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タイトル


 20th Revenge 「囚われのナナ」


 卯佐美西総合病院には心臓手術に関しては有名である。それは心臓手術の権威と言われている飯野という医師がいるからだ。その他の大手術になると少し離れた大学病院に頼むことになる。
 貴美愛はリュックを背負い、目的の医師がいる部屋を目指した。飯野医師の部屋は一度入ったことがあるので覚えている。柚梨の手術の話を聞きに、母と訪れたのだ。
「ここよ」
 貴美愛はドアの前に立ちノックをしたが、返事はなかった。ドアノブを回すと鍵が掛かっていた。
「兇」
(おう、任せろ)
 貴美愛が背負っていたリュックを下ろし、ドアの前に近付けた。リュックの口からマジカルナッコーをはめた兇の腕が伸び、ドアノブにめり込んだ。兇の手はドアをすり抜け、内側のロックを外した。
 ドアノブを回すと、ロックが外れたドアはすんなりと貴美愛の侵入を許してしまうこととなった。
 部屋の中に入ると、貴美愛はドアをロックした。
(何で閉めるの? 姫)
 亜未の問いに薄笑いで答えると、貴美愛は飯野の椅子に座った。
 そこに、ガチャガチャとドアの鍵を外す音が聞こえ、飯野医師が戻って来た。
「な、何だ君は?」
 飯野が驚く。鍵を閉めていた部屋に貴美愛がいたので、驚いたようだ。
「いい椅子に座ってるのね」
 体の小さな貴美愛は、クッションの効いた大きな椅子にはまり込んでいた。
「何だ君は! いつ、どこから入った!? 鍵は掛かっていたはずだ」
「入られてはまずいのかしら?」
「な、何を言っている。出て行きたまえ」
 貴美愛は飯野の言葉を無視し、話を続けた。
「例えば患者のご家族から頂戴した礼金のリストがあるとか」
「出て行けと言っているのが分からないのか?」
 飯野はイライラした口調で貴美愛に命令した。そしてようやく貴美愛の顔を思い出したようだった。
「君はあの・・・・」
「覚えていてくれたのかしら。でも名前までは覚えていないようね。小松貴美愛、小松柚梨の姉よ」
「あの子のお姉さんか・・・・どうだね、あれから妹さんは」
「お陰様で。走ったり、激しい運動をしなければ大丈夫だそうよ」
「そうか・・・・今日はその礼にわざわざ?」
「お礼・・・・ね」
 貴美愛は笑った。
「あなたのお陰で柚梨は助かった。それは、どこかの代議士のドラ息子を助ける手術を優先させようとした病院にお金を支払うという形で、本来は払う理由もないお金を払った上でのこと。そのせいで私の家は更に借金を背負うことになった」
「・・・・」
 飯野は客が座るソファに座ると、脚を組んだ。
「借金を背負ったのはお前の家が貧乏だからだ。俺のせいじゃない。借金を僕のせいにしないでくれ。代議士はあのドラ息子を助ける為に、お前の母が払った倍の金をよこしたんだ。病院としては断れなかった」
「予め決まっていた順番はどうなるの?」
「僕は患者を助ける為に医者になったんじゃない。金を稼ぐ為だ」
「・・・・」
「だから金が儲かる方法を選んだ。金の儲かる手段を選ぶ、商売の鉄則だろう」
「商売・・・・」
 貴美愛は席を立った。手にはマジカルバイブルがある。
「何をしに来た? 金を返せとでも?」
「いいえ。柚梨を治してくれたお礼に、プレゼントを」
「プレゼント?」
「悪夢という名の贈り物をね」
 マジカルバイブルが光を放った。
「デッドリー・ナイトメア」
「!」
 飯野が頭を押さえてソファに倒れ込む。
「な、何だこれは、うわぁぁぁぁっ!」
 貴美愛の頭に、飯野の悪夢が流れ込んで来る。
「悪夢にうなされ続けるといいわ」


