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タイトル


 15th Dream 「心のカギ」


 時間は少し遡る。
「自分たちの力で、何としても姫宮ゆかりと藤堂院透子のマジカルアイテムを奪うんだ」と笠目に言われた村木だったが、実際、どうやって奪えばいいのか分からなかった。だから、笠目の言う通りに、笠目の考えた作戦を実行しよう、そう考えていた。つまり何も考えずに、言われた通りにすればいいのだ。それで失敗すれば、笠目の作戦が悪かったと言えばいい。
 作戦は、今夜決行。
(あの人のことだから、どうせヒーローとか戦隊とか、そういう類のものに変身するんだろうな)
 ヒーローオタクの笠目なので、その点は間違いない。村木もそういうノリは嫌いではなかったが、体格が適任だからと言ってイエロー役にされるのだけは避けたかった。
 ここは村木の部屋。
 本棚には漫画がズラリと並び、棚やテレビの上には美少女フィギュアが所狭しと並べられていた。フィギュアと言っても村木はソフビやレジンキャスト製のフィギュアを塗装する技術は持っていないので、塗装済み完成品を買ってくる。中には可動式で着せ替えの可能なフィギュアも数点ある。
(ゆかりたん、透子たん、ハァハァ)
 村木は目を閉じて、2人の裸を思い出そうとする。だがやはり一瞬の出来事であった為、記憶よりも想像に頼る部分がほとんどだった。
(駄目だ、どうしてもっとちゃんと見ておかなかったんだ。もしあの子達がフィギュアなら、ずっと見ていられるのに)
 そうだ。
 魔法で作れないだろうか。
 村木は「魔法のトンカチ」を手に取り、とりあえず透子のフィギュアを作ってみることにした。記憶と「もえじょ」の写真を元に、透子の姿を具現化するイメージを魔法のトンカチに送る。モワモワとした煙のようなものがトンカチから出てきて、それが形を成してゆく。
(出来るぞ、もう少し)
 イメージを具現化する。
 日頃から妄想が得意な村木にとって、それはそう難しいことではなかった。
 ほどなく25センチほどの藤堂院透子の6分の1フィギュアが完成した。制服姿で、関節は可動式だ。村木の知りうる、フィギュアの中で一番可動箇所の多いものと同じ出来栄えとなった。
(す、凄い! 僕が想像した以上に、透子たんにそっくりだ!)
 村木の6分の1透子フィギュアを握る手が震える。
(さ、さて、まずは・・・・)
 村木の指が、透子フィギュアの制服のスカートを摘み、ゆっくりと捲り上げてゆく。
(うおおお、透子たんのパンツ〜!)


 透子は自分の部屋でゲームをしている時、背中に寒気を感じた。
(・・・・なんだろ、風邪かなぁ・・・・)


 村木のフィギュアいじりを描写していると妙な小説になりそうなので、以下は省略とする。なるべく健全な内容でありたいという作者の願いだ。
 一通り透子フィギュアを堪能した村木は、更に高みを目指すことを思いついた。
(こんなんじゃなく、もっと大きいフィギュアを作ろう)
 そう、例えば等身大。1分の1フィギュアを持つのは、村木の夢だった。アニメキャラの等身大フィギュアというシロモノも実際に売られているが、実に数十万もの値段が付いている。おまけにキャラクターに酷似しているものは少なく。村木のフィギュア心を満足させるようなものではなかった。
 そうと決まれば即、実行。村木は魔法のトンカチに願いを込め、1分の1フィギュアの製作に取り掛かった。小さいとはいえ一度作ったものだから、魔力さえ多く消費すれば1分の1フィギュアはすぐに完成した。
(い・・・・いや、これだけじゃまだまだ・・・・)
 今のままでは、関節をはじめとした体のパーツが全てオモチャっぽい。もっとリアルに、もっと本物らしく作るべきではないだろうか。そうすれば、もっと楽しくなる。
 より、本物らしく。
 本物そっくりのフィギュアを作れば、藤堂院透子が自分の物になるのだ。
 村木はそんな欲望を現実とするため、より大きな妄想を抱いてマジカルアイテムを握った。
 そして数十分後、村木の目の前には透子が座っていた。
(透子タン−−−−キタ−−−V^o^V−−−−−!)
