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タイトル


 9th Dream 「ランチBOX」


 そんなこんなで、ゆかりと透子がうさみみ中学に復帰した。学校内では「間違えて転校の手続をしてしまった」ので「手続の修正が終わるまで自宅待機していた」ことになっていた。全ての責任は校長先生が被り、もう少し早ければ、せめて夏休み中に再び戻ってくることが決っていれば転校の話もなかったのに、と彼は嘆いた。
 彼女たちエセ中学生が学校に通うのは2ヶ月振り近くになるが、間に期末試験と夏休みを挟んでいるため、実際に出ていない日数は少ない。それゆえ、ゆかりも透子も違和感無くすぐに授業に溶け込めた。
「ねぇゆかりん、聞いた? 最近変な事件が起こってるんだよ」
「あ、うん、聞いたよ。な、何なんだろうねぇ」
「まるで魔法でも使ったみたいな事件だよね。ほら、今流行りのハリー・ボッテーみたい」
「やだぁ、ハリボテにはあんな変態っぽい魔法は出てこないよ!」
「でもさ、事件が起こったのって、全部4組なんだよね。狙われてるのかな」
「実は4組の教室が呪われてたりして・・・・」
「いや〜ん、怖〜い!」
「だとしたら、凄いエッチな呪いだよね」
 などと、ゆかりはクラスメイト2人と一緒に廊下を歩いていたのだが・・・・。
「そこのあなた、ちょっと待つザマス!」
「ふえっ?」
 ゆかりが振り向くと、見知らぬ女性が立っていた。
 およそ教師らしくない派手な赤いスーツを「ピシッ」と音が聞こえてくるほど着こなし、手には何やらお堅い感じのするファイルにぎっしり詰まった書類。真っ黒な長い髪は後ろでおだんごにしている。銀縁眼鏡の奥には鋭い眼差しがあった。
「何か」
「何か、じゃないザマス! 生徒手帳を出すザマス!」
「・・・・」
 有無を言わせぬ命令口調に、ゆかりはポケットから生徒手帳を取り出そうとしたが、そこにはハンカチしか入っていなかった。
(あれ、忘れてきちゃった。久し振りの学校だったから)
「忘れました」
 ゆかりは素直に告げた。
「んまっ! 生徒手帳は学生の命ザマスよ! 代わりにそっちのあなた、生徒手帳を出すザマス!」
 突然指名されたゆかりの隣の子が、慌てて手帳を差し出す。その女性は受取った生徒手帳をパラパラとめくり、あるページを開いてゆかりの目の前に突きつけた。
「身だしなみに関する校則その3『女子制服に関する規定』第4項『スカートの丈は膝にかかる程度を基本とし、生徒として節度ある長さに留めること』とあるザマス!」
 ビシ、と指を差されたゆかりのスカートは、膝上15センチの校則違反ミニスカートだった。
「こういう淫らな格好をすると、男子がいやらしい目で見て、勉学が手につかないザマス! 大体、婦女子がそんなに太腿を露わにして、恥ずかしくないザマスか、ちょっとした拍子に下着が見えるザマス、恥を知るザマス!」
「大丈夫だよ、見えてもいい下着だから」
「んまっ! ではあなたは、わざと男子に見せてよからぬ妄想をかきたてているのザマスか、何と破廉恥な!」
「なによ〜、可愛いからいいじゃない!」
「色気づくなんて十年早いザマス! ガキのくせに生意気ザマス!」
「ゆかりが可愛いから羨ましいんだ・・・・」
 ゆかりはちょっとムッとして、言わなくてもいい事まで言ってしまった。
「なっ、なっ、なっ、なぁんて失礼な! 誰がオバサンザマスか! 誰が年増のインテリババァザマスか!」
「そんなこと言ってないよぅ」
「こっちに来るザマス!」
「痛っ」
 ゆかりはその女性に耳を引っ張られ、連行されてしまった。後にはボーゼンと見送るクラスメイト2人が残された。
「だれ、今の」
「先生じゃないよね・・・・あっ」
「どうしたの? マナ」
「あたしの生徒手帳、持って行かれちゃった・・・・」


