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タイトル


 7th Dream 「It’s my style」


「莉夜ちゃん、ね・・・・」
 鵜川は理子が聞いたように、あずみから莉夜の特徴などを聞いていた。莉夜という子がこの子の友達だと言うことは分かった。この辺りはあまり犯罪などは起こらないが、子供が1人でうろついていると事件に巻き込まれる恐れがある。
「では、君の名前と住所と電話番号をここに書いて」
「・・・・」
 あずみは鵜川に紙とボールペンを渡された。名前の欄に「あずみ」と書こうとしたが、「姓」と「名」に欄が分かれていた。
(これって、理子さんが言ってた・・・・)
 あずみは少し考えて、姓に「あず」名に「み」と書いた。
「変わった名前だね」
「いえ、そんな・・・・」
「なぜ、はにかむ?」
 住所には「双蛇郡慈雲村二之五」と書く。鵜川が聞いたことのない土地だ。
「どこなの、それ?」
「住所って、お家のある場所の地名ですよね」
「そうだよ」
「なら、これで合ってます」
「何県?」
「なにけん? えっと、大気圏?」
「範囲が広すぎる!」
(ひょっとしてこの子、僕をからかいに来たのか?)
 鵜川はあずみに疑いの眼差しを向けた。
(自分が暇だから、見るからに暇そうな冴えない警官をからかいに来たってわけか? 見たところ中学生のようだけど、警察を馬鹿にするとは度胸のある子だな。さては悪戯に本気になって対応する僕を馬鹿にして喜んでいるのか?)
「馬鹿にするな、僕は警察官だぞ!」
「えっ?」
 あずみはなぜ怒られたのか分からない。
「どうして急に怒ったのですか?」
「どうしてって、君・・・・」
「私、何か悪いことしましたか・・・・? あの、ごめんなさい」
「え? い、いや・・・・いててっ」
 怒った時に、鵜川の唇の端が切れた。せっかく固まっていたというのに、大きく口を開けたことによってまた傷口が開いて血が出て来たのだった。
「あ、大変」
 そう言うと、あずみは机の上に身を乗り出し、鵜川に顔を近付けた。そして・・・・。
「!?」
 鵜川は一瞬、何が起こったのか理解できなかった。鵜川の唇の端に出来た傷口に、あずみの唇が触れたのだ。そして、柔らかく生暖かい感触。
「なっ、なっ、なっ・・・・」
 鵜川は驚いて立ち上がり、椅子を倒して飛び退いた。
「あの、りよちゃんが、傷は舐めたら早く治るって・・・・」
「きっ、君、何てこと、いきなり、何するんらっ!」
 舌が回っていない。
「あの・・・・ご迷惑でしたか?」
 声のトーンが落ち、悲しげな表情になるあずみを見て、鵜川は慌てて「い、いや、そういうことじゃないんだ」と首を振った。
「はっ」
 あずみの後ろ、派出所の入り口に先ほどの娘、理子がボーゼンと立っていた。
「・・・・」
「き、君、今のは・・・・」
「きゃあああああああああああああああああああっ!」
 鵜川が思わず耳を塞ぐほどの大声が響き渡った。
「な、なんてことするんですかぁぁぁ!」
「お、落ち着け、君!」
「あずみちゃんに変なことさせた〜!」
「今の状況を見てなかったのか!? その子がいきなり・・・・」
「きっとピストルとかで脅して、無理矢理させたんでしょ、変態警官!」
「へ、変態警官とは、し、失礼じゃないか!?」
 あずみはキョトンとした顔で2人のやり取りを見ていた。そんなあずみの腕を、理子が掴んで引っ張る。
「行こ、あずみちゃん! こんな所にいたら、何されるか分からないわ!」
「え、でも・・・・」
「お友達は私が一緒に捜してあげるから!」
 理子に引っ張られ、派出所の外へ引きずり出されたあずみは、危く足元の段差につまずきそうになった。
「まって、君!」
 鵜川は慌てて2人の後を追おうとしたのだが・・・・。
「いてっ!」
