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タイトル


 25th Dream 「その先のJustice」


「鵜川さん、私、犯人の心当たりがあるんです」
 みここは鵜川の同僚に聞こえないように、小さな声で言った。鵜川は耳を寄せて聞いているが、あずみは聴覚が人間の十倍なので、離れていても聞こえる。
「犯人が分ったのか? やはり生徒?」
 みここは鵜川に、土曜に学校で見かけた不審な生徒(村木)のことを話した。不自然な時間に学校にいたこと、制服の上着が血のようなもので染まっていたこと。
「みここちゃんは、その生徒を知っているのかい?」
「いえ、詳しくは・・・・」
「そうか」
(その生徒が犯人だとして、みここちゃんはどうするつもりなんだろう?)
 蹴っても、殴っても、どれだけ相手を傷付けても、解決にはならない。自分の気持ちは収まらない。それは鵜川には良く分っていた。自分がそうだったからだ。相手が本当に心から詫びてくれたとしても、それは偽りだと思う。信じられない自分がいる。
 みここに、復讐などやめさせるべきではないのか。警察官としてだけではない、心の痛みを分かり合えるものとして。
(だが・・・・)
 分るが故に、みここの思うようにさせてあげたいと思う。
「その子、知ってるよ!」
 考えに浸っていた鵜川の耳に、みここの超音波ヴォイスが飛び込んで来た。
「ど、どこですか? りよちゃん、どこにいるんですか?」
 あずみが嬉しそうにみここを急き立てた。抱き付きそうな勢いだ。
 みここがあずみに「人を捜している」と聞いたので特徴を教えて貰うと、先日みここが会った女の子にそっくりだった。魔女の格好をした女の子は滅多にいないだろう、確か莉夜という名前だったはずだ。そう思い出し、みここは「知っている」と答えた。
「でも、一度会っただけだから。どこに住んでるのか知らないの」
「そうですか・・・・」
 落胆するあずみを見て、鵜川は「とにかく、みここ君が莉夜ちゃんに会った場所に行ってみよう」と提案した。出会っただけなので莉夜に会える見込みは薄いが、当てもなく捜すよりはいい。
(現場百回、と言うからな)


 一方、当の莉夜はすっかりうさみみ中学の旧体育用具室をマイルームへと変貌させ、魔法の箒で不自由ない生活を送っていた。
 部屋中ピンクのクロス、ピンクのカーテン、ピンクのベッド、ピンクのテーブル。それだけでも凄いが、更に部屋の奥にはピンクのトイレとピンクのバスルームがあった。見かけはボロボロの体育倉庫なので、知らずに入れば異空間に迷い込んだのかと思うほどのピンク空間だった。
 だが、どれだけ快適な暮らしでも、住み着いてしまってはいけない。莉夜はあずみを捜して一刻も早くイニシエートに帰らなければならないのだ。
「でもなぁ」
 1日や2日なら「遅くなってごめんちゃい」で帰れるかもしれないが、こう遅くなってはもはや帰り辛い。既にあずみとはぐれてから約1週間になる。こっぴどく叱られるのは目に見えているので、わざわざ叱られに帰るようなものだ。いや、叱られるだけならまだいい。
「死刑になったらやだなぁ・・・・」
 莉夜の人生はまだまだこれからだ。こんなことで花を散らせるわけにはいかない。
(何とかして、怒られずに帰る方法はないのかなぁ)
 どれだけ考えても、そんな都合のいい妙案は思い浮かびそうになかった。
(とにかく、あずみちゃんを捜そう。あずみちゃんなら、ナイスアイデアを思いついてくれるかもしれないし)
