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30th Revenge 「拳に全てを賭けて」
(ナナちゃん!?)
真樹はテレビの「臨時ニュース」に映った映像を見て、その中にナナの姿を発見した。街中の大パニック。クマの前に立っているのは間違いなくナナだった。
(な、何なんだあのクマは・・・・!)
真樹は魔法に縁があるので、今更超常現象には驚かない。驚いたのはクマの巨大さと、あちこちから白い綿をはみ出させているグロテスクさだった。
(あの店は・・・・駅前か!)
真樹は映像のバックに映っている建物から場所を特定し、その場に向かうべく車を走らせた。
何が出来るか分からない。何も出来ないかもしれない。
だがじっとしていられなかった。
それは「家に帰るように」とナナに言われた泉流も一緒だった。
「ナナちゃん・・・・!」
マジカルティアラの魔力は「休ませれば回復する」と聞いているが、泉流が家に帰ってから数時間しか経っていない。
一回なら治癒魔法を使えるかもしれない。その一回で、誰かの命が救えるかもしれない。そう思うと、泉流も家でじっとしているわけにはいかなかった。
家を出ようとして気付く。テレビのニュースで流れた映像は駅前だった。泉流の家から駅前までは走っても二十分は掛かる。クマは今にもナナに襲い掛かろうとしていた。今からだと明らかに間に合いそうにない状況だった。まして、車通りの多い道路を避けて通る、泉流の「いつもの道」を通っていけば尚更だ。
車ならほんの数分だ。
泉流はマジカルティアラを手に家を出た。そして走る。
車が怖い。
だが、自分が行けばあるいはナナを助けられるかもしれない。無傷で勝てるならいいが、もし大怪我を負って、その時に自分がいれば助かるかもしれない。
万が一、自分がその場に間に合わず、クマと戦ったナナが助からなかったら?
怖い。
泉流は車の音が聞こえる場所まで走って来た。いつもは避けて通る国道だ。
足が震える。
(ステラ、お願い、勇気を・・・・勇気をちょうだい!)
泉流は手を挙げた。
暫くして、泉流の前に車が止まる。タクシーだった。
排気ガスの臭い、エンジンの振るえる音。泉流の両脚が震え、体が道路とは逆の方向に傾く。意思とは無関係に体が逃げようとしているのだ。
(逃げちゃ・・・・駄目・・・・!)
「お嬢さん、乗るの? 乗らないの?」
タクシーの運転手が怪訝な顔で問い掛ける。
「の、乗り・・・・ます」
泉流が顔を上げると、開いたドアの向こうにシートが見えた。手を伸ばし、シートを掴む。そして一気に後部座席に飛び込んだ。
「きゃあっ」
「だ、大丈夫かっ!?」
「う・・・・」
泉流は座席の端っこで身を強張らせていた。
「どこか悪いのかっ!?」
「え・・・・」
「え?」
「駅前、まで、お願い、します・・・・」
「駅前? 駄目だなぁ、無線で連絡が入ったんだ、駅前でテロか何かあったらしい。だから・・・・」
「行ける所まででいいです、行って下さい!」
待ってて、ナナちゃん。
私、車に、乗ったよ。
怖いけど、私、車に乗ったよ。
クマと対峙するナナの耳に、キーンという音が聞こえた。
(セルフ・ディメンション・・・・?)
「ボーっとしてないで、張るんだ!」
烈が叫んだ。ナナは意図を察し、ディメンションを展開した。
ナナ、烈、亜未のディメンションにより、取り込まれたクマの姿は周囲の誰からも見えなくなった。
「な、何と言うことでしょう! あの巨大なクマが消え失せました!」
どこかのレポーターが叫ぶ。
烈と亜未はクマとナナの周囲に誰もいなくなったのを確認し、セルフ・ディメンション内に取り込んでクマの姿を隠してしまったのだ。
ナナは走った。クマは計算通りに、りりあを肩に乗せたままナナを追って来る。
(このまま誰もいない場所に・・・・!)
