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タイトル


 10th Dream 「フェイク・ファー」


 校舎から図書室や視聴覚室等の特別教室が並ぶ別館を抜け、テニスコートやバスケットコートへと続く渡り廊下の端に生田崇がいた。この辺りは体育の授業でコートを使用する時以外はあまり通らない場所である。そんな場所に、透子はタカシに呼び出しを受けた。
 タカシの目的はもちろん告白の返事を聞くことにある。透子は今までタカシのことを「そんな風に」見たことがなかったので、妙に緊張している自分に少し戸惑っていた。
(はぁ、結局ハッピーエンドを迎えられそうないい断り方を思いつかなかったよ)
 そんな都合のいい交際の断り方は無い。
「タ、タカシ君」
「お、おぅ」
 ぎこちなく手を上げるタカシ。思い切りよそよそしかった。
「ごめん、呼び出して」
「ううん・・・・」
(タカシ君とは友達で良かったのにな。告白なんてしちゃったら、もう元には戻れないのに)
「俺、藤堂院さんがまた転校したって聞いて、ずっと悔やんでいたんだ。どうしてすぐに返事を聞かなかったんだろうって。昨日の夜は、それでずっと寝られなくて。だから、また学校に来たって聞いて、すぐに返事を聞こうって思ったんだ。ごめんな」
 緊張のせいか、タカシは少し早口で一気に喋った。
「・・・・ねぇタカシ君、あたしが転校したって聞いて、返事を聞かなかったことを後悔したの?」
「あ、あぁ」
「あたしがどこかに行っちゃうんだったら、答えは当然『ノー』だって思わなかった? そんな返事だったら、聞かなくて良かったと思わなかった?」
「例えノーでも聞きたかったよ。そうじゃないと、自分の気持ちに決着がつかない・・・・ノー、なのかな」
「え? あ、えっと・・・・」
 透子は目を伏せたまま無言で2回、頷いた。そのまま顔を上げずにタカシの反応を待つ。
 遠くに蝉の鳴き声が聞こえる。
 額に汗が流れた。
「そう・・・・か」
 ようやくタカシの口が開いた。
「そうかなって思ってたけど・・・・やっぱりちょっとショックだな、はは・・・・」
「あの・・・」
「ごめんな、俺なんかが好きだなんて、迷惑だったよな」
「そんなこと・・・・」
「やっぱり好きな人、いるのかな。藤堂院さんなら」
「い、いないよ」
「じゃあ、俺に魅力が無かったってことか。あ、ううん、いいんだ。こんなの男らしくないよな、潔くないよな」
「・・・・」
(違うんだよ、タカシ君。あたしは、あたしは・・・・)
 タカシが目の辺りを手の甲で拭った。
「ここ、暑いな。汗が流れちゃったよ。はは・・・・」
 涙だった。
 透子にはそれが汗でないことがすぐに分かった。拭ったその後に、すぐまたタカシの目が潤ったからだった。
(そんな理由ならタカシ君だって納得がいくよ。でも、違うんだもん。断る理由は他にあるんだもん。あたしが悪いの、嘘をついてたあたしが悪いの。あたしのせいで悲しまないで。あたしのせいで泣かないで)
「ごめんね・・・・」
「そんな、藤堂院さんが謝ること・・・・」
「違うの」
(ゆかりはあたしに言ってくれた。「タカシ君を傷付けたくないんだね」って・・・・でも違う。きっと、あたしは自分が悪者になりたくないだけなんだ。断ったら、タカシ君に悪く思われる。断る理由はタカシ君が嫌いとかそんなんじゃなくて、どうしても断らなきゃならない理由があるから。なのにこれじゃ、あたし自身がタカシ君を拒絶して傷付けたことになる。それが我慢できないんだ・・・・)
「聞いて、タカシ君」
「え、うん」
 タカシは真剣な透子の表情を見て、襟を正した。
「タカシ君の知っているあたしは、本当の藤堂院透子じゃないの」
「・・・・それは、まだ俺は藤堂院さんのことをあまり知らないかもしれないけど、でもそんなの、時間なんて関係ないと思うし・・・・」
「違うの、あのね、あたし実は・・・・26なの」
「え!?」
 タカシが驚きの表情のまま固まった。何と言っていいか分からない、と言った顔だ。
「驚いた・・・・よね」
「え、えっと・・・・ちょっと意外だったけど、でも俺は別に足が大きくても全然構わないから・・・・」
「26って、足の大きさじゃないよ」
「見かけより随分軽いんだね、女の子って・・・・」
「あの、体重でもなくてね」
「藤堂院さん、凄く目がいいんだね」
「視力26って、どんな目!?」
「えっと、じゃあ・・・・」
 埒があかないと思った透子は、最終手段を選択した。
「あたし、こんな姿をしてるけど、本当の姿じゃないの」
「・・・・?」
 タカシは透子の言葉の意味を計りかねた。そんな彼の目の前で透子が右手を広げると、掌に光が集まった。やがてその光は1本の棒を形成する。
(・・・・手品?)
