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タイトル


 32th Dream 「大好きと涙」


「しかし・・・・」
 ゆかりのすぐ後ろでユタカが呟いた。
「なに? ユタカ」
「いや・・・・あいつの魔力が桁違いだなと思ってな。こっちは孫の手と肩叩き、両方とも魔力をチャージしているにも関わらず、あいつはずっとあのMSを維持している。しかもこの巨大なオタ空間を形成しているんだ。明らかにマジカルアイテムのパワーが違い過ぎる・・・・そう思わないか?」
「うん・・・・それがミズタマが言ってた『欠陥品のマジカルアイテム』ってことなのかな」
「欠陥品?」
「うん、欠陥品としか聞かされていないから、どういう風に欠陥があるのかは分からないみたいだけど」
「ふむ・・・・例えば魔力が無尽蔵に使えるマジカルアイテムがあったとしよう。魔法を生み出すには魔力と精神力を使うと言ったな。ということは、彼が無尽蔵に魔法を使い続ければ、無尽蔵に精神力を使うことになる。このままだと、あの先生の精神が崩壊しかねない」
「止めないと、大変なことになるよ!」
 ゆかりは通信機を開き、大河原に向かって話し掛けた。
「先生、このまま魔法を使い続けると、先生の体が持たないよ! 早く魔法を解いて! じゃないと・・・・」
「戯言はやめろ!」
 2門のキャノン砲がセラフィムに向けて火を吹いた。
「ゆかり!」
 とっさのことで動けなかったゆかりの代わりに、ユタカが腕を伸ばし操縦悍を握ってそのビームを避けた。
「倒すしかないようだな・・・・奴を助けるために奴を倒すぞ、ゆかり!」
「うん!」
(人助けのための暴力、平和のための戦争か・・・・矛盾しているな。正義の為の戦いで、人は幾度となく血を流し、倒し、倒されてきた。神という名の存在に自らの罪を転嫁することで人は悪魔にもなれる・・・・)
 ビームカノンを携え、セラフィムが急降下した。砲撃をしつつ、ジェノサイドに接近する。
「馬鹿め、接近戦では私の方が有利なのだよ!」
 ジェノサイドがハンマーで迎え撃とうとした時、セラフィムが翼を全開にして急停止した。
「何のつもりだ!?」
 大河原の目の前にあるスクリーンに、グリーンに光るビームの刃が映し出される。ジェノサイドの肩越しにルシフェル・Lサイズの刃が頭部に当てられていた。
「チェック・メイト」
 ルシフェルはそのままためらいなく死神の鎌を真横に凪いだ。ジェノサイドの頭部、バックパックの突起部分、2本のクラブシザースの爪部分が見事に切り離される。
「ぬうっ! セラフィムは囮か!」
 頭部のメインカメラを失い、大河原は真っ暗なコクピットで唸った。
「いただき!」
 透子は更に2本の鎌を振り回し、切りかかった。
「やらせはせんよ!」
 大河原は足元に置いていた魔法のノコギリを手に取り、魔力を解放した。瞬く間にジェノサイドの破壊された部分が復活する。
「うそ〜!」
「瞬時に再生するとは・・・・奴め、G細胞を取り込んでいるのか?」
 ルシフェルの鎌がジェノサイドに掴み取られる。
「貴様も首を切り取ってやる!」
 ルシフェルに向かって振り下ろされた鎌をデビルファミリアの有線アームが掴みにゆく。だが腕っ節の差があり過ぎ、抵抗虚しくビームサイズはルシフェルの胸の装甲を焼き切りながら振り下ろされた。
「ああっ!」
「透子っ!」
 セラフィムのビームスマートガンが火を吹く。だがジェノサイドの巨大バックパックに直撃したはずのビームが見えない壁に当たって四散する。
「バリアーか! 奴め、どんどん進化しやがる!」
