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タイトル


 12th Dream 「girlish」


 そうこうしている内にホームルームも終わり、生徒がどやどやと校舎から出て来た。ゆかりと透子は学生服に戻り、ソニックマンを探す。だが、ソニックマンも学生の姿に戻っている為、ゆかりが一瞬だけ見た彼の正体、その記憶だけが頼りだ。
「ふう、何だあいつら」
 ソニックマンの正体であるMOTのメンバー・笠目要は追っ手を振り切ったと見て安堵の息を吐いた。
「魔力がなくなっちまったじゃないか」
 大河原の研究によると、1日に使用できる魔力の量は決っているらしい。その目安はマジカルアイテムの魔力を溜めている部分の大きさで分る。どの部分かはアイテムによって違うが、笠目の「魔法のドライバー」は柄の先端部分だった。
(危なかった・・・・調子に乗って魔法を使ったから、もう少しで捕まるところだったぜ)
 笠目のドライバーはゆかりんの網に捕らわれた時、既に魔力が尽きる寸前だった。そこで彼は大河原から教わった危機回避の方法「急速充電」を使ったのだ。それは「夜にマジカルアイテムはその魔力を回復する」という大河原の研究から導き出された手段で、アイテムを暗い場所に置くことで少しの間だけ強制的に眠らせるというものだった。それにより、マジカルアイテムの魔力はほんの少しだが回復する。笠目は網に捕らわれた時、自分の懐にドライバーを抱きこむことによって魔力を僅かながら回復させたのだ。
(明日は日曜・・・・くそ、月曜日にまた決行だな。余計な事をしてくれるぜ・・・・しかしあいつら、何者だ? 派手で趣味の悪い格好をしていたが・・・・)
 ゆかりや透子が聞いていたら「お前に言われたくない」と怒ったことだろう。


「わっ」
 みここが靴箱を開けると、中からバラバラと紙屑が落ちてきた。紙屑はそれぞれノートの切れ端やプリント等、種類はまちまちだ。みここはそれらを拾い上げると、1枚だけ広げてみた。
「盛りのついた泥棒猫」
 もう1枚。
「巨乳の売女」
 これ以上見ても一緒だと思ったみここは、それらを両手でクシャクシャと1つに丸めた。
(もう、嫌だよ)
 土曜日はクラブ活動をしている以外の生徒は、授業が終わればすぐに帰宅する者が多い。みここも、いつもなら早々に学校を後にしている時間だった。
 ホームルームが終わった後、昨日莉夜が追い払ってくれたいじめグループ3人が「資料運びを手伝って欲しい」と言ってきた。3人で運んでも教室から職員室まで何度も往復しなければならない量だった。ところが当の3人はほとんど働かず、せいぜい1往復しかしていないようだった。結局みここは7往復して、やっと資料を運び終えた時、既にいじめグループは下校した後だった。
(どうしてあたしが・・・・何も悪くないのに)
 みここは紙屑をゴミ箱に捨て、新校舎と旧校舎の間を通る際に、学校で飼っているウサギ小屋を覗いた。
「う〜ちゃん、元気?」
 う〜ちゃんとは、みここが特にお気に入りの黒ウサギだ。みここが話し掛けても動こうとはせず、ただ鼻だけが忙しくヒクヒクと動いている。
「あたしはあんまり元気ないかな、えへへ」
 う〜ちゃんはみここを不思議そうな目で見つめている。
「ねぇ、う〜ちゃん。う〜ちゃんも人を好きになったり、嫌いになったりする?」
 返事は無い。
「好きになるだけでいいのに、どうして嫌いになっちゃうのかな・・・・みんなのことが好きになれたらいいのに。みんな、あたしを好きになってくれたらいいのに。人を憎んだり、憎まれたり、そんなの、お互い辛いだけなのに。もっと楽しく生きられたらいいのに、そんなことしないで、生きられるはずなのに・・・・」
 う〜ちゃんは目を逸らし、小屋の奥へと入っていった。
「ごめんね、変な話をして。う〜ちゃん、ごめんね」
 みここの頬を涙が伝った。
 みここは時々、ここに来てウサギとお喋りをする。例の3人組に目を付けられてから、その回数が多くなった。
 このウサギ小屋の世話は当番制になっているが、忘れているのか面倒なのか、時々エサを切らしていることもあった。そんな時はみここが補充している。
「ねぇ、ウサギって淋しいと死んじゃうって本当? あたしがウサギだったら・・・・」
 小屋の奥の暗がりに、う〜ちゃんの目が見えた。
「えへへ、何でもない」
 みここは、先日出会った変な少女・莉夜にもう一度会いたいと思った。怪しげな雰囲気を思い切り感じたが、少ししか話していないのに、自分と話が合うような気がした。
(また、会いたいな)


「タカシ君、タカシ君ってば」
「・・・・え? あぁ、何だ、芳井」
「もう、何度呼んだと思ってるの?」
 校門前で何となくボケーっと歩いているタカシを見かけたこなみは、後ろから声を掛けてみた。だが何度呼んでもタカシが振り返る様子はなく、段々と声が大きくなっていった。タカシがこなみに気付いたのは、7度目に呼びかけた時だった。
「ごめん、ボ〜っとしてた」
「見れば分るよ、そんなの」
(やっぱり、透子さんに振られたから?)
