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タイトル


 19th Dream 「I wish」


 家までは約700メートル、何としても、誰にも会うことなく家に辿り着かなければならない。
 最悪の場合、顔だけでも隠して逃げるしかない。近所の人に見付かったら最悪だ。「村木さんの息子さん、変態なんですって! 夜中に全裸で俳諧しているらしいわよ」等と噂されてしまう。この際、新聞紙でもゴミ袋でもいい、体を隠す物がないだろうか、と村木はこそこそと路地裏にしゃがみ込んで、泣きながら辺りを物色していた。家に帰るには、どうしても人通りのある道路を通らなければならない。
(くっそ〜、覚えてろよ、藤堂院透子! お前なんか、学校で素っ裸にして見世物にしてやるからな!)
 だが、既にマジカルアイテムは自分の手にはない。マジカルハンマー様がなければ、仕返しは叶わない。
(うう・・・・)
 泣いている村木の視界が、ふいに暗くなった。
「何をしているんだ、君は?」
「え」
 誰かが後ろに立っていた。首を曲げて見上げると、その人物と目が合う。制服から見て、警官らしかった。
「逮捕ですかぁ・・・・」
 更に泣く村木。
「猥褻物陳列罪ですかぁ〜!」
「落ち着け、君」
 その警官は鵜川だった。藤堂院家での一件を目撃して村木を追ったのだが途中で見失い、この辺りを探していたのだ。
「君、少し前にある家で女の子に対して、何かマジックのようなものを使っていただろう?」
「手錠をかけちゃうんですかぁ〜」
「聞けよ! そのマジックは女の子の服を吹き飛ばしたように見えたが・・・・君のその姿は、それと関係があるのかな?」
「お父さんとお母さんには言わないで・・・・」
「聞けって」
 鵜川は上着を脱ぐと、村木にかけてあげた。背丈の違いがあるので、村木の大事な部分は上着に隠れる。これが女の子だったら嬉しいのに、と鵜川は不謹慎なことを考えながら派出所に連れて帰った。替えのシャツとズボンを履かせて、椅子に腰を掛け、村木を反対側に座らせる。
「少し話しを伺いたいんだが」
「うう〜・・・・」
 村木はまだ泣いている。
「さて、どこから聞けばいいのかな」
「カツ丼は出ないんですか・・・・」
「出してもいいが、代金は君が払うんだぞ」
「え、そうなんですか?」
「サービスで出てると思ったのか? 後で請求書が届くんだぞ」
「じゃあ、いりません」
 震える声で、だがキッパリと村木はカツ丼を断った。


