話数選択へ戻る


タイトル


 4th Love 「渦巻く疑惑・三姉妹の謎」


「とこたん!」
「危なかったね」
 構えていた弓を下ろし、ゆかりんに向かって微笑むとこたん。
「魔法の肩叩き、返したんじゃなかったの!?」
「呼べば手元に現れるんだから、どこに置いてても一緒でしょ」
「あ、そうか・・・・で、今のはなに? その弓矢と口上は!」
「天使と言えばやっぱり弓矢じゃない?」
「・・・・」
(ずるい、透子! ひょっとして、いい所で登場しようとしてゆかりが蹴られたりしてるのを見てたんじゃないの!?)
「くっ、不覚」
 魅瑠は肩を押さえたままだ。血は出ていないが、そうとう痛かったのか。
「今よ!」
「まかせて!」
 ゆかりんは孫の手をかざし、魔力を集中させた。
「キューティーフェアリー・マジカルトゥインクルスター!」
 孫の手の先から光り輝く無数の星が飛び出し、魅瑠の体を襲う。
「あぁもう! その技はただ綺麗なだけで、実用性はないって言ったでしょ! そんなキラキラしたお星様だけで敵にダメージなんて・・・・」
「うわぁぁ!」
「痛いよ、芽瑠お姉ちゃん!」
「見ちゃ駄目よ、萌瑠!」
「・・・・え?」
 予想外の敵の反応にしばしボーゼンとなるとこたん。
「あ、凄い、なんか効いてる・・・・」
 まさかの事態に、ゆかりんも相手の様子を見ているだけだった。
「今よ、逃げて!」
 とこたんに声を掛けられた少女は、立ち上がってゆかりんのいる方へ走ってきた。
「くそ、させるか!」
 肩を押さえつつ、目を半開きのまま女の子を捕まえようとする魅瑠。そこにとこたんの2発目のライトニングアローが飛んできた。
「ちっ!」
 魅瑠はその一撃を避けながら、女の子に飛びついた。
「あっ!」
 背中を突かれる格好となった女の子は前のめりに倒れ、その拍子に金色の玉を手放してしまった。
「あ・・・・」
 パリン。
 その玉は地面に叩きつけられ、見事に砕け散った。
「ほ、宝玉が!」
「いや、芽瑠。あれは宝玉ではないかもしれない」
 玉に駆け寄った芽瑠に、魅瑠が声を掛けた。
「え・・・・じゃあ・・・・」
「良くは知らないが、宝玉があんなに簡単に砕けたりはしないよ。あの割れ方はおそらくただのガラス玉だろう」
「ガラス玉・・・・」
 誰もがボーゼンとする中、玉の持ち主の女の子だけが大きな声で泣いていた。
「帰るよ、芽瑠」
「あ、はい」
「萌瑠、あんたも」
「うん」
 信じられない跳躍力で、三姉妹は学校の金網を飛び越えた。あの小学生の萌瑠でさえ。軽々と跳躍するその姿は、まるで黒猫のようだった。
 ゆかりんたちは後を追わなかった。敵の身体能力は高い。この場から去ってくれただけでも助かったと思うべきだっただろう。
「大丈夫?」
 ゆかりんは泣いている女の子の傍に寄った。
「お父さんに貰ったの・・・・大切にしてたのに・・・・」
「ごめんね・・・・」
「ゆかりんが謝る必要はないよ」
 とこたんが弓をクルリと回すと、魔法の肩叩きの形になった。どうやら魔法の肩叩きがあの光の弓に変形していたようだ。
「それよりゆかりんは大丈夫なの? 痛そうじゃない」
「・・・・うん」
 殴られたお腹と蹴られた肩がズキズキと痛んだ。
「ゆかりん、これでもまだ宝玉を探すの? 分かったでしょ、宝玉を狙っている人が他にいると、こういうことになるのよ。探すだけならまだいいけど、今みたいに闘わなきゃならなくなった場合、あたしたちは完全に素人。付け焼刃の魔法の力で勝てるわけないの。生半可な正義感とか使命感でどうなるものでもない、覆せない事実なのよ」
「・・・・う」
 ゆかりんの目が潤んだ。
「さ、行くわよゆかりん。昼休みが終わっちゃうわ」
 とこたんはゆかりんの肩を抱き、立ち上がらせた。
「・・・・ごめん、ちょっと言い過ぎた」
「うん・・・・」