「あ、ナナちゃ〜ん!」
「・・・・」
呼んでいないのに、宅也も追って来た。そのお陰で、宅也はディメンションの中にいる。
だがそんなことに構っている場合ではない。
手っ取り早く人気のない場所を探し、ナナはクマを卯佐美公園まで誘導した。かつてナナが咲紅に追われ、圭ちゃんが捕まった場所だった。
その芝生の上で、ナナと烈、亜未が巨大クマと睨み合いをしていた。
「はぁ、はぁ・・・・」
ナナを追って来た宅也は息を切らせて倒れ込んでいる。
「くまー」
クマも肩で息をしていた。
「・・・・」
夏の暑い中、クマを誘導する為に走って来たナナは汗だくだった。ナナはマジカルクルスを閃かせ、汗と埃にまみれた服をミルキーナナの衣装と交換した。ミルキーナナの衣装は寧音と泉流が「記念に」とナナにプレゼントしていた。
「なに、その恰好」
亜未が鼻で笑った。
「お友達が作ってくれたものです」
「やだ、手作り? ダサーイ。ねぇ、烈」
亜未は烈に同意を求めたが、烈は「そ、そうか?」と言葉を濁した。
「あ、烈君、ひょっとしていやらしい目で見てる?」
「あ、いや、そんなことは」
「これだから男って嫌なのよねぇ、ちょっと露出系の服を見るとデレデレしちゃって! 何よ、この子のスタイル! 胸は貧弱だし、くびれもないし・・・・」
クマの爪が迫った。
ナナ、烈、亜未は飛び退いて芝生を転がった。
「君がうるさくしたからクマが起こったじゃないか!」
「何よ、烈君も怒鳴ってるじゃない!」
「言い争っている場合じゃありません」
ナナは冷静に二人をたしなめると、マジカルクルスを構えた。それを見て烈はマジカルライターを、亜未はマジカルルージュを手にする。
「烈君、今度は気絶しないでね」
「任せろ」
烈の指がライターに掛かる。
「くまー!」
クマが踊り掛かった。
「きゃあっ!」
クマが激しく動いたので、りりあがクマの肩から落ちた。
「危ない!」
ナナがりりあを受け止めるべく走る。それを見てクマが爪の方向を変えた。
「危ない、逃げろ!」
烈は叫んだが、叫ぶしかなかった。
ナナがりりあを受け止める。そこにクマの爪が迫った。
「手癖が悪いぜ、この野郎!」
爆裂音と共にクマの爪が折れ飛んだ。りりあを抱えたナナが芝生の上に転がると、その前に兇が立っていた。
「大丈夫か」
「あ、ありがとう」
「礼はいい。俺もお前の仲間に助けられたからな」
ディメンションを感知した兇がテリトリー内に飛び込んできたのだ。
「ファイヤァァァ!」
マジカルライターから炎が噴き出し、爪を一本折られて怒っているクマを襲った。
「くまー!」
クマの頭を炎が襲う。瞬く間にクマの頭は火に包まれた。
「やった!」
烈がガッツポーズを取る。クマの頭に引火した炎は、やがてクマ全体を燃やし尽くすだろう。これで決着した、と烈は思った。だが・・・・。
クマは残った爪で己の首を跳ね飛ばした。
支えを失ったクマの頭はごろごろと芝生の上を転がり、火柱を上げてやがて灰となって消えた。目標物のみを焼き尽くすマジカルライターの炎は、その下に生えている芝生を焦がすことはなかった。
頭部を失ったクマが烈に向かって来た。
「き、君、目がないから前が見えないじゃないか!」
「・・・・」
首のないクマはさすがに「くまー」とは言えないようだ。
「化物めっ!」
兇が殴り掛かる。だが目のないクマの左ストレートが兇に命中した。
「がはっ・・・・」
「兇!」
亜未の叫びが遠くに聞こえた。
(俺にはパンチしかねぇ)
俺は悪くないんだ、そいつが母ちゃんを馬鹿にしたんだ!
馬鹿にされただけで、人を殺すのか?
違う、それはそいつが弱っちぃだけだ、そんなに強く殴ってないんだ!
だがこうして相手は死んでいる。
手錠が掛けられた。
離せよ、やめろよ、死んだそいつが悪いんだ! 俺はただ殴っただけなんだ!
故意であれ事故であれ、お前が人を殺したという事実は同じだ。
俺は悪くない! 母ちゃんの悪口を言われたから、これは報復だ!
目撃者の証言では、お前が一方的に殴ったと言うことだが?
な、何だって? 嘘だ、そんなの嘘だ!
さぁ、来るんだ。
放せよ! 俺が捕まったら、母ちゃんは・・・・!
犯罪者の母親として後ろ指を指されるだろうな。当然だ。
駄目だ、母ちゃんは、俺が母ちゃんを守らないと・・・・!
こいつ、抵抗するか!
