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タイトル


 27th Revenge 「平等と言う名の不平等」


 一同は病院の敷地を出て、近くの河原に出た。
「丁度いい機会だわ。ここで決着をつけましょう」
 その言葉を合図に、リュックの中から兇、烈、亜未が姿を現した。
「ちょ、ちょっと待って下さい、あたしは戦いに来たんじゃないんです!」
 ナナはそう主張したが、貴美愛はマジカルバイブルを開きながら答えた。
「戦わないと、私達は捕まえられないわよ」
「でも・・・・」
「あなたが戦わないならそれでもいい。その場合、そっちは出雲さん一人で戦わなければならなくなるわ。それでもいいの?」
「それは・・・・」
「奈々美ちゃん」
 巳弥がナナの近くに来て、囁いた。
「あなたが戦いたくないのならそれでもいい。私一人で大丈夫だから」
「いえ、そんなわけには・・・・」
「私だって、祖父のかたきだとか思って、彼女達を叩きのめそうと思っているわけじゃないわ」
 巳弥は更に声を低くした。
「あの子も、引くに引けない状況なのよ。ここはある程度の力を見せてあげないと、あの子も大人しく捕まるわけにはいかないと思うの」
「・・・・はい」
「あなたは小松さんを。私は残りの相手をするわ」
 つまり巳弥は兇、烈、亜未を引き受けると言うのだ。
「神無月さん、ディメンションを張るわよ」
「・・・・はい」
 貴美愛に言われ、ナナはセルフ・ディメンションを張った。貴美愛も続いてディメンションを展開する。これで周りからはナナ達の姿は見えなくなった。気を付けなければならないのは、このテリトリー内に誰かが入ってくれば、その中にいるナナ達の姿は見えてしまうということだ。
「よっしゃあ、やっと強いのと戦えるってわけだな!」
 マジカルナッコーをはめた兇が前に進み出た。
「俺一人でやる。お前等は手出しするなよ」
 烈と亜未は「はいはい」と言って、後ろに下がった。それを見て、貴美愛も「私も一人でやるわ」とマルクブリンガーを抜き、切っ先をナナに向けた。
「決着をつけるわよ、神無月さん」
「・・・・分かりました」
 ナナもマジカルクルスをロザリオから外すと、元の大きさに戻した。
「行くぜぇぇ!」
 兇が巳弥に向かって飛ぶ。巳弥は帽子を脱ぐと、マジカルハット・シールドに変化させて構えた。
「巳弥さん、駄目です、その人の拳は・・・・!」
 咲紅のアブソリュート・ガードが兇の拳に貫かれた光景が、ナナの脳裏に蘇った。
 兇のナッコーが巳弥の構えたマジカルハット・シールドをすり抜ける。だが兇のパンチは巳弥の体に到達する前に遮られた。
「ぬっ!?」
 兇は目を見張った。無機質な物体を貫く兇のマジカルナッコーが止められる物が、マジカルハット・シールドの向こう側に存在するということだ。だがシールドに遮られ、兇の側からはその正体が見えない。
「てめぇ、何があるって言うんだ!?」
 兇は拳を引き抜き、再度パンチを繰り出したがまたも同じ結果だった。
「咲紅さんのアブソリュート・ガードは完全にシールドを具現化してしまうが故に、あなたのナックルの能力を生かされてしまったのね」
「な、何だと」
「私のソウルウエポンはヤマタノオロチのソウルを動かす為、完全に具現化されていない。だから・・・・」
 巳弥の背中から、蛇の頭が二本現れた。
「!」
「あなたの拳では貫けない」
 蛇の口から光弾が発射され、兇に襲い掛かった。
「ちっ!」
 兇のいた地面に光弾が立て続けに着弾し、爆発が起こった。飛び退いた兇がファイティングポーズを取る前に、別の蛇の頭が左右から兇に襲い掛かった。
「何だってんだ、こいつは!」
 兇は逃げずに正拳突きを右から来た蛇の頭に喰らわせた。左から来た蛇には回し蹴りをお見舞いする。
「どうだ!」
 目の前に蛇の頭が迫った。
「うわあああっ!」
 目の前が光る。とっさにガードした腕に光弾が炸裂した。その衝撃で吹き飛ばされた兇は、芝生の上を転がった。
「畜生、何匹いやがるんだあの蛇は!」
「苦戦してるじゃないの、兇」
 それを見て亜未がのんびりとした口調で言った。
「ヤマタノオロチだと言っているのですから、八本でしょう。手を貸しましょうか?」
 烈も兇に向かって声を掛ける。
「うるせぇ、手出し無用だ!」
 兇は不敵な笑いを浮かべた。
「なるほどな・・・・烈の言った通り、校長より手応えがあるぜ」
 その様子を見ていた貴美愛は、兇が楽しんでいるので大丈夫だろうと安心した。
「安心しなさい、神無月奈々美。あなたは私の復讐の対象じゃない。デッドリー・ナイトメアは使わないわ」
「・・・・私が勝ったら、キョーコさん達の魔法を解いてくれますか?」
「あんな人達を助けろと言うの?」
「キョーコさん達はもう限界です。いいんですか、あの社長さんみたいに自殺してしまっても」
「・・・・」
「相手が死ぬ事は、小松さんにとって不本意なはずです。キョーコさん達はもう充分苦しんでいます。これ以上はやり過ぎです。あなたは相手を苦しめる為の魔法を考えたけど、それを掛けられた人が最後にはどうなってしまうかまでは考えていなかったんじゃないですか?」
 貴美愛はナナの話を黙って聞いていたが、バイブルを閉じて剣を構えた。
「私の復讐はまだ完了していない」
 貴美愛はナナに向かって走った。
「それまで、邪魔はさせないわ」
 貴美愛のマルクブリンガーとナナのマジカルクルスが火花を散らした。