「翼が生えたからと言って、強くはなれないんだよ!」
 襲いくる鉄球が、セラフィムの持つビームスマートガンの砲身を粉砕した。
「しまった!」
「大人しくマジカルアイテムを渡せ!」
「ゆかり、操縦を代わってくれ!」
 耳元でユタカが叫んだので、ゆかりは思わず両耳を塞いだ。当然、操縦悍からは手が離れているわけで、セラフィムの機体が傾く。
「危ないな! 手を離すなよ!」
「だって、いきなり叫ぶんだもん!」
「いいから、操縦を代われ!」
「え〜、何でだよ〜。ゆかりのマジカルシューターだよ!」
「ビームガンがなくなったのでやることがなくなったんだよ! て言うか、操縦してみたいから代わってくれ!」
「も〜、これだからオタクは!」
「オタクって言うな!」
 ゆかりとユタカが痴話喧嘩をしている隙に、ジェノサイドはルシフェル目掛けてありったけのビームガトリングを撒き散らしていた。とばっちりを喰らった校舎が蜂の巣になってゆく。ガラスが割れ、壁が崩れ、穴の開いた屋上のタンクからは水が噴出した。
「と、透子さ〜ん!」
 こなみが耳を押さえて泣き叫んだ。
「無茶苦茶だわ!」
 ルシフェルが身を隠した校舎が倒壊する。あっと言う間にこの辺りにはルシフェルが身を隠せるだけの高さを持つ建物がなくなってしまった。
 オタ空間の中の出来事は、実世界には影響しない。この崩壊したうさみみ中学も、実際には校庭の木1本も倒れていないのだ。
「この、この、この!」
 大河原は必要以上にうさみみ中学を破壊し続けた。まるで自分の夢を壊した学校を破壊し尽くすかのように。
「みんな壊れてしまえ! 受験の為だけの教育など、粉微塵に砕いてやる!」
「理想と違ったからって、現実から逃避してるだけじゃないの!」
 ルシフェルが鋭利な刃を備えたキャットクローを装着し、左手で切りかかる。真っ二つに切り落とされたガトリングの砲身は、だが、瞬く間に復活した。
「駄目だよ、そんな無茶な魔法の使い方をしたら、先生の精神が!」
 破壊行動を止めようと背中に取り付いたセラフィムを、先程復活したクラブシザースが振り解いた。その拍子にフェンスに叩きつけられる。
「夢と違ったなら、現実を変えればいいじゃない!」
「小娘が偉そうに!」
 ルシフェルの頭部に振り下ろされたジェノサイドの拳が、頭部から上半身までを打ち砕いた。身を守ろうと閉じかけた漆黒の翼を、ジェノサイドの腕が掴み、引き千切り、投げ捨てた。
「安心しろ、コクピットは狙わん。マジカルアイテムが壊れてしまうからな」
 見る見る内にルシフェルの腕や脚がもぎ取られ、鉄の塊と化してゆく。
「透子〜!」
 ゆかりは接近戦では叶わないと感じ、破壊されたスマートガンの代わりになる武器を探した。
「何か武器はないの!?」
 ゆかりの声に応えるように、コンソールが光って武器が映し出された。
「何だ、あるじゃない! 早く言ってよねぇ」
 セラフィムの手に、ビームスマートガンよりも巨大なビームランチャーが出現した。
「それは駄目だ、ゆかり!」
 ユタカがその武器を見るなり、大声で叫んだ。
「な、なによう」
「それは使ってはいけないんだ! それは最終兵器なんだ!」
「それならなおのこと、今使うべきでしょ!?」
「とにかく駄目だ!」
 ユタカはゆかりを止めようと腕を掴んだ。
「きゃ、スケベ!」
「腕を掴んだだけだろ!? とにかくその武器を引っ込めろ!」
「やだ、透子を助けるんだ!」
「いいか、あの武器は・・・・」
 揉み合っている内、ユタカの手の平がゆかりの控えめな胸に触れた。当然「掴む」と表現するだけのボリュームはない。