やりやがったな、てめぇ! 俺は悪くないんだ!
「所詮・・・・」
兇は右腕の拳を見詰めた。
「俺は拳でしか誰かを守れねぇんだよ!!」
兇の拳とクマの拳が正面からぶつかり合った。恐ろしい程、大きさに差がある。だがその一瞬後、クマの腕が内部から膨れ上がり、爆発した。兇がクマの腕に大量の魔力を流し込んだのだ。
「・・・・ナッコー」
マジカルナッコーはその魔力を使い果たし、機能が停止した。
「すまねぇ・・・・」
腕に続き、クマの胴の傷から綿が飛び出た。辺りは白い綿に覆われ、やがてそれらは消滅した。いや、消えたように見えただけで、元のぬいぐるみの大きさに戻っただけだった。マジカルクマさんの魔力が尽きたのだ。
そして、兇もその場に倒れた。
「兇っ!」
烈と亜未が駆け寄る。兇は全てを拳に込め、クマを粉砕したのだ。
「・・・・大丈夫、息はあるわ」
亜未が兇の心臓に耳を当てて言った。
「この子も、寝てしまいました」
りりあはナナに抱かれ、すぅすぅと寝息を立てていた。
「いい気なものね」
亜未はそう言ったが、顔は笑っていた。りりあの寝顔が可愛かったからだ。
「さて、と・・・・」
烈はマジカルライターを構え直した。
「クマは片付きましたが、僕たちはまだ姫を捜さないといけません。ここからはまた敵同士ということですね」
烈の言葉にナナは頷くと、近くのベンチにりりあを寝かせた。
「兇という人もこうして倒れているわけですから、ここであなた達も大人しく捕まって貰います」
「そう簡単にはいきませんよ。いざとなったら兇は放って行きます」
「薄情ですね」
「姫を守るという使命がありますから」
マジカルライターを持つ烈と、マジカルクルスを構えるナナが睨み合う。
「亜未、君だけでも逃げろ。ここは僕が」
「え、でも・・・・」
「一刻も早く姫を捜してくれ。僕はあの子を倒し、兇と一緒に後で合流する」
「・・・・分かった」
亜未のトランスソウルは攻撃型ではない。闇金の時のように、誰かを操る能力である。しかもそれはルージュを引いた唇で、対象となる人物にキスをしなければならないのだ。よって戦闘には不向きである。
「後は頼んだわ、烈!」
「待って!」
ナナが亜未を追おうとすると、その前に兇が立ち塞がった。
「君の相手は僕だ」
だが。
「きゃあっ!」
亜未の悲鳴が聞こえ、烈は慌てて振り返った。そこには宅也に腕を掴まれている亜未の姿があった。
「放して、やだぁ!」
「何だよ、僕は君達の仲間じゃないか! あの眼鏡っ子はどこなの!?」
亜未の腕を掴んでいる宅也の手は汗まみれで、亜未は鳥肌が立った。
「な、仲間なんかじゃないわよ、あんたなんか!」
亜未は放して欲しくてつい本音を言ってしまった。
「何でだよ、マジカルアイテムをくれたじゃないか!」
「あれは欠陥品! 作動しないゴミよ! あんなの本気にするなんて、馬鹿じゃないの!?」
「偽物・・・・?」
宅也の表情が変わった。
「ど、どういうこと? 僕を騙したの?」
「あんたなんか仲間にするわけないじゃない、このエロオヤジ!」
「・・・・」
あのマジカルアイテムはウイにプレゼントした。喜んでくれると思ったからだ。
だが、それが偽物だと分かると、ウイは怒るだろう。自分を騙した宅也を嫌いになるだろう。
魔法を使えば、ウイは憧れの声優になれる。そして宅也はウイの恋人になり、人気アイドル声優と結婚する。
そこまで描いていた宅也の将来の夢が崩れた。
「どうしよう・・・・」
「?」
「ウイちゃんに嫌われちゃうよ〜!」
宅也は亜未の両腕を掴んで揺さぶった。
「どうしてくれるんだよ、僕の夢は? ウイちゃんの夢は? 君達のお陰で僕は将来の計画がパァじゃないか! 返せよ、僕の明るい人生を返せよ!」
「な、何言ってんのよ、放してよ、気持ち悪い!」
「そうだ、君のマジカルアイテムをよこせ、それを改めてプレゼントすればまだ間に合うかもしれない!」
宅也は亜未のスカートのポケットに手を伸ばした。
「きゃあっ、ヘンタイ!」
