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タイトル


 3rd Dream 「WE CAN FLY」


 真っ暗な夜。曇天で、星や月さえも見えない。
「あ〜あ、夜の街並みも綺麗だけど、やっぱり色とりどりの景色を見たいなぁ」
 莉夜はいつもの廃ビルの屋上で、不満をあずみに対して漏らしていた。
「あたしね、広〜い海って所の上を思いっきりスピード出して飛んでみたいの!」
「りよちゃん、無理言わないで・・・・」
 すっかり不満の聞き手に回っているあずみが、なだめるように言う。
「せっかく空を飛べるようになったのに〜」
 莉夜は箒にまたがって、宙に浮いてみた。もうすっかりバランスを取る事にも慣れ、フラフラすることはなかった。
「でもこの箒、お股が痛いんだよねぇ」
「だったら、クッションとかひいたら」
「駄目よ! そんな美しくないこと。魔女はね、この格好でないといけないの!」
「そうなんだ・・・・」
 魔女の定義は良く分からないが、あずみは莉夜の主張に頷いておくことにした。莉夜の機嫌を損ねた時には、あまりいい思い出がない。
「あずみちゃんも、乗ってみる?」
「え、だって、1人乗り・・・・」
「こんなに長いんだから、乗れるわよ! もう慣れたし、あずみちゃんを乗せて飛べると思う。ね、飛んでみたくない?」
「サブロウさんみたいに飛行機能を付けて貰えれば、私も飛べます」
「あずみちゃんはサブロウ君とは違うの」
「でも、莉夜ちゃんが作ってくれた、同じアンドロイド」
「あなたは私の友達。サブロウ君やコーヘイ君はロボットなの」
「・・・・ふぅん」
 頭を傾げながら相槌を打つあずみ。
「で、どうするの? 乗るの? 乗らないの?」
「でも、危なくないの?」
「あたしを信じなさい!」
 莉夜に促され、あずみは莉夜の肩を持ち、箒にまたがった。ミニスカートだったので、女の子としてはかなりはしたない格好になってしまう。
「こうですか?」
「うん、しっかり捕まっててね、落ちちゃうから。ちょっと浮いてみるよ」
「わわ」
 足がコンクリートから離れる。あずみは初めて感じる浮遊感に戸惑った。
「あわわ」
「大丈夫、あずみちゃんのバランサーは完璧なはずだから!」
(・・・・多分ね)
「は、はい」
 箒がピタリと空中で静止した。2人乗り、成功。
「どう? あずみちゃん、魔法の箒に乗った感想は?」
「ちょっと痛いけど、ちょっと気持ちいいです」
「・・・・そ、そう」
 莉夜はどこがどう気持ちいいのか、あえて聞かないことにした。
「それじゃ、しっかり捕まっててね、飛ぶよ!」
「きゃ・・・・」
 急に体が数メートル浮かんだかと思うと、前方に凄い勢いで飛び出した。あずみは後ろに飛ばされそうになる体を、必死で莉夜にしがみ付いて堪えた。
「り、りよちゃん、もっとゆっくりぃ! 激しすぎるよぅ〜!」
 こうして、誰かと一緒に空を飛ぶのが夢だった。
 その相手が、好きな人ならもっと良かったのに、と莉夜は思った。
「ううん、あたし、あずみちゃんのこと好きだもん!」
 2人を乗せた箒は、夜の海へと方向転換して飛び続けた。
「いたぞ!」
 どこからか、声がした。
(見付かった?)
 莉夜は、地上の人には絶対に見付からないように真夜中を選んでフライトをしていた。だが、こんな時間でも起きている人だっている。暗いから分からないだろうと高を括っていたのだが、遂に見付かってしまったのか。
(逃げるしかない!)
 莉夜は更に速度を上げ、箒を飛ばした。
「りよちゃん、あずみ落ちちゃうよ!」
「我慢して!」
 顔に風が当たり、息ができない。
「待て〜!」
 だが、少しおかしい。その声は地上ではなく、上空から聞こえているのだ。莉夜は声の聞こえる方向を見た。
「待て〜!」
 箒ではないが、いくつかの影が自分と同じように空を飛んできた。
「魔法具を返せ!」
 飛んできたのは、身長1メートルほどのウサギだった。その数、5匹。
「わ、トゥラビアの人だ!」
 莉夜はUターンし、箒の速度を上げた。
 この魔法の箒は、トゥラビアと呼ばれるウサギの国の魔法具の1つである。トゥラビアが取り返しに来たのだ。
「待て〜!」
「あ〜ん、もう、追って来ないで!」
「り、りよちゃん、そんなに早くしないで、あずみ飛んじゃう!」
「我慢して、あずみちゃん! しっかり掴まってて!」
「も、もう、だめぇ〜!」
「きゃ・・・・」
 突然前方から1匹のウサギが現れ、莉夜は急ブレーキをかけて舵を切った。
「ひゃ・・・・」
「あ、あずみちゃ・・・・」
 自分の腰に回されていた腕が離れ、箒が軽くなった。
 はるか下方には、落下していくあずみの姿が小さく見え、そして消えた。
「あずみちゃ〜ん!」
 ウサギ達が莉夜の周囲を取り囲んだ。