 そんな淡い期待を抱き、莉夜は今日も夕暮れを待ってマイルームを出た。服装は今も魔女の服のままだが、帽子やマントを外しているので普通の黒いワンピースに見える。ちなみに毎日、魔法で綺麗にしている。魔法で衣類も出せばいいと思うのだが、ハンドメイドのこの服が、莉夜はお気に入りだった。
(でもなぁ)
 もうここから歩いて移動出来る範囲で、捜していない場所はなかった。まさかあずみが秋本理容に住んでいるとは思いもよらない莉夜は、家を一件一件訪ね歩くようなことはしていない。あずみも自分と同じような生活を送っているはずだと思っていた。となれば、自分のようにマジカルアイテムを持っていないあずみは不自由な生活を送っているに違いないと思う。
(早く見付けてあげないと、エネルギーが切れちゃうよ)
 アンドロイドであるあずみの活動エネルギーは、永久機関ではない。エネルギーを補充しないと、動けなくなってしまうはずだ。今までエネルギーを切らしたことはないので、エネルギーがゼロになったまま長い間放置するとどうなるか、莉夜も知らない。
(もうこの辺りにはいないのかなぁ・・・・)
「莉夜!」
 突然、空から舞い降りた人物が莉夜の前に立ちはだかった。白衣のような丈の長い服を着ている。
「うわわ、お兄ちゃん!」
 その人物は、利夜の兄の雨竜(うりゅう)だった。
「何がうわわだ。今まで何をしていた? どうして帰って来ない? あずみはどうした? なぜこっちの世界に来た? 何をしたかったんだ?」
「もう、いっぺんに聞かないでよ〜!」
「この大変な時期に、お前は何をしているんだ! 分ってるだろう、俺は紅嵐(クラン)先生に無理を言って、お前を捜しにやって来たんだぞ! 本来ならミズチのことで手が離せないのに、こうやって・・・・」
「分ってるよう、分かってるから迷惑かけないように1人であずみちゃんを捜そうと思って・・・・」
「捜す? はぐれたのか、あずみと!?」
「えっと、その、はぐれたって言うか、自由行動って言うか・・・・」
「全く・・・・」
 雨竜は最近忙しくて切る暇がなく、髪が長くなった頭を掻いた。
「仕方ない、一緒にあずみを捜してやるから」
「い、いいよ、お兄ちゃんは早く帰って。大変なんでしょ?」
「このままではお前が心配で仕事が疎かになる」
 雨竜は莉夜の頭に手を置き、グリグリと撫でた。
「うわ、お兄ちゃん、髪の毛が乱れるよ〜」
「あずみとはどこではぐれたんだ?」
 莉夜と雨竜は闇の国・イニシエートの住人である。
 詳しくは第2部を読んで頂くとして、雨竜は現在、紅嵐の右腕として研究所で働いている。だが今は研究どころではない事態がイニシエートで起こっている。先の宝玉を巡る争いの末にイニシエートの王であるミズチがゆかりん達に敗れ、王の座を失脚した。だが追放になったミズチが仲間を集い、再びイニシエートの王、もとい支配者となるべく活動を開始したというのだ。現在、王のいないイニシエートではミズチ一派に対する手立てはなく、紅嵐を中心とした対抗勢力をもって企みを阻止しようとしている。そんな状況で雨竜の妹である莉夜がトゥラビアからマジカルアイテムを盗んだという報告があった。
「で、マジカルアイテムはどうしたんだ?」
「マジカルアイテム? 魔法の箒なら持ってるよ、ほら」
 莉夜はお気に入りの「魔法の箒」を自慢そうに兄に見せた。本来盗んだものなので、自慢するのはそもそもおかしいのだが。
「それは知っている。それ以外だ」
「これ以外?」
「トゥラビアの使者によると、倉庫から無くなったマジカルアイテムは5つらしい。お前が持ち出したんだろう?」