 透子は戸惑うタカシの前で「魔法の肩叩き」を握り締め、メタモルフォーゼを解いた。透子の背がタカシと同じくらいまで伸びる。
「こ、これは・・・・」
「これがあたしの本当の姿なの」
 26歳の藤堂院透子がタカシの前に現れた。
「な・・・・何だ、これ・・・・」
「聞いて、タカシ君」
 透子は混乱するタカシに、今の自分たちの状況を説明した。こなみが知っている話の範囲まで話すのにはかなりの時間を要したが、それでもすぐには分かって貰えないだろうと透子は思っていた。こんな話、聞いてすぐに理解出来る方がおかしい。
「・・・・そんなことって・・・・」
「本当なの。だから、あなたが好きになってくれた透子は、実在しないの。ごめんなさい、今まで嘘をついてて」
「いえ、嘘って・・・・確かに・・・・でも、仕方ないし・・・・」
 普段は冷静なタカシも、突拍子もない話に混乱していた。
 昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴った。
 今のゆかりや透子たちの状況説明に時間がかかり、結局お昼休みのほとんどを費やしてしまったため、ゆかり達とお昼を食べようと約束していたのだが、参加出来なくなってしまった。
「そ、そういうことだから、ごめんね」
 透子は再び魔法の肩叩きで中学生の姿に戻ると、午後の授業に遅れないように駆け足で教室に戻って行った。
 その場に残されたタカシは、呆然と立ち尽くしていた。
「今の藤堂院さんが・・・・本当の姿・・・・」


 少し時間は遡る。
 村木卓(むらき たく)は、現在使用されていない第2視聴覚室のドアを開けた。鍵はかかっていない。
「あの・・・・大河原先生?」
 教室の中は暗い。視聴覚室なので、遮光カーテンが引かれているためだ。
(真っ暗だ・・・・誰もいないのかな。か、帰ろうかな・・・・)
 大河原に「来てくれ」と言われて来てみたが、人の気配が感じられない。
(仲間って何だ? 僕と同じように魔法を使えるってことなのか?)
