話数選択へ戻る


タイトル


 31th Revenge 「深紅のナックル! 寧音の誓い」


「炎は素晴らしいな、烈」
 禍津夜光はそう言って烈に一対のライターを手渡した。
「君なら分かるはずだ」
「私が・・・・?」
 小さい頃のことだ。
 烈が友人の家に数人で遊びに行った時、その家族は出掛けていて、烈らは家全体を使ってかくれんぼをすることになった。
「もういいかーい」
「まぁだだよぉー!」
 烈は襖を開け、書斎らしき部屋に入った。簡単には見付からないような隠れる場所を探す。押入れなどは定番だからまず見付かるだろう。誰にも予想出来ないような場所に隠れるのが一番良い。
 机の下もすぐ分かる。掛け軸の裏は前から見ると膨れてしまう。壷の中に入るのは無理だ。
 あっ。
 烈は床の間の上を見上げた。板で囲まれるような形で、外からは見えない空間がある。そこによじ登って身を潜めれば、誰も気付かないはずだ。
 烈は早速登ろうとした。
「もういいかぁーい!?」
 かくれんぼの鬼が急かす。烈は身近な所に足を掛けた。
 あっ!
 足が滑り、烈は板の間に落ちた。
 そして派手な音は立たなかったが、壷が倒れていた。烈が夢中で足を掛けたのはその壷だった。
 壷を起こすと、ひびが入っていた。
(さ、最初から入ってたんだよな、倒したからじゃないよな)
 かくれんぼが終わって自分の家に帰った後でも、烈はそう祈り続けた。そしていつかは見付かるであろう壷のひびを思うと何も手につかなかった。その日に遊びに行った者が疑われるのは目に見えている。見付かれば厳しい親にどんな目に逢わされるか。それを考えると眠れなかった。
 だが、次の日にその家が家事で全焼した。
 壷も、何もかも燃えた。友人も、その家族も。
 烈は「壷のひびが見付からなくて良かった」と思った。
 それから数年。
 烈の親は成績にも厳しく、テストの点が悪い時は殴られることもあった。
 その日、返って来たテストの点は散々たる有様だった。それより上の点数の時にも殴られたのだ。その日の点数を見せれば、殺されるかもしれないと思った。
 だが今日、テストの返却があることは親も知っている。何とか証拠を消さなければならない。
 燃やせばいい。偶然、火がついてしまったことにすればいい。
 あの壷の時のように全て燃えてしまえば、安心して寝ることが出来るだろう。
 そう、全て。
 だが今回はそれで良くても、次はもう同じ手は使えないだろう。不注意で答案用紙を燃やしてしまうなど、そう何度もないはずだ。
 そうか。
 怒られる要因を消しても、それはまた起こり得る。
 怒る者がいなくなればいいんだ。
 目の前が真っ赤になる。
 自分の家は、思っていたよりもよく燃えた。
 夜中、両親が寝ている時間に烈は自分の家に放火したのだ。
 これでもう、僕を苦しめる者はいない。
 もう怒られない・・・・。


