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タイトル


 14th Revenge 「弱き者の進化」


「美雪ー、電話よ。安田さんって子から」
 一方、ここ広沢美雪の家にも電話が掛かっていた。
(安田さん?)
 美雪には聞き覚えの無い名前だった。同級生に「安田」という生徒はいない。同学年にいることはいるが、全く面識のない男子だった。
 だが自分に掛かってきたことは間違いない。最近よくあるセールスの類かと警戒しながら母親から受話器を受け取ると、「はい、美雪です」と相手に伝えた。だが相手は何も言葉を発しない。
「・・・・もしもし?」
 もう一度問い掛けると、今度ははっきりと声が聞こえた。
「広沢美雪さんね」
「・・・・誰?」
「小松貴美愛よ」
「こっ・・・・」
「名前は言わないで。お母さんはまだ近くに?」
「・・・・ううん、もういない」
「そう、ならいいわ」
「・・・・」
 ナナ達が捜している貴美愛が、自分に電話を掛けて来た。キョーコやアサミに魔法を掛けた張本人だ。美雪の鼓動が激しくなった。
(神無月さんは、私は狙われないだろうって言ってたけど・・・・)
 貴美愛にしてみれば、キョーコらと一緒にいた自分も仲間なのだろう。自分もまた復讐の対象なのだろうか。
(どうしよう・・・・神無月さんに連絡を・・・・)
「広沢さん、もう私の事は樋川恭子か神無月奈々美から聞いていると思うけど」
「・・・・」
「私を捜しているとすれば、あなたにも声が掛かるのは当然でしょう?」
「・・・・」
「安心して。あなたに恨みはないわ」
「だったら・・・・」
「お願いがあるの。誰にも言わず、ロボット公園に来て」
 ロボット公園とは、卯佐美市では有名な市民公園である。美雪の家からなら歩いて十分というところか。
「ど、どうして?」
「来れば分かるわ。悪いようにはしないから」
「でも・・・・」
 美雪はどう返答していいものか迷った。
 貴美愛を捜しているナナに連絡をするべきだろう。ロボット公園に貴美愛が現れる、という情報をナナに伝えれば、貴美愛を捕まえられる。そうすればナナは仕事を達成することが出来て、貴美愛もこれ以上罪を重ねることもなくなり、キョーコに掛けられている正体不明の魔法も解くことが出来る。
(小松さんを騙すことになるけど・・・・)
 これも貴美愛の為だ。美雪がそう決心した時、貴美愛が「ちなみに」と言葉を足してきた。
「このことを誰かに言ったらどうなるか分かってるわね」
「・・・・」
「私は魔法が使える。そのことは覚えておいてね」
 貴美愛が言ったのはそれだけだった。魔法で何をする、と詳しくは言わない。それだけに何をされるのか分からないという怖さがあった。
「ちなみに会いに来てくれなくてもいいわよ。あなたの自由。来なくても何もしないから」
「何も・・・・?」
「力であなたに強要しようとは思わない。だってそれは、樋川恭子があなたにしたことと一緒だから」


