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タイトル


 20th Dream 「ロマンス寸前」


「僕が必ず犯人を突き止めてみせる」
 みここにそう約束した鵜川は、携帯電話で呼び出されて一旦派出所に戻った。詳しい話を聞きたいから、学校が終わったら派出所に来てくれと言われ、みここはとりあえず授業を受ける為に教室に向かった。
 まだ彼女の頬は涙で濡れていた。
(誰なの・・・・可哀想なう〜ちゃん、どうしてあんな酷いこと・・・・)
 悪い評判が広まるからと、教頭先生はこの事件をおおっぴらにしないと言った。犯人の目星が付いているそうだが、内々に注意して、それで終わりにするのだろう。
 ウサギごとき、という教頭の言葉がみここの頭を支配していた。
 そこにふと、みここの頭に例の3人組が思い浮かんだ。みここを目の敵にしている、苛めっ子だ。
(まさか、あの人達が・・・・?)
 自分に対する嫌がらせのために、大事にしていたう〜ちゃんを殺した?
 でも、はたしてそこまでするだろうか?
 だが、現時点では他に犯人は思い浮かばない。
(でも、どうやって聞けばいいの?)
 授業など、みここの耳には入ってこなかった。
(・・・・?)
 みここは机の中に入っている見覚えのない紙切れを見付けた。
(何だろ、手紙? また・・・・)
 また苛めっ子の仕業だろう、とみここはウンザリした。ある時は謂われない誹謗中傷、ある時はからかい目的の偽物のラブレター。「Gカップ天国」と書かれた街角に貼られているいわゆるピンクチラシに手書きで「巨乳のみここちゃんにピッタリ!」と書かれているものもあった。
 そんなことが重なり、みここは紙を読まずに捨てようかと思ったが、いつもと違いワープロで書かれているその文章を、ちょっとだけ読んでみることにした。
「君に素敵なプレゼントがある。ぜひ受け取って欲しい。休み時間、第2視聴覚室に来てくれ」
(・・・・)
 名前も書いていない、素敵なプレゼントの内容も書いていない。みここ自身、誰かに何かをプレゼントされる覚えもない。
(また悪戯だ)
 そう思って、みここはその紙を丸めてゴミ箱に入れた。
 しかし、みここは第2視聴覚室の前に来ていた。
 自分でもどうして来てしまったのか分からない。朝にう〜ちゃんの亡骸を見てから、ずっと授業にも身が入らなかった。誰とも話す気になれなかった。だが、いつもの苛めの文章とは違うその手紙に、何故か興味を持った。
 視聴覚室の中は遮光カーテンが閉められていて暗く、やっぱり帰ろうと思ったその時、部屋の中から声が聞こえた。
「山城みここ君だね。ようこそ、入ってくれたまえ」
「・・・・」
 男の子の声だ。少なくともいつもの苛めっ子ではない。だが何が目的なのか分からないので、みここはゆっくりと入り口に向かって歩いた。
「遠慮はいらない。君は我ら『MOT』の新しいメンバーなのだから。不本意だが笠目隊員の言葉を借りるなら『ピンク』ということになるのかな」
「・・・・?」
 みここが恐る恐る視聴覚室に入ると、倉崎命人が座っていた。
「怖がらなくていい、山城君。それとも・・・・マジカルリップと呼ぼうか?」
 その言葉を聞き、みここはコスプレを見られたと思い、顔を真っ赤にして俯いてしまった。考えて見れば、ゲーキャラショーに来ている人々の中にうさみみ中学の生徒がいないとは限らない。いつかは自分の趣味がばれてしまうのは予測できたはずだ。
「あの・・・・」
 コスプレ好きだということが広まれば、また苛められる。そんな根拠の無い思い込みが、みここの頭を駆け巡った。
「あのことは、誰にも・・・・」
「素晴らしかったよ、君のコスプレは。もはやコスプレではなかった。パステルリップそのものだったよ」
「・・・・え・・・・」
「感動すら覚えたね。それに比べて他の女の子ときたら、勘違いしている子が多くて困ったものだよ。せめて体格だけでも合わせて欲しいものだね」