(なぁ姫、俺の出番は!? 喧嘩なんてなかったじゃねぇか!)
 病棟を出ると、兇が文句を言ってきた。
「言ったでしょ。怪我がなければ、それに越したことはないって」
(だけどよぉ)
「出番ならあったじゃない。ドアを開けたのは大活躍よ」
(どこがだよ!)
「おねーちゃん!」
「!」
 いきなり声を掛けられ、貴美愛は慌てて振り返った。兇は心話だが、自分は口に出して話していたのだ。何か聞かれてまずい事は言っていなかったか、と思い出してみる。
「おねーちゃん」
 声の主はもう一度、貴美愛に向かって言った。
「あなたは・・・・」
 貴美愛はその女の子を見下ろし、微笑み掛けた。柚梨がこの病院に入院していた時、同じ部屋にいた女の子だ。確か柚梨よりも学年は三つほど下だった。
「おねーちゃん、柚梨ちゃん、元気?」
「え、ええ」
「良かった。あたしもね、手術受けるの。元気になって、柚梨ちゃんと一緒に遊べるかな」
「そうね、今度一緒に遊んであげてね」
「うん!」
「ごめんね、お姉ちゃん、急ぐから」
「うん、バイバイ!」
 パジャマ姿の女の子が手を振る。少し離れた所には女の子の母親が立っていて、貴美愛に頭を下げていた。
(・・・・驚かさないで欲しいわ)
 貴美愛は足早に病院を後にした。飯野医師にデッドリー・ナイトメアを仕掛けた今、この病院を一刻も早く立ち去りたかった。
(校長の意識はまだ戻らないのかしら)
 そう考え、貴美愛は立ち止まった。
 巳弥が来ないと分かっていれば、校長の部屋に入る事が出来るはずだ。校長は貴美愛達の顔を見ている。校長はナナ達と違ってこちらの人間だから、警察に届けるだろう。指名手配は大袈裟だが、警察に動かれては復讐をするに当たって動きが取り辛い。
(まぁあの校長を「こちらの人間」と言っていいのかどうか疑問だけど)
 校長を始末するか。
(いえ・・・・やはり人殺しは・・・・)
 では先に復讐を完了させるか。そうすればエミネントに戻ることが出来る。
(そうね・・・・急いで復讐を終わらせるべきだわ)
 もうすぐ夕暮れという時間だ。
 次のターゲットは柳原グループの社長、柳原泰造。貴美愛の父が経営する会社との取引を一方的に切り、倒産に追い込んだ男だ。
 柳原泰造の娘は、貴美愛の同級生で学級委員長である柳原雪華。だが貴美愛の復讐は、そんな理由では止めるわけにはいかない。同級生の親だろうが友達の親だろうが、悪いのは親である。父親が毎晩苦しんでいれば子供は心配するかもしれないが、そんな事を考えていたら復讐は出来ない。
(早い方がいい)


 社内会議を終えた真樹は、机に戻ると携帯電話の画面を見た。着信と音声メモが入っている。
(誰だ?)
 着信履歴は友人の朝比奈陽からだった。音声メモを聞き、真樹は慌てて廊下に出て、陽に電話をした。
「陽、どういうこと!?」
「遅いよ、マキちゃん。僕が電話をしてから、どれだけ経っていると・・・・今はそんなことを言っている場合じゃないな」
「ナナちゃんがさらわれたって、どういうことだ!?」
「落ち着いて、説明するから」
 陽の話を聞いた真樹の頭には、色々な事柄がぐるぐると回っていた。
 ナナが連れ去られた。
 誰に? どこに? 何の為に?
 警察に話していいことなのかどうかも分からない。スーツ姿の男に外車で連れ去られたことから、貴美愛が絡んでいるとは考え難い。ナナでなくてもいい、無差別の誘拐かもしれないと思ったが、その場にいた宅也が「神無月奈々美だな」と男が確認しているのを目撃している。
 ナナを連れ去る理由、もしくは必要のある者とは?
 思い浮かばなかった。
 とにかく真樹は咲紅に連絡を取りたかったが、咲紅は携帯電話を持っていない。
(今日は確か、エミネントから来る助っ人を迎えに行ったはず・・・・)
 だがそれからの行動は聞いていない。
「ナナちゃんは一人だったのか?」
「タクの話では、そのようだよ」
 今日のナナは寧音と泉流に会う予定だった。会う予定だったが、予定が合わず一人で出掛けたのか、会ったが別れた後だったのか。
(あの子達の連絡先なら、龍ヶ崎さんに聞けば分かるか・・・・いや、待て)
 真樹は寧音の家には電話したことがあるので、家に帰れば履歴は残っているはずだ。寧音に聞けば分かるだろう。
 時計を見ると、まだ終業時間まで二時間以上ある。それまで待っていられない。
(早退・・・・するか)


