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タイトル


 10th Revenge 「三時のおやつ」


 貴美愛が一夜を過ごしたベンチに戻って来ると、パンツ一丁の兇が出迎えた。
「きょ、兇! 何なのそのはしたない恰好は!」
 貴美愛は慌てて目を背けた。頬が赤く染まっている。
「いや・・・・川に落ちたんで、乾かしてるんだ」
 兇はそう言って頭を掻いた。
(川に落ちたぁ?)
 リュックの中から、小馬鹿にしたような亜未の声が聞こえて来た。
(あんた、馬鹿?)
「川に落ちたら馬鹿なのか? 初耳だぞ」
 兇がやり返す。
「それより、どこ行ってたんだ?」
「・・・・」
 貴美愛は即答しなかった。校長の始末に行ったが、その孫に阻止されたと正直に話すのを躊躇ったからだ。プライドが傷付けられたという悔しさがある。
(あるいは、兇がいてくれたら負けなかったかも・・・・)
 喧嘩が好きというだけで付いて来た兇だが、こと戦闘においては非常に頼もしいと貴美愛は思う。特に相手が強いと燃えるタイプだから、巳弥と戦わせたら面白いかもしれないと思ったが、すぐにその考えを撤回した。
(兇は大事な戦力・・・・失えばその影響は大きい)
 とにかく巳弥はスルーする。改めて貴美愛はそう決めた。
「見てらんないわ」
 リュックから亜未が出て来た。身長百七十センチ、モデル並みの体型だ。髪はストレートで腰まであり、ミニスカート愛好家でチェックのプリーツスカートからスラリと脚線美が伸びていた。
「あんたは喧嘩にしか魔法を使えないの?」
 そう言いつつ、亜未はウエストポーチからルージュを取り出した。そのキャップを取ると、魔力の光が兇の着替えを包んだ。
「うるせぇな、放っとけば乾くんだよ」
「あんたはそれでいいかも知れないけど、見苦しい恰好を見せられるこっちの身にもなって欲しいわ。ねぇ、姫」
「ええ、そうね」
 貴美愛は静かに同意した。
「何だよ、亜未。見たいくせに」
「見たくないわよっ! あんたみたいなガキの体なんて、見る価値ないでしょ! 喧嘩が趣味なだけあって多少は引き締まってるみたいだけど、まだまだ線が細いわ。それに引き換え、夜光様の体は素敵よ〜。特にあの胸板、もう芸術って感じだもの! 例えるなら・・・・」
「見たの?」
 喋りだした亜未の言葉を、貴美愛が遮った。
「え?」
「夜光様の体を見たの、と訊いたのよ」
 貴美愛が亜未と目を合わさずに言った。その声は強張っていた。
「え、ええと、その・・・・たまたまそういう、胸が開いた服装だった時に見ただけなんですけど・・・・」
「そう。彼、よくそういう服を着るものね」
「は、はい」
 嫉妬か、と亜未は思った。
 貴美愛は俺の女だ、夜光がそう宣言した。貴美愛を姫と呼べ、と亜未達に言ったのも夜光だ。貴美愛もすっかり夜光の彼女気取りであるから、夜光の体を知っている亜未に何故か、と聞いたのは嫉妬心以外にないだろう。
「そうね・・・・夜光様のお体はとても素敵よ」
 貴美愛の頬が赤らむ。自分は特別に夜光を知っている、とでも言うような口調だ。亜未には貴美愛と夜光が「そういう仲」であるとは想像し難いが、あの夜光のことだから有り得ない話ではないとも思う。
「今日の晩メシは何にするんだ?」
 亜未に乾かして貰った服を着て、兇は目をキラキラさせた。
「まだ三時よ」
「じゃあおやつだ」
「おやつね・・・・」
 貴美愛は「リベンジノート」を開き、笑みを浮かべた。
 そこには「浅田真純」の名があり、他のページとは比べものにならない量の文字が箇条書きで書かれていた。
「三時のおやつ・・・・にしては量が多過ぎるかしら」