 他の子の悪口を言う倉崎に反感を覚えたみここだが、自分を誉めてくれて悪い気はしなかった。誰にも秘密だったので、面と向かって誉められたのはゆかりとユタカに続いて3人目だった。
「でもあたし、本物みたいにスタイル良くないから・・・・」
「それは日本人だから仕方ないよ。いや、アニメの女の子みたいなスタイル、世界のどこを探しても見付からないさ。僕に言わせれば、日本人のヒロインをあんなにスタイル良く書く方が間違っていると思うね。日本人が体格にコンプレックスを抱いている証拠だ」
「・・・・ゲーキャラショー、来てたんですか?」
「毎年ね。実を言えば去年も君を見かけた。あの時はまだ君は小6だったんだよね」
「・・・・はい」
 みここは倉崎を「自分と趣味が合う人かな」と思った。
「おっと、君を呼んだのはコスプレの話をするためじゃない。君のパステルリップのコスプレを見て、君にこれをプレゼントしようという気になったんだ」
 倉崎は机の上に、村木が持っていた「マジカルハンマー」を置いた。
「何ですか・・・・?」
「山城みここ君、本物の魔女っ娘になる気はないかな?」
「・・・・?」
 怪訝な顔で自分を見るみここに、倉崎は慣れない笑顔で返した。
「胡散臭いだろう? でも本物なんだよ、このマジカルアイテムは」
「マジカル・・・・アイテム?」
「ここに僕が作った資料がある」
 バサっという音を立てて、机の上に紙の束が置かれた。倉崎に促され、みここはその資料を手に取った。
 それは倉崎が集めた「パステルリップ」の資料の束だった。魔女っ娘アニメの資料をせっせと集めている倉崎を想像すると、少し怖い。
「正義の魔女っ娘になる気はないかな? それを参考に、君がなるんだ」
「・・・・」
 まだみここは半信半疑だ。いや、9割方疑っている。特にみここが疑り深いわけではなく、常識人なら当然だろう。
「パステルリップみたいになって、悪い奴らをやっつけたくはないか? コスプレなんかじゃない、本物になるんだ。そうすれば、ウサギを殺した犯人にも復讐が出来る」
 その言葉を聞き、ビクっとみここは体を震わせた。
「悪に鉄槌を下せるんだ。なにしろ、正義の魔女っ娘なんだからね」
「正義の・・・・」
「君を見て感じた。君はパステルリップになる運命を背負って生まれて来たんだ」
 倉崎の差し出したマジカルハンマーを、みここはそっと手に取った。


(来ちゃった)
 うさみみ中学の制服を着た透子が、校門の前で立ち止まった。
 寝直そうとしたが、眠れなかった。
 ユタカによると、ゆかり達は昨夜、敵の攻撃を受けたと言う。学校でも襲われる可能性が大きい。確認されているだけで学校には3人の敵がいる。一度に3人に襲われたら、ゆかり1人では勝てないだろう。
(あたしが寝ている間にゆかりの身に何か起こったら・・・・やっぱり後味悪いもんね。これは、あたし自身のためなんだから)
 透子は自分にそう言い聞かせ、うさみみ中学の校門の横にある通用門をくぐった。校門は既に固く閉ざされているからだ。当然、思い切り遅刻である。
(ゆかりってば、よく考えたら邪魔ばかりしてない? ゆかりのお陰であたし、結構苦労が増えてる気がするな。ゆかりがいない方が、事件も速く解決するかも。今回だって、ゆかりのせいで犯人に逃げられたんだし・・・・)
 思い起こせば、ゆかりが原因で色々としなくてもいい苦労をしてきた気がする透子だった。
(・・・・?)
 車がトンネルに入った時のような感覚。どこか気圧の違う部屋に入ったような感じ。
(なに、これ?)
 ユタカが名付けた通称「オタ空間」を初めて体感した透子には、何が起こっているのか見当が付かなかった。ただ、いつもの学校とは違う、ということだけは分る。
「・・・・」
 胸の辺りが何かホカホカするので、透子は自分が抱えている袋の中を覗き見た。
 大き目の、美味しそうなタイヤキが5尾入っていた。
(何で夏にタイヤキ? て言うか、あたしこんなの買った覚えがないよ!)