 ゆかりの怪我の手当をするため、透子も保健室に付き添った。こなみに保健室へ行との担任への報告を任せ、ゆかりと透子が保健室へ入った時に5時間目の始業のチャイムが鳴った。
「あれ、また保健室の先生がいない」
「サボリね」
 殴られたり蹴られたりした所は痛むだけで怪我はないのだが、転んで擦り剥いた膝や肘の手当をしなければならない。透子はゆかりを座らせ、薬を探した。
「えっと、何を付けるんだっけ?」
「えっと」
 ゆかりは出雲巳弥に手当を受けた時の事を思い出し、透子に指示をした。
「じっとしててね、ゆかり。わわわっ」
 ゆかりの膝にスプレー式の消毒液が勢いよく噴射し、液が思い切り滴り落ちた。
「あちゃ〜」
 ゆかりのハイソックスまで濡らした消毒液をティッシュで拭う透子。
「えっと、この黄色いガーゼを当てるのね」
 瓶から黄色い液に浸されたガーゼをピンセットで摘み上げる透子だったが、液をよく切らなかったためにポタポタと落ち、黄色い染みがゆかりのソックスに付いた。
「あ、やばっ」
「・・・・」
 透子と巳弥のあまりの手際の違いに、あっけにとられるゆかりだった。
「これでよし!」
 と満足げな透子だったが、歩くと落ちてしまいそうなほどガーゼと包帯が見事にズレていた。
(知ってたけど・・・・透子、不器用)
「さ、今度は肘だよ」
 文句を言うのも悪いと思い、ゆかりは透子の手当を甘んじて受けた。
「それにしても、まずいわね。クラスメイトに敵がいるなんて」
「水無池さんだっけ」
「そう。相手が何を企んでいるのか分からないけど、顔を見られちゃってるわけでしょう?」
「もし敵だったら危険だってこと?」
「そう。クラスが違うからまだゆかりの顔は知らないかも知れないけど、あたしは流石にバレちゃってるよね」
「もし透子のクラスメイトである水無池さんが敵の1人だったとしたら・・・・」
「宝玉を探す上で邪魔だと判断されたら、命を狙われるかもよ」
 透子が真面目な顔でゆかりを見た。
「そ、そんな」
「もしくはあたしたちが宝玉を手に入れるのを待って、横取りするとか」
「うぅ〜」
 透子の視線が固まった。ゆかりがその視線の先を追うと、カーテンで仕切られた窓際の真っ白なベッドの端から、紺色のものが覗いていた。それがどうやら制服のスカートの裾だと悟った時、ゆかりと透子の頭から血の気が引いた。
(誰かいる!?)
(聞かれた!?)
 静まり返る保健室。チッ、チッと時計が刻を刻む音だけが聞こえる。
(全然気配がしなかったのに・・・・)
 透子はゆっくりと腰を上げ、ベッドに近付いた。
(もし今の話を聞かれていたら、どう思うだろう? あたしたちの名前はさっきからの話でバレているから、逃げるのは無意味ね)
 カーテンの向こうのベッドに、誰かが寝ている。ベッドは窓際にあるのだが、窓にもカーテンが引かれていたのは日差が強く、眩しいからだろう。
 意を決して透子がカーテンを少し開けて覗くと、ベッドには出雲巳弥が横になっていた。目を閉じ、眠っているようだった。
「あ・・・・出雲さん」
 ゆかりも覗き込んだ。
「この子が出雲さん?」
 透子の問いに頷くゆかり。
「寝てるね」
「そうね・・・・でも、寝た振りをしているだけかもしれない。それに・・・・あの3人組の内の1人かも」
「まさか」
 と言いつつ、ゆかりも巳弥のことを疑ったことがあるし、今もその疑惑は晴れていない。相変わらず巳弥は長袖のセーラーで、胸元からは黒いアンダーシャツが覗いている。
(制服を脱ぐと、あの3人組と同じような格好に・・・・)
 透子も胸元の黒いウェアに気付いたようだった。
「確か、いつもこんな服装だって言ってたよね。足も黒いストッキング」
「うん・・・・そうだけど」
「ここで寝ていたってことは、昼休みに卯佐美小学校に行っていた可能性もあるわね」
「あっ」
 巳弥の目が開いた。
 そしてベッドの傍に誰かが立っていることに気付き、反射的に上半身を起こし、ゆかりと透子を睨んだ。
「あ、ごめん、驚かせちゃった、ね」
「・・・・」
 相手がゆかりだと気付き、巳弥の体から力が抜けた。
「何しているの」
 非難を含んだ目と咎めるような口調がゆかりに向けられた。
「え、えっと・・・・」
「ゆかりが怪我をしちゃって。ここで手当をしていたら、ベッドに誰かいるな、と思って覗いてみたの。ごめんね」
 透子がゆかりの代わりに答えると、巳弥は「そう」とだけ答えた。
「出雲さんは大丈夫?」
「ただの貧血だから」
「そう、お大事に・・・・」
「姫宮さん」
「なぁに?」
「包帯、解けてる」
 ゆかりが自分の膝を見ると、ほんの数歩しか歩いていないのに、透子が巻いてくれた包帯が解けて端っこが床を這っていた。
 「もう少し横になっている」という巳弥を置いて、ゆかりと透子は教室に戻ることにした。包帯は透子によって何とか落ちない程度に巻き直された。
「怪しいなぁ、彼女」
 透子は保健室から遠ざかったのを見計らい、巳弥のことを話題にした。
「でも透子、3人組のうち1人は小学生の水無池萌瑠、1人は透子のクラスメイトの可能性が高いんでしょ? それもまだ決ったわけじゃないけど。となると、後は『姉さん』と呼ばれていた、一番怖い人だよ」
 ゆかりは殴られたり蹴られたりしたことを思い出し、身を震わせた。
「出雲さんとは全くキャラが違うよ」
「普段は大人しいけど、キレたら怖いとか」
「う〜ん、そうは思えないなぁ・・・・」
「どうしてゆかりは、あの子を庇うの?」
「そ、そんなつもりじゃないよ。怪しいとは思うけど・・・・」
 それきり2人は言葉を交わさず、それぞれの教室に戻って行った。

