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タイトル


 29th Revenge 「クマとおじさん」


「寧音ちゃんは危ないから、帰った方がいいよ」
 巳弥の後を追ったナナは、寧音にそう声を掛けた。
(あう・・・・)
 一人だけ何の力も持たない寧音は、取り残された気になった。事実、河原に一人取り残されている。
(泉流ちゃんまでマジカルアイテムを持ってるのに)
 友達だから力になりたい。自分も何かしたい。
(でもあたし、何もないから・・・・)
 芝生の上に、何かが落ちている。
(・・・・あ)
 それは兇の左腕だった。それにはマジカルナッコーの片方が装着されている。
「・・・・」
 寧音は恐る恐る近付いた。
(うわ・・・・)
 兇の腕は鋭利なクマの爪で断ち切られ、その腕は血が流れ切って、どす黒く変色していた。
(マジカルアイテム・・・・だよね、これ)
 だがマジカルナッコーは手甲なので、腕にピッタリとはまっていた。取ろうにも、留め金を外す必要がある。
(・・・・)
 寧音は木の棒を拾って来て、留め金を突付いた。だがその程度の力では取れそうにない。
(う〜・・・・)
 寧音はそ〜っと手を伸ばし、兇の腕に触れないように留め金に指を掛けた。
 パチン。
 もう一つパチン。
 ロックは外れた。寧音はナッコーの端を摘んでゆっくり持ち上げた。
「ひゃっ」
 ズルリと兇の腕が抜け、マジカルナッコーが寧音の手元に残った。
(付けて、みようかな)
 だが、そのまま付けてみるのはあまりに気持ち悪かった。
(洗ってみよう)


「はぁ、はぁ・・・・」
 貴美愛は脚を引き摺るように、メビウスロードの前まで来た。いつでも帰れるようにと消さずにおいていたものだ。
(夜光様・・・・)
 夜光はりりあをどういう目的でリュックに忍ばせたのか?
 クマはナナや巳弥だけでなく、兇たちにも襲い掛かった。
 あれほど危険なものだと知ってのことだったのか。
 自分には何も教えてくれなかった。
 真相を聞くべきだと思った。
 そして兇、烈、亜未。
 貴美愛は兇らが泉流のお陰で助かった事をしらない。三人はクマに殺されたと思っていた。
 爪で裂かれた兇、踏み潰された烈、殴り倒され血まみれになった亜未。
(だから・・・・)
 美雪と泉流の顔を思い浮かべる。
(回復要員が必要だったのよ・・・・)
 ナナも襲われそうになり、貴美愛は怖くて逃げた。ナナがやられたら次は自分だ。
 必死で逃げた。
 あれだけの怪我だ、兇、烈、亜未、そして巳弥も助からないだろう。
 ナナもどうなったのかは分からないが、あの状況ではおそらく・・・・。
 貴美愛の顔は涙でぐちゃぐちゃになっていた。
(ごめんなさい・・・・だって、私がいても何も出来なかったのよ)
 今まで自分を助けてくれていた兇らを見殺しにした。あの三人がいなければ今までの復讐は不可能だっただろうし、この先の復讐は成し遂げられないだろう。
 誰かが傍にいる、そんな精神的な支えを失ったのだ。
 一人では無理だ。夜光に指示を仰ごう。そう思って、貴美愛はメビウスロードの入り口にやって来た。
(夜光様は怒るかしら・・・・復讐を半ばにしてエミネントに帰るなんて。でも私は諦めていない。またお供を何人か付けてくれたら、再び戻って来る。そして・・・・)
 貴美愛はメビウスロードに向かって手を伸ばした。