 気持ち悪い、と透子はそのタイヤキの袋を投げ捨てようと思ったその時、誰かが勢い良く背中にぶつかってきた。
「きゃっ!」
「おわっ!」
 倒れた拍子に、5尾のタイヤキが地面にばらまかれる。
「いてて・・・・」
 ぶつかってきた男子生徒は頭を押さえ、透子に「大丈夫?」と聞いて来た。
「大丈夫じゃないよ・・・・」
 透子が起き上がろうとすると、男子生徒の手が差し出された。
「立てる?」
「・・・・お構いなく」
 透子は差し伸べられた手を無視し、自力で立ち上がった。
「相変わらず気が強いな、亜由ちゃんは」
「あゆ?」
(誰のこと?)
 男子生徒は透子を見て微笑んでいた。それから地面に散乱したタイヤキに気付き、拾い始める。
「大好物のタイヤキが台無しだね。ごめん、ごめん」
(あたしはそんなの知らない・・・・)
 と思った透子だったが、その瞬間、思ってもみないセリフが口から発せられた。
「もう、ごめんじゃないよ。おわびに今度、何か奢ってよね、命人くん」
(命人君って誰? この子? 何であたし、この子の名前を知ってるの!?)
 自分はこの男を知っている? 相手も自分を知っている? だが男子生徒は自分のことを「亜由」と呼ぶ。買った覚えのないタイヤキが大好物?
「まさか亜由、このタイヤキ、また盗んできたんじゃないだろうな」
「そ、そんなことしないよ!」
 今度は気持ちとセリフが一緒だった。
「怒るなよ。お詫びに今日の帰りにパフェでも奢ってやるからさ」
「ジャンボパフェで手を打つよ」
「分った、分った。おい亜由、背中の羽根が汚れてるぞ」
「え、羽根?」
 透子は首をねじって自分の背中を見ようとした。チラッと白い物が見える。
「はね〜・・・・?」
「おいおい、自分で背負っておいて知らないのか? おっと、もうこんな時間だ。じゃあな、亜由」
 そう言って男子は遠ざかって行った。
(何なの?)
 透子はリュックを降ろして羽根の正体を確認した。黒いリュックの両側から、真っ白な羽根が生えていた。
 わけが分からない。透子はとりあえず教室に向かうことにした。
 その途中で、透子は先程の男子生徒が様々な女子と話しをしている所を目撃した。家事が得意誰にでも優しく、お嫁さんにしたいナンバー1の子、おしとやかで古風な喋り方をする豪邸の箱入り娘、噂が大好きで陽気な流行おっかけ少女、妙な実験をしていると噂されるミステリアスな女子、勉強もスポーツも得意な学校のヒロインだが実は命人の幼馴染・・・・。
(って、何であたしがそんなこと知ってるわけ?)
 透子は首を捻りながら教室に入り、席についた。
 その瞬間、チャイムが鳴った。透子は「今から授業かな、グッドタイミング」と思ったが、そのまま授業が終わり、休み時間に突入した。
(あれ、授業・・・・もう終わり?)
 次は教室移動。クラス委員の透子は、先生に山のような資料を持たされた。
(何であたし1人でこんなに持つわけ? それより、いつあたしがクラス委員に?)
 意味が分からないまま大量の資料を持って廊下を歩く透子。資料の山で前が良く見えない。
 危ないなと思っていた時、案の定と言うか、前から来た人物とぶつかった。
「きゃっ!」
「うわっ!」
 倒れる2人、散らばる資料。
「ボクの方こそごめんなさい・・・・あ、命人くん」
「亜由じゃないか。気を付けて歩けよな」
「前が見えなかったの! そっちこそ、前を見て歩いてよね」
 資料を拾い集める2人。近くを通る他の学生は誰1人として手伝おうとはしなかった。
 資料を集め終えると、命人が「半分持つよ」と言った。
「それじゃ、お言葉に甘えて」
 またしても、透子は意思とは関係ないセリフを口にする。「おかまいなく」と言うつもりだったのに。
 おかしいと思いながら資料を運んでくれた命人に礼を言い、別れる。ところが苦労して運んだ資料を使う時間もなく、またしてもあっという間に授業が終わる。
(変だわ。時間の流れがおかしいし、学校の様子も違う。まるで・・・・)
(違う世界に紛れ込んだみたい)


 昼休み、倉崎命人は「クラスメイトの妹で、お嫁さんを夢見ている女の子」から貰ったお弁当の蓋を開けていた。
(これは・・・・なかなか)
 白米以外は、一見しただけでは何の料理か分からないものがズラリと並んでいた。見た目どころか、味わってもその正体が判明しない可能性が大だった。
(自分で設定したとはいえ・・・・食べる気にはならないな、これは)
 倉崎は蓋を閉めようとしたが、箸が勝手に動いて「黒くてぐにゃっとした、何となく光を放っているもの」を口に運ぶ。
「んうぉっ!」
 何とも言えない触感が倉崎の口に広がり、何物にも表現し難い味が喉を犯した。
(さ、さすがだ・・・・マスターとは言え、プレイヤーである僕でさえプログラムに逆らえないということか・・・・まずいお弁当を無理して喰うことで愛情と優しさを表現するイベントなのだが・・・・さ、さすがに自分で食べるのは、き、きつい・・・・)
 遠のく意識の中で、倉崎は「これでこそやりがいがある」と思った。
「お兄ちゃん!」
(ん・・・・?)
