TOP へ

ウサギ&カメ


 僕はウサギだ。
「ウサギさん、僕と勝負だ!」
 心地よいそよ風が吹く草原。小道の傍にある石に腰をかけてボ〜っと空を眺めていた僕の大きな耳に、ふいにそんなセリフが入り込んで来た。
「・・・・?」
 おそらく呼ばれたのは自分だろうと思って声の主を捜して辺りを見回してみたが、それらしき者は見当たらない。風に乗って、子供の声がどこからか聞こえてきたのかもしれない。
「む、無視するなぁ!」
 今度ははっきりと聞こえた。慌てて自分の足元を見ると、一匹のカメが僕を睨んでいた。睨んではいるが、およそ怖くはない。
「・・・・誰?」
「カメだ!」
「それは見れば分かるけど・・・・」
「勝負しろ!怖いのか!」
 前脚を腰に当て、本人はこれで一生懸命凄んでいるのだろう。こっちはいきなり「勝負」と言われても、何のことだか訳が分からなかった。なぜ僕がカメに勝負を挑まれなきゃならないんだろう?
「聞いてるのかっ!?」
「勝負って、何?」
「かけっこだ!」
 僕は頭の中の引出しから「かけっこ」という単語を出来る限り引っ張り出した。ウサギとカメなのだから、走る競争のことではないだろう。それではあまりにも馬鹿にされすぎている。後は水を浴びせる「掛けっこ」、鍵などを「掛けっこ」、ひたすら掛け算をする「掛けっこ」、博打の「賭けっこ」・・・・自分でも無理がありすぎる。ここは素直に走る「かけっこ」だと受取ろう。
「本気で言ってるの?」
 僕は相手が小さなカメだと言うこともあり、子供に言うような態度で質問した。
「この目を見ろ! 冗談を言っているような目か!?」
「う〜ん・・・・」
 何とか熱意は感じる。だからこそ、言われたことが信じられなくて聞き返したのだ。
「僕はウサギだよ? 君はカメだ。競争なんて、勝負になるはずがないよ」
「そ、そんなこと言って、負けるのが怖いんだろう!」
 いくら温和な僕でもいい加減、腹が立ってきた。これはどう考えても馬鹿にされているとしか思えない。
「あのね、ウサギは足が速いんだぞ」
「僕も早いぞ! 100メートル12秒台だ」
「嘘つけっ!」
「・・・・どうしても勝負を受けないつもりか」
「だから勝負にならないんだって」
「じゃあ僕の不戦勝でいいんだね」
「はあっ!?」
 僕は思わず立ち上がった。何を訳の分からないことを言うんだ、このカメは?
「君は明日から『カメに負けたウサギ』として世に名を馳せるだろう」
「何を勝手なことを!」
 何を考えているんだ、このカメは。まさか本気で僕に勝つつもりじゃないだろうな。いくら僕がウサギ仲間の中でも遅い方だと言っても・・・・いくら今まで競争はビリしか取ったことがないと言っても・・・・まさか、負けるなんてことは・・・・。
 僕は自信たっぷりのカメを見て、馬鹿馬鹿しいが少し不安になった。
 いや、そんなことあるもんか!第一、歩幅が違いすぎるじゃないか! 僕は何を不安になっているんだ。
 仕方ない、このカメにウサギの速さを教えてやろう。
「分かったよ」
「勝負を受けるんだな!?」
「短距離? 長距離?」
「そうだな・・・・長距離にしよう。この丘のふもとから1本松まで」
「分かった。じゃあ早速・・・・」
「待った! 勝負は明日の朝、8時にふもとに集合だ!」
「明日? 今じゃないの? 面倒臭いじゃないか、早いとこやろうぜ」
「どうせならお客さんがいた方がいいだろ? 顔を洗って待ってろよ」
 カメはそう言うと、僕にくるりと背を向けて小さな歩幅で去って行った。あんな脚取りで、よくウサギに勝負なんて挑めるものだ。
 この期に及んでギャラリーを集めるつもりだ。恥をかくのは自分なのに。