「どうしたんだ、姫宮」
 5時間目は数学。担当の露里が腕に包帯巻いて教室に入ってきたゆかりを見て、心配そうに声を掛けた。
「ちょっと、転んで・・・・もう大丈夫です」
「そうか、ならいいんだが・・・・」
 露里はそれ以上何も言わなかったが、授業が終わってからゆかりの所に来てこう言った。
「姫宮、HRが終わった後、少し話があるんだが、いいか」
「あ、はい・・・・」
(何だろう? この怪我のことかな)
 ゆかりはふと視線を感じて振り向いた。
(出雲さん?)
 ゆかりの気のせいだろうか、5時間目が終わってから教室に帰って来た出雲巳弥が自分を見ていた気がしたのだが、巳弥は黙々と次の授業の用意をしていた。
 そしてHR終了後、ある程度生徒が教室から出て行ってから、露里がゆかりを手招きした。
「何ですか、先生」
「あぁ、その怪我のことなんだが・・・・」
「これは、転んで・・・・」
「姫宮」
 先生は真面目な顔でゆかりを見つめた。
「先生には隠さずに言って欲しい。いじめられてるんじゃないのか」
「・・・・え?」
「姫宮は転校して来て間がないからな。よくあるんだ、転校生がいじめられるケースが。それも、可愛くて人気のある子が」
「可愛い・・・・」
「あ、いや、その、まぁ、なんだ」
 露里は慌てて意味のない言葉を羅列した。ゆかりも顔が赤くなる。
「とにかく、隠さずに先生に言えよ」
「違います、いじめなんかじゃありません」
「そうか、ならいいんだ。時間を取らせたな」
 それだけ言うと、露里はそそくさと教室を出て行った。
「可愛い・・・・可愛い・・・・」
「ゆかりん、何を反芻してるの」
 背後から声がして、ゆかりは飛び上がった。
「こ、こなみちゃん! いたの!?」
「ずっと待ってたのに。ゆかりん、先生しか見えてなかったの?」
「やだ、からかわないで!」
 耳が真っ赤になり、手で押さえるゆかり。
「でもあの様子を見ると、先生もまんざらではなさそうね」
「と、透子!」
 先生が出て行った後のドアから、透子が顔を出した。
「見てたの!?」
「お昼のことを整理しようと思って待ってたのに」
 透子は何事もないかのように近くの椅子に座った。ゆかりとこなみも固まって席に着く。透子は教室に他の生徒がいないことを確認した後、口を開いた。
「こなみちゃん、出雲巳弥って子はお昼休みにいた?」
「え、ど、どうかな。5時間目が始まった時は保健室で寝てたみたいだけど、お昼休みはどこにいたかなんて分からないよ。だって出雲さん、存在感薄いし・・・・」
「透子、あの3人の内の1人・・・・お姉さんって呼ばれていた人が出雲さんだって言うの?」
「あの1人だけ、まだ正体が分からないのよね」
「でも、出雲さんとはキャラが違いすぎるよ。何だか偉そうで、感じ悪かったよ」
「出雲巳弥は普段、あまり喋らないんでしょう? 正体がバレないために誰とも話をしないのかもしれないわ」
「それにしたって・・・・」
「やっぱり庇うのね、ゆかり」
 透子の喋り方に何となく非難の響きを感じたゆかりは、彼女に対して言い返した。
「何よ、透子こそ疑ってばかりじゃないの!」
「敵の正体が分からないんだから、まず疑わなきゃ危ないでしょ!」
「ちょっと、2人ともやめてよ」
 こなみがオドオドと仲裁に入る。透子はふうっと息を吐いて、マジカルレシーバーを取り出した。
「・・・・とにかく、リチャードが大神官様とやらのお話を聞いて来ているはずだから、帰ってそれを聞きましょう。敵の正体が分かるかもしれないわ。ここで推測していても答えは出ないもの。・・・・もしもし、リチャード?」
「よ、よう、透子。相変わらず可愛いな」
「顔は見えないでしょ」
「声だよ、声。いつも美声だな」
「ありがとう。で、何か分かったの? 敵のこと。今夜、みんなで集まるからね」
「え、ああ、そうだな」
 透子がマジカルレシーバーの電源を切るのを待って、こなみが話し掛けた。
「それじゃ、今夜もゆかりん家に集合ね」
「あまりいい話じゃないみたいだけどね」
「え、チェック君がそう言ったの?」
「リチャードがお世辞を言う時は言い辛いことがある時なの」