 昨日からずっとタカシの様子がおかしい。透子に振られたタカシが心配で、こなみはずっと様子を見ていたが、1日中「心ここにあらず」といった具合だった。
「な、何かあったの?」
「・・・・何かって? 別に」
 明らかにいつものタカシではない。こなみはますます不安になった。
「ね、ねぇ、気分転換にさ、どこか遊びに行こうよ」
 こなみは思い切ってタカシを誘ってみた。彼女はデートのつもりだった。
「どこかに・・・・か」
「そう! パーっと遊べば、嫌なことも忘れるよ!」
「嫌なことって何だ?」
「あ、えっと、生きてると嫌なこともあるかなって」
「芳井」
 タカシが立ち止まったので、こなみも歩みを止めた。
「お前さ・・・・どうして隠してたんだ?」
「な、何を?」
「ゆかりんととこたんが、本当は大人だったってことだよ」
「えっ?」
 透子がタカシにその秘密を教えたことを、こなみは聞かされていなかった。
「だ、誰に・・・・」
「透子さんだよ。昨日聞いた。どうして教えてくれなかったんだよ、俺だけ仲間外れかよ」
「そ、そんなこと・・・・そんなわけないよ」
「俺がとこたんのことが好きだって、気付いてたんだろ。お前、とこたんは本当は大人なのに、って笑ってたんじゃないのか」
「わ、笑うだなんて、そんな!」
「馬鹿だよな、俺。お前らに騙されてたってわけだ」
「私、騙すつもりなんかなかったよ!」
「つもりはなくても、騙してたんだよな、みんな揃って、俺を」
「タカシ君・・・・」
 ショックだった。
 ゆかりや透子に「内緒にして」と言われ、それでも自分にだけは秘密を打ち明けてくれたことは、本当に嬉しかった。自分を信頼してくれている、そんな気がした。そんな信頼に答えようと、誰にも2人の秘密を口外することはしなかった。それが友達、それが仲間の証だと思った。
 だが今、タカシに言わなかったことで、自分が悪者になっている。
(どうして? どうして私がタカシ君に責められなきゃならないの? 約束、守ったのに。私だって、タカシ君に黙っていることは心苦しかったのに、ずっと辛かったのに。なのに、どうして私が悪者になってるの?)
