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タイトル


 1st Love 「魔法少女再び! ゆかりは中学1年生」


「ここで、先程求めた値をXに代入して・・・・」
 カツ、カツとチョークが黒板を叩く音が教室内に響き、窓の外からは夏の風物詩である蝉の大合唱が聞こえていた。
(まさかもう一度中学校に通うなんて、当たり前のことながら思ってもみなかったな)
 机に頬杖をついた姿勢で、姫宮ゆかりはボ〜っと初夏の日差に照らされた校庭を眺めていた。彼女の席は窓際の一番後ろで、教壇からはかなり目立つ場所にあった。
「姫宮、この問題解いてみろ」
 案の定、数学の教師・露里(つゆさと)のご指名を受けたのだった。
「はぁい・・・・」
 黒板の前に立ち、チョークを手にしたゆかりは書かれた数式を眺めた。露里の書く字は大きさがほぼ均一で見やすい。丁寧すぎて、書く速度が他の教師と比べて少し遅いのがある意味欠点だった。
(あ〜あ、中学1年の勉強だからって、ちょっと甘く見たかも。だって十年以上前なんだよ、忘れちゃうよ)
 心の中で文句を言いつつ、何とか数式を解き終えるゆかりだった。
「よし、正解だ」
 露里はゆかりの答えの上から小さくマルを書くと、席に戻ろうとするゆかりに声を掛けた。
「姫宮、先生の授業はつまらないか?」
「え? いえ、そんなことは」
「それとも、窓から何か面白いものが見えるのか? 後で先生にこっそり教えてくれよ」
「あ、いえ・・・・」
 余所見をしていたことをそれとなく注意されたゆかりは俯いたまま席に戻った。
「姫宮、何が見えるんだ? 着替えとか?」
「うわ、姫宮、エッチだなぁ」
 などとクラスメイトの男子のひやかしがいくつか聞こえてきた。
(はぁ、この歳の男の子って、つまんないことしか言わないんだから、全く)
(本当にこの学校のどこかに、ゆかりたちの探しているものがあるのかなぁ?)

 ここは県立卯佐美第三中学校(愛称は「うさみみ中学」)。隣り合って、卯佐美第2小学校がある。
 姫宮ゆかりはつい最近この中学に転校してきた1年生・・・・ということになっている。と言えば何やら胡散臭く聞こえるが、手続き上の書類は全て本物で、何ら不都合はない。
 ただ、その書類が全て魔法で作られた本物であり、彼女が本当は27歳の女性であることを除いては。
 ・・・・要するに姫宮ゆかりは嘘っぱちの中学生なのである。
 実は、そんな嘘っぱち中学生がもう1人いる。
「ゆかり、お弁当食べよ」
 お昼休みのチャイムが鳴って1分後、ゆかりのいる1年3組の教室に5組の藤堂院透子がやってくるのは日課の1つだった。
 ガタガタと机を寄せ集め、3人で机を囲んでお弁当タイム。ゆかりと透子、そしてもう1人はゆかりのクラスメイトで家がお隣りさんの、芳井こなみだ。
「今日はタコさんウインナー!」
「うわぁ、可愛いね」
 こなみがゆかりのランチボックスを見ると、ウインナーに切れ目を入れて焼いた、いわゆるタコさんウインナーが3匹並んでいた。
「でしょ〜?」
「でもゆかり、そのタコさん脚が4本・・・・」
「もう、透子ったら余計な突っ込み入れないの! 美味しければいいんだから」
「だったら最初からタコさんにする意味が・・・・」
 そんなこんなで、いつものゆかりたちのランチタイムは過ぎて行く。
「よ、よう」
 そんな3人に声を掛けてきた男の子は、同じクラスの生田タカシ。彼は購買で熾烈なパン争いをするのが日課だ(好きでやっているわけではないが)。今日もその戦利品をかかえ、教室に帰ってきた。今日の成果はカツサンドとヤキソバパン。勝ち戦と言っていい、かなりの収穫であった。
「タカシ君はいつもパンなの?」
 透子の問いに「あ、ああ」と短く答えるタカシ。
「あたし、お弁当作ってあげようか」
 唐突に恋愛シミュレーションゲームの女の子のようなセリフを口にする透子。実は彼女自身もその手のゲームが好きで、結構感化されているようだ。
「えっ!? い、いいよ、恥ずかしい」
 しどろもどろ、という感じで自分の席に早足で戻って行くタカシだった。
「本当は作って欲しいんだよ、タカシ君」
 プチトマトを頬張りながら透子にささやくこなみ。
「え、そうなの?」
「恥ずかしいんだよ」
「ふぅん・・・・」
 そんな透子を見ながら、ゆかりとこなみは心の中で同じ事を思っていた。
(透子、鈍すぎ!)

