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タイトル


 32th Revenge 「キスの嵐」


「ん・・・・」
 亜未の唇が、宅也の唇を貪るように舐め回す。執拗な口付けだった。ナナと泉流は顔を背けてしまったほどだ。ちなみに寧音はしっかりと見ていた。
「はぁっ・・・・」
 二人の唇が離れる。宅也の唇には、亜未の口紅がべっとりと付いていた。
「き、君・・・・」
 宅也は恍惚とした表情だった。
「キッス・オブ・プリンセス・・・・あなたは私の命令を聞く奴隷よ」
「はい、お姫様」
 半分閉じた目で宅也は言った。
「な、何だって?」
 いまだに目の前で起きた光景が信じられない真樹だった。
「さぁ」
 亜未がナナ達を指差した。
「あの子達のトランスソウルを奪うのよ!」
 そう言って亜未はハンカチを取り出し、思い切り自分の唇を拭った。ついでに少し吐き気がした。マジカルルージュは唇に塗ったルージュを相手の唇に移すことで、相手の精神内に主従関係を作り出す。今までは差し迫った場面での使用は無かった為、お遊び程度に収まっていた。だからキスの相手も自分の好みの男だけを選んでいた。だがこの場合は相手を選んではいられなかった。
(魔法の為とは言え、あんな変態とキスするなんて・・・・一生の不覚!)
 だが落ち込んでいる場合ではない。
「分かりました!」
 上半身裸で汗まみれ、しかも真っ赤な唇の宅也が向かって来たので、ナナ達はたまったものではない。泉流などは既に泣きながら逃げ出した。
「いやぁ〜、お母さ〜ん!!」
 とてっ。
 芝生に足を取られ、泉流は転んだ。慌てて立ち上がったが、襟首を宅也に掴まれた。
「きゃぁぁぁぁぁ〜!」
「泉流ちゃん!」
 寧音は助けに行こうとしたが、宅也はすばやく泉流を羽交い絞めにすると「動くな」と寧音を睨んだ。
「動くとこの子にいやらしいことをするぞ」
「くっ・・・・」
 そう言われては寧音も足を止めるしかない。宅也のことだ、いやらしいことをすると言えば本当にするだろう。操られていなくても宅也ならやりそうなことだ。
「ご苦労様」
 亜未は後ろから近付くと、泉流の頭に乗っているマジカルティアラを奪い取った。
「さぁそっちの元気な子も、そのナックルを外してこっちに投げるのよ」
「泉流ちゃん・・・・」
「早く!」
「・・・・先に泉流ちゃんを放して」
「ふぅん、言うこと聞かないのね。いいのかしら?」
 亜未が目で合図すると、宅也が「うへへへ」と妙な声を出し、泉流の腰に手を這わせた。
「いやぁぁぁぁっ!」
 泉流は今にも失神しそうだ。
「いいのかなぁ? ぐへへへ、柔らかそうだなぁ、揉んじゃうぞ〜」
「わ、分かったわよっ!」
 寧音はマジカルナックルを取り外すと、亜未に向かって投げた。
「これでいいんでしょ!」
「素直でいい子ね」
 亜未はナックルを拾い上げると、今度はナナに「あなたもトランスソウルを投げなさい」と命令した。
「やめろよ、タク!」
 真樹が叫んだ。
「操られてるんだろ、聞こえるか、タク! お前は嫌らしくて妄想家で最低な奴だが、悪い奴じゃないはずだ! いいのか、ナナちゃんがトランスソウルを取られてしまったら、俺たちは・・・・」
「うるさいよ、マキちゃん」
「タク・・・・」
「お前は」
 宅也は真樹を睨んだ。
「僕からナナちゃんを取ったんだ。お前がいなければ、今頃僕とナナちゃんは恋人同士だったんだ」
「な、何を言ってるんだ? お前、ナナちゃんにフラれたじゃないか」
「あぁ、マキちゃんがそう言わせたんだ。分かってるんだぞ」
「お前なぁ・・・・」
「マキちゃんだってナナちゃんの事が好きなんだろ、知ってるぞ! みんな僕をロリコンって言うけど、マキちゃんも同い年なんだからロリコン仲間じゃないか!」
「お、お前と一緒にするな!」
 思い切り周囲の視線が痛い真樹だった。
「そうよ、一緒にしないで!」
 今度は寧音が口を挟んだ。
「真樹さんはあんたと一緒じゃない! だって、ナナちゃんは真樹さんを好きなんだもん!」
「ええっ!?」
「えーっ!?」
 真樹とナナが同時に驚いた。
「ね、寧音ちゃん、あたし、そんなこと言った?」
 ナナが目を丸くして言った。
「言ったよ、真樹さんに興味があるって」
「そ、そうだっけ?」
 ナナには自分が「真樹を好きだ」と言った覚えは全くなかった。
 一方、真樹の心臓の鼓動は最高潮だった。
(ナ、ナナちゃんが俺を・・・・? いや、でも俺ははっきりと「恋愛対象じゃない」って言われたんだ、ただのオタクについての研究対象だって・・・・)
 ナナを見ると、ナナも真樹を見ていた。
 お互い、頬が紅くなっている。
(あ、あたしが真樹さんを・・・・?)
