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タイトル


 5th Revenge 「巳弥」


 星澄家の居間にあるテレビは、お笑い芸人が泥だらけになり、もう誰が誰だか分からない状態になっているバラエティー番組を映していた。会場のお客さんは大爆笑だが、テレビを見ている星澄真樹(ほしずみ まさき)はピクリとも表情を動かさなかった。面白くないのではなく、目はテレビを見ているが心は別の場所にあったからだ。
「真樹」
 母の芳江に呼ばれても、真樹は無反応だった。
「諦めが悪いわよ、真樹。ナナちゃんはもう帰っちゃったんだから」
 芳江は夕食を終えた後の片付けを行いつつ、息子に声を掛けた。真樹は夕食の間も会話を交わすことなく、終始どこか焦点の定まらない目をしていた。
「あんたの悪い癖よ」
「・・・・?」
「大切だと気付いた時はもう遅い。いつもそうでしょ」
「・・・・そんなんじゃない」
 真樹は聞こえるか聞こえないかという声で反論した。
 今朝まで三週間の間、この星澄家に神無月奈々美が下宿していた。ナナ自身は「オタクの研究」の為に真樹のいるこの家にお邪魔していたわけだが、結局その研究もおぼつかないままナナはエミネントに帰った。ただ研修の本来の目的であるこの世界の治安や犯罪に関するレポートはある程度のものが出来たとナナが言っていたので、真樹は安心だった。そのレポートはナナが昇進試験を受ける上で大切なものだと聞いていたからだ。
 ナナはおよそ十二歳離れた真樹のことは「親切な下宿先のお兄さん」としか見ていなかったようだが、真樹は日ごとに、自分のナナに対する気持ちが膨らんでいたように思う。色々な事件があって、ナナはエミネントに帰ってしまった。異世界であるエミネントとこの世界は文化交流が行われているとは言え、個人レベルで世界を行き来出来るはずもなく、ナナとはもう二度と会うことはないだろうと思っていた。
(俺はあの子に何もしてやれなかった)
 真樹は悔やむ。
 ナナのお陰で自分の、亡くなった姉に対する思いを吹っ切ることが出来た。そのことで、インドアで非行動的で非生産的な生活が、少しマシになった気がする。
 学生の頃から思いを寄せていた女性に再び巡り合い、何とか仲良くなれたようだ。
 だが、一方のナナはどうだ。
 この世界に来たことにより、色々と嫌な思いをしただろうと真樹は思っている。
 犯罪に関するルールが徹底されたエミネントのナナにとって、この世界の無秩序さは我慢ならなかっただろう。体調を崩したり落ち込んだり、やがて笑顔も消えていた。真樹自身も魔力のウイルスが伝染したとは言え、ナナに酷い事をしてしまった。
 そして追い討ちをかけるように、魔力ウイルスのキャリアだと判明した、ナナのペットであるメタモルヤマネの圭ちゃんが「駆除」を目的として桜川咲紅に捕らえられた事。咲紅も既に両親のいないナナから、今となっては唯一の家族である圭ちゃんを取り上げるのは不本意だったが、それが咲紅の仕事なのだから仕方がない。
 こうしてナナはこの世界で、得られたものより多くのものを失い、帰って行った。少なくとも真樹はそう思っている。だからこそ、何の力にもなれなかった自分を悔いる。
(いつもそうだ。姉さんの時も、自分がもっと早くこうしていれば・・・・とずっと後悔して過ごした。俺はいつだって・・・・)
 だが、もう遅い。ナナはもういない。
 後悔してもどうしようもないことを後悔し「自分は充分に悔やんだ」と満足する。自分はこれだけ悔しかったんだと自分に言い聞かせ、でももうどうにもならないことだからと諦める。後悔は自分の気持ちを軽くするためだけの免罪符に過ぎない。
 だが実際問題、ナナはエミネントに帰ってしまったわけだから、今更真樹にナナの力になれる機会はないはずである。
 はずだった。
「真樹、ひょっとしてあんた、本気でナナちゃんを好きだった?」
「好き・・・・かどうかと聞かれたら好きだけど、別に男女の、そういう感情ではないぞ」
「ま、それはどっちでもいいわ。とにかくもう忘れなさい・・・・とは言わないけど、もう会うこともないんだし、考えても仕方ないわよ」
「俺は別に・・・・」
 夕食を終えた後、真樹は自室でオンラインゲームをプレイしていた。夜も深まってきたそんな時、いきなり玄関チャイムが連続で鳴り響いた。
「な、何だ!?」
 こんな夜遅くに来る客とは、どんな客だ? と真樹は思ったが、ゲーム中なので手をマウスから離すわけにはいかなかった。真樹の操るプレイヤーキャラ「みくる姫」は現在、ダンジョンの奥底に潜っているので凶暴なモンスターが周りを徘徊している。他のことに気を取られていると、瞬く間に殺されてしまうだろう。
 芳江がバタバタと廊下を走り、玄関のドアフォンで応対している声が聞こえた。
「まぁっ、桜川さん!?」
(何っ?)
 桜川咲紅はナナと別々にエミネントに帰ったが、咲紅の方が先に帰っているはずだ。その咲紅が訪ねて来たということは、ナナがまだ帰っていないか、ナナに何かあったのだろうかと真樹は腰を浮かせた。
(待てよ、最後に挨拶に来ただけかもしれないし・・・・)
 真樹は耳を澄ませた。玄関ドアが開き、芳江の驚く声が聞こえて来る。
「まあっ、ナナちゃん! どうしたの!?」
(ナナちゃん!?)
 真樹は立ち上がった。
 ディスプレイの中では、真樹のプレイヤーキャラクターが大量のモンスターに囲まれ、タコ殴りに逢っていた。
 真樹が階段を駆け下りると、芳江が「手伝って!」と声を荒げた。肩に腕を回され、ナナが咲紅に寄り掛かって項垂れていた。
「こ、これは・・・・」
「説明は後! 真樹、ナナちゃんをそっちの部屋に!」
「お、おう」
 芳江に指示され、真樹は咲紅からナナを受け取ると肩に手を回した。
 信じられなかった。ナナがここにいることも、ナナがぐったりとして意識がないことも、自分がこうしてナナの肩を持っていることも。