「どすけべ〜!」
 ゆかりの肘がユタカの鼻っ柱にクリーンヒットした。
「あべし!」
 巨乳ヒロインなら図らずも胸を掴んでしまった主人公が鼻血を出して倒れるというありがちなシチュエイションだが、ユタカは掴み所のない胸を触って肘打ちで鼻血を出して倒れてしまった。
 そのまま引っくり返ったユタカには目もくれず、真っ赤になったゆかりはジェノサイドに照準を合わせ、トリガーに指をかけた。
「ひゅ、ひゅかり〜!」
 鼻を押さえながら、ユタカが起き上がった。
「そのセラフィムの最終兵器ディザスターランチャーは・・・・!」
「いけ〜!」
 引き金を引かれたディザスターランチャーが唸る。
「そのとてつもない威力に、セラフィムの機体がバラバラになってしまうんだ!」
「・・・・え?」
 青白いビームが発射された途端、セラフィムをとてつもない衝撃が襲った。翼を広げて抵抗しようとするも、ランチャーの砲身を初め、セラフィムの腕や脚の装甲が次々と剥がれ、アンテナが折れ、翼が折られていった。
「反動に逆らおうとするな! 抵抗せず、そのまま吹き飛ばされろ! でないと粉々になるぞ!」
「そんな〜!」
 抵抗をやめたセラフィムが後方に吹き飛び、突き破らんばかりにフェンスに激突し、手足が折れ飛んだ。
「何でこんな武器、作ったの!?」
「自分の身を投げ出し、最後の攻撃を繰り出す主人公・・・・格好いいと思ったんだ」
「これだからオタクは・・・・」
 ゆかりは呆れつつも、辛うじて生きているモニターを確認した。あれだけの威力なのだから、ジェノサイドも無事ではすまないはずだ。
「あ!」
 はるか向こうには、腕も頭もなくなり、辛うじて立っているだけのジェノサイドグンダムの姿があった。セラフィムが自らを犠牲にして攻撃しただけの成果はあった。
「あれだけ壊れれば、もう動けないはず・・・・」
 誰もがそう思った。だが・・・・。
 ジェノサイドの身体が光ったかと思うと、あっと言う間に元の姿のジェノサイドがそこに立っていた。
「無茶だ、あんな巨大な物を瞬時に復元するなんて!」
 鼻血の流れる鼻を押さえながら、ユタカが起き上がる。彼は大河原のことを本気で心配し始めた。仮想空間で死人が出ては、洒落にならない。
「もう勝てないよ・・・・」
 諦めの言葉を呟くゆかりに、鼻血を出しながらユタカが声を掛けた。
「諦めるな、ゆかり!」
「ユタカ、鼻血出てるよ・・・・」
「お前がやったんだ!」
「ほら・・・・」
 ゆかりの持っていた魔法の孫の手の魔力ドームは、既にぺったんこになっていた。
「魔力切れか・・・・」
 ユタカが巳弥に借りたマジカルハットも同様に魔力が底をついていた。
「もう、疲れちゃった・・・・」
「お、おい、ゆかり!」
 無理もない。孫の手2本分の魔法を使ったのだから、精神力も2倍消費している。
 ユタカは取りあえず鼻の流血が止まったことを確認し、ゆかりを抱いた。
「ごめんな、ゆかり・・・・」
「ユタカが悪いんじゃないよ・・・・あ、悪いかな、あんな変な武器、作ったから」
「そうだけど、そのことじゃないんだ。俺はゆかりを傷付けた。身体の傷は癒せる。だが心の傷は簡単には癒せない・・・・」
「・・・・」
「人を好きになるということは、奇跡だ。この広い世界で、1人の人を好きになるなんて、とんでもない奇跡だ。まして、お互いに好きになるなんて最高の奇跡だ。俺は・・・・」
「ユタカ?」
 ゆかりの腕に温かい水が落ちた。ユタカの涙だった。
「俺は・・・・自分でその神様の奇跡を・・・・台無しにしたんだ・・・・」
「・・・・」
 何と言い返していいか解らずに困っているゆかりの耳に、通信機からの声が届いた。