 どのくらい気を失っていたのだろうか。倉崎が目を開けると、目の前には女の子が立っていて、こちらを見下ろしていた。
「だいじょうぶ? お兄ちゃん、呼んでもなかなか起きないから」
「君は・・・・姫宮ゆかり・・・・」
「もう、まだ寝ぼけてるの? あたしは妹の公子だよ」
「きみこ・・・・?」
 倉崎は記憶を辿ってみたが、公子という妹はプログラミングした覚えがない。姫宮ゆかりはもう1人のヒロインで、1つ下の学年のキャピキャピした女の子で、フリフリの服が好きで胸が小さいことにコンプレックスを抱いている少女だが、実は主人公が幼い頃に一緒に事故に遭ってお互いの記憶をなくしているという設定のはずだ。
(何故だ・・・・?)
「お兄ちゃん、もうお昼休み終わっちゃうよ。きみ、もう行くね」
 そう言って「きみ」こと公子は、階段を降りて屋上から去って行った。
(今のキャラは何だ? 僕の作った「ファイナルときめきプリンセスアドバンスリ・ピュアセカンド」には登場しないキャラのはずだ。プレイヤーに妹は12人いるが、その中に公子という娘は存在しない。この世界は僕が作ったんだ、間違いはない。だが・・・・)
「・・・・バグかもな、急いで完成させたからな。再デバッグの必要有りだな」
 この「オタ空間」は、倉崎命人が日頃からノートパソコンで開発していた恋愛シミュレーションを実際の学校を舞台に作り上げた、ヴァーチャルゲームワールドだ。倉崎は主人公に自分を設定して、自らゲームに参加している。ゲーム内に登場する女の子と仲良くなるのが目的のゲームだ。登場する女の子は実際にこの学校にいる子だが、プログラムされた内容の通りに行動し、話すことしか出来ない。ちなみに学校全体を「オタ空間」に変えるため、倉崎は「マジカルダストパン(塵取り)」の魔力をほとんど使い切ってしまった。全て使ってしまうと、この世界を維持するための魔力がなくなってしまうので、数時間はこの世界を保つための魔力は残してある。
 倉崎は自分で作ったこのゲームを当然の如く熟知しており、ゆかりと透子が演じるキャラを同時攻略するつもりでいた。それに必要なフラグの立て方はチャートごと頭に入っている。
 だが、ゆかりは別のキャラで登場していた。倉崎は「プログラムミス」で片付け、取り合えず透子のみを攻略するように軌道修正することにした。同時攻略よりははるかに楽だ。同時攻略するには、ある程度ランダムで発生するイベントを起こし、新密度を上げなくてはならない。


 倉崎が屋上から校庭に移動すると、そこには亜由がいた。もちろん、予定通りだ。
(そしてここで確率イベントが起きる・・・・)
 突然、突風が吹いた。
「きゃ・・・・」
 亜由(透子)のスカートが風にふわりと舞った。
(ここでは20パーセントの確率で亜由のパンチラが拝めるんだ。僕は運がいい)
「だ〜れだ!」
「!?」
 スカートがめくれ上がり、亜由のパンチラを拝見出来ると思った寸前、倉崎の視界がブラックアウトした。
「な、何だ!?」
「お兄ちゃん、だ〜れだ!」
 暖かい手の平で倉崎の両目は目隠しをされていた。
「その声は、公子かっ!」
「せいか〜い!」
 手の平によって作られた暗闇から倉崎の視界が開放された時、既に亜由の姿はそこにはなかった。
(あぁ、希少な亜由のパンチラが・・・・)
「公子ぉっ! お前のせいで見損ねたじゃないかぁ!」
「え、なになに? どうしたの? 何を見損ねたの?」
 きょとんとした表情で、公子(ゆかり)が首を傾げる。
「あ・・・・いや、何でもない・・・・」