 こなみは泣きたくなってきた。
「俺、今から透子さんの家に行く」
「え? ど、どうして?」
 涙を堪えるこなみ。
「透子さんに、一目惚れした」
「だけど、それは13歳のとこたんで・・・・」
「違う、昨日したんだ」
「・・・・えぇっ?」
「本当の姿の透子さんは、大人なのにどこか可愛くて、それでいて大人の雰囲気を持っていて、優しそうな瞳で・・・・何より、俺は外見じゃなくて中身を好きになったんだ、だから・・・・いや、外見も、可愛くて美人で・・・・大人だからって、俺が子供だからって、年齢差がどうのって、そんな理由じゃ俺、納得できないよ!」
「タ、タカシ君!?」
 思ってもみなかった展開が、こなみに追い討ちをかける。
 断ってくれたはずなのに。
 振ってくれたはずなのに。
(透子さんの嘘つき・・・・)
 堪えていた涙が溢れた。
「あ、こなみちゃん」
 涙で霞む先に、巳弥の姿があった。校門に寄りかかっていた体をこなみとタカシの方に向ける。
「ゆかりんと透子さん、見なかった?」
「え? う、ううん」
「そう・・・・一緒に帰ろうと思って待ってたんだけど、先に帰っちゃったのかなぁ。それとも、まだ学校の中にいるのかな」
「透子さん、まだ中にいるのか?」
 タカシはそう言うと、踵を返して校舎へと引き返した。
「待って、タカシ君!」
「ちょっと、こなみちゃん!?」
 タカシを追うこなみ。こなみを追う巳弥。
 3人は下校する生徒の波に逆らって、校舎内へと入って行く。


 一方、ゆかりと透子もソニックマンを探して校舎内を歩き回っていた。
「もういないよ、きっと」
 あんな目立つ格好でうろついているはずもなく、一瞬しか見ていないソニックマンの正体である笠目要の顔を、ゆかりは覚えていない。会えば思い出すかもしれないが、あてもなく学校内を探し回るのは労力の無駄という気がしてきた。
「でも、今がチャンスなんだけどな。相手は魔力が残り少ないんだし」
「はりきってるね、透子」
「今捕まえた方が楽だからだよ。それに、日を改めたらまた気持ち悪い怪人を作ってくるよ、きっと」
「それはいやだなぁ。ねぇ透子、本当にあの怪人はソニックマンが作ったの? でも、自分で作っておいて倒すなんて変じゃない?」
「要するに、ヒーローごっこなのよね・・・・あっ」
 話しながら歩いていた透子とゆかりは、曲がり角で危く人とぶつかるところだった。
「ご、ごめんなさい」
「あ、いや、こっちこそ・・・・」
「あ」
 その男子生徒を見た瞬間、ゆかりの記憶が蘇った。ソニックマンが変身を解いた姿、笠目要である。
「この子! この子だよ透子、ソニックマンの正体!」
「やべっ、こいつら・・・・!」
 ゆかりと透子は変身しているとはいえ顔や髪型は一緒なので、笠目は見た瞬間、自分を追ってきた変な格好の奴らだと分った。
(ここの生徒だったのか!?)
 笠目は振り向きざま、猛ダッシュした。「廊下を走ってはいけません」という札が目に入ったが、気にしている場合ではない。
「まて〜!」
 ゆかりと透子も必死で笠目を追うが、やはり走力ではかないそうもない。追われる方と追う方の距離は、少しずつ離れてゆく。
(おや?)
 そんな追いかけっこを、MOTの集会に向かう途中の村木卓が見付けた。
(あれは、確か笠目先輩、いや笠目隊員・・・・追いかけてるのは・・・・)
 村木はポケットから手帳を取り出すと、パラパラとページをめくった。
(確か僕の「萌え萌え女子生徒名鑑」略して「もえじょ」に載っていたはず・・・・あった、姫宮ゆかりと藤堂院透子、どちらもSランクだ。しかしなぜ、笠目隊員が彼女たちに追いかけられているんだろう?)