「くそっ!」
 兇は切れた唇から流れる血を舐めた。
(思っていた以上にやっかいだな)
 兇は巳弥を睨んだ。
 背中から生える八本の蛇は自在に動き、その全てが光弾による遠距離攻撃、噛み付き・締め付け等の近距離攻撃、そして装甲を拡げることでシールド状になり防御の役目を果たす。巳弥そのものは胸から肩を覆う鎧を纏っているが、その装甲は薄そうだ。だが兇は攻防一体の八本の蛇のお陰で、巳弥に近付く事が出来ない。
(あれはどう見ても蛇神ヤマタノオロチ・・・・ソウルウエポンはソウルとのユニゾンにより完成する。あの女はどうやってあんなシロモノとユニゾンしてやがるんだ?)
 だが今はそんなことは問題ではない。どうやって勝つか、だ。
 兇の渾身のパンチでも、あの蛇の頭にはさほどダメージを与えられなかった。いや、与えたところでソウルの具現化なのだから、すぐに再生しているのかもしれない。
(ちょっとヤベぇな)
 兇の額から運動によるものではない汗が流れた。
 その様子を見ていた烈は、ポケットからマジカルライターを出して両手に握り締めた。
「危なくなったら加勢するよ」
「でも、兇が怒るんじゃない?」
 兇は「一人でやるから手を出すな」と言った。助けられることは兇にとって屈辱だろうと亜未は烈に言った。
「僕はプライドより命の方が重いと思うけどな。死んではプライドも何もない」
「殺す気はないんじゃない? 何だか手加減してるように見えるわ、あの人」
「兇をいたぶっていると?」
「と言うより、降参するのを待っているという感じかしら? 兇がそんなこと、するわけないのにね」
「・・・・兇のことは詳しいんだな、亜未」
「ん?」
「いや、何でもない」
 烈のライターを握る手に汗が滲んだ。


 紙のような軽さのマルクブリンガーを、貴美愛はナナに向かって振り下ろした。ナナはマジカルクルスに魔力のシールドを張り、それを受け止める。
「神無月さん、あなたは世の中が不公平だと思ったことはない?」
「・・・・あります」
「そう。学校でも社会でも『平等』を謳っている。でもそれは理想であり、現実はこの世の中、誰一人として平等ではない」
 貴美愛は剣を引き、再び振り下ろした。マジカルクルスに張ったバリアの魔力がマルクブリンガーの魔力と干渉し、飛び散る。
「平等な機会、平等な条件を与えても、それは平等ではない。人はそれぞれ、生まれ持った能力、今まで育ってきた中で培われた技量が違う。土台が違うのに平等と思えるのは、ある一定以上の才能を持った人間だけ。そのルール、条件、機会を設定した者だけ」
 三度、四度とマルクブリンガーが振り下ろされる。
「不完全な平等に平等と言う名前を付けて押し付ける、そんなもの無い方がマシよ!」
 魔力の粒子が弾け、マジカルクルスのバリアが解けた。ナナは十字架の先にマジカルクルスの魔力を凝縮させ、魔力の剣を作り出した。
 剣と剣が激突する。
「人はそれぞれ違う。それを同じもので比べるのは間違っている」
「なら小松さん、あなたは・・・・」
 ナナが反撃した。貴美愛の剣が押され気味になる。
「自分が勝てることだけ選んで戦うの!? それこそ平等じゃないわ!」
「私はそれを『普通』なんて言葉で押し付けたりしない!」
 小松さん、あんな高さも飛べないわけ? あれくらいフツーに飛べるのに。
 おいおい、これくらいの距離のマラソンに何で一時間も掛かるんだよ、普通有り得ねぇって。
 あーあ、もうみんな終わってんのに、あの子まだやってるよ。
「みんな平等、平等って言うんだったら、どうして私だけ苛められるのよっ!」
「!」
 貴美愛の剣戟がナナのマジカルクルスを弾き飛ばした。
「どうして私の家だけが不幸な目に遭うの!? どうして父の会社だけが取引を打ち切られるの!? どうして柚梨だけが病気になるの!? どうしてあんな酷い借金取りに追われなきゃならないの!?」
 貴美愛が繰り出す剣から、ナナは必死で逃げた。逃げながら飛ばされたマジカルクルスの位置を確認し、地面を転がりながら再びマジカルクルスを拾い上げた。
「そんな目に遭ってるのは、小松さんだけじゃないわ!」
「ええ、私だけじゃない。だから私はそんな人達を代表して、あいつらに復讐することを決めたのよ」
 貴美愛は肩で息をしていた。元々、体力はある方ではない。
「夜光様と出会って、私は変われた」
 禍津夜光はエグゼキューターのリーダーである。ナナが目指しているリムーバーやイレーザーはエグゼキューターから派生したものであるから、いずれはナナの上司になるはずの男だった。ナナは一度だけ夜光に会ったことがある。
「・・・・何があったの?」
「運命の出逢いよ」