 机の足で、向こう脛をしこたま打ちつけた。声に出ないうめき声をあげ、その場にうずくまる。理子とあずみの姿が遠ざかって行った。
「ご、誤解だ、誤解なんだ・・・・」
 電話が鳴った。
 鵜川は足を引きずりながら受話器を取った。電話の相手は卯佐美署の先輩だった。
「鵜川、お前、バアさんをタクシーに乗せたか?」
「え? ええ、家まで送るようにと」
「請求が来ている。俺は額を見て目玉が飛び出たので、お前は聞いて鼓膜を飛び出させろ。俺だけでは不公平だ」
「金額って・・・・」
「そのバアさんの家は秋田県でな。あの日は上京した孫の家に遊びに来ていたそうだ。家までタクシーに乗っていいからとお前が言ったので、遠慮なく家まで送って貰ったそうだ。鵜川、人がいいのも限度があるぞ」


「はぁ、はぁ、ここまで来れば、大丈夫・・・・」
 秋本理容の2階が、秋本家の住む住居になっている。その一角に理子の部屋はあった。理子はあずみを連れて猛ダッシュしたために息が切れてベッドに倒れ込んだが、あずみはケロっとしていた。
「あ、あずみちゃん、体力あるんだね・・・・」
 あずみは苦しそうな理子の背中を擦った。そんなあずみを、理子が抱きしめる。
「理子さん?」
「ごめんね、あずみちゃん! 私が交番に連れて行ったばっかりに、あんな変態警官にやらしいことさせられて、怖かったよね、気持ち悪かったよね、ごめんね! あんな奴、訴えて警官なんか辞めさせてやるんだから!」
「あの人、悪い人じゃないですよ」
「あぁ、何ていい子なの! 何て慈悲深いの!」
 あずみは意味が分からないまま、理子に抱きしめられたまま頭を撫でられ(というかグリグリされ)た。
「あずみちゃん、お家はどこ?」
「え、えっと・・・・」
 先程の警官の反応から、あずみは「この世界の人に自分の家の住所を書いても分からないのではないか」と思い、さてどう言おうかと考え込んだ。そんな答え辛そうにしているあずみを見て、理子は彼女の手を握って、微笑んだ。
「答えたくなければいいのよ、今日はここに泊まっていって、ね?」
(この子、家出少女なんだわ。きっと事情があって、りよちゃんって子を見付けないと家に帰れないのかもしれないわね。私はこの子に冷たくした償いをしないと。絶対にりよちゃんを探し出してあげるわ!)
 熱く決心する理子であった。


 その少女は恐る恐る窓から外を見て、辺りがすっかり薄暗くなっていることを確認して胸を撫で下ろした。
(やっと暗くなってきたよ)
 その少女・莉夜は、トゥラビアからの追っ手から逃げる途中で、魔法の箒に同乗していたあずみを落としてしまった。そのあずみを捜している内に夜が明けてしまい、日の光に弱い肌を魔女のマントで庇いながら、何とかこの小さな建物に身を隠すことができた。予めカメレオンスーツを用意していなかったので、日が暮れるのを待っていたという訳だ。
(怖い世界だなぁ。芽瑠ちゃん達、よくこんな所で生活してたよねぇ)
 莉夜は魔女風の帽子を被って箒を持ち、立ち上がった。避難したものの、この建物はかなり古く埃と土臭かった。一刻も早くここから出たい。
 きゅうう。
 莉夜のお腹が鳴った。昨夜から何も食べていないのだから、当然空腹である。何か食べようにも、この世界の通貨を持っていない。
(一度、家に帰ろうかな・・・・ううん、あずみちゃんを放って帰れないし、それに・・・・)
 この世界には、家族に内緒で来ていた。しかも、研究所にある時空ゲートを勝手に使って。夜中の2、3時間ならばれないだろうと思っていたのだが、丸一日帰っておらず、今日は学校を休んでしまった。朝には開きっぱなしになっている時空ゲートが見付かって、その場にいない莉夜が無断で使ったのだと簡単に推理出来てしまう。
(その上、あずみちゃんとはぐれたなんて言ったら、どれだけ怒られるんだろ? ううん、怒られるだけじゃ済まないよね、良くて退学? ひょっとして、死刑?)
