注:この作品は作者が平成5年に作成したもので、某「〜彼女」とは無関係です。
「最終兵器涼風」
殺してしまうかもしれない。
京都府警特殊任務課技術員、高那洋(たかな ひろし)。
これが僕の肩書きと名前。府警と言っても技術員として雇われているだけで、警察手帳は持っていない。あ、ちなみに23歳。性格は・・・・そう、はっきり言って警察って柄じゃない。正義感がないという意味じゃなくて、「君子危うきに近寄らず」、要するに恐がりであり、犯人を追いつめてどうこう、なんてとんでもない。
「高那、ここを外すんだな」
「え?あ、ええ」
刑事の斉藤さんが小型ロケット砲をかかえて近寄ってきた。安全(セーフティ)ロックの外し方を聞いてきたのだ。
実は僕が今ここで働いているのは、この人がいたからである。具体的に言うと、僕と両親がある事件に巻き込まれた時、僕を助けてくれたのがこの斉藤刑事だった。両親は死んでしまったけど・・・・。その当時、僕は専門学校の生徒だった。それが技術員としてここに入るきっかけだった。
今、僕は平安神宮前、岡崎公園内の動物園前グラウンドにいる。京都会館を背にして、1つのプレハブ小屋を睨んでいる府警の刑事やら機動隊やらが50人ほど一緒である。
機械文明の発達した(しすぎた)今、犯罪も機械を使ったものが多発している。
伝書バトロボットを使った万引き、というささいなものから、そういう小型ロボを使った盗聴、脅迫。人造人間を使った殺人・・・・その他、様々なケースがある。
今、僕がここにいるのもその手の事件に関係がある。
百を越える目線の向こう、1つのプレハブ小屋に立てこもる1人の男。虹橋博士、世間ではマッドサイエンティストとして知られている犯罪者である。自ら製造したマシーンで殺害した人数は8人にも及ぶと言われる。今まで警察の手を逃れて日本全土を駆けていたのだが、家(プレハブ)に帰って来たところを囲まれてしまった、というところ。普通こんな場合、家には絶対戻らないと思うのだが、やはりマッドサイエンティスト、僕らの思いつかないことをするもんだ。家がプレハブというのも、らしいといえばらしいのだろうか?
殺してしまうかもしれない。
そう、虹橋博士が強行手段に出るのなら、こちらとしてもそれなりの行動を起こさなければならない。斉藤刑事が持っている小型ロケット砲をはじめ、様々な武器が用意されている。その中には僕が設計を携わったものもある。それがもし、人を殺すことに使われたら・・・・という考えは確かにあった。が、今は割り切っている。こういう仕事をしているからには、人を殺すこともやむを得ない。
・・・・・・・・まだ、自分の手で人を殺したことはないけど。
これから先、人を殺すこともあるだろう。しかし今、虹橋博士を攻撃することは・・・・。
博士を放っておけば、また必ず死人が増えるだろう。罪のある人も、ない人も犠牲になる。
攻撃すべきだ。
攻撃してはいけない。
2つの相反する気持ちが心の中にある。
「動きはないのか」
「はっ、全く」
特殊任務課の「ボス」と呼ばれている楠本課長が到着した。
虹橋博士を殺してはいけない。できることなら生きたまま捕まえて欲しい。
この気持ちは私的なことなのだが・・・・。
初恋の定義とは、どういうものなのだろう?
単にある女の子を、いいなぁと思えば初恋なのか。
その子の前に立つと緊張してしまって、うまく話せなくなってしまうのが初恋なのか?
告白したい、と思うのが初恋なのか?
