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タイトル


 26th Dream 「輝きの季節」


「ねぇ、健一! やったわ、受かったの!」
 待ち合わせていた喫茶店で僕の顔を見た途端、華代が恥ずかしいほどの大声で試験の合否報告をしてきた。僕は周りの視線を気にしながら華代の向かい側の席につく。
「これで春から私も保母さんよ!」
「そ、そうだね、良かった・・・・」
「あ〜、喜んでくれないの?」
「よ、喜んでるさ。僕は華代ほど感情を表現するのが上手くないから・・・・それよりごめん、20分も遅れて・・・・」
 注文を取りに来たウェイトレスにコーヒーをオーダーすると、僕は華代に「今夜はお祝いしないとね。どこかで食事しようか」と提案した。
「嬉しい。でも大丈夫なの? 今夜・・・・」
「今夜は夜勤じゃないから。大事件が起きない限り、大丈夫だよ」
 警察官である僕は、今まで何度か華代との約束を破ったことがある。約束がある日に限って、つまらない事件が起こる。しかも他の人が忙しくて、僕しか動けない時にだ。
「何をご馳走して貰っちゃおうかなぁ」
「値段はほどほどにしてくれよ」
 保母になるのを目指していた華代は、この春に短大を卒業する。試験にも見事合格して、僕も一安心だ。
 華代は保母さんを「自分の夢」だと言っていた。
「試験は実力で合格するものだろ? そういうのって、夢とは言わないんじゃないのか? 目標って表現の方が適切じゃない?」
「もう健一、夢が無いんだから」
 華代のもう1つの夢。保母さんになって、子供たちに自然の大切さ、命の尊さを教えること。勉強が出来なくてもいい、人に優しく、思いやりのある人に育てること。それこそ僕には「夢」に思えた。
「それじゃ、今日はお洒落しないとねぇ」
 だが華代を見ていると、それも「夢」ではなく「いつか叶う目標」のように思える。
 華代は人を幸せに出来る力があると自信を持って言える。なぜなら・・・・。
「健一は何が食べたい?」
 僕が今、最高に幸せだからだ。


 そんな僕を妬んでいる神様がいる。
「鵜川、早くしろ!」
「で、ですが、私は今日、約束が・・・・」などと言えるはずもなく、僕は交通事故の現場に緊急出動した。大卒の新米だけど、人手が足りないので応援に行かなくてはならなくなった。どうしてこんな日に限って、邪魔が入るんだろう? 人手が少ないとは言え、かなりの警官が駆りだされているはずだ。救助は救急隊員に任せればいいし、僕1人いなくたっていいじゃないか、どうしてこんな時に事故なんか起こすんだよ、しっかり運転しろよ! いっそ抜け出してやろうか? 今日は華代にとって大切なお祝いの日なんだから。
 そう思いながら、現場に向かう途中で僕は華代に電話を入れた。
「私のことは気にしないで。事故に遭って、怪我をしてる人がいるんでしょ? 早く助けてあげなきゃ、ね」
 抜け出してやろうと思っていた自分が恥ずかしかった。


 事故の規模はそれほど大きくもなく、幸い死者はなく3人が重軽傷で済んだ。いや、3人も怪我をしたのに「幸い」なんて言うと、また華代に怒られそうだ。
 僕は「遅くなるけど、そっちへ行けそうだ」と華代に電話を入れた。
「それじゃ、ケーキ買っておくわ。自分で、ね」
「僕が買って行くよ」
「ううん、遅くなるとお気に入りのケーキ屋さん、閉まっちゃうから」
 お気に入りの店があるのなら、その方がいい。僕はケーキを華代に任せ、少しでも早く彼女の部屋に行けるように仕事をこなした。
 21時少し前、また署に電話が掛かってきた。まさかまた事件?と思っていると、電話に出た課長が「なに、殺し!?」とテレビドラマのようなセリフを口にした。
「被害者は? うん、現場は? うん、犯人は? 凶器は? そうか、分った、すぐ行く」
 まただ。意地悪な神様は今日も僕の邪魔をする。僕だけならいい、華代を巻き込まないで欲しい。彼女は神様に恨まれるようなことなんか、何もしていないんだから。
「殺人事件発生だ。現場は卯佐美町3丁目、ケーキ屋『スイート・チック・ガール』の前」
 華代の家の近くだ。ケーキ屋って、まさか華代のお気に入りの?
「被害者は美澄華代、短大生。死因は腹部を刺され、出血多量。犯人は・・・・」
 そこから先の記憶がない。