 ロボット公園の中央には噴水があり、夜には七色のライトアップがされてちょっとしたデートスポットにもなる。だが周りは公園の森林とウォークロードがあるだけなのでかなり淋しく、物騒な最近のご時世では、夜にここに来て座っている者は決して多くなかった。
 今は昼だが、美雪のように学校が休みの者を除いては平日なので、人気はほとんどない。美雪が噴水の近くのベンチに所在無げに座っていると、うさみみ中学の制服を着た小松貴美愛がやって来た。見たところ一人だ。
「来てくれたのね、ありがとう」
「いえ・・・・」
 美雪は何となく敬語になってしまう。
「怖がらないで。私の敵は恨みのある相手だけ」
 貴美愛は美雪の隣に腰を掛けた。
「私はこう思うの」
 貴美愛の視線は噴水の飛沫に向けられていた。
「あなたは樋川恭子たちのグループに入っていた。でもそれは強制されたもの。抜ければ何をされるか分からない。だからあなたは仕方なく仲間になっていた。いえ、装っていた。違う?」
「それは・・・・」
「あなた自身はイジメに加担したこともなければ、あいつらの仲間として見られるのも嫌だった。まぁ柳原雪華から貰った小遣いを樋川恭子らと一緒に使っていたのは事実だけどね」
「どうしてそこまで・・・・」
「いつか復讐する為の準備として、相手の情報を調査しておく。必要なことだわ」
「あ、あの・・・・復讐はまだ続けるの?」
 美雪は少し震えた声で訊ねた。すると貴美愛は眼鏡のズレを正し、目つきを真剣なものにした。
「これからよ」
「こ、これから・・・・?」
「今までは自分の魔法がどれだけ通用するかのテストでしかない」
「ねぇ、もうやめて。復讐なんて・・・・」
「広沢さん、ニュースか新聞を見た? 借金の取立てで心中した一家のこと」
「う、うん・・・・」
 急に話題が変わり、美雪は戸惑った。
「あのニュースを見て、あなたはどう思う?」
「え、えっと、よく見てなかったから・・・・でも子供さん達が可哀想だって思う」
「度重なる非常識で非人道的な取り立てに耐え切れずに一家心中・・・・取り立て屋は五人もの人を殺した殺人犯」
 貴美愛が膝の上で握った拳に力が入る。
「許せない・・・・」
「こ、小松さん?」
「あんな奴らの為に、家族の幸せが崩壊し、最後には死を選んだ・・・・正直者が馬鹿を見る不条理、法の目を掻い潜り、罪を揉み消し、弱い者を踏みにじり、涼しい顔で街を歩く奴ら。許せない・・・・その為に私は」
 貴美愛はマジカルバイブルを膝の上に置いた。
「これを手に入れた」
「小松さん、正義の味方になる為に?」
「正義の味方? そんなんじゃないわ」
 貴美愛の目が美雪を捕らえた。
「私の目的は復讐。私の家族も人でなしの取り立て屋によって悩まされてきた」
「えっ・・・・」
「父は取引先から突然、一方的に取引中止を言い渡され、会社を倒産に追いやられた。妹は心臓が悪く、その手術を担当する医師に私達家族は多額の礼金を用意させられた。母は金貸しに騙され、多額の借金を背負うことになった」
「・・・・」
 何と返せばいいのか美雪が躊躇していると、貴美愛はリュックに手を入れ、テニスのラケットのようなものを取り出した。どう見てもリュックよりもはるかに長いものが出て来たので、美雪は目を丸くした。
「あなたに渡しておくわ」
「こ、これは?」
「マジカルラケット・・・・ってとこかしら。マジカルアイテムよ」
「わ、私、あなたの仲間になるって言ってない」
「いいのよ。それもあなたの自由。私はエミネントの追っ手から逃げている。仲間になれば当然、あなたも追われることになるわ」
 貴美愛はラケットを美雪の手に持たせた。手触りや重さは普通のテニスラケットと大差がないようだ。
「あなた、テニスの経験があるでしょう? お似合いかと思ったのよ」
「で、でも、魔法なんて」
「怖がらなくていいわ。魔法は本当に使いたいと心で念じれば誰でも使えるのよ。逆に、適当な気持ちでは使えない」
「・・・・」
「期待しているわ」
 そう言って貴美愛は席を立った。美雪はその姿を追う事も出来ずにただベンチに座ったまま見送るだけだった。