その子のことを考えると夜も眠れなくなるのが・・・・・・・・。
とにかく、僕の初恋とおぼしきものは、中学の時にやってきたのだった。
同級生の女の子。
小さくて、僕の目から見れば可愛い子だった。その子の前ではうまく話すことができなかった。
その子は男女問わず気軽に話をしていた。だから僕とも話をしてくれたのかもしれない。と言ってもお喋りではなく、おとなしくて真面目なほうだった。
高校では同じクラスになれなかった。そのまま卒業。その後、何度か電車でその子を見かけたが、話しかけることができなかった。
今はどこかの会社でOLでもやってるのだろう。
その子の名は、虹橋涼風(にじはし すずかぜ)。
凶悪犯罪人・虹橋博士の1人娘である。
どんな親でも、親である。
涼風さん−涼風さんと呼ばせて貰おう−は、あの父親をどう思っているのだろう?死んでもいいと思っているかもしれない。しかし、たった1人の父親である。そういえば、母親はどこにいるのだろう?離婚したのかもしれない。涼風さんと一緒に住んでいるのかも。
「高那、高那」
「は、な、何ですか」
「どうしたんだ?」
「いえ、別に、何も・・・・」
考え始めると、次々と膨らんでいく。
いづれにしろ、僕1人ではこの事態をどうこうする、ということは不可能なんだ。色々と考えるのはやめよう。
双眼鏡を手にしてプレハブを見た。何の音もしない・・・・誰もいないかのように。
バキバキバキ・・・・!!
突然、プレハブの左半分が音を立てて内部から壊れ始めた。
腕が出た。
頭が出た。
上半身、脚、全身。
機動ロボットであった。胸に「3」の文字。1人乗りの虹橋博士作、破壊用ロボット。数々の事件を起こしてきた「ブレイクサンダー」の3号機であろう。
まず1号機が世に現れたのが3年前。1号機は人間サイズで、突然サッカーの試合に乱入し、当時の日本代表のエースからボールを奪おうとしてその選手を蹴り殺してしまい、警備ロボット3体によって破壊された。
2号機は約4mにスケールアップし、新幹線「みらい」と対決すると言って運行している「みらい」の前に立ちはだかり、受けとめようとするが弾き飛ばされ大破。しかし10万人の足に影響を及ぼした。
そして目の前にいるのはブレイクサンダー3号機。全長は5mはあるだろうか。今までとは違い、明らかに破壊目的で作られた機体である。背中から突き出た2本のキャノン砲は金閣寺を1発で破壊するだろう。
機動隊が動いた。ロケット砲を構える。ブレイクサンダー3号はゆっくりと前進を続けていたが、ふいに立ち止まった。
機動隊、警官が固唾を飲んで見守る。
「あー、あー」
突然、妙な声が響きわたった。
「本日は晴天なり・・・・おや、曇っておる。まぁよいわ。聞こえるかね、諸君」
聞こえるもなにも、たまらず僕は耳を塞いでいる。ブレイクサンダー3号の外部マイクの音量が大きすぎるのだ。
「完全に包囲されているぞ。降伏しろ」
機動隊も負けじと大声で叫ぶ。
「わしはこれからこの古都・京の町を破壊してやる。止められるもんなら止めてみぃ。いくぞ、ふりゃぁぁ!!」
いきなり右腕のアタッチメントからマシンガンを連射した。
「仕方ない、撃て!脚を狙うんだ、いいか!」
楠本課長が指示を出した。一斉にロケット弾がブレイクサンダー3号めがけて飛んでゆく。僕は技術員だから自ら攻撃することはない。離れた位置から双眼鏡で戦況を見つめた。
ブレイクサンダー3号のキャノン砲が火を吹いた。パトカーとその周辺にいた数人が吹き飛んだ。続く第2弾は狙いをつけているのかいないのか、遥か後方の府立図書館に直撃した。たちまち火があがる。
機動隊の撃ったロケット砲がブレイクサンダー3号の肩部分の関節に当たり、右腕が落ちた。火花を散らしつつ更にキャノン砲を撃ち続ける。
「げひゃー」
という意味のない叫び声をあげながらなおもこちらに向かってくる。
狂っているのだろうか?だが、あれほどのロボットを作る頭があるのだ。どこか精神がゆがんでいるのだろう・・・・。
あんな親を持った子供は・・・・。
また、涼風さんの顔を思い浮かべてしまう。といっても、高校の時に廊下ですれ違った時の顔だ。
その顔が−
ん?
幻覚か?
違う・・・・。
虹橋涼風。
双眼鏡の中、ブレイクサンダー3号の向こう、プレハブ小屋の窓に、見えた。
あれは、確かに−虹橋涼風!!
来ていたのか?お父さんの家に!?
やめろ、やめてくれ、撃つな!プレハブに当たったら−!!
