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 スクライドパロディ小説 1


(夢を・・・・夢を見ていました)
(夢の中のあの人は、慣れないことをしようとして、とても苦しんでいました)
(あの人が苦しんでいるのを、私はただ見ていることしか出来ませんでした)
(それが、あの人の望みだったからです)


 トン、トン、トン。
 台所から、決してリズミカルとは言い難い音が聞こえる。それに時々、食器を乱暴に扱うような音、罵声や言い争う声も聞こえる。
「カズくん・・・・大丈夫かなぁ」


−− オープニング −−


アルタード・レシピ


「カズマ。お前はこの人参を切ってくれ。俺はジャガイモを洗う」
 劉鳳はそう言って、カズマの前に人参を3本置いた。自分はジャガイモの入ったザルを持ち、流し台に向かう。
「ああ・・・・って、てめぇ、なに勝手に仕切ってやがる!?」
「お前は料理に関しては素人だ。少しでも心得のあるこの俺が仕切るのは当然の事だと思うが」
「言っておくがな、俺はお前の指図なんか受けねぇ。ったく、何でこの男一匹カズマ様が劉鳳なんかと仲良く料理なんかしなきゃならねぇんだ?」
 炊飯器からシュウシュウという音と共に湯気が上がる。
「カズマ、何度同じ事を言わせれば分かる。今日はかなみの誕生日祝いに、俺たちがご馳走してやろうと決めたではないか」
「てめぇこそ何度言えば分かる。かなみのことを呼び捨てにすんじゃねぇ」
「・・・・ヤキモチか」
「あン?」
「いや。カズマ、俺たちが今言い争って何になる? かなみが悲しむぞ。今の俺たちの使命は、一刻も早くお腹を空かせて待ってくれているかなみに、美味しいカレーをご馳走することではないのか」
「かなみ・・・・」
 カズマは腕を組み、かなみが待っている部屋の方をチラっと見て、拗ねたような顔をした。
「・・・・たく、しょうがねぇな。こいつを切ればいいんだな」
 しぶしぶ、といった素振でカズマは人参を1本、手に取った。
(フッ、この男、かなみさんのことになると弱いな。扱いやすくて助かる)
 劉鳳はほくそ笑むと、ジャガイモの入ったザルに水を入れるために蛇口をひねった。ゴロゴロと土の付いたジャガイモをザルの中で転がす劉鳳だったが・・・・。
「おいカズマ、貴様何をしている!?」
「何って・・・・人参を切ってるんじゃねぇか。お前が言ったんだろ」
「違う! それはただ切っているだけではないか、皮を剥け、皮を! それに大きさがデタラメではないか、もっと細かく、大きさを揃えて切れ!」
「あぁん? てめぇ、皮を剥けなんて一言も言ってねぇぞ! 大きさも指定された覚えはねぇ」
「常識だ、そんなことも知らないのか」
「常識、常識って、ホーリーの常識を俺に押し付けんな!」
「これは一般常識だ!」
「へっ、一般常識か。そうやって数の多いもの、力の強いものを正しいもの、正義だと決め付ける、そんなお前たちのやり方が気に喰わねぇんだよ」
「俺はもうホーリーではない。いつまでも過去の話を持ち出さないで欲しい」
 包丁とザルを手に対峙する2人。台所に緊迫した空気が流れる。
「カズく〜ん、何か手伝おうか〜?」
 遠くからかなみの声が聞こえた。
「い、いや、大丈夫だ、まかせとけ、かなみ! すっげぇ美味いカレー、作ってやっからよ!」
「うん、楽しみだなぁ」
 かなみのほんわかした答えに、思わず出しかけたアルターを引っ込める2人。
「・・・・カズマ、ここはひとまず」
「あぁ、カレーを作ることに専念するぜ。その後で決着をつけてやる」
「望むところだ」
 それぞれ、再び人参とジャガイモに着手する。
「イテッ!」
「何だ、手を切ったのか」
 劉鳳が見ると、カズマは左手の人差し指を咥えているところだった。
「うるせぇ、手が滑ったんだよ」
(全く、不器用な男だ。生き方も、料理も)
 ジャガイモの土を落とし終えた劉鳳は、もう1つの包丁を持って、皮を剥き始めた。カズマは何度か手を切りつつも、何とか不恰好ながら3本の人参を切り終えた。それと同時にジャガイモを切り終える劉鳳。彼らの実力の差は一目瞭然だった。
「切り終えたか、カズマ」
「オッケー、刻んだ。今度はてめぇがこの野菜を刻め。この野菜を、タマネギをいう名の野菜を!
 ドン、と大玉のタマネギが劉鳳の目の前に突き出される。
「タマネギ・・・・」
「どうした、怖気づいたか。劉鳳、見せてみろよ。お前の実力を!」
「・・・・いいだろう。タマネギは俺が引き受けよう。この銀色のアルター、絶影を持つ男・劉鳳が、今からこのタマネギを裁断する!
 ガシ、とタマネギを受け取る劉鳳。
 彼はタマネギの皮を剥き、軽く洗ってまな板の上に置いた。包丁を構える。
「さぁて、俺は肉でも切るかな」
 カズマは冷蔵庫を開け、先程買ってきた豚肉を取り出した。これは牛肉は高かったので豚にしようとしたところ、劉鳳が「金なら俺が出す」と言って牛肉を買おうとしたため、喧嘩になった挙句、力づくで買ってきた豚肉だった。
(ウチは貧乏なんだから、仕方ねぇじゃねぇか。・・・・俺は本当に駄目な奴だよな。かなみにいつも迷惑をかけて・・・・)
「ん、どうした劉鳳」
 タマネギを切っていた劉鳳の顔を覗き込むと、目に光るものがあった。
男泣き−!!?
「どうしたんだ」
