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タイトル


 17th Revenge 「ヴァーチャル妹」


 そして誰もいなくなった。
 照明を当てられていたゲートも、今は闇の中だ。
(・・・・何だありゃあ)
 兇がようやく声を出した。目の前の出来事に、貴美愛とリュックの三人は言葉を失っていたのだ。
 気絶されられたエミネント二人は手枷と足枷をはめられ、車に押し込まれた。何発も銃弾を浴びた少年は別の車のトランクに押し込まれた。少年のブーメランは回収され、持ち去られた。少年の攻撃に倒された男達は怪我だけで済んでおり、それぞれ車に乗せられて去って行った。
 何だったのか、貴美愛にも分かるはずはない。分かるのはエミネントがおそらくどこかの組織に連れ去られた。それだけだ。
 貴美愛が呆然としていると、また何者かの声が聞こえて来た。貴美愛は慌てたが、セルフ・ディメンションを張りっぱなしだったことに気付き、足音を立てないようじっとしていた。
「誰もいない」
 先程と同じような、黒いスーツの男達だった。
「見ろ、車の跡だ。争った形跡もある」
「くそ、柳原に先を越されたか」
(柳原?)
 貴美愛はその言葉を聞き、鼓動が早くなった。
 父の会社を潰した柳原。家族に多額の借金を抱え込ませた柳原。
 先程の男達が柳原の手の者だったのか?
(いえ、あれは雇われただけという感じだった)
 全国に様々な事業を展開している柳原グループ。そこがエミネントを捕らえて、何をしようとしているのか? また「先を越された」と言う目の前の男達は何者で、先を越されてなければ同じく連れ去ろうとしていたのだろうか?
「どうする? ここで見張るのか?」
「いや、とにかく社に連絡しよう」
 そう言って男は携帯電話を取り出した。厳つい見た目に似合わずピンクだった。
(兇、あなた目がいいわね。あの男の胸に付いている社章が見える?)
(えっと、あのバッジだな。葉っぱの上にアルファベットのK・・・・だな」
(葉っぱにK・・・・)
 社章などという物を見ただけでは会社名までは分からない。
 エミネントを柳原が拉致した意味は? 貴美愛はあれこれ考えてみたが、考えても答えは出ない。
(ゲートを通ってくるのが分かっていたというよりは、いつ来るか分からないので見張っていた、という様子だったけど・・・・)
 あのエミネント達はどうなるのか? 撃たれた少年は死んだのか?
 だが貴美愛にはそんなことに構っている暇は無い。明日は悪徳金融に殴り込みに行くのだ。何となく貴美愛には、悪徳金融と聞くと拳銃や日本刀を持っていそうなイメージがあった。映画やドラマの見過ぎだろう。怖いが、兇や烈がいてくれたら心強い。ここに泉流か美雪が入れば更に頼もしいのだが。
「さ、夕飯を食べに行くわよ」
 貴美愛はその場を離れた。あのエミネント達がどうなろうが、自分には関係ない。
「明日は大仕事だから、ご馳走するわ」
(本当かっ!?)
 兇が「ご馳走」という単語に飛び付いた。
「と言っても持ち合わせがないから、ファーストフードよ」
(あ、知ってる! 一度食べてみたかったのよ)
 亜未も嬉しそうにはしゃいでいた。
「ファーストフードで喜んでくれたら安いものよ」


 少し、いやかなり肥満体型の男が、人目を気にするように狭い路地に入っていく。手にはペーパーバッグ、Tシャツには瞳の大きなアニメキャラの女の子が微笑んでいるプリントが施されていた。
 男の名は国守宅也(くにもり たくや)、通称「タク」と言う。
 敷地面積の狭いビルの階段を登る。足場の狭い階段が悲鳴をあげた。
 宅也はビルの二階にあるドアを開けた。
「お帰りなさい、お兄ちゃん!」
 アニメ声の女の子が宅也を出迎えた。年の頃は中学に上がるかどうかと言ったところだろうか、頭に白いリボンを付けていた。
「ただいま、ウイちゃん」
「お兄ちゃん、御飯にする? お風呂にする? それとも留守録アニメ?」
「う〜ん、そうだなぁ。お兄ちゃん、ウイちゃんとお風呂がいいな」
「もう、お兄ちゃんのエッチ!」
 ちなみにウイと呼ばれた女の子は本名を「矢崎初美(やざき・はつみ)」と言い、宅也の本当の妹ではない。宅也は二十七歳で一人っ子だ。「初美」の「初」を「うい」と読んで、それが愛称となっている。
「どうぞ、お兄ちゃん。ウイが一生懸命作ったんだよ」
 奥の部屋には食卓があり、宅也が座っている前に料理が並べられた。
「どうぞ召し上がれ!」
「どれどれ・・・・」
 宅也が玉子焼きのようなものを箸で摘み、口に入れる。塩辛さが口全体に広がった。
「む、こ、これはぁ・・・・」
「美味しい? ね、美味しい?」
 ウイがキラキラした目で見詰めてくる。
「お、美味しいよ、バッチリさぁ」
 宅也は涙目で笑顔を作った。
 ちなみに味噌汁も塩分が凄かった。
「ウイちゃんさぁ、お兄ちゃんに長生きして欲しくないの?」
「えぇ〜? どうして?」
 純朴な瞳が宅也に向けられる。
「・・・・い、いや、あんまり美味しくて死にそうだから」
「やだー、もっと食べてね、お兄ちゃん!」
 ウイが宅也の肩に手を置き、「あ〜ん」と言いながら箸で掴んだ玉子焼きを差し出してきた。宅也は鼻の下を伸ばしながら激辛玉子焼きを口に入れた。