(いいのですか、姫)
 リュックの中にいる烈が心話で話し掛けてきた。
「何が?」
(ソランスソウルです。あんなに簡単に渡して良かったのですか? 僕達の仲間になるとは限らないんですよ?)
「信じなければ信じて貰えないわ」
(いや、しかし・・・・)
「それにあの子の性格から考えると、治癒系や防御系以外の魔法は使えない。万が一、敵に回っても恐れることはないわ」
 そうしている内に、貴美愛はもう一方の目的地である河川公園に辿り着いた。予め、槻島泉流にも電話を掛けて呼び出しておいたのだ。
「槻島さん」
 貴美愛が声を掛けると、川の流れを見ていた泉流が振り返り、会釈した。会釈と言っても、泉流は笑顔を作るのが得意ではないので、ただ頭を少し下げただけだった。
 泉流は今までの経緯を何も知らない。貴美愛は隣のクラスなので、呼び出された理由が今ひとつ分かっていなかった。
「あの、用って・・・・」
「座りましょう」
 貴美愛は近くにある、切り株で作られた腰掛に座った。泉流も倣って隣に腰を下ろす。硬くて座り辛かった。
「そうね・・・・」
 美雪はある程度の状況を知っていたので話が早かったが、泉流は何も知らない。ナナと親しかったことも知らないので、何から話せばいいのか迷った。
 だが自分が魔法の力を手に入れた事を話さなければ話は始まらない。貴美愛はなるべくありのままの経緯を泉流に話して聞かせた。泉流は何も言わずただ話を聞いていた。
 泉流にとって、魔法は理解出来ない話ではない。ナナが使っていたマジカルアイテムの存在はよく知っているので「信じられない」とは思わなかった。だがナナと知り合いであるという事は言わずにおいた。
 泉流は貴美愛のことをよく知っているわけではない。どのような性格か分からない内は、不用意に答えるわけにはいかなかった。だがそれは貴美愛にとっても同じはずだ。何故、貴美愛は自分に声を掛けたのか? 泉流はその点を問うてみた。
「あなたも私と同じくイジメられていた。恨む相手は共通でしょう」
「でも私、復讐とかそういうのは考えたことも・・・・」
 無くは無い、と泉流は思った。
 ウイルス性魔力に取り憑かれ、ナナのペットである圭ちゃんを危うく殺しそうになったことがあった。あれは自分をイジメの対象にした者に対する怒りの感情から来るものだった。
「安心して。あなたに期待するのは治癒魔法だけだから。私達の誰かが負傷した時、傷を治して貰うだけでいい。あなた自身は誰も傷付けなくていいのよ」
「で、でも、私・・・・」
 泉流は突然の事態に戸惑いながらも、可能な限り冷静に考えた。
 自分はどうすればいいのか?
 勿論、貴美愛の仲間になる気は無い。治癒だけとは言っても復讐の片棒を担ぐことに変わりはない。自分を苛めていたグループと言っても、その者達はナナによって既に懲らしめられている。無論その程度で泉流自身や寧音、ナナの気が晴れたとは思っていないが、だからと言ってこれ以上何をすると言うのだろう。
 断るべきだ、そう思った泉流の額に貴美愛の手の平が当てられた。
「口に出しては辛いだろうから、あなたの受けたイジメを把握する為に少し見させて貰うわ」
「見せるって・・・・?」
「ちょっと頭が痛いかもしれないけど、我慢して」
 貴美愛は泉流にデッドリー・ナイトメアを仕掛けるつもりはない。ただ泉流の「一番辛いこと」を見せて貰えば、どのようなイジメを受けていたかが分かるだろう。それによって仲間意識が強くなる、そう思った。
 だが。
 貴美愛の見たヴィジョンはイジメではなかった。
 愛犬と散歩する泉流。そこに外国産の車が突っ込んで来る。大破する車。肉塊と化す犬。泣き叫ぶ泉流。手の平に残った傷跡。いつまでも巻き続けている包帯。
 貴美愛は目を開け、泉流の左手を見た。白い手に白い包帯が痛々しく巻かれている。
「そう、辛かったのね」
「・・・・な、何が?」
 頭の中を見られているとは想像も出来ない泉流が貴美愛に訊いた。
「憎いでしょうね、運転手が」
「・・・・えっ?」
「愛犬ステラを殺され、あなたの心と手の平に傷を残した運転手。でもそいつは犬を轢き殺しただけで大した罪には問われず、平然と過ごしている・・・・」
「ど、どうしてそれを?」
 貴美愛はその問いには答えず、リュックに手を入れた。
「これを」
 貴美愛が泉流に手渡したのは、宝石が散りばめられたティアラだった。
「マジカルティアラ。あなたに預けるわ」
 それだけ言うと、貴美愛は腰を浮かせた。
「待って・・・・」
「私の仲間になれば、その運転手にも復讐が出来るわよ」
「・・・・!」
「やられたらやり返す。それは悪いこと? 警察に、裁判所に任せる? 法律は何もしてくれない。せいぜい形だけの執行だけ。やったもん勝ち。やられたら泣き寝入り。悪行に対してこちらもやり返すのは当然の権利よ」
 貴美愛は泉流に対して手を差し出した。
「こっちに来て」
「・・・・」
「太古から繰り返されてきたこと。それは強い者に対抗する為に、弱き者が進化をするという歴史。私は進化し、強き者に対抗する手段を手に入れた。あなたもその資格がある。強き者に対抗する為、進化する資格が」
「弱き者が進化する資格・・・・」
「人は変われるのよ」
 それだけ言い残し、貴美愛は堤防の向こうへと消えた。
 泉流の手には、陽を受けて輝くティアラが残された。


