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タイトル


 16th Revenge 「泉流の戸惑い」


 卯佐美第三中学の学食で一番安価なのは「かけうどん」又は「かけそば」である。
 いつもは母親にお弁当を作って貰うのだが、母は貴美愛の祖母の具合が良くないということで実家に帰っていた。
 貴美愛は「かけうどん」を買おうと食券の販売機の前で並んでいた。自分の番になり、いざ食券を買おうとして財布を出したが、そこにはあるはずの千円札がなく「借用書」と書かれた紙切れが入っているだけだった。
 誰が貴美愛の財布からお金を「勝手に借りた」かは、大体分かっている。今日が初めてではなかったからだ。
「早くしろよ」
 貴美愛の後ろから声が掛かった。小銭も足りず、貴美愛は諦めようと販売機の前から去ろうとした。
「あの・・・・」
 弱々しい声が聞こえ、貴美愛の前に千円札が差し出された。
「これ、良かったら・・・・」
 俯き加減で目を合わせなかったが、その女性徒は貴美愛に千円札を貸してくれた。それが・・・・。
(槻島泉流さん)


 貴美愛は目を覚ました。
「・・・・」
(確か私は・・・・)
 車の音が聞こえ、鈍い音と激しい痛みが自分を襲った。
 車に轢かれたのだろう。
「姫っ!」
 兇、烈、亜未が覗き込んできた。
「良かった、気が付いたぜ!」
「・・・・兇」
「心配しましたよ」
「・・・・烈」
「死んじゃうかと思ったよ〜!」
「・・・・亜未」
 烈と亜未は顔をぐしゃぐしゃに濡らしていた。そしてもう一つの人影が貴美愛を見ていた。その少女は頭に宝石を散りばめたティアラを付け、そこから伸びた腰の辺りまでを覆う半透明のヴェールに覆われていた。
「槻島さん・・・・」
「良かった」
 泉流が精一杯の笑顔で答えた。
「あなたが私を?」
「よく・・・・分からないけど、私がやったの、かな」
 貴美愛は顔を上げ、自分の体を見渡した。かなりの部分が赤黒く染まっている。間違いなく自分の血だろう。
「助けてくれたのね」
「死なないで、ってお祈りしただけ」
「凄かったぜ」
 兇は興奮した様子だった。
「もう駄目かと思った。泉流がいてくれなかったらやばかったぜ」
「兇、泉流さんを呼び捨てにするな。失礼だろう」
 烈がたしなめたが、兇はお構いなしだった。
「これで俺達には怖いものなしだぜ、な!」
「え、いえ、あの」
「泉流の回復力があれば、多少の無茶は出来るってもんだ。ま、俺様は怪我なんてそうそうしねぇけどな! 烈や亜未が怪我しても安心だ」
「わ、私・・・・」
 泉流は慌ててティアラを頭から外すと、貴美愛の前に差し出した。
「小松さんが危なかったから助けただけで、その、これを返そうと思って・・・・」
「そ、そんなぁ」
 兇は何か言いたそうだったが、貴美愛がそれを遮った。
「そうね、もうあなたを巻き込みたくないわ」
 貴美愛はゆっくりと上半身を起こした。
 あの時、貸してくれた千円札。
 貴美愛の金を借用した生徒は、お金が欲しかったというよりも困る貴美愛を見て笑いたかったのだろう。だが泉流がその楽しみの邪魔をした。
 貴美愛がいない間、代わりに泉流がイジメの標的になったのは、その一件があったからかもしれない。
(そう、これ以上・・・・私の復讐にあなたを巻き込むわけにはいかない。広沢美雪さんだって、そうだわ)
 貴美愛は泉流が差し出したマジカルティアラを押し返した。
「これはお礼。好きに使っていいわ」
「でも、私・・・・」
「いいの。余りもので、私には不要だから。いらなかったら捨ててくれてもいい」
 そこまで言われて、泉流は無下に押し返すわけにもいかなかった。
「本当にありがとう」
 貴美愛はもう一度礼を言った。
「ううん、目の前で怪我をしたから、助けただけ」
 泉流は腕時計を見て「もうこんな時間」と言って立ち上がった。
「俺、送っていく!」
 誰も口を挟めないほどのスピードで、兇は泉流の後を追った。