「失礼するザマス!」
 ドアがノックされた後に、返事を待たずに開け放たれた。ゆかりが連れて来られたのは校長室だった。
「こ、これは会長。いかがされましたか」
 校長は女性に腕を引っ張られているゆかりの姿を確認すると「早速何かやらかしたのか」と不安な表情になった。
(会長?)
 ゆかりは「会長」と呼ばれた女性の顔を見上げた。ゆかりの認識の中の「会長」は、髭を生やしたおじいちゃんという印象が強い。
「姫宮君が何か・・・・」
「この子は校則違反をしているザマス。おまけにワタクシを愚弄したザマス」
「ぐろう?」
 首をかしげるゆかり。
「馬鹿にしたってことザマス!」
「し、してないよぅ」
 校長に向かって「助けて、おじちゃん」という顔をするゆかり。孫に弱い校長は何とか助けてやりたい気分になる。
「ところで八重島会長。姫宮君はどんな校則違反を?」
「スカートの丈が短いザマス。破廉恥極まりない格好ザマス。健全な学園生活に支障をきたすので即刻正規の長さに改めさせるザマス」
 八重島会長の口調を聞きながら「あんたはフネ夫のママか!」と軽く心の中で突っ込むゆかりだった。
「し、しかしですね、会長」
「何がしかしザマスか。まさか校長」
 八重島会長の眼鏡の奥にある鋭い眼光が校長を射抜く。
「あなたもそういう婦女子の淫らな格好にいやらしい妄想をしているのではないでしょうね」
「ま、まさか! 私は校長ですぞ、女子生徒の太ももになどスケベ心を抱くはずがないでもない」
「あるのですか!?」
「いえ、えっと、抱くはずがないではないですか!」
 この校長室は、普段クーラーを点けていない。扇風機で暑さを凌いでいるのだが、その校長の頭から汗が流れた。
「見えてもいいパンツだからいいんだもん・・・・」
「見えてもいいパンツなんて、この世には存在しないザマス! 見えてもいいなら、スカートを履かずに歩いてみなさい、ほら、出来ないでしょう!」
(この人はいつも極端な論法なんだから、全く)
 校長は流れる汗をハンカチで拭いつつ、2人のやりとりに口を出せないまま見ているしかなかった。
「悔しかったら、会長さんもミニスカート履けばいいんだよ」
「なっ、どうしてワタクシがそんな格好を!?」
「でも、もう誰も見てくれないかな・・・・」
「しっ、失礼なっ! 校長! 見てないで何とか言って下さい!」
「え? あ、あぁ、えっと、八重島会長。その子は転校してきたばかりで、そのスカートは前の学校の制服なんですよ。すぐに買い換えろと言うのも、家庭の経済事情もあって強制出来ないのですよ。仕方なく特例で認めているので、しばらくはご容赦願えませんでしょうか」
 校長は我ながら「ナイス言い訳」と思った。
「・・・・そう・・・・」
 会長としても「家庭の事情」などと言われれば、あまりきつく言えなくなってしまう。少し冷静になり、襟を正した。
「いいでしょう。但し、この子の口のききかたは教育が必要ですよ」
「は、それはもう、もちろん・・・・」
 校長がペコペコと頭を下げて、何とか会長は校長室を出て行った。ドアが閉まった瞬間、校長は息を吐いて椅子に腰を下ろした。
「ふぅ・・・・」
「ごめんなさい、校長先生。だって、あの人が言いがかりを・・・・」
「あぁ、あの人はいつもあんな風だから、気にしないでくれ。ただ、年長者に対する口の利き方だけは注意してくれよ」
「はぁい。ところで、会長さんって・・・・」
「あぁ、彼女は八重島節子(やえじませつこ)。わが校のPTAの会長だよ。たまにPTAの総会などで顔を出すのだが・・・・彼女の機嫌のいい顔を見たことがない。ゆかり君も、今度会った時は怒らせないでくれたまえ。私も苦手なのでね」