 キョーコは家から外へ這い出した。
(くそ・・・・)
 アサミもやられた。
 悪夢から無理矢理目覚めた時、隣でアサミが唸り声を上げていた。自分が寝ている間に、いや悪夢を見ている間に貴美愛にやられたのだ。
 目を覚ますために頭から冷たいシャワーを浴びたが、それでも眠気は襲って来る。キョーコは外の空気を吸う為に、だるい体を無理に動かして外に出た。髪は乾かしていないので、水滴が滴っていた。それが風を受け、気持ち良かった。
(くそ、瞼が落ちてきやがる・・・・)
 キョーコはフラフラと歩道を歩いた。セミの声が耳を突く。フラフラと歩いていたので、車がクラクションを軽く鳴らして道路を走り去った。
(轢かれたら・・・・楽だろうか)
 キョーコは失敗を悟った。
 炎天下、寝不足の体に体力を奪う直射日光は危険だ。余計に頭がフラフラしてきた。
(誰か助けてくれ・・・・)
 外灯に寄り掛かろうとして失敗し、その場に膝をついた。
 涙も枯れた。
(ミユキ・・・・お前、優しくて、いい奴だよな・・・・)
 日差しに焼けたアスファルトを全身で感じた。倒れたのだろう。だがその暑さよりも、眠気が勝っている。
(あたいさ、お前に嫉妬してたんだ・・・・お前、真っ白なんだよな・・・・だからさ、羨ましかったんだ・・・・雪華さん、あんた、恰好いいよな。憧れだよ。神無月、悪かったな・・・・お前の真っ直ぐさが、曲がりくねったあたいにはないものを見せ付けられている気がして・・・・)
「大丈夫ですか!?」
 声が聞こえる。
 声の主が腕を持ち、脈を取る。
「樋川さん!?」
 キョーコの顔を見て、叫ぶ。
 知り合いか?
 肩に腕を回し、担ぎ上げようとしているようだ。
「頑張って、病院、すぐだから!」
(頑張って、って・・・・)
 ヨタヨタして、今にも一緒に倒れそうだ。どう見ても、自分を背負っている女性は自分より背が低い。キョーコの足がズルズルとアスファルトを擦っていた。
「もうちょっと、もうちょっとだから」
 自分に言い聞かせているようにも聞こえた。
「・・・・マコリュー」
「気が付いた? 樋川さん」
 キョーコを背負っているのは、龍ヶ崎眞子だった。
「無理、すんなよ・・・・」
「大丈夫、先生に任せて・・・・」
 と言いつつ、体が揺れて危なっかしい。
「・・・・何で・・・・助ける・・・・」
「何で、って・・・・質問の意味がよく分からないんだけど」
「・・・・あたいは・・・・」
 眞子は知っているはずだ。自分が泉流をイジメていたこと、ミユキを援助交際させようとしたこと、不良の男とデキていて、つるんでいたこと。
「道に倒れてる人を助けるのに、特別な理由ってある? それに教え子だし」
「・・・・」
「いい生徒だったら助けて、悪い生徒だったらそのまま放置するの?」
 眞子は自分が今にも倒れそうな表情だった。
「あ・・・・」
 やっとの思いで病院の前までキョーコを背負って来た眞子だったが、非情にも「本日休診」の看板が立ちはだかっていた。
「今日は日曜だった・・・・」
 眞子の脚から力が抜け、キョーコと共に崩れ落ちた。
「・・・・」
 日曜でも診察を受けている救急病院は、ここからだと歩いて行くのは無理だ。
「せ、先生、無駄だよ、あたいのは病気じゃないんだ・・・・」
「何言ってるの! 諦めちゃ駄目!」
 眞子はポケットから携帯電話を取り出すと。電話帳に登録されている番号を呼び出した。暫くして相手が電話に出る。
「もしもし、星澄君? 今、ちょっと困ってて・・・・時間あるかな?」
「時間?」
 電話を受けた真樹は、今からナナと一緒にマスミの家に向かうところだった。だが眞子からのお願いなら、受けないわけにはいかない。
「何があったの?」
「樋川さんが倒れていて、病院に連れて行きたいんだけど、休診日だから・・・・」
「樋川・・・・って、樋川恭子? 倒れたって?」
「えっ?」
 キョーコの名前に反応し、ナナが聞き返した。真樹が眞子から事情を聞き、ナナに伝える。
「外に出て倒れたんだ・・・・」
 ミユキから情報を得たマスミという生徒の家に、貴美愛が現れる可能性が高い。だが貴美愛から何らかの魔法攻撃を受けたと思われるキョーコの身も心配だ。ナナ達は、キョーコに掛けられた魔法の正体をまだ知らない。
「どうする? ナナちゃんは予定通り、マスミって子の家に行く?」
「・・・・いえ、小松さんが現れるかどうか分かりませんから・・・・。それより樋川さんの状態が気になります」
「よし、じゃあ俺の車で龍ヶ崎さんがいる所へ向かおう」
「真樹さん、樋川さんを病院に連れて行っても無駄です。魔力による攻撃ですから」
「そ、そうだね」
 何はともあれ、真樹とナナは星澄家に帰り、愛車に乗って眞子とキョーコの元へ向かった。途中でナナは咲紅に連絡を取ろうと思ったが、連絡の手段がないことに気付いた。咲紅は携帯電話を持っていないし、エミネントでのスタンダードな通信手段である「マジカルレシーバー」もない。
 電話では、キョーコは倒れただけだと聞いた。貴美愛の仕掛けた魔法を知らないナナは心配であり、またその正体を知りたかった。取り敢えずは、すぐ死に至るものではなかったようだが、安心は出来ない。
 そして・・・・。
 とある交差点で、道を急ぐ真樹とナナを乗せた車が、浅田真純の家に向かう途中の貴美愛とすれ違った。