 僕はその日の夜、あのカメの行動について考えた。
 誰が見ても結果の知れている勝負をなぜ挑んできたのか。勝算があるから? まさか、ウサギより速く走るカメなんているはずがない。どう見ても普通のクサガメだった。新種の足が速いカメだという可能性はないと思う。
 ひょっとして・・・・僕がウサギの中でも一番遅いという情報をどこかで耳にして、それなら勝てるかもと思ったのか? 実はあいつはカメの中でもとびきり早い奴で、早いと言われているウサギの中で一番遅い僕と勝負してみたくなったのか?
 いくら何でも・・・・それは僕があまりに馬鹿にされ過ぎている。
 ひょっとして、あいつはウサギの速さを知らないんじゃないだろうか。誰かに「ウサギは足が遅いんだぞ」と騙されて勝負を挑んできた、というのなら話は分かる。
 もし足の速さを承知で勝負を吹っかけてきたと仮定してみよう。
 1日置いた理由は何だろう? まさか、今日の内にコースに何か仕掛けをしているなんてことは・・・・有り得るかもしれない。カメがウサギに勝とうというのだから、そういう姑息な手段に出ることは充分に考えられる。しかも、ちょっとやそっとの罠ではないだろう。何しろ僕を差し置いてカメが先にゴールを切ろうと言うのだから、怪我どころでは済まないような仕掛けが待ち構えていると考えていいだろう。その場でもう走れなくなるような、恐ろしい罠が・・・・。

 夜遅く、僕は不安になって明日のコースを下見に出掛けた。昼間とは違い、月明かりだけの暗い道だった。元々怖いのは苦手なだけに、僕はビクビクしながら淋しい夜道を歩いて行った。もし何か罠が仕掛けられていたら、取り除いておかないと大変なことになる。既に仕掛けられている可能性もあるので、僕の足取りは慎重になっていた。
 だけど、勝負に使われるコースは見晴らしもよく、何かが仕掛けられているとすれば目立って仕方がないほど開けていた。それにあのカメはギャラリーも呼ぶと言っていた。みんなの目の前で卑怯な真似は出来ないだろう。けっこう長い間コースを見回ってみたが、予想していたようにカメが罠をセコセコと作っている様子もなく、特に怪しいと思われる個所も見当たらなかった。
 安心して家に帰ろうとしたその時、僕の頭に怖い考えが浮かんだ。ギャラリーと言うのはあいつの仲間、つまりカメばかりだ。カメの大群が結託して僕を陥れようとしているとすれば・・・・?
 サァッと血の気が引いた。あいつらは冷血動物だ。徒党を組んで、何かよからぬ事を考えないとも限らない。
 僕が何をしたって言うんだ!? カメに恨みをかう理由なんてないぞ!

 次の日の朝、僕は赤い目を更に赤くして丘のふもとに来ていた。夕べは色々考えてしまって、ほとんど寝ていなかった。眠くて仕方がないので、家で寝ていようかとも思った。カメに襲撃されるかもしれないので、どこかに逃げようかとも思った。だけどもし本当の純粋な競争だったら、ここに来なければあいつに「カメに負けたウサギ」の汚名を着せられてしまう。それだけは避けたかった。
 もう、いじめられるのは嫌だ。
「よう、怖気づかずに来たな」
 短い前足を上げてカメがやってきた。
「どうしたんだい、赤い目をして。緊張して眠れなかったとか?」
「元々赤いんだ・・・・」
 僕は強がってみたが、虚勢に終わった。とことん眠かった。ここで何とか昔話なら「こうしてウサギの目は赤くなったとさ」というこじつけが出てくるところだが、あいにくウサギの目はずっと昔から赤い。
「早くやろうぜ・・・・」
「まぁまぁ、まだ観客が来ていないからさ。どうだい、朝飯まだだろう?」
 カメはそう言って背負っていた包みを下ろし、解いた。
「高級ミドリガメの餌だ。君にも分けてあげよう」
「いらんわ!」
 思わず関西弁で返してしまった僕の前に、カメは涼しい顔でもう1つの包みを差し出した。
「冗談だよ。これでいいかい」
 それはウサギの食べるものと言ってあまりにベタな、人参だった。だけど、色は綺麗で細くて、大きさも揃っている。なかなかに美味しそうな人参だった。
「へぇ・・・・」
「うちの畑で取れたんだ。どう?」
 僕はその人参を一口かじってみた。
「美味しいよ、これ!」
「無添加無農薬だからね。・・・・うわあっ!」
 カメは踏ん反り返った時に、後ろ向きに倒れてしまった。手足をジタバタさせてもがくカメを、僕は甲羅を持って起こしてあげた。
「ふうっ、助かったよ。・・・・だけどな、これで恩を売ったとは思うなよ。勝負で手は抜かないぜ!」
 あくまで挑戦的なカメだった。