「火は全てを燃やす。楽しさも、苦しさも、何もかも」
 烈は炎の翼を拡げたまま、火に包まれたナナを見ていた。
 やがて火が消える。ナナの上半身を覆うコスチュームだけが綺麗に焼失し、ナナは両腕で下着一枚の胸を隠した。
 服だけで助かった、と思うしかない。肌に火が付いていれば、ナナの体は衣類を残して全て燃え尽きていたのだから。
 ナナは横目で、先程取り落としたマジカルクルスの位置を確認した。飛び付けば取れる位置だ。
「僕は君を殺すつもりはないよ」
 烈が顔を赤らめ、ナナから目を逸らした。結構、純情なようだ。
「そのトランスソウルを燃やしてしまえば、君はもう僕達を捕まえられない。それだけで充分さ」
「や、やめて! それは・・・・」
「おっと、下手に動かない方がいい。トランスソウルだけを燃やすつもりが、君に火が当たってしまうかもしれないからね」
 その時、烈の後ろから「うひょー!」という宅也の声が飛んで来た。
「ナ、ナナちゃんの、ブ、ブラジャー、萌えー!」
 感情を隠すことなく、素直に叫ぶ宅也だった。
「も、もう一枚、ス、スカートを! くそ、僕にライターを貸してくれよ! そうしたら一枚一枚、順番に・・・・」
 だが宅也はナナの睨むような視線に気付いた。
「はっ」
(し、しまった、つい本音が! これではナナちゃんに嫌われてしまう!)
「あのさ、あんた、あの子に好かれてるんじゃなかったの? そんなこと言ったら嫌われるんじゃない?」
 亜未が追い討ちをかけた。
(う、そ、そうだ! ぼ、僕は何てことを・・・・! いや、待て、僕はウイちゃんのことが・・・・ナナちゃんには悪いけど、諦めて貰うしかないのか? だとしたらナナちゃんに嫌われても構わないかも・・・・いや、万が一、偽物のマジカルアイテムの件でウイちゃんに嫌われてしまったら? そしたらナナちゃんは僕と晴れて恋人同士に!)
 そんな宅也の妄想に構っていられないナナは、どうにかこの状況を打破しなくてはならなかった。だが一歩でも動けば炎が襲ってくる。動かなければマジカルクルスが燃やされてしまう。
(お母さんが燃やされちゃうのは、絶対に駄目!)
 ナナはマジカルロザリオを握り締め、マジカルバリアを張った。地面を蹴り、落ちているマジカルクルスに手を伸ばす。
「う、動くなって言ったじゃないか!」
 マジカルライターが火を吹く。火はマジカルバリアに当たり、バリアが燃え上がった。そしてもう一つの炎がナナを襲う。
(ごめん、寧音ちゃん、泉流ちゃん!)
 ナナはミルキーナナの衣装の一つである、帽子を炎に向かって投げた。これで帽子だけが燃え、ナナまで火は届かない。
 ナナの計算ではそうだった。
 だが炎は帽子を燃やし、突き抜けた。
「一つの物質を燃やしただけで止まるマジカルファイアじゃないぞ! 炎は常に吹き出ているんだ!」
 ナナの手はマジカルクルスまで届くことなく、地面の上に落ちた。
 炎が迫る。
「ぐはっ!」
 烈の声と共に、マジカルファイアの軌道が変わった。
「!?」
 烈の指は芝生に倒れる前に、ライターのスイッチから離れた。火を出したまま地面を転がれば、烈自身の体にも火がつきかねない、危ない事態だった。
「だ、誰だっ!」
 烈が起き上がると、そこには寧音が立っていた。
「お前は・・・・?」
 烈の疑問を無視し、寧音はナナに向かって叫んだ。
「大丈夫、ナナちゃん!」
「ね、寧音ちゃん!」
 烈をぶっ飛ばした寧音の腕、そこにはマジカルナッコーが装着されていた。クマの攻撃により切断された、兇の左腕に付いていたものだ。
「き、君、それは兇の・・・・!」
「借りちゃった」
「借りたって・・・・君、それは・・・・!」
 トランスソウルにはそれぞれ「魔法承認機能」が付いている。そのトランスソウルそのものが、使用者に許可を与えない限りその能力を発揮することは出来ないのだ。それはマジカルナッコーも例外ではない。
(そうだ、能力が使えなければあれはただのナックル。無機物貫通能力がなくても兇の腕力なら脅威だが、女の子のパンチなら怖がることもない)
 烈は冷静に考え、立ち上がって体に付いた芝生を掃った。
 寧音はナナに駆け寄り、烈から守るように前に立ちはだかった。
「ナナちゃん、早く十字架を!」
「う、うん!」
「させませんよっ!」
 烈のライターが再び不死鳥の羽根を拡げた。
「!」
 寧音が後退る。それを見てナナは寧音のトラウマを思い出した。
(そうだ、寧音ちゃんは火が怖いんだ・・・!)
「あ・・・・ひ・・・・火っ・・・・!」
 赤い。熱い。怖い。
「どうした? 火が怖いのか?」
 形勢有利と見て、烈はニヤリと笑った。
「あ・・・・あぁ・・・・」
 燃える家。自分の不注意で出火した。
 そして妹が・・・・。
「い、イヤだ、来ないで・・・・」
 寧音の手足がガタガタと震え始めた。汗が噴き出し、視点が定まらない。
「あうっ・・・・」
 遂に寧音は膝を付いた。
「逃げて、寧音ちゃん!」
 背中からナナの声がする。
(逃げる・・・・)
 逃げたい。
(でも、あたしはあの時、逃げた。幼い、自分で立つ事も出来ない妹を置いて)
 ごめんね、ごめんね。
 罪の意識、後悔の念が寧音を苦しめ、そして火はトラウマとなった。
(逃げる?)
(また逃げるの?)
 火を見ると思い出す、あの日の過ち。
(またあたしは、大事な人を置いて逃げるの!?)