「ちゃんと説明してくれないと、納得出来ないわ」
 真樹の車はナナ、眞子、キョーコを乗せ、樋川家に戻って来た。見るからに調子のおかしいキョーコを、病院に連れて行かずに家に連れ帰ったことが、眞子には信じられない。
「医者じゃ治せないんだ」
 と真樹が漠然と言ったところで、眞子の信用を得ることは出来ない。
(だけど、本当のことを話すと、龍ヶ崎さんを巻き込むことになる)
 真樹が心配しているのは、まさにそこだった。眞子の事だ、絶対に首を突っ込んで来るに違いない。
「無理ですよ、真樹さん」
 苦しむキョーコの額に濡れタオルを置きながらナナが言った。隣には、同じくうなされているアサミが寝ている。
「本当のことを言わないと、先生は納得してくれません」
「そうよ、ナナちゃんはよく分かってるわ」
 何故か真樹に向かって腕組みをする眞子。
「でも・・・・」
 自分に力があれば、と真樹は思う。
 眞子を巻き込んでも、自分の手で守れるような力が欲しい。
 今のままでは、眞子がピンチになった時に何も出来ないだろう。
(どうすれば・・・・)
「う・・・・」
 キョーコの目が薄っすらと開いた。
「樋川さん!」
「・・・・神無月・・・・」
「大丈夫ですか?」
 ナナは汗でびっしょりのキョーコの顔や首をタオルで拭いた。キョーコは空ろな目でそんなナナを見た。
「あたい、まだ生きてるな・・・・」
「縁起でもないことを」
 ナナはさりげなく、どんな魔法を掛けられたかを知りたくて質問した。キョーコはしばらく黙ってたが、やがて重い口を開いた。
「寝ると悪夢を見る。それも寝ている間、ずっとだ。エンドレスのビデオのように、途中で目覚めればそこで一時停止、また続きから始まる。最後まで見終えたら・・・・」
 キョーコは額に掛かっている前髪を掻き上げた。そこには「正」の字と、更に下にもう1本の横棒が書かれていた。
「ここにカウントされる」
「つまり樋川さんは、その悪夢を六回見せられた、ということですね。夢を見るのが嫌で、ずっと寝ていなかった。だから倒れた・・・・」
「あぁ」
「その悪夢と言うのは・・・・」
 言い掛けて、ナナは自制した。キョーコが見たくないと恐れている悪夢の内容を説明させるのも酷だ。
「ナナちゃん、リムーヴで何とかならないの?」
 真樹の問いに、ナナは頭を振って答えた。何とかしたいと思うが、咲紅に止められている以上、強引に実行することは出来ない。もし失敗でもすればキョーコの命に関わり、大問題になるだろう。
「この魔法を解除出来るのは、おそらく小松さん本人だけです。一刻も早く小松さんを捕らえる事が、樋川さんを助ける近道です」
「急ごう」
 ナナに続き、真樹も立ち上がった。
「わ、私も・・・・」
 付いてこようとする眞子に、ナナが振り返って言った。
「先生は樋川さんについていてあげて下さい」
「でも」
「心配しないで下さい。事情は後でちゃんと説明しますから」
「・・・・そう」
 眞子はナナの目をじっと見た後、ゆっくり頷いた。
「お願いね」
「はいっ」
 部屋を出て行こうとするナナに向かって、キョーコが手を伸ばした。それに気付かず、ナナと真樹は廊下に出て、階段を降りて行き、姿が見えなくなる。
「樋川さん、なに?」
 眞子がキョーコの顔に耳を近付けた。
「・・・・」
 眞子の耳に、弱々しい「悪かった」という声が聞こえた。