 復讐の為、魔法の力を得ようとエミネントに「研修生」として入り込んだ貴美愛は、その執念の力で、常軌を逸したスピードで魔法の知識を身に付けていった。教える側は貴美愛の目的を知らないまま、貴美愛に魔法を教えていた。
 だが貴美愛の異常な執念に気付いた者がいた。禍津夜光である。
「お前は俺と同じだ、だから分かる」
「同じ・・・・?」
「俺もこの世界に疑問を感じているからな」
 夜光は貴美愛に、通常の研修授業とは別に魔法を教え込んだ。それは夜中まで及ぶ事もあったが、貴美愛は決して疲れた様子も見せず、ただひたすら魔法の習得に励んだ。
「貴美愛、これをやろう」
 夜光は貴美愛の前に一冊の本を差し出した。
「お前は読書好きだから、お似合いだろう」
「トランスソウル・・・・」
 エミネントではそれまでの「罪人=極刑、又はソウルトランスの刑」が廃止され、軽い罪ならその者の魔力を抜き取ってしまう「リムーヴ」が行われるようになった。だがそれではマジカルアイテムを使えばまた犯罪を起こすことが出来てしまう。
 貴美愛は死刑は最大級の刑罰ではない、と思っていた。一生をかけて罪を償い、反省させることが望ましいと思っていた。どれだけ金を積んでも模範囚であっても決して出ることが出来ない、完全なる無期懲役。それが貴美愛の考える最高の刑罰だった。
「俺もエミネントの制度には不満を持っていた」
「夜光様・・・・」
「二人で理想の世界を作ろう、貴美愛」
「はい、夜光様・・・・」
 貴美愛は夜光に剣の扱いも教わった。だがやはりこと戦闘となれば不安である。
「俺が選んだ三人を連れて行け。役に立つ」
 夜光は兇、烈、亜未を貴美愛の復讐のサポート役に選んだ。彼等は若くして罪を犯した者達で、自身の魔力はリムーヴの刑で失くしていたから、それぞれ夜光からマジカルアイテムを授かっていた。夜光は管理局に席を置き、エグゼキューターのリーダーという地位であるから、マジカルアイテムを大量に入手することなど容易かった。
「彼等はこのリュックに入れて連れて行くといい。桃太郎と違って、黍団子をやらなくても言うことを聞くから安心しろ」
 貴美愛はその時「夜光様でも冗談を言うんだ」と思った。
「俺はエミネントの王になる。貴美愛、お前は自身の復讐を果たして帰って来い。そうすればお前は俺の妃だ」
「お妃様・・・・」
「それまではお前は姫だ。兇、烈、亜未、お前たちは貴美愛のことを姫と呼べ」
「お姫様・・・・」