「ようこそ」
 いきなり暗闇から声が聞こえ、村木は慌てて教室から逃げ出そうとした。
「逃げなくていい。今日から君は我らが『MOT』の隊員なのだから」
「も、もっと?」
 突然、明かりが点いた。眩しさに目を細めた村木は、教室に3つの人影を見た。
「せ、先生」
「ようこそ、村木隊員」
「た、隊員?」
 教室にいた人物は、村木の知っている教育実習生の大河原先生、他の2人は生徒だが顔は知らない。学年が違うのだろう。1人は眼鏡をかけていて、ノートパソコンを開いて何やらカチャカチャとキーを叩いている。もう1人は何故かロコタン文庫の「戦隊ヒーロー全(オール)百科」と書かれたポケットサイズの図鑑を手にしていた。
「隊長、昨日も進言しましたが、僕はこの人を入隊させることには反対です」
 ノートパソコンの画面から目を離さずに、その眼鏡の生徒が言った。
「素晴らしい力を手に入れておきながら、低俗で破廉恥な目的にしか使おうとしない。そんなおよそ知的とは言えない俗物と同じ場所にいては、僕も同列と見なされてしまう可能性も否定できません。僕は耐えられない」
「なっ・・・・」
 涼しいというより冷たいその台詞に、普段は大人しい村木も流石に頭にきた。
「き、君にそんなことを言われる筋合いはないよ!」
「ある」
 キーを叩きつつ、断言する。
「まぁまぁ、倉崎君。最初からそう敵視しなくても」
 大河原が仲裁に入ったが、倉崎と呼ばれた生徒は無言でキーを叩き続ける。
「いいじゃねぇか、最初はこうやって仲たがいするもんだぜ。喧嘩を繰り返し、相手を知って行き、そして真の友情が芽生えるんだ」
 もう1人の生徒が少し芝居がかった口調で論じる。倉崎は「ふん」とだけ返事をした。
「村木君、紹介しよう。パソコンの彼は倉崎命人(くらさき めいと)君、こっちの元気な方は笠目要(かさめ かなめ)君だ」
「ど、どうも、村木卓です」
「ふむ」
 笠目は村木を眺め、顎に手を当てた。
「お前のその体格、イエロー向きだな」
「い、いえろ〜?」
「お前、カレー好きか?」
「え? ええ、どちらかと言えば・・・・」
「昼飯に5、6皿は軽いよな」
「そ、そんなに食べられません!」
「何だと、貴様イエローではないな!?」
「だから違うって・・・・」
「さては我らの基地に潜入した偽イエローか! さしずめ黄土色と言ったところか」
「そんな変な色は嫌です!」
「冗談だ。ふむ、では今日からしっかりカレーが食えるように練習しておきたまえ。よろしくな、イエロー」
「イエローって・・・・」
 だがとりあえず「黄土色」を免れ、何となくホッとした村木だった。
 そのやりとりを聞いていた倉崎が口を開く。
「君、人を色で呼ぶのはやめたまえ。僕のことをグリーンと呼ぶのも禁止だ」
「じゃあミドリちゃんとでも呼んで欲しいのか? 苗字はヨリドリでどうだ」
「僕は均一特価のバーゲンセールか!? もしくは家電量販店か!?」
「それよりお前、こんな時ぐらいパソコンいじりをやめないか? 妙に真剣な目つきだが・・・・エロゲーでもやってんのか」
「し、失礼な! これはゲームを開発しているのだ。まぁ、君には無理だろうけどね。せいぜい低俗な内容のゲームで自己欲求を発散させていたまえ」
「先生、あとピンクだけど・・・・」
 倉崎の言葉に耳を貸さず、大河原に話し掛ける笠目。
「ピンクといえば女性だな。だがそうそう我々の仲間がいるとは考えられないぞ」
「あの先生、仲間って・・・・」
 村木がおずおずと口を挟んだ。彼はまだ「仲間」について、何も聞かされていない。
「村木君、君の魔法アイテムを見せてくれ」
「え、あ、はい」
 村木は持っていた袋からマジックハンマー(俗称ピコピコハンマー)のような物を取り出した。
「おお、何だか正統派なマジカルアイテムだな」
 倉崎が興味深そうに杖を見た。「そうかなぁ?」と村木は思った。
「君はこれをどこで?」
「えっと、夏休みの最後の日かな、家の近くの草むらで・・・・」
「そうか、それまで誰にも見付からなかったということか、ラッキーだったな村木君」
「俺たちは2ヶ月近く前にこいつを拾ったんだ」
 笠目がポケットから取り出したものは、ネジを回すドライバーのような物だった。形状はプラスだ。