 そしていよいよ、僕とカメはスタートラインに並んだ。誰がどう見ても勝負の結果は知れている。
 僕たちの後ろにはギャラリーが大勢いた。僕は誰にも見に来てくれと声を掛けていないのでカメばかりだと思っていたが、あいつが声を掛けたのか、僕のウサギ仲間が何匹か見受けられた。
 いや、仲間・・・じゃない。このカメはわざとあいつらを呼んだのか? これも僕に対する精神的な攻撃の1つなのだろうか。
 僕と目が合うと、あいつらはニヤニヤした表情で手を振った。いつもの、嫌な笑いだった。
「では、位置について」
 スターター役のカメが手を上げた。
「用意、ドン!」
 僕は心に引っ掛かっていた「ひょっとして負けるかも」という不安を振り払うようにスタートから全力で走り出した。相手は見ない。ただ「負けたくない」という一心で真っ直ぐにひたすら走り続けた。

 長い直線を抜けた所で、僕は振り返ってみた。
「・・・・」
 カメの姿はなかった。これだけの見晴らしのいい直線の道でさえ、遥か彼方まで誰の姿も確認できなかった。スタート地点で集まっていたギャラリーも、ここからは見えない。
 ヒュウウウ、と風が吹き抜けた。
 誰もいない、僕だけ取り残された気分だった。
「・・・・まさか」
 カメは最初から本気でレースなんてする気はなかったんじゃないか? カメ相手に本気になって走る僕を見て、みんなで笑うつもりだったんじゃないか? だから、あいつらも僕を見て笑っていたんだ。いや、そもそもあいつらが仕組んだことなのかもしれない。いつものいじめの一環だったのか。そう考えた方が、カメがウサギに真剣勝負を挑むことよりよっぽど現実的だ。やはり馬鹿にされたのは僕だった。
 世界に1匹だけ取り残されたかのような空しさに、涙が出た。
 僕は道の横にあった石に腰を掛けた。馬鹿馬鹿しい、いつものいじめだったんだ。みんなグルだった。ウサギだけじゃなく、カメにさえ僕はいじめられるんだ。
 ・・・・急激に眠気が襲ってきた。夕べはあれこれ考えてほとんど寝ていなかったからな。色々考えて損をした。ここでちょっと寝て行こう。どうせ引き返したところで、みんなが僕を笑っているだけなんだから。

 ぴたん、ぴたん。
 僕の鼻に何かが当たっている。
 ぴたん、ぴたん。
 寝かせてよ。眠いんだから・・・・。
 ぎゅうう。
「うわっ!」
 鼻をつままれ、僕は飛び起きた。
 目の前には、例のカメが立っていた。
「君・・・・」
 からかったのはいいが、一向に戻ってこない僕に痺れを切らせてやってきたのか。おそらくゴールにもカメ相手に必死で走りきった僕を笑うためにギャラリーが用意されていたに違いない。僕がゴールしないもんだから、笑うために待っていた奴らに申し訳ないと思ったカメが様子を見にきた、といったところだろう。
「残念だったね、僕を笑いものにできなくて」
「・・・・」
 カメは黙ったまま何も言わない。ただじっと立ったまま、伏目がちで悲しそうな目をしていた。僕のことを哀れんでいるのか。騙したことを悪かったと思っているのか。
「・・・・ごめん」
 かすかに聞こえるような声でカメは言った。反省しているようだ。だから逆に僕はちょっと狼狽した。今まで僕を苛めた奴が謝りに来たことなんてないからだ。
「僕は卑怯な奴だ」
 カメの声は、泣いているようだった。これだけ反省しているんだから、許してやろう。どうせいつものことなんだから、いちいち腹を立てていては身が持たない。
「いいんだ、もう」
「だって、勝負に勝つためにあんな卑怯なことを、僕は・・・・」
「だから、もういいって・・・・勝負に、勝つ?」
「君が寝ている間にゴールしてやろうと、人参に睡眠薬を入れるなんて、何て卑怯なことをしてしまったんだろう!」
「・・・・え?」
「こんな勝ち方をしても、嬉しくないはずなのに!」
「ちょ、ちょっと待って! 睡眠薬?」
 僕は泣きじゃくるカメをなだめ、隣に座らせた。