 ナナ達一同は手分けをしてりりあの捜索に当たった。だがなかなか何の手掛かりも得られない。クマは普段、りりあのぬいぐるみであるから、まずりりあを捜すことになる。クマが巨大化して暴れてくれると見付け易くて助かるが、クマが暴れるのを期待することも出来ない。
 辺りは暗くなりつつあった。りりあのような小さい子が一人で歩き回る時間帯ではない。りりあはクマに守られて安全かもしれないが、周りには危険を撒き散らすことになるだろう。
(早く見つけないと)
 見たところ、クマは強暴だがりりあは操っているようには見えなかった。巨大クマを出さずに済めば何とかなるのではないか、とナナは思っていた。りりあが「うるさいなぁ」と言った時にクマが巨大化した。りりあの気分であのクマは標的に向かって攻撃するのかもしれない。
(お腹、空いたな)
 りりあも空腹かもしれない。人間、空腹状態では腹を立てやすい。
(小松さんはどこだろう・・・・一緒じゃないのかな)
 もう一つ危惧することがある。兇達は本当に信じていいのか、ということだ。
 例えばりりあのことは放っておいて、貴美愛と合流して残りの復讐を果たす為に動いているかもしれない。
 だがナナの個人的な意見として、兇は嘘がつけるような人間ではないように思えた。人がいいとかではなく、上手に嘘がつけるほど器用な人間には見えなかったからだ。
「ナナちゃん」
 隣には泉流がいた。泉流一人ではりりあに出逢った時に何も出来ないので、ナナと一緒に行動することにしたのだ。ちなみに巳弥と兇は単独行動、烈と亜未は一緒にりりあを捜している。
「なに? 泉流ちゃん」
「よく分からなくて、何となくだけど・・・・」
「うん?」
「このマジカルティアラの魔力・・・・って言うのかな、が少ない気がするの」
「あ・・・・」
 あれだけの人数を治療したのだ、ティアラの魔力がなくなるのも当然だった。と言うより、あれだけの治療を行ってまだ魔力が残っているというのは驚くべき点である。少なくともナナの知る限りではそれほど大量の魔力を秘めたトランスソウルは他にない。
(ひょっとして泉流ちゃん、凄いトランスソウルを貰ったのかも)
 だがそれも貴美愛が不正に手に入れて泉流に渡したものだから、返して貰わなければならない。今は確実に役に立っているので黙認しているが、この一件が片付けば泉流から返して貰うことになる。
 それは後々の問題として、ティアラの魔力が少ないと言うことは、泉流による治療を頼ることが出来ないということだ。一晩休ませればトランスソウルの魔力はほぼ全回復するが、そんな悠長なことは言っていられない。
「泉流ちゃん、やっぱり帰った方がいいよ」
「え、でも・・・・」
「トランスソウルの魔力は休ませないと回復しないの。魔力が少ないってことは魔法を使えないわけだから、一緒にいると危険だよ」
「でも、少しくらいなら・・・・」
 言い掛けて泉流は言葉を切った。
 言ってしまえば、自分は治癒だけしか能がない。今のままならすぐに魔力が切れ、お荷物になるだろう。
「・・・・分かった」
 力になりたいのと、力になれるのとは別だ。気持ちだけではどうにもならないこともある。気合や気力は、ある程度の力がある場合のみに役に立つものだ。よく「気持ちで〜しました」という言葉を聞くが、まずそれが可能となる能力が備わっていなければ出来ないことである。仮に出来た場合、それを「奇跡」もしくは「火事場の馬鹿力」と呼ぶ。
「泉流ちゃん、家まで送って行くよ」
「ううん、帰れるから」
「でも、車・・・・」
「大丈夫、卯佐美市内の車が少ない道路は全部覚えてるから」
 大袈裟に聞こえるかもしれないが、車が怖い泉流にとって、それは生きる為の知識であった。


