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タイトル


 8th Dream 「Gravity」


「そんなわけで、我輩達は盗まれたマジカルアイテムを回収するためにこの世界にやってきたわけだじょ」
 トゥラビアの魔法具研究所からマジカルアイテムが盗まれた事件についての説明を終えたミズタマは、透子が「ミズタマ君だけ特別よ」と笑顔で出してくれた「フレッシュ梅アボガドジュース」を一口飲み、文章での表現が難しい表情をした。
「お味は、どう? ミズタマ君」
「・・・・どうしてそんなに恐る恐る尋ねるんだじょ、透子」
「体に異常はない?」
「異常がある可能性があるのか!?」
「冗談よ」
「どうして目を逸らすじょ? ・・・・匂いはとてつもないが、味はそこそこだじょ」
「へぇ、そうなんだ」
「感心するなよ! 意外そうな言い方だが、味見してないのか?」
「透子、ミズタマはウサギだから味覚が違うのかもしれないよ」
 ゆかりが透子の腕を引っ張った。
「そうかもね。でもさ、ゆかり達に飲ませるのは気が引けるし、あたしは絶対に飲みたくないもの」
「そんなもの、我輩に飲ませるな!」
 憤慨しつつも、何となくジュースを飲み干したミズタマであった。ちなみに他のメンバーの飲み物は普通のオレンジジュースだった。
「で、犯人はそのイニシエートの女の子ってわけ?」
 ミズタマの話によると、ゆかりん達がトゥラビアの大神殿で「陽の玉」を守る為に戦っていた時、トゥラビアに侵入したイニシエートの1人がマジカルアイテムを盗んで行ったのだという。その時は混乱していて収拾がつかなかったのだが、整理してみるといわゆる「不良品」が5つ、亡くなっていることに気付いた。
「それを受けて我らがトゥラビア王がイニシエートへマジカルアイテムの返還を求める文章を送ったのだが、向こうの返事は『現在、該当する人物が失踪中』という返答だったんだじょ。向こうもその犯人を捜しているらしいが、我々も出来る限りの手は打っておこうと思って、この世界にマジカルアイテムの回収に来たというわけだじょ」
 回収すべきアイテムは5つ。だが、そのイニシエートの少女からどうやってこの世界の人間の手に渡ったのかは分からない。それは故意になのか、偶然なのか、何人の手に渡っているのか。そもそも「不良品」のマジカルアイテムが機能するのかどうかも不明だと言う。だがうさみみ中学で起こった事件は、魔法の仕業以外には考え難い。
「我々は引き続き残りのアイテムの行方を調査するので、ゆかりん達はとりあえず中学校で起きた事件の犯人を捕まえて欲しいじょ。そんなわけで我輩はこの前のようにゆかりん達を監視・・・・いや、一緒にいることはあまり出来ないが、大丈夫だな?」
「何が?」
「マジカルアイテムをむやみに使ったりしないな、ってことだじょ」
「も、もちろんじゃない」
「目が泳いでるじょ、ゆかりん。透子もまた目を逸らしてるじょ」
 不安になるミズタマに、巳弥が言った。
「私がついてるから、心配しないでミズタマ君」
「まぁ、それなら安心だじょ」
「ゆかりたちより巳弥ちゃんの方が信頼されてるってこと?」
 ゆかりが透子の耳元で囁く。透子は「そういうこと」と返事をして、ミズタマに他のことを尋ねた。
「ところでミズタマ君。あたしたちに対する『報酬』はまだかしら」
「報酬とは?」
「また、とぼけて。宝玉の事件に関するあたしたちの働きに対しての報酬に決ってるじゃない!」
「・・・・」
 今度はミズタマが目を背ける番だった。実際にゆかりん達に報酬を渡す約束をした人物は現在、トゥラビアの牢獄にいる。だがトゥラビア王としても「約束したのは私じゃないもんね」で済ませるわけにもいかないとは思っている。
「大神殿の修復とか、壊滅に近い近衛騎士団の再編とか、色々とお金がかかるんだじょ。もう少し待って欲しいじょ」
「お金くれないと働かないよ、あたし」
 透子が当然のことのようにのたまう。
「まぁまぁ透子、今回の事件が解決したら、その分も一緒に貰えばいいじゃない」
 ゆかりはとにかくマジカルアイテムが手に入ったことで満足な様子だった。透子も差し当たってどうしてもお金が必要だと言う生活ではないので、報酬は後で絶対貰うという約束で合意した。
 その後ミズタマは、仲間と合流してマジカルアイテムの捜索に当たると言って出て行った。ゆかり、透子、巳弥、こなみは近くのスーパーで買い物をして、4人で夕食を取った。ちなみに料理をしたのは主に巳弥とこなみだった。普通は大人である2人が担当すべきことなのだが、確かにゆかりと透子が作るよりも巳弥とこなみで作った方が安心して食べることができた。
 そういうわけだから、後片付けはゆかりと透子が担当した。
「ゆかり、明日からまた学校だよ」
 お皿に洗剤をつけながら透子が小さな声で言った。
「うん、楽しみだね! また学校に通えるなんて思ってなかったよ」
「辛くないの?」
「どうして?」
「露里先生に会うこと。ほら、立石先生と付き合ってるって分かっちゃったことだし」
「・・・・うん」
 ゆかりが密かに想っていた露里先生と、同じく教師の立石先生とのラブラブ場面を目撃して以来、少し落ち込んでいたゆかりだったが、もう中学生の「ゆかりん」として会うこともないだろう、露里とは縁が切れたんだということで、忘れようとしていた。その露里と顔を合わせるのは辛いのではないか、と透子は心配しているのだ。
「正直、ちょっと辛いかも」
「だったら、無理に学校に行く必要はないんだよ?」
「うん、でも、他の友達に会いたいし。学校生活は楽しいし。それにね、ゆかり、今だから思うんだけど・・・・露里先生への想いって、憧れだったのかもって」
「憧れ?」
「ほら、女の子が大人の先生を素敵だなって思う、あれ。ゆかりも中学生になって、それと同じような思いで先生を見てたのかなって」
 透子には、ゆかりの表情からはそれが本当の気持ちなのかどうかは読み取ることが出来なかった。


