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28th Dream 「天使じゃなくても」
(来ないなぁ、みここちゃん)
次の朝、ゆかりはいつもより少し早めに教室に到着し、みここが登校して来るのを待っていた。ゆかりが早く起きるのは奇跡的だが、それほどみここのことが気になっていたのだろう。昨夜は少し寝る時間が遅くなったにも関わらず、今朝は30分も早く起きてしまった。
「あれ? ゆかりん、おはよう」
巳弥の朝の挨拶にも「珍しくこんなに早くゆかりんがいる」というニュアンスが込められていた。
「おはよう、巳弥ちゃん」
「どうしたの? こんなに早く・・・・やっぱり山城さんのこと?」
「うん、やっぱり気になって。敵討ちなんて、穏やかじゃないでしょ」
「そうね・・・・」
巳弥の所に泊まった莉夜は朝からエアースーツを着て、1人であずみとマジカルアイテムの捜索に出た。
始業のチャイムが近付くに連れて教室の生徒の数が多くなってゆくが、山城みここの姿は見えなかった。
ゆかりの心配が膨らんでゆく中、遂にチャイムが鳴り担任の露里がやって来た。本当なら露里と立石の一件はゆかりにとって衝撃的かつちょっぴり悲劇的だったはずだが、今のゆかりには余裕がなかった。落ち込んでいてもおかしくないはずなのだが、重い荷物を降ろしたような感じだった。いや、もっと重い物を背負っているので、その前の荷物が軽く感じられるのかもしれなかった。
「急な話だが、転校生を紹介するぞ。しかも2人だ」
教室全体がざわめく。本来なら興味深々なゆかりだが、今はみここの心配で頭が一杯だったので、一瞥して男子転校生の方は「色が黒くて髪が長いな」、女子の方は「大人しそうな子だな」と思っただけだった。
(みここちゃん、犯人を捜しに行ったのかな? だとしたら、早く止めにいかないと・・・・でも、どこへ?)
平静を装いつつ、内心で焦るゆかり。その間に転校生が紹介され、黒板にはチョークで名前が書かれてゆく。
「澤崎春也(さわざき はるや)だ。よろしくな」
「桜川咲紅(さくらがわ さく)です。よ、よろしくお願いします」
(・・・・)
みここを捜しに行こうかと考えていたゆかりは、転校生の視線に気付かなかったが、巳弥は自分に向けられたそれに気付いた。
(私と・・・・ゆかりんを見てた?)
だが男子転校生は「たまたま目が合った」というように、そのまま視線を流した。女子転校生の方は下を向いたまま顔を上げなかった。
「みんな、仲良くしてやってくれ」
露里に案内され、澤崎はゆかりの後ろの席に座った。咲紅はこれまた巳弥の後ろの席に座る。
「よろしくな」
「ふぇ? あ、はい、こちらこそ」
声を掛けられたゆかりは、その時初めて澤崎の顔を見た。
(あれ、この人・・・・)
ゆかりを見る澤崎の目は、透明感のあるブルーだった。
「・・・・」
「何か付いてるか?」
「あ、ご、ごめんなさい」
ついその瞳に見入ってしまったゆかりは、慌てて前に向き直った。
(不思議な目だな・・・・外国の人かな)
マジカルチャージャーを使用したことのある透子なら、あるいは気付いたかもしれない。その瞳の色が、魔力の色と同じだと言うことに。
同じ頃、その2人と同じ色の瞳を持った転校生が透子のクラスでも紹介されていた。
「鷲路憂喜(わしろ ゆうき)です。よろしくお願いします」
少しクールな男子という印象の転校生は、長い髪をなびかせて一礼した。「美形よ、美形!」という女子生徒の囁きが聞こえる。
だが透子はその時、教室にはいなかった。本日、学校を休んでいる倉崎命人を訪ねるため、彼の家に向かっていたからだ。みここはゆかりと巳弥に任せればいい。となれば、後はマジカルアイテムを持つ倉崎を当たるべきだと考えたからだった。
だが折角の苦労も実らず、倉崎の家は留守だった。
(どこ行ったのよ、もう)
暑い中、長い道のりが徒労に終わって悔しがる透子だった。
9月に入って暑さも和らいだが、それでもまだ今日は汗ばむ陽気だった。しかしながら、いつもの通りに校長室はクーラーも扇風機も点いていなかった。暑いのならエアコンを点ければいいと思うのだが、校長は額から汗を流して座っている。
だが校長の汗は、気温のせいだけではなかった。
(何ということだ。彼らのような者達が存在し、しかもこの世界に介入してくるとは)
(彼らの目的とは一体・・・・?)