 おねえちゃん。
(誰?)
 がんばって、おねえちゃん。
(まさか・・・・)
 もうこうかいしないで。


「うわぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
 寧音は左腕を烈に向かって繰り出した。烈の右腕、火が噴き出しているマジカルライターに向かって。
「馬鹿な! 死ぬ気か!?」
 噴き出すマジカルファイアを、マジカルナッコーが真正面から打ち砕く。マジカルナッコーが炎に包まれた。
(これならナックルに火がつき、自身の手は燃えない・・・・だがそのナックルはもう使い物にはならないぞ!)
 もう一方のマジカルライターが寧音に向かって火を吐き出そうとした時、その動きが封じられた。
 烈の手首がロザリオの鎖に絡め取られていたのだ。
「しまった・・・・!」
 隙を突いてマジカルクルスを拾い上げたナナがカタルシス・ゲートを出現させた。
「や、やめろ!」
「ジャスティ・ホーリーライト!」
 十字架から七色の光が伸び、マジカルライターを貫いた。ライターを通り抜けた光はカタルシスゲートに吸い込まれ、やがて光が収まった。
「・・・・ううっ」
 魔力を抜かれ、ただの箱となったライターが烈の手から落ちた。そして、烈もその場に倒れた。
「寧音ちゃん、それは!?」
 ナナが見た寧音のナックルは、兇が付けていた物とは色が変わっていた。元は茶色だったのだが、今は真っ赤だ。
 確かそのナックルはマジカルファイアにより燃えていたはずだ。燃え尽きてしまうはずのマジカルナッコーは、色を変え、寧音の左腕で輝いていた。
「これは・・・・」
 寧音も信じられないという表情で自分の左腕を見ていた。
「取り込んだのか・・・・」
 うつ伏せになって倒れている烈が呟いた。
「取り込んだ?」
「僕のマジカルライターの片割れがそのナックルに砕かれた。でもその破片がどこにも見当たらない。おそらくマジカルナッコーの無機質貫通能力がバラバラになった僕のライターをその中に取り込み、一体化したんだ。理由は不明だがね」
 あるいは、寧音の「火への恐怖を克服したい」という気持ちがナックルに伝わったのかもしれない。ナナはそう思った。
「と、言うことは・・・・」
 ナナはマジカルクルスを使い、燃やされた服の替わりに自分のバッグに入っているノースリーブを転送した。取り敢えずはこれでミルキーナナの衣装の代わりになるだろう。
「あとはあなただけです、亜未さん」
「うっ」
 亜未はまだ宅也に捕まったままだった。
 兇が倒れ、烈も負けた。これではもうどうしようもない。
「ナ、ナナちゃん、こいつを僕が捕まえたんだよ! 君の為に!」
 宅也が嬉しそうに主張した。ナナは苦笑いするしかなかった。
「あ、泉流ちゃんだ、真樹さんも!」
「えっ?」
 寧音の言葉にナナが振り向くと、泉流と真樹がキョロキョロしながら公園内を歩いていた。ここはディメンション内なので、二人からはこちらが見えていない。
「あたし、呼んでくるね!」
 寧音が嬉しそうに駆けて行った。嬉しいのもそのはず、寧音は泉流がトランスソウルを持っているのに自分は持っていない、仲間外れな気分になっていたのだ。手に入れたマジカルナックルを振り回しながら、寧音は泉流と真樹に向かって叫んだ。
「おーい、こっちだよー!」
 すぐに返さないといけない、とは寧音に言い辛いナナだった。
 こうして亜未はナナ、寧音、泉流、真樹、そして宅也を前にして降参する以外になかった。
「抵抗しないなら縛ったりしません」
 そうナナに言われ、亜未は頷いた。
 兇と烈は危険なので、後ろ手に縛られている。
「後は小松さんですね」
 ナナはマジカルクルスを首のロザリオに付けた。寧音もナックルを外し、泉流もティアラを外した。
「・・・・」
 それを見ながら宅也は考えていた。
(マジカルアイテム、どれか貰えないかな・・・・だってこのままだとウイちゃんに嘘をついたことになる。でも「ちょうだい」って言ってもくれないだろうなぁ)
 宅也の視線に気付いた寧音が嫌な顔をした。
「な、何ですか?」
「な、何でもないよ、あのさ、ちょっとそれ、見せてくれないかなぁ」
「い、イヤですよ」
 せっかく手に入れたマジカルアイテムだ、上半身裸で汗をダラダラ流している宅也には、触られるのも嫌だった。
「ちょっとだけでいいからさぁ」
「イヤですってば!」
「おい」
 見ていられなくなり、真樹が宅也に言った。
「嫌がってるんだから、辞めろよ」
「何だよマキちゃん、ナナちゃんの前だからってカッコウつけるなよ」
「何だって? ナナちゃんは関係ないだろ」
「何だよ、僕からナナちゃんを奪おうとしたくせに」
 奪おうとした、という言い方だと、まだナナは宅也のものだという意味になる。真樹は呆れて、その次に腹が立った。
「お前なぁ」
「何だよ! ひっ」
 宅也はいきなり背中に亜未の手が当てられ、驚いた。
(黙って聞いて。これは心話と言って、心の中で話すものよ。あなたは喋れないから、私の言葉に手で合図して。いいわね?)
 亜未は気持ち悪いが我慢して、宅也の背中に手の平を当てていた。ナナたちからは宅也の巨体のせいで見えていない。
(あなたはあの人達と仲が悪いの?)
 プルプルと宅也の手が振るえ、そして一本の指が示された。
(一人? あのマサキって人とだけ仲が悪いって事?)
 宅也の人差し指と親指が丸を作る。
(ひょっとしてマジカルアイテムを手に入れたい?)
 またOKの合図。
(ついでに、あのナナって子も手に入れたいとか?)
 OKの合図がブンブンと振られた。
(じゃあさ、私を逃がす手伝いをしてよ。そしたらあなたの願いを叶えてあげる)
 今度は少し躊躇した後、OKのサインが出た。
(オッケー)
 亜未は覚悟を決めた。
 捕まるわけにはいかない。このままでは夜光に合わせる顔がない。
(夜光様ならこんな私でも受け入れてくれる)


