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タイトル


 11th Revenge 「火葬」


「姫っ!」
 兇と烈が貴美愛を庇うようにリュックから飛び出し、マスミの前に立ちはだかった。
「一人じゃなかったのか!? てめぇら、どこから入って来やがった!」
 兇と烈に向かって、マスミは血の付いたナイフを突き付けた。ナイフに付いた血は貴美愛の血だ。
「うっ・・・・」
 貴美愛は脇腹を押さえ、呻いている。それを見て烈はリュックの中にいる亜未に向かって叫んだ。
「亜未、姫の治療だ! 早く!」
「分かったわ!」
 亜未が飛び出し、貴美愛の肩を持った。
「まだいやがったのか」
 マスミはナイフを構えたまま、兇、烈、亜未を一人ずつ睨んだ。
 おそらく貴美愛をイジメていた実行犯としては最も罪の重いマスミ。貴美愛は「デッドリー・ナイトメア」をマスミに対して仕掛けたまでは良かったが、マスミがいつも「護身用」に隠し持っていたナイフで脇腹を刺されたのだった。「デッドリー・ナイトメア」は被術者が眠りにつかなければ効果を発揮しない為、すぐに効果が出ないのが弱点と言えば弱点だ。
「このクソアマめ・・・・」
 貴美愛を気遣いつつ、兇はマスミを睨んだ。危険を察知出来ず、みすみす貴美愛に怪我をさせてしまった自分に腹が立っていた。
「こいつは殺していいよな、烈」
「そうですね・・・・こんなに凶暴で危険な女性は見たことがありません」
 二人の後ろでは、亜未による貴美愛の怪我の治療が始まっていた。亜未も治癒魔法はそう得意ではないが、この中では一番マシな方だ。特に兇は全く治癒が使えない。
「もうちょっと頑張って、姫」
 亜未の手の平が光り、貴美愛の傷口を照らす。そうしている内にも血が流れ続けていた。
「ころ・・・・しては、だめ・・・・」
 貴美愛の口から苦しそうな声が漏れた。
「何度も、何度も、悪夢を見させて、苦しませないと、私の、気が、納まらない・・・・」
「喋らないで」
 亜未が諭すように貴美愛に声を掛ける。
「だ、そうだ」
 兇はマスミに向かって一歩、踏み出した。
「こ、殺すぞ」
 マスミのナイフが兇に向けられた。少し震えているが、怖がっている様子でもない。喧嘩は慣れているのだろう。
「姫の御意思だ。お前は生かしておいてやる。ただし、病院のベッドで悪夢を見続けやがれ」
「病院に行くのはそっちだ!」
 先にマスミが踏み込んだ。ナイフの刃が真っ直ぐに突き出される。
(こいつ・・・・人を刺す事にためらいがないのか?)
 兇の手の平にナイフが突き刺さる。その瞬間、マスミの手は兇の手によって掴み取られていた。
「・・・・!?」
 確かにナイフは兇の手の甲から突き出ている。だが刺した感触はなく、自分の手は兇の握力によって握りしめられていた。
「な・・・・何だこいつ、す、すり抜けて・・・・いる!?」
「俺のマジカルナッコー(ナックル)は、無機物をすり抜ける能力を持つ」
 兇の手に、マスミの手を潰そうとするかのような力が入った。
「ぐぐっ・・・・は、離せ、てめぇ・・・・」
「安心しろ。お前、一応人間のようだぜ。痛みは感じるみたいだからな」
 バキ、という鈍い音がして、マスミが絶叫した。
「ぎゃあああああっ!」
 叫びが近所に漏れてはまずいと思い、貴美愛は亜未に治療されながらも「セルフ・ディメンション」を張った。
 ナイフを取り上げた兇の前で、マスミが手を押さえてうずくまる。その頭上で、烈がライターを取り出した。
「髪の毛だけ焼いてあげようか?」
 ライターから火柱が上がる。
「恥ずかしくて外を歩けないかもな」
 兇がニヤリを笑った。
「こ・・・・殺す」
 マスミがおよそ女の子とは思えない形相で立ち上がった。兇はそんなマスミの前に立ち、ライターの日を大きくした烈を制した。
「何で姫を苛めた?」
「あぁ? 姫って誰だ、小丸のことか?」
「樋川恭子に命令されたからか?」
「キョーコ? へっ、あんな奴の命令なんかで動くかよ」
「てことは、お前の判断で苛めてたってことかよ」
「そうだ。ウザイんだよ。丸い顔して、人の悪口をボソボソ言いやがって。ちょっと頭がいいからって、馬鹿にした目で見やがるんだ」