「・・・・何でもない、お前は肉を切っていろ」
「・・・・あぁ」
 目頭を押さえる劉鳳を横目で見ながら、カズマは思った。
(そうだよな。あいつだって色々あったんだからな。シェリスの事とか・・・・あいつだって、色んなものを背負っているんだ)
 そうしている内に肉と野菜を切る作業は終わった。鍋に入れられた材料たちが、湯気の中で煮詰められてゆく。
「あとは柔らかくなったらカレー粉を入れて終わりだ」
「んだよ、簡単じゃねぇか」
「それだけ怪我をした者の言う言葉か?」
 カズマの左手には包丁で切った傷が5〜6箇所あった。
「たいしたことねぇよ」
「不器用な男だな、お前は。その自慢の拳で、ただ叩き潰すことしか出来ない」
「喧嘩売ってんのか?」
「いや。俺も不器用な生き方しか出来ない男だから、お互い様だ」
「何だ、そりゃ」
 カレー粉を入れ、後はコトコト煮詰めるだけ、という段階に入った。
「お、美味そう〜! ちょっと味見していいか」
 カズマは劉鳳の返事を待たず、人差し指を鍋に突っ込んでカレーの味見をした。
「カズマ、直接指を入れるとは非常識な!」
「ん〜、ちょっと薄くねぇか?」
「そ、そうか?」
 劉鳳はスプーンでカレーを少しすくい、舐めてみた。
「こんなものだと思うが」
 実際、劉鳳も料理に関してはほとんど経験がないため、自信はなかった。
「全然辛くねぇじゃね〜か! 舌、腐ってんのか!?」
「何だと。訂正しろ」
「市街でヌクヌクと育った野郎は舌まで甘ちゃんなんだろうぜ」
「今の言動は聞き捨てならない。貴様こそ頭だけでなく味覚も鈍いらしい」
「ほ〜ぉ・・・・」
 一瞬の出来事だった。カズマが彼のアルター・シェルブリットを出し、その手でコショウを掴んでカレー鍋へ振り掛けようとした。その手に劉鳳のアルター・絶影の触手が絡まり、コショウの瓶は蓋を開けたままカレー鍋の上に停止した。ギリギリとカズマの腕が締め付けられる。
「へっ、やるな。だが・・・・」
 その時、突然にシェルブリットの出力が上がった。
「くらえ、激辛のシェルブリットォ!
「何だと!」
 まさかこんな場所でアルターの出力を上げるとは思っていなかった劉鳳は、絶影の触手を振り払われ、結果、大量のコショウがドバっとカレー鍋に落ちた。
「カズマ、貴様何ということを!」
「そろそろ美味くなったんじゃねぇか? どれどれ・・・・」
 性懲りもなく指を直接突っ込むカズマ。その指を口に持ってゆく。
「・・・・」
「どうだ、カズマ」
「辛・・・・い、いや、丁度いいぜ」
「そうか。それなら良いのだが。ここでとんでもない味になれば、今までの我々の苦労が水の泡になるだけではなく、かなみが悲しむだろうからな」
「そ、そうだな・・・・」
(やべぇな、まさかここまでとは)
 カズマは自分が味見したカレーの、この世の食べ物とは思われぬ味に舌が痺れていた。
(このままだとかなみへの誕生日プレゼントが・・・・)
(だが、ここで劉鳳に俺の弱みを見せるわけにはいかねぇ。俺のせいでプレゼントが台無しになっただなんて、死んでも言えねぇ)
「それでは、もう少し煮込んだら完成としよう」
 劉鳳は鍋に背を向け、包丁やまな板を洗い出した。
(辛いなら・・・・甘くするまで!)
 カズマは劉鳳の目を盗み、カレー鍋の中に砂糖を思い切りぶちまけた。
(どれどれ・・・・)
 劉鳳に見付からないように、そ〜っと味見をする。
(・・・・甘い)
 今度は塩の入れ物を持ち、ドバドバと振りかけた。そして味見。
(・・・・入れれば入れるほど、俺の知っているカレーの味から遠ざかってゆく)
(今の俺の弱い考えは何だ? 自分の非を認め、劉鳳の野郎に詫びてもう一度最初から作り直すことだ)
(だが、それでは奴に借りを作ってしまう。奴に頭を下げるなんてことは出来ねぇ)
(ならば俺はその弱い考えに反逆する! このカレーは美味い! 美味いカレーだと言い張り、貫き通す!)
「あ、カレー出来たの? 運ぶの手伝うよ」
 悩めるカズマの前に、かなみが現れた。
「いや、かなみさんは今日の主役なのだから、座って待っていてくれればいい」
 劉鳳が炊き上がった御飯を皿に盛りながら声を掛けた。
「ううん、運ばせて。何かしないと、落ち着かなくて」
「そうですか、ではお願いします」
 かなみは劉鳳から御飯の盛った皿を受取り、カレー鍋の前に立つカズマの隣へ来た。
「カズくん、カレーかけて」
「あ、あぁ、カレーか?」
「うん。た〜っぷり、かけてね」
「カレーって、これのことか」
「それがカレー以外の何に見えるの?」
「これはだな、カレーに見えるが実はカレーの格好をした・・・・その・・・・」
 既にそんな誤魔化しは無意味なのだが、それにしてもとっさに上手い誤魔化しができない所がカズマのボキャブラリーのなさであった。
「変なカズくん。・・・・うわぁ、美味しそう。早く食べたいな」
(駄目だ、これを喰ったらかなみの命が危ない!)
 カズマは鍋を引っ掴み、そのまま自分の口へと持っていった。
「カズくん!?」
「何をする、カズマ!」
 今までグツグツと煮えていたカレーが、一気にカズマの喉を通り、胃に入ってゆく。
 そして・・・・カズマは気が遠くなった。
同じ倒れるなら・・・・前のめり・・・・だ
 カレーを鍋ごとたいらげたカズマが、床に顔面を打ち付けるようにバッタリと倒れた。
「カズくん!」
「カズマ!」

