話数選択へ戻る


タイトル


 18th Revenge 「小さな正義、大きな正義」


 一方の宅也は浮かれ気分だった。
 ナナとの仲を引き裂いたのは真樹だと思っていた。いつか復讐したいと思っていたが、自分は喧嘩の弱い真樹より更に弱い自信がある。
 魔法なら。
 貴美愛らの仲間になれば、マジカルアイテムを使わせて貰える。これで真樹を叩きのめす。
(ここからが僕の頭のいいところさ!)
 そしてナナを敵視している貴美愛らをやっつける。自分は仲間だと思っているだろうから、隙を突けば倒せるだろう。何と言っても女の子とガキだけだ。
 憎き真樹に制裁を加え、ナナの敵を倒せばナナは晴れて自分の元に戻って来る。これが宅也の作戦だった。
(くそ〜、僕って頭いいなぁ! 自分が怖いぜ畜生!)
 舞い上がって巨体を揺らしながら走っていた宅也は、とあるビルの前に立ち止まって上の階を見上げた。
「・・・・ウイちゃん」
 先程まで会っていたウイの顔が浮かんで来る。
(ナナちゃんは僕に会う為に戻って来てくれた。でも今の僕には既に慕ってくれているウイちゃんがいる・・・・)
 宅也はしばらくその場に立ち尽くしていた。
(どっちを選んでもどちらか一人を悲しませてしまう・・・・僕はどうすればいいんだ)


「・・・・」
「どうしたの? ナナちゃん」
 咲紅はドレッサーの前で髪を梳きながら振り返った。
「いえ・・・・ちょっと悪寒が」
「風邪? 明日はゆっくりした方がいいかしら?」
「風邪っぽくはないんですけど・・・・」
 ベッドの上に座っていたナナは、鳥肌が立っている腕を擦りながら、咲紅のいる方へ体を向けた。
「でも、本当にいいんですか? 明日」
「助っ人が来てくれるんだから、ナナちゃんは休んでいていいのよ」
「でも、人手は多い方が。今日も休んでいましたし・・・・」
「私の命令。明日も休みなさい」
 咲紅はナナの先生であるから、そう言われては逆らえない。
「・・・・はい」
「心配しないで。ユーキ君が派遣してくれる人だから、信頼出来るわよ。取り敢えず明日は私と助っ人に任せて」
「分かりました・・・・」
 ナナは寧音や泉流に会いたいと思っている。だが貴美愛達の事が気掛かりで、息抜きが出来るのだろうかと心配にもなる。キョーコやアサミも未だ貴美愛の魔法で苦しんでいるのだ。
 咲紅は「本来なら私の仕事で、ナナちゃんには手伝って貰っているだけだから」と言うが、もうナナに関係のない事態ではないと思っているし、事実そうだろう。
 マスミは跡形もなく燃え尽きた。それが本意か不本意かは分からないが、貴美愛達の暴走を早く食い止めらければならないと思う。これはエミネントとこの世界の交流問題にも発展する可能性があるし、何よりナナは貴美愛と「研修生仲間」であると思っている。
「遅くても明日の朝には助っ人が来てくれるし、ひょっとしたら明日中に解決しちゃうかもしれないわよ」
 咲紅はナナに希望とも気休めとも取れる言葉を投げ掛け、部屋の明かりを消した。


 翌日。
 雪華がいつものように目を覚ますと、それを待っていたかのように部屋のドアがノックされた。
(何だ、朝早くから)
「雪華、起きているか」
 ドアの向こうから父親の声が聞こえる。雪華は「はい、お父様」と不機嫌さを感じさせない声で答えた。
「話がある。降りてきなさい」
 それだけ言うと、父は階段を降りて行った。
(用件を言えよな・・・・)
 雪華は寝衣をスルリと脱ぐと、下着一枚のまま姿見の前で伸びをした。
 夕べはキョーコに掛けられた魔法を何とか解除出来ないかと、夜中までキョーコの部屋でトランスソウル・マジカルラケットと格闘していた。結局ラケットに拒否されたまま使う事すら出来ず、帰宅したのは午前二時を回っていた。だが父はまだ帰っておらず、小言を聞く事態は免れた。
 父がいつ帰って来たのかは分からないが、今は朝の七時。ほとんど寝ていないか、全く寝ていないかのどちらかだろう。
 雪華は壁際に立て掛けてあるマジカルラケットを横目で見た。使う事が出来ずに持ち帰ったのだ。美雪が手元に置いておくのを怖がっていたという理由もあった。
(美雪には使えて私は使えない・・・・ロックか何かが掛かっているのか、私に使う力がないのか・・・・)
 雪華は父に呼ばれていた事を思い出し、慌てて服を着た。父は時間にうるさいのだ。特に他人が時間に遅れた時に。