 その直後、1年のとある教室。
 その男子は机の中の物を手に取り、色々なポーズを取らせていた。
 その物とは、自分で作ったプラモデルである。
「ほう、プラモデルか」
 頭の上で声がした。男子はとっさにプラモデルを机の奥に押し込んだが、既に遅い。見付けられた相手は教育実習生とは言え、先生である。玩具などの余計な物を学校に持ってくることは禁止されている。没収だろうか。何週間もかけてやっと完成したプラモデルを、取り上げられてしまうのだろうか。男子生徒はこの世の終わりのような気分になった。
「隠すなよ、田宮。先生にも見せてくれないか」
 駄目だ。見せてくれと言って、取り上げるに決まっている。教師とは、平気でそんな作戦を立てる、卑怯な職業なのだ。その生徒は頑なに中を見せまいと机にへばり付いた。
「チラッとしか見えなかったけど、さっきの『プリッツグンダム』だよな?」
「・・・・え?」
 意外な台詞が返ってきて、男子生徒は顔を上げた。
「あの肩とバックパックの形状から見ると『ナナ専用機』。違うか?」
 大河原はにっこり微笑んだ。
「え、ええ・・・・ナナカスタムですが」
「やっぱりそうか」
「先生、興味あるんですか?」
「グンダムシリーズは毎週欠かさず見てるぞ。君と違って、1作目から全てリアルタイムでな」
「へぇ・・・・」
 人気アニメ「グンダム」シリーズの1作目がテレビで放映されたのは今から約15年前で、この田宮という生徒が生まれる前である。テレビシリーズ、オリジナルビデオ、劇場版等を含めるとシリーズ総数は13にも及ぶ。
 生徒は大河原への警戒を解き、机の奥に押し込んだプラモデルを出した。大河原は「ちょっと見せてくれ」とその模型をそっと手に取った。掌に乗せるように、そっと。
「へぇ、よく出来てるじゃないか。継ぎ目も消して、墨入れもしている。塗装はエアブラシか?」
「はい、先生もプラモを?」
「まぁな。プリッツグンダムは全部揃えてるぞ。このナナ機もあるし、ナツコ機、ヒサヨ機、ユミコ機もだ」
「あ、僕もです! やっぱりプリッツは4機揃えないといけませんよね!」
 パっと生徒の顔が明るくなる。まさか教育実習生とグンダムの話で盛り上がるとは思ってもみなかった。
「今度出るシスタートゥエルブ12体も揃えるのか?」
「12体はさすがにお小遣いが追いつかなくて大変ですけど・・・・揃えたいです、夢ですから」
「夢、か」
 大河原は時計を見て「次の授業があるから」と立ち上がった。
「君なら僕の部屋に案内してもいいかな。そして、僕の夢に」
「先生の夢・・・・?」
「あぁ」
(そう、夢だ。今はまだ小さい。だが、近いうちに僕は夢を現実にするんだ)
 大河原が立ち去った後の教室で、小さな悲鳴が上がった。
「か、返して下さい!」
「駄目ザマス、何ザマスかこの子供の玩具は! 中学生にもなってこんな幼稚なもの、学校に持ってくるなんて恥ずかしいザマス!」
「返して下さい、あ、そんなに振り回したら・・・・!」
 パキ、と小さな音がして、床に落ちたナナカスタムのバックパックに装着されている巨大な角のようなパーツが折れて飛んだ。
「あぁ・・・・」
「とにかく、これは取り上げるザマス」
 下を向いてしまった田宮君を尻目に、八重島節子は無造作に模型を拾い上げ、ポケットに押し込んで歩いていった。
 教室に踵を返して、折れたパーツを拾い上げた大河原はそのプラスチックの破片を握り締めた。
(幼稚だと? あんなに作りこんだ渾身の作品を、幼稚だというのか? あの作品を仕上げるのに、どれだけ時間がかかっていると思っているんだ、どれだけ情熱を注いだと思っているんだ、何も分からないくせに! この子にとって、あの作品がどれだけ大切なものだったか、お前には分かるまい。いや、分かってたまるか。しかもナナカスタムの命とも言える「パワーゲート」を折るなんて・・・・)
 大河原は節子の歩いていった方向を見て、薄笑いを浮かべた。
(決まった。私のMSの、最初のターゲットはあいつだ)