 保護監察処分? 無罪? どういうことだ。
 華代は殺されたんだぞ。
 罪は確かにそこにある。なのに、誰も罪を償わないのはおかしいじゃないか。
 犯人に会わせろよ。犯人の両親に会わせろよ。
「あわせて下さい!」
「会ってどうする? 今のお前は冷静じゃない!」
「いいえ、冷静ですよ、きっとね。こんなに冷静に考えられる。警察の仕事は悪い奴を捕まえること、その罪を償わせることです。僕は警察官として、いいえ、人としてあいつに会う権利がある!」
「無惨! 短大生、夢の途中で命散る!」「保母に合格した日に狂刃に倒れる!」
 何故、華代だけが週刊誌に載って、犯人は載らないんだ? 犯人の方がより法に守られているのはおかしい。
「僕がそいつを殺してやりますよ。でも僕は無罪だ、精神鑑定でね。こんなに人を、子供を殺したいと思っている人間は、おかしいんだ。だから、僕は無罪になるんだ。あいつみたいに!」
 ケーキを買った帰りに、華代は殺された。動機は「ケーキが美味しそうだったから」。まだ「注意されたからムカついた」「足を踏まれた」という理由の方が、納得は出来ないがまだマシだ。怒りのやり場がない。
 やはり僕がケーキを買って行けば良かったんだ。署の人手が足りていれば良かったんだ。課長が無理に僕を現場に向かわせたのが悪いんだ。交通事故なんか起きなければ良かったんだ。華代の合格発表が今日じゃなきゃ良かったんだ。試験に合格しなきゃ良かったんだ。僕が警察官になんかならなければ良かったんだ。華代は僕なんかじゃなく、他の人と付き合っていれば・・・・。
「鵜川、あの少年も被害者なんだ。自分でもやったことが分ってないんだぞ」
「犯罪を犯した少年を社会復帰させるのが目的? そんな奴、また同じ事を繰り返すに決っている! 間違ったことをした時点で、そいつの人生は失敗だ、終りでいいんだ! 欠陥品は店に陳列されずに処分される、それでいいじゃないですか! 幼稚園児だって人を殺すことが悪いかどうか分かる! いいや、罪の意識があろうとなかろうと、罪は罪だ! 自殺した子供が自分は間違っていた、と反省したら生き返りますか? 同じです、一度間違って人を殺めたら、そこで終りなんです!」
「鵜川! 言っていいことと悪いことがあるぞ! 人権問題になる!」
「分ってますよ、でも僕の言ってることは言っていいことだ。いいや、僕は言っていい。華代の両親も言っていい。僕らが言わなきゃ、誰が言うんです? 誰かが言わないと、華代が可哀想だ!」


「本当かよ、それ?」
 ロッカールームから同僚の話し声が聞こえて来た。疲れているので早々に帰宅しようとしていた鵜川だったが、次の言葉を聞いて立ち止まった。
「それじゃ、あのガキは精神異常じゃないってことかよ?」
「そうは言っていない。そういう噂もあるってことだ」
「どういうことだ?」
「つまりは、こうだ。あの年齢の子供なら、まず精神鑑定で異常ありと出ると、まず無罪だ」
「あぁ」
「聞いた話なんだが・・・・某国では力のある人に頼むと、精神鑑定で異常ありと診断されるらしい。要は金さえ積めば無罪になるってことだな」
「でもよ、それで無罪になったとしても、その子は正常なのに異常って言われるんだぜ? それからずっと」
「何年かして治った、で済むんじゃないか? もしくは遠くに引っ越すか。いずれにしても、人殺しになるよりマシだってことだろ」
「なるよりって、実際に殺してるじゃないか」
「ま、今回のケースがそうだってわけじゃないからな。鵜川には言うなよ。ただ、あのガキの鑑定をした偉いお医者様は、これまでに何人も無罪にしているって話を耳にしたんでな」
 鵜川は立ち聞きをしていることに気づかれないよう、2人が立ち去った後にロッカールームへ入った。
(今の話が本当だとしたら・・・・あいつは佳代を殺しておきながら、どこもおかしくないのに、無罪になるってことなのか? そんなことまで金でどうにかなってしまうのか? そんな世の中、間違っている)
 ガン、と鵜川の拳がロッカーにぶち当たり、薄い金属製の扉にへこみが入った。
(俺は・・・・何を信じればいいんだ・・・・警察も、医者も、何も信じられない)