「やめてくれーっ!!」
叫んだ。その叫びの中、煙の尾をひいてロケット弾が飛んでゆく。
ブレイクサンダー3号の体をかすめて、プレハブに向かって。
目の前が一瞬、赤く染まった。そして爆音。
TVで見た爆発シーンと同じだった。
プレハブ小屋が炎上している。人影が見えた窓に直撃したのだ。
気がつくと僕は座り込んでいた。
その爆発に気を取られたブレイクサンダー3号は左足を破壊され、虹橋博士は警察に捕まった。
「辞表?」
楠本課長は、僕の差しだした封筒を手に取った。
「はい」
「何故だ?・・・・昨日のことか?」
「・・・・・・・・」
「斉藤から聞いたが、同級生だったらしいな」
「・・・・はい」
調べの結果、遺体はかなり損傷が激しかったが、虹橋涼風に間違いないということだった。
自分の作った兵器で彼女は死んだ。もし、自分の設計にミスがあって、弾道がそれたのだとしたら・・・・僕はこの仕事を続ける自信がない。昨夜はほとんど寝ていない。
目を閉じると、虹橋涼風の顔が浮かんでくるのだ。
微笑んだ顔、はにかんだ顔、そして悲しい顔・・・・悲しい顔の記憶なんてないはずなのに・・・・。
涙が出ていた。僕は指でそれを拭い、「受け取って下さい」と言った。
「うむ・・・・まぁ・・・・預かっておくが、もう少し考えて・・・・」
「気持ちは変わりません」
「かっ、課長!!」
突然、後ろのドアが激しく開いた。
「何だ、山崎」
「平安神宮が空爆されています!!」
「何ぃ!?どういうことだ!」
「は・・・・連絡によりますと、あの虹橋のプレハブ小屋の地下にあった研究所を調べていたところ、えぇと、何ていったかな、あの娘・・・・」
「涼風か」
ピクッ、と自分の体が反応するのが分かった。
「ええ、その涼風という娘のクローンが数体見つかったそうで、その内の武装した1体が飛び出し、破壊を始めたそうで・・・・」
「クローン、だと!?あのマッドサイエンティスト、そんな物まで作っていたのか!」
「はい、残りの何体かを調べているところですが、ほとんど完全な複製だと・・・・」
「出動だ、いくぞ!」
たちまち特殊課の部署は連絡係の人と僕だけになってしまった。
涼風さんのクローン!?
あのじじい、何てものを・・・・涼風さんの姿をした物を、破壊兵器にするなんて!!
「くそっ・・・・!」
思わずそう口に出していた。
「清水寺方面に向かっております!」
平安神宮はもはや半壊状態であった。
「止められんのか!相手はクローンだ、人間じゃない!撃ち落としてもかまわんぞ!」
楠本課長は車内マイクで叫びつつ、パトカーを走らせた。
肉眼で見えた。上空30mほどの所で静止して、清水寺に向けてミサイルを射出している。
双眼鏡で見た。
顔は虹橋涼風そのものだ。肩にはミサイルポッド、両腕にはレーザー砲とおぼしき物、背中、足にはブースターを装備し、方向用の小型のものも数カ所に見受けられる。装甲は見た目に薄そうだが、そこはあの虹橋、おそらくかなり強固な物であろう。
狙撃隊が「アーマード涼風」向けてロケット砲を撃つ。だがそれを巧みにかわす涼風(のクローン)。
「くそっ!」
楠本は舌打ちした。清水寺も崩壊寸前であった。
その時!
武装涼風が爆煙に飲み込まれた。ロケット弾をかわした時、後ろからのもう1発が当たったのだ。
「やった!」
楠本は思わず拳を握りしめた。が・・・・。
煙がひいてゆくその中には、オレンジに光る球があった。エネルギーの塊。
バリアであった。
それは瞬く間に消え、武装涼風が姿を現した。
「バ・・・・バリアだと」
楠本はパトカーに乗り込み、狙撃隊のいる所に向かった。
「もっと威力のあるものはないのか!」
「はっ、そ、それが・・・・今のがここにある最大のもので・・・・あれ以上の威力の弾を使うと、周りに被害が・・・・」
「周りに被害なら、とっくに出ている!このままだと、あいつに京都を破壊されてしまうぞ!くそっ、虹橋め、とんでもないものを・・・・!