「なぁ、おい」
「あの、一人で帰れますから」
 泉流は後ろから付いて来る兇の方を振り返らず、前を向いたまま言った。
「俺のこと、覚えてるだろ」
「・・・・ナンパさん」
「だから違うって!」
「本当にもう、送ってもらわなくて結構ですから」
「あ、あの犬さあっ」
 兇は泉流の前に回り込み、立ち止まらせた。
「あれから大変だったんだぜ。水を飲ませようとしたら川に落ちやがって」
「川に!? そ、それで?」
「助けたよ。俺も一緒に落ちたけどな」
「でも、あの時・・・・」
「あぁ、弱い者は死ねばいいって言った。けどな、お前の言葉が妙に引っ掛かってたんだ。弱い者は助けるべきだって」
「・・・・」
「姫はああ言ったけど、本当は仲間になって欲しいんだ。友達が欲しいんだよ。お前は弱い。だから俺が守る。仲間になってくれ」
「・・・・私・・・・」
 今日、目の前で起きた事。明らかにあの取り立て屋が悪いと思った。
 もしかして貴美愛のやっている事は、正義なのではないか?
 一瞬、そう思った。
 だが・・・・。
「ごめんなさい」
 泉流は兇の横をすり抜け、走った。
 この世界の警察に届ければいいのかどうかは分からないが、適切な対応はしてくれるだろう。だが本当にそれでいいのだろうか?
 貴美愛は自分を信頼し、このマジカルティアラを預けた。その信頼を裏切って通報し、復讐を半ばにして挫折させることは本当にいいことなのだろうか?
 泉流には分からなかった。
 ただ確かに言える事は、貴美愛を助けられて良かった、ということだけだった。


 通信機の通話可能ランプが緑色になり、咲紅は思わず「あっ」と声を上げた。
 咲紅はこの日、朝から食事の時間以外はずっとエミネントとの通信機とにらめっこをしていた。ノートパソコン程の大きさの携帯端末だが、異世界であるエミネントと通信が出来る高性能機器だ。だが向こうのレシーバーが壊れているのか、はたまた妨害電波か、これまでずっと繋がらない現象が続いていた。それが今、やっと通信可能のサインが出たのだ。
「もしもし、もしもし!?」
 マイクに向かって呼び掛けると、雑音混じりに応えがあった。
「認識番号をどうぞ」
「はい、えっと、OBS03=SS、桜川咲紅です!」
「はい、認識しました咲紅さん」
「あずみちゃんね? 近くに誰かいる?」
「憂喜さんがいます」
「代わって!」
 少し時間があり、通話の相手が入れ替わった。
「桜川か?」
「ユーキ君、良かったわ、繋がって!」
「桜川、今どこにいる?」
「それが色々あって、星澄さんのお家に」
「星澄? あぁ神無月奈々美の下宿先か」
「あのね、ユーキ君、実は・・・・」
「何をやっている? 君ともあろう者が小松貴美愛一人にどれだけ時間を掛けているんだ? もちろんとっくに捕まえているだろうが、何故帰って来ない? 人手が足りないんだ、遊んでないで早く帰国しろ」
「・・・・」
 咲紅は激昂しそうになったが、辛うじて感情を押さえつけた。
「聞いて、ユーキ君。トランスソウルを持ち出してこっちの世界に来たのは、小松貴美愛だけじゃなかったの」
 咲紅は貴美愛とリュックの中に入っていた三人についてなるべく簡潔に鷲路憂喜に話して聞かせた。そして、こちらの方も人手が必要であることも。
「トランスソウル使い三人か・・・・リムーバーに恨みを持つ者、おそらく禍津がジャッジメントから逃がした犯罪者だろうな。リムーヴの刑を受け、自身の魔力を失っている者達だろう」
「それが結構、手強いの。私とナナちゃんだけじゃとても・・・・」
「桜川は防御主体、神無月はまだ何の免許もない学生だからな。しかし、こちらも人手が・・・・ちょっと待ってくれ」
 しばらく遠くで何かを話す声が聞こえていた。
「待たせた」
「そっちの様子はどうなの? 管理局は? 禍津夜光は?」
「外壁に巡らされたマジックセキュリティが破れず、管理局への侵入は未だ成功していない。禍津はビルから出て来ないが、時々こちらも禍津側の者から襲撃を受ける。ジャッジメントで刑が確定していた者達が、禍津によって助けられたことで手下として動いているようだ。街中ではジャッジメントの管理がなくなり、我々もこうして禍津への対策に追われている為、犯罪の取締りがほぼ皆無の状態で無法地帯となりつつある。今も枯枝や澤崎が鎮圧に出ているが、暴動も起こっている始末だ」
「そんな中、人員を割いてって言うのは心苦しいけど・・・・」
「いや、何とかしよう。そちらの世界で勝手な行動をされるのは困る。相手はトランスソウル使いだろう? 二線級のオブザーバーで悪いが派遣するように手配しよう」
「あの、ユーキ君が来てくれたらすぐ解決出来ると思うの」
「・・・・いや、それは無理だ。もし禍津自らが出て来たら、冴さんや枯枝だけでは太刀打ち出来ない」
 鷲路憂喜は若手だが、オブザーバーのリーダーが不在の今、代役としてその任に着いている。エミネントが今のような状態では現場を離れることが出来ないのは咲紅も理解していた。
「そちらも急ぐだろう。今夜・・・・明日の朝までにはこちらで人選した者を派遣する。メビウスロードは君が使った時と同じ経路で構わないな?」
「ええ、お願い」
「信頼出来る者を選んで送る。疲れているだろう、少し休んでおくといい」
 通話が切れたので、咲紅は通信機をシャットダウンさせた。
(ユーキ君も少しは気の利いたセリフを言えるようになったわね)
 今まで連絡が取れず、エミネントの様子が分からなかった咲紅は、取り敢えず通話が出来て一安心だった。話を聞く限りでは事態はあまり良くないようだが、更に酷い事態を想像したこともあっただけに、少なくとも憂喜を始めとする顔見知りが存命である事を知る事が出来ただけでも気持ちが和らいだと言える。
 確かに憂喜が言った通り、疲労が溜まっている。ナナも午前中はずっと寝たままだったが、午後からは庭に水を撒いたり夕食の支度の手伝いをしていた。
(助っ人が来てくれるなら、明日は完全休養ってことにしてあげようかな。元々ナナちゃんには手伝って貰っているだけで、私の仕事なんだし・・・・)