 さすがに「パンチラを見損なって怒った」と知られるのは情けない。兄としての威厳に関わる。
「変なお兄ちゃん。あ、授業が始まっちゃう!」
 そう言って、公子はタタタとスカートを揺らして駆けて行った。
(・・・・おかしい、こんなイベントは存在しない。やはり何かが狂っている)
 そう考えながらも、倉崎は次のイベントを発生させるべく校庭を後にした。


 倉崎は予定通りに午後の体育の授業で膝に怪我をし、保健室に向かった。そこには先客として亜由がいるはずだ。
「あ、命人くん」
 保健室のドアを開けると、予定通りに体操服姿の亜由がベッドの上に座って足首に包帯を巻いていた。
「亜由、どうしたんだ?」
「足首をひねっちゃって。命人くんも怪我?」
「そうなんだよ。リレーで転んじゃったんだ」
「そこに座って。治療してあげるよ」
(したくない!)
 と透子は思ったが、イベントには逆らえない。薬とガーゼを持って命人が座った椅子の前にひざまずく。
「いて、そっとやってくれよ」
「我慢しなさい、男の子でしょ!」
 本当は命人の膝など触りたくないはずなのだが、不思議と嫌だという感覚はあまり強く感じなかった。透子が亜由というキャラクターになり切っている証拠だろう。
(あれ、あたし、上手?)
 亜由はテキパキと薬を塗ってガーゼを貼り、包帯を巻いていった。普段このようなことをした経験が少ない透子は、第2部でも手際の悪さを披露している。
(あたし、どうしてこんなに上手なの?)
 戸惑う亜由。倉崎はそんな亜由の胸元を覗き込んだり、ブルマーから伸びた太腿に見とれたりしていた。プレイヤーとしての特権は利用しなければ勿体無い。
「なぁ、亜由・・・・」
 ここで起こるイベントは、プレイヤーが立ち上がろうとした時、膝に巻いている包帯がきつく巻かれていた為に膝が伸びず、バランスを崩して亜由の上に覆い被さってしまい、偶然キスしてしまうという何とも胡散臭いイベントだ。百歩譲って唇と唇が当たったとしても、倒れた勢いで思い切りぶつかり、歯を強打したり唇を切ったりして流血騒ぎとなり、とてもロマンス寸前な空気にはならないだろう。
 だが、とりあえず恋愛シミュレーションの世界においては「萌え」ることが出来れば多少の無理は通るのである。倉崎は倒れる為に立ち上がろうとした。
「お兄ちゃん、危ない!」
「んぁあ!?」
 倒れそうになった倉崎を、自称妹の公子が腕を引っ張って助けた。いや、その拍子に思い切り後ろに倒れてベッドの柵で後頭部をぶつけたので、助けたとは言えない。
「ふぅ〜、危なかったねお兄ちゃん」
「危な『かった』じゃなく、思い切り痛いぞ!?」
(ゆかり!?)
 亜由こと透子が公子ことゆかりの名前を口にしようとしたのだが、セリフが出なかった。
(ゆかりもこの世界に取り込まれちゃったのね・・・・この世界に放り込まれたのがあたしだけなら、ゆかりに助けて貰おうと思ったのに・・・・ゆかりをアテにする方が間違ってるかな)
「き・・・・君は・・・・何て事を・・・・これからだったというのに・・・・」
 しこたま打ちつけた後頭部を押さえて倉崎がうめいた。
「ほえ?」
 公子のキョトーン攻撃。
「公子ちゃんもどこか悪いの?」
 亜由が公子に聞く。
「うん、きみね、頭が悪いの! きゃははははは」
 冗談として受け取っていいのか、悩む亜由だった。


21th Dream へ続く


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