「ふんふふんふふ〜ん」
 食後、ウイがシャワーを浴びていた。宅也はそ〜っとバスルームに忍び込むと、脱衣籠に置かれたウイの着替えに手を伸ばす。
「お兄ちゃん?」
「!」
 宅也は慌てて手を引っ込めた。
「駄目だよ、お兄ちゃん。この前一枚、あげたじゃない」
 ちなみに宅也は「貰った」のではなく「買って」いた。
「ウイちゃん、一緒にお風呂に入っていいかなぁ?」
「駄目! そこまでの契約はしてないでしょ」
「でもお兄ちゃん、我慢出来ないよ〜」
「ウイ、お兄ちゃんのこと嫌いになっちゃうよ」
「・・・・ご、ごめん」
 そう言われては宅也も引き下がるしかない。


 宅也もその後にシャワーを浴び、ウイと一緒に外出した。これはオプションであり、追加料金が掛かる。
 二人はファーストフード「ドムドナル」に入った。食事を済ませた後だが、宅也はハンバーガーが二つ入ったセットを頼んだ。ウイもチキンバーガーのセットを注文し、テーブルに付いた。
「ウイちゃん、もうちょっと料理の勉強をしような」
 宅也がズズズとシェイクを飲みながら行った。
「え、だって料理が下手な妹ってよくある設定でしょ?」
「僕は料理が上手な妹の方がいいな」
「そっか・・・・じゃあちゃんと作るよ」
「作れるの?」
「うん、わざと不味くしたの」
 ウイはそう言うと、チキンバーガーを頬張った。
「そんな演出、いらないよ・・・・ねぇウイちゃん」
「んう?」
「もっと上のランク設定にしない? そしたら今の何倍も儲かるよ?」
「それはイヤ。体を売ってまでお金欲しくないもん。ウイは今の『お兄ちゃんを慕う妹』の設定でいい」
「他の子はもっと稼いでるよ? ウイちゃんなら客がいっぱい来ると思うな」
「タクお兄ちゃんはウイが他のお兄ちゃんとそんなことして、いいの?」
「それは・・・・」
 宅也は少し返答に詰まり、慌てて首を振った。
「イヤだ、ウイちゃんが他の奴となんて許せない!」
「でしょ?」
「だったら店にはナイショでさ、僕と・・・・お金は渡すから。いいや、多めに払うよ」
「ビジネスはビジネス。ちゃんと割り切ろうよ」
「・・・・」
 宅也はしばらくハンバーガーをむさぼっていたが、真剣な眼差しでウイを見た。
「僕、本気なんだよ。ウイちゃんが声優になるって夢、応援する。僕が学費を出してあげるよ。だから・・・・」
「夢は自分の手で掴むの。自分で稼いだお金でなきゃ、未来の自分が胸を張れないと思うから」
 宅也は四日ほど前にウイが働いている店に訪れた。
 未成年を働かせているいわゆる裏家業であり、宅也はウイの客として「お兄ちゃん」という設定で接待を受けていた。設定にはランクがあり、上位になればバイト料は上がるがその分、いかがわしいサービスも含まれる。一番上のランクはほとんど売春だった。
 ウイは最低ランクの「仲のいい兄妹」で働いている。ウイは声優を目指しているが家は貧乏なので、自分で養成所に通う資金を溜めるべくバイトをしているのだった。
 宅也はウイが気に入って、このところ毎日通ってはずっと彼女を指名している。本当はもっと上のランクを目当てに店を訪れたのだが、ウイは今のランクを上げるつもりはないらしい。
 ちなみにお風呂は磨りガラス越しに覗く所までOKで、ドアを開けると契約違反。下着は別売りだが手に入れることも可能。こうして外出するのは出張費と延長料金が掛かる。
「ねぇウイちゃん。僕の他にも『お兄ちゃん』って呼んでる人がいるの?」
「うん、タクお兄ちゃんだけじゃ仕事にならないし」
「何人いるんだ?」
「今は、あと二人」
「じゃあさ、三倍出すよ。だから僕だけをお兄ちゃんって呼んでくれないかな」
「ん〜・・・・」
 ウイは俯いたまましばらく思案していたが「だめだめ」と自ら頭を叩いた。
「ウイ、今ね、悪い子だったの。さっきのこと『いいよ』って返事してお金を三倍貰って、他のお兄ちゃんと会ってることがバレなきゃ儲かるかなって考えちゃった」