 授業が全て終わった後はホームルームの時間。それぞれのクラスの担任が、連絡事項等を伝え、それぞれのタイミングで終わる。当然生徒は「早く終われ」と願っているのだ。
 ゆかりのクラスの担任は数学教師の露里だ。30歳独身で、実は女子生徒に人気がある。生徒に対しても友達感覚でむやみに威張らず、優しい顔立ちが受けているらしい。
「明日はプール開きだから、水着を忘れずにな」
(そっか、水着を用意しなきゃ)
 ゆかりは忘れないようにと愛用のピンクの手帳に「水着」と書いた。
「では、起立!」
「起立〜」
 クラス委員の号令で、一斉に立ち上がる生徒たち。
 こうしてHRが終わると、クラブ活動の時間になる。ゆかりはバドミントン部に所属していた。そして、透子も。
「ゆかり、今日も部活行くの?」
 教室のドアからこっそりと顔を覗かせる透子。実は彼女、運動が苦手だった。
「もちろんよ。部活もしないのに学校に残ってたら不自然でしょ?」
「うう〜、部活もしなきゃいけないなんて、聞いてないよ」
「情けない顔しないの!」
 鞄を持って透子の方へ向かって歩こうとしたゆかりは、クラスメイトにぶつかってしまった。
「あ、ごめん!」
「・・・・ううん」
 何事もなかったかのように教科書を鞄に入れるそのクラスメイトは、一目見て他の生徒とは違っていた。
 みんな半袖のセーラーを着ているのに、彼女だけ長袖だった。
 7月だというのに、黒っぽいストッキングを履いていた。
 ゆかりはかつてこの出雲巳弥に「暑くないの?」と訪ねたことがあったが、彼女の答えは「いいえ」という一言だけだった。
 愛想が良くないため、他のクラスメイトも必要以上に彼女に声を掛けようとしない。必然的に彼女の周りには他の生徒が寄りつかなかった。おまけに成績はいいので、どちらかと言えば嫌われ者に近かった。更に顔立ちはなかなか可愛いことも手伝って、特に女子からは無視に近い扱いを受けていた。
(もっと楽しくすればいいのに)
 嫌われ者と仲良くした者は同じように嫌われてしまう。故に彼女と仲良くしようとする者はいなかった。
 ゆかりはそんな彼女の事をいつも心配していた。大人ゆえの余裕なのだろうか。