「そこに座りなさい」
 雪華が呼ばれたのは食卓ではなくリビングだった。ソファに座り、テーブルを挟んで父と向き合うと妙に居心地が悪かった。普段はこうして改まって向き合い、話をすることなどないからだ。
「お前のクラスにエミネントから研修生が来ると決まった時、私が言った事を覚えているかな」
「・・・・その研修生と親しくなれと」
「そうだ。それで、どの程度親しくなった?」
「・・・・」
 雪華は確かにそう父に言われた。だがそんなものは命令される事ではないと思った。雪華がナナとある程度親しくなったのは、雪華自身がナナに興味を持ったからだ。
「どの程度と言われましても、どう答えていいのか」
「魔法についてはどの程度聞いている?」
「魔法ですか・・・・」
 雪華が知っている事は、ナナがエミネントであるにも係わらず自身の魔力を使わずにトランスソウルと呼ばれる十字架を使用していたこと、そして使わずに溜め込んでいた魔力が爆発してキョーコらのグループを壊滅させたこと、その程度だ。ナナが自身の魔力を使いたがらない理由は聞いていない。
「トランスソウルとやらの使用方法は分かるか?」
 そう父に聞かれ、雪華は驚いた。それは真に今、自分が知りたい事だったからだ。
(だが、どうしてこいつがそれを知りたがるんだ?)
 雪華はストレートに聞いてみた。
「どうしてお父様がそんなことをお知りになりたいのですか?」
「それに関してはお前が知らなくてもいい事だ」
「・・・・」
(この人はいつもこうだ。自分が知りたい事は高圧的に聞くが、言いたくないことは何も言わない。だからこそ、言わないということは私に隠したい事だと言っているのと同じなんだけどな)
 雪華は推測した。
 父は何らかの手段でトランスソウルを手に入れた、もしくは手に入れる予定だ。いや、使用方法を聞いてくるということは、使ってみたが使えなかったのだろう。とすれば、既に手中にあると考えていい。
 学校の面談をすっぽかし、明け方まで帰って来なかったのは、それと関係があるのか。どこで、どうやってトランスソウルを手に入れたのか。
 何の為に?
 何をしようとしているのか?
「魔法の使用に関しては何も聞いていません」
 雪華がそう答えると、父は苦い顔をして目を逸らした。
(使えない奴だ、とでも思っているのか?)
「トランスソウルをお持ちなのですか?」
「そんなわけがなかろう。単なる興味だ」
「お父様が魔法に興味がお有りだとは存じませんでした」
「不思議な力だ。色々と仕事に活用できないかと・・・・」
 と言って、雪華の父は慌てて口を噤んだ。言わなくてもいい事まで言ってしまったらしい。
(仕事に活用? 魔法を?)
 雪華は更に何かを聞こうとしたが、父の泰造は「時間を取らせたな」と言い、鞄を持った。
「お仕事ですか?」
「ああ、今日も遅くなる」
「あまり睡眠を取っていないのでは?」
「仕事が忙しくてな。寝ている暇などない」
 泰造が出て行き、一人になった雪華はソファに深く座って腕と脚を組んだ。
 父はトランスソウルを何らかの手段で手に入れた。
 それも、おそらく不当な方法で、だ。正当な理由なら隠す必要はないし、何よりトランスソウルを所持していい理由を父が有しているとは思えない。
 どこから手に入れたか。
 何をする気なのか。
 雪華の心に暗雲が広がった。
(神無月が帰って来ていると言っていたな。手に入れたのは、まさかあいつのトランスソウルではないだろうな・・・・もしくは小松貴美愛・・・・)
 美雪が貴美愛に貰ったと言うトランスソウルは、他の誰かの手にも渡っている可能性は大きい。父の柳原泰造に貴美愛がトランスソウルを渡したとは考えられないが、その過程でどこからか入手した可能性はある。
(可能性を考えていてはきりがない)
 キョーコやアサミも助けなければならないが、父が何を企んでいるのかも気になる。
(とは言え、どこから探ればいいんだ)