 次の日から僕は謹慎処分になった。
 寝られない日々が続いた。自分のせいで華代が死んだと責め続けた時もあった。華代のかたきを取れない自分が悔しかった。何もしてやれなかった自分が情けなかった。
 僕は華代にどれだけのものを貰ったんだろう。優しさ、思いやり、安らぎ、時には厳しさ。
 僕は華代に何をしてあげられたんだろう。
 何もない気がする。
 貰うばかりだった。
 今から、華代にしてあげられることは何だろう。
 華代の夢は夢で終わった。
 華代みたいな人が保母さんだったら、先生だったら、母親だったら、犯罪を起こすような子供には育たなかったに違いない。
 華代の夢は、夢の共演者になるはずだった子供に壊された・・・・。
 僕が華代に出来ること、それは・・・・。


 ふいに、手に温もりを感じた。
「鵜川さん」
 鵜川の手を握っていたのは、あずみだった。
「あずみ・・・・君」
「アドレナリンが大量分泌されています・・・・」
「え?」
「安心して下さい。心を・・・・静めて」
 あずみの瞳が鵜川を見つめる。
「華代・・・・」
「?」
「ご、ごめん、何でもないんだ」
 汗を拭う鵜川の顔を覗き込み、村木が驚く。
「何でもないって・・・・すっごい汗じゃないですか! そんなに暑くないと思うんですけどねぇ」
「そ、そうか」
(あの時に、僕の心は遡ってしまっていた。それを引き戻してくれたのは・・・・)
「大丈夫ですから」
 あずみは鵜川の心を落ち着かせるように、ニッコリと微笑んだ。


 タカシが追いついた時、こなみは元の姿へと戻っていた。
「芳井・・・・」
「見ないで」
 こなみの顔は涙で濡れ、目が赤くなっていた。
「芳井、俺さ・・・・」
「分ってる、タカシ君の気持ち。でも、私・・・・」
 辺りはもう暗くなっている。お互いの顔さえ見えないほどだった。
「タカシ君」
 そこに追ってきた透子が現れた。こちらも元の姿、大人の透子だった。
「透子さん」
「タカシ君、聞いて欲しいことがあるの」
 透子の口調が少し固く改まった姿勢に、タカシも緊張する。
「あたしはもうすぐ27歳、タカシ君は13歳」
「え、ええ。でも歳の差なんて・・・・」
「タカシ君が気にしなくても、あたしが気にするの」
 少し口調を強くして、透子は一気に喋った。
「だいたい、あたしは子供に興味ないんだから。もっとしっかりした、お金もあって、料理も出来て、掃除洗濯もしてくれる人じゃなきゃ嫌なの! 中学生なんて論外、えっと、アウトオブ眼中なんだから! 迷惑なの、迷惑!」
 透子がまくしたてた後、周囲は静まり返った。
 タカシもこなみも、怒るような口調の透子は初めて見た。いつもニコニコしている印象があったので、そのギャップに面食らった2人だった。
「というわけで、さよなら」
 固まっている2人を置いて、透子はさっさと歩き去った。
 言うだけ言って立ち去ってしまった透子の姿が見えなくなり、タカシはため息をついた。
「やっと言ってくれたな、透子さん」
「タカシ君・・・・」
「俺を傷付けたくないって思ってくれたんだろうな。ま、これですっとしたよ。分っていても、直接聞かないと諦められないもん・・・・な」
 語尾が震えた。
「俺の夢ってさ、サッカー選手になって、ビッカムみたいなプレイヤーになって、そして、夫婦でニュースとかコマーシャルとか出て、俺の奥さん綺麗だろって世界中に自慢するんだ。はは、ミーハーな夢だろ、笑っちゃうよな」
「ううん、笑わないよ」
 こなみがタカシの背中に抱きつく。
「よ、芳井・・・・」
「人の夢を笑う権利なんて、誰にも無いよ」
「そうかな・・・・」
「私の夢はオーディションに受かって、アイドルになること。でももっと先の夢はね・・・・」
 お互いの顔は真っ赤だったが、すっかり辺りは暗くなり、どちらも相手の顔を見ることは出来なかった。
「ビッカムみたいに有名なサッカー選手の、お嫁さんになること」