 とんだ言い掛かりだ。貴美愛はマスミの悪口など一度も言ったことはない。
「はぁ・・・・」
 兇は大袈裟に溜め息を吐くと、マスミの襟首を掴んだ。
「女に対してこれほどムカついたことはねぇ」
「は、離せ!」
「俺は弱い者には手を出さない主義だ。だから弱い者を苛める奴は許せねぇ」
「弱い奴を苛めるから面白いんじゃねぇか」
「それじゃ自分が高まらねぇんだよ」
 兇はマスミの額を指で弾くと、襟首を掴んだ状態から思い切り突き飛ばした。マスミは後ろにあったステレオに背中を打ちつけ、尻餅をついた。
「殴る気にもならねぇ。せいぜい寝て、いい夢を見やがれ」
 兇は背を向け、貴美愛の治療の様子を亜未に聞いた。
「もう少し掛かるわ」
「そうか・・・・ここは空気が悪い。外へ出るか」
「兇っ!」
 烈が叫ぶのと同時に、兇の背中に激痛が走った。
「てめぇ・・・・!」
「へっ、油断したな」
 マスミが離れると、兇の背中にはナイフが深々と刺さっていた。
「ぐっ・・・・」
 鍛えた兇の体でも、ナイフが刺さればもちろん痛い。
「こいつ!」
 烈のマジカルライターが火を吹いた。マスミの体を魔法の火が襲う。
「うわぁぁぁっ!」
 とっさに顔を庇ったマスミの腕に火が点いた。
「熱い、熱い、燃えちまう!」
 マスミは必死で腕を振ったりカーペットに擦り付けたりしたが、火は消えなかった。
「・・・・姫には悪いが」
 兇は背中にナイフを突き刺したまま、拳をマスミの顔面に叩き付けた。
 血を撒き散らし、火のついたマスミの体が部屋の壁に激突する。気を失ったマスミの体が、みるみる内に火に包まれていった。
 マジカルライターの火は、対象物の全てを跡形もなく燃やし尽くす。
 マスミの体は骨一本残さず、衣類だけを残して焼滅した。まるで、放置された着替えだけがそこに残されているかのように。
「くそ・・・・」
 兇は背中のナイフを抜こうとしたが、腕が回らなかった。
「兇、慌てて抜かない方がいい。血が噴き出す」
 烈の言葉に「そうか」と頷いた兇は、亜未に治療を依頼した。
「ちっ・・・・油断した」
 兇は忌々しい顔でマスミの服を睨んだ。
(女だからとつい隙を見せてしまった・・・・ナイフはただの脅しだと思っていたが、人を刺す事に何のためらいもないなんてな)
「ちょっとぉ、難しいこと注文するわねぇ」
 リュックから出てきて兇の背中を見た亜未は、眉をしかめた。
「治癒魔法で傷口を塞ぐとして、ナイフが刺さってたら塞がらないし、かと言って抜くと血が吹き出そうだし・・・・」
「ええい、面倒臭い! 抜け、烈!」
「ええっ、だ、駄目ですよ! そんな怖いこと、僕には出来ない!」
 烈は火で燃やすのは好きだが、血は苦手だった。
 そんな中、貴美愛は呆然とマスミの服を見ていた。
「自業自得よ・・・・そう、こんな奴、死んで当然・・・・」
 貴美愛は熱にうなされたように空ろな目でそう呟いていた。まるで、兇達のやりとりが聞こえていないかのように、ただ呆然と立ち尽くしていた。
 ディメンションの干渉にも気付かないほどに。
「サクリファイス・オブ・レギュレーション!」
 突如、窓ガラスを割って飛び込んで来た鎖が、烈の体に巻きついた。
「ぐっ!?」
 バランスを崩し、床に横倒しになる。その烈の頭の先に扉のような物が出現した。扉がゆっくりと左右に開き、中にある異空間が顔を覗かせた。
「まずい、アナザー・ディメンションだ!」
 ナイフを背中に突き刺したままの兇が叫んだ。烈を助けに行こうとして体を捻った兇だったが、その瞬間、背中に激痛が走った。
「ぐはっ・・・・」
「兇君!」
 亜未が兇に向かって手を伸ばす。
「俺じゃねぇ、烈を助けろ! 烈をカタルシス・ゲートの前から遠ざけるんだ!」
「わ、分かったわ!」
 亜未が兇に言われた通り、鎖で縛られた烈の腕を持ち、引っ張った。
「ジャスティ・ホーリーライト!」
 眩い光が烈と亜未を襲う。
「まずい!」
 兇は烈と亜未に体当たりを食らわすと、絶叫しながら床を転がった。
「い、いてぇぇぇぇぇ!」
 七色の光が、烈と亜未のいた場所を通過して扉に命中した。
(外した・・・・!)