 村木が警察で事情聴取を受けているとは思うはずもないタカシは、村木の家を尋ねて彼がまだ帰っていないことを聞かされた。母親は一旦、彼の部屋に行ってから「まだ戻ってません」と言った。自分の息子が家にいるかどうかも分かっていないらしい。
(どこへ逃げたんだ・・・・)
 しばらく辺りを捜したタカシだったが、諦めて藤堂院家に戻って来た。
 こなみは透子に服を借り、居間で紅茶をご馳走になっていた。服は大人の透子の物なので、こなみには大きめだった。
「・・・・」
 一言も話さず、ただ紅茶をすする。ちなみにミルクティーだ。
「こなみちゃん、ケーキ食べる?」
「いらない」
「そう・・・・」
 会話が続かない。
 こなみはチラチラと透子を盗み見た。今日の透子も、何となく様子がおかしい。
(透子さん、タカシ君にはっきり言ってくれてなかった。まさか、透子さんもタカシ君に気があるんじゃないの?)
 透子は自分の正体(実年齢)を明かせば、タカシは諦めると思っていた。だから、タカシが今の自分を好きだという状態は、透子には予測出来ていない事態だった。今のタカシの気持ちは聞かされていないので、透子自身はタカシを振ることに成功したと思い込んでいた。
(魔法が使えるのに、どうしてタカシ君を助けなかったの?)
 マジカルチャージによって魔力を吸い出してしまったため、魔法の肩叩きが使えないことを、こなみもタカシも知らない。だから、透子はこなみの機嫌が悪い理由について、村木の魔法で脱がされた所をタカシに見られたからだと思っていた。
(こなみちゃん、タカシ君のこと好きだもんね。好きな人に見られちゃったら、恥ずかしいよね)
 色々と認識の相違や食い違いのある中、タカシが戻って来た。
「ごめん、逃げられた。あいつ、どこ行ったんだ?」
 居間の空気が重い。それをタカシは「自分が村木を取り逃したからだろうか」と思った。
「透子さん、俺、村木が明日学校に来たら、速攻でぶちのめしてマジカルアイテムを奪い返してやりますから。安心して学校に来て下さい」
「あ、あのね、タカシ君・・・・あたし、もう学校に行かない」
「え・・・・」
 こなみも伏せていた顔を上げる。
「タカシ君、こなみちゃんを家まで送ってあげてね」
「あ、はい、でも・・・・」
 透子が学校に来ない。
 ゆかりや透子が学校に来ている理由は、タカシも聞いている。散らばったマジカルアイテムの回収だ。その内の1つがうさみみ中学で使用された疑いがあり、村木卓が所持していることが判明した。だからもう学校に通う必要はなくなった、ということだろう。タカシはそう解釈した。
「でも、他のマジカルアイテムも他の生徒が持っている可能性があるんじゃ・・・・」
「もう1人、正体は分からないけど取り逃がした子がいるわ。おそらく、うさみみ中学の生徒」
「だったら、そいつも早く捕まえないと」
「そっちはゆかりに任せて、他のマジカルアイテムを探そうかなって思うの。手分けした方が効率がいいでしょ?」
 透子は考えてもいないことを口にした。彼女はただ、学校に行きたくないだけだった。嫌な思い出のある、うさみみ中学に。
 こなみは、透子がタカシと距離を置いてくれるために学校に行かないと言っているのかな、と考えた。
 タカシは、まだ本当の年齢の透子に惚れた、と告白はしていない。透子が学校に来ないとなれば、告白のチャンスは激減する。今まさにここで気持ちを打ち明けたいところだが、こなみがいるのでそれは叶わない。
 今日のところは夜も遅いので、タカシはこなみを家まで送って行った。
 大きな家の中で、1人になる透子。カチカチという時計の秒針が時を刻む音だけが聞こえる。
(忘れたつもりだったのに・・・・ううん、忘れることなんて出来ない)
 肩叩きの魔力がゼロで元の姿に戻れない透子は、何となく魔力を戻すのも面倒だと思い、そのままの姿でシャワーを浴びてそのまま眠りについた。いつものベッドがちょっとだけ大きくて、何だか得をしたような、豪勢な気持ちになった。


 街灯がアスファルトに2人の影を作っていた。
「芳井」
「・・・・なに?」
「ありがとうな、さっきは。助けようとしてくれて。でも、あれがもし危険な攻撃だったらどうするつもりだったんだ? 今頃は怪我をしているか、下手すれば・・・・」
「助けたかったの、タカシ君を。それ以外は何も考えてなかった」
「助けるって・・・・」
「透子さんは助けてくれそうになかったから」
 こなみの声が低くなる。
「なぁ芳井、透子さんと喧嘩でもしたのか? さっきも何も話さなかったし、目も合さなかったろ?」
「私と透子さんじゃ、喧嘩にもならないよ」
「・・・・」
 人通りもない夜の歩道をしばらく無言で歩く2人。やがてタカシが口を開いた。
「なぁ、芳井。どう思う? 俺、透子さんに・・・・本当の透子さんに気持ちを打ち明けた方がいいよな? 歳が全然違うし、迷惑かな? 芳井ならどう思う?」
「どうして私に聞くの?」
「どうしてって・・・・他に相談出来る人がいないから」
「そんなこと、私に聞かなくてもいいじゃない!」
「おい!」
 駆け出すこなみ。追いかけるタカシ。
「どうしたんだ、芳井!」
「ほっといて!」
「何で泣いてるんだよ!?」
「泣いてないもん! あっ・・・・」
 道路の段差に足を取られて見事に転んだこなみは、膝を思い切りアスファルトにぶつけた。声にならない叫びをあげてうずくまる。
「何やってんだよ! 見せてみろ」
「いいから、ほっといて!」
「そうはいくかよ!」
 タカシはハンカチを取り出すと、擦り剥いたこなみの膝に当てた。
「血が出てるじゃないか」
「・・・・痛い」
「そりゃそうだろ」
「う・・・・」
 こなみの頬を伝う涙は、傷の痛みのせいなのか、心の痛みのせいなのか。こなみ自身にもよく分からなかった。