 透子は2人から見えない位置まで離れると、ふぅっと息を吐いた。
(頑張ったよ、あたし。悪者になってきたんだからね。幸せにならないと怒るよ、こなみちゃん)


「取りあえず、いままでの話を整理するじょ」
 仲間とマジカルアイテムの捜索を行っていたミズタマだったが、ゆかり達の成果を聞くために藤堂院家にやって来た。
 集ったメンバーはゆかり、透子、巳弥、ミズタマ、それにマジカルドライバーを持って来たこなみとタカシ、それにユタカだった。
 トゥラビアから盗まれたマジカルアイテムは5つ。
 1つは笠目要が捨てたマジカルドライバー。現在こなみが持っている。
 1つは村木卓が持っていたマジカルハンマー。どうやら現在は山城みここが持っている模様だ。
1つは倉崎健人の持っているマジカルダストパン。結局、倉崎には逃げられてしまったので彼が持っている。
 後の2つはまだ不明だ。考えられるのは、公園でロボットを操っていた人物。それも倉崎や笠目が絡んでいる可能性もある。そして、トゥラビアの騎士団が追いかけたというイニシエートの女の子。報告によると、魔法の箒らしきものに乗っていたと聞く。
「今のところ、取り返したのはマジカルドライバー1つか・・・・」
「倉崎君やみここちゃんの家なら調べれば分ると思うけど、どうするの?」
 中学生姿のままのゆかりが、何となく透子に向かって聞いてみた。このメンバーの中ではけっこう透子が決定権を持っている気がするからだ。
「ゆかり、孫の手の残り魔力は?」
「うんとねぇ、5分の1ってとこかな」
「あたしは半分・・・・ねぇゆかり、マジカルチャージャーは何本溜めてるの?」
「ふぇ?」
「ふぇ、じゃなくて・・・・ひょっとしてゼロ?」
「何だっけ、それ」
 ガックリ肩を落とす透子とミズタマだった。
「ミズタマ君に貰ったでしょ! 魔力を溜めておく筒!」
「・・・・あぁ〜、あれかぁ」
「あれかぁ、じゃないじょ! 我輩がせっかく持って来たと言うのに!」
「私は・・・・魔法を使ってないから満タンだけど・・・・」
 申し訳ないような口調で巳弥が発言した。
「でも、魔法が使えないんでしょ?」
「そんなこと、言ってられないよ。みんなが苦労してるのに・・・・」
「焦っちゃ駄目だよ、巳弥ちゃん。大丈夫、ゆかり達で何とかするから」
「・・・・うん」
 一晩休めば、全てのマジカルアイテムは魔力を全回復する。だがそれは相手も同じ事で、倉崎やみここのマジカルアイテムも回復してしまう。
「ねぇ透子、ゆかり、もうちょっとみここちゃんを探してきていいかなぁ? 心配だもん、かたきを取るって言ってたのが・・・・」
「私も行きたい」
 巳弥もゆかりに同意した。巳弥はみここに魔法を使って余計なことをしてしまった、という思いがあり、彼女に詫びなければ、と思っていた。
「みここちゃんなら、話せば分ってくれると思うの。悪い子じゃないもん」
「ゆかりの目から見れば、みんな悪くない人ばかりでしょうけど」
 ちょっと嫌味っぽく言った透子だったが、確かにみここを放っておくと気になって寝つきが悪いかもしれない、と思う。
「それじゃ取りあえず、今夜はみここちゃんの捜索ってことで。もうこんな時間だから、家に帰ってるかもしれないよ」