「ゆかり」
「透子?」
「あたしが悪いの、相楽君とのことは・・・・」
「言わなくていい、藤堂院さん。俺が悪いんだ」
 通信機に向かってユタカが叫ぶ。
「違うわ、ゆかりにも話しておきたいの、本当のこと」
「本当の・・・・こと?」
「そう、本当のこと」
(2人が別れたのは、あたしのせい)
(あんなことをしなければ、2人は今でも恋人同士だったはずなのに)
(なのに・・・・)
「俺がゆかりを裏切ったことには変わりはない。俺が悪いんだ」
 相楽豊はそう言った。
 透子は自分が悪者になりたくなくて、その言葉に甘えた。自分は悪くない、そう思うことで自責の念から逃れようとした。
(でもそれはごまかし)
 逃げた気になっていただけで、ゆかりと豊に悪いことをしたという気持ちは自分の心の中から消えることはなかった。ゆかりの「透子は友達だよ」という言葉を聞くたび、心が痛んだ。いっそなじってくれた方が気が楽だと思った。
 今でこそ、こなみやタカシ、巳弥といった友達と呼べる存在がいる。だがそれはゆかりが透子を「もう友達じゃない」と言えば知り合うこともなかっただろう。
「あたしはゆかりがいてくれたら、それだけでいいの」
 いつかゆかりに対して言ったセリフだ。あの時は自分に酔って格好いい言葉を言った気がするが、今なら言える。ゆかりがいなければ、自分はずっと1人ぼっちだった。
 だから・・・・。
 通信機を通じて、透子はゆかりに語り始めた。その話にユタカも時々説明を入れた。


 1年と2ヶ月余り前のこと。姫宮ゆかりと付き合い始めた相楽豊は、ゆかりのわがままに多少振り回されつつも楽しい日々を送っていた。そんなある日、豊の耳に喫煙室で話している同僚の会話が偶然に入って来た。
「知ってるか? 相楽の奴、姫宮さんと付き合ってるらしいぜ」
「へぇ、そうなのか。姫宮さんとねぇ」
「俺、この前の日曜に相楽がデートしてる所を偶然見掛けたんだ。凄かったぜ」
「凄い? 何だ、交差点でキスしてたとか?」
「姫宮さんの格好だよ。驚いたね。相楽の奴、援交でもしてるのかと思ったよ。すっげぇフリルのついたピンクのフリフリのミニスカートだぜ。襟首もフリル、袖にはリボンときたもんだ」
「げっ、恥ずかしい! そういやそんな趣味だって聞いたぜ」
「あんなのと一緒に歩いて、恥ずかしくないのかな、相楽は。俺なら絶対にパスだね。ちょっとイタいぜ、あれは」
「連れて歩くなら、やっぱ藤堂院さんみたいな大和撫子だよな」
「藤堂院さんなら恥ずかしくないどころか、みんなに自慢したいね」
 そんな会話を聞いて、豊は怒鳴りつけてやろうかと思った。だがそこに豊の上司がやってきたため、偶然に通りかかった振りをしてその場を去った。
 先程の会話の内容に対して怒りを感じつつも、豊自身もそのデートの時に「恥ずかしい」と感じたのも事実だった。時々、すれ違う人がゆかりのことをジロジロ見ながら通りすぎて行くことがあった。
(でも、あれがゆかりのスタイルだし、俺は可愛いと思う。俺は「可愛いもの好き」だからな。それでいいじゃないか)
 何よりも姫宮ゆかりの中身に惚れたのだ。豊は同僚の話など気にしないことに決めた。自分に彼女が出来たのをやっかんでいるのだろうと思った。
 その日の帰り、豊は会社を出た所で退社する藤堂院透子の姿を見掛けた。
(あっ)
 昼間に聞いた会話に出てきた透子に出会って、豊は何となく意識してしまった。豊の視線に気付き、透子は豊に向かって軽く会釈した。
「あ、どうも」
 突然のことだったため、何となく妙な言葉を発してしまった豊だった。
