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23th Dream 「小さな約束」
みここのキャラには、遠距離用の飛び道具は無い。透子は予めキャラ表で確認済みだった。
(それなら、遠距離戦に持ち込む!)
「ゆかり、飛び道具!」
「あ、えっと・・・・」
手元の技表を覗き込むゆかり。初めて使うキャラなので、コマンド全てを覚えられない。
「にゃ〜!」
その隙を逃さず、みここが透子に飛び掛った。
「避けて、ゆかり!」
「わわわ」
ゆかりの操作で、透子が後ろに飛びながらキックを放った。その足の先端に当たり判定があり、みここの出した拳にヒットした。
「にゃ!」
みここはダメージを受け、後方に飛び退いた。
「やるじゃない、ゆかり!」
「ま、まぁね」
(たまたまだよ・・・・)
偶然ボタンを押しただけだったが、ゆかりは黙っておくことにした。
「にゃ!」
再び突進する猫みここ。
(確かに、遠距離用の攻撃がないなら接近するしかないからね)
「ゆかり、対空技は近距離は立ち強キック、遠距離は登り強パンチ!」
「登り? な、何それ、専門用語じゃ分からないよ!」
「ジャンプしながらってこと!」
みここが透子目掛けてジャンプした。これだけ動いてもブラがずれたりしないのは、ゲームキャラだからだ。用意されたキャラパターンの範囲内でしか動きを表現できないのだろう。倉崎がそういったパターンを作成していれば話は別だが。彼なら有り得るので怖い。
「近過ぎる・・・・後ろ登り中パンチ!」
透子がゆかりに指示を出したが、格闘ゲームは言葉で説明しながら対応できるような、ゲームスピードではない。みここが透子を攻撃せずに飛び越え、着地した。振り向きざま、透子をみここの両手の爪が捕らえた。
(すかし投げ!?)
すかし投げとは、相手に向かってジャンプし、攻撃をすると見せかけてそのまま相手の後ろに着地し、投げ技のコマンドを入力する技である。相手は攻撃に備えガードしているため、無防備な背中を取られてしまうのだ。ちなみに相手の後ろ側にジャンプして攻撃を当てると相手のガードが逆向きになり、ヒットする。これを「めくり」と言う。
「キャットラッシュ!」
みここの爪が上下に素早く動き、透子を襲う。
「きゃあああ!」
鋭い爪で散々引っ掛かれた後、透子はアッパーカットを喰らって吹っ飛んだ。
「いたぁ〜い!」
「ご、ごめんなさい!」
自分でやっておいて謝るみここだが、コマンドを入力したのは倉崎だ。倉崎は手を休めず、更に透子に向かってみここを走らせる。
「え〜い!」
ゆかりが技コマンドを入力する。
「たあ〜!」
透子はその場で刀を構え、真っ直ぐ上に飛び上がった。無敵時間のある対空技だ。だがみここは真正面から走って来ている。
「あ、コマンド間違えちゃった・・・・」
どうやらゆかりの出したかった技とは違うようだ。
みここは上空から無防備に落ちてくる透子に立ち強キックを浴びせると、透子は再び空中に舞った。倉崎の指が激しく動き、みここが飛び上がって透子の体を掴む。みここの豊満な胸の感触を背中に感じた透子はそのまま逆さまにされ、火花が散り白煙が舞うド派手な演出と共に地面に叩きつけられた。
「あぁ〜、透子!!」
空中でガード不可能だったため、ゆかりはただ見ているしかなかった。
「透子、だ、大丈夫・・・・?」
おそるおそる倒れたままの透子に聞いてみるゆかり。
「ゆかり〜! あたしを殺す気!?」
白煙の中から透子が起き上がった。ライフゲージが半分を切ったが、まだ息はある。
「大丈夫だよ、ゲームだからね。死にはしないよ」