「僕はいつもいじめられていた」
 ようやく泣き止んだカメはじっと自分の足元を見つめたまま話しだした。
「ある日『ウサギとカメの話を知っているだろう』とあいつらは言ってきた。『カメも本気で走ればウサギには負けないってことだ。お前、ウサギに挑戦してみろよ。安心しろ、なるべく脚の遅い奴を探してやるから』って・・・・」
 それが僕か。
「『負ければお前が本気を出してないってことだ。手を抜いたらどうなるか、分かってるだろうな?』そう脅されて、僕は君と勝負をするしかなかった。あいつら、本気で僕がウサギの君に勝てるなんて思っているはずがない。そう分かっていても、僕は勝負するしかなかったんだ」
「負ければまたいじめられる・・・・それで君は睡眠薬の入った人参を僕に・・・・」
「僕は卑怯なことをしてしまった。眠りこけている君を見て、こんなことをすれば僕もあいつらと一緒になってしまう、そう思ったら自分が悔しくて・・・・」
 そうか。
 こいつもいじめられていた。僕と一緒だ。
 夕べの寝不足のお陰で、睡眠薬の効き目は定かじゃない。カメの睡眠薬だったら、ウサギの僕に、こんな体格差のある僕に効果はないかもしれない。彼は自分の薬が効いたと思っているようだけど・・・・。
 しばらく僕とカメは黙って流れる雲を眺めていた。
「続き、やろうか」
 僕の意外な提案にカメはびっくりした目でこっちを見た。
「勝負なんてどうでもいいじゃない。君が必死で走ってゴールを切ったら、あいつらだって馬鹿にできないさ」
「そうかな・・・・」
「凄いよ、君。根性ある。僕が君だったら、ウサギに勝負を挑もうなんて思わない。そんな結果の分かりきった勝負をして結局苛められるなら、最初から苛められた方が楽だもん。その根性があれば、きっとあいつらにも向かっていけるよ」
「・・・・ありがとう、僕、根性があるなんて言われたの初めてだ。優しいんだね、君」
「僕も優しいなんて言われたの、初めてだ」
 僕とカメは道に線を引き、並んだ。僕たちの、本当のスタートラインだ。

 僕は軽快に走り続けた。カメ君の姿は見えない。だけど、僕は全力で走った。手を抜くことはカメ君に失礼だと思った。
 草の匂いのする風を切って僕は野道を走った。後ろは振り返らない。ただ前だけを真っ直ぐ見て、走り続けた。
「−!?」
 突然、目の前の景色が逆転した。地面が見えたかと思うと空が見え、次の瞬間は草むらが見えた。  何が起こったのか、瞬時には理解できなかった。
「・・・・痛い」
 起き上がろうとした時に自分の右足に痛みを感じた。僕の体は走っていた小道をそれ、草むらに横たわっていたのだ。小道を見ると、中央に浅い穴があいていた。
 ・・・・落とし穴?
 走っていた僕はその穴につまづき、走っていた勢いのままここまで飛んでしまったのだ。何度も体を回転させて。
 僕は歩いて道に戻ろうとしたが、右足が痛くて立てなかった。穴につまづいた時に痛めたのか、吹っ飛んだ時に痛めたのかは分からない。
 夕べ見た時は落とし穴なんてなかったのに。
 あのカメ君の仕業じゃない。彼の仕掛けた罠なら、さっき教えてくれているはずだ。
 彼を苛めている奴らか、僕を苛めているあいつらか。
 見ると、右足の指から血が滲んでいた。
「痛いよ・・・・」
 ついでに涙も滲んできた。どうして僕ばかりこんな目に遭うんだ。もう嫌だ、僕が何をしたって言うんだ。
 僕は泣いた。誰もいない草むらで、声を殺して泣いた。誰も助けになんて来ない。僕のことを心配する人なんていない・・・・。