「透子さん」
 ゆかり達がそろそろ帰ろうか、という話になった時、こなみが透子に小声で話しかけてきた。
「なに? こなみちゃん」
「えっと・・・・その・・・・」
 言い出し辛い。タカシのことである。
「トイレならあっちだよ。突き当りを右」
「いえ、そうじゃなくて・・・・」
「ご飯、足りなかったかな」
「満腹です・・・・」
「う〜ん、何だろう?」
「あの、ゆかりんは学校に行きたいみたいですけど、その、透子さんも楽しみなんですか?」
「どうして?」
「あの、何もわざわざ学校に通わなくても、犯人を捕まえることは出来ると思うんです。だから、面倒だったら来なくてもいいのになって思って・・・・」
 何とかとこたんをタカシに合わせまいとするこなみだった。とこたんが転校してもう会えないと思っていたタカシは、このままだといつかとこたんを忘れる時が来る。だが2人が顔を合わせれば、またタカシの心はとこたんに戻ってくるだろう。
「う〜ん、朝早く起きるのは面倒だけど・・・・あたしはゆかりやこなみちゃん、巳弥ちゃんと一緒に過ごせるのは嬉しいことだよ」
「・・・・そう、ですか・・・・」
 嬉しいと言われて「来ないで欲しい」と言えなくなるこなみだった。
「あ、そうだ、こなみちゃん。ごめんね」
「え?」
「タカシ君のこと。この間約束したよね、きちんと断るって。あたしあれからすぐにマジカルアイテムが壊れちゃって、とこたんの姿になれなくて、タカシ君にも会えずじまいだったんだ。気にしてたんだけど、肩叩きも戻ったことだし、これでタカシ君に会えるよ。会って、例の件は断るから」
 例の件とは、タカシがとこたんに「付き合って欲しい」と言ったことだ。
「う・・・・うん、ありがとう、透子さん」
 こなみが抱きついてきたので、透子は思わず後ろに倒れそうになった。
「ちょっと、こなみちゃん?」
「明日、また学校でね、とこたん!」
(私、透子さんが学校に来ないように、タカシ君に会わないで欲しいって、それだけ考えてた。透子さん、覚えててくれたんだ。私との約束、覚えててくれたんだ!)
 感動するこなみだったが、透子は密かに「どうやって断ればいいんだろう?」と悩んでいた。
(やっぱり定番の「お友達でいましょうね」かな? う〜ん、もし仮にあたしがこれを言われるとちょっと嫌かも。交際を断るのなんてやったことないから、どうしていいか分かんないよ〜!)
 そんなことを知らないこなみは「透子さんは大人だから、タカシ君を傷つけないように上手に断ってくれるよね」と思っていた。確かに大人は大人だが、大人がみんな子供より経験豊富で恋愛上手だとは限らない。