 理由は分からないが、ここは恩を売るチャンスだと村木は思った。
(笠目隊員はMOTの名付け親であり、テーマソングも作っている。彼に恩を売っておけば、MOTにおける僕の立場は良くなるはずだ)


「うぇるかむ、フリスビー!」
 透子は呪文を省略して、肩叩きを使ってフリスビーを出現させた。それを右手に構え、笠目目掛けて投げた。
「え〜い!」
 魔法のお陰で、フリスビーは真っ直ぐに笠目の足へと飛んでゆき、見事に足首の辺りに直撃した。
「いてぇ!」
 バランスを崩し、笠目は前のめりに倒れ、廊下を転がった。膝、腕、肩を思い切り打ち付ける。
「観念なさい!」
 膝に手を当ててうめく笠目に、ゆかりと透子が近付く。その時、2人は何か背中の辺りに違和感を感じた。
「きゃ・・・・きゃああああぁ!」
「わわわ、な、なにこれぇぇぇ!」
 2人が振り向くと、それぞれの制服のスカートが、いくつもの風船によって捲くれ上がっていた。後ろから見れば、スカートの中身が全開という状態である。とは言え、ゆかりは本人曰く「見られてもいいパンツ」だし、透子に至っては水色のスパッツを履いていたのだが。
「やだ、取って〜!」
「いや〜ん!」
 幸い廊下には他の生徒はいなかったが、浮き上がったスカートのすそに付いている風船を取るのに、ゆかりと透子は必死になっていた。その様子をポカ〜ンと見ていた笠目(彼のいる場所からは、スカートの中は見ることができなかったが)の前に、村木が現れた。
「村木隊員!?」
「早く逃げて下さい!」
「ああ、すまない、助かる。しかし・・・・相変わらず村木隊員の魔法はスケベだな」
「ほっといてください! むっ」
 痛む膝を庇いながら階段を上がる笠目を見て、風船を取り終えたゆかりと透子が村木に向かって走ってきた。
「あなたも仲間なの!?」
「受けろっ!」
 村木は魔法のトンカチを取り出すと、ゆかりと透子目掛けて真横に振った。魔力の光が帯となって飛んでゆく。その光に触れた途端、ゆかりのスカートのホックとジッパーが弾け飛んだ。
「きゃ・・・・」
 スルリと重力に逆らうことなく滑り落ちたスカートに脚を取られ、ゆかりはビターンと派手な音を立てて廊下にぶっ倒れた。
「きゃん!」
「ゆかり!」
 痛がるのが先か恥ずかしがるのが先か、ゆかりは涙を溜めながらスカートを引き上げて座り込んだ。
「ちぇ、つまんないパンツ履いてるなぁ」
「スケベ、変態!」
 ゆかりは真っ赤になりながら村木を罵った。透子が「大丈夫?」と言いながらゆかりの肩を持つ。
「あなたね、一連のHな事件の犯人は!」
「だったらどうする? 先生に言うかい? 魔法なんて、誰も信じないよ。例えそれが真実だとしても、そんな非科学的な物、頭の固い先生たちが信じるわけがない」
 ここ卯佐美中学の校長が普通の人間ではないことを、村木は知らない。だから、自分が魔法を使えることなど、誰も信じないという自信があった。
「はたしてそうかしら?」
 その瞬間、透子が魔法の肩叩きを振った。
「え!?」
 肩叩きの先端から伸びた光のロープが、村木目掛けて飛んできた。
(まさか、こいつも魔法を!?)
 ゆかりも孫の手でスカートを修理し、立ち上がった。
(あいつも! くそ、どうなってるんだ!?)
 村木は2対1で不利だと思い、階段を駆け上がった。校舎の外にある、非常階段だ。
「上に逃げても、追い詰められるだけなのに」
 村木は少し肥満気味の体を揺らして階段を登り続ける。ゆかりと透子は元々それほど体力がある方ではないので、階段を駆け上がるのは非常に辛かった。
「もう駄目、飛ぼうっと」
 とマジカルフェザーを広げたゆかりだったが・・・・。
「あれ、飛べない?」
「どうしたの、ゆかり」
「飛べないの」
「ちょっとゆかり、孫の手の魔力ドームを見てよ、ゆかりの胸くらいペッタンコじゃないの!」
「そ、そんな例え方しないで〜!」