 真樹への電話を終えた陽は「僕もナナちゃんを捜しに行くよ」と宅也に声を掛けた。宅也はナナが目の前で連れ去られてから、ずっと落ち込んでいた。
「僕が、ついていながら、ナナちゃんを助けられなかった・・・・」
 陽のベッドの上で泣いている宅也に「じゃあ行くよ」と言い、陽は部屋を出ようとした。戸を閉めようとして、思い出したように振り返った。
「留守番するのはいいけど、沙結(さゆ)に手を出すなよ」
「だ、誰がフィギュアになんか」
「・・・・」
 陽は無言で部屋から出て行った。宅也は怪我をしている為、陽も無理に追い出すようなことはしたくなかったのだろう。
 陽の部屋に一人残される宅也。
 いや、もう一人、ベッドに腰を掛けている人物がいる。
 陽が愛する、等身大フィギュアの沙結だった。
「・・・・」
 宅也は沙結の顔を覗き込んだ。
「・・・・よく見ると可愛いね、君」
 もちろん沙結は何の反応も示さない。
「・・・・」
 宅也は沙結の手を触ってみた。弾力があり、すべすべしている。沙結は高級等身大フィギュアなので、良い素材が使われている。
「や、柔らかいね」
 宅也の目線が沙結の胸元に移動した。ゴスロリ風の衣装はレースが施されていてボリュームがあり、沙結の胸の大きさはよく分からない。
「こ、ここも柔らかいのかな」
 宅也は誰もいない部屋を見渡し、沙結の胸に手を伸ばしてみた。衣装がゴワゴワしているが、弾力があり、かなりバストは大き目のようだ。
「・・・・おお」
 宅也は調子に乗り、両手で沙結の胸を揉みだした。沙結の肌は高級軟質ゴムで、本物のような弾力があった。
(よ、陽って、いつもこんなことをしてるのかな、羨ましい)
 ここまで来れば、宅也の興味はもっと下の方へ向けられる。宅也はベッドに座っている沙結の前にひざまずき、ゆっくりとフレアスカートを摘んで持ち上げた。
(おお・・・・)
 ニーソックスに包まれた沙結の脚が現れる。宅也は更にスカートを上げていった。
(おおおっ!)
 ニーソックスの上に、白く綺麗な沙結の太腿が見えた。
(ぜ、絶対領域!)
 ここまで来れば、当然宅也の興味はその更に奥に向けられる。
(あ、あの部分はどうなってるんだろう・・・・)
 宅也は沙結の体をゆっくりと寝かせると、スカートを捲り上げた。フリルがあしらわれた沙結の下着が眩しかった。
(そ、それでは・・・・)
 宅也の指が沙結の下着に掛かる。
(待てよ、その前に・・・・)
 宅也は沙結の両足首を持ち、左右に開いた。
(おおお、開脚〜!)
 宅也は沙結の膝を曲げ、M字開脚をさせた。
(パ、パンツがま、丸見えだよ沙結ちゃん・・・・)
 そ〜っと宅也は指を伸ばした。
 ふにっ。
「おおおおおお〜!」
 宅也の背後で、部屋の戸が開いた。
「・・・・」
 宅也が凍りつく。
「・・・・何をしている?」
 陽だった。陽は携帯電話を忘れ、取りに戻ってきたのだ。
「よ、陽・・・・」
「沙結に何をしている?」
「パ、パンツが汚れていたから、履き替えさせてあげようかと・・・・」
「・・・・へぇ」
 宅也の巨体が左に飛んだ。宅也は頭を本箱に打ちつけ、倒れ込んだ。
「ひ、ひぃぃぃ!」
 宅也は自分の頭から出た血を見て叫んだ。陽が宅也の頭に強烈なキックを浴びせたのだ。蹴られた痛みと本棚にぶつけた痛みが宅也の頭の両側から襲い掛かった。
「い、痛いよぉ、何するんだぁぁ!」
「・・・・」
 宅也を見下ろす陽の目は、今までに見た事もない怒気を放っていた。そう言えば、と宅也は思い出す。陽は子供の頃、空手を習っていたと聞いたことがあった。
「沙結を汚(けが)したな」
「じょっ・・・・冗談だよ、興味があっただけなんだ」
「僕の沙結に・・・・猥褻な事を・・・・」
「ま、待てよ、ただのフィギュアじゃないか! こんなことで怒るなんて、おかしいよ!」
「そう、沙結はフィギュアだ」
 陽は開脚させられたままの沙結に近寄り、足を伸ばし、スカートを元通りにした。
「だからお前は罪に問われない」
 宅也が聞いたこともない陽の声だった。
「だから僕がお前を罰するしかないんだ」
 陽は近くにあった洋服のハンガーを手に持つと、それで宅也に殴り掛かった。
「痛い、痛いよ、陽〜!」
「僕の沙結に、僕の沙結にお前は!」
 木製のハンガーはかなりの破壊力を持っていた。宅也の頭や顔からは血が飛び、辺りを汚した。
「ひぇぇぇぇ、助けて〜!」
 宅也は逃げようと転がるように這い回った。その腹に陽の蹴りがめり込む。
「ぐはっ・・・・」
 宅也はナナが連れ去られる時に男に蹴られたが、陽の蹴りはそれ以上の威力があるように思えた。
「助けて〜!」
 宅也が廊下に転げ出る。陽はそれを追い、更にハンガーを振り下ろそうとした。