「ウイちゃん・・・・」
「ごめんね、お兄ちゃん」
「・・・・」
「お兄ちゃん、泣いてるの?」
「え? あ」
 自然と宅也の目からは涙が流れていた。
(何て・・・・純粋な子なんだ)
 その時、宅也の耳に聞き慣れた名前が飛び込んで来た。
「やっぱり神無月奈々美は邪魔だわ」
(神無月奈々美・・・・ナナちゃん!?)
 宅也が振り返ると、少年少女四人がテーブルを囲んでいた。
「とにかく今は無視して計画を進めるわ。ただ、また邪魔をされるとやっかいなのよね。それに桜川咲紅、出雲巳弥・・・・」
「そんなに心配するほどじゃないぜ、あいつ」
 兇がポテトを口に放り込みながら言った。
「攻撃に関しては実戦的じゃねぇ」
「でも実際、あの時は危なかったわ」
 貴美愛が言う「あの時」とはマスミの家でのことだ。
「あの時は手負いでしたから」
 烈もボソボソとポテトをかじっている。
「烈、お前が血を見てパニクってたから予想外に手こずったんだぞ」
「き、兇があの女の子に刺されなければあんなことには・・・・」
「何にしても」
 貴美愛は兇と烈の言い争いを遮った。
「神無月奈々美とはいつか決着をつけなければならないわ。無事に復讐を完了させた後か、その過程かは分からないけど。私の敵であることは確実だから」
「美味しい、これ!」
 亜未は話の内容が他人事であるかのようにハンバーガーを味わっていた。
「お兄ちゃん」
 そのテーブルで交わされている話に耳を傾けていた宅也は、ウイの問い掛けが聞こえていなかった。
「お兄ちゃんてば」
「え、な、なに? ウイちゃん」
「もう、ボーっとしちゃって。ウイのことなんてどうでもいいの?」
「そ、そんなことあるわけないじゃないか!」
 宅也は後ろのテーブルの会話を気にしつつもウイの方へ向き直った。
(ナナちゃんが敵? ナナちゃんは帰ったはずじゃないの? 帰って来ている?)
「あ、もう時間だ」
 ウイが腕時計を見た。延長時間のリミットが来たのだ。
「じゃあね、お兄ちゃん。また明日」
「あ、うん、また明日ね」
 ウイはさっさと自分のトレイだけ片付けて去って行った。宅也のトレイにはまだポテトやシェイクが残っていたからだ。
「・・・・」
 一人になった宅也は改めて後ろのテーブルの会話を盗み聞きすることにした。
「おい、そこのデブのおっさん」
 兇が宅也を睨んでいた。
「い、言い辛いことをはっきり言うね・・・・」
「見たまんまを言っただけだ。何が言い辛いんだ?」
 兇はあくまで不敵だ。
「さっきから俺達の話を聞いてやがったな」
「な、何のことでしょう」
「とぼけんなよメガネブタ」
「やめなさい、兇」
 貴美愛が突っかかる兇をたしなめた。
「危なそうな人だから、係わらない方がいいわよ」
「そ、それは普通、僕には聞こえないように言うことじゃないかな」
「その歳でそのTシャツ、どう見ても危ない人よ」
「ゴホン」
 宅也は咳払いをして、開き直ることにした。
「君達、ナナちゃんとはどんな関係なのかな?」
「あなた、神無月奈々美を知っているの?」
「話を聞かせてくれないかな。力になれるかもしれないよ」
「丁重にお断りするわ」
「信じないの?」
「その恰好で信じろと言う方が無理な話ね」
 二十七歳の宅也は十五歳の貴美愛に完全に負けていた。だが宅也も反撃を開始する。
「実はナナちゃんは僕のことが好きなんだ」
「はぁ?」
 兇が「こいつ、馬鹿か?」と言うような顔をした。
「僕の言うことなら、ナナちゃんは聞いてくれるかもしれないぞ」
「・・・・それが本当なら面白い話ね」
 貴美愛は少しだけ宅也の話を聞く気になった。
 宅也の話によると、ナナは宅也の友達の家に下宿をしていた。ナナは自分のことが好きだったが、友達である真樹の陰謀によって仲を裂かれた。真樹もまたナナのことが好きだったのである。結局ナナと宅也は誤解が解けぬまま離れ離れになってしまったが、互いの気持ちは変わっていないという。