 ゆかりは怪我をしたため、クラブ活動には参加しなかった。それでも学校にはいなくてはならないので、宝玉の手がかりを探して歩いていた。透子は図書室で、おそらく寝ているのだろう。
(はぁ、何だか大変なことになってきちゃったな。敵と戦うなんて、透子の言う通り、やっぱり怖いよね)
 ぶらぶらしている内にゆかりは校門の前に来ていた。
(あれ?)
 うさみみ中学の校門に寄りかかって、退屈そうな顔で誰かを待っていると思われる女の子がいた。頭の大きなリボンで一目瞭然、お昼休みに卯佐美小学校で玉の取り合いをした水無池萌瑠だった。
(どうしてあの子がここに? まさか、ゆかりが出てくるのを待ってるの? 「昼間は世話になったな」とか言って、襲ってくるとか!?)
 ゆかりは慌てて萌瑠から見えない位置に姿を隠した。
(どうしよう、透子に連絡した方がいいかな、きっと待ち伏せしてるんだよ)
 ドキドキしながら萌瑠の観察を続けるゆかり。萌瑠は暇なのか、しゃがみ込んで足元に落ちている小石を拾って投げていた。
(こうして見ていると、可愛い子なんだけどなぁ)
「あ、お姉ちゃん!」
 萌瑠がいきなり立ち上がって手を振った。手を振っている方角を見ると、校舎の方から1人の女の子が歩いてきた。眼鏡をかけて、真面目っぽい顔つきの学生だった。
(あれ、ゆかりたちを待ち伏せてたわけじゃないのかな?)
「芽瑠おねーちゃん、帰ろう!」
「もう萌瑠、そんなに大声出さなくても聞こえるから」
(芽瑠? ってことは、あれが透子のクラスメイトっていう水無池芽瑠? やっぱりあの2人は姉妹・・・・昼間に会った黒い人たちの内の2人だ)
「おねーちゃん、おなかすいたよ」
 萌瑠が芽瑠の腕にしがみつく。
「じゃあ、早く帰ろう。萌瑠は何が食べたい?」
「オムライスぅ!」
 面倒見の良い姉と甘えん坊の妹、と言った風景だった。ゆかりにはどう見てもこの2人が宝玉を狙う敵には見えなかった。
(でも、宝玉を狙っていたのは事実。きっと何か理由があるんだよ)

 5th Love へ続く



話数選択へ戻る