倉崎が笑いながら言った。
「死ぬほど痛かった〜!」
頭を抱え、透子が悲痛な叫びをあげる。
「どうやら僕と姫宮君では腕にかなり差があるようだね」
「むっ」
倉崎の言いように、ゆかりは少しムッときた。
「特別に隠し技を教えてあげるよ」
「ちょっと! そんなのあるなら説明書に書いておいてよ! 卑怯じゃない、あなただけ知ってるなんて!」
抗議した透子だが、倉崎は「書いてないから隠し技なんじゃないか」と尤もだが納得出来ない説明で返した。
「十字キーを前から下、後ろ、上に回してから下に2回入れる。2回目の下と同時にA、Bボタンを同時押しだ」
「出来ないよ、そんなの!」
「勿体無い。凄い技なのに」
「え、どんな?」
「純情美少女キャラが、全裸になって踊りまくるのだ。それを見た相手キャラが鼻血を大量に吹き出して失血死する」
「そんな技、使っちゃ駄目だよゆかり!」
透子が必死に訴えた。
「大丈夫だよ、使いたくてもコマンド入れられないから・・・・」
「そ、そう? ならいいんだけど・・・・」
「でも、挑戦してみていい?」
「だめ〜!」
ビー、ビーという音が響いた。
「え、何?」
ゆかりがあたふたしていると「TIME OVER」の声に続いて「YOU、LOSE」という声が聞こえた。
「あれ? 時間切れ?」
「時間切れの場合は、ライフが多く残っている方が勝ちなんだよ」
ゆかりの元に、ぼろぼろになった透子が帰って来た。
「ご、ごめんね、透子」
「いいのよ、予定通りだし・・・・」
ゆかり、しょぼーん。
「さて、1勝1敗だから決勝戦だね。こちらはみここ君が戦い、当然僕が操作する。そちらは姫宮君が戦って藤堂院君が操作するんだろうね」
「そうなるわね」
透子は既にゆかりと交代してプレイヤー席に座っていた。
「ではキャラ替えをしてもいいよ。そのままでも構わないが」
「そうねぇ・・・・ゆかり、このキャラでいいかな?」
透子はキャラ表の中にある、チャイナ服の女性ファイターを指差した。
「いいけど・・・・どうして?」
「あたしが使い慣れたキャラにコマンドも技もそっくりだから」
(あれ? このゲームはあの倉崎って子が作ったんだよね? これって、いわゆるパクリじゃないの?)
透子がレバーを操作してボタンを押すと、ゆかりの服がピンクのチャイナ服に替わった。
「あ、可愛い」
胸のあるキャラだったので、ゆかりは密かに喜んだ。一方のみここは悪魔のような羽根を持ったキャラで、思い切りハイレグの赤いレオタード姿だった。と言っても下には青いストッキングのようなものを履いているため、先程のキャラよりは恥ずかしくない。やはり巨乳だ。
「決勝戦、用意はいいかな」
「いつでもどうぞ」
透子がコントローラーを構えると「レディー・ゴー!」の声が響いた。
「はっ!」
ゆかりが手の平を前に出し、気弾を発射した。とりあえずの牽制だったので、みここは羽根を広げて飛び上がり、難なくかわす。そのままみここは空中に静止した。
「空中で止まれるんだ・・・・」
重力を無視出来るとしたら、相手に対する戦略が変わってくる。透子は少し距離を置いてみここの出方を見ることにした。
ふいに、みここの姿が消えた。
「!?」
突然ゆかりの後ろに現れたみここが、ゆかりを羽交い絞めにして空中に飛び上がる。回転して逆さまになり、そのまま地面目掛けて急降下。みここは地面すれすれで離脱し、ゆかりだけが脳天から地面に激突した。
「きゃぁぁぁぁ!」
「ゆかり〜!」
一撃でゆかりのライフゲージが結構減った。
「ふぇぇ〜ん」
頭が思い切り痛いが、それでもゆかりは立ち上がりファイティングポーズを取る。