「す、凄い!」
 誰が見てもフィギュアには見えない。
「凄い、凄いぞ、僕は凄い!」
(お前じゃないだろ、偉いのは俺だ)
「え?」
 自分以外に誰もいない部屋で第三者の声が聞こえ、村木は辺りを見回した。だが当然の如く誰もいない。もしやと思ったが、ラジオやテレビも点いていなかった。
「気のせいか・・・・」
(俺だ、俺! 気付けよ馬鹿)
「ええっ!?」
 右手に握っている「魔法のトンカチ」が携帯電話のバイブレーターのように突然震えだしたため、村木は驚いてトンカチを放り投げた。
「うわあっ!」
 ベッドの上に転がったトンカチは、いつもと変わらない、何の変哲もないピコピコハンマーだった。
「何だったんだ・・・・」
 恐る恐るトンカチの柄を持ってみる。
(投げるな、馬鹿!)
「ひゃっ!」
 今度は投げずに済んだが、それでも何か汚いものを摘むかのようにトンカチを持つ。
(おいおい、そんなに怖がるな。今まで俺のお陰で楽しいことやってたじゃないか)
「君・・・・魔法のトンカチなのか?」
(マジカルハンマーという名の方がいい)
「じゃあ、マジカルハンマー」
(様、が抜けている)
「サママジカルハンマー?」
(前に付けるな! 後ろだ、後ろ! もっと俺様を敬えって言ってんだ!)
「どうしてトンカチごときに様なんか・・・・」
(いいのか? もう魔法を使わせてやらないぞ)
「マジカルハンマー様、どうして今までお話にならなかったのですか?」
(話すと言っても、俺様はお前の手を通じて、お前が理解出来る言葉で意思を伝えているのだ。つまりは心話だな。こいつを使うには俺とお前の同調が必要だ。ま、お前が俺様の意思を理解出来るほど心が通い合ってきたってことだ。俺様としてはお前なんかじゃなく、可愛い女の子と心を通わせたいんだがな・・・・例えば、今作ったそのフィギュアみたいな女の子とな)
「ご、ごめんなさい」
(ま、お前もなかなか面白い奴だからな。それよりお前、そのフィギュアをより完璧なものにしたいと思わないか?)
「え、そ、そりゃあ・・・・でも、これ以上はデータもないし・・・・」
(取りに行くんだよ、これから)
「これから?」
(俺様で藤堂院透子の頭を叩け。彼女の全てのパーソナルデータを取り込んで、そのフィギュアに注ぎ込んでやる。そうすれば完全なフィギュア、いやクローンと呼べるシロモノが誕生するぜ)
「ク、クローン!」
(そうなりゃ、お前はこの子と色々なことをやりたい放題、やってもらい放題だ)
「い、色んなことを、やりたい放題、やってもらい放題・・・・」
(おっと、あまりエロい想像はしない方がいいぜ。手の平から俺様に向かって、お前の意思が伝わってくるんだからな)
「うわわっ」
(まぁ、お前の考えそうなことは心話を使わずとも分るがな)
「そ、そんなこと・・・・」
(いいさ、俺様もお前と同じくらいエロ好きだってことさ)


 そんなエロ同盟が組まれていることも知らず、透子は天気のいい日曜だというのに家でゴロゴロとゲームをしていた。お昼は近くのコンビニで済ませた。
 何より、今日の透子は外に出るのが嫌だった。コンビニに行くのでさえ、人目が気になってしまうほどだった。
 男の目線が、全ていやらしく見える。
 今まであまり気にしていなかったが、町を歩くと自分を見る視線がこんなに多かったのだろうか、と思う。
(明日から学校に行きたくないなぁ)
 元々、透子はゆかりに付き合っているだけで「マジカルアイテムを悪い人の手に渡しちゃ駄目!」という正義感から今回の仕事を引き受けたわけではない。バイトでもしようか、とぼんやりと考えていた所だったので、お金をくれるのなら、と引き受けただけに過ぎない。嫌なバイトなら辞めればいい、それだけの話だ。
 時計を見ると、20時になろうとしていた。そういえばまだ夕御飯を食べていない。透子は目が疲れたのでゲームを小休止し、クッションの上にゴロンと寝転がった。
(やだな・・・・しばらくこんなこと、なかったのに。また思い出しちゃったよ)
 電車の揺れる音。
 無言で揺られる人々。
 荒い息遣い。
 鳥肌が立つような感触。
 出そうとしても声が出ない。
(あぁ、もう!)