 やめて。
 誰か気付いて。
 誰も気付いてないの?
 気付かない振りをしてるの?
 怖い。
 声が出ないよ。
 助けて。
 早く駅に着いて。
 あたしだけ、どうしてこんな目に合うの?
 どうしてこんなことされてるの?
 お願い、誰か・・・・。
「いやっ!」
 身を起こした透子は、ここが自分のベッドの上だと気付いて胸を撫で下ろした。
(夢・・・・)
 目覚ましを見る。午前9時、学校でホームルームが始まる時間だ。
 今朝は目覚ましを仕掛けなかった。学校には行かないと決めて寝たからだ。
(もっとゆっくり寝ようと思ったのに・・・・)
 首筋は驚くほど汗でビッショリだった。寝直そうと思っても、汗だくで気持ちが悪い。仕方なく、透子は起き抜けにシャワーを浴びた。
(目が冷めちゃったな・・・・)
 電話が鳴った。
(誰だろ?)
 受話器を取り「はい、藤堂院です」と名乗る。
「もしもし、藤堂院さん?」
「どなたですか?」
「俺だよ、相楽」
「ユタカ君?」
 電話の相手は「どうせゆかりだろう」と思っていた透子にとって、予想外の人物だった。
「どうしたの? 朝早く」
「そっちこそ、学校はどうしたんだ?」
「今日は休み」
「ゆかりは学校に行ったぞ?」
「自主休学」
「格好良く言うな、サボリだろ」
「格好良いと思って言ったわけじゃないんだけど・・・・」
「実は夕べ、俺とゆかりがマジカルアイテムを持っている奴等に襲われた」
「奴ら?」
「ゆかりの家の前と、公園でだ。俺がいたから何とかなったが、学校について行くわけにもいかない。藤堂院さん、ゆかりを守ってくれないか」
「あたし、ゆかりの保護者じゃないよ」
「でも、友達だろ?」
「・・・・」
「なぁ、敵ってのは学校にいるんだろ? 俺、ゆかりが心配で仕事も手に付かないんだよ。藤堂院さんがいてくれたら、安心出来るんだ」
「そんなこと・・・・」
「こんなこと頼めるの、藤堂院さんしかいないんだ。あ、上司が睨んでる、じゃ、よろしく頼んだよ!」
 ガチャ、といきなり通話が終了する。
(そろそろ敵が動き出したのね・・・・でも、学校には行かないって決めたもん)
 透子はクーラーのスイッチを入れ、またベッドの上に転がった。
(寝直そうっと)