 昼休み、ゆかりは露里に屋上へと呼び出された。以前にここで一緒にお昼を食べた際に、露里に「またここで食べる時は誘ってくれ」と言われた場所だった。
(先生、遅いな)
 正直言って、ゆかりは露里に会うのが怖い。彼が体育教師の立石良香と仲良く腕を組んで帰っている所を目撃して、いわゆる失恋をしてしまったからだ。
(どんな顔をして会えばいいんだろう)
 露里は、ゆかりが立石とのラブラブ場面を目撃したことは知らない。学校の同僚にも一応内緒にしているのだが、2人の仲があやしいというのはうさみみ中学の教師なら誰でも知っていることだった。
(先生は、やっぱり子供のゆかりのことなんて何とも思ってなかったんだろうな)
 ボ〜っと空の雲を眺めていたゆかりの視界が影で遮られた。
「悪い、姫宮。遅くなったな」
「あ、先生」
 給水タンクの足にもたれ掛かっていたゆかりは、慌てて姿勢を正した。
「お帰り、姫宮」
「あ・・・・た、ただいま、先生」
「いい天気だな。よっと」
 露里はゆかりの隣に並んで座ると、弁当箱を膝の上に置いた。巨大と表現しても差し支えない、スケールを少し間違えているような弁当箱だった。
(え、先生、こんなに食べるのかな)
 その大きさに驚いているゆかりの傍で、露里がキョロキョロと辺りを見回した。
「あれ、他の連中は? 藤堂院と出雲と芳井も呼んでくれたんだろ?」
「ええ、それが・・・・」
 透子はこれまたタカシに呼び出され、どこかに行った。巳弥は当番だったので、化学の実験道具の後片付けをしてから来ることになっている。こなみも一緒に来る手筈だ。
 おかしい。間違ってるぞ、ゆかりん。
 君がこの学校に来た理由は、マジカルアイテムの奪還と巳弥&こなみの護衛ではなかったか。何故君は2人を置いて、1人で屋上に来ているのだ?
「先生、それ、凄いですね。何人分ですか?」
 ゆかりが巨大弁当箱への興味を隠し切れずに、思わず聞いた。露里は視線を弁当箱に落として、ボソっと呟く。
「・・・・1人前だ」
「うそだぁ」
「通常なら3〜4人前はあるだろう。だが俺にとっては1人前なんだ」
「先生、そんなに食欲魔人だったっけ?」
「俺は普通の人間のつもりだ。だが、俺を普通だと思っていない人がいる」
「そのお弁当を作った人・・・・? え、立石先生?」
「何だ、知ってたのか」
 自嘲気味に露里は頷いた。
「ええ、まぁ、何となく」
 露里と立石の仲睦まじい場面に出会ったのは、ゆかりが本来の姿(大人)の時だった。それゆえ、露里は立石との仲を予め知られていたとは思っていなかった。
「凄いですね、朝からそんなに沢山作るなんて。きっと・・・・先生への愛情表現ですね」
「・・・・」
「先生?」
「重いんだ・・・・」
「確かにその大きさだと持って来るのが大変ですね、重くて」
「あ、いや・・・・その、弁当箱の話ではなくてだな」
「・・・・?」
「食べきれないんだ。しかし残すと・・・・だから、お前たちにも一緒に食べて欲しかったんだ」
「それでゆかりたちを? だって、それは先生のために立石先生が一生懸命作ったんですよ? それをみんなで食べるなんて・・・・」
「食えないんだよ、1人では! 昼の弁当だぞ、こんなに食えるか!」
 急に露里の口調が激しくなる。ゆかりは驚いて少し後ろに下がった。
「・・・・すまない、大きな声を出して」
「先生、ひょっとしてそれ、残したら怒られるの?」
「・・・・」
「立石先生に?」
「・・・・いや、いい」
 露里は少々無理をして笑顔を作ると、ゆかりに向き直った。
「こんなことを言うために呼んだんじゃないんだ。姫宮、校長先生から聞いたぞ。また面倒なことが起こっているらしいな」
「は、はい」
「今度こそ、俺の出来ることがあれば力になるぞ。姫宮には何度も助けて貰っているからな。魔法のアイテムとやらを捜すんだろう?」
「あ、ありがとうございます」
「俺もおかしいと思っていたんだ。スカートが落ちたりカーテンが落ちたり。普通の現象じゃなかったからな」
「それだけじゃないんです、最近、気になることばかりで」
 ゆかりは昨日からの出来事を露里に話した。カエル怪人のこと、ソニックマンのこと、公園のロボット騒ぎのこと。
「確かに妙な事件が続くな。全て魔法がらみということか」
「そうと決まったわけじゃないんですけど・・・・まだ大きな事件でもないので、実感が沸かなくて」
「いや、実は先生もそうじゃないかと疑っているんだ。姫宮達と出会って、奇妙な経験も沢山させて貰ったからな。魔法とか、そういった力が関係していても不思議じゃないと思っている」
「あの、今度は先生を巻き込まないようにします、なるべく・・・・」
 ゆかりは、この前の事件に露里を巻き込んでしまったことを後悔していた。妙な事件に関わりを持てば、また露里の身に危険が及ぶ可能性もある。
「そんなこと言うなよ」
「えっ」
「力になれることがあったら、何でも言ってくれ。但し、たいしたことは出来ないぞ」
「でも」
「俺、姫宮がまたどこかに行ってしまったと聞いて、少し淋しかったんだ」
 露里はゆかりと目を合わせずに、コンクリートの床を見つめていた。ゆかりもまた、目を伏せて露里の話を聞いている。
(そんなこと言わないで。ゆかり、先生のこと諦めるって決めたのに。だって先生、恋人がいるから。立石先生がいるから)
「遅れてごめんね!」
 そこに、こなみと巳弥がそれぞれのお弁当を持って現れた。
「あれ、ゆかりん、耳が真っ赤だよ。どうしたの?」


10th Dream へ続く


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