 かすかな息遣いが聞こえた。
 陽はもう傾きかけている。オレンジに染まりかけた小道を僕は泣きはらした目を凝らして見た。
 カメ君だった。
 短い足で、小さな歩幅で少しずつ、少しずつ近付いて来る。
 汗だくの顔がオレンジに光っていた。
 僕はここで、どれだけただ泣いていたんだろう。彼が一生懸命走っている間、ふてくされ、すねて、全てを諦めて。
 彼は走っている。苛めっ子に、何より自分に負けないために。
 僕だって、こんなことで逃げてちゃいけない。
 痛めた右足に体重がかからないように、僕はゆっくり立ち上がった。
 負けてたまるか。カメ君には、絶対に負けない!
 ・・・・丁度いいハンデじゃないか。

 必死で走っていたカメ君は、僕が後ろで走っていることに気付いてないようだった。もうすぐ日が沈む。それこそ「早くしないと日が暮れちまうぞ」というやつだ。
 ゴールはもうすぐ。カメ君と僕の距離が縮まった。彼はまだ気付かない。僕はもうとっくにゴールしたと思っているだろう。
 ゴールの一本松の周辺には誰もいなかった。僕たちがあまりに遅いので帰ってしまったのだろう。いや、元々ゴールには誰も待っていなかったのかもしれない。
 ゴールを前に、いきなりカメ君が前のめりに倒れた。
「あっ!」
 僕は慌ててカメ君に走り寄った。
「おい、大丈夫か!」
「・・・・あれ、どうして君が後ろにいたの? あまりに遅いから、もう1周してきたのかな」
「僕は途中で怪我をしたんだ・・・・」
「・・・・あぁ、ひどい怪我だね。そんな足で、走ってきたんだ、凄いね」
「君だって、こんな小さな体でここまで走ってきたじゃないか。こんなに乾いてしまって・・・・」
「もう、足が動かないよ・・・・」
「ゴールは目の前なんだぞ、もう少しだ」
「君だけでもゴールに・・・・」
「馬鹿、一緒にゴールするんだ! でないと、君も僕も、ずっと今のままなんだ! 君が走っている姿を見て、僕もここまで来れたんだ!」
「・・・・どうしてそんなに、僕のこと・・・・」
「友達じゃないか!」
「・・・・友、達?」
「もう友達だろう、僕たちは! 違うのか、こんな僕じゃ駄目か!?」
 カメ君は弱々しく、だけどしっかりと首を横に振った。
「僕の初めてのウサギ友達だ・・・・」
「行こう、僕の初めてのカメ友達」
 カメ君がまた走り始めた。僕も足を引きずりながら後を追った。
 もう誰にも僕たちを馬鹿になんかさせない。
 その時、僕の足がもつれた。
「わっ」
 前のめりに倒れた僕の耳がカメ君の甲羅に当たって、彼は突き飛ばされた形で一本松の幹に激突した。
「・・・・あ」
 勝ったのはカメ君だった。
 僕が続いてゴールした時、パラパラと拍手の音が聞こえた。
 何人かのギャラリーは僕たちを待っていてくれた。僕たちのゴールを信じて。
 嬉しかった。拍手を貰ったこと、ゴールできたこと。
 そして何より、友達ができたこと。

 次の日から、僕はカメに負けたのろまな馬鹿ウサギ、カメ君は睡眠薬を盛って落とし穴を掘ってまで勝負に勝とうとした卑怯なカメと言われ、また苛められた。

 でも昨日までの僕たちとは、確実に違うところがあるんだ。


 1 / 1
               TOP へ