「ん〜・・・・」
 顎に指を当て、しばし記憶を辿る莉夜。雨竜も実は妹バカなので、こういう仕草を見ると他の誰よりも可愛いと思う。だが可愛いのと悪い事をしたのとは別だ。
「あれ、捨てちゃったよ」
「捨てた!?」
「だって、デザイン最悪だったんだもん。あたしは1つあればいいから。ね、可愛いでしょ?」
 と、また魔法の箒を自慢げに兄に見せびらかす。
「だったら、1つだけ盗めよ! あ、いや、盗むのはいけないことだぞ」
「だって、急いでたんだもん。早くしないとお兄ちゃん、あたしを放って帰っちゃうかもしれないと思って・・・・」
 あの時、紅嵐の命で「陽の玉」を奪うべくトゥラビアの大神殿に向かった雨竜、風刃、莉夜、そして莉夜の付き人でアンドロイドのダイスケ君。戦うのが好きではない莉夜は、大神殿にダイスケ君を向かわせ、自分は面白い物探しに出掛けた。そこで見付けたのがマジカルアイテムの保管場所だった。保管場所と言っても、元来マジカルアイテムは便利かつ危険な宝物のため、厳重に保管されている。莉夜が侵入したその場所は、マジカルアイテムの失敗作、いわば欠陥品を捨ててあった場所だった。
「いらないマジカルアイテムを捨てたのは、どの辺りだ?」
「え〜、よく覚えてない・・・・」
「あれが人間の手に渡ったら、どんなに危険な存在か分かってるのか? お前の捨てた4つとその箒、5つ全て探し出してトゥラビアに返すんだ、いいか!」
「え〜、やだよ、他のはいらないけど、これは返さないよ」
 箒を抱き締める莉夜を、雨竜の厳しい視線が射抜く。
「返さないというなら、お前を凍らせてでも強引に奪うぞ」
「す、すぐ捨てた4つを探します。それまでこれ、使っていいでしょ? 探すのに便利かもしれないし」
 雨竜の怖さは分かっている。雨竜はおそらく紅嵐の弟子の中で一番強い。莉夜は素直に言うことをきくことにした。
「それと莉夜、これを着ろ」
 雨竜は懐から小さな袋を取り出した。ビニール袋を小さく畳んだような形状をしている。
「なにそれ? 着るって?」
「お前、夜の間だけあずみを捜してたんだろう? これがあれば夜が明けても平気だ。俺も既に着ている。紅嵐先生に頂いた」
「あ、カメレオンスーツ?」
 日の光に弱いイニシエートが太陽の光を浴びても平気なカメレオンスーツ。以前の物は試作品で、真っ黒な全身タイツのようなものだった。自分の意志で色を変えることができ、何も着ていないかのようにも出来ることから「カメレオンスーツ」と呼ばれていたが、雨竜が持って来た改良版は更に薄い生地になり、透明になった。着るとピッタリ張り付くため、外見からは着ていることが分からない。しかも通気性があり、髪の毛等もスーツの外へ出る。そんなところから、存在感のないものと言うことでこのスーツを紅嵐は「エアースーツ」と呼んでいた。先日、巳弥にもプレゼントされ、彼女も着用している。
「明るい方がマジカルアイテムもあずみも見付けやすいだろう」
「うん、そうだね。じゃ、着てみる」
 と言って、莉夜は背中のジッパーを下ろし始めた。
「お、おい! こんな所で着替える奴があるか!」
「嘘だよ〜ん」
 きゃははと笑いながら、莉夜はマイルームへと入っていった。残された雨竜は、赤くなった自分の顔をピシャリと叩いた。
「兄をからかうとは・・・・」
 本当はもっと怒るつもりでやって来た雨竜だったが、久し振りに会った妹を見ると、無事で良かったという気持ちが先走ってしまった。
(俺もまだまだ甘いな)


 すっかり生徒が帰ってしまった薄暗い学校に、みここと鵜川、そしてあずみがやって来た。
