとしたので指が滑った。再度持ち直してカップに口を近付ける。
(にが・・・・)
「苦いか?」
 思わず表情に出てしまったのだろう、露里が心配そうに聞いてきた。
「ミルク、持って来るからな。待っててくれ」
 何気に小走りに給湯室に向かう露里。残ったゆかりはふうっと息を漏らした。
(あ〜ダメダメ、凄くドキドキしてるっ)
(でも、何だろう? 先生まで緊張してるみたいだったけど・・・・まさか、ゆかりのこと? ううん、そんなことないよね。だってゆかりは教え子だし、中一だし・・・・)
 ほどなく牛乳パックを持った露里が帰って来た。
「すまん、こんなのしかなかった」
「いえ、それでいいです」
 ゆかりは牛乳を受け取り、自分のコーヒーにドボドボと入れた。
(コーヒー牛乳にすれば飲めるよね)
 みるみるカップの中が茶色から更に薄い色に変わってゆく。
「姫宮、コーヒー苦手だったのか? 悪かったな」
「いえいえ、こうすれば飲めますから」
 もういいだろうと牛乳パックの蓋を閉めようとしたゆかりだったが、夏の暑さで表面に水滴が大量に付いたそれは、ゆかりの手から滑り落ちた。
「あ」
「あ」
 2人の間の抜けた声と共に、牛乳はゆかりの膝の上に思い切りぶちまけられた。
「うわ〜!」
「待ってろ、タオル!」
 露里がもう一度給湯室に走って行き、2本のタオルを手に戻ってきた。1本をゆかりに手渡す。
「早く拭かないと!」
 露里の持ったタオルがゆかりの太腿から膝にかけて飛び散った牛乳を拭き取って行く。
「じ、自分でします、先生」
「お前も早く自分で拭くんだ!」
「ですから、自分で・・・・」
 タオルの端がゆかりの内股をくすぐった。
「いやっ!」
 思わずゆかりは露里の肩を押してしまった。膝を立ててしゃがんでいた露里はバランスを崩して後ろの机に倒れかかる。
「姫宮・・・・」
「ご、ごめんなさい、先生、その、恥ずかしくて!」
 慌てて手を差し伸べたゆかりだったが、露里はその手を取ることなく自力で立ち上がった。
「すまない、姫宮。女の子だもんな、いきなり脚を触られたりしたら驚くよな。先生の家はな、姉貴が2人で、でも女性と付き合ったことがなくて、そういうのに疎いっていうか、何言ってんだ、俺・・・・」
「あの、先生、その・・・・」
「でも信じてくれ姫宮。俺は何もいやらしい気持ちで・・・・」
「分かってます、ごめんなさい、あの、恥ずかしくて、つい・・・・」
「着替えて来い。そのままだと気持ち悪いだろう」
「・・・・はい」

(はぁ〜、気まずいよなぁ。だって、いきなり太腿を触られたらビックリするでしょ? ・・・・でも、あんなに慌てた先生、初めて見た。赤くなって、ちょっと可愛いかったかも)