 一方、ゆかりと巳弥。
「巳弥ちゃん、どうして魔法を使えなくなっちゃったのかな? 心当たりはないの?」
 先程から全員で話し合って、結局何も答えが出なかった話題を、ゆかりは巳弥と2人きりになったタイミングを見計らって再度口にした。みんながいると答えられない、何か特別な原因でもあるのかと思ったのだ。
「原因・・・・」
「そう。例えば魔法の麦藁帽子を直射日光に当てたまま放置しちゃったとか、顔を洗おうとして水に漬けちゃったとか、トイレに落としちゃったとか、像に踏まれちゃったとか、別のおニューの帽子を買って、麦藁帽子の機嫌を損ねちゃったとか」
「そういうのは、ないよ」
「・・・・真面目に答えられても困るんだけど。魔力がないってことはないよね、てことは後は巳弥ちゃんの心?」
「私の・・・・心?」
 巳弥は自分の胸に手を当てた。
「魔法を使うには、精神力が必要ってミズタマも言ってたでしょ。巳弥ちゃんの心のどこかに、魔法を使いたくないっていう気持ちがあるのかなって」
「魔法を・・・・」
 心当たりは、ある。
 魔法を良くないことに使ってしまったあの時。
 自分のことを「魔法少女、失格だ」と思ったあの日。
 それ以来、自分は魔法を使えなくなったのではないか。いや、使えないのではなく、使おうとしない自分がいるのではないか。
「巳弥ちゃん?」
「ごめんね、ゆかりん。迷惑かけて」
「え? ううん、いいよ」
「私が魔法を使えたら、事件を解決出来たかもしれないのに。そしたら、ゆかりん達に手間を掛けさせることもなかったのに」
「ゆかりはその方がいいんだよ。だって、また学校に行けるんだから」
「・・・・ありがとう、ゆかりん」
「それより巳弥ちゃん」
 ゆかりは巳弥の手をとって、ギュっと握った。
「悩みとかあったら、話してね。ゆかり、大した力にはなれないと思うけど・・・・ほら、誰かに話しただけでも楽になることってあるじゃない? ゆかりが駄目でも、透子も、こなみちゃんもいるから」
「うん」
 今までは辛くても悲しくても、誰にも言えずに自分の中で解決するしかなかった。解決出来なくても、無理矢理に押し殺すしかなかった。だが、今は仲間がいる。友達がいる。まだ少し戸惑いがあるが、祖父もいる。
(良かった。私、ゆかりん達に出会えて、本当に良かった)