(藤堂院さん、か・・・・)
「ユタカっ」
「のわっ!」
「どうしたの? そんなに驚いた?」
「ゆ、ゆかり! いきなり話し掛けるな!」
「帰ろ、ユタカ」
 ゆかりはミニスカートを揺らして豊の手を引いた。会社では制服だが出社と退社時は普段着である。しかしさすがのゆかりも今はフリフリなスカートではないが、ピンク色が人目を引く。
 雑踏に紛れてしまった透子のグレーのシックなワンピースと、ゆかりのピンクのミニスカートを比べてしまう豊だった。
(やっぱり藤堂院さんのスタイルこそ、年相応って感じだよなぁ)
 自分に向けられた透子の微笑みが目に焼き付いていた。
「帰ろうよユタカ」
「お、おい、離してくれよ、恥ずかしい」
 豊はゆかりに引っ張られている手を振り解こうとした。
「・・・・恥ずかしいの?」
「え、いや、だってほら、会社の人に見られるからさぁ」
「ふぅん・・・・」
 淋しそうな顔をするゆかりに、豊は悪いことをしたという気持ちと、もっと大人になってくれよ、という気持ちを持った。
 そんな気持ちのまま、数日が過ぎた。
「あのね、相楽君」
 ある日、豊は透子に呼び出しを受けた。豊の心に期待のようなものがあったことは否定できなかった。
(俺は何を期待しているんだろう? 俺が好きなのはゆかりなのに)
「な、何?」
「あたしと、その・・・・付き合って欲しいの」
 その言い方と表情に決意を感じた豊は、その言葉が本物だと思った。透子はいわば会社の独身男性のアイドルと言うか、憧れの的であり、ゆかりの友達だと聞いている。そんな彼女が自分に告白するなんてことは、有り得ないと思っていた。だが彼女は本気だ。恥らう表情と硬い口調が豊にそう思わせた。
「俺達、別れた方がいいと思うんだ」
 豊はゆかりに事情を説明し、別れ話を持ち出した。激しい雨の振る夜だった。
 ハンドバッグで殴られた頬の痛みよりも心の痛みの方がより強く感じる豊だったが、これで良かったんだと自分に言い聞かせた。
 だが透子は付き合い始めたにも関わらず、豊をデートに誘ったりはしなかった。それではと豊から食事に誘ってみたが「今日は都合が悪いから」といつもはぐらかしていた。かと言って、透子は女友達と食事をしているわけでもない。おかしいと思い、豊は会社の前で待ち伏せて一緒に帰ることにした。
 透子と一緒に歩くと、何となく誇らしい気分だった。歩いている内に豊は手を繋いでみたくなり、付き合っているのだからと透子の手を握ってみた。
「きゃっ!」
 その時の反応を、豊は今でも忘れていない。何か汚いものを触った時のような反応だった。
「ご、ごめん、いきなり・・・・でも俺たち、付き合っているんだし・・・・」
「ごめんなさい、あたしの方こそ、その、突然だったから・・・・」
 それからも透子は豊に手すら握らせない、ましてキスもさせない日々が続いた。
「透子さん、俺と付き合う気、ないんじゃないか?」
 ある日、遂に豊は電話番号すら教えない透子にそう切り出した。
「おかしいじゃないか、手も握れないなんて。これじゃ付き合ってるなんて言えない」
「・・・・ごめんなさい」
 透子は豊に「ゆかりが男の人と付き合ってることに嫉妬して、邪魔をしたかった」と説明した。だが豊には、その表情が憂いを帯びていることに違和感を感じていた。
「本当のことを言ってくれないか」
「本当よ、ゆかりに負けたくないから・・・・」
「だったら・・・・」
 豊は左手で透子の手首を掴み、右手で無理矢理握手をした。
「いやっ・・・・」
 手を引っ込めようとする透子だが、豊はしっかりと握って離さない。
「やめて、離して!」