(瞬間移動か・・・・)
「透子〜! ワープなんかされたら、どこに出てくるか分からないよ!」
「あたしにまかせて」
透子はゆかりをみここに向かって走らせ、中キックで飛び込ませた。みここはしっかり立ちガードする。
「はっ!」
ゆかりが着地する前から透子はキックボタンを連打した。着地と同時にゆかりの美脚がみここ目掛けて無数のキックを繰り出す。ガードしていたみここだったが「百烈キック」でガードの上からライフを削られた。通常攻撃と違い、必殺技はガードされても僅かではあるがライフを削ることが出来る。
「なるほど、先行入力か。キックボタン連打により出すことの出来る必殺技を、空中にいる時から入力することによって着地と同時に当たり判定を発生させる。着地してからボタンを連打していては、すぐに技を出せないからね。ちなみに複雑なコマンドである超必殺技などはこの先行入力が必須となる」
倉崎は誰に言うでもなく独り言をつぶやいた。
「え〜い!」
続いてゆかりがピンクのチャイナドレスを閃かせて空中に舞った。みここの背中に「めくり」でキックを浴びせ、着地と同時にしゃがみ強キックを放つ。倒れたみここの立ち上がりに「百烈キック」を被せた。
「いやぁぁぁ!」
ガードが間に合わず、みここは無数のキックをノーガードで全て受ける形となった。
みここのライフゲージが半分を切る。倉崎は間合いを開けて額の汗を拭った。
(いやらしい攻撃をする、藤堂院透子。めくりでガードを反転させ、直後にしゃがみガードでしか防げないしゃがみキック、転ばせておいてその隙にボタン連打、立ち上がった所に百烈キックを「置いておく」とは・・・・)
倉崎はコントローラーを握り直した。
(もう僕は藤堂院透子を女の子だとは思わない。格ゲー全国大会級のプレイヤーのつもりであたる)
「さぁ、行こうか」
みここが飛び上がり、ゆかりに向かって気弾を放つ。近距離なので避けられず、ゆかりはガードした。その瞬間、みここがゆかりの背中に出現する。
「あっ」
前からの気弾をガードしているため、背中はガラ空きだ。またしてもゆかりは上空から逆さまに落下、脳天を地面に打ちつけた。
「いたぁ〜い!」
「くっ・・・・」
またも、みここの姿が消えた。
「何度も同じ手に・・・・!」
ゆかりが反転し、後ろに出現するであろうみここに対して蹴りを出した。
「違〜う!」
みここはゆかりの真上に出現した。
「!」
あっと言う間に、みここの太腿でゆかりの首が締め上げられる。
「んう〜!」
「左手は添えるだけ・・・・」
倉崎はボタンを1秒間に17連打した。
「フンフンフンフンフンフンフン!」
みここは宙に浮いたままゆかりの首を締め続ける。ゆかりの足が地面から離れ、宙吊りの形になった。
「〜!!」
ゆかりは苦しくて声が出せない。その「締め技」は、ボタン連打が早ければ早いほど、長時間の締めが可能になる技だった。
「ゆかりっ!」
透子のボタン連打返しにより太腿から解放されたゆかりは、咳き込んでその場に倒れた。
「ゆかり〜!」
「ふふふ、どうする? もう君のライフは6分の1程度しか残ってないよ」
「瞬間移動する先を変えられるなんて・・・・」
超必殺技のゲージが溜まったことを確認した透子は、相手のライフを見た。残りは半分弱だ。超必殺技が完全に決ればKO出来るかもしれない。出来ないかもしれない。
残り体力を考えれば、まだ勝負に出るには早い。超必殺技を使うにしても、もう少し相手の体力を減らしておくべきだと透子は考えた。
「サバイバルでの借りを返させて貰うぞ、藤堂院透子!」
