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タイトル


 15th Revenge 「マジカルラケット」


(余計なことを喋りすぎたか)
 校舎を後にし、雪華は眞子に話した事を後悔していた。言ってどうなるのか。眞子の自分に対する態度を取り辛くなるするだけではなかったか。
 あるいは、誰かに聞いて欲しかったのかもしれない。雪華は自分でそう分析した。
 美雪の援助交際に関する一件で、眞子は一生懸命になってくれた。そのことで眞子への信頼度が上がったのかもしれない。
 ブウン、ブウンとポケットの中で携帯電話が震えていた。取り出して相手を見ると、さきほど話題に上がった樋川恭子だった。
(キョーコが何の用だ?)
 恭子らを更生させる為、リーダーに戻ったと装いナナを追い詰めた。それはナナに恭子らを懲らしめて貰おうと思ってやったことだったが、ナナはトランスソウルを取られており、反対に袋叩きに遭い、結果魔法を暴発させることになってしまった。その暴発に巻き込まれた恭子のグループはほとんどの者が入院を強いられることとなったのだった。
 そんなこともあり、現在の雪華と恭子は少なくとも携帯電話を掛け合うような仲ではない。雪華は訝しく思いつつも電話に出た。
「雪華だ」
 だが電話の向こうからは何も聞こえない。
(イタズラ・・・・なわけはないか。それとも間違って掛かったか?)
 何が音が聞こえたので、雪華は耳を携帯電話に押し付けた。
「おい、キョーコか?」
「・・・・せ・・・・か・・・・さ・・・・」
「おい、どうしたキョーコ!」
 それからしばらく待ったが、それ以上の声も音も聞こえては来なかった。
(何かおかしい・・・・事故に遭ったか、それとも喧嘩か?)
 だが電話の内容は雪華に場所を伝えてはいなかった。助けに行こうにも目的地が分からなければ動きようがない。
「?」
 雪華が携帯を見ていた顔を上げると、少し離れた場所に人影が立っていた。
「・・・・美雪?」
「雪華さん・・・・」
 泣きそうな顔をしている美雪に雪華は駆け寄り「どうした?」と声を掛けた。見ると美雪はテニスラケットを抱えている。テニスでもしていたのだろうかと考えていると、美雪が震える声で言った。
「雪華さん、私、どうしていいか分からなくて・・・・雪華さんが今日、面談の日だって思い出して・・・・」
「分かった。分かったから落ち着け」
 雪華は美雪の手を握り、落ち着かせるように話し掛けた。
「キョーコさんが・・・・」
「キョーコがどうした?」
「小松さんに、魔法を、掛けられて」
「小松? 小松貴美愛か? 魔法?」
「私に、このマジカルアイテムを、使えって、仲間になれって・・・・」
「小松がか?」
「これで、キョーコさんを、治せるかもと思って、でも、治らなくて・・・・」
 雪華には何の話だがさっぱり分からなかった。
「とにかくキョーコの所へ」
 雪華がキョーコの家に向かう途中、美雪に聞いた話を頭の中でまとめてみた。
「小松が復讐の為にマジカルアイテムを盗んで帰って来た。キョーコは寝る度に悪夢を見る魔法を掛けられ、眠れずに体力を消耗し倒れる寸前。アサミも同じ魔法を掛けられている。小松は美雪に仲間にならないかと持ち掛け、そのラケットを置いて行った。治癒魔法が使えると聞き、美雪はそれでキョーコを治せるのではないかと思ったが治せなかった。小松はマジカルアイテムを不法所持している為、神無月がそれを追っている・・・・大体の話はこれでいいか?」
 美雪は「はい」とだけ答えた。
 聞けば、龍ヶ崎眞子も貴美愛やキョーコの事を知っているという。
(知らない所で色々なことが起こっていたようだな)
 キョーコの家に着いた時、キョーコもアサミも倒れて意識を失っていた。美雪はマジカルラケットで治癒を施そうとしたが、やはり効き目はなさそうだった。
「治癒は傷を治す魔法だろうな。だとしたら、こいつらに掛けられた魔法はそういう類ではないらしい」
「早くしないと、キョーコさんが死んじゃう・・・・」
 美雪はずっと泣いていた。
 雪華が見ると、キョーコの手には携帯電話が握られていた。
(最後の最後に私に助けを求めて来たということか)
「貸せ」
 雪華は美雪に向かって手を差し出した。
「え?」
「そのラケットだ。私がやる」
「は、はい・・・・」
 雪華はマジカルラケットを美雪から受け取り、握り締めた。
(そういや、こいつらにラケットを折られたことがあったな・・・・それを今はラケットで助けようとしている。皮肉って奴か)
「強く念じればいいのか」
「は、はい、多分」
「やってみるか」
 雪華はラケットを両手で握り締め、念を込めようとした。その瞬間、ラケットが火花を散らし、雪華の手には電撃を受けたかのように激痛が走り、ラケットが弾け飛んだ。
「!」
「雪華さん!」
 美雪が雪華の体を支える。ラケットのグリップからは煙が出ていた。
「お前がやった時はこんなことにはならなかったんだな」
「は、はい」
「私を受け入れないと言うのか・・・・」
 雪華はマジカルラケットを睨み付けた。目の無いラケットに、それは効果があるとは思えなかった。