 その少し前、卯佐美第3中学では事件が起こっていた。
(何か騒がしいな?)
 学校の近くを通りかかった鵜川は、見回り兼朝の散歩の途中だった。
 昨夜、村木の事情聴取をした鵜川だったが「マジカルアイテム」がどうとか、拾っただの奪われただの妙な話を聞かされ、結論として「妄想癖のある子供」だと思い、そのまま家に送り届けた。当然、彼の話は信じていなかった。
(何かあったのか?)
 卯佐美第3中学の中庭にはウサギ小屋がある。うさみみ中学という愛称に合わせて飼っているのか、ウサギを飼っているからその愛称が付いたのかは不明だが、その辺りで大勢の生徒や教師が集まっていた。
「何かあったんですか?」
 普通は部外者立ち入り禁止だが、警察官の格好をしている鵜川は、堂々とうさみみ中学に入ることが出来た。
 鵜川の姿を見て、教頭先生が露骨に嫌な顔をした。元々機嫌の良さそうな顔ではないのだが。
「警察の方の出る幕ではありませんよ」
「だから、何があったんです?」
 鵜川は大勢の生徒の肩越しに人だかりの中心になっているウサギ小屋を覗き見た。黒いウサギが倒れていて、血溜まりが出来ていた。首の辺りを切られているらしく、そのあたりに血が固まっている。
「ひどい・・・・」
「たかがウサギです、警察など必要ない。さ、出て行って下さい」
「しかし・・・・」
「う〜ちゃん!」
 飛び切り高音の声が鵜川の耳に飛び込んで来た。
「う〜ちゃん、う〜ちゃん!」
「おい、山城! よせ、もう死んでるんだ!」
 教師の1人がウサギ小屋に駆け寄るみここの腕を掴んで、制した。
「いや、いや、う〜ちゃん、どうして、どうして!?」
「落ち着くんだ、君!」
 鵜川もそっとみここの肩に手を置く。
「う〜ちゃん・・・・」
「う〜ちゃんと言うのか。君の・・・・友達なのか」
「うわぁぁぁぁん!」
 みここは鵜川にしがみ付いて泣いた。鵜川はそんなみここの背中をそっと抱いた。
「誰がこんなひどいことを・・・・」
「さぁさぁ、授業が始まるぞ。早く教室に入れ!」
 教頭先生が集まっている生徒達に向かって手をパンパンと叩いた。しぶしぶ生徒達がその場を離れてゆく。
「先生方、すみませんがその死体の処理をお願いします。全く、面倒なことをしてくれる」
 教頭に言われ、ジャージ姿の体育の先生2人が嫌な顔こそしなかったが、重い足取りでビニール袋を持って来た。
(処理だって?)
 鵜川はまるで物でも扱うような態度の教師達に反感を抱いた。泣いているみここの気持ちなど、全く考えていない言動だった。
「教頭、このことは校長には?」
 ジャージ先生の1人がう〜ちゃんの死体を片付けながら聞いた。
「余計な心配をかけることもないでしょう、病死ということにしておきましょう。あの人の耳に入ると面倒だ。さぁお巡りさん、もう用はないでしょう。お帰り下さい」
「犯人は見付けないのですか」
「目撃証言がありまして、もうやった生徒は分かっています。だが、たかがウサギで大騒ぎすることもないでしょう。その生徒にはあとで注意しておきます」
「たかが? 殺されたんですよ」
 みここは鵜川の胸の中で泣き続けている。
「噂にでもなれば学校の評判に関わります。あなたもこんな小さなことに関わっていないで、凶悪犯を逮捕していればいいでしょう?」
 チャイムが鳴り響く。教頭を初めとした教師は退散して行き、主のいなくなったウサギ小屋の前には鵜川とみここだけが残された。
 みここはまだ泣いている。
 みここにしがみ付かれているので、鵜川はその場を動けないまましばらく立ち尽くしていた。
(いいのか、これで・・・・いや、いいはずはない。この子を悲しませた罪は償わせなくてはならない)
(犯人は・・・・誰だ? あの教師は分かっていると言ったが、僕に教える気はないだろう。となれば・・・・)
「う〜ちゃん、う〜ちゃん・・・・」
「君、名前は?」
「・・・・山城、みここ・・・・です」
「みここちゃん」
 鵜川はみここの両肩を持ち、顔を上げさせた。目から頬にかけて、涙でキラキラと輝いている。
(綺麗な目をしている)
「犯人の検討はつくか?」
「・・・・」
「僕が罪を償わせてやる」
(許せるものか。これは立派な犯罪だ。学校を盾にして罪を償おうとしない奴がいる。そんな奴は、教師が許してもこの僕が許せない)
 鵜川の握り締める拳に力が入った。