楠本課長は取調室にいる。虹橋に会うために京都府警に戻ったのだった。
科学が進んでも、取調室で尋問する、という形式は変わっていない。取調室に入ると山崎刑事、斉藤刑事と向かい合っている虹橋がいた。今までの犯罪を全て自白させようとしていたのだった。
「虹橋・・・・」
「博士、と呼べ」
「虹橋!」
楠本は拳で机を叩いた。
「暴力はいかんよ」
「貴様・・・・」
ピー、ピーと楠本のポケットから呼出音が響いた。レシーバーを取り出す。
「楠本だが・・・・」
現場からの報告だが、芳しくないことは楠本の顔を見れば分かる。
「そうか、分かった」
レシーバーをポケットに戻すと、虹橋を睨んだ。
「言え、虹橋。あいつはどうすれば倒せる?」
「あいつ?」
「とぼけるな。今、京都を破壊している貴様の娘のクローンだ」
「残りの2体は生物・科学班に回されました」
と、山崎刑事が報告した。
「貴様ら、わしの娘に乱暴しとらんだろうな」
「何が娘だ!クローンなど作りやがって!」
「美しい物は多いほどよい」
「言えよ、あいつの弱点を」
「ふん、あの涼風に弱点などない。と、言いたい所じゃが・・・・」
「あるのか!?」
3人が一斉に身を乗り出す。
「カツ丼」
「む?」
「カツ丼が喰いたい」
「・・・・じじい」
「課長!こめかみに血管が・・・・」
「だ、大丈夫だ。おい、カツ丼出前・・・・」
「はっ」
斉藤刑事は言われた通りに、出前を取りに出て行った。
「さぁ、話して貰おう」
「そうさなぁ、弱虫ば〜っかりの警察だ、どうせ言っても無駄だが言ってやろう。実はな・・・・バックパック、つまり背中のランドセルの上部に蓋がついておる」
「フタ」
「そこを開けるとな・・・・」
「開けると?」
「ピィ、という音と供にネズミのオモチャが・・・・あ、嘘じゃ、冗談じゃ!」
楠本が電気のスタンドを高々と持ち上げるのを見て、虹橋は慌てた。顔も冗談の通じるものではなかったからだ。
「自爆スイッチがあるんじゃ」
「自爆スイッチ!」
「涼風がいざ、という時に押すために付けたのじゃ。自爆スイッチ、どうじゃ定番じゃろ」
「そのスイッチを押せば、あれは爆発するんだな。押してから爆発までの時間は」
「3秒」
「3秒!?」
山崎刑事は思わず声をあげた。
「てことは、押した者は・・・・助からない?」
「3秒で爆発の圏内から出るのは無理・・・・そういうことになるわなぁ。ま、やれるものならやってみぃ」
武装涼風クローンは清水寺を破壊した後、南下して国立博物館、三十三間堂、西に曲がって東・西本願寺、また北上して二条城を空爆した。
特殊課は対策を練るべく会議を行ったが、もはや自爆スイッチを押すしかないところに来ていた。
「高那君」
いきなり呼ばれて、僕は驚いた。
「君が開発した、えっと、まだ実験段階の、空を飛ぶ・・・・」
「フライングアタッチメントですか」
「そう、それだ。使えんのかね、それは」
「使えますよ。不安が残っていたスタビライザーの改良も終わってますから。まさか、それでスイッチを押すと・・・・」
「それしかあるまい。誰かがそれを使ってあのスイッチを押すしか・・・・」
代名詞ばかりである。
「自殺行為です」
「3秒で何とか離脱できんのかね」
「さぁ、どの程度の爆発か、によりますが・・・・」
「誰か、我こそは、という者はいるかね」
いるはずがない。部屋は静まり返った。
勇気、などと呼べるものではない。自殺に近いのだから。
「おらんのか・・・・」
「改良・・・・してみましょう」
思わず口走っていた。技術屋としての意地だったのかもしれない。
開発室に1人篭もった。
あまり時間はない。こうしている間にも京都の町が破壊されているのだ。
改良点はスイッチを押した後に緊急離脱できる装置を付けること。3秒でなるべく、出来る限り遠くへ逃げなくてはならない。
それにしても、許せない。涼風さんを破壊魔にするとは・・・・。
楠本さんに聞いた。涼風さんがロケット弾の流れ弾に当たって死亡した、と聞いてもあの博士は、警察をなじるだけで涙一滴流さなかったという。できれば無傷で捕まえて欲しい、と思っていた僕が馬鹿みたいだ。