「手を握ってるだけじゃないか、どうしてそんなに嫌がるんだ!?」
「いや、離して、いやぁっ!」
 泣きそうな顔をする透子を見て、さすがに悪いことをしていると思った豊は透子の手を開放し「ごめん」と謝った。
「・・・・」
 怯えたように握られた手を隠し、透子は横を向いてしまった。
「分かった、訳を話してくれとは言わないよ・・・・俺が好きで付き合おうって言ったんじゃないんだな、それだけ教えてくれ」
「・・・・」


「もういい、藤堂院さん。それ以上は・・・・」
 話を遮る豊を無視する形で、透子は続けた。
「あたしはある出来事に遭って、男性恐怖症になったの」
「えっ」
 ゆかりには初耳だった。そう言われれば、そんなフシもあった気がする。男子には見向きもしなかったし、透子が男の子と2人で会話している姿も記憶がない。そう言われれば男性の先生とも話をしていなかったかもしれない。
 男子に人気があるくせに、男子に見向きもしない。そんな透子を女子生徒は「お高くとまって嫌な女」として見ていた。いつしか女子の友達もいなくなっていた。
「社会人になってもずっと変わらなくて、こんなんじゃいけない、って思って・・・・そんな時、ゆかりに彼氏が出来たって聞いたの。男の人は怖いけど、ゆかりが好きになった人なら信用できるかなって。怖くないかなって。付き合ったり出来るのかなって。でも・・・・やっぱり駄目だった」
「・・・・それで、ユタカと・・・・」
「ごめんね、最初から正直に言えば良かったんだよね。そうしたら相楽君も協力してくれたかもしれないのに。やっぱりちょっと、ゆかりに嫉妬してたのかな。彼氏が出来たからって」
「透子・・・・」
「だから・・・・相楽君は、悪くないの」
「いや、俺が悪いんだ。そんな事情を知る前に、俺はゆかりを裏切ったんだ」
「ううん、あたしが」
「いや、俺が」
「あたしだってば!」
「俺だよ!」
 バン!と大きな音がして、豊と透子の言い合いが止まった。ゆかりがコンソールを両手の平で思い切り叩いたのだ。
「2人共、やめて!」
 静まるコクピット。
「話は分かったから、取り合えずこの状況を何とかしないと」
 ゆかりに言われ、メインカメラが死んでいるために豊と透子はハッチを開けて外の状況を確認した。
 そこには、校舎や体育館、中庭の銅像、運動場の遊具などが全て破壊されたうさみみ中学の姿があった。
「さぁマジカルアイテムを渡せ、小娘ども!」
 少々ボリュームを上げ過ぎではないかというほどの音量で、大河原が叫んだ。
「それで全てを破壊してやるんだ、この俺の夢を壊した奴らを、体制を、社会を破壊してやるんだ!」
「あいつ、目的が違ってきている。奴はもっとオタクな夢を叶えるためにマジカルアイテムの力を欲していたはずだ。あれではただの破壊魔だ。まさにジェノサイド(大量虐殺)だな」
 グンダムオタクという点で共通しているユタカは、大河原のことを「話せば分かり合える」人間だと思っていた。だが今の大河原には、話は通じそうにない。
(しかし、今の俺達には奴を止めるすべがない)
 唇を噛み締めてジェノサイドグンダムを睨むユタカの前に、1機のMSが出現した。
「何だ・・・・?」
 そのマジカル・シューターはジェノサイドに比べれば親子ほど違う、小型のMSだった。背の高さはセラフィムやルシフェルと大差ないが、スリムな体型のために何となくひ弱そうな印象を受ける。
「誰だ、あのMSに乗ってるのは」


33th Dream へ続く


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