 透子はつい最近買ったベッドに倒れ込み、自分の顔を枕に押し付けた。
(忘れてたのに。忘れたつもりだったのに。思い出しちゃったじゃない。あのまま捕まえていれば、ゆかりが助けてあげようなんて言わなければ・・・・)
 ゆかりのせいだからね。
(・・・・でも、ちょっと言い過ぎたかな・・・・)
 枕から顔を上げベッドの脇に目をやると、そこに魔法の肩叩きがあった。そっと手に取って改めて見ると、あちこちに細かい傷が付いていた。
「ごめんね、肩叩き・・・・」
 非常階段から落下したのは村木の仕業だが、拾って来てくれたこなみの手を払って床に落とした透子にも、少しは責任がある。
 マジカルアイテムの傷は、マジカルアイテムでは修理できない。透子には理由は分からないが、そういうルールになっていた。
「ごめんね肩叩き。あたし、もう魔法はいらないから」
 肩叩きを胸に抱き締める。
「タカシ君とこなみちゃんのこともあるし、魔法って便利だけど、使ったらどこかで辻褄があわなくなるっていうか、やっぱり使わない方が自然なんだよね」
 魔法の肩叩きを返そう、そう決めた透子は最後に一度だけ「ぽよぽよとこたん」に変身してみることにした。子供になった自分の姿を、クローゼットの姿見で映してみる。
「さよなら、子供のあたし。あれ?」
 ポケットに違和感を感じた透子は、手を入れてみた。中にはミズタマに渡された「マジカルチャージャー」が2本、入っていた。
(そういえば、こんなのも貰ったっけ。結局、使わなかったけど)
 使う機会は何度かあったのだが、すっかり忘れていた。何となく「使ったらどうなるのかな?」と好奇心が芽生え、透子は一度使ってみることにした。
「えっと・・・・」
 記憶を辿り、マジカルチャージャーを肩叩きの柄の先に装着する。チャージャーに付いているボタンを押すと、透明なシリンダー型のチャージャーが青く染まってゆく。
「わ、献血みたい」
 チャージャーが染まってゆくのと平行して、肩叩きの魔力ドームが萎んで行く。やがてドームがペタンコになると、チャージャーによる魔力の吸出しが止まった。
「へぇ〜」
 チャージャーの中は綺麗なブルーで満たされ、蛍光灯に透かすとキラキラと輝いた。
「魔力って青いんだ・・・・」
 一通り綺麗なチャージャーを堪能し、透子は元の姿に戻ろうとした。
「あっ」
 透子は失敗に気付いた。肩叩きの魔力は全てチャージャーに充填され、元の姿に戻るための魔法すら使えない。
(あたしとしたことが)
 透子はもう一度チャージャーを手に取り、吸い取った魔力をもう一度肩叩きに戻そうとした。
 その時、玄関のチャイムが鳴った。
「お客さん? もう、こんな時に!」
 透子は自分の部屋の電話を取り、内線番号を押した。これで玄関のインターホンに繋げることが出来る。
「どちら様ですか?」
「宅急便です、荷物をお届けに・・・・」
「あ、は〜い、ちょっと待って下さい」
 早く出ないと待たせては悪い。宅急便なら、今の姿で受け取っても問題はないだろう。透子はそう考えて、中学生のまま印鑑を持ち、玄関のドアを開けた。
「お待たせしま・・・・」
 誰もいない。
 否、ドアの影から何かが飛び出した!
「きゃ・・・・」
 間一髪、透子の頭上に振り下ろされたハンマーが空を切った。
(殺人鬼!?)