(ゆかり君、透子君、巳弥だけではない。マジカルアイテムの存在を知る者全てが注意する必要がありそうだ)
「こーちょ−せんせー!」
「のわっ!?」
急に扉が開き、ゆかりが大声を出したため、考えに耽っていた校長は思わず叫び声をあげてしまった。
「は、入って来る時はノックをしたまえ! OLの経験もあるのだろう、ゆかり君!」
「そんな時もありましたねぇ」
「他人事じゃないんだぞ、遠い目をしないでくれ。何か用なのかね?」
校長はまだドキドキしている心臓を抑えていた。
「ゆかり、早退します」
選手宣誓のように腕をビシっと上げる。
「またかね? と言うか、いつも無断で早退や欠席をしているじゃないか。今日も透子君は連絡もなしに休んでいるし・・・・」
「あ、そうだ。透子は今日、お休みします」
「えらく遅い報告だな・・・・」
ゆかりに付き合っていると、また暑くなってきた。
ゆかりは校長に「みここちゃんが心配だし、マジカルアイテム奪還も兼ねているので」と早退の理由を話した。校長には却下する理由はない。
「それじゃ、失礼します」
「あ、ゆかり君」
「はい?」
「今日の転校生なんだが・・・・いや、いい」
「彼がどうかしたんですか? あ、そうそう、ゆかりは知ってますよ」
「知って・・・・いるのか? 彼らの正体を?」
(さすがと言うべきか、ゆかり君が彼らの正体を見破るとは)
「外国の人ですよね? アメリカ人?」
「・・・・そ、そうだな、外国の人だ・・・・ところでゆかり君、君は人前でむやみに魔法を使ったりしていないよな?」
「むやみかどうかと聞かれますとそれほどみやみでもない気がしないでもないように思われます」
「政治家かね君は」
「極めて遺憾です」
「意味を分かって言ってるのかね? いや、まぁそれならいいんだ・・・・くれぐれも注意してくれ」
「注意?」
「あ、いや、やたらと魔法を使ってはいけないということだよ」
校長はハンカチを取り出し、額の汗を拭った。
ゆかりも透子も巳弥もいなくなったうさみみ中学の昼休み時間、MOTの秘密会議室では緊急集会が行われていた。参加者は主催の大河原、電話で呼び出された倉崎、笠目、村木だ。
「君たちを呼んだのは他でもない」
教壇に立つ大河原は、座っている3人に対して頭を下げた。
「い、いきなり何をするんですか、先生!」
予想も出来なかった大河原の行動に、笠目が驚く。
「頼む! 私の夢に付き合っては貰えないだろうか!」
「先生の夢?」
村木が問う。
「グンダムはもう完成しているのではないですか?」と、倉崎。
「まだ夢の途中なんだ。夢を実現するためには、もっと多くの魔力と精神力と妄想と夢見る心が必要なんだ。頼む、俺に力を貸してくれ」
「でも僕たちはもうマジカルアイテムを持っていません」
「そう、既に倉崎君のマジカルダストパンを残すのみとなってしまった。そこで・・・・」
大河原は一呼吸置いた。
「姫宮ゆかり、藤堂院透子のマジカルアイテムを奪う! みんな、俺について来てくれないか!」
「おお・・・・」
3人には大河原の目が「決意の目」に見えた。
「でも、それって強盗ですよ」
「もう俺、やる気ないし」
「僕もです」
だが、誰もついて来なかった。
「お前たち、夢はどうした、夢は!」
「もう僕たちの夢は壊れてしまったんですよ」
「先生もいい歳なんだから、そろそろ目を覚ましたらどうです?」
「何か見返りでもあれば話は別ですけどねぇ」
最後の村木の言葉に、大河原は「仕方ない」と最終兵器を持ちかけた。
「手を貸してくれたら、今度のテストの問題を教えてやろう」
その言葉に、笠目と村木が反応した。
「マジで?」
「マジだ」
「教師にあるまじき行為では?」
「それは言うな。俺はまだ正式な教師ではない」
「最悪な教育実習生ですね。教員免許は授けたくないな」
と言いつつも、2人の目はもうやる気だった。だが倉崎だけは話に乗ってこない。
「僕は自分の力でいい点を取りますので。手助けが必要ならその2人にどうぞ」