 9月2日。卯佐美第三中学校は2学期の始業式も終え、今日から本格的な授業へと入っていく。朝のHRでは、夏休みの宿題を提出し忘れた生徒が「明日、必ず持って来るように」と念を押されていた。
 空いた机が1つ。夏休み前まで通っていた、姫宮ゆかりの席だった。
「え〜っと、みんなにお知らせがある。急な話だが・・・・」
 壇上に上がった担任教師・露里(つゆさと)の口から、姫宮ゆかりがまた転校したという報せがもたらされた。教室に「え〜」という声が響く。この中で、ゆかりが学校を辞めたことを知っているのは出雲巳弥と芳井こなみだけだった。他の生徒はいきなりその報せを聞かされ、動揺を隠せなかった。短い間とはいえ、ゆかりは結構人気者だったようだ。
「静かに。それでは授業に入るぞ」
 露里の担当である、数学の授業が始まった。

「ねぇねぇ、昨日見た? テニスの玉子様!」
「見た見た。凄い試合だったねぇ、レギュラー決定戦!」
「ピーチキャッスル先輩のダンクスマッシュが頭に当たって、殻にヒビが入った時はどうなるかと思っちゃった!」
「でもその後、マサノリ・セラサーブで逆転したのよね!」
「あぁ、試合中にヒビの入った所から白身が出かかってるんだもん、あたしドキドキしちゃった!」
 1時間目終了後、そんな人気アニメの話題で盛り上がっているクラスメイトを眺めていた芳井こなみは、生田タカシに声を掛けられた。
「芳井」
「タカシ君、なに?」
「知ってたのか、ゆかりんが転校すること」
「う、うん」
「そうか。だから驚いてなかったんだな」
 こなみには、タカシの表情が淋しそうに見えた。確かに、タカシの女子の友達と言えばゆかりんとこなみだけのようだ。
(それと・・・・透子さん)
 こなみは、タカシが透子(中学生の)に告白した所を目撃してしまった。透子はきちんと断ると言ってくれたのだが、結局、透子も学校を辞めてしまったため、その返事は出来ないままになっている。
(あ、タカシ君、透子さんも一緒にいなくなった事、知らないのかな)
 言うべきか、言わざるべきか。言えばタカシはショックを受けるだろう。
 だが今こなみが告げずとも、いずれ分かってしまうことだ。
「あのね、タカシ君、透子さん・・・・とこたんのことだけど」
「え? な、何?」
 とこたんの名前を聞き、ドギマギするタカシだった。そんな少し赤らいだタカシの表情を見て、こなみは「とこたんもいなくなった」とは言い出せなくなってしまった。
「ううん、何でも・・・・ない」
「何だよ、気になるな。ひょっとして、俺に、何か伝言がある・・・・とか?」
「えっ」
 透子はタカシの告白に対して「少し考えさせて」と言った。透子がこなみに、告白の返事を言付けたのではないか、とタカシは思ったのだろう。
「ち、違うの、そういうことじゃなくて」
「・・・・なぁ、俺に同情とかいらないから、はっきり言ってくれよ」
 少しうつむき加減になるタカシ。彼自身、どんな答えが返ってきても良いという覚悟は出来ているのだろうか。
 その時、チャイムが鳴った。
「あ、ほら、授業始まっちゃうよ」
 こなみはチャイムに助けられ、その場をしのぐことが出来た。
 本当にその場しのぎに過ぎないことは、こなみも分かっていた。だが、自分の言葉でタカシを悲しませたくなかった。
 透子がいなくなったことは、こなみにとって喜ばしいことのはずだ。これで、こなみにもチャンスが巡っているかもしれないのだから。
 だがこなみはタカシのことを思うと、素直に喜べなかった。