 犯人と対峙する。その男は、村木だった。
「あなたは・・・・!」
「惜しい、もうちょっとだったのに」
 村木は空振ったマジカルハンマーを構え直した。
「殺す気!?」
「これで殴っても死なないよ、殺す気はないから安心して、一発殴ったら済むから」
「どうしておとなしく殴られなきゃならないの!?」
「ふぅん・・・・怒った顔も可愛いなぁ」
 村木の視線に寒気を覚えた透子は、ドアを慌てて閉めようとした。だがドアの隙間に、玄関に置かれていた籐で出来た傘立てが投げ込まれ、ドアは勢いよく外に向いて跳ね返った。
「貰った!」
 村木のハンマーが迫る。避ける間も場所もなく、透子は頭をピコンと叩かれた。
「よ、よぉ〜し、殴ったぞ! やった、やった!」
「・・・・?」
 頭をピコンとしただけでなのに、どうして村木が喜んでいるのかが分からない。あまり痛みは感じなかった。
「マジカルハンマー様! これでいいんですよね!?」
(ああ、では早速帰って、今度は俺様でフィギュアの頭を叩け)
「わっかりましたぁ!」
 そのまま家を出て行こうとしている村木だったが、門の所でいきなり地面に倒れ込んだ。
「い、痛い! な、何するんだ!?」
「それはこっちのセリフだ。藤堂院さんに、何をした?」
 頬を押さえて涙目になっている村木を見下ろしているのは、タカシだった。
「答えろ村木。ここで何をしていた?」
「い、生田か。どうしてお前がここに?」
「先に俺の質問に答えろよ」
「く、くそ、僕はお前みたいな正義ヅラしてる奴が大嫌いなんだ!」
 立ち上がった村木は、マジカルハンマーを振り被った。
(おい、俺様でこのガキを殴るんじゃねぇぞ! せっかく取った籐堂院透子のパーソナルデータが書き換わってしまうぞ!)
「な、何だって!?」
 辛うじてハンマーを止めた村木だったが、応戦しようと繰り出したタカシの右ストレートを思い切り喰らってしまった。
「ぎゃっ!」
「あ・・・・あれ、気持ちいいくらいまともに当たった・・・・」
「い、痛い、痛いよ〜!」
 村木は鼻血を出してのた打ち回った。
「くそ〜、お前みたいにすぐ暴力に訴える奴は嫌いだ!」
「あぁ、良かった。お前みたいな奴に好かれたくないからな」
「ふん、強がっていられるのも今の内だぞ」
 鼻血を垂らしながらマジカルハンマーを構え、タカシと睨み合う村木。その時、透子の声がタカシの耳に届いた。
「気を付けて、タカシ君! その子、魔法を使うわ!」
「魔法・・・・? その変なオモチャか」
「オモチャかどうか、試してみるか?」
(おい、あまり魔法を使うなよ! お前が楽しみにしているフィギュアが作れなくなるぞ! お前が明日でもいいと言うのなら、構わないが)
「えっ、それは困るよ! 明日までなんて待てない!」
(じゃあこいつらの相手なんかしてないで、さっさと家に帰るんだな。ガキはただの子供だが、可愛い子ちゃんはマジカルアイテムを持っている。やりあったら魔力を使わざるを得なくなるぞ)
「あ、ああ・・・・」
「なに独り言を言ってるんだ!」
 タカシが村木に飛び掛る。村木はその体格からは想像出来ないほどの瞬発力を見せ、タカシの一撃をかわした。欲望の成せる業、と言っておこう。
「お前の相手なんてしてる暇はないんだ、早く帰ってフィギュアを・・・・」
「フィギュア? お前、人形遊びなんてしてるのか!?」
「ば、馬鹿を言うな! ただのフィギュアじゃないぞ! 本物そっくりの夢のような・・・・い、いや、それより生田! お前もこんな時間にここにいること自体、おかしいじゃないか! さてはお前、藤堂院さんのストーカーだな!」
「ス、ストーカー!? 俺はただ、藤堂院さんに会いに来ただけだ!」
「こんな夜遅くにか? いいや、違うな。どうせ藤堂院さんの入浴シーンでも盗撮に来たんだろ」
「そんなことするか!」
「そうなの? タカシ君」
 透子が真剣な目でタカシに聞いた。
「違います!」
「どうだかな」
 なぜか村木は腰に手を当て、偉そうに踏ん反り返った。
「所詮人間は皆、エロい生き物なんだ」
「お前と一緒にするな!」
「一緒なんだよ、生田崇! 断言出来るか? 藤堂院さんとあんなことやこんなことをしたいと思わないというのか?」
「そ、そんなこと・・・・」