 亜未は小さい頃、親に売られた。
 何も分からないまま、男の慰み者になった。
 そういう行為が何であるかを知った時、亜未はグレた。
 もうどうでもいい。私は穢れた人間なんだ。
 体を売れば儲かる。自分の体だ、どう使おうが勝手だ。何も減るものではないし、こんな自分を愛してくれる人なんていない。
 実の親でさえ自分を売ったのだから。
「そんなことはない、亜未」
 夜光様?
「君の体は美しい。他の男になど、勿体無い」
 夜光様・・・・。
 そう、私は美しい。あの小松貴美愛など比べものにならないほどに。
 あれはきっと、夜光様のお遊びなんだ。
 夜光様は私の過去など気にしなかった。今の私を愛してくれると言った。夜光様が本当に愛しているのは、私。


(何をする気だ、亜未)
 縛られ、地面に転がっている烈は、亜未がポケットからマジカルルージュを取り出すのを見た。
(まさか、亜未・・・・!)
 亜未はポケットから取り出したルージュを引いた。
「な、何してるの?」
 それを見た寧音が訊いた。
「見て分からない? お化粧よ」
「ど、どうしてこんな時に?」
「それはね・・・・」
 亜未は宅也の耳元に囁いた。
「ね、こっち向いて」
「え?」
 宅也が振り向いたその時、亜未の顔が近付いた。
「!」
 宅也と亜未の唇が重なる。
「えっ!?」
「きゃっ!」
「な、何を!?」
 その行為を目撃した全ての者が固まった。それぞれの頭の中で「?」が飛び交う。どれだけ想像力のある者でも、宅也と亜未のキスというおよそ有り得ない行為は予想出来ない光景だった。





32th Revenge に続く




話数選択へ戻る