「ナナちゃん、そのロザリオとネックレスって別物?」
 浅田真純の家に向かう途中、真樹がナナに訊いた。
「はい、マジカルクルスとマジカルロザリオは別のトランスソウルです。首に掛けることが出来るので、繋げているだけです」
「十字架はいつも使ってるけど、鎖の方は相手の動きを封じる時しか使わないよね。それって、そういう使い方しか出来ないの? それとも、そのロザリオも色々な魔法を使えるの?」
「使えますよ、独立したトランスソウルですから」
「だったらさ・・・・貸してくれないかな、俺に」
「えっ?」
 ナナが立ち止まり、真樹の顔を見た。
「もちろん、必要な時は返すから。あのジャスティ・ホーリーライトだっけ?」
「・・・・お貸し出来ません」
「やっぱり、桜川さんが言っていたように、むやみに貸せないのかな」
「いえ・・・・」
 ナナは自分がロザリオを所持する本当の意味を、真樹に話していいものかどうか迷っていた。
 相手の魔力を抑え付ける鎖、マジカルロザリオ。その実は、ナナの魔力を抑制する鎖でもある。以前にキョーコのグループに襲われ、ロザリオを奪われていたナナは体内の魔力を抑えることが出来ず、不良グループの人員多数を病院送りにしてしまったことがあった。
(だから魔力なんて、いらないのに)
 エミネントの持つ魔力は、トランスソウルの持つそれとは比べ物にならないほど強力かつ量が多い。ナナはある理由で自身の魔力を使いたくないので抑えているのだが、もし開放していればあるいは、もうとっくに小松貴美愛を捕らえていたかもしれない、という気持ちもある。
 これ以上、貴美愛が罪を重ねることになれば、個人的な理由で魔力を使わない自分にも責任があるのではないか。
 相手も同じトランスソウル使いなのは唯一の救いだ。貴美愛の同行者三人に魔力を使われでもすれば、ナナ達に勝ち目はない。咲紅は咲紅で防御主体のオブザーバーであるから、あまり攻撃面で期待出来ないのは痛い所だ。
(鷲路先輩がいれば・・・・)
 ナナはエミネント期待の若手オブザーバー・鷲路憂喜(わしろ ゆうき)の顔を思い浮かべた。二種類のソウルウエポンを操り、若手のオブザーバーの中では、攻撃面で彼に勝てる者はいないだろう。
 ナナの憧れの先輩でもあった。
(そう言えば鷲路先輩、小松さんの授業も担当されたんだっけ・・・・)
 ナナの直接のコーチは咲紅である。よって咲紅は「先生」だが、鷲路憂喜の事は「先輩」と呼んでいた。
「ナナちゃん、どうしたの? 顔が赤いけど」
「えっ? そ、そんなことないですよ」
「やっぱり疲れてるんじゃない?」
「いいえ、大丈夫・・・・」
 ナナは途中で言葉を切り、厳しい顔をした。
「どうした?」
「ディメンションが張られた・・・・こっちです!」
 真樹を置いて、ナナが跳躍した。
「ちょ、ちょっと!」
 真樹はもちろん飛べないので、走って後を追うしかない。ナナを見失わないように目で追おうとした真樹の視界に、ミニスカートのナナの後姿が飛び込んで来た。
(うおっ、ピ、ピンク・・・・いや、そんな場合じゃない!)
 ナナから目を逸らした真樹だったが、その瞬間にナナの姿が視界から消えた。飛んでいる姿を他の人に見られないよう、ナナがセルフ・ディメンションを張ったのだ。
(それじゃ、追えないじゃないか! いや、決してスカートの中を見たいわけじゃなくてだな・・・・)
 一人勝手に言い訳をしていた真樹に、ナナが跳んで行った前方にある二階建ての住宅が目に入った。
(ひょっとしてあれが、浅田真純の家か? てことは、既に小松貴美愛が・・・・!)



11th Revenge に続く




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