「こんな時間では、もういないかもな」
 そう言いながら、みここが莉夜に会ったという学校の裏側へと向かう。だが一足遅く、莉夜は雨竜と共にマジカルアイテムとあずみを探しに行った後だった。もちろん、旧体育倉庫がピンク一色の「りよちゃんのへや」になっていることなど知る由もない。
「ここで会ったの。黒いマントに黒い帽子、黒いワンピースで、箒を持ってたの」
「それ、絶対りよちゃんです」
 あずみは常人とは違う視覚、聴覚、臭覚を駆使した。
「・・・・微かに、りよちゃんの匂いがします」
 あずみは、先程までこの場所にいた莉夜の匂いを探り当てた。
「本当?」
「間違いないです」
 だが、その匂いを追うことは出来そうになかった。風で匂いが流れてしまっている。 「ということは、ここにその莉夜ちゃんがいたってことだな。明日、また来てみよう。莉夜ちゃんだって、あずみちゃんを捜しているはずだから」
 鵜川がそう言うと、あずみは「はい」と嬉しそうに頷いた。


 誰もいないと思われたうさみみ中学の校舎の一角、第2視聴覚室には4人の人物がいた。大河原、倉崎、笠目、そして村木である。
「整理してみよう」
 大河原は黒板に白いチョークで「MOTの現状」と書いた。
「まず倉崎君は、ダストパンの魔力がなくなっている状態だが、一晩で回復する」
「ええ・・・・」
 倉崎は沈んだ声で答えた。いつもノートパソコンのキーボードをカチャカチャと打っていたいつもの光景は、今はない。
(魔力が回復したとしても、はたして僕は魔法を使うことが出来るのだろうか?)
 透子との戦いにおいて、自分にとっての「ゲーム」の存在を否定してしまった。ゲームに対する考えが変わってしまった彼には、もうあの「ゲームオタ空間」を作る精神力は無い。
「笠目君はドライバーを捨ててしまった」
「はい。俺はヒーローになる資格なんかない。それに気付いたんです。子供に夢を与えられない、誰も救うことが出来ない俺なんかが、ヒーローになってはいけないんです」
 笠目要もまた、自分の夢を否定した。彼ももう魔法を使えないだろう。
「村木君はハンマーを奪われた、と」
「そうなんです、先生、取り返して下さい!」
 村木はMOTのメンバーに、自分が奪われたマジカルハンマーを取り返してくれるように頼みに来たのだった。彼は自分が作ったコピー透子にマジカルハンマーを奪われたので、コピーが本物の透子の元に届けたのだと思っている。実はそれを倉崎が手に入れ、現在はみここが所有しているのだが、倉崎はそれを黙っている。
(君のような低俗な人間が持つより、みここ君の方がよほど適任だ)
 倉崎は「取り返して下さいよ〜」と大河原にすがっている村木を、蔑むような目で睨んだ。
「笠目君が捨てたというドライバーは後で探すとしよう」
「ですが先生、俺はもう魔法は要らないんです」
「ならば、私が使う」
「先生が? でも、2つも持ってどうするんですか?」
「私の夢は大きいんだよ」
 大河原は自分の夢を頭に思い浮かべた。
「先生、笠目先輩が要らないんなら、ドライバーを僕に下さいよ〜」
 なおも大河原の脚にすがる村木だった。


 MOTの会議が終了し、解散したのは夕方の6時を回っていた。村木はしつこく大河原に泣きつき、マジカルハンマーを取り返して貰えるように頼み込んだ。大河原にしてみれば村木をMOTに誘ったのは自分だし、可愛いかどうかは別にしても教え子であることには変わりはないので、何とかしてやりたいとは思う。それよりも、村木が泣きついてくるのが鬱陶しかったので「分った、分った」と言ってしまったというのが本音だ。