 もう一方のマジカルアイテムを受け取った槻島泉流は、マジカルティアラを返すべく小松家に向かっていた。貴美愛の居場所が分からないので、取り敢えず小松家に行くことにしたのだが、追っ手から逃げているとすれば家にいるはずがないことは泉流自身も分かっている。本人がいなくても、ティアラを小松家に預けておこうと思った。
 貴美愛はエミネントの追っ手から逃げていると言っていた。貴美愛を追っているのがもしナナだとすれば、その敵である貴美愛の味方をするわけにはいかない。寧音に相談を持ち掛けようかとも思ったが、相談するまでも無く返すべきだと判断した。
(復讐・・・・)
 左手の包帯を見る。
 消えないトラウマ。だがそれは自分の心が弱いからだと思う。車が怖いのは克服出来ない恐怖ではないはずだとも思っている。
 だがそれが出来ない。
 足がすくみ、手が振るえ、吐き気がする。
 愛犬ステラを轢いた運転手が憎くないと言えば嘘になる。
 だがあの運転手もそれ相応の報いは受けている。あの事故で助手席に乗っていた運転手の息子は失明し、光を失ったと聞く。犬の命と青年の目、どちらが重いかと比べるのはおかしいが、それぞれの立場で互いに大切なものを失ったのだ。
(だから私は、復讐なんてする気は・・・・ない)
 泉流は小松貴美愛との面識はあまりない。小松家を訪ねるに当たって、住所だけ聞いてここまで来た。表札を探そうか、ご近所に聞こうかと思っていると、黒いスーツを着た二人組がある家の前で何事か叫んでいた。どうやら門柱に付いているインターホンに向かって喋っているようだ。泉流はその門柱にある表札「小松」を確認し、何か普通とは違う雰囲気を感じて様子を伺うことにした。