「それは困る! 君は3人の中で唯一、マジカルアイテムを持っているんだぞ! 君の力が必要なんだ!」
「知りませんよ、そんなの」
倉崎は冷たく言い放つと、席を立った。
「この、軟弱者!」
倉崎の左頬に大河原の鉄拳が飛ぶ。不意打ちだったが、よろけながらも何とか倒れずに済んだ。
「殴りましたね!? 親にもぶたれたことないのに!」
「殴って何が悪いか!」
「・・・・いえ、この場合は物凄くはっきりと先生が悪いと思うのですが・・・・」
思い切り開き直る大河原に、左頬が痛い倉崎は弱々しく言い返した。
「倉崎、ちょっと来い!」
「ど、独房入りですか!? 暴力反対!」
倉崎は大河原に引きずられ、大視聴覚室から連れ出された。
「凄い・・・・」
倉崎は巨大MS(マジカル・シューター)のコクピットに乗せられていた。
「どうだね、倉崎君」
ヘルメットに内蔵されているマイクを通して、大河原の声が聞こえてきた。言うまでもなく、このMSは大河原が魔力で作り出したものだ。田宮君が乗ったものとはまた形状が違っている。
「こんな巨大な物が二足歩行するなんて・・・・どうやってバランスを取っているんだろう」
倉崎も田宮と同じく、MSを実際に動かしてみて、その大きさに感動していた。
「武器は・・・・これか。これを押せば発射・・・・凄いぞ、これならどんな兵器にも負けない!」
「おいおい、この空間内なら撃ってもいいが、あまり無駄使いするなよ。弾を撃つってことは魔力を消費するってことなんだからな」
「ラジャー」
楽しそうな倉崎の様子を見て、大河原は作戦の成功を確信した。倉崎はもともとゲームが好きな人種だし、ロボットアニメにも少なからず興味があるはずだ、そう予測して大河原は倉崎をMSに乗せてみたのだった。最初は嫌がっていた倉崎だったが、コクピットに乗って操縦悍を握った途端、眼つきが変わった。彼も巨大ロボットのパイロットというものに興味があったのだろう。
(これが先生の夢か・・・・確かに素晴らしい)
ちなみにここは現在、大河原の「オタ空間」の中である。よって空間を解かない限り外からは中を見ることが出来ないし、外に出ることも出来ない。中でどれだけ暴れても実際の世界には傷一つつかないという便利な空間だった。
だが体長20メートルもあるMSを覆い隠すほどのオタ空間を維持するには、相当の魔力と精神力を必要とする。
「倉崎、そのMSはお前にやる」
「えっ、貰えるんですか?」
「あぁ、名前は『ギルティグンダム』、俺のお気に入りだ。その代わり・・・・」
「ええ、分っています。先生の手伝いをしろと言うのでしょう?」
ゆかりと巳弥は早退したにも関わらず、みここを見付けることが出来ないまま放課後を迎えた。倉崎の家を訪ねて無駄足を踏んだ透子と授業を終えたタカシとこなみもみここ捜しに合流し、ユタカも仕事を終えた後に駆けつける予定だ。
皆が必死で探す中、みここは灯台下暗しでうさみみ中学の中庭にいた。ウサギ小屋にはまだ「う〜ちゃんのいえ」と書かれた板切れが淋しく掛かっている。
そこでみここは今、1人の少年と対峙していた。
「あなたなの?」
「お姉ちゃん、誰?」
その少年はみここを「お姉ちゃん」と呼んだが、実際は同じくらいの歳のはずだ。
「あなたがう〜ちゃんを殺したの?」
「う〜ちゃんって、ここにいたウサギ?」
「そうよ」
「真っ黒の?」
「そう」
「うん、殺してあげたよ、僕が」
罪の意識を欠片も感じない喋り方だった。むしろ少年の顔には「良い事をした」という満足げな表情が浮かんでいる。
「あんな酷い事をして、何も感じないの!?」
「酷いこと? どうして?」
「どうしてって・・・・!」
みここはマジカルハンマーを振り上げ、パステルステッキに変化させた。
「メイクアップ・イリュージョン!」
少年の前でみここはパステルリップへと変身した。
「わ、凄い。お姉ちゃん、どうやったの?」
「答えて! う〜ちゃんをどうして殺したの!?」
「やめるんだ、みここ君!」
「みここさ〜ん!」