「へっ、サバイバル?」
倉崎はコピー透子に負けた借りを返すつもりらしいが、当の透子はコピーの存在を知らない。
「君に分かるかい、コピーに馬鹿にされた僕の気持ちが」
「何のこと?」
透子にはさっぱり分からない。
倉崎はとっておきの恋愛シミュレーションで透子を我が物にしようとしたが、それもゆかりによって阻止された。マジカルダストパンの魔力は尽きている。復讐を遂げるには今はみここに託したマジカルハンマーの力を借り、この格闘ゲームで勝つしかなかった。
だが、透子もゲームとあらば負けるわけにはいかない。こうしている間にも残り時間が着実に減っている。もたついている時間はなかった。
現在、みここの残りライフは約45パーセント、ゆかりの方は約15パーセントだ。ゆかりはノーマル攻撃でも連続技を受ければKOされてしまう程度しかライフが残っていない。だがゆかりには超必殺技という切り札が残っている。
「はっ!」
ゆかりは弱パンチで気弾を放ち、その後について走った。気弾は弱、中、強パンチボタンによって弾速が異なり、弱のスピードだと後ろをついて走れる速度になる。その気弾をみここがガードをすればゆかりは投げのチャンスになる。ジャンプで逃げれば対空攻撃の標的となる。
「やあっ!」
みここは後方にジャンプした。飛びながらエネルギー弾を放つ。これなら追い討ちをされずに済むという倉崎の判断だった。
「超・昇龍脚演舞!」
ゆかりの体が光り、逆立ちの格好のまま上空へ舞い上がる。その攻撃は、みここの放ったエネルギー弾をすり抜け、標的へと向かった。この超必殺技は出掛かりの一瞬は無敵になり、相手の攻撃を受け付けない。透子はその無敵時間を利用し、エネルギー弾を無効化して空中に浮いて無防備となったみここへと昇龍脚演舞を放ったのだ。
みここに防御するすべはない。
「きゃぁぁぁぁ!」
みここの体を、ゆかりの脚から放たれた連続キックが炸裂した。全弾ヒットすればみここをKO出来るはずだった。
だが・・・・。
「そんな!」
ゆかりの昇龍脚演舞は最後までヒットせず、途中でキャンセルされた。空中で完全にヒットすると確信していた透子だったが、みここのライフは僅かに残ったままだ。
全身を光に包まれたみここが空中に浮いていた。
「空中で動けるキャラってこと、忘れてたわ・・・・」
透子は思い出した。みここのキャラは空中で自在に動くことができる。みここは超必殺技を全弾受ける前に、わざとガードを解いて後方に「歩いた」のだった。全てをガードしてしのぐか、ガードを解いて退くかの2択だったが、倉崎は後者を選択した。何故なら、彼には目的があったからだ。
みここのダメージゲージが満タンになっていた。
「さぁ、こちらも超必殺技の用意が出来たよ」
コントローラーを握ったまま、倉崎がニヤリと笑う。
「そのライフなら、ガードしても無駄だ! 削って終わりだからな!」
倉崎の指がみここの超必殺技のコマンドを入力する。この至近距離では、ゆかりは逃げることは不可能だ。倉崎の言う通り、ガードしても残りライフを削り取られてしまうだろう。
ゆかりはしゃがみ込んだ。倉崎はそれを見て、勝負を諦めたものだと思った。
「観念したな! くらえ! ナイトメア・イリュージョン!」
みここの体が赤・青・黄の3体に分裂した。3体がゆかりに向かって攻撃を仕掛ける。ゆかりは目を閉じた。
「ゆかり、目を開けて!」
「えっ?」
ピシ。
「きゃぁぁぁぁぁぁぁ!」
みここの分身が消え、体を覆っていた体が消えて吹っ飛ぶ。
「な、何が起こったんだ!?」
思わずコントローラーを取り落とす倉崎。ゆかりの頭上に「YOU WIN」の文字が浮かんだ。