「僕のはこれだ。美しくなくて残念だが」
 倉崎の物は掃除で使う塵取りに似ていた。ポケットには入りそうにない。
「そして先生のはこれだ」
 大河原の取り出したものは、ノコギリだった。他の物に比べて格段にでかく刃の部分に危険な香りが漂っているので、持ち運びが大変そうだ。
「お前は今日から我らが『MOT』の同士、魔法隊員イエローだ!」
 笠目の出した手に、反射的に握手をしてしまう村木。
「モ、モットって何ですか?」
 村木は大河原に聞いたが、命名したのは笠目だから彼に聞いてくれという返答だった。
「僕はそのネーミングに賛同した覚えは無いよ」
 倉崎の抗議はまた無視された。
「ならば言おう! MOTとは『Most Otakking Team』の略だ!」
「モ、モースト・オタッキング・チーム!?」
「ちなみに『オタッキング』は『オタク』の現在進行形と『オタク』と『キング』を掛け合わせた造語でもある。ちなみにテーマソングもある。ワンダバダバ、ワンダバダバ・・・・」
 1人で歌い始めた笠目を放っておき、大河原は村木の両肩に手を置いて微笑んだ。
「我々の目的は、個々の夢の実現にある! お互いの夢を達成すべく協力し合うのが我らが『MOT』なんだ!」
 軽いめまいを覚えながら、ここが夕陽のグラウンドだったら良かったのに、と村木は思った。
「MOTの仲間と〜、み〜んなを乗せて〜」
 笠目はまだテーマソングを歌い続けていた。


 ゆかり達の復学1日目は、表向きは何の事件もなく過ぎて行った。
「ゆかり〜ん!」
 ゆかりはケーキ屋のバイトを夕方からにシフトチェンジして貰ったので、学校から直接店に行く。その店まで一緒に帰る透子と並んで歩いていると、後ろからこなみの声がした。巳弥も一緒だった。
「今からバイト?」
「そうなの〜」
 急に「昼間はバイト出来なくなりました」とゆかりに言われた「メロウ・プリティ」の店長だったが、ゆかりの「お願い店長」攻撃の前に撃沈して、代わりのバイトを探さなければならないハメになってしまった。気が弱いので言い返せないし、店長の趣味で作ったメイド風の制服が似合うのはゆかり以外にいないと思っていたため、無理を言って辞められては困ると思い、結局ゆかりのわがままを聞く事になってしまった。
「あの、透子さん・・・・」
 そそっとこなみが透子の横に並び、小声で話し掛けた。
「タカシ君のことは・・・・」
「安心して、ちゃんと断ったから」
「うん、タカシ君、さっき会ったんだけど・・・・落ち込んでるみたいだった」
「後はこなみちゃんが頑張らないとね」
「えっ」
 こなみは赤くなって頷いた。
 メロウ・プリティに着いた一行。ゆかりは店の裏口から入り、バイトに就く。後の3人はそれぞれの家に帰って行った。
(さて、元の姿に戻らなきゃ)
 ゆかりが学校の鞄を置いて孫の手を出そうとした時、店の中から店長の声が聞こえた。
「ひ、姫宮くんかな〜?」
「えっ、は、はいっ!」
(しまった、こんな格好を店長に見られたら・・・・!)
 慌てるゆかりだったが、店長は続けて「ちょっと出掛けるから店に出ていて頂戴」と言い、その後に店のドアが開閉する音が聞こえ、静かになった。
「・・・・店長さん?」
 そ〜っと店の中を覗いたが、誰もいない。よほど急いでいたのか、店長はゆかりに店を任せて出て行ったようだ。ゆかりが来るのを待っていたのかもしれない。
 実は後で話を聞くと、急な話なので日中のバイトが見付からず、店長が自ら店に出ていたのだった。バイトは現在、募集中だ。
 店長がいなくなり、一安心したゆかりは中学生のまま店に出た。
(このまま店番するのも、面白いかな? えへへ)
 いつもに比べて背の高いショーケース。座ると脚が床に付かない椅子。辛うじて何とか手が届くソフトクリームの機械。背の高さが違うだけで、いつもと違う店内の雰囲気が味わえて、ゆかりは面白かった。
 きゅうう。
 お腹が鳴った。目の前には色取り取りの美味しそうな洋菓子が並んでいる。
(学校に行くと、お腹が空くんだなぁ)
 カラン。
「いらっしゃ・・・・」
 いつもの条件反射で、お客さんに向かって笑顔を作ったゆかりだったが、その笑顔がお客の顔を見た途端に凍結した。
(ユ、ユタカ!)