そこに、鵜川とあずみが揃って現れた。彼らもまた、莉夜とみここを捜して1日中歩き回っていたのだった。
「鵜川さん、あずみちゃん・・・・」
「みここ君、マジカルアイテムをこっちに渡すんだ!」
「嫌です!」
みここは鵜川とあずみに背を向けたまま少年を睨みつける。だが所詮みここの睨みなので、全く怖さは感じられなかった。
「お姉ちゃん、どうしてウサギを殺したのって僕に聞いたよね? 教えてあげるよ。あのウサギが淋しそうだったからだよ。だから殺したんだ」
少年は何の抑揚も感情もなく、ただそれだけの言葉を口にした。
「淋しそうだったから・・・・?」
みここの声が震えた。
「可哀想だったんだ。狭い小屋の中に1人だけ。誰も構ってくれない。誰も見向きもしない。そんな毎日を送るなら、死んだ方がマシなんだ」
「そ・・・・そんなの、君に分るわけないじゃない! う〜ちゃんの気持ちなんか分かる訳ないじゃないの!」
「分るよ。僕がそうだったから」
少年の表情は変わらないが、みここにはどことなく憂いを帯びた気がした。
風の舞う音だけが辺りを包む。
「僕は人を殺したことがあるんだ」
「・・・・!」
鵜川の胸がズキンと音を立てた。
「でも怒られなかったよ。だからウサギを殺しても怒られないんだ」
芝居だ、と鵜川は思った。
あいつは本当は正常だ、罪を逃れるためにわざとおかしい振りをしたんだ。弁護士にそう振る舞うように言われたのだろうか、自らそんな知恵を持っていたのだろうか。
(奴が・・・・奴が華代を・・・・!)
「その僕が殺した女の人も、淋しかったんだ」
「・・・・!?」
「綺麗なお店で、綺麗な服を着て、綺麗なケーキを買ってるのに、その人は言ったんだ。『今日もまた1人でお祝いかもね。淋しいな』って」
「・・・・!」
「だから、殺してあげたんだ。もう淋しくないように」
「貴・・・・様ぁ・・・・」
(華代が淋しかった? 俺のせいか、俺が早く華代の元へ駆けつけていれば・・・・!)
鵜川が拳を固めたと同時に、みここがステッキを少年に向けた。
「あなた、今も淋しい?」
「うん。誰も僕と遊んでくれないから」
「だったら、消えた方がマシなんだよね」
ステッキの先端に光が集まる。それは村木に向けて放った技と同じものだった。
「みここちゃ・・・・」
村木の時と同じように飛び出そうとしたあずみだったが、その腕はしっかりと鵜川に捕まれていた。
「鵜川さん!?」
「シャイニング・キーッス!」
少年に向かって光が伸びる。少年は避ける素振を見せなかった。
鵜川は予想より強いあずみの力に、歯を食いしばって引き止めた。
「鵜川さん!」
「・・・・」
僕は卑怯な男だ。
華代のかたきを取る為とはいえ、みここ君に人殺しをさせようとしている。
いや・・・・違うんだ。
あれはパステルリップだ。
正義の味方が、悪い奴を聖なる光で消す。それだけだ。
人殺しじゃない。正義の行いなんだ・・・・。
「マジカル・リゾリューション!」
どこからか声が響いた。
「フェアリーナイト・ムーン!」
みここの放った光に、別の光がぶつかる。瞬く間にシャイニングキッスの光は消滅していった。
「みここちゃん!」
少年とみここの間にぷにぷにゆかりんが降り立った。
「姫宮さん・・・・」
「駄目だよ、みここちゃん! 人殺しなんて、絶対に駄目!」
「でもその子は、悪い子なんだよ!」
「そうかもしれない。そんなことゆかりには分んない。でも、友達のみここちゃんが悪い事をするのを、黙って見てられないよ!」
「友達・・・・」
「でしょ?」
「・・・・」
「自分のためにみここちゃんが人を殺しちゃったら、う〜ちゃんは悲しむよ。みここちゃんだって、嫌でしょ? 自分のために誰かが悪い事をするなんて」
「・・・・」
「う〜ちゃん、きっと嬉しいよ。お墓にあんなにお花、飾って貰って、寄せ書きとか、飾り物とかで一杯だったよ」
「え?」
みここは花は飾ったが、それ以外のものは知らない。
(みんなが・・・・う〜ちゃんのために・・・・?)