 莉夜が物騒な想像に震え上がっていると、窓の外から話し声が聞こえてきた。
「あたしたちさぁ、これからカラオケ行くんだけど」
「ちょびっと、財布が淋しいんだよねぇ」
「みここちゃん、ちょっとだけ貸してくれないかなぁ」
「え、あ、あの・・・・」
 3人の女生徒に囲まれたみここは、蚊の羽ばたきのような声しか出せなかった。
 お金を貸しても返すつもりのないことは分かっている。「金を貸してくれ」ということは「金をくれ」ということだ。しかも、この3人は2日前にもみここから3千円を「借りて」いる。
「1人千円でいいからさ」
 3人組で1人千円。今日も3千円を「借りる」気だ。
「ふにゅ、も、持ってません・・・・」
「あぁ、聞こえネェな」
「持ってません!」
「嘘は駄目だよ、みここちゃん」
 女生徒の1人が、みここの肩に腕を回して耳元で囁いた。
「財布、見せてよ」
「・・・・」
「み・せ・て」
 熱い吐息がみここの耳に当たる。
「ふにゅ・・・・」
 みここはおずおずとスカートのポケットから赤い財布を取り出した。その財布を、もう1人の女生徒が取り上げる。
「さっさと出せよな」
 飢えた獣のように、ホックを外すことさえ煩わしいとでも言うように財布を探った女生徒だったが、みここの言うようにお金は1500円余りしか入っていなかった。
「おいおい、冗談かよ」
「これじゃカラオケ、1人しか行けないよ」
「まだどこかに隠してるんだろう?」
 みここの肩に手を回したままの女生徒が、耳元で更に囁く。
「眼鏡を買い替えるくらいだから、お金は持ってるよね」
「ふにぃ・・・・」
 耳に息を吹きかけられ、みここは思わず声を上げた。
「耳が弱いのかな? 真っ赤だよ。おいしそう・・・・」
「ふにゅ、や、やめてくださいぃぃ」
 そんなみここの振るえる声が、ますます加虐心を誘う。
「まだ隠してるんだろう、お金」
「い、いえ、本当に、それだけです・・・・」
 2日前、みここはこのグループに殴られ、その拍子に眼鏡を落とし、フレームが折れてしまった。その買い替えに費用がかかったため、今の持ち合わせは本当に1500円しかなかったのだ。決してお金に余裕があるから眼鏡を替えたわけではない。
「どこに隠してるのかなぁ」
 女生徒の手が、みここのスカートのポケットに伸びる。その手が存在しない「もう1つの財布」を求めて、ポケットの中をまさぐる。
「や、やめて、本当に、ないんですぅ・・・・」
「それじゃ、ここかしら。膨らんでるから、何か入ってそうね」
「きゃっ」
 みここの胸に女生徒の手があてがわれた。
「財布の1つでも隠せそうなんだけどな」
「い、や・・・・」
 もう1人の女生徒が、その胸をパンパンと叩いた。
「でかい胸しやがって。これでマー君をたぶらかしたんだろう!」
「いた、痛いよぅ」
 ・・・・みここのアニメ声を聞いていると、何だか18禁アニメの1場面を書いている気分になってきた。
 ちなみに「マー君」とは、女生徒全般に人気のある2年生の男子生徒である。なぜそのマー君(無論、本名ではない。本名は勝田雅宏と言う)をみここが「たぶらかした」のかと言えば・・・・。
「面倒だから、脱がしちまおうか」
「素っ裸にすれば隠してる物も見付かるな」
「ええっ・・・・」
 ちょっとドキドキなシーンになってきたので、マー君の話は後回しだ。
「待ちなさいあなたたち!」
 みここの胸のスカーフが解かれようとした時、真っ黒な魔女の格好をした女の子が現れた。言うまでも無く、莉夜である。巨乳眼鏡っ娘が裸に剥かれるというエロシーンを未然に防いだ莉夜に感謝すべきか、恨むべきか。
「何だ、お前?」
 莉夜のスタイルはまさしく「何だ、お前」と表現するに相応しいものだった。「魔女の格好で、箒にまたがって空を飛ぶ!」という夢を叶えた、そのままの姿だったため、鍔広で上が尖った魔女の帽子、背中にはマント、そして「こっちの方が可愛い」と莉夜がアレンジした、黒のミニのワンピース。コスプレ会場なら違和感はないが、ここは中学校の部室の裏である。ちなみに莉夜が今日1日身を隠していた建物は、現在使われていない旧体育用具室だった。使われていないので、施錠もされていなかった。
「いじめでしょ、それ! いじめはとってもいけないことなんだぞっ!」