(・・・・姫)
 話し掛けてきたのは烈ではなく兇だった。
(さっきの奴・・・・いや女なら、かなりの治癒魔法を使えると思う)
「それは何? 兇が感じた印象?」
(あ、いや・・・・)
 兇は偶然出逢った泉流の言葉が、あれ以来ずっと気になっていた。
「弱き者を助けるのは、当たり前だと思います」
 その後、兇は柄にもなく仔犬の面倒を見てしまった。川に落ちた仔犬を助けたのは、自分でも何故だか分からない。
 原因として考えられるのは、やはり泉流の言葉と態度だった。
(俺様があんな小娘の言葉に心を動かされた? 馬鹿な)
「兇?」
(あ、いや、そう、ただ何となくそう思っただけだ)
(ふぅ〜ん、兇ってああいうのがタイプ?)
 亜未がからかい口調で茶々を入れて来た。
(ば、馬鹿言うな! 何を言ってるんだ!)
(そうかぁ、純情そうなのが好みなのね・・・・ま、兇も見かけに寄らず純情だから、お似合いかもしれないけど)
(違うって言ってるだろうが! 俺が純情!? 馬鹿にするな!)
(あら、純情って悪いことじゃないわよ)
(と、とにかく茶化すのはやめろ!)
(さっきの美雪ちゃんも似たような性格だったけど、どっちがいいの? 美雪ちゃんの方がまだよく喋ってたわね。泉流ちゃんの方が人付き合いが苦手そう)
 自身の好みはともかく、兇は泉流がただ人付き合いが苦手なだけの少女だとは思えなかった。仔犬の一件ではしっかりと自分の意見を兇に対してぶつけてきた。芯の強さはかなりのものではないかと兇は思っていた。
 あの子は、自分のことを覚えているだろうか?
 ふとそう思い、兇は苦笑いをした。覚えていたなら、どうだと言うのだ。
 そんなやりとりの間、貴美愛は「どちらも仲間になってくれなかった場合」を考えていた。現状で大怪我をすれば、治癒が間に合わず致命傷になる。また仲間になってくれたとしても、すぐに治癒魔法が使えるとは限らない。
(明日までに何とかしないと・・・・)


 ドアがノックされ、龍ヶ崎眞子は「どうぞ」と声を掛けた。ドアが開き、柳原雪華が顔を出す。
 ここは卯佐美第三中学三年三組の教室。眞子はこのクラスの担任で、雪華は今日が三者面談(進路等の個人面談)の日だった。
「あら、柳原さん一人?」
 一人で教室に入り、ドアを閉めた雪華に眞子が聞いた。
「すみません、父が今朝になって急に仕事が入ったものですから」
「そう、なら仕方ないわね」
 雪華は眞子と向き合う形で席に着いた。
「じゃあ始めるわね。えっと、柳原さんは大学へ進学・・・・希望大学の受験に成績も問題なし・・・・御父兄の方がいらっしゃらないと、話すこともほとんどないわね」
 眞子が砕けた喋り方になったので、雪華もそれに倣った。
「そうですね。このまま順調に進学して・・・・」
「柳原さんは一人娘でしょう? 会社を継ぐの?」
 雪華の父は柳原グループの社長なので、跡継ぎが必要だろう。子供は雪華一人なので、雪華が会社を継ぐのだろうと眞子は思っていた。
「父は私が男だったらいいと思っていますけど」
「そんなこと、言うもんじゃないわ」
「・・・・そうですね」
 しばし間が開いたので、眞子は話題を変えた。
「丁度いい機会だから聞きたいことがあるの。親御さんがいたら話せなかったわ」
「何でしょう?」
「この前の一件のこと。樋川さんの」
「・・・・ええ」
「聞いた話では、あなたが彼女達のグループのリーダーだったってことだけど」
「・・・・事実です」
「その、だったら、あの時・・・・」
「先生にはまだちゃんとお話していませんでしたね」
 雪華はゆっくりと眞子に対して説明を始めた。恭子らが勝手に寄って来たこと、小遣いを渡していたこと、美雪の件は恭子が勝手にやっていたこと。
「小遣いを渡したら付き纏ってきた。リーダーに仕立て上げられた。その結果、彼女達が不良っぽい行動を起こすようになった。私の責任は大きいと思います」
「どうしてお小遣いを? 恐喝されたの?」
「・・・・最初はそんな感じでした。生意気だと因縁を付けられて」
 雪華の家は金持ちだと誰もが知っている。脅せば金を取れると思ったのだろう。
「最初は『こんな金で良ければくれてやる』という気持ちでした。この程度の金で態度を低くして群がってるあの子達が滑稽で、哀れで、面白くて」
「どうしてそんな・・・・」
「話は戻ります。当時の私は父が憎かったんです」
「お父さんを・・・・」
「跡継ぎにと期待した待望の第一子は女の子、つまり私でした。私を生む時、母は難産で子供が生めなくなったんです。会社の跡継ぎは男でなければならない。父は母を子供を生むことも出来ない、出来損ないのような目で見ていました。そして私に相談もなしに離婚、再婚し、今の父の妻が家に来ました」
「・・・・」
「ところがその女性が派手な生き方をする人で、海外に自己ブランドの店を出してそこに行ったきり。結局子供を作る時間は少なく、今だ跡継ぎが出来ない状態です」
 眞子は何と言っていいのか分からず、雪華の言葉を待った。
「私は父が憎かった。いえ、憎い。私は母が好きだった。母と私を離れ離れにした父が憎い。そんな気持ちを不良っぽい行動を取ることで仕返しに変えていたのかもしれません。今考えると幼稚な行動でした」
「あなたは今でも子供よ」
「世間ではそうなんでしょうね。反省しています」



15th Revenge に続く




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