 窓の外からロザリオを伸ばしたナナが、構えていたマジカルクルスを悔しそうに一振りした。ナナの標的は烈や亜未自身ではない。彼らは魔力を持っていないからだ。ジャスティ・ホーリーライトが狙った獲物は、彼らのトランスソウルだった。トランスソウルから魔力を抜き取れば、それはただ、かつて魔力の入っていた入れ物に過ぎない。
 隙を突いて烈の動きを封じたまでは良かったが、カタルシス・ゲートを出現させてジャスティ・ホーリーライトを射出するまでのタイムラグが逃げる時間を与えてしまったようだ。やはりナナのリムーヴでは、実戦においては即効性に欠けるようだ。
(かと言って、攻撃魔法はないし・・・・)
 次の手立てを考えていたナナの前に、貴美愛が現れた。
「卑怯なことをするわね」
「どこが?」
「正々堂々と戦ったらどうなの?」
「四対一で正々堂々もないと思います」
「それもそうね」
 貴美愛はあっさり認めた。
 兇は烈と亜未を突き飛ばした際にナイフが抜け、マスミの部屋を血で染めていた。亜未は懸命に治療しようとしているが、彼女の治癒魔法では応急措置すら難しそうだ。
(ここは一旦、引いた方が良さそうね・・・・このままでは兇の身が危ないわ)
 ナナは烈の体に巻き付いていた鎖を手元に引き戻すと、貴美愛に向かって十字架を構えた。
「大人しく捕まりなさい。あの様子では、あなたを助けに来れないわ」
「・・・・」
 兇は大量の血を撒き散らせてもがいている。亜未は必死で治療を試みている。烈は部屋を染めた血を見て、少々パニック状態に陥っていた。
(確かにまずいわね)
 ナナだけなら何とかなると思っていた貴美愛だったが、先程からの攻撃を見る以上、さすがに攻撃魔法を習得していない貴美愛にとって、ナナは一筋縄ではいかないように思えてきた。それに、兇をあのままにしておくのは危険だ。早く治療しなければ命に係わってくるかもしれない。
「ナナちゃん、どこだ!」
 逃げる手立てを目算していた貴美愛の視界に、真樹が入った。真樹にはディメンション内のナナと貴美愛の姿は見えていない。
(あの男、神無月奈々美の知り合い?)
 貴美愛はマジカルバイブルから栞を抜き取ると、ディメンションを張ったまま真樹の近くへ飛んだ。
「!」
 貴美愛のマルクブリンガーの切っ先が、真樹の頭のすぐ上で止まった。
「神無月奈々美、ここは引きなさい。さもないとこの男の命はないわ」
「うわっ・・・・!」
 貴美愛が近付いたことで、真樹はディメンション内に取り込まれた。つまり貴美愛も、貴美愛の剣が自分の頭を狙っていることもその目ではっきりと見ることが出来るようになったということだ。
「き、君が小松貴美愛か」
「あなたもあの子の仲間なの?」
「小松さん、その人は関係ありません、この世界の人です! 手を出さないで!」
 叫びながら近付いて来ようとしたナナを睨み、貴美愛はマルクブリンガーを真樹の喉元に近付けた。
「動かないで」
「や、やめるんだ、こんなこと」
 真樹はそう言ったつもりだったが、ほとんど声になっていなかった。
「兇の怪我が心配だわ。この男の命が惜しければ、ここは見逃しなさい」
「・・・・」
 ナナは十字架を構えたまま動かなかった。
「ナ、ナナちゃん・・・・」
(俺のせいで、追い詰めた小松貴美愛をみすみす逃がすことになるのか? 嫌だ、それじゃ俺はただの邪魔者じゃないか! ナナちゃんの力になりたいのに、まるっきり逆だ。何とかしないと、これじゃ俺は・・・・)
 貴美愛の顔を横目で見る。貴美愛はナナを睨んでいて、真樹の方は見ていない。
(女の子の力だ・・・・俺が勝てないはずはない!)
 真樹は剣を持っている貴美愛の腕を掴んだ。
「!」
 貴美愛が驚き、慌てて腕を引っ込めようとする。だが真樹の握力はさすがに女の子の貴美愛の力を上回っているようだ。
「離しなさい!」
「俺はナナちゃんの力になるんだ! こんな所で人質になっている場合じゃない!」
「私に触れていいのは夜光様だけよ!」
 貴美愛が力任せに腕を振った。
「!」
 マルクブリンガーの刃が真樹の肩を凪いだ。服が切れ、鮮血が飛ぶ。
(くそっ・・・・!)