 だがみここは透子の期待を裏切り、あずみ、村木と一緒に鵜川のアパートに来ていた。鵜川は村木とみここから一通りマジカルアイテムについての話を聞き、魔法の存在を再認識した。そして、村木が魔法を使って起こした学校の騒動の話も聞いた。
「最低だな、君は」
「へっ?」
「女子にそんなことをして。犯罪だぞ、君の行いは。恥ずかしくないのか」
「だって、魔法が使えたらみんな考えることじゃないですか? 鵜川さんだって、警官だけど男なんだし・・・・」
「君と一緒にするな!」
「ひっ」
 村木は鵜川の怒号と視線に笑顔が凍りつき、言葉を失った。今まで鵜川は温和な喋りをしていたので、予想しなかった反応に驚いてしまったのだ。
「君に食べさせる食事は無い。出て行ってくれ」
「そ、そんな、こんなに美味しそうな香りが漂って来てるのに。ほら、お皿だって4人分・・・・」
「撃たれたいか」
「ひええっ!」
 鵜川の懐からピストルが出る光景を思い浮かべ、村木は慌てて靴を履き、部屋を飛び出して行った。
「ふ、ふにゅ、あ、あの、あたしももう帰らないと・・・・!」
 腰を浮かせるみここに、鵜川は慌てて呼び止める。
「みここ君はいいんだ、もう少し話を聞かせてくれ! う〜ちゃんのことも話し合わなければならないんだし・・・・」
 パタパタと鞄を抱えたみここが玄関を出て行った。
「・・・・」
「追わないんですか?」
 あずみが聞く。
「僕は・・・・頭に血が登ったら何をするか分からないんだ」
 村木を見ていると、あの少年を思い出す。
 あの事件以来、町で少年を見るたびに頭に血が登った。最近は収まってきたのだが、また思い出してしまった。
 みここにも、う〜ちゃんの敵討ちについて話を聞きたかった。村木の話が本当なら、その少年が岩原広志なら、自分とみここの敵は同一人物ということになる。村木に向かって放った攻撃は本気だった。みここが岩原に向かっても同じ攻撃をする気なら、華代のかたきも取れるのではないか・・・・。
(何を考えているんだ、俺は。自分のために、あの子に人を殺させようというのか)
 カチャカチャとテーブルの上に食器が置かれる音がして、鵜川は我に返った。
「カレーという名前のお料理、出来ました。どれに入れるんですか?」
 皿を並べながらあずみが問い掛ける。
「あ、ああ、えっと・・・・」
 まず皿に御飯を盛って、その上にカレーをかけて・・・・と説明しながら、鵜川は「カレーを知らないのか?」と疑問を持った。
「2人で食べるには多いですね」
 カレーが文字通り「盛られた」皿を見て、あずみが言った。今にも皿の縁からカレーが溢れそうだ。
「もうこれ以上は乗りませんね」
「無理に4人前を2皿に乗せなくていいんだが・・・・こんなに食べられないぞ」
「4人分ですからね」
 鵜川には、あずみの目が「2人を追い出した鵜川さんが悪い」と言っている気がした。
(華代にもよく目で注意されたな)
 スプーンでカレーをすくう。下手をすれば皿からなだれ落ちそうだ。鵜川は子供の頃に遊んだ砂場での遊びを思い出した。崩れないようにゆっくりとすくう。
「あずみ君、君も帰る所があるんだろう? あの・・・・」
 俺を本署にチクった女の子の家だろ、という言葉を、鵜川はカレーと共に飲み込んだ。
「今日はここにいます」
「え? ここにって・・・・」
「今日の鵜川さん、誰かが側にいないとどうにかなりそうです」
 まさに、鵜川が自分でも思っていたことだった。
「しかし君、泊まるってのはちょっと・・・・」
「ご迷惑でしょうか・・・・」
「迷惑とかじゃなくてね」
「私、お布団がなくても寝られますから。あ、理子さんに電話しなきゃ」
 あずみはそう言っている内にも、カレーをどんどん平らげていった。