 その朝、村木は学校を無断で休んでいた。
 透子の為に村木をぶっ飛ばしてやろうと思っていたタカシだったが、村木のいる1組を訪ねると「休んでいる」と聞かされた。
「逃げたか、あいつ」
 タカシは5組を覗いてみた。
(透子さんも休み・・・・だな。来ないって言ってたのは本当だったのか)


「グリーン!」
 笠目に呼びとめられた倉崎は振り向きざまに「その呼び方はやめろ」と眼鏡を光らせて言った。
「では倉崎隊員」
「何だ」
「土曜日は大きな事を言ってたよな。月曜に姫宮と藤堂院をどうにかするって」
「あぁ、準備は出来ている」
 人差し指で眼鏡の位置を直す倉崎。
「なら、さっさとやってみろよ」
「まだキャストが揃っていない」
「キャスト?」
「藤堂院透子が学校に来ていない」
「なら、姫宮ゆかりのマジカルアイテムだけでも何とかしろ」
「僕のシナリオは、2人揃わないと駄目なんだ」
「そんなこと言って、逃げるつもりか?」
「君の方こそ、どうなんだ?」
 倉崎の目が笠目を睨む。
「今日までにマジカルアイテムを手に入れると豪語していたはずだが?」
「村木隊員のせいで、計画がパーだ。あいつめ、今日は休んでやがる」
 笠目は「村木のせい」を繰り返し、自分の能力のせいではないと主張していた。その彼を横目で見てニヤリと笑う倉崎。
(村木君はもう隊員ではないよ。彼のマジカルアイテムは僕の手にあるのだからね)
「あ、あの子だよタカシ君!」
 ゆかりの声が廊下に響く。
「なにっ!?」
 笠目の前に立ちはだかるタカシ。その横にはゆかりがいた。
「この子がマジカルアイテムでソニックマンになって、ゆかり達を襲ったんだよ!」
「笠目・・・・」
 タカシは笠目要とは小学校が同じだった。あまり親しくしていなかったので良くは知らないが、顔と名前は知っている。
「生田・・・・お前、姫宮ゆかりの仲間だったのか」
「マジカルアイテム、返して貰うぞ」
 タカシは笠目の問いに答えず「マジカルアイテムを出せ」とばかりに手を差し出した。
「お前も魔法を使うのか」
「いや」
「ふん、丸腰で俺の魔法に勝てると思っているのか?」
 笠目はポケットからマジカルドライバーを取り出すと、それを構えた。タカシは最初、凶器を持ち出したのかと思ったが、ゆかりが「あれがマジカルアイテムだよ」と彼に教えた。
「こんな場所で魔法を使うのか? 笠目」
「う・・・・」
「恥ずかしくなかったら、この廊下の真ん中で、ソニックマンとやらに変身してみろ!」
「うう・・・・」
 出来ない。
 みんなのいる前で、あの格好になることは、笠目には恥ずかしくて出来ない。ソニックマンとして登場することは出来るが、それも自分の正体が誰にも分からないからという安心があるからだ。
 そもそも笠目がソニックマンに変身する目的は、ただ1つだった。もし今の時点で自分がソニックマンだと知られてしまえば、その計画は崩れ去る。笠目の立てた計画の過程で自分の正体を知られなければ意味がないのだ。
(倉崎、助けてくれ)
 魔法を使えないこの状況を、倉崎に助けて貰おうと思った笠目だったが・・・・。
 倉崎は既にその場にはいなかった。
(逃げやがった!)
「笠目君、だよね」
 ゆかりに名前を呼ばれ、笠目はビクっとしながら振り返った。
「あの怪人たち・・・・あなたが作ったんでしょ?」
 ゆかりが見たカエル怪人、スズメ怪人のことだ。
「・・・・だったら、どうだと言うんだ」
「センス悪いね」
「ほっとけ!」
「その怪人たちが襲っていた女の子・・・・2組の女の子だよね」
「・・・・」
「透子が言ってた。あなたは魔法で怪人を作ってあの子を襲わせ、自分がソニックマンになって怪人をやっつける。感謝する女の子の前で自分の正体を明かす。女の子はあなたを好きになる。そういう筋書きなんだよね」
「・・・・」
 目は何も答えない。