「・・・・」
 あっけにとられる苛めっ子3人組。いかにも怪しい莉夜の格好に「関わらない方がいい」という危険回避本能が働いた。
「苛めっ子は、死刑だぞ!」
 女生徒3人組は、怪しい出で立ちに竹箒を構えた莉夜を見て「死刑」も冗談では済まない気がしてきた。
「おい、行こうぜ」
「変な奴には変な友達がいるんだな・・・・」
 その3人組は、みここのように反撃しない子に対しては強く出ることが出来るのだが、得体の知れない人物とやりあう勇気はないらしい。そそくさとその場を去って行った。もともと本気でお金を巻き上げようとしているのではなく、単なる暇つぶしの要素が大きかったようだ。
「だいじょうぶ〜?」
 座り込んでいたみここの顔を、しゃがんで覗き込む莉夜。
「あ、ありがとう・・・・」
 みここも助けて貰ったものの、突然現れた莉夜に不信感を隠せない。昔から知っていたクラスメイトでさえ、あるきっかけから自分を苛めるようになるのだから、突然現れた怪しげな格好の莉夜に気を許すなんてことが出来るはずもなかった。ないはずだった。 「えっと、胸、大丈夫? 叩かれてたみたいだけど」
「う、うん」
 両手で押さえられたみここの胸を、莉夜はマジマジと見つめた。
(大きい・・・・いいなぁ。この子、あたしと同じくらいの歳なのに、どうしてこんなに違うんだろ)
 莉夜の胸は、クラスメイトで友達の男子・櫂(カイ)から「直滑降」と言われるほどのつるぺたである。本人もずっと気にしているが、大人になったらそのうち大きくなるだろうと楽観していた。
 みここは胸をジロジロ見られて、両腕で隠してしまった。
「あ、ごめんね、羨ましいな〜と思って」
「・・・・」
 実はみここも「胸が大きい」というのがコンプレックスで、小さい頃からよく男子にからかわれていた。体育の時間などは、特にだ。中学になるとさすがに男子も恥ずかしくなってからかったりはしなくなったのだが、それでも好奇の目で見られることが多い。みここの大嫌いな授業は水泳だった。この所、少し視線恐怖症ぎみな自分が嫌になることがある。
「あの、助けてくれて、ありがとう」
 妙な子だが助けてくれたお礼を言わなければと思い、みここは莉夜に頭を下げた。
「わ、可愛い声だね! 地声?」
「う、うん・・・・」
「いいなぁ、あたし、声が低いからなぁ」
「そ、そんなこと、ないよ」
「地声は低いの。可愛く聞こえるように、ちょっと高めに意識して喋ってるんだよ」
「そ、そうなんだ」
「大きな眼鏡だね、あたし目がいいから、眼鏡って憧れるなぁ。何かさ、ちょっと格好よくない? 頭いいみたいで」
「・・・・」
 みここにとって、莉夜はおかしな子だった。
 今まで総じてからかわれてきた部分、大きな胸も、変な声も、大きな眼鏡も、莉夜は「羨ましい、可愛い」と言う。莉夜の純粋な目を見ていると、からかっているようには見えなかった。みここもそんな莉夜に対して興味を持ったので、話し掛けてみた。
「ねぇ、それって何かのコスプレ?」
「え、こすぷれ・・・・?」
 イニシエートにはない単語だったが、そう言えば芽瑠のお姉さんの魅瑠がそういう言葉を使っていたような覚えがあった。
「知らないの? コスチューム・プレイって言ってね、アニメやゲームのキャラクターと同じ格好をするんだよ」
「ふ〜ん。これは『魔女』の格好なんだけど、これもコスプレって言うの?」
「魔女かぁ。可愛い魔女だね」
「えへへ、ありがとう。一生懸命作ったんだよ」
「手作りなんだぁ。よく出来てるね」
「うん、でも1人じゃなくて、あずみちゃんも手伝ってくれて・・・・」
 莉夜は自分がしなければいけないことを思い出した。
(そうだ、早くあずみちゃんを捜さなきゃ!)
「ごめん、あたし、用があったんだ! ごめんね、みここちゃん。あたし行かなきゃ!」
「ううん、助けてくれてありがとう。えっと・・・・」
「あたしは莉夜。またね!」
 慌てて駆けて行く莉夜を見て、みここは「あんな格好で町に行くのかな」と心配になった。そして、知らない他人に対して自ら進んで会話が出来たことに、少し驚いたみここだった。


8th Dream へ続く


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