(ナ、ナナちゃんが俺を・・・・?)
「な、何か複雑そうね・・・・」
 亜未は困惑していた。宅也がかなり自分勝手に喋るので、「キッス・オブ・プリンセス」が完全に効いていないようだ。おそらく宅也とのキスが気持ち悪いゆえに、唇全体にルージュを塗り切れなかったのだろう。
 真樹は宅也と言い争いながら、この状況を打破する手を考えていた。
(あの口紅が宅也を操っているのか・・・・しかし何だな、操っても操ってなくても、宅也はああいうことをやりそうだ。っと、そんな場合じゃない。要するにあの口紅を拭い取ってしまえばいいってことだな)
 どうするか。泉流を人質に取られている今、下手に動くと本当に泉流が宅也の餌食になってしまう。
「ナ、ナナちゃん・・・・」
 泉流が半泣きになりながら言った。
「私のことは、いいの・・・・だから、この人たちを、やっつけて・・・・」
「そんな、泉流ちゃんを見殺しには出来ないよ!」
「いいの、私が我慢すればいいことだから・・・・」
「よく言った!」
 宅也の手が泉流の胸に目標を定めた。
「うひょ〜、いただきま〜す!」
「馬鹿っ!」
 パシーンといい音が響き渡った。亜未が宅也の頬を思い切り平手打ちしたのだ。
「い、痛いっす!」
「それじゃ人質の意味がないでしょ! もっと脅して、相手を追い詰めなきゃ!」
「だってぇ」
「口を尖らせないでよ、気持ち悪い!」
「じゃあ、そのナックルを貸してよ」
「な、何でよ」
「いい使い方があるんだ」
「本当でしょうね」
 亜未は半信半疑、真っ赤に染まったマジカルナックルを宅也に渡した。宅也がそれを装着する為、亜未が泉流を羽交い絞めにした。
「このマジカルアイテムは、ナッコーとライターが合体したものだね」
「・・・・なのかしら」
「つまり、このナックルは物質をすり抜けることも出来るし、魔法の炎を出すことも出来るはずなんだ。凄いだろう!」
 お前が威張ることじゃない、と亜未は心の中で思った。
「魔法の炎はさっきのように服だけを燃やすことで、女の子を裸に出来るんだよ!」
「・・・・」
「物質を通り抜ける手袋は、服の上から生おっぱいを掴めるんだぞ! うわ、考えただけで鼻血が出そうだ」
「・・・・」
 亜未の目が、低俗なものを見る目へと変化していった。
(こ、こんな奴とキスしたなんて・・・・一生の恥だわ)
「だから泉流ちゃんでその能力を試してみようと思うんだよ!」
 当の泉流は既に気絶していた。宅也の変態オーラにやられたらしい。
「まずは服を脱がしてやろうかなぁ〜!」
「ま、待って! 泉流ちゃんに酷いことしないで!」
 ナナがマジカルクルスを振り被った。
「おっと、そいつをこっちによこせって言ってんだよ! 抵抗すると本当にこの子を脱がしちゃうぞ!」
 赤いマジカルナックルを右手に装着した宅也が泉流に掌を向けた。
(くそ・・・・)
 真樹は何とか宅也に飛びつき、口紅を拭えないかとタイミングを見計らっていたが、どう見ても宅也と亜未に気付かれずに近付くのは不可能だった。
(都合よくここに咲紅さんが来るとか・・・・咲紅さんでなくてもいい、誰か・・・・)
 だが他に助けに来る人物は思い当たらない。
「渡さないのなら、渡したくなるようにしてやるよ!」
 宅也がナックルをナナに向けると、手甲の部分から炎の球が飛び出した。
「!」
 意表を突かれたナナはその火球を避けきれず、胸の辺りに被弾した。
「あっ・・・・!」
 衣服が燃える。せっかく転移させた私服がまたもや燃やされてしまい、ナナは胸を腕で覆った。それでもマジカルクルスは手放さなかった。
「ナ、ナナちゃん!」
 真樹は極力ナナを見ないように心配した。
「しつこいね」
 宅也は更に火球を飛ばした。先程は意表を突かれたナナだが、今度は何とか避けた。直線でしか飛んでこないので、避けるのはそう難しくはない。
 だが、それは単発の場合だった。