「あれ、いらっしゃいって・・・・君、店員さん?」
「え? は、はい、そうです」
「本当? 俺、冗談で言ったのに。小学生がバイトしちゃ駄目だろ?」
「ちゅ、中学生だもん」
「それだって、バイトは禁止じゃないか?」
「か、家庭の事情なの」
「ふぅん・・・・って、君、どこかで会ったよね?」
「え? そ、そうですか?」
 あたふたするゆかり。
「そうだ、いつだったか、ゆかりの伝言を伝えに、ファミレスで俺と会ったことがあるよな?」
「・・・・」
 ゆかりはしばし記憶を辿った。
 1年前、別れたユタカと会う勇気がなかったゆかりは、一度だけぷにぷにゆかりんの姿になって彼と会ったことがある。ユタカはその時のことを覚えていたのだ。
「そ、そういえばそうですね、は、はは」
「君、ゆかりの友達だったよね」
「え、ええ」
(そういう設定だった気がする。ユタカ、よく覚えてるなぁ)
「それで、ゆかりは? 君、代わりに店番してるのかい?」
「ゆかりって呼ばないでって言ったでしょ!」
「え?」
「あ」
 ゆかりは慌てて口を押さえたが、もはや遅い。
「・・・・って姫宮さんが言ってました」
「あいつ、そんなこと話してるのか? ところで、君の名前は?」
「え? 名前?」
「そう、名前」
「ゆか・・・・ユカ。ユカです」
「ユカちゃんか。ゆかりと名前も似てるな。どことなく雰囲気も似てるし」
 ユタカがまじまじとゆかりを見た。
「あ、あんまり見ないで下さい・・・・」
「あ、ごめんごめん。卯佐美小学校なの?」
「え? あの、さっきも言いましたけど、中学です」
「ごめん、中学生か。何となく小学生かなって・・・・ごめんな」
「いえ・・・・」
 気まずい。
(とりあえず奥に引っ込んで、変身を解いてからゆかりが帰ってきたことにして出てくればいいかな)
「なぁ、ユカちゃん。ちょっと聞いていいかな」
「え? な、何でしょう?」
「ゆかり・・・・姫宮さん、好きな人とかいるのかな」
「さ、さぁ・・・・聞いたことありませんけど」
(どうしてそんなこと聞くのよ!)
「俺のこと、何か聞いてる?」
「いいえ、全然・・・・」
「そうか」
 ユタカの表情が曇る。
「俺さ・・・・ほとんど毎日、ここに来てるんだ」
「うん・・・・」
「知ってるのか?」
「え? いえ、ただの相槌です」
「姫宮さんに会いに来ているんだけど・・・・俺の気持ちも伝えた。でも俺、彼女を傷付けてしまったから・・・・どうやって償えばいいのか分からなくて」
「・・・・」
 今までゆかりは、ユタカの話を真剣に聞かなかった。聞くのが怖くて、逃げていた。ユタカもそうだ。ゆかりの反応を見るのが、答えを聞くのが怖くて逃げていた。
 お互い、相手の気持ちを聞くことが怖くて、逃げていた。
「あ、ごめん、君に言っても仕方ないよね」
「・・・・あの・・・・」
 キュウウ。
 ゆかりのお腹が鳴った。慌ててお腹を押さえるが、意味がない。
「腹、減ってるのか? こんなにあるじゃないか。食べればいいだろ?」
 ユタカはショーケースの中のケーキを指差して言った。
「だって、売り物だから」
「ふ〜ん、分かってるじゃないか。そうだ、店番だったらさ、このソフトクリーム作れる?」
 ユタカはレジの横に置かれているソフトクリームの機械を撫でた。
「で、出来るよ」
「やってみてよ」
「でも、売り物だから」
「お金なら払うよ。買うならいいだろ? えっと、300円だね。税抜きかな」
 ユタカは財布から100円玉3枚と10円玉2枚を出し、レジの前に置いた。
「5円お釣りね」
「わ、分かってます!」
 ゆかりは背伸びしてソフトクリームのキャップ(台の部分のコーン)を取り、機械の前に立った。腕を思い切り伸ばし、やっとクリームの出口にキャップが届く。
「う〜ん」
 にゅるにゅるとクリームが出てくる。それを上手く渦を巻くようにコーンを回す。
「頑張れ、もう少し」
「う〜ん」
(まさかユタカ、ゆかりの手が届かないのを分かっててわざと注文したの!? だってユタカ、普段はソフトクリームなんて食べないもん!)