「借りたものは返す、これ常識だと思うんですけどねぇ」
 男はインターホンに向かって睨みをきかせた。カメラは付いていないのでその表情は家の中にいる住人には分からない。
「そろそろお譲ちゃんが帰って来ますねぇ。挨拶しちゃおうかな」
「やめて下さい!」
 インターホンから女性の声が聞こえた。その声は振るえ、叫びに近くなっている。
「うちの子に何かしたら、警察を呼びますよ!」
「借りたものを返さないのはそっちなんだからさぁ。警察に言って困るのはそっちじゃないんですかねぇ?」
 そんなやり取りの中、ランドセルを背負った女の子が小松家に近付いて来た。小松柚梨、貴美愛の妹だ。
「お帰り、柚梨ちゃん・・・・だったかな?」
 黒いスーツの男が柚梨に声を掛ける。柚梨は立ち止まり、怯えた目で男を見た。
「やめて!」
 小松家の玄関が勢い良く開き、中から母親が飛び出して来た。
「ママー!」
 柚梨が母に向かって駆け出す。母親は柚梨を抱くと、男達から庇うように自分の後ろに押しやった。
「やっと話を聞いてくれるんだ、奥さん」
 背の高い方の男がニヤニヤしながら母親に近付いた。
「き、期限は明後日のはずです」
「奥さん、期限なんてとっくに過ぎてんの。今まで待ってるのは慈悲よ慈悲。俺ら、優しいからさ」
 背の低い方の男も笑った。
「ウチの会社、明日から夏休みなんですよ。だから今日来たんです」
 もちろん冗談だが、親子には全く面白くない。
「ママー・・・・」
 柚梨が不安そうな目で母親を見上げ、スカートの裾を握り締めた。
「娘は関係ないでしょう!?」
「返す金がないんだったら、いい手がありますよ奥さん」
 背の高い男が柚梨を見下ろす。
「女の子を高く買ってくれる所、知ってますよ」
「い、いい加減にして下さい!」
 そこに、二人組の少年が現れた。見た目は中学生か高校生で、ラフな恰好をしていた。泉流は知らないことだが、それは兇と烈だった。
「何かあったのかなぁ。あっちにパトカーが停まってたぜ」
「事件でもあったのかもな」
 兇と烈は男二人と小松親子に気付かない振りで会話をしていた。それを聞いた二人組の男は「また来る」と言い残して小松家の前を去った。それを見て柚梨は母親と一緒に急いで家の中に入る。兇と烈はそのまま男達の後を追った。