「ゆかり、朝から何だか機嫌がいいな」
 次の朝、姫宮家の食卓。朝食をとりながら朝の情報番組を見ていたゆかりは、父・岩之助に不思議そうな顔をされてしまった。どうやら知らない内に鼻歌を歌っていたようだ。朝に弱いゆかりが上機嫌なので、父としては「何かあったのか」と心配してしまう。
「え? なに、お父さん」
「朝から機嫌がいいな、と言ったんだ。今日からアルバイトが朝からになったと言うから、お前のことだ、父さんが必死になって起こさないと起きないと思っていたんだ。それが1人で起きてくる、朝食の用意は手伝う・・・・何かあったのか?」
「やだなぁお父さん、そんなのいつも通りじゃない!」
(違う、それは絶対に違う!)
 岩之助は心の中で突っ込みながら、口には出さなかった。何にしろ娘の機嫌がいいというのは、良いことだ。朝から低血圧で目が半開きの顔をされるより、よほどいい。
 テレビの情報番組では、奇妙な話題が取り上げられていた。
「ロボット?」
 夜中に公園を歩いていたカップルが、3mほどの巨大な影を見たというニュースだった。それは高さ3mほどで、暗くてよく見えなかったが、人間ではなく金属的な見かけだったという。2つの目が光り、カップルは驚いて公園から逃げ出したというのだが、その正体は依然掴めていない。
「え、公園って・・・・」
 その目撃証言のあった公園は、姫宮家から歩いて数分の場所にある、ゆかりがよく通る公園だった。
「行ってきま〜す!」
 中学生のゆかりはお化粧の必要があまりなく、手間が掛からない。適当に薄くファンデーションとリップで整え、バイトに行くフリをしてゆかりは学校に向かった。変身は通学途中で行う。また父親に秘密で学校に通うことについては、やはり後ろめたいものがあった。しかしこの前と違う所は、今回はバイトも時間帯を変えて貰って続けつつ、学生生活を送るという点だった。
 ちなみに巳弥は祖父である校長先生と一緒に暮らし始めたので、ゆかりの家からはかなり遠くなってしまった。方角も反対側なので、巳弥とは通学途中で会うことはなくなった。
「きゅ〜てぃ〜ちぇんじで、中学生になれ〜!」
 公園の人気の無い場所で変身したゆかりは、アクセントにと持って来たリボンを頭に付けた。
「えへへ、可愛い〜!」
 鞄から取り出した手鏡を覗き込み、そんなセリフを自分で言う。
 学校へ向かうため、公園を抜ける。途中で人だかりが出来ているのを見かけた。ビデオカメラやマイクを持っている人々が見える。
(あ、そう言えば・・・・ここだよね、ロボットがいたとかいないとか)
 レポーターが何やら必死にカメラに向かって喋っている。何でも、ロボットの足跡らしきものが見付かったらしい。ゆかりも興味はあったが、あまり寄り道をすると学校に遅刻してしまう。復帰1日目で遅刻をするのは格好悪いと思い、足早に卯佐美第3中学に向かった。
(空とぶ魔女、カエル怪人、変なヒーロー、ロボット。何か変だよね、最近)
「あ、透子、おはよ〜!」
 ゆかりは曲がり角で透子に出会ったので、飛び切りの挨拶をした。だが透子の反応は飛び切り陰気だった。
「あ、おはよ・・・・」
「どうしたの? お腹でも痛いの?」
「そうじゃないけど・・・・」
「分かった、寝不足だ。また夜中までゲームしてたんでしょ〜! 普段はお昼まで寝てるもんね、透子は。また学校に通うんだから、早く寝ないと駄目だよ」
「それもあるけど・・・・」
 透子が憂鬱な原因は「どうやってタカシからの交際願いを断るか」であった。昨夜はそのことで悩み、悩んでも分からないので気分転換にゲームをして、気が付けば夜中の3時になっていたので寝た。結果、方針も決らず、しかも寝不足。
「ねぇゆかり、男の子を振ったことある?」
「どうせゆかりは振られてばかりですよ! モテる透子なら何度も振った経験があるでしょうけどね」
「・・・・」
「ないの?」
 ゆかりの問いにコックリ頷く透子。
「え〜、でも学生の時とか、透子に告白した男子って何人か耳にしたよ?」
「断ってない・・・・の」
「え、みんなと付き合ったの?」
「自然消滅を待ってたっていうか・・・・断ったら悪いし・・・・答えを引き伸ばしてる内に相手の気が変わったり、勝手に諦めたり、卒業したりで・・・・」
「はぁ」
 だから透子の評判は良くなかったのかとゆかりは思ったが、本人に告げるのはやめた。
「で、それがどうしたの?」
「実はね・・・・」
 タカシのことはゆかりに話していなかったので、透子はいきさつを説明した。タカシに告白されたこと、それをこなみが見てしまったこと、きちんと断るように、こなみに約束したこと。
「そっか、タカシ君ついに告白したんだ」
「ついにって・・・・予想してたの?」
「ゆかりだけじゃないよ。こなみちゃんもね」
「・・・・ひょっとしてあたし、鈍い?」
「かなりね」
 普段の透子は結構鋭い所があるのに、こういう話になるとどうにもキレが悪くなる。
「そっかぁ、断り方ねぇ・・・・どんな断り方でも、相手を傷付けない方法はないと思うよ」
「何とか穏便かつ平和的に解決する方法はないのかなぁ」
「ない、ない。でも心配ないよ、タカシ君は結構大人だし、分かってくれるよ」
「そうかなぁ・・・・」
 それでも憂鬱な透子の表情を見て、ゆかりは透子の腕に手を回した。
「透子、優しいね。タカシ君を傷付けたくないんだよね」
「・・・・ねぇゆかり、正体をばらしちゃうってのはどうかな」
「え?」
「とこたんは、本当は実在しないんだよって言うの。そしたら、きっと諦め易いと思うんだ。こなみちゃんにだって、あたしたちの正体は打ち明けてるわけだし。タカシ君にも知っておいて貰う方がいいよ、きっと」
「う〜ん、今まで嘘をついてたって分かれば、それこそ傷付くんじゃないの?」
「これ以上嘘を上塗りするのも良くないと思うし・・・・」
 確かにそれが手っ取り早いとゆかりも思う。自分が恋した藤堂院透子が実は存在していないのだと分かれば、キッパリ諦められるのではないか。相手がいないのだから、未練の残りようがない。
「その辺りは透子の判断に任せるよ」
 タカシなら、自分たちの秘密を他人に言いふらすようなことはしないだろう。ゆかりはそう思った。


9th Dream へ続く


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