 芳江が客間に布団を敷き、そこにナナを寝かせた。目立った外傷はない。咲紅の話によると疲労が溜まっているのだろうということだった。
 真樹と芳江は咲紅から一通り事情を聞き、ひたすら謝る咲紅に紅茶を出した。
「突然ナナちゃんが倒れて、ここしか思いつかなくて・・・・」
「あら、いいんですよ、うちはいつでも」
 何となく芳江は嬉しそうだった。迷惑がられたらどうしよう、と思っていた咲紅はその態度に安堵したが、真樹の表情を見ると、真剣な目で何かを考えている様子だった。
 真樹には色々と迷惑を掛けたし、やっかいな奴が戻って来たと思われているのだろうかと咲紅は考える。圭ちゃんのこともあるので、真樹は自分の事を良く思っていないはずだ、とも。
「桜川さん」
 そう思っている時に真樹に声を掛けられたので、咲紅はビクっとした。
「は、はい」
 出て行け、と言われるのだろうかと咲紅は覚悟した。だが・・・・。
「ナナちゃんの好きな食べ物はご存知ですか?」
「はい?」
 予想外の質問だったので、咲紅は思わず間の抜けた返事をしてしまった。
「あ、牛乳以外で」
「す、好きなもの、ですか? えっと・・・・確か数の子とか、カレーとか・・・・」
「数の子は季節的にちょっと・・・・となると、カレーか・・・・どんな種類が?」
「さ、さぁ、そこまでは・・・・何でもいいと思います」
「辛さは?」
「結構辛いのもいけるはずです」
「・・・・そうですか」
 真樹はおもむろに立ち上がると、台所に向かった。訳が分からずその様子を見ていた咲紅は、台所から冷蔵庫を開ける音やまな板を取り出す音が聞こえ、真樹がカレーを作りに行ったのだと分かった。
 芳江が台所に向かい、「手伝おうか」と声を掛けたが真樹は丁重に断った。
「今はこんなことしか出来ないけど」
 そう言いながら真樹はジャガイモ、人参、玉葱を切ってゆく。
「問題は、煮詰めるのに時間が掛かることだな。ナナちゃんには早く目を覚まして欲しいけど、気が付いた時にカレーが出来上がっていた方が演出的にいい気がするし・・・・」
 刻んだ野菜を炒める真樹の後姿を、芳江は見守っていた。
「普段からそんな風にもっと手伝いなさい。お嫁さんを見付けないんだから」
 芳江はナナが寝ている部屋に戻ると、咲紅に「今日は泊まっていくでしょ?」と訊いた。
「でも・・・・」
 迷惑では、と言い掛けて咲紅は笑った。
「ごめんなさい、そのつもりで来たのに・・・・そう言って貰えるだろうと思ってここに来たのに、取り繕うなんておかしいですね」
「そうよ。ここではもっと素直になりなさい」
「お世話になります」
 咲紅は深く頭を下げた。
「その小松さん・・・・だっけ? その子を捕まえるまで、ここにいていいわよ」
「はい、でも長居するつもりはありません。一晩休んで、明日には必ず」
「いつまでいてもいいって言いたいけど、桜川さんとしては小松さんを一刻も早く見付けないといけないのよね」
 話の途中で、真樹が戻って来た。カレーは煮込む段階に入ったようだ。
「俺にも何か手伝えることはないですか?」
「いえ、特に」
 一言で返された。
「小松貴美愛はトランスソウルを所持しています。しかもたった三週間で高度な魔法を使えるようになっていると思われます。この世界の人が下手に関わると、怪我だけでは済みません」
「でも」
「あなたが下手に首を突っ込んで怪我でもされると、私の責任になります」
 そう言われると真樹は反論が出来ない。
「私達はここで、桜川さん達が安心して休める場所を用意しておきましょ」
 芳江が真樹に向かって微笑んだ。
 確かにそうかもしれない。魔法と言う不可思議な力に対抗できるだけの能力は、自分にはないと真樹も自覚している。
(力もないのに力になりたいなんて、思いあがりだよな)
 真樹はカレー鍋の様子を見るため、台所に向かった。


「これでいいわ」
 亜未は烈の腹部から手の平を離した。
 寝ていた烈は上半身を起こし、腹部を触ってみた。先ほどまでの痛みはない。
「助かった、亜未」
「今度、何か買ってね」
 亜未は手を合わせ、烈にウインクした。亜未は治癒魔法で、咲紅の攻撃によって骨折した烈の治療を行ったのだった。だが亜未もそれほど治癒魔法は得意ではないようで、完治までに時間はかなり費やした。終わった後、亜未の額には汗が流れていた。
「高くつきそうだな・・・・」
 烈は溜め息まじりに呟いた。亜未はブランド物が好きで有名だから、安物のプレゼントでは納得しないだろう。
 そんなやりとりを貴美愛は横目で見ていた。
(治癒魔法・・・・使えれば便利だろうけど)
 貴美愛はさすがに治癒魔法の勉強までは手が回らなかった。この三週間で禍津夜光に教わったのは専ら精神魔法、攻撃魔法の勉強だった。
(だって私は復讐に戻って来たんだもの)
 ここはうさみみ中学の裏手、小高い山の中腹で、卯