 それは、2時間目が始まる時に起こった。
 隣の教室から騒がしい声が聞こえてきた。何やら騒ぎが起こっているようだ。
「何だ?」
 2時間目の国語の教師が「様子を見てくる」と隣の教室に向かうと、生徒もその後について廊下に出た。廊下には、他の教室から次々と生徒が出てくる。
「こらお前ら、教室に戻れ!」
 ある教師の一括で生徒は重い脚取りでそれぞれの教室に戻る。
「何かあったんですか?」
「ええ、それが・・・・」
 その騒がしい教室にいた教師は、女性体育教師の立石だった。体育の授業なので、開始のチャイムは鳴っているから、本来は生徒も教師も運動場か体育館にいるはずである。
「何を騒いでいるんですか?」
 露里も授業を中断してやって来た。実は露里先生は立石先生と付き合っているのだが、それは今のところ学校には内緒にしている。だからこうして話す時でも、敬語になっていた。
「それが、生徒の体操服が全部消えてしまったらしいんです」
「そ、それはまさか、変質者の仕業なのでは!?」
「私もそう考えたのですが・・・・確かに1時間目は化学で、教室移動があってここは誰もいませんでしたが・・・・全員の体操服がなくなっているんですよ、男子生徒の分も。おかしいと思いませんか?」
「おかしいと言うとそれはつまり、変質者は男で、男なら女子の体操服しか盗まないから、全員の分がなくなったのはおかしいということですか?」
「え、ええ・・・・」
「それは偏見です、立石先生。女性の変質者もいますし、男子生徒の衣類を盗む男だっています。男子の服だって、売れるらしいですよ」
「せ、先生にそんな趣味が!?」
「私が、じゃありません! 決め付けてはいけないと言っているんです。この場合、犯人は男女どちらとも考えられます。もしくは、男女ペア」
「変質者のアベックですか?」
 それ以前に、怪しい部外者などは校舎に入れないようになっているはずである。昨今の犯罪事情から、ほとんどの学校は外部の人間が簡単に学校内に入れないようなシステムになっており、この卯佐美第3中学も外部からの侵入に対して厳しくなっていた。始業のチャイムが鳴ると入り口は全て閉まってしまうのだ。
 こうしていても仕方ない、と立石は授業を自習にして教頭先生に事情を説明することにした。集まっていた教師もそれぞれの教室に戻って行く。自習になったクラスの生徒は大喜びであった。
 そんな中、自分の作戦が上手くいったことに内心大喜びをしている生徒がいた。
(よし、これで今日の体育は中止だ)
 体育の授業がつぶれたことは、体育が苦手なその生徒の思惑通りだった。


 次の事件は5時間目に起こった。
「きゃあああああっ!」
 大音響が音楽室に鳴り響いた。
 防音設備を施している音楽室だったので、離れた教室まではその声が届くことはなかったが、音楽室の中はパニックに陥っていた。
「いやぁ、いやぁ〜!」
 パニックになっているのは女子生徒のみで、男子生徒はそんな女子を見て「おお〜っ!」と歓声を上げていた。
 その事件は、男女に分かれて色々な音域を発声してみよう、という授業の中で起こった。男子が済み、女子が教壇の前に並んで音楽の先生がピアノを弾こうとしたその瞬間だった。
「きゃあああっ!」
「いや〜っ!」
 女子生徒全員のスカートが、一斉にストンと落ちてしまったのだ。夏場なので、比較的軽装な女子が多かった為、下着姿を男子生徒の前で疲労した者も少なくなかった。
 突然ホックが飛んでスカートが落ち、慌てて引き上げようとして転んでしまった女子もいて、男子生徒の興味の的兼笑いものになってしまった。
 男子生徒は大喜びし、女子生徒の中には泣き出す者もいて、音楽室は一時、収拾がつかなくなった。
 そんな事件が他のクラスの生徒の耳に入るまで、そう長い時間は必要なかった。
「ねぇ、出雲さん」
 HRも終わり、下校時間になった時を見計らって、芳井こなみは出雲巳弥にそっと声を掛けた。
「あの事件、どう思う?」
 あの事件、と言えば隣のクラスのことだ。体操服がなくなったのも、スカートが落ちたのも同じクラスだった。
「どうって、まさか・・・・」
「だって、おかしいでしょ? 体操服は変質者の仕業だとしても、女子全員のスカートが一斉に落ちるなんて有り得ないわ。まるで、魔法か何かを使ったみたい」
「私じゃないよ」
「誰も出雲さんの仕業だって言ってないでしょ! 他の誰かが魔法を使ったんだわ」
「でも、魔法使いなんてそうそういるものじゃないわ」
「魔女っ娘当人が何を言うか。出雲さんがお母さんの形見として持っていたなら、他にも持っている人がいてもおかしくないでしょ」
「まぁ・・・・それはそうだけど」
 確かに、巳弥としても魔法の仕業としか考えられないと思っていた。しかし魔法だとすると、使い道が間違っていると巳弥は思う。
(私だって魔法で犯罪に手を貸しちゃったんだから、偉そうなこと言えないけど)
 昨日からみここは巳弥と目を合わせようとしない。もともと目を合わせる事は少なかったが、あからさまに避けているようだった。
(あのグループに虐められてるのかなぁ、山城さん)
 例のみここに万引きをさせた女子グループは、事件があったクラスの生徒だ。普段は大人しい方で、成績も悪くはない。巳弥は彼女たちがあんな化粧をしたり派手な服装をしたりしているとは、思ってもみなかった。
(今日の2つの事件が魔法の仕業だとして・・・・私は何をすればいいんだろう)
 クラブに属していない巳弥は、鞄を持って立ち上がった。
(ゆかりんに相談してみようかな)