「!」
 火球がたて続けに発射された。
 胸を隠しながら逃げていたナナは、遂にスカートにも被弾を許した。スカートが燃え、下半身も下着だけの姿になってしまう。
「ナ、ナナちゃん!」
 寧音はナナを助けようと走った。だがそれがアダとなり、寧音も火球をその体に受けてしまった。
「きゃああっ!」
 寧音の体が火に包まれる。体に当たってしまったか、と思われたが、燃え尽きたのはその服だけだった。安心していいのか悪いのか、寧音もナナ同様下着姿にされてしまった。だが・・・・。
「何するのよ〜、この変態っ!」
 寧音はナナのように恥ずかしがって隠すようなことはしなかった。それどころか、宅也に向かって飛び掛った。
「き、君は恥ずかしくないの!?」
「恥ずかしいとかより・・・・!」
 寧音の飛び蹴りが宅也の三段腹にめり込んだ。
「げふっ!」
「あんたへの怒りの方が何倍も強いのよっ!」
 宅也の巨体が倒れる。寧音は宅也の右腕に飛びつき、ナックルを外した。
「あんたなんか・・・・」
 寧音の左腕にマジカルナックルが装着された。
「乙女の怒り、受けろ〜!」
 倒れている宅也に、容赦なく寧音は拳を振り下ろした。
「パッション・インパクト!」
 豚が絞め殺されたような宅也の絶叫が、ディメンションの中に響き渡った。宅也は唇を真っ赤にしたまま気絶した。
「気絶してしまっては、操ることも出来ないわね」
 寧音が振り返り、亜未を睨んだ。
「あなたの番よ」
「うっ・・・・」
(いいえ、まだ私には人質がいる!)
 亜未は気を失っている泉流の首に腕を回し、「近付かないで!」と叫んだ。
「この子がどうなってもいいのかしら? 本当に絞め殺すわよ!」
「・・・・」
「この子を殺されたくなかったらトランスソウルを渡しなさい」
「い、泉流ちゃん・・・・」
 寧音が躊躇している隙に、亜未はもう片方の手でルージュを自分の唇に引いた。
(この子を操れば、手出し出来ないはず)
 亜未は泉流を操り、ナナと寧音からトランスソウルを奪う作戦を考えた。ナナと寧音は宅也と違い、泉流に手荒な真似はしないだろう。二対二なら勝算はある。
(え、二対二?)
 自分と泉流、ナナと寧音。誰かを忘れている。
(そうだ、あの・・・・!)
 亜未が気づいたその時、真樹が亜未を後ろから羽交い絞めにした。泉流は支えを失い、その場に倒れる。
「しまった!」
「もう観念した方がいい。君に勝ち目はないよ」
 真樹は寧音と亜未が睨み合っている間に、亜未に気付かれないよう後ろへと回り込んでいたのだ。
「は、離してっ・・・・」
 亜未が腕を振り足をバタつかせて抵抗する。
「ナナちゃん、早くマジカルロープでこの子を!」
「は、はい!」
 ナナのマジカルクルスが亜未に向けられる。
「・・・・分かったわ、観念する」
 亜未の体から力が抜けた。
「だから乱暴はやめて、痛いから」
「あ、ご、ごめん」
 抵抗をやめたと思った真樹も、力を緩めた。
 その時、亜未の体が反転した。
「!」
 瞬時に、真樹の唇は亜未に奪われていた。
「きゃっ・・・・」
「あわわっ!」
 ナナと寧音はとっさのことにすぐに行動に移れなかった。
「ん・・・・う・・・・」
 真樹は抵抗しようとしたが、力が入らない。
(くそ、腕が、上がらない・・・・足も、動かない・・・・)
 ピチュ、と自分と亜未の唇が触れ合う音が聞こえる。
(や、柔らかくて、いい匂いが・・・・い、いや、駄目だ、このままだと・・・・)
「ぷはっ・・・・」
 二人の唇が離れる。真樹の唇は宅也同様、真っ赤に染まっていた。
(拭かないと・・・・このままだと俺は操られて、ナナちゃんや寧音ちゃんを・・・・)
 だが手も足も自分の意思では動かすことが出来なかった。
「さぁ真樹、トランスソウルを奪いなさい」
「分かりました」
(な、何言ってるんだ俺は! やめろ、やめてくれ俺!)