 夏の日は長く、夕方6時半を越えてもまだまだ明るかった。
「もうクタクタだよ・・・・」
 部活を終えたゆかりと透子が、生徒のあまりいなくなった学校を後にする。これが転校してきた日からの2人の学校生活だった。
「ゆかりは聞いてた? こんなにヘビィな約束じゃなかったはずだよ。ねぇゆかり、明日からあたし、図書室で勉強するよ。学校にいればいいんだから、それでいいでしょ?」
「何で? 楽しいじゃん、バドミントン」
「はっは〜ん・・・・」
 透子は歩いているゆかりの前に回りこんだ。
「ゆかりの目的は、ズバリ露里先生ね!」
「なっ、何よそれ」
 透子にビシッと指を指され、たじろぐゆかり。
「露里先生がバドミントン部の顧問だから、入部したのね! 今日の数学の時間だって、わざと先生の気を引くためによそ見して当ててもらって、華麗に問題を解いてみせたのね!」
「ち、ちがうよ・・・・だいたい、どうしてゆかりがそんなこと・・・・」
「露里先生は30歳、27歳のゆかりにはピッタリのお年頃じゃないの」
「でもそれは本当のゆかりの姿であって、この姿でいくら近付いてもどうにもならないでしょ! っていうか、ゆかりはそんなつもりないから!」
「とか言って、ゆかりはすぐ耳が真っ赤になるから分かりやすいなぁ・・・・」
「もう、透子! それよりほら、明日プール開きでしょ、水着買って帰らなきゃ!」
(今日も何も収穫はなし。本当にここにあるのかなぁ・・・・)

 姫宮ゆかり、27歳。藤堂院透子、26歳。生まれ月が違うので歳は1つ違いだが、学年で言えば一緒の2人が不思議な喋るウサギからマジカルアイテムを授かったのはちょうど1年前の初夏のことだった。
 その時は「人間に魔法の力を与えるとどういう行動を取るか」という夏休みの課題のために、それぞれ魔法のアイテムを与えられたゆかりと透子だった。
 そして1年後。2人は再びマジカルアイテムを授かることとなった。しかも今回は重大な使命と共に。