 夜になり真樹も帰って来て、星澄家は四人で食卓を囲んでいた。
「と言うわけで、ナナちゃんは明日、好きに遊んでいいから」
「でも・・・・」
「あ、疲れてたら遊ばすに寝ててもいいのよ」
「いえ、もう充分寝ました」
 ナナは貴美愛を取り逃がした責任を感じている。だがナナはまだ学生で、正規のオブザーバーが来てくれるのならそちらに任せた方が良い、と咲紅は説明した。
「上手くいけば・・・・つまり小松貴美愛を捕まえることが出来れば、私はすぐにでもエミネントに帰ることになると思う。あっちも大変みたいだから。でもナナちゃんはもう少しこっちでゆっくりしててもいいわよ」
「大変って?」
 真樹が聞き返した。真樹や芳江にはエミネントで起きている事を話していない。咲紅は余計な心配を掛けまいと適当に誤魔化した。
「だったらさ、友達と会えばいいよ。ほら、えっと、寧音ちゃんと・・・・泉流ちゃんだっけ?」
 真樹はそう言ったが、ナナは複雑な顔をした。
「でも一度お別れしたから、何となく会い辛いです」
「でも、会いたいだろ?」
「それはもちろん、そうですけど・・・・」
「学校は夏休みだっけ?」
「えっと、どうでしょう」
 ナナがうさみみ中学にいたのは夏休みに入る前であり、テスト休みがいつまでなのか、三者面談や一学期の終業式のスケジュールまでは覚えていない。
「連絡してみれば?」
「そうですね」
 その時、テレビでは卯佐美市内で起きた事故のニュースを放送していた。
「この近くじゃないか」
 地名を聞き、一同はテレビ画面に目を向けた。
 ニュースによると、車が崖から転落し、男性二名が死亡したという。死体は焼けており、身元の確認はまだ取れていないらしい。