 他に誰もいないバドミントン部の部室。ゆかりはユニフォームを脱いで、匂いを嗅いでみた。
「わ、牛乳臭っ!」
 ごく当たり前の感想を述べ、ゆかりはビニール袋にユニフォームを詰め込んだ。このままでは鞄が臭くなってしまうと思い、露里に貰って来たビニール袋だ。
(う〜、シャワー浴びたい。どうして牛乳ってこんなに匂うんだろ。栄養価が高いからかなぁ)
 部室にシャワーなどあるはずもなく、ゆかりは仕方なく制服を着ることにした。
 牛乳臭いユニフォームの入った鞄を抱え、ゆかりは部室を出た。
(先生は悪気があったわけじゃないのに。突き倒したこと、謝らなきゃ)
 部室から職員室へ行くには、自転車置き場を抜け、中庭を通るのが近道だった。
「見つけたわ!」
「へっ!?」
 声の主をキョロキョロと探すゆかりの前に着地したのは、三姉妹の長女・魅瑠だった。例の派手なコスプレで参上した魅瑠を見て、ゆかりは思い切り引いた。
「わっ、何なのそのエロい服装はっ!?」
「セクシーだろう? お子様な体型のあんたには真似できないだろうねぇ」
「そんなの、真似したくないよっ」
「羨ましいくせに」
 魅瑠はゆかりに向かって、胸を左右に振ってみせた。
(うう、本当のゆかりより大きいかも・・・・悲しい)
 魅瑠の先制攻撃によって、ゆかりは30ポイントの精神的ダメージを受けた。
「何の用? 宝玉が見付かったの?」
「いいや。私も玉を捜しに来ていて、偶然バッタリ遭っただけだよ」
「ふ〜ん。じゃゆかりは忙しいから、これで」
「待ちな!」
 背を向けたゆかりの前に信じられない速さで回り込んだ魅瑠は、猫招きのような構えをとった。
「お前は宝玉を狙う邪魔者だ」
「な、なによぅ」
「先生の為に、死んでもらうよ」
「うそ〜!」
 魅瑠の一撃がゆかりを襲う。真正面からの攻撃だったので何とかかわすことができた。
「危ないじゃないの〜!」
 ゆかりは鞄を放り投げ、手に「魔法の孫の手」を出現させた。
「きゅんきゅんはぁとで華麗に変身、萌え萌えちぇんじでぷにぷにゆかりん、颯爽ととうじょ〜!」
 魔女っ子コスチュームに変身したゆかりんは、孫の手を構えた。
「やる気になったね」
 ジャキーンという擬音が似合いそうな爪が、魅瑠の指から伸びた。
「あなたの狙いは宝玉でしょ!? こんな戦いをしても意味がないでしょ!?」
「意味ならあるわ。宝玉を探す敵が減るもの」
「どうして宝玉を探してるの?」
「先生のためよ!」
 魅瑠が爪をかざして飛び掛ってきた。ゆかりんはそれに合わせて孫の手を横に薙いだ。その一撃を爪で弾き、もう一方の手でゆかりんの頭部を狙った魅瑠の一撃は空を切った。ゆかりんがマジカルフェザーで後方に飛び退ったからだ。
「やるわね」
「ねぇ、やめようよ。こんなことをして、何になるの?」
「私は先生に宝玉『無の玉』を持ち帰る。持ち帰って先生に認めて貰う。一人前の生徒として、そして女として!」
「お、おんな!?」
(先生って誰? この子の世界にも学校があるの? そこの先生なの? ゆかりと露里先生みたいな関係??)
「どんな手を使ってでも、私は宝玉を手に入れるのよ!」
 次の一撃も何とか避けたゆかりんだったが、振り向きざまに振った魅瑠の爪が、ツインテールの片方をかすめ、髪がパラパラと散った。
「あ〜、髪の毛がぁ〜!」
 泣きそうになるゆかりんだったが、孫の手を構えて反撃に転じた。
「スゥィートフェアリー、トゥインクル・・・・」
 カァンという音と共に、魔法の孫の手が弾き飛ばされた。
「あ〜っ!」
「あれさえなければ怖くないね!」
 一気に間合いを詰めた魅瑠は、追い討ちの一撃を繰り出した。
「いたぁい!」
 直撃は避けたものの、爪の一部が腕をかすめ、血が飛び散った。
「ふぇぇ〜ん、血が出てるよぅ〜!」
「泣いてる場合かい!?」
 止めの攻撃がゆかりんを襲う。ゆかりんは思わず目を閉じた。
「姫宮っ!」
「なにっ!?」
「ぐあっ!」
(え・・・・?)
 ゆかりんの目の前には大きな背中があった。その背中がゆかりんの見ている前で地面に崩れ落ちる。
「せ、先生・・・・」
「何だ、こいつは・・・・」
 魅瑠は血のベットリ付いた爪と、倒れている露里を交互に見た。うつ伏せに倒れているため傷口は見えなかったが、地面に血が広がってゆく。
「せ、せんせぇぇっ!」
 ゆかりの叫び声が自転車置き場に響いた。
「せ、先生、だと、こいつはお前の先生か?」
「許せない〜っ!」
 ゆかりんは弾き飛ばされた孫の手を拾い上げると、魅瑠に向かって構えた。
「スゥィートフェアリー、スターライトスプラッシュ!」
 魔法の孫の手の先から、今までにないほどの眩しい光が魅瑠に向かって放射された。
「う、うわぁぁぁぁぁ〜っ!」
 無数の星々の激流に飲まれた魅瑠は、数m後方に吹き飛んだ。地面に叩きつけられた魅瑠は身体全体を襲う激痛に転げまわった。
「痛い、痛い、痛い、苦しい!」
 苦しみもがく魅瑠をよそに、ゆかりんは露里に駆け寄った。
「先生、先生! どうしよう、血がいっぱい出てる、どうしよう!」
「ゆかりん、パニクらないで! 取りあえず保健室に運びましょう!」
 焦るゆかりんの肩に手が置かれた。
「とこたん!? どうして!?」
「説明は後!」
「保健室、開いてるの? 休みなのに!」
「開いてなかったら、鍵でも何でも壊せばいいでしょ!」
 とこたんはマジカルフェザーを広げ、露里の上半身を持ち上げた。
「マジカルフェザーの浮力を使えば、2人でも運べるわ! ゆかりん、脚を持って!」
「う、うん!」
「ま、待てっ・・・・!」
 露里を運んで行く2人の後を追うため立ち上がろうとした魅瑠だったが、全身を貫く痛みに膝をつく。
「く、くそぅ〜!」
 倒れかかった魅瑠の肩に手が回された。
「め、芽瑠・・・・」
「帰りましょう、姉さん。治療をしないと」
 ゆかりんととこたんの後姿を見送り、芽瑠は姉の肩を抱いて跳躍した。
(藤堂院さん・・・・ごめんなさい)

 10th Love へ続く



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