 その使命のお陰で、ゆかりと透子は卯佐美中学校に魔法の力で転校生として潜入することになった。魔法の力で非合法的に合法な書類を作成して、2人はめでたく中学1年生として学校に通いだしてから10日が過ぎた。
 さんさんと降り注ぐ陽光を浴びて、プールの水面がキラキラと光っていた。
「う〜、日焼けしちゃうよ・・・・」
 ゆかりは日頃から肌を焼かないタイプなので、このプールの授業は憂鬱だった。泳ぐこと自体は嫌いではない。
(この姿で日焼けしたら、元の姿に戻っても焼けてるんだろうなぁ。27歳の乙女がスクール水着の日焼け跡なんて格好悪い・・・・)
「ゆかり〜ん、早く早く!」
 ゆかりの憂鬱を知る由もないこなみは、大きく腕を振ってゆかりを呼んでいた。
「ゆかりん、久し振りでしょ? 学校のプールなんて」
「うん・・・・」
 実は、こなみはゆかりの正体を知っている。
 生まれた時から知っているこなみをずっと騙しているのは、ゆかりにとっても心苦しいということと、転校生という設定で卯佐美中学に潜入したゆかりにとって、友達として振る舞ってくれるこなみは、クラスに溶け込むには重要な存在だった。学校のこと、今時の中学生のこと等を教えてくれる、ゆかりにとってこなみは友達であり先生でもあった。
(あ、こなみちゃんって結構、胸があるんだ)
(あ〜あ、設定年齢13歳のつもりが、ちょっと小さかったかなぁ。背も、胸も。最近の中学生って発育がいいんだ)
(魔法で修正はできるけど・・・・いきなり胸が大きくなっちゃったら、クラスメイトから怪しまれるよねぇ。仕方ない、小柄で可愛いゆかりちゃんというキャラクターでいくか)
「では準備体操を始めま〜す」
 女子の体育担当の教師である立石先生がピピッと笛を鳴らした。立石先生は自前の水着の上から薄めの白いジャケットを羽織っている。本当のゆかりと同い年の27歳で、同じく独身。プロポーションはゆかりや透子に比べて断然良い。料理や家事も得意らしく、27歳の割にお子様なゆかりにはとうてい勝てそうにない女性らしさを持っていた。
 あまり言うと「ゆかり怒りの鉄拳」が飛んできそうなので、「自由遊泳」の時間になったプールの方へ話を移そう。
「ゆかりん」
「なに?」
「えいっ!」
 こなみに呼ばれて振り向いたゆかりの顔に、容赦ない水飛沫の攻撃が炸裂した。
「わっ! やったなぁ!」
 両手で水をすくい、反撃に移るゆかり。
「きゃっ! もう、私そんなにかけてないよお」
 バシャバシャと水を掛け合う2人。何だかんだ言って、結構楽しんでいるゆかりであった。
(・・・・あれ?)
 ふとプールサイドに目を向けたゆかりは、立石先生のバッグの口からチラリと見えている金色の物に目を留めた。日の光を受けて輝く球面を見て、ゆかりの鼓動が高くなった。
(あれは金・・・・じゃない、「無の玉」!?)
「どうしたの? ゆかりん」
「しっ! ・・・・ほら、先生のバッグ」
「え? ・・・・あ、あれって、もしかして?」
 こなみも「伝説の三宝玉」についての話は聞いていたので、金色の球面を見てすぐに気が付いた。
「かも・・・・でもどうして先生が?」
(後で先生に見せて貰おう。もしあれが「無の玉」だったら、何とかして貰えるようにお願いしよう)
「そういえば、出雲さんは? いないね」
 ゆかりは出雲巳弥の姿を探して、プール全体を見渡してみた。それらしい女の子は見当たらない。
「出雲さんなら、見学だよ。彼女、外での体育はいつも見学じゃない」
「あ、そっか・・・・」
「病弱・・・・なのかな?」
「詳しい話は聞いてないの? 何の病気とか」
 ゆかりの問いに、こなみは首を振って答えた。
(そういえば彼女の服装・・・・長袖とかストッキングも関係あるのかな)
「はい、では解散」
 授業が終わり、生徒はそれぞれ更衣室に帰ってゆく。結局ゆかりは授業の間、ずっとその金色の物から目を離さずに監視していたのだった。
「あの、先生」
 立石がベンチに置いていたバッグを取ろうとした時、ゆかりが声を掛けた。
「なぁに? 姫宮さん」
「そのバッグに・・・・」
 その時だった。
「きゃっ!?」
 黒い影が目の前を横切ったかと思うと、立石のバッグの中身が散乱した。
「ゆ、ゆかりん、あれ、なに!?」
 こなみの叫び声がプールに反響した。
「だ、だれ・・・・?」
 一瞬の間に立石のバッグから金色の玉をもぎ取った人影は、手に入れた玉を手の平で転がしながら見つめた。ゆかり達が想像していたよりも小さい、直径5cmほどの玉だった。
 その人物は異様な格好だった。黒の全身タイツのようなスーツで包まれ、肌の露出はない。ただ目の所だけは穴が開いているようで、ゴーグルをかけていた。肘や膝、向こう脛といった関節にはパッドが装着されている。背はゆかりより少し高い程度で、華奢なボディライン。胸の膨らみから、女性(というよりも女の子)だと分かる。
「返して! それは大切なものなの!」
 その如何わしい人物に向かって、立石は叫んだ。その声を合図に、真っ黒な影はプールを囲んでいる壁の上に、一足飛びで飛び上がった。
「うわ、すごっ」
「ゆかりん、感心してる場合じゃないよ」
「そ、そだね」
(先生の前では変身できないよ!)
 ゆかりはプールの外に逃げた影を追って、駆け出した。
「姫宮さん!」
「待ってて、先生! 必ず取り返すから! いたたたっ!」
 ゆかりは水着姿だったので、当然裸足だった。勢い良く飛び出したまでは良かったが、地面には細かい石がゴロゴロしている。
(く〜っ、変身すれば飛べるのにぃ! 先生が見てる前では変身出来ないよ! 正義は辛いよねっ)