う〜ちゃんが死んで悲しいのは、自分だけではなかった。
自分がかたきを取らなければと思っていた。自分だけがう〜ちゃんの死を悲しんでいるのだと思っていた。自分だけがう〜ちゃんの友達だと思っていた。
(もうう〜ちゃんは、淋しくなんかないんだね)
みここのステッキを持った手が下ろされた。
「それ、返してくれる?」
ゆかりがステッキを指差すと、みここはコクリと頷いた。
「これで残るマジカルアイテムはあと2つね」
後から来たとこたんがゆかりの肩に手を置く。みここがゆかりに向かってマジカルステッキ(マジカルハンマー)を差し出した。
その時だった。
「!!」
耳鳴りのような音が聞こえ、胸が苦しくなる。
「こ・・・・この現象は・・・・!」
その場にいたゆかりん、とこたん、みここ、あずみ、鵜川はそれぞれ耳を塞いだ。ただ1人、少年だけは耳を塞がなかった。周囲の出来事にはまるで関心がないとでも言うかのように。
「な、何だこの音は!?」
「ふにゅ〜!」
そして、ゆかり達を追ってその場に向かっていた巳弥、ユタカ、タカシ、こなみもその現象に巻き込まれていた。
「こ・・・・これはオタ空間! だ、だが、この前の時とは桁が違う!」
唯一この中でオタ空間を体験しているユタカは、巳弥達に「慌てないで! すぐ収まるから!」と叫んだ。
その瞬間、耳鳴りや頭痛、胸の苦しさがふいに止んだ。
「空間が完成したか・・・・」
「ユ、ユタカさん、さっきのは一体・・・・?」
タカシの質問に、ユタカは手早く説明した。
「敵のマジカルアイテムの能力で、異空間が形成されたんだ。この空間内は魔法が制限され、作り出した相手の世界観に反するものは実体化出来ない。問題は、この世界がどんな世界観を持って生まれたか、だが・・・・」
巳弥はマジカルハットを持っているが魔法が使えない。だが幸いなことに、こなみが透子から予め借りていたマジカルドライバーがあった。
「むっ!?」
ズドン、ズドンと重々しい音が響いた。
「何でしょう? あの音・・・・」
「とんでもなく大きなものが歩いている・・・・という感じか」
ユタカは恐竜や怪獣の類を頭に思い浮かべた。
「まずい、先に行ったゆかり達が危ない、急ぐぞ!」
「はい!」
と少年少女3人を従えて掛け出したユタカの前に、2つの人影が現れた。
「ここから先は通しませんよ」
「お前達は!?」
ユタカの問いに、本人達でなくタカシが答えた。
「村木、それに笠目・・・・」
「よう生田、この間はどうも」
村木が不敵な笑いを浮かべる。
「ここから先へは通さないぜ、おっさん」
「誰がおっさんか!?」
憤慨するユタカに対し、笠目も口元に笑みを浮かべた。
「あの時は負けたが、今日はそうはいきませんよ」
「ほう、上等だ。大人を舐めんなよ」
「お前たちを足止めしろ、という大河原先生の言いつけだ。マジカルアイテムを集結させるわけにはいかないんでね」
笠目も村木も、テストの問題を裏流しして貰うという大河原との約束で、思い切り張り切っていた。あまり成績の良くない2人にとっては切実かつ効果的なエサだった。
「だがお前達、マジカルアイテムを持っていないんじゃなかったか?」
ゆかりたちの話によると、笠目も村木も既にマジカルアイテムを持っていないはずだ。
「甘いぜ、おっさん」
「おっさんて言うな!」
31歳のユタカはまだ「お兄さん」のつもりでいる。
「俺たちは既に、先生に魔法をかけて貰っているんだ!」
「そういうことか・・・・」
ユタカは巳弥、タカシ、こなみを集めて小声で話し掛けた。
「タカシ君、二手に分かれるぞ」
「え? は、はい」
「突破した方からゆかり達の援護に行く。出来るか?」
「分りました」
「男ならこなみちゃんを守り抜け」
「・・・・任せて下さい」
「いい返事だ。こっちも行くぞ、巳弥ちゃん」
「はいっ! で、でも、私、魔法が・・・・」
「そいつを俺に貸してくれ。俺が使う」
ユタカは巳弥からマジカルハットを受け取った。タカシもこなみからマジカルドライバーを譲り受ける。
「行くぞ!」
合図と共に、4人は二手に別れて笠目と村木のいる場所から、右と左へ散った。
「小癪な!」
(来るか・・・・この世界は、どんな世界だ?)
29th Dream へ続く
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