 いつもは半球の形を成している孫の手の魔力を蓄えるドームが、ごく僅かにしか膨らんでいない。どうやら魔力を使いすぎたらしく、空を飛ぶことすら出来ないようだ。ちなみに今のマジカルアイテムには安全装置がついており、魔力を使い切ってアイテムが死んでしまうことはない。魔力が切れると、魔法が使えなくなるだけである。
「調子に乗って使い過ぎちゃったのかな」
 仕方がないので、地道に階段を登る。見かけは若くなっても、体力は元の体のままらしく、すぐに脚が痛くなる。
「うわっ!」
 3階まで登った時、上から降りてくる村木と鉢合せになった。屋上まで逃げた村木だったが、土曜の放課後になったので屋上へ上がるドアが施錠されていたので、引き返して来たのだ。
「どけっ!」
「きゃっ!」
 村木はゆかりを突き飛ばし、非常階段から3階校舎の廊下へと逃げ込もうとした。
「うぇるかむ、マジカルロープ!」
 透子の掛け声と共に肩叩きから光のロープが伸び、村木の体を締め上げる。自由を奪われ、彼の体は廊下に倒れ込んだ。
「ぎゃあ!」
「捕まえたっ! さぁ、マジカルアイテムを渡して!」
「い、嫌だ! これは僕のだぞ!」
「あのね、どこで手に入れたか知らないけど、それは盗まれた物なんだよ」
 しゃがみ込んで話し掛けるゆかりだったが、村木がスカートの中を覗き込もうとしていたので慌てて立ち上がった。
「大人しく渡さないと、もっと締めるよ」
 村木の体を縛っているロープが、更に強く巻きついた。
「いてててっ!」
 う〜ん、男だから書いていて全然楽しくない。
「どうしてあんな事件を起こしたの!? 同じクラスばかりだって聞いたけど、誰かに恨みでもあったの?」
「あいつが、僕を・・・・僕の悪口を言ったから、だから、恥ずかしい思いをさせてやろうと思ったんだ、魔法を使えるようになったのは、仕返しをするために神様が授けてくれたんだと思って・・・・痛い、痛いよ!」
「ねぇ透子、その辺で・・・・」
「女の子がどれだけ恥ずかしい思いをしたか分ってるの!? しかも関係ない子まで巻き込んで、悪口って、どうせ言われても仕方のないことだったんでしょ! 本当のことを言われて腹が立っただけなんでしょ!」
「痛い、痛いよ、これ返すから、返すからやめてよ!」
「透子、返すって言ってるから、許してあげようよ!」
「どうせ男の子なんて、女の子をいやらしい目でしか見てないんだわ!」
 更にロープの締め付けが強くなる。村木の顔が苦痛に歪み、涙さえ滲んできた。
「透子っ!」
 肩叩きを握る手を、ゆかりが強い力で握った。瞬間、村木を縛っていたマジカルロープが緩む。
「・・・・ゆかり」
「どうしたの、透子。ちょっとやり過ぎだよ」
「こんな奴、庇うことないのに」
「この子のしたことを、ちょっとした悪戯だって言ってたのは透子だよ? マジカルアイテムを返すって言ってるんだから、許してあげようよ」
「・・・・」
 腕を動かし、村木はロープが緩んで動けるようになったことを確認した。
「あぁ、どうせそんなことにしか興味がない変態だよ、僕は!」
 光を纏ったマジカルハンマーが振り下ろされ、その衝撃波がゆかりと透子を襲う。光の波は、2人の衣類を瞬く間に剥ぎ取っていった。下着に至るまで、数センチ四方の布切れとなって四散する。
「き・・・・きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
 一緒に叫んだはずの、ゆかりの声をかき消すほどの透子の大絶叫が3階の廊下に響き渡った。
 大事な部分を隠そうとしたため、透子は魔法の肩叩きを落としてしまった。そのチャンスを見逃さなかった村木が思い切り蹴ると、肩叩きは非常階段に抜けるドアの向こうへ転がり、そのまま階段を下へと落下していった。途中でカンカンと何度も金属音がして、跳ねながら肩叩きは地面に落ちた。
「捕まってたまるか! じゃあな!」
 自分を縛っていた魔法を使ったマジカルアイテムがなくなれば逃げられる。まして裸にしてしまったのだから、自分を追って来れない。村木は逃亡成功を確信してその場から走り去った。
「いや〜、いや〜、いやぁ〜!」