 黒い影は後ろを振り返り、追っ手を振り切ったと見て改めて奪ってきた玉を見た。
「これが三宝玉の1つね。これさえ手に入れば・・・・」
「待ちなさい!」
「!?」
 黒い影の前に、スクール水着姿のゆかりが立ちはだかった。手には「魔法の孫の手」を握り締めている。脚はスニーカーを履いていた。
「せ、正義のためだったら、ま、魔法が、つ、使えるんだもん、ね」
 息を切らせつつ、ゆかりは「魔法の孫の手」を振り翳した。
「きゅんきゅんはぁとで華麗に変身! 萌え萌えちぇんじでぷにぷにゆかりん、颯爽ととうじょ〜!」
 ステッキの先に付いている猫の手の肉球から光が溢れ出し、ゆかりの体を包む。まばゆい光が四方八方に飛び散った後に、リボンいっぱいフリルいっぱいの魔女っ娘が現れた。
 本作のヒロイン「魔法少女ぷにぷにゆかりん」の登場である。
「その玉を返して!」
「返してと言われて返す人はいないと思うけどね」
 ゆかりんの後ろには、透子が立っていた。
「透子、どうして?」
「こなみちゃんから連絡があったの。ゆかりん1人じゃ頼りないから行ってあげてって」
「あう〜、こなみちゃんたらぁ」
「嘘よ。怪しい人が現れたから、出動してって連絡があったの」
 こちらは制服姿の透子が「魔法の肩叩き」を振り翳す。
「明日はきっといい日だよ、夢見る乙女は一攫千金! 魔女っ娘アイドルぽよぽよとこたん、スポットライトに微笑返し! はぁとのチャイム、押しちゃうよ」
 肩叩きの先端から七色の光が広がり、透子の体を包む。光の帯は光の粒となり、散っていった後には、ゆかりとは対照的なロングスカートに身を包んだもう1人の魔女っ娘「ぽよぽよとこたん」が登場した。
「とこたん、その変身魔法、長すぎ」
「いいじゃない、決った長さなんてないんだから。この最後のウインクがポイントなの」
「ああ、そうですか」
「・・・・」
 2人のやり取りを見て、あっけに取られている謎の黒い影。このような魔女っ娘が2人も登場するとは当然ながら思っていなかった。
(何なの、この子たち・・・・? 先生からも姉さんからも、何も聞いていない。この子たちもこの玉を狙っているの? 相手の正体が分からない今は、逃げるに限るわね)
「あ、待てっ! マジカルフェザー!」
 掛け声と共に、ぷにぷにゆかりんの背中にある純白の羽根が左右に伸び、翼となった。
「飛んで追いかけるよ、とこたん!」
「え〜、飛ぶのやだ」
「なんでよっ!」
「だって、スカートの中が見えちゃう・・・・」
「ゆかりみたいなミニスカだったら見えるかもしれないけど、とこたんはロングスカートじゃない! 見えない、絶対見えない!」
「でも、風で『ふわぁ〜っ』ってなったら見えるかもしれないでしょ?」
「どっちにしろとこたんは、どうせスパッツを履いてるんでしょ!?」
「でも、見えるのは・・・・いや。だって、見た方はチラっと見えるだけだから、スパッツかどうかないんて分からないでしょ? うわ〜、あんな純情そうな子が黒いパンツ履いてるよ〜とか思われたら嫌だもん」
「じゃあスカートにしなきゃ良かったじゃない! デザインしたのは透子だよ?」
「だってスカートの方が可愛いんだもん」
「あぁもう、敵が逃げちゃう!」
 ゆかりはとこたんを置いたまま、黒い影を追って飛び立った。
「キラキラスマイル、ニッコリ八重歯! 純情可憐ではぁとをキャッチ! うぇるかむ、ローラーブレード!」
 ぽよぽよとこたんは魔法で出したローラーブレードを履き、ぷにぷにゆかりんの後を追った。
 マジカルアイテム「魔法の孫の手」「魔法の肩叩き」は、使い手の精神力に応じて、魔力を使って様々な物体を構成することが可能である。欲望の塊である人間にマジカルアイテムを与えることは基本的に許されない。どのような犯罪を起こすか予測できないからである。
 そういうわけで、全てのマジカルアイテムにはセーフティロックが付いている。ロックの種類は様々だが、ゆかりたちのアイテムに付いているロックは「宝玉を手に入れるために必要な場合に限り、その使用を許可する」というものだった。その承認は、それ自体が生きているマジカルアイテム自身が行う。
(もしかして、魔法の孫の手を手なずけ・・・・もとい、仲良くなれば承認も甘くしてくれるとか)
 そう考えたゆかりは、いつも「魔法の孫の手」をピカピカに磨き、手荒に扱わないように注意していた。