「ちょいとそこの兄さんたち」
「ん?」
 二人組の男は声を掛けられて振り向くと、先程の少年二人が立っていた。
「何だお前ら」
「やることがエグいんじゃないの? 子供を脅しに使うなんてさぁ」
 少し強面な男二人に、兇が不敵な口調で言った。
「何だ、コラ」
「汗がダラダラだぜ。暑いのにカッコつけて黒いスーツ着るなよなぁ」
「殺すぞコラ」
 背の低い男はサングラスを外し、細い目を更に細くして兇を睨み付けた。
「貧弱な目だなぁ」
「てめっ・・・・」
 男の拳が空を切る。その瞬間、腹に兇の一撃がめり込んだ。
「がはっ・・・・」
 男が前のめりに倒れ込む。
「このガキが!」
 長身の男が兇の背後から蹴りを繰り出した。兇がそれを肘打ちで迎撃すると、男は向こう脛を押さえて転げ回った。
「う、が、ああっ」
 言葉にならない叫びを上げ、それでも威厳を保とうとする男は兇に向かって鋭い視線を投げた。だが兇はその視線を毒舌で跳ね返した。
「何だ、見掛けだけだな。怖がらせることが出来るのは女性か子供だけってわけだ」
「ふざけやがって・・・・」
 背の低い男が懐からナイフを取り出した。
「おいおい、明るい内からそんなもの出していいのか? 本当に警察が来るぞ」
「うっせぇ!」
 男はナイフを兇に向けて走り出したが、その上半身を炎が包んだ。
「うぎゃあああっ、火、火がっ!」
 その火は烈のマジカルライターの火だった。瞬く間に男のスーツだけが燃え、灰も残さずに消えた。
「どうです? スーツを脱いで少しは涼しくなったのでは? あぁ、駄目ですね。そもそも顔が暑苦しい」
「な、何をしやがった!?」
 男は火に包まれた自分が火傷一つ負っていないことが信じられず、その疑問を振り払うかのように大声を出した。
「安心しろ、命までは取らねぇ。姫の御意思だからな」
 兇と烈は地面に這い蹲る男二人を見下ろした。
「ひ、姫だぁ?」
「あなた達は・・・・」
 男達の前に、本を抱えた少女が現れた。
「雇われただけの取り立て屋。それがあなた達の仕事。でも仕事だからって、何でも許されるわけじゃない」
「お前は・・・・」
 背の高い男が貴美愛の顔を見て気が付いた。
「小松んとこの娘じゃねぇか」
「あなた達には随分とお世話になったわね」
「てめぇ、何の真似だ!?」
「そのビーチサイドの使い捨てカイロみたいに暑苦しい顔も見飽きたわ」
「どんな顔だ!?」
「あなた達のお陰で、私達家族は何度も眠れない夜を過ごした。あなた達にも見せてあげるわ、悪夢と言うものを」
 貴美愛がバイブルを開く。
「ふざけんな!」
 男がナイフを握り、立ち上がって貴美愛に襲い掛かった。
「姫!」
「自分より弱い者にだけその強さを示す。自分は強いのだと誇示する。あなた達にお似合いの呼び名は・・・・」
 貴美愛はバイブルからマルクブリンガーを抜き放った。
「負け犬」
 貴美愛の剣戟が男のナイフを弾き飛ばす。同時にマジカルバイブルが光を放った。
「デッドリー・ナイトメア」
「ぎゃあああああああっ!」
 男が頭を抱えてひざまずく。
「本来なら取り立ては明後日だった。あなた達は二日早く来たことで、悪夢を見る夜が二日早まったのよ」
 たまたま実家の様子を見に来た貴美愛は、憎き取り立て屋が小松家に来ているのを目撃したのだった。
 もう一人の男もデッドリー・ナイトメアにかかり、頭を抱えて呻く二人を残して貴美愛と兇、烈は歩き出した。
「もう少し痛めつけてもいいんじゃねぇの? 姫」
 兇が両拳を固めて言った。
「体の痛みはすぐ消える。でも心の痛みはすぐには消えないわ」
「それで姫、この後は・・・・」
 烈が言った「この後」とは、取り立て屋を雇った闇金業者のことだ。
「予定なら明後日だったけど・・・・早い方がいいわ。明日にでも決行よ」
「よっしゃあ、殴り込みだぜ!」
 兇は喧嘩が出来るということで、楽しみで仕方が無いようだ。
 貴美愛の父の経営する工場が得意先から突然取引を断たれ、借金に困っていた時にまんまと騙されて闇金融から更に借金をし、父は蒸発。残った借金は全て小松家の母と二人の娘に押し付けられた。借金は元々借りた額の数倍、いや十倍近くに膨らんでいた。
(あんな奴らを野放しにしておくと、今朝のニュースのように不幸な家族が増える)
 貴美愛の本当の復讐は今、始まった。
 家族を苦しめた取り立て屋、それを雇った闇金融業者、多額の借金を抱えることになった原因である取引先・柳原コーポレーション、金儲けの為に可愛い妹の病気を利用した卯佐美総合病院の医師、そして・・・・。
(私達を捨てて逃げた父親)
 これら全てに悪夢を植え付けなければ、貴美愛の復讐は終わらない。
 考えに耽っていた貴美愛の耳に、車のエンジン音が飛び込んできた。
「姫っ!」
 何が起きたのか。
 貴美愛の体が宙に浮いた。
 車に轢かれたと理解する時間もなく、貴美愛はアスファルトの上で跳ね、意識を失った。
「てめぇっ!」
 貴美愛を轢いてそのまま走り去ろうとした外国産の車に、兇が飛び乗った。狭い道路だがスピードは五十キロを越えていた。
「よくも姫ををををっ!」
 兇はマジカルナッコーをはめた左腕を、車の屋根へ突き刺した。拳は車の屋根をすり抜け、運転手の頭を鷲掴みにした。
「ぎゃああああっ!」
 取り立て屋の長身の方の男は、いきなり視界を遮られて叫び声を上げた。ハンドルを持つ手がぐらつき、車体が大きく左右に揺れた。
「あ、兄貴〜!」
 背の低い方の男が絶叫した。
 視界が全て空になる。もうすぐ夕暮れで、オレンジ色に染まりつつあった。
 男二人を乗せた車はガードレールのない崖に身を躍らせ、遥か崖下へと落下して行った。暫くして大きな爆発音が聞こえた。


 兇は木の枝にぶら下がり、崖下で炎上する車を見ていた。
「やべぇ・・・・」
 枝を軸に体を回転させ、枝の上に立った兇は、そのまま枝から枝へ飛び移って上まで登った。
「死んでるな、ありゃ」
 殺してはいけないと喜美愛に言われていた。
「不可抗力・・・・だよな。あいつらが勝手に落ちたんだ」
 それよりも喜美愛が心配だ。兇は慌てて喜美愛が車に轢かれた現場に駆け戻った。喜美愛にもしものことがあれば、怒られるどころではない。



16th Revenge に続く




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