 地上三十階から見るエミネントは、思いのほか暗かった。
 貴美愛が生まれた世界と違い、車のライトがない。住宅も必要以上に明かりを付けていない。パチンコ店など派手なネオンを光らせている店も無い。
 貴美愛はそっと逞しい腕に寄り添った。
「夜光様」
 寄り添った腕が貴美愛の肩に回され、力強く引き寄せられた。
「貴美愛、いよいよ明日だな」
 禍津夜光は、はるか下界を見下ろしたまま貴美愛に語り掛けた。
「はい、夜光様」
 貴美愛は頭を夜光の胸板に預けた。
「いよいよ明日です」
「貴美愛は悪しき者に復讐を」
「夜光様はこの世界の改革を」
「復讐を果たした後は、ここに戻って来るといい。生まれ変わったこのエミネントで共に暮らそう」
「はい・・・・」
 貴美愛の頬が赤らむ。
「このエミネントでは、悪は即刻死刑という制度は徐々に改革されています。でもその代わりに魔力を取り除くというのはあまりにも生温い」
「貴美愛の言う通りだ」
「犯罪者は一生懲役。それにより、その悪はもうこの世界には存在しなくなる。そして罪を犯した者は一生をもって反省し、償う。それが私の理想」
「貴美愛、安心して復讐を果たして来い。俺がこの世界を改革し、お前の居場所を用意して待っていてやろう」
「夜光様」
「貴美愛」
 二人の唇が重なる。


「姫、姫ってば」
「!」
 貴美愛は飛び起きた。
 額や首筋には汗が流れていた。
「姫、どうしたんだ。顔が紅いぜ」
「な、何でもないわ」
 貴美愛は汗を拭いつつ、冷静さを取り戻そうと深呼吸をした。
「夢でも見てたのか?」
 兇がそんな貴美愛の顔を覗き込む。貴美愛は慌てて顔を背けた。
「な、何でもないってば」
「ふ〜ん、夜光様、とか言ってたぜ」
「えっ!?」
 貴美愛の顔が更に紅くなった。
「兇、駄目よ、姫をからかっては」
 亜未が菓子パンの入った袋を差し出しながら注意した。昨夜、朝ご飯にと買っておいたパンだ。
「もう八時ですよ、姫」
 烈も起きていた。
「もうそんな時間なのね」
 貴美愛は腕時計を見た。昨夜、寝る前に「七時半に起床」と言ったのは自分だった。
「ごめんなさい、寝坊したわ」
「いいんですよ、僕たちは。ただ姫が八時に出発とお決めになられたので、スケジュールが狂ってしまうのではないかと」
「用意が出来次第、出発するわ」
 貴美愛は亜未からパンと缶ジュースを受け取った。
 今日は自分の家族を苦しめた闇金融業者へ復讐に行く。目立ってはいけないので夜に行くのがセオリーだと思うが、貴美愛はセルフ・ディメンションを張って行動する為、朝だろうと昼だろうと人目を気にしなくて済む。
「腕が鳴るぜ〜」
 兇はやる気満々だ。
「くれぐれも殺しちゃ駄目よ、兇」
「分かってますって」