 真樹も負けじと、掴んでいた貴美愛の腕を思い切り引き寄せた。
「あ・・・・」
 夢中で伸ばした真樹の手の平が、貴美愛の平らな胸に押し付けられた。
(ナナちゃんより・・・・ない!)
「この変態!」
 真っ赤になった貴美愛が、ひるんだ真樹の腕を振り払った。そのまま剣を斜めに振り下ろすと、真樹の叫びと共に血が飛んだ。
「真樹さん!」
「・・・・くっ」
(痛い)
 真樹の胸に、斜めに痛みが走った。
(死ぬのか?)
「真樹さん!」
 ナナの声が聞こえた。
(ごめん・・・・ナナちゃん、俺・・・・)


「・・・・」
 真樹が目を開けると、ナナの顔があった。
「あ、気が付きましたか?」
「・・・・生きてる」
 ボーっとしていた真樹だったが、自分の頭がナナの膝の上に置かれていることに気付き、慌てて身を起こした。
「あ、じっとしていて下さい。治癒したばかりで、細胞がちゃんと働いていません」
「治癒・・・・」
 真樹は切られたはずの自分の胸を見た。傷口は塞がり、服も直っている。
「あの子は?」
「逃げられました」
「・・・・俺のせいだ」
「そうですね」
 ナナは否定しなかった。
「俺、君の力になりたいって言ったくせに、また邪魔をして・・・・」
「真樹さん」
 ナナのディープブルーの目が真樹をじっと見た。
「もう危険なことはしないで下さい」
「迷惑だから・・・・かな」
「そうです」
「・・・・」
 ナナは安易な気休めは言わなかった。それが真樹には有難かった。
「馬鹿だな、俺は」
 真樹はナナから目を逸らした。
「こんな俺でも、何か役に立てる気がしていた」
「人にはそれぞれ得意なもの、不得意なものがありますよ。真樹さんは争いには向いていません」
「ナナちゃんも争いに向いているとは思えないけどな」
「・・・・仕方ない場合もあります。これはあたしが責任を持ってやらないといけない事ですから」
「そんなの・・・・」
 無理にする必要はない、桜川さんに任せておけばいい。そう言おうと思った真樹だったが、その言葉を飲み込んだ。
 そう言うと、ナナは怒るだろう。
(俺は、俺に出来ることをすればいいのか・・・・無理に首を突っ込むと、逆にナナちゃんを困らせることになる)
「そう言えば、浅田真純って子は?」
「・・・・」
 ナナは目を伏せ、首を横に振った。
「魔法を掛けられたのか? 樋川恭子みたいに?」
「・・・・跡形もなく消えていました」
「き、消えて・・・・?」
 ベッドの上に、マスミの服だけが残されていた。おそらくマジカルライターの炎に焼かれたのだろう、とナナは真樹に説明した。
「それってつまり、殺人じゃないか」
「そうですね・・・・」
「それってまずいんじゃないのか? 小松貴美愛は・・・・」
「トランスソウルの不法所持、未承諾使用だけでなく、殺人も犯したことになります。しかもトランスソウルを使って・・・・」
 正確には火を使った烈が殺したことになるだろうが、あの中では貴美愛がリーダー格であることは間違いない。どうしても責任は免れないだろう。
 殺人となると、もう「早く捕まえて連れ戻す」という段階ではない。この世界の警察にも追われることになる。真樹はそう思ったが、ナナの意見は少し違った。
「マスミさんは完全に消えてしまったので証拠がありません。セルフ・ディメンション内の出来事なので、目撃者もいませんし・・・・結局、あたし達が捕まえないといけない事に変わりはないと思います。あの状況だけではこちらの警察も動かないでしょう」
「そう言われればそうだけど・・・・てことは、あのディメンションを張っておけば誰でも完全犯罪が出来るんじゃないの?」
「エミネントでは常にディメンションの発生を見張っていますが、この世界ではそうなりますね・・・・」
「しかしまさか、殺すなんて・・・・」
「いえ、きっと小松さんの本意じゃなかったと思います。樋川さんに仕掛けた魔法の性質から考えても、あの人は『苦しませること』で復讐するつもりでしょうから」
 もし止むを得ずの事態だったとして、マスミを殺したことを貴美愛はどう思うだろうか?
 やり過ぎたと思うだろうか。
 死んで当然と思うだろうか。
 いずれにせよ、本人に確かめる他はない。
 真樹はナナに合わせる顔がなく、ただ項垂れていた。治療して貰った傷口が、少し傷んだ。



12th Revenge に続く




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