「僕はマキちゃん・・・・あぁ、真樹って奴の事だけど、あいつに恨みがある。ナナちゃんを取り戻したいんだ。ナナちゃんなら僕の言う事を聞いてくれる。君達の邪魔をしないようにさせるから、僕はマキちゃんへの恨みを晴らす。お互いメリットがある話だろ? 僕を仲間にしてくれよ」
 宅也の話を聞き、兇が心話で貴美愛に話し掛けた。
(姫、こいつの言う事はどうも胡散臭い。こんな奴、神無月奈々美が好きになると思えないぜ)
(まぁ人の趣味は千差万別だけど・・・・話が本当なら、神無月奈々美は相当特殊な趣味をしているわね)
(どうします? こいつは僕達が神無月奈々美の敵である事を知った。このままでは帰せません)
 烈が心話に割り込んできた。
(でも、まだ私達の正体を知られたわけではないし・・・・)
「ねぇねぇ、ひょっとして君達もエミネント?」
「!」
 兇らの鋭い視線が一斉に宅也に向けられ、緊迫した空気になった。
「え?」
 宅也は何故睨まれたか分かっていなかった。
 貴美愛や兇が辺りを見回す。近くに一組のカップルがいたが、自分達の世界に入っていてこちらの話は耳に入っていないようだ。
「・・・・てめぇ」
 兇が席を立ち、宅也に顔を近付けた。
「命拾いしたな。こんな所で俺らがエミネントだってバラしてどうするんだ、タコ」
 ブタの次はタコだった。
「し、質問しただけじゃないか」
「・・・・まぁ」
 貴美愛はゆっくりとジュースを口に含んだ。
「空気も読めないお馬鹿さんを仲間にする必要はないわ。見苦しいからあっちに行って貰えるかしら」
「い、いいのか。仲間にしないと君達の事を誰かに話すぞ」
「だからよぉ」
 兇が宅也のTシャツの胸倉を掴み上げる。
「立場、分かってんのか? 俺らを脅したら先にそっちの命が危ないんだぜ」
「兇」
 烈が静かに口を開いた。
「その男が誰かに僕達の事を言えば僕達の状況が悪くなることは確かだ。その後にその男を始末してももう遅い」
「だろ? だからさ・・・・」
「すぐに始末しておいた方がいい」
「・・・・へっ?」
 宅也の顔が引きつる。
「そうねぇ、その方が何となくこの世界の為でもある気がするわ」
 亜未も同意した。
「どうですか? 姫」
 烈は貴美愛に同意を求めた。貴美愛はしばらく黙ったままテーブルに視線を落としていたが、やがて顔を上げて宅也に言った。
「仲間にするわ。また連絡するから今日の所は解散よ」
「あ、ありがとう! 話せるなぁ眼鏡ちゃん!」
 宅也はまた兇に胸倉を捕まれた。
「姫のことを気安く呼ぶんじゃねぇ」
「・・・・は、はいっ」
 宅也は慌ててポテトを食べ終えると、トレイを返却コーナーに戻して転がるように去って行った。
「・・・・どういうおつもりですか、姫」
 烈が険しい表情で貴美愛に聞く。だが貴美愛の顔はそれ以上の険しさがあった。
「兇、烈」
「はい?」
「私は誰も殺さないつもりだった。なのにあなた達は勝手に・・・・その反省もなく、また簡単に殺そうだなんて。何でも殺せば済むなんて思わないで」
「で、ですが」
 何か言いたげな烈を、兇が肩を掴んで制した。
「烈、姫の言う事も尤もだ。俺達が悪い」
「しかし・・・・」
「悪かったよ。反省してる」
 兇が珍しく頭を下げたので、烈と亜未は驚いた。兇が誰かに謝る事は珍しいことだった。
「だがよぉ、あんな奴を仲間にしていいのか?」
「ああでも言わないと納得しないでしょ。仲間にする気なんかないわ。連絡するって言ったけど、永遠に連絡しないつもりだから。あの男、自分の連絡先を教えずに帰るなんてやっぱり知能が足りないわね。あの男は仲間になったと思っているから、誰かに私達の事を話す恐れもないでしょう」
 貴美愛は食事を終え、紙ナプキンで口を拭った。



18th Revenge に続く




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