「烈君、烈君ってば」
 亜未が息を切らしつつ烈の後を追っていた。
「何だ、亜未」
「もうちょっとゆっくり走ってよ、こっちは乙女なんだから」
「じゃあ別行動にすればいいだろ。一刻を争う事態なんだ。あのクマが暴れたりしたら・・・・」
「もういいよ、それは聞き飽きたから」
 亜未は遂に立ち止まった。
「それに、私達には関係ないんじゃない? あんな子」
「そうはいかない。本気で言ってるのか?」
 烈も立ち止まり、荒い息を吐いている亜未に近付いた。
「あのクマがこっちの一般人を殺したりしたら、大変な問題になるんだ」
「何よ、烈君だって一人殺してるじゃん」
 亜未に言われ、烈はマスミが燃えてゆく様を思い出した。
「・・・・あれは正当防衛だ」
「悪い事してるんだから、今更いいことしてもなぁ」
「・・・・小松貴美愛の復讐は正義だ。悪いことじゃない」
「姫、じゃなかったの?」
「・・・・」
 烈は顔を背けた。
「あの子の前だけ、姫って呼んでるんだ」
「き、君だってそうだろう。大体あいつ、姫って顔かよ」
「あ、それが本音? 烈君って女の子の価値を顔で判断するんだ。あのね、そういうのって凄く失礼なんだよ。自分が言われたわけじゃなくても、傷付くんだからね! だって顔はある程度は生まれつきのものだし、そんなので判断されちゃたまらないって! じゃあ何? 烈君は夜光様に言われたから彼女を姫って呼んでただけで、本当は『何が姫だよ、このアンパン女!』とか思ってたのね!? 敬ってる振りをして、実は『夜光様に気に入られたからっていい気になってんじゃねぇよ』とか思ってたんでしょ! そりゃあね、確かに夜光様は面白がってやってたのかもしれないわよ、ううん、その可能性が大ね。あの夜光様があんな小娘の事を気に入るはずがないし、どう見たって不釣合いだし、その気になればもっと美人で可愛い子だって選び放題だもんね! あの子だったらよっぽど私の方が美人に決まってるじゃない! あんな・・・・」
「そこまでだ、亜未」
 烈は亜未のマシンガントークを手で制し、咳払いをした。
「それは僕の考え方と言うより、君が思っていた事だろう?」
「ち、違うわよ、私は烈君の気持ちを代弁して・・・・」
「憶測で勝手に代弁しないで欲しい。まぁ・・・・」
 烈は少し声のトーンを落とした。
「合意出来るとすれば、彼女より君の方が可愛いと・・・・」
「あ、あれっ!」
 亜未が烈の腕を引っ張り、建物の影に隠れた。
「な、何だ?」
「あれよ!」
 亜未が指差し方向には、クマのぬいぐるみを抱いたりりあがいた。そして、りりあに話し掛けている太った男が一人。
 烈と亜未はその男に見覚えがあった。二度と逢いたくない人物という点で、二人の意見は合致していた。
「・・・・何であのおっさんが」
 亜未は眉間に皺を寄せた。国守宅也を見て不快感を感じたからだ。
「どうしたの、迷子?」
 宅也はりりあの前にしゃがみ、話し掛けた。だがりりあは胡散臭そうに宅也を見て、無言で歩き出した。
「ちょ、ちょっと待ってよ、こんな時間に、こんな場所で、君みたいな小さくて可愛い子が一人でうろついていたら、危ないよ!」
 もう既に危ない奴に逢ってる、と烈と亜未は思った。
「あのおっさん、幼女にも興味があるのか?」
「私が知るわけないでしょ」
「姫は一緒じゃないようだな」
「姫って呼ぶんだ」
「しっ! 静かに」
 りりあが歩き出したので、烈と亜未は見付からないように尾行を開始した。何とかあの巨大クマを出現させずにりりあを捕らえなくてはならない。二人は後をつけ、そのチャンスを伺うことにした。
「ねえ、名前は? 僕は宅也だよ」
「・・・・」
「ねぇ、迷子だったら警察とか・・・・」
(まずいな)
 烈は舌打ちした。
 あの時、りりあが「うるさい」と言った時にクマが出現した。宅也はしつこく話し掛けてくる。りりあにとってまさに「うるさい」状態だ。
「・・・・」
 りりあは立ち止まって、クマのぬいぐるみを見詰めた。
「あれ、片手がないんだね?」
 宅也が「優しいお兄さん」を気取って話し掛ける。
「なくしたの?」
「分かんない。さっきまであった」
「じゃあ、どこかに落ちてるかもしれないね」
「・・・・」
 宅也の話を聞き、りりあはUターンした。
「ど、どこへ行くの?」
「探しに行くの」
 りりあはキョロキョロとぬいぐるみの腕を捜しながら歩いた。宅也もその後を追って、すっと歩いて行く。
「待ってよ」
 宅也の手が、りりあの腕を掴んだ。
「!」
「手を繋いでないと、はぐれちゃうよ」
 宅也はニッコリ微笑んだ。だがりりあにはそれが「笑顔」には見えなかった。
「いやぁ、離して、ヘンタイ!」
「ヘ、ヘンタイって、そんなぁ」
「離せぇ」
 りりあの叫びを合図にクマが発光し、巨大化した。
 思い切り、街の中で。
「きゃあああああ!」
「うわぁぁぁぁぁ!」
 悲鳴が響き渡った。
 通行人は皆、何かのイベントだと思おうとした。クマの巨大なバルーンか何かが出現したのだと思いたかった。
 だがその巨大なクマは唸り声を上げながら二足歩行し、片腕の爪を振り被った。
「うわああー!」
 1秒前まで宅也がいた場所に爪が振り下ろされ、アスファルトの地面に突き刺さった。通行人は我先にと逃げ回る。あっと言う間にクマの周りからは宅也以外の人がいなくなった。だがまだ目の前の出来事が信じられないのか、遠くから巨大クマの様子を見ている。ほとんどがどこかの店かテレビ局が起こした「サプライズ企画」だと思っていた。
「ひいいいっ!」
 宅也は地面を這うように逃げた。だがクマの爪が容赦なく宅也の背中を狙い、爪を振り下ろした。
 ズオオオン。
 超重量級の地響きが起き、クマが倒れた。
「・・・・!?」
 片腕だけのクマは、いつものように腕を振ったが片腕しかなく、バランスを崩して倒れたのだ。
「くま〜」
 くまった、いや困ったような顔をして、クマは再び立ち上がった。
「くまくまー」
 クマが宅也を睨む。
「き、君が倒れたのは僕のせいじゃないよ!」
「くまー」
 それを見ていた烈が顎に手を当てた。
「あのクマと話が出来るとは、かなりのツワモノかもしれないな」
「そんなのんきなこと、言ってる場合!? 大パニックじゃないの!」
「確かに。だが、この状況で僕達に何が出来る?」
「それは・・・・」
 クマは宅也を追い掛けていた。その気になれば追いつくのだが、クマは宅也の逃げるスピードに合わせて歩いている。遊んでいるようにも見えた。
「き、き、君、このクマは・・・・!?」
「マジカルクマさん」
 クマの肩に乗ったりりあが言った。
「可愛い?」
「な、名前はか、可愛いけど、物凄く怖い!」
 パトカーや救急車のサイレンの音が聞こえて来た。