 相楽豊はケーキ屋の前を右に左に、行ったり来たりしていた。
(まずいな〜、これじゃ中に入れない)
 仕事の帰り道、いつものようにゆかりに会うため「メロウ・プリティ」に足を運んだユタカだったが、店内に透子の姿を発見し、危ういところで自動ドアの感応範囲に足を踏み入れずに済んだ。
 かつて透子と付き合うからとゆかりを振ったユタカは、色々あってゆかりと縁を戻そうとした。だが、ゆかりは人一倍浮気に嫌悪感を抱く女性で、一度裏切ったユタカをどうしても信じることが出来ないでいた。ユタカはそんなゆかりに何とか誠意を見せようと足しげくこの店を訪ねていたのだが、いまだその努力が実る形跡はない。
 そんなユタカだから、ゆかりと透子が一緒にいる空間に入ることは、かなり勇気が必要だった。
(今日はやめておくかな・・・・)
 ユタカにとって、ゆかりと透子がこうして仲良くしていることは嬉しく、そして救われることだった。自分のせいで2人が喧嘩をする、そんな事態だけは見たくなかった。自分勝手な考えだとは思うが、そんなことになったら罪の意識に苛まれることになっていただろう。
「!」
 背後に気配を感じ、ユタカは素早く振り返った。そのあまりの形相に、巳弥も驚く。 「きゃっ」
「あ、ご、ごめん」
「あの、営業中ですけど・・・・」
 巳弥はユタカが「メロウ・プリティ」が営業中かどうか、中を覗いて確かめていると思ったようだ。
「いやっ、違うんだ、用があるわけじゃないんだ」
 ささっと店の前から移動したユタカをいぶかしみながら巳弥がメロウ・プリティの店内に足を踏み入れると、透子が「いらっしゃい」と声を掛けた。
「透子さん、来てたの?」
「うん、ちょっと」
 透子の手には有名な芸能週刊誌「サムディ」があった。本日発売号で、例の空飛ぶ魔法使いの記事が載っている。
「あ、その記事・・・・」
「ちょっと気になったから。巳弥ちゃんもこの記事のことで?」
「ううん、私は・・・・あ、でもひょっとしたら関係があるかも」
 巳弥は学校で起こった事件についてゆかりと透子に説明した。1クラスまるごとの体操服が短時間の間に消えたこと、女子のスカートが一斉に落ちたこと。自分とこなみは魔法の仕業だと考えている、という意見も付け加えた。
「確かに、普通じゃ考えられない現象だよね」
 透子はチラチラとショーケースに並ぶケーキを見ながら言った。色とりどりの洋菓子が気になるのだろう。透子は、あまり知られていないが結構食いしん坊である。
「ホウキに乗った魔女の仕業なのかな?」
 いつものようにメイド風の服を着ているゆかりは、透子から受取った週刊誌を真剣に読んでいた。
「でも、巳弥ちゃんの話からすると悪戯の範囲ね」
 そう言った透子に、雑誌から顔を上げるゆかり。
「そんなことないよ、立派な犯罪じゃないの」
「辱められた女の子たちにとってはね。でも犯人はちょっとした遊び感覚だと思うわ」
「んも、透子は犯人の肩を持つわけ?」
「そんなこと言ってないよ、ただね」
「ただ?」
「マジカルアイテムって、持つ人によってはとんでもないことに使われちゃうものでしょ? あたしたちみたいな善人が使うならいいけど、子供だったらちょっとした悪戯に使ってみたくなるのは当然だと思うの」
「てことは、透子は生徒の誰かが犯人だと思ってるのね」
「まぁ、そう」
「だとしたら、本格的な犯罪に使われる前に早く犯人を見付けないと」
 ゆかりは雑誌をカウンターに置き、立ち上がった。スカートは膝上10cmで、綺麗な脚線美が常にショーケースの向こうに隠れているのはいささか勿体無い気がする。
「ちょっと、ゆかりがはりきってどうするの? それは巳弥ちゃんの仕事だよ。あたしたち、もう魔女っ娘でもうさみみ中学の生徒でもないんだよ」
「あう〜、そうだった」
 残念がるゆかりだった。
「ね、巳弥ちゃん」
 透子に話し掛けられた巳弥だったが、彼女は別の考えに浸ってしまっていて、その呼びかけには答えなかった。
(私だって、マジカルアイテムを良くないことに使っちゃった。私も、今日の事件の犯人と一緒・・・・魔法を使う資格、ないのかも)


4th Dream へ続く


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