「本物をくれよ! じゃないと、僕はウイちゃんと幸せになれないんだよ!」
「亜未!」
亜未を助けようと思った烈だったが、気を取られている場合ではなかった。ナナの手からマジカルロザリオの鎖が烈を目掛けて飛んで来たのだ。
「くっ!」
烈は飛び上がり、紙一重で鎖から逃れた。
「亜未! 待ってろ!」
烈はマジカルライターを宅也に向け、炎を射出した。
「危ない、避けて!」
それを見てナナが叫ぶ。宅也がどうなろうが別に構わないが、さすがに焼死してしまうのは可哀想だ。だが宅也は「ナナちゃん、僕の事を心配してくれるんだね!」と感動していた。
その為、炎から逃げ遅れた。宅也の着ている美少女キャラTシャツに火がついた。
「うわちゃあああ〜!」
宅也の上半身が炎に包まれる。Tシャツの背にに書かれた「萌え」が「燃え」た。
「助けてぇ、死ぬううぅぅ〜!」
もう駄目だと宅也は思った。だが炎はTシャツを燃やし尽くした時点で消えていた。
「・・・・あれ」
宅也の体には火傷一つない。
(シャツだけが、燃えた・・・・熱かったのに、体は燃えていない・・・・)
宅也はTシャツが燃えて上半身が裸になり、一層変態度が増した。
「なるほど、マジカルアイテムだな。あのライターから出る炎は火がついた物体だけを燃やす炎で、他には燃え移らないってことか」
宅也は腕組みをしながらそう推測した。
「あ、あの変態オヤジ、只者ではないのか!? 僕のマジカルファイアの特性を瞬時に見抜くなんて!」
宅也は自分に起こった現象を素直に解釈しただけなのだが、烈は気の毒なほど驚いていた。
(使える・・・・!)
宅也の目が光った。
(つまりあの炎でこの亜未ちゃんやナナちゃんの服を燃やせば、ウハウハなことに!)
宅也は亜未の腕を掴み、引き寄せた。
「きゃあああっ!」
「さぁ、さっきの炎を撃って来い!」
宅也は烈の方に亜未の体を向け、叫んだ。亜未は掴まれている腕が宅也の体に密着し、汗でベトベトになって更に叫び声を上げた。
「いやぁ〜、助けて烈!」
「くそっ、亜未を放せ〜!」
亜未に同情したいナナだったが、烈がそっちに気を取られている今がチャンスだ。
「サクリファイス・オブ・レギュレーション!」
ロザリオが烈に向かって伸びる。だが烈もそう間が抜けているわけではなかった。
「甘いなっ!」
振り向きざま、ライターを鎖に向ける。ナナは危険を察知し、ロザリオの軌道を変えた。その瞬間に炎が伸び、ロザリオを襲う。鎖は自在に向きを変え、再びナナの手元に戻った。
烈はライターを握る手に滲んだ汗を拭った。
(やはりこっちが先決か・・・・我慢してくれ、亜未)
烈は両手に持ったライターから火を噴き出させ、翼のように広げた。
「すぐに助けるよ、亜未」
ナナに向かって炎の翼を拡げ、距離を縮めてゆく。
「はっ!」
烈の右手が振られ、方翼がナナを襲う。ナナがそれを避けると、逆方向からもう片方の翼が襲ってきた。
「!」
「フェニックスの抱擁からは逃げられないよ」
「・・・・」
両側から炎が襲い掛かってくる。
飛ぶのはまずい。空中では方向転換が出来ないので、翼の餌食となる。
フェニックスの翼は烈の前方百八十度、死角がなかった。
ナナは突破口を考える。確実に破ることが出来るのは「空間転移」で烈の後ろに回ればいい。だがナナはまだ転移は危険なので扱えない。
「それ、それ!」
烈は翼を振りながらナナに迫って来る。角度を変え、向きを変え、炎の翼がナナを襲う。腕でも脚でも炎に触れたらアウトだ。
「それっ!」
「っ!」
「と見せ掛けて、こっちだ!」
「あっ・・・・」
炎が右肩をかすめた。「しまった」と思った瞬間、マジカルクルスが手から離れて芝生の上に落ちた。
右肩が燃える。だが火がついたのは肩ではなく服だった。
「きゃぁぁぁぁっ!」
ナナの上半身が炎に包まれる。
(ああ・・・・)
烈はその光景を見て、目を細めた。
31th Revenge に続く
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