「透子、落ち着いて! 大声出したら、誰かが来ちゃうよ! こんな格好、見られたくないでしょ!」
 裸でうずくまって叫ぶ透子に、これまた一糸纏わぬゆかりが呼びかけた。魔法で服を出そうにも、孫の手の魔力は既に底をついている。
「ゆ、ゆかりん! 透子さん!」
「きゃっ! み、巳弥ちゃん!?」
 そこに、2人を探していた巳弥とこなみが現れた。幸いにも、タカシは別行動で校舎内を探していたようだ。
「どうしちゃったの、その格好!」
「敵の魔法で・・・・」
「とにかく、こっちへ!」
 巳弥は手近な教室のドアを開けると、中にゆかりと透子を導いた。ゆかりは教室にさっさと入ったが、透子はその場に座り込んでしまい、動かすのに苦労した。
「待ってて、すぐに着る物を出すからね」
 巳弥は被っていた麦藁帽子を脱いで、魔法を使おうとした。
 だが麦藁帽子からは魔力が放出されず、それどころか黒いマジカルハットにも変化していなかった。
「そ、そんな・・・・」
「巳弥ちゃん、本当に魔法が・・・・」
 巳弥は帽子を上下左右に振ったが、空しく風だけがゆかりと透子の肌に当たるだけだった。
「2人が困ってるのに、友達が困ってるのに! どうして魔法が使えないの!」
「巳弥ちゃん、落ち着いて!」
「肝心な時に使えないで、どうするのよ〜!」
「巳弥ちゃん、とにかく何でもいいから着替え、持って来てくれると嬉しいんだけど」
「あ・・・・」
 巳弥はゆかりの言葉で落ち着きを取り戻した。今の自分がやるべきことは、魔法を使うことではない。ゆかり達に何か着る物を持って来てあげることだ。
「ここで待ってて、着るものを持ってくるから!」
 巳弥は2人を教室に隠すと、こなみに「何か着る物、ある?」と聞いた。
「体操服なら教室に着替えが置いてあるけど・・・・」
「それ、借りていいかな? 私のを持ってくれば、ちょうど2人分あるから」
「うん、じゃあ私も・・・・」
 教室に向かおうとしたこなみを、ゆかりが呼び止めた。
「こなみちゃん! 透子の肩叩きがそっちの階段から下に落ちちゃったの! 拾って来てくれない?」
「え、肩叩きが? うん、分かった! じゃ巳弥ちゃん、着替えをお願い。私の体操服は机の横に掛けてる鞄の中に入ってるから」
 巳弥はすぐ来るから、と廊下を走って行った。ゆかり達の教室もこの3階にあるため、数分あれば取って来れる距離だ。
 着替えを取りに行った巳弥と、肩叩きを拾いに行ったこなみがいなくなり、教室には裸の2人が残された。
「も〜、何てことするのよ、あの子は〜!」
「・・・・」
「でもさ、本当に巳弥ちゃん、魔法が使えなくなっちゃったんだね。どうしたんだろう?」
「・・・・」
「透子?」
 さっきまで叫んでいた透子が何も言わないので、ゆかりは顔を覗いてみた。
(泣いてる・・・・透子が?)
 膝を抱え込んで座り込む透子の肩が、ひっく、ひっくと動いていた。
(透子が泣いたところなんて、見たことあったっけ・・・・)
 嘘泣きなら何度か見たことはある。だが、本気で泣いている透子を見たという記憶は、ゆかりにはなかった。
「泣かないで、巳弥ちゃんが着る物、すぐに持って来てくれるから」
「・・・・ゆかりが悪いんだよ」
 下を向いたまま、泣き声の透子が呟く。
「あのまま捕まえていれば、こんなことにならなかったのに・・・・」
「だって」
「ゆかりが許してあげようなんて言うから。あんな子、信用なんてするからだよ。恥ずかしかったよ、凄く、凄く恥ずかしかったんだからね!」
「それは、ゆかりだって・・・・それにほら、だれにも見られてないわけだし」
「あの子には見られたもん、すっごく、すっごく見てたもん!」
「でもさ、逃げるのに必死で、そんな余裕は・・・・」
「・・・・ゆかりのせいだからね」
 透子はゆかりの顔を見ない。
 風の通らない閉め切った教室で、ゆかりの額を汗が流れた。


13th Dream へ続く


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