 やめて。


「!?」
 陽の手が止まる。
 宅也は必死に、階段を落ちるようにして逃げて行った。
(陽が、陽が、狂っちゃった!)
 普段は温和な陽が自分に向けた牙。宅也はまだその事実が信じられず、血まみれの顔で逃げた。
 一方の陽は、どこからか聞こえて来た声に手を止めたまま、ゆっくり振り返った。
「・・・・今の声は・・・・」
 ベッドの上の沙結を見る。作り物のその瞳は、陽に向けられていた。
「君なのか、沙結」
 沙結はただ微笑んでいるだけだった。


「・・・・?」
 ナナは目を醒ました。
 頭がクラクラする。
(あたし・・・・)
 路地に入ると呼び止められ、口をガーゼのようなもので塞がれ、何者かに捕まった。それ以降の記憶は無い。
(誘拐?)
 上体を起こし、辺りを見渡す。
 ナナの「誘拐」に対する印象として、まず監禁されるのは地下室か倉庫。誘拐された者はロープで手と足を巻かれ、口には手ぬぐいのようなもので猿轡をされている。だがそこは地下室や倉庫ではなくごく普通、いや少し豪勢なマンションの一室のような作りで、ナナの体にはロープも巻かれていなければ手錠もはめられておらず、自由だった。
 その何も巻かれていないという部分は悪い意味でもあった。
 首に巻かれていたマジカルロザリオがない。
(取られたんだ)
 いつもあるロザリオがないと落ち着かない。ナナは近くにあるテーブルの上を見てみたが、ロザリオも十字架もなかった。
 時計を見る。夜の八時だ。
(ここはどこなんだろう?)
 体に傷はない。服は少し乱れているが、それは連れ去られた時のものだろう。脱がされた形跡もない。犯人はロザリオが目的だったのだろうか?
 カーテンを開けると眼下にネオンが眩しく光り、車の行き来するライトが見える。ナナのいる部屋はかなり高い場所にあった。近くのビルの中でも高い部類に入るだろう。高層マンションと言ったところか。
 誰が何の為に自分をここに閉じ込めたのか。マジカルロザリオはどこか。
「・・・・」
 誰もいないようだ。だとしたら、この部屋から出ることは出来そうだ。だがロザリオを取り返さなければならない。
 ナナはロザリオが無いか、部屋をくまなく探すことにした。テーブルの下に落ちていないか、引き出しに入っていないか。
 隣の部屋は寝室だった。ベッドは大きめなものが一つ。シーツをめくってみたがロザリオはない。
 キッチンにもない。トイレも開けてみた。後は風呂場だけだ。ナナは風呂場のドアを開けた。
「!」
 男が立っていた。
 しかも全裸で。
 しかもこちら向きで。
「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
「どぅわあああっ!」
 男の声はナナの叫びでかき消された。
「いやぁぁぁ〜!」
 ナナは叫びながら風呂場を飛び出した。
「それはこっちのセリフだっ!」
 男はタオルを腰に巻き、半ば濡れた体のままナナを追った。
「来ないでぇ、許してぇ〜!」
「違う、俺は怪しいものじゃない!」
「う、嘘です、そんな恰好で!」
「風呂に入ってたんだ、裸は当たり前だ!」
「変なもの、見せられました!」
「変なものとは何だ! これでもちょっとは自信が・・・・」
「やっぱり変態さんなんですか〜!」
「違〜う!」
 その時、男が巻いていたタオルがハラリと落ちた。
 ナナの絶叫が再び響き渡った。



21th Revenge に続く




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