 ひんやりとしたものが額に当てられる感触で、カズマは目覚めた。
「かなみ・・・・」
「良かった、気が付いた」
 自分を覗き込むかなみのニッコリとした笑顔を見て、カズマは「生きていた」ことを実感した。あのカレーを飲み干した時は、どんなアルター使いとの戦いよりも死を予感した一瞬だった。
「もう、無茶するんだから」
「すまねぇ、かなみ。その、誕生日のプレゼントを・・・・」
「いいよ、あたしは2人が一緒に作ってくれたことだけで十分」
 カズマと劉鳳の顔を交互に見ながら微笑むかなみ。
「なぁ、かなみ・・・・」
「なぁに?」
「料理って、大変なんだな。俺、いつもかなみに任せっきりで・・・・明日からは、その、何だ、言ってくれれば少しぐらいは・・・・手伝うぜ。邪魔にしかならないかもしれねぇけどよ」
「・・・・うん! ありがとう、カズくん。劉鳳さんも」
「ああ」
 かなみに向かって優しく微笑む劉鳳だった。
「あ、あたしちょっと・・・・洗濯物、取り入れなきゃ」
 少し熱くなった目頭を押さえ、かなみは小走りに部屋を出て行った。
 バタン、とドアが閉まる。
「カズマ。何故あんなことをした? 貴様がどれだけ腹が空いていたとはいえ、我々の苦労が台無しだ。お陰で今日の夕食はラッキョと御飯だぞ」
「うるせぇ、てめぇに俺の気持ちが分かってたまるか」
「あぁ、分からんな。単純すぎる貴様の思考回路は理解し難い」
「ンだと、やんのか」
「そう言えば、先程の決着をつけていなかったな」
「あぁ、そうだったな」
「体の方はいいのか」
トーゼンのパーペキだ
 キュイイン、という音と共にカズマの腕に構築されるアルター、シェルブリット。
「なら、手加減はせんぞ」
 同じく音を立てて劉鳳の傍らに構築されるアルター、絶影。
「望むところだッ」
「表に出ろ、カズマ」
「あぁ、出てやる。当然そうする!
 洗濯物をかかえたかなみが、轟音と共に窓から飛び出してゆく2人を見たのはそれから数秒の後であった。
「あの2人、ほんと懲りないんだから」
 そのあきれた表情には、ほんの少し笑顔が混ざっていた。
「夕御飯までには帰ってくるんだぞっ」


アルタード・レシピ 完


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