「泉流ちゃ〜ん」
 堤防の上から、寧音が手を振りながら駆け下りて来た。泉流は寧音に向かって手を振り返す。ここは泉流が貴美愛にマジカルティアラを渡された河原だった。
「どうしたの? こんな場所で待ち合わせなんて珍しいね」
「うん・・・・」
 泉流はどうすればいいのか分からず、まず寧音に相談することにした。何から話していいのか分からない泉流は、寧音に今までの経緯を少しずつ順を追って説明した。
 貴美愛に出逢ったこと。
 貴美愛がエミネントからマジカルアイテムを無断で持ち出したであろうこと。
 仲間になるように誘われ、マジカルティアラを受け取ったこと。
 車に轢かれた貴美愛を助けたこと。
 ティアラを返そうとしたが、持っておけと言われたこと。
 寧音はいつになく真剣な顔で泉流の話を聞いていた。これだけ一言も発せずじっと人の話を聞いている寧音は珍しかった。
「・・・・小松さんは泉流ちゃんに、悪い事の片棒を担げって言ったのね?」
「その時はそう思ったんだけど・・・・」
「その時は?」
「でも考えている内に、小松さんのしている事は悪いことじゃないのかもしれないって思えてきて・・・・」
「悪い人を懲らしめているから?」
「うん・・・・」
「そうかもしれないけど、マジカルアイテムを盗み出したのは悪いことだよ」
「それは悪い事だとは思う。でも・・・・」
 泉流は視線を足元に落とした。
「弱い者が強い者に勝つには、そうするしかないのかなって・・・・でないと、弱い者はずっと負けたままなのかなって」
「小松さんに何か言われたの?」
 泉流は何も答えなかった。
 泉流は苛められていたから、貴美愛の気持ちが分かるのかもしれないと寧音は思った。悪を懲らしめる為の悪。それが貴美愛の選んだ道なのか。
「でもさ、自分も悪いことをしたら、悪い人を悪いって言えなくなると思うよ」
「だったら、弱い者はずっと弱いままでいなきゃならないの?」
 泉流の口調が少しだけ強いものになった。
「悪い人はもっと悪いことをして、ずっと強くなっていくんだよ。いいことだけじゃ勝てないんだよ? 正義は小さな悪には勝つけど、大きな悪には勝てないんだよ。それは今の世の中を見れば分かるじゃない」
「泉流ちゃん・・・・」
 寧音は泉流の前にしゃがみ、泉流の顔を覗き込んだ。
「だったら大きな正義になればいいじゃん」
「・・・・大きな・・・・正義?」
「小さな正義は小さな悪にしか勝てない。だったら大きな正義になれば大きな悪にも勝てる」
「でも、そんな大きな正義になんて・・・・」
「その為に」
 寧音は泉流が持っているマジカルティアラを指差した。
「それがあるんじゃないかな」
「これ・・・・?」
「大きな悪になる力があれば、大きな正義にもなれるはず。それで小松さんを止めよう。これ以上、罪を重ねさせない為に」
「でもこれって、治療しか出来ないよ」
「・・・・そうなの?」
「多分・・・・」
「マジカルアイテムだから、何でも出来るんじゃないの?」
「あ、えっと、使う人の資質に左右されるって小松さんが言ってた」
「資質か・・・・ちょっと貸して」
 自分なら別の魔法を使えるかもしれない。寧音はマジカルティアラを借り、頭に装着しようとした。
「きゃっ!」
 バチッ、と火花が飛び、寧音はティアラを取り落とした。
「な、何、今の? 使い方、間違ってた?」
「ううん、私はそんなことないよ」
 泉流はそう言って、ティアラを頭に乗せた。
「ほら」
「・・・・あたしのことが嫌い?」
 寧音はティアラに向かって問い掛けたが、返事は返って来なかった。


「そうですか、いえ、失礼します」
 ナナは受話器を置いた。
 今日は休暇を貰ったので、寧音と泉流に会おうとそれぞれの家に電話をしたのだが、どちらも留守だった。神楽坂家と槻島家の母親に「友達と遊びに行った」と言われ、ナナは電話機の前で溜め息をついた。
(やっぱり、昨日の内に電話しておけば良かったかな)
 携帯電話に連絡してみようかとも思ったが、遊びに行ったのなら今から合流するのも迷惑かもしれない。
 自分はもうエミネントに帰った、いわば「余所者」という感覚がナナ自身にはあった。寧音や泉流とは別れ際にも色々あったので、会いたいという気持ちと顔を合わせ辛いという気持ちが半々だ。ナナは自分のせいで寧音と泉流が酷い目に遭ったのだと責任を感じている。
 星澄家は今、ナナだけだった。
 真樹は仕事、芳江は週に一度のダンス教室、咲紅はエミネントから来る助っ人の出迎えと、貴美愛の捜索。
 寧音と泉流に連絡が取れず、ナナは今日の行動目標を失った。
(他に会う人と言えば・・・・)
 こちらに来て知り合った人数は限られている。
 キョーコやアサミ、ミユキの様子も気になるが、現状ではどうすることも出来ないし、咲紅には「会いに行くな」と止められている。余計な心配はせず、ゆっくり休めと言うのだ。
(そんなこと言われても、気にならないわけないよね・・・・)
 雪華はどうだろう?
 別れてすぐに会うのも妙だが、歓迎はしてくれるだろう。ナナとしても、雪華とはもう少し深く知り合いたかったと思っていた。雪華はまだ自分に対して、本当の雪華というものを出してくれていないと感じている。
(委員長の自宅・・・・)
 だが雪華の家の電話番号も、雪華の携帯電話の番号も知らない。
(・・・・にゅう)
 カチカチと時計の針が時を刻む音だけが聞こえている。
(一人でどこかに行こうかな・・・・)
 真樹に連れて行って貰った、オタク関連のショップが頭に浮かんだ。
(・・・・行ってみよ)



19th Revenge に続く




話数選択へ戻る