 同じ時刻、同じニュースを貴美愛は商店街の量販電気店の店頭で見ていた。
「・・・・どういうこと」
 貴美愛はリュックの中に向かって言った。
(何のことですか、姫)
「車の転落事故。場所から考えて、私を轢いた取り立て屋の車だわ」
(あ、へぇ、あいつら事故ったんだぁ)
「兇は嘘が下手ね。説明しなさい。殺したの?」
 貴美愛の声が低く重みを含んだものとなる。
 貴美愛は車に轢かれ、瀕死の状態で泉流に治癒を受けていた。よって、あの事故の事は何も知らない。兇たちは貴美愛に「絶対に殺しては駄目」と言われていたので、車の件は隠しておくつもりだったのだ。
(本当だぜ、姫! あいつらが勝手に落ちやがったんだ)
「その原因を作ったのは誰?」
(・・・・すまねぇ)
「せっかくのデッドリー・ナイトメアが無駄になったわ。あいつらは苦しまずに死んだ・・・・悪夢を見てうなされることなく、楽に」
(だから、すまねぇって)
「私が何の為に精神魔法を身に付けたと思っているの。人を殺傷する力なら、魔法を使わなくても簡単に手に入る。そんな復讐をする為に戻って来たわけじゃないのよ」
 それから暫く、貴美愛は兇たちとは一言も口をきかなかった。兇たちもまた、貴美愛に声を掛けることも出来なかった。
 貴美愛の足は、自然とある場所に向かっていた。自分が通って来た、メビウスロードの出入り口だった。
 メビウスロードは空間の湾曲である。よって「入り口」という明確な物体は存在しない。第三者が謝って入り込まないように結界が張ってあり、それを通過することでロードを通行することが可能となる。ロードの管理はエミネント側の監視搭でなければ行えない為、貴美愛がエミネントに戻る為の通路は開けたままだった。復讐を果たし、愛する禍津夜光の元へ戻る日はそう遠くはないと貴美愛は思っている。
(夜光様、早くお会いしたい・・・・)
 貴美愛はそのメビウスロードの入り口付近に何となく来てしまった。夜光に会いたいという心の現われだろうか、だが目的を果たすまでは帰るわけにはいかない。
(・・・・?)
 メビウスロードは人目のつかない場所に作られる。だがそこには大勢の人影があった。しかも全員、体格のいい男ばかりだ。
(何なの、あれは・・・・)
 貴美愛は身を隠し、少し離れた場所から様子を伺った。メビウスロードの出口付近にライトが当てられ、その周りを男達が取り囲んでいる。貴美愛は見付かってはまずいと感じ、セルフ・ディメンションを自分の体を囲む程度に小さく張った。
(何が起こっていると言うの?)
 ゲートの周りを取り囲んでいる男。その外側には同じ程度の人数の男が座っていた。よく見ると、個々に食事をしたり煙草を吸ったりしている。休憩、と言った感じだ。
(交替でゲートの見張りをしている? でも一体何の為に? あの人達は誰なの?)
 エミネントには見えない。ではこちらの人間がゲートを監視する意味とは?
 疑問だらけの貴美愛がしばらく息を殺して潜んでいると、ゲート付近の空間が湾曲を始めた。誰かがゲートを通り、こちらにやって来たのだ。
 男達は一斉に一歩下がり、身構えた。
 空間の歪みから足、手、頭、そして体全体が現れた。
「!? あなた達は・・・・?」
 ゲートから出て来たのは高校生と思しき年齢の若者三人で、男二人、女一人という構成だった。ゲートから出てきていきなり大勢の人間に取り囲まれているのだ、驚くのも無理は無い。
 その者達は憂喜の派遣したオブザーバーだが、勿論喜美愛は知らない事だ。
「ぐはっ・・・・」
 抵抗する間もなく男女一人ずつの若者が腹を何度も殴られ、ぐったりとした体で手錠のようなものを掛けられた。もう一人の若者は数人の男の襲撃を避け、後方に飛び退いた。それを追う男達に向い、「何をするんだ!」と叫んだ。
「あなた達・・・・いや、お前等は誰だ!?」
「ガキが、言葉の使い方を知らないな」
「無作法な人間に対して、作法はいらない」
 そのやり取りの間に、男達はその少年を取り囲む。
「大人しくしろ、痛い目に遭いたくなければな」
「僕がエミネントと知ってのことか」
「質問には答えない。詳細は知らない。我々の仕事はお前達の捕獲だけだ」
「捕獲だと・・・・」
「かかれ」
 リーダーらしき男の声で、一斉に男達が少年に飛び掛る。
「正当防衛だな」
 少年が手首にはめたブレスレッドに手を掛けると、それは大きなブーメランと化した。そのブーメランは青い光を放っている。
「痛い目を見るのはそっちだ!」
 少年の手から離れたブーメランは大きく弧を描き、夜の闇を切り裂いた。叫び声と共に男達が次々と倒てゆく。
「ちっ」
 自分もああなってはたまらない、とブーメランの一撃を免れた者達は足を止めた。一回の攻撃で、男達の半数以上が地に伏している。
「どうした、痛い目を見るのは僕じゃなかったのか?」
「我々が受けている命は貴様らの捕獲だけではない」
 リーダーの男が懐に手を入れると、黒い金属製の物が現れた。
 拳銃だった。
「抵抗すれば殺してもいいと言われている。それに獲物は何人かは分からないと聞いている。ならば我々が連れて帰るのは三人でなく二人でもいいということだ」
「・・・・正気か」
 少年はブーメランを振り被った。
 周りの男達も拳銃を取り出した。



17th Revenge に続く




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