 腕を伸ばしたままソフトの渦巻きを作るのには苦労した。コーンの下から見上げるような体勢だから、上手く渦を巻けないのだ。腕がしびれて、手が震える。しかし何とかソフトクリームの格好が完成し、ゆかりはそれをユタカの前に差し出した。
「お、なかなか上手じゃないか」
「・・・・いじわる」
「よし、頑張ったからそれ、ユカちゃんにあげるよ」
「え? だって、これはユタカが・・・・」
「俺、甘いもの苦手だから」
 ユタカは微笑んで、ソフトクリームをゆかりに押し返した。
(甘いものが苦手? でもユタカ、いつもケーキを買って帰るのに)
「ほら、早く食べないと溶けるぞ」
「う、うん・・・・」
 ゆかりはソフトクリームを舐めながら、ユタカを見返した。
(それじゃ、いつもケーキを買っていたのは、ゆかりに会うためだけに? そのために・・・・)
「ね、ねぇ、いつもケーキを買って帰るんでしょ、えっと、姫宮さんが言ってたよ。それ、どうしてるの? 甘いもの、苦手なんでしょ?」
「だいたい自分で食うけど、たまに隣の家の子にあげてるよ。毎日じゃ辛いから」
「・・・・」
「でもさ、最近はちょっとケーキも美味いかなって思い始めてきたんだ。最近のケーキって、甘さ控えめなものが多いんだな」
 ゆかりは、何だかいけないことをしている気がしてきた。
 自分がユタカを騙して、本心を聞き出そうとしている。そんな気がしてきて、早く元の姿に戻ろうと思った。
「あ、あれ、裏口で音が・・・・ゆかりお姉ちゃんが来たのかな? ゆかり、ちょっと見てくるね」
「え? あ、あぁ。クリーム、落とすなよ」
 慌てて店の奥へと駆け込むゆかり。残りのソフトクリームは急いで口に押し込んだ。冷たいクリームが一気に喉を通り、むせかけた。
 ユタカに聞こえてはまずいので、変身の掛け声を省略して元の姿に戻ったゆかりは、急いで店の制服であるメイド風コスチュームを着込むと、ユタカの前に戻った。
「ユ、ユタカ、き、来てたんだ、いらっしゃい・・・・」
 息を切らしながら、ゆかりは「今来たとこ」を演出した。
「・・・・」
「ど、どうしたの?」
「ソフトクリーム、美味しかったか?」
「うん、美味し・・・・え、あ、違う! な、何のこと?」
「口の周りに、クリームが付いてるぞ」
「あわわ」
 慌ててユタカに背を向けて口を拭ったが、もはや無意味だった。
「さっきの、ゆかりなのか?」
「さ、さっきのって? 何のこと?」
「気付かなかったか? 俺の名前を教えてないのに俺のことを『ユタカ』って呼んだし、さっき最後に『ゆかり、ちょっと見てくるね』って言って走って行ったぞ」
「嘘だぁ、ちゃんとユカって言ったもん!」
「・・・・」
「・・・・あれ?」
(自爆?)


11th Dream へ続く


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