「私は復讐を果たし、私を唯一認めてくれた夜光様に相応しい妻としてエミネントに帰る!」
 貴美愛はナナに向かって走った。
「帰る!? あなたのいるべき世界はここよ!」
「こんな世界、未練なんてないわ!」
 再び交えるマルクブリンガーとマジカルクルス。
「未練ならあるわ! 妹さんは? お母さんは? 一緒にいなくていいの!?」
「エミネントに行った時から、覚悟は出来ているわ」
「何の!? 別れる覚悟!? あなたはそれでいいとして、残される方の気持ちは考えたの!?」
「余計なお世話よ! 理想論は聞き飽きたわ!」
 ガキン、と火花が散り、鍔はないが鍔迫り合いの状態になった。
「神無月さん、あなたも感じているはずよ。この世界の愚かさを」
「エミネントだって、悪い部分もあります」
「それを夜光様が変えるのよ」
「それで誰もが不満のない世界になるの?」
「私は夜光様を信じる! 私を理解してくれた、私を愛してくれた夜光様を!」
 貴美愛は飛び退きざま、マルクブリンガーを真横に薙いだ。ナナは避け切れず、腹部から血が飛んだ。
「小松さん、あなただって罪を犯している! あなたの理想の世界では、あなたも一生懲役刑なのよ!」
「復讐の為の行いは全て正義。夜光様が作る世界のルールよ」
「それなら・・・・」
 ナナは貴美愛から距離を置き、腹部に手を当てて治癒魔法を施した。
「あの自殺した金融会社の社長さんも? 事故に遭ったお医者さんも?」
「・・・・」
「あなたの本意じゃないよね。失敗したって思ってるよね? そして後悔してる」
「後悔なんて・・・・」
「あなたは殺す気なんかなかった」
「そう・・・・一生苦しめるはずの相手を、たった一日しか苦しめられなかった。その事への後悔ならあるわ」
「あたしは、あなたとなら意見が合いそうな気がするの」
「・・・・あなたと?」
 貴美愛は剣を下ろし、もう一方の手でずれた眼鏡を直した。
「だったら何? 私の仲間になるの? それとも見逃してくれるの?」
「それとこれとは別です」
「じゃあそんな話、しないで。あなたと私は敵なんだから」
「残っている復讐の相手は誰ですか?」
「・・・・聞いてどうするの? 護衛に行く? 残念だけど、私も後の二人の行方は分からないの。捜してくれると助かるわ」
「いえ、小松さんがここで捕まれば、その二人は助かるんだなと思っただけです」
「捕まらないわよ、私は」
 貴美愛はマジカルバイブルを開いた。
(神無月奈々美の弱点を見てあげるわ)
「!」
 ナナは急に痛みが襲って来て、頭を押さえた。
(これは・・・・キョーコさん達が受けた魔法!?)
「心配しないで。あなたにデッドリー・ナイトメアは仕掛けないわ。ただ、あなたの心の闇を見たいだけ」
「・・・・ううっ」
 ナナは襲って来る頭痛と戦いながら、頭にマジカルシールドを張った。
「無駄よ、もう私の魔法はあなたの頭に入り込んだ」
 貴美愛はマジカルバイブルのページをゆっくりと開く。その度にナナの頭に激痛が走った。
「偉そうなことばかり言っているけど、あなただって復讐したい人間の一人や二人いるんでしょう? 誰だってそうよ。誰だって憎い相手には復讐したいと思っている。綺麗事を言っていても、心の中では誰かを憎んでいるんだわ」
 ナナの頭を走査するマジカルバイブルの魔力が、ナナの体験を文章としてページに刻み付けてゆく。
「神無月奈々美、ほら、あなただって・・・・」


 貴美愛の前でひざまずくナナの姿を見て、烈と亜未は「姫は助けなくても大丈夫だ」と確信した。それよりも兇だ。
「ちっくしょう・・・・あのヘビ女め・・・・」
 巳弥に向かって行く度に兇の怪我は増え、体力も減ってゆく。烈と亜未の目から見て、兇の勝ち目は薄そうだった。
「仕方ない、助太刀する」
 烈はマジカルライターを構え、兇の元へ向かった。その目の前で、兇の体に白い蛇が絡みつき、彼の体を締め上げた。
「ぎゃあああっ!」
「兇っ!」
 烈は兇の体に絡まった蛇の体目掛けてライターの炎を射出した。
「!」
 炎に次々と光弾がぶち当たり、炎が拡散した。
「ちっ・・・・」
 烈はもう一度ライターを構えた。
「待ちなさい!」
 巳弥の声が響いた。
「あなたの仲間は私が捕まえているわ。蛇は私の意志で自在に動かせる。あなたが今度火を放てば、その火に向かってその子を投げるわ」
「うっ・・・・」
 烈の動きが止まった。兇にマジカルライターの火が付けば、兇は跡形もなく燃え尽きてしまう。
 巳弥はもちろんそんな非道な事をする気はない。だがその脅しは予想通りに効いたようだ。
「そっちの人も、動くとこの子を締め上げるわよ」
 そう巳弥に言われた亜未はため息をついた。
「言われなくたって、あんたみたいな化物にか弱い私が手を出せるはずないでしょ」
 烈と亜未の体にも蛇が絡み付き、痛くなく動けない程度にそれぞれの体を締め付けた。こうして三人は巳弥に拘束されてしまった。





28th Revenge に続く




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