「どう? お兄ちゃん。あずみちゃん、いた?」
 一方、莉夜と雨竜は夜の町を、あずみを探して歩き回っていた。
「無駄な質問をするな、莉夜。俺があずみを連れていないのを見れば、見付けていないことがわかるだろう」
「もう、お兄ちゃんの意地悪!」
「空を飛んで捜せないとは、不便なものだな」
「いっそ、飛んじゃう?」
「馬鹿、この世界で飛ぶのは禁止だ」
「わかってるよう、だから今までずっと歩いて捜してたんだからね!」
「あずみに発信機とかは仕掛けてないのか?」
「そんなことしたら、監視してるみたいで嫌だもん。あずみちゃんはお友達なんだから」
 やれやれ、という感じで雨竜は肩をすくめた。確かに雨竜の目から見ても、莉夜の作ったアンドロイドの中でもあずみは異質だ。自分で考え、行動する。感情もある。他のはアンドロイドと言うよりもロボットと表現した方がシックリ来る。
「あずみちゃん、どうしてるのかなぁ。エネルギーで動くから、食べなくても生きてはいけるんだけど、寝る場所とか、お風呂とか・・・・」
「新陳代謝がないから風呂は不要だろう」
「もう、お兄ちゃん。女の子の身だしなみだよ! そんなだからモテないんだよ!」
「・・・・」
 妹の容赦ない一撃に、結構落ち込む雨竜だった。気にしていたらしい。
「あれ?」
 夜の街並みを、前から3人の少女が歩いて来る。その中の1人、出雲巳弥が雨竜と莉夜を見て、声を上げた。3人は今からみここの家に行くところだった。
「巳弥ちゃん、知り合いなの?」
「ゆかり、覚えてないの?」
 透子に言われ、記憶を辿るゆかり。
「誰だっけ?」
「女の子は知らないけどさ、ほら、あの男の人」
「・・・・誰だっけ」
「トゥラビアの大神殿で会ったでしょ! 最後に『陽の玉』を持って行っちゃった人よ!」
「お、覚えてないよ、そんなの! だってあっという間だったじゃないの〜」
 そんなやり取りを行っている3人を見て、雨竜も記憶を引っ張り出した。
「あぁ、あの時の魔法少女たちか」
「魔法少女!?」
 莉夜の目が輝いた瞬間、ゆかり達に向かって駆け出した。
「あ、あなたたち〜!」
「な、なにっ!?」
 思わず身構えた透子と巳弥だったが、莉夜はいきなりゆかりの手を取って無理矢理握手をした。ちなみに今は、みここに会いに行くのはこの方がいいと思い、3人共子供の姿だ。
「うわ〜、本物の魔法少女だ〜! 可愛い〜!」
「え、そ、そうかな、えへへ・・・・」
 知らない女の子に強制握手されたまま、素直に喜ぶゆかりだった。
「あなた、誰?」
 透子が聞くと「莉夜だよ」と答えた。名前だけ言われても、と透子が思っていると、雨竜が「私の妹だ」と紹介し、手っ取り早く今ここにいる状況を説明してくれた。
「じゃあ、この子が今回の事件の火種ってこと?」
「申し訳ない」
 雨竜は頭を下げたが、莉夜は他人事のように「捨てただけだもん」と口を尖らせた。
「ねぇねぇそれよりさぁ、魔法少女なんでしょ? 呪文とかあるのかなぁ?」
「うん、あるよ」
「じゃあさ、見せて見せて!」
「ちょっとだけね」
 と孫の手を振り上げたゆかり腕を、透子が掴んだ。
「つまんないことで魔力を使っちゃ駄目でしょ! みここちゃん家で何が起こるか分からないんだから、温存しとかないと」
「そ、そうだね、ごめん、透子・・・・」
「何で止めるの〜? 意地悪だ、意地悪だ〜」
 透子に対して不平を漏らす莉夜の頭を、雨竜の拳骨がヒットした。
「いたい」
「お前のせいでこの子たちもマジカルアイテム探しをするはめになったんだ。少しは反省しろ、莉夜」
「ぶ〜」
 膨れっ面でしぶしぶ引き下がる莉夜だった。
「ねぇゆかり・・・・りよちゃんってどこかで聞いた名前だよね」
 透子がゆかりの脇腹を突付いた。
「いやん、くすぐったい。そうだっけ?」
「どこだったかなぁ・・・・あ、そうだ、女の子がりよちゃんって子を捜してたんだよ。ほら、中学校の裏の道で、ゆかりがハンカチ拾って貰った子!」
「あ〜、そう言われればそんな気も・・・・」
「ほんとにっ!? それ、あずみちゃんだよ、きっとそうだよ!」
「あずみちゃん?」
「ねぇねぇ、どんな格好だった? いつ? どこで? 元気だった?」
「いつって・・・・」
 莉夜の元気に圧倒されつつ、透子は記憶を辿ってみた。
「髪は黒髪でセミロング・・・・Tシャツにミニスカートだったかな?」
「あずみちゃんだぁ〜! ねぇ、どこにいるの、あずみちゃんはどこ!?」
「でももう出会ったのは4、5日前の話だから・・・・」
「連れてって〜、連れてって〜! その場所に連れてって〜!」
 莉夜のような爆発娘は、ゆかり達の周りにはあまりいないタイプだったので、面食らう魔女っ娘3人だった。


27th Dream へ続く


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