「あれ、勝ったの?」
信じられないのはゆかりも同じだった。
「な、何をしたんだ、藤堂院透子!」
透子に向かって指を差し、倉崎は叫んだ。
「さては何か卑怯な手でも使ったな! でなければ、今の状態でお前に勝ち目などあるわけがない!」
「このゲームを作ったのはあなたでしょ、倉崎君。だったら自分の敗因も分かるはずよ。それとも既に存在するゲームのパクリだから、知らないのかしら?」
「ぐっ・・・・」
図星だった。倉崎は色々な人気格闘ゲームの中から、特に人気のあるキャラクターを寄せ集め、真似てこのゲームを作ったのだった。だが、その過程でキャラクターのパターンや技の特徴は研究し、自らプログラムしたので知らないはずはない。
「・・・・ナイトメア・イリュージョンは出掛り時の足元にコンマ数秒の弱点がある。膝から上にのみ攻撃判定があり、そこから下は無防備だ。まさか、その一瞬を狙ったというのか?」
「飛び上がる一瞬の勝負だったから、怖かったけど。一番攻撃判定の早く発生する弱パンチをしゃがみで出したの。立ちだと膝から上の攻撃判定に当たっちゃうから」
「だから一瞬の出来事だったというわけか・・・・」
ピシ、という軽い音。
最大の攻撃力を持つ超必殺技が、最弱の攻撃力を持つ弱パンチ1つに負けた。
超必殺技を出すために必要なゲージを溜めるために受けたダメージが大き過ぎた。
(完敗・・・・なのか、僕の)
倉崎はコンソールの上に両手をつき、項垂れた。
「アクションゲームで負け、恋愛シミュレーションゲームで負け、格闘ゲームで負けた・・・・僕が・・・・この僕が・・・・」
倉崎にはゲームしかなかった。勉強も、スポーツも、何一つ自慢できるものは他にない。ただ、幼い頃から誰にも負けない自身のあるもの、それがゲームだった。兄弟はいない。忙しい両親はしばしば帰って来ない日もあった。そんな生活で、倉崎はゲームだけが家でのパートナーだった。会話の相手だった。それ故に、腕は上達した。誰にも負けなかった。なのに、それなのに・・・・。
倉崎は、己の存在価値を失う絶望感に打ちひしがれた。
「倉崎君」
遠くから透子の言葉が耳に入って来る。
「ゲームは楽しく遊ぶものだよ」
「・・・・!!」
いつしか・・・・。
倉崎にとってゲームとは、己を誇示するもの、自慢するもの、他人に勝つものになっていた。ゲームをやっている時だけは、彼は英雄であり、チャンピオンでいられた。圧倒的な腕の差で、他を叩きのめした。それが彼が感じる「己の価値」だった。
「楽しく・・・・遊ぶ・・・・」
他人に勝つための手段ではなく、自分が心から楽しむ気持ち。それを倉崎は忘れていた。
(僕の敗因は、それだったのか・・・・)
YOU LOSE。
その文字が倉崎の頭の上で淋しく浮かんだ。
「みここちゃん、大丈夫!?」
ステージ上では、倒れたみここにゆかりが駆け寄って手を差し伸べていた。
「ふにゅ、姫宮さん・・・・」
「どこか痛くない? 怪我してない?」
「う、うん、大丈夫・・・・」
みここはゆかりの手に掴まり、立ち上がった。攻撃を受けた瞬間に痛みを感じるが、後に残る怪我などはない。
「ねぇみここちゃん、あの人とは仲間なの?」
「え、あの人って、倉崎さん? 仲間って言うか、知り合ったばかりだし・・・・」
「マジカルアイテム、どうしたの?」
「倉崎さんが、使っていいって・・・・」
ゆかりはみここの持っているマジカルアイテムに見覚えがあった。エロ魔法使いの村木が使っていたものだ。
「あのね、みここちゃん。それはゆかりたちが回収しなきゃならないものなの」