 警官隊が「中に入っている者、出てきなさい! 止まりなさい!」とスピーカーで怒鳴り続けていた。警察としてはあの巨大クマが自分で動いているとは勿論思えないので、人が入って動かしているものだと信じていた。そうしなければ、自分達の知る範囲の知識ではクマの存在を受け入れることが出来なかった。
「ひゃぁぁ〜!」
 宅也は必死で逃げ回る。クマはゆっくりその姿を追う。
 警官隊は遂に威嚇射撃を行ったが、クマの耳に念仏だった。
(・・・・どうしよう)
 魔力サーチによりクマの魔力を感知してその場に辿り着いたナナだったが、こうもギャラリーが多いと迂闊に魔法を使えない。どうやらクマは無差別に暴れているのではなく宅也だけを追い掛けているようなので、暫く様子を見ることにした。
 だがクマも飽きてきたのか、宅也の背中を思い切り蹴り飛ばした。
「ぎゃっ!」
 宅也の巨体が吹っ飛ぶ。警官隊は「やめろ!」と言いながら詰め寄った。既に自衛隊、機動部隊等も参加している。
「駄目、クマさんを刺激しちゃ・・・・!」
 ナナの叫びはパニック状態の騒音に掻き消された。
「くまー!」
 クマが吼えた。
 吼えても可愛い声だったが、行動はおよそ可愛くなかった。
 クマの手が機動隊を薙ぎ払い、足がパトカーを踏み付けた。
 クマに向けて発砲する警官。逃げ惑う市民。爆発するパトカー。血飛沫を受けるクマの爪。飛び散るガラス。絶叫。
 一瞬にして街中は凄惨な地獄絵図と化した。
 止めるしかない。
 ナナはパニック状態の人波を掻き分け、クマに近付いた。
「くま?」
 クマの目がナナの姿を捉えた。
「くまー・・・・」
 クマが左手で、腕が千切れた右肩を叩いた。
(あたしがやった、と言う事なの?)
 クマの目が釣り上がる。ナナが右腕を取った、とうアピールだろう。
(でも、どうやって・・・・)
 ナナにはその時の記憶が無い。
 確かに、ナナの抑制魔力を開放すれば可能かもしれない。キョーコのグループに襲われた時に、倉庫の屋根を吹き飛ばしたあの力があれば。
 ナナの首に掛けられているマジカルロザリオ。魔力を抑えているこのトランスソウルを取れば、ナナの魔力は開放される。
 あの巳弥でさえ目の前のクマを捕らえることは出来なかった。となれば、クマの片腕を吹き飛ばしたであろう自分の魔力を解放するしかないのではないか。
 このままでは事態は悪化し、犠牲が増える。
 自分自身の「魔力を開放したくない」という理由で、事態を収拾出来るかもしれない力を使わないのは、正義の行いではない気がする。
(でも・・・・)
 ナナは怖い。抑え付けた魔力を開放することは、自分が自分ではなくなる気がする。現にクマと対峙した時、意識を失っていた。
「君、危ないから離れなさい!」
 拡声器を通した叫び声が聞こえて来るが、それどころではない。
 そして、クマではなく自分がパニックの原因になるかもしれない。
 あの廃工場の時のように、周囲の人間に怪我を負わせる、または命を奪うことになりかねない。
「くままー」
 じり、と巨大クマがアスファルトを踏みしめる音が聞こえた。





30th Revenge に続く




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