 そんなわけで他人任せにして一安心の村木は帰路を急いでいた。今は暗くなるのが早くなってくる時期だが、太陽が傾いているものの、まだ明るいと言える時間だ。
(早く帰って、パステルリップを見よう)
 小さい女の子から大きなお兄さんまで、幅広い人気を誇るアニメ番組「ミラクル戦士パステルリップ」は夜の7時から絶賛放送中だ。
「待ちなさい!」
「へ?」
 背後から黄色い声が聞こえたので村木が振り返ると、そこにはパステルリップ第2戦闘形態のコスチュームを着た女の子が立っていた。
「パ・・・・パステルリップ?」
 村木はパステルリップを楽しみにしているあまり、幻覚を見たのかと思った。それほど、目の前の女の子はパステルリップそっくりだったのだ。
「正義のリップに真実のルージュ、悪を許さぬミラクルキッス! ミラクル戦士パステルリップ、ここに参上!」
 パステルリップ・山城みここはアニメと同じポーズを取り、セリフを口にした。
「き、君は誰だ?」
「ふにゅ、パステルリップだって名乗ってるのにぃ」
「あ、あれはアニメで、実在しないんだぞ、それくらい知ってるぞ!」
 と言いつつも、村木はみここのコスチューム姿をジロジロと眺めていた。露わになった太腿、寄せて上げられた胸の谷間、ハイレグぎみのレオタード・・・・。
(ふ、ふにゅ・・・・)
 舐めるような視線を感じ、みここは一歩後退した。だが正義のパステルリップが悪に背を向けるわけにはいかない。
「あ、あなた、う〜ちゃんを殺したでしょ!」
 みここが見た、村木の制服に残った赤黒い染み。
(あれは絶対にう〜ちゃんの血に違いない)
「う〜ちゃん?」
 村木は何のことか分からなかったが「パステルリップごっこか?」と思い、それならちょっと遊んでやろうと言う気になった。
「ああ、そうだよ。う〜ちゃんは僕、いや俺が殺した!」
「やっぱり・・・・」
 みここはステッキを両手に握り締めた。
 みここが持っているマジカルアイテムはかつて村木の所持していた「マジカルハンマー」だが、今はパステルリップのステッキへと形を変えているため、村木には気付くすべがない。
「みここ君!?」
 鵜川とあずみがみここの後ろから走って来た。みここは村木の姿を見た途端、すぐにパステルリップへと変身し、村木を追った。何が起こったか分からない鵜川とあずみは、飛び去ったみここを追って来たのだった。
「変身・・・・みここ君が?」
 魔法というものが実在するとは、鵜川は信じていなかった。だが目の前で瞬時に変身したみここを見ると、認めざるを得ない。
(おや、あの少年は確か村木君?)
 昨夜、全裸で歩いていた少年を補導した鵜川は、もちろん彼の顔を覚えていた。
(彼もマジカルアイテムがどうとか言っていたな。あの時はもちろん、全く信じていなかった。彼の妄想だと思っていた・・・・だがあの話も現実の話だったというのか?)
「う〜ちゃんのかたき!」
 みここがステッキを振る。
(だとしたら)
「やめるんだ、みここ君!」
 鵜川が飛び出した。
(魔法なんかで攻撃したら、どんなことになるか・・・・! 女の子の敵討ちなんて、大した事にはならないと思っていた。だが、魔法が使えるとなると話は別だ!)
「パステル・イリュージョン!」
 ステッキに光が集まる。
「シャイニング・キッス!」
「避けろ、村木君!」
「えぇ〜!?」
 遊びだと思っていた村木は、本当に自分に向かって迫り来る光にただボーゼンとするだけだった。
(駄目だ、間に合わない!)