「思わなければ、お前は本当に藤堂院さんのことを好きではないのだ!」
「な、何だと」
「好きな女の子とあんなことやこんなことをしたいと思うのは男として当然! したいと思わないということは、お前の愛は本物ではない! お前は藤堂院透子という偶像を追いかけているに過ぎない! 頭の中で理想化し、綺麗なイメージを作り上げているのだ! 本当に好きなら言ってみろ! 藤堂院さんとHなことがしたいと、言ってみろ!」
「・・・・」
 何も言い返さないタカシに、村木は「勝った」と思った。
 その瞬間、村木の頬に拳が炸裂した。
「ぎゃあっ!」
 頬を殴られ、転倒してさらに頭を打つ。
「ま、また暴力に訴えたな!」
「馬鹿か、お前は! Hなことがしたいだって? そんなこと、思っていても口に出して言わないのが男だろう!」
「ふん、本音が出たな。それでいいんだ。僕とお前の違いは、口に出すか出さないか、それだけなんだ」
「違う!」
 怒りに任せて殴りかかってくるタカシの攻撃を避け、村木は藤堂院家の門に向かって走った。
「お前の相手をしている暇はないんだ! 帰ってからとってもいいことをするんだからな!」
「逃がすか!」
 しつこいタカシに、一発だけならいいだろう、と村木はマジカルハンマーを構えた。
(あまりやりたくないんだが、これを喰らえば生田は僕を追って来れないはずだ。しかも恥ずかしい姿を藤堂院さんに見られることになる。ふふん、ざまあみろ! 羞恥心に苛まれてもがき苦しむがいい!)
「恥をさらせ、生田!」
 タカシの眼前に光を纏ったマジカルハンマーが振り下ろされる。それは昨日学校でゆかりと透子の衣類を吹き飛ばした攻撃と同じものだった。裸にしてしまえばタカシは自分を追って来れない、という村木の作戦だった。
「危ない、タカシ君!」
「えっ!?」
 ハンマーから光が射出された瞬間、タカシは何者かに突き飛ばされて玄関先の飛び石に肩をぶつけた。
「きゃああ〜!」
 布の切れ端が玄関の街灯の下を舞う。タカシの頬にも数枚の布切れが当たった。
「よ、芳井!」
「いやぁぁ〜!」
 タカシを突き飛ばしたこなみは、直撃は免れたものの、村木の必殺技を受けて上半身の左側半分が衣類を吹き飛ばされ、肌が露わになった。慌てて両腕で胸を押さえ、こなみはその場にうずくまった。
「芳井!」
 タカシはこなみに駆け寄ろうとしたが、自分の上着を脱いでこなみに掛けようにも、Tシャツ1枚しか着ていない。しかも村木と争ったために汗だくだったので、着せるわけにもいかない。
「透子さん、何か着る物!」
 タカシは透子のいる方を向いて叫んだ。だが、玄関にいたはずの透子の姿が見当たらない。そうしている内に、村木はまんまと逃げおおせた。
「透子さん!」
 タカシは村木を構っている余裕もなく、玄関のドアを開けた。
「きゃっ!」
「透子さん・・・・」
 透子は玄関でうずくまっていた。
「何してるんですか、何か着る物! 芳井が村木にやられて・・・・」
「あいつ、まだいるんでしょ!? 嫌なの、あいつの顔、見たくないし、見られたくないし・・・・!」
「あいつはもう逃げました! だから、早く!」
(何を怖がっているんだろう。こんな透子さん、初めて見た)
(この怯え方・・・・あいつに何かされたのか? いつもの透子さんじゃない、一体どうしたんだろう)
「あの・・・・」
「!」
 透子に向かって腕を伸ばした瞬間、タカシの手がピシ、という音と共に払われた。
「透子さん・・・・」
「ご、ごめんなさい」
「いえ、僕の方こそ、いきなり手を出したから・・・・」
 透子はまた顔を背けてしまう。タカシの叩かれた手が少し痛んだ。
「これ、借ります!」
 埒があかないと思ったタカシは、手近にあった玄関マットを持ってこなみの元へ走った。
「芳井! とりあえずこれでも巻いてろ!」
 バサというかズシというか、藤堂院家の玄関マットがこなみの肩に掛けられた。
「きゃっ!」
「透子さんが落ち着いたら何か着る物、借りてやるから。それまで我慢しろ」
 見てはいけないと思い、タカシはこなみに背を向けて話す。
「タカシ君・・・・」
「な、何だ?」
「・・・・重い」


16th Dream へ続く


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