クローンは、自分の意志を持っているのだろうか?それともプログラミングされた行動しか出来ないのか。
何とか説得できれば、普通の人間と変わらないかも・・・・。
いや、涼風さんは死んだ。あれはただの複製、レプリカなんだ。あれは倒さなければならない兵器なんだ。
僕が開発室を出たのは3時間後。パワーブースター自体は作ってあったので、それをフライングアタッチメント用に作り替えた。
ところが・・・・。
「誰もおらんのか!」
誰も使う人がいない。無理もない、保証はないのだから。
しかし、僕の作った物を誰も信用しないとは・・・・。今まで僕の開発した物でどれだけ助かってきたか、楽だったか忘れたのか。
いや、便利な物ができると、いつしか人はそれが当たり前だと思ってしまうのだ。失ってみないとその価値が分からないのだ・・・・。
腹が立ってしまった。
気が付くと、口走っていた。
「誰も僕の作った物が信用できないんですね。分かりました、僕がやります」
「君は警察の人間じゃないんだ、危険なことはさせられない」
と、楠本課長は言う。
「君の安全には責任がある。何かあったら、ご両親に申し訳がない」
と、斉藤刑事も何とか止めようとする。
そんなこと言って、みんな「やる」という人が出てきてホッとしてるんじゃないのか。
自分でも意地の悪い考えだと思う。そかし、僕はもう決めた。やってやる。
フライングアタッチメントのスイッチを入れた。
「高那君!」
涼風さんを破壊するのなら、いっそこの手で・・・・。
本当は高いところが苦手である。だが今は20m上空を飛んでいる。
本能寺を下にみて、僕は飛んだ。火の手があがっている。おそらく京都御所だ。
見えた。アーマード涼風クローン。
近づけるか?
相手は武装している。撃ち落とされるかもしれない。
一旦停止した。様子を見よう。
ミサイルの類は弾数に制限があるはずだ。あれだけ撃ちまくれば、もう少ないはず。問題はレーザー砲のエネルギーだ。
急にミサイルを撃たなくなった。これは撃ちつくしたか?
近寄ってみよう。後ろから、そっと。
あれがバックパック。あの上部にスイッチ・・・・押せば爆発する・・・・。
髪が靡いた。
虹橋涼風のセミロングの髪。昔よりは長くなったようだ。
10m、5m・・・・。もっと、もっと近くへ・・・・。
スイッチを−。
振り向いた。
2人は向かい合った。
「あ・・・・・・・・」
そこには、あの時の顔があった。中学の時とあまり変わっていないあの顔。
教室では結局、隣の席になれなかった。廊下で合っても会釈するだけ。
あれ以来、彼女以上に好きになった人はいない気がする。
突進してきた。真っ直ぐ、こちらに向かってくる。
来る。
涼風さんが。
そうだ。今でも遅くはない。
好きだ、って言えばいいんだ。
腕を広げて−。
ぶつかった。涼風さんの髪が頬を叩く。
抱き寄せた。
今、涼風さんが腕の中にいる。夢じゃない。
バックパックのフタを開ける。
スイッチがあった。これだ。
これを押して、それで・・・・。
虹橋涼風が腕の中にいる。
それでいいんだ、もう何もいらない。
スイッチを押した。
涼風さんが微笑んだ気がした。
光った。
「どうも、お手数をおかけしまして」
斉藤刑事が椅子を勧めた。
「いえ、こちらこそお手数を・・・・」
「こちらの目が届かなくて、まさか自殺をするための薬を隠していたなんて・・・・。あの虹橋博士のことだ、そのくらいのことは考えておくべきでした」
「いえ、父はああいう人でしたから。ご迷惑をおかけして・・・・」
「それから・・・・」
斉藤刑事は言い辛そうだった。
「この1件で命を落とした若者がいまして、高那洋というのですが・・・・」
「はぁ」
「ご存知でしょう?」
「・・・・さぁ・・・・」
「中学の同級生とお聞きしていましたが」
「高那・・・・さん?いえ・・・・憶えていません。アルバムを見れば思い出すかもしれませんが」
「・・・・そうですか。せめて線香の1本でもあげてやって下さい」
斉藤刑事は椅子をひいて席を立った。それから複雑な顔をして、こう言った。
「あの・・・・」
「何でしょう?」
「あなたは本物ですよね・・・・?」
最終兵器涼風 END