 鵜川は目を閉じた。今からでは、村木を助けるすべは無い。
(僕のせいだ、僕がかたきを取ろうなんて言ったから・・・・みここ君に、人を殺めさせてしまった・・・・)
 だが。
「あ、あの、ごめんなさい・・・・」
 倒れた村木に向かって、あずみが必死に頭を下げていた。
「あ?」
 鵜川は何が起こったのか、すぐには理解できなかった。
 倒れた村木が腕を抑えながら起き上がる。それ以上の怪我はないようだ。
 その村木に向かってひたすら謝るあずみ。
 立ち尽くしているみここ。
 何故自分と一緒にいたあずみが、村木の近くにいるのか。自分も必死に走ったが、間に合わない距離だった。だがこの状況を見ると、あずみが村木を突き飛ばしてみここの攻撃から彼を守ったのだろう。
(あずみ君は・・・・)
 鵜川は自分の中で納得できる答えを探した。
(見かけによらず、脚が早かったのか)
「あずみちゃん、どいて!」
 みここが叫ぶ。
「みここさん、駄目です、そんなことしちゃ駄目です!」
「う〜ちゃんのかたきだもん、あたしの友達のかたきだもん!」
 みここの頬には涙が流れていた。
「正義の味方のパステルリップは、悪の怪人をやっつけるんだもん・・・・」
 そんなみここの肩に鵜川の手が置かれた。
「やめるんだみここちゃん、そんなことをしたって・・・・」
(そう、そんなことをしたって、君の気は晴れない。収まらないんだ)
「ち、違うんだ、僕じゃないんだ!」
 起き上がった村木がみここに向かって半泣きになって言った。
「冗談だと思って話を合わせただけなんだ、う〜ちゃんなんて僕は知らない! 殺してなんかないんだ、信じてよ!」
「・・・・違う・・・・の? だって、あの血の跡は・・・・」
「血? ひょっとして土曜日の? あれは僕の血だよ、鼻血が出て、それで汚れたんだよ! だいたい、う〜ちゃんって誰なのさ、僕、人殺しなんてしないよ!」
「人・・・・殺し」
(違う、この人じゃない)
 村木は「う〜ちゃん」がウサギだと知らずに人だと勘違いした。彼の必死の形相を見ると、嘘をついているようには思えなかった。
 それにしても、ウサギ小屋には「う〜ちゃんのいえ」という表札がかかっていたのだが、それを知らないとはよほど興味がなかったのか。大抵の生徒にとっては、校庭の片隅に住んでいるウサギに対する興味などそんなものなのだろうか。
 村木は鵜川に助け起こされた。まだ頭を下げているあずみに、村木は「助けてくれてありがとう」と礼を言った。
「村木君・・・・昨夜は信じなくて悪かった。魔法は実在するんだな」
 鵜川の言葉に頷く村木。
「だから言ったじゃないですか、魔法で裸にされたんだって!」
「てっきり露出狂の苦しい言い訳だと・・・・こう言っては何だが、君のあの格好を見れば、誰も君の言うことなんか信じないぞ」
「ひどいお巡りさんだ。市民を信じないとは」
「もう少し詳しく話を聞かせてくれないか? みここ君も」
「は、はい・・・・」
 村木をう〜ちゃんのかたきだと勘違いしてしまい、落ち込んでいるみここだった。だが軽はずみに「僕が殺した」と言ってしまった村木も悪い。
「そうだ、あの日と言えば・・・・僕、不審な奴を見ましたよ」
 怪我は大した痛みではなかったので、村木はみここやあずみと一緒に、鵜川について歩いていた。
「不審な奴?」
「ええ・・・・この学校の生徒じゃないんですけど、あ、でもこの学校の生徒になるのかな? えっとですね、確か小学校の低学年の時に同級生だったんですけど、噂では少年院に入れられたって聞いて・・・・あ、まだ少年院に入る年齢じゃなかったっけ、保護何とか処分でした。それから学校には来てないんですけど、義務教育だからそのままこの中学に入りますよね。ということはここの生徒なのかな・・・・」
「その子が、学校にいたのか?」
「はい、最初は誰だか分らなかったんですけど・・・・制服を着てないからおかしいなと思って見ていたら、あぁ、岩原だなって思って・・・・」
「岩・・・・原?」
 鵜川が歩みを止め、村木を振り返った。
「岩原・・・・名前は?」
「えっと・・・・何だったっけ・・・・ひろ・・・・や? ひろき? 何だったっけ」
(岩原広志・・・・なのか)
 鵜川の封じ込めようとして出来なかった記憶が蘇った。


26th Dream へ続く


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