「待て〜!」
「あの子、飛ぶの!? ・・・・あっ!」
 空から追って来るぷにぷにゆかりんの姿を見て焦った黒い影は、足元の段差に気付かず走ってきた勢いそのままに思い切り転んでしまった。
「痛いっ・・・・! あ、た、玉は!?」
 黒い影の手を離れた金色の玉は、そのまま地面をポンポンと跳ねながら転がっていった。
「いただきっ!」
 その前方に回り込み、跳ねる玉をキャッチするぷにぷにゆかりん。
「あっ!」
 膝を擦り剥いた痛みに耐えつつ、黒い影は立ち上がった。膝の部分の生地が破れ、肌が露出していた。そこから見える肌は、真っ赤になっている。
「あれ、これ・・・・」
 ゆかりんは指でぷにぷにと玉を押さえてみた。ゴムのような弾力がある。
「これ、スーパーボールじゃない?」
「な、何なのスーパーボールって? ひょっとして、凄い玉!?」
「直訳すればそうだけど・・・・あんた、知らないの? 勢い良く跳ねるオモチャだよ。っていうか、膝、大丈夫?」
「あっ」
(しまった、声を聞かれた!?)
「ゆかり〜ん!」
 やっとのことで追いつくとこたん。黒い影はゆかりんととこたんに挟まれる形となってしまった。
(間違いだったの? まさかオモチャ相手にここまで苦労するなんて)
「さぁあなたが何者か、聞かせてもらおうじゃない」
 とこたんが詰め寄る。
 その時だった。
「きゃっ!」
「うわっ!」
 ゆかりんととこたんは、ほぼ同時に背中から強烈な衝撃を受け、前のめりに倒れた。
「いったぁ〜い!」
「鼻、打ったぁ〜」
 2人に奇襲のキックを浴びせた2人は、黒い影の両腕を持ち上げた。その2人も同じように全身を覆う服装で、同じく漆黒だった。1人は背が低く、他の2人の肩ほどしかない。
「退くよ」
 一番背の高い者の合図で、2人は黒い影をかかえて飛び去った。
「ま、待って!」
 黒い影の1人が何かを地面に叩きつけたかと思うと、一面に煙が立ち込めた。
「うわっ、なにこれ!」
「煙幕!?」
 煙を吸い込んでゴホゴホと涙を流してむせるゆかりんととこたん。涙目で敵の姿を探したが、どの方角に逃げたかも分からない有様だった。
「う〜、目にしみるぅ〜!」
「あの人たち、忍者・・・・くの一なのかなぁ」
 煙が晴れてからもまだ、2人の眼からは涙が零れていた。

「ありがとう、姫宮さん、藤堂院さん」
 ゆかりと透子は元の姿に戻った後、プールで待っていた立石先生に金色のスーパーボールを返しに来た。
「でも先生、そんなに大事な物なんですか、そのスーパーボール」
「これはね・・・・大事な人に初めて貰った物なのよ」
 立石先生は頬を赤らめて言った。
(うわ、先生、赤くなっちゃって可愛い・・・・大事な人って、誰だろう?)

 2nd Love へ続く



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