 まずは身近な寧音に歩み寄る。寧音はマジカルナックルを真樹に向けるが、足は後ろに下がっていた。
「ま、真樹さん、駄目です、真樹さんを宅也さんみたいに殴ることは出来ません!」
「だったら、大人しく渡すんだな」
(駄目だって! 寧音ちゃん、うわ、ちょ、ちょっとは隠してくれよ!)
 真樹の目に寧音の下着姿が映っている。目を逸らそうにも、真樹の視線は寧音に向けられたままだった。
(ナナちゃん、何をしてるんだ、早く俺を捕らえるんだ!)
 真樹はナナでも寧音でもいい、自分を攻撃もしくは拘束して欲しかった。自分のせいで二人がピンチになる事態だけは避けたかった。
 また自分がお荷物になる。また力になりたいと思って取った行動が逆効果になる。
 足手纏い。
(嫌だ、そんなことになるならいっそ、タクみたいに殴ってくれ!)
「さぁナックルを外して、こっちによこせ」
 だが真樹の口からは、意思とは無関係に言葉が発せられる。
「・・・・分かりました」
 寧音は折角取り戻したマジカルナックルを外した。
「真樹さんを殴るなんて出来ないから・・・・」
(ね、寧音ちゃん)
 寧音がナックルを差し出し、真樹が手を伸ばした。
 その一瞬の隙を突き、寧音が真樹に飛び掛った。
「ええ〜い!」
 寧音の手の平が真樹の唇に押し付けられ、思い切り擦られた。
「これさえ取ってしまえば、真樹さんのコントロールは解けるわ!」
 ムニムニ、グリグリ。力任せに寧音の手が真樹の口をこねくり回す。
(い、痛い、寧音ちゃん、手加減なしだな! で、でも、これで俺に掛かっている魔法が取れるのなら・・・・)
「んむぅ〜!」
 真樹を押し倒し、寧音は真樹の上に馬乗りになって唇を擦った。
「何で取れないの〜!?」
(と、取れない?)
 摩擦で唇が痛くなってきた。皮が破れそうになるが、それでも寧音は擦るのを止めない。
 ルージュが取れないのだ。
「うふふふ」
 亜未の嘲笑が聞こえた。
「無駄よ、そんなことでは私の『キッス・オブ・プリンセス』は解けない」
「な、何でよ!?」
「そのルージュは、私以外の誰かのキスでなければ取れないの」
「そ、そんなっ」
「残念だったわね」
 亜未がマジカルルージュを振ると、寧音の体は目に見えないロープで縛られ、自由が利かなくなった。寧音は馬乗りになったまま、真樹の体の上に倒れ込む。
(うわわっ、ちょ、ちょっと待ったっ!)
 下着姿の寧音と体が重なり合い、真樹は慌てた。だが体は言う事を聞かない。
(ま、まま、まずいって! これはまずいって!)
 胸の辺りにある寧音の顔が真樹に向けられる。
「ま、真樹さん・・・・」
「寧音ちゃん・・・・」
「ごめんなさい、あの、思い切り擦っちゃって・・・・口、痛いですよね」
「い、いや、それは助けてくれようとしたんだから・・・・」
「お、重いですか」
「いや、そうでもないけど・・・・」
 普通に寧音が乗っているだけでもドキドキするのに、しかも下着のみだ。
(そうだ)
 寧音は亜未が「他の誰かとのキスならルージュは取れる」と言っていたのを思い出した。今、自分は真樹の上に乗っている。
(あたしが、真樹さんのルージュを取れば・・・・)
 寧音は両手を縛られて自由の利かない体で、真樹の体を這い上がった。もう少しで口と口が触れ合う。
(ちょ、ちょっと、寧音ちゃん!?)
 寧音が体をくねらせているので、真樹の体に寧音の胸や腰がグリグリ押し付けられた。
(まずいって!)





33th Revenge に続く




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