「回収?」
「話せば長くなるけど、マジカルアイテムを落としちゃった人がいて、探すように頼まれたんだ。だから、返して欲しいの」
「・・・・」
みここはマジカルハンマーを握り締めた。
(そうだったんだ・・・・だったら、元の持ち主に返さないといけないよね・・・・ちょっと楽しかったのにな。ほんの少しだけど、魔法少女になれたし)
名残を惜しみながらみここがマジカルハンマーをゆかりに差し出した。
「渡しちゃ駄目だ、みここ君!」
倉崎が叫んだ。
「それがなかったら、う〜ちゃんのかたきが取れなくなるぞ!」
「・・・・う〜ちゃんの・・・・」
「みここ君、来るんだ!」
倉崎がみここに向かって手招きをする。
「みここちゃん、行っちゃ駄目!」
「みここ君! 正義の力を手放すな!」
「みここちゃん! マジカルアイテムを返して!」
「・・・・」
(う〜ちゃんのかたき。う〜ちゃんのかたき。う〜ちゃんの・・・・)
う〜ちゃんは1人淋しく殺された。誰かがかたきを取ってあげなければ、う〜ちゃんはずっと1人ぼっちだ。
「僕がこいつらを足止めする! 君は逃げろ!」
辺りが暗転する。倉崎が「マジカルダストパン」の最後の力を振り絞った魔法を展開したのだ。
「何なの?」
暗転したステージに文字が次々と流れて行く。
スタッフ・スクロール。勝った透子への、エンディングが流れ始めたのだ。
「みここ君!」
倉崎が出口へとみここを誘う。
「君は、君の正義をもって悪を滅ぼしてくれ!」
「倉崎さんは!?」
「僕はもう駄目だ。ゲームしかない自分を自らの心で否定してしまったからね・・・・」
倉崎が胸を押さえ、膝をついた。
「倉崎さん!」
「精神力の限界かな・・・・そうだよな、僕はこんなに弱い人間なのだから・・・・」
「倉崎さん、一緒に・・・・!」
「早く行け! このエンディングが終わるまで、あいつらはこの世界から出ることは出来ない。僕が食い止める。だから早く行け!」
「どうしてそこまで・・・・」
「実は恥ずかしくて言えなかったんだ。僕もね・・・・う〜ちゃんが好きだったんだよ。時々、あのウサギ小屋を覗いては心を癒していたんだ」
「・・・・」
「だから・・・・必ず犯人を見付けてくれ・・・・かたきを、取ってくれ・・・・」
「・・・・はい」
みここはもう振り返らなかった。
それが倉崎の願いでもあったから。
THE END。
真っ暗なステージにその文字が浮かんだ後、倉崎の作り出したゲームの世界が消えた。ゆかりと透子は馴染みのある校舎裏に立っていた。
「倉崎君っ」
ゆかりが倒れている倉崎に駆け寄り、声を掛けた。返事はないが、息はある。
「大丈夫、疲れてるだけだと思うから。それより・・・・」
透子は辺りを見回したが、みここはとっくに姿を眩ましている。
「みここちゃん、って言ったっけ? 早く捜さないと。かたきを取るとかどうとか言ってなかった?」
「うん、う〜ちゃんのかたきとか」
「う〜ちゃんが誰なのか分からないけど、穏やかな話じゃないわ。かたきって言うくらいだから、相手は悪い奴だとは思うけど・・・・あのみここちゃんって子、いい子みたいだった。犯罪者にはしたくないよね」
「うん、何とかして止めないと!」
「幸い、格闘ゲームの世界を作るために倉崎君がマジカルハンマーの魔力を使った。今、あの子のマジカルアイテムは魔力が残り少ないはずよ」
当てもなく、透子とゆかりは手分けしてみここを捜すことになった。
24th Dream へ続く
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