 昔からヒーローに憧れていた。小学校の時にも将来の夢は「正義の味方になる」だった。その夢を、マジカルアイテムが叶えてくれた。
 だが敵がいない。悪の存在がなければ、正義の味方は存在理由がない。
 そこで笠目は怪人を作った。必殺技も考えた。後は「怪人に襲われている罪のない人を自分が助ける」というシチュエイションが必要だった。
 ターゲットに選んだのは、以前から可愛いと思っていた2組の女子。体育館裏に呼び出して、怪人を使って襲わせたまでは良かったが、邪魔が入り計画は遂行出来なかった。
 ゆかり達のせいだ。
「ヒーローになりたかったんだよね。でも、あなたは正義の味方なんかじゃない」
「もう少しで、なれるところだった。それをお前たちが・・・・」
「違うよ」
 ゆかりが首を振る。
「あの女の子のこと、好きなんでしょ?」
「・・・・」
「あの子、泣いてたよ。怪人に襲われて、すごく、すっごく怖がってた」
「あ・・・・」
「あなたが泣かしたんだよ」
「う・・・・」
「女の子を泣かせるなんて、正義の味方じゃない」
 後頭部を殴られたような感覚が笠目を襲った。
(俺が・・・・あの子を泣かせた)
(怖い思いをさせた)
(そんな奴が、正義の味方だなんて・・・・)
 罪のない人が襲われている。そこに颯爽と現れるヒーロー。苦戦しながらも正義の名の元に勝利し、感謝の言葉を掛けて貰う。だが「当然のことをしたまでです」と去って行く。その気になればみんなからチヤホヤされ、お礼の1つも貰ったっていいはずだ。だが彼らはそんな物は求めない。彼らはただ世界の平和を願っているから、人々を守る、それだけでいいのだ。そんなヒーローに笠目は憧れた。だが・・・・。
(俺はヒーローなんかじゃ、ない!)
 笠目の目から涙が流れた。マジカルドライバーを握り締めたまま、ゆかりとタカシに背を向けて走り出す。
「待て!」
 追うタカシ。廊下は走ってはいけないが「自暴自棄になったら何をするか分からない」と思い、タカシは必死で笠目を追いかけた。
(ヒーローじゃない、正義の味方じゃない、俺は、俺は!)
 しつこく追ってくるタカシを振り切ろうと、笠目は校舎裏に回った所でソニックマンに変身しようとした。だが・・・・。
(な・・・・何で変身しないんだ!?)
 魔力は充分にある。今朝は1度も魔法を使っていないのだ。それなのに、彼はソニックマンには変化しなかった。
 彼は心の中で、自分がヒーローではないと認めてしまった。
 心が否定しているものには、魔力は反応しない。魔法を使うには魔力と使用する人の精神が必要なのだ。
 笠目は力尽き、その場に膝をついた。
「立派でなくていい・・・・悪の組織をやっつけるなんて、世界を、日本を救うなんて大それたことをしなくていい。俺はただ、誰かの・・・・たった1人、あの子のヒーローになりたかっただけなんだ・・・・」
 あの子を怖がらせた。
 あの子を泣かせた。
「くっそぉぉぉぉ!」
 笠目は手にしていたマジカルドライバーを勢い良く放り投げた。小さくて細いそれは、真っ直ぐに校舎裏の茂みへと一直線に線を描いて飛んで行った。
 夢が壊れた笠目は、その場で泣き続けた。


 夏の暑さにも負けずに茂っている草をかき分けると、そこには光るドライバーが落ちていた。
(これが・・・・マジカルアイテム)
 手に取ると、心持ち普通のドライバーより大きく、重かった。
(捨てたってことは、いらないんだよね。貰っちゃって、いいんだよね)
 笠目がドライバーを投げ捨てる所を、偶然に目撃した。
 キョロキョロと周りを見渡し誰もいないことを確認して、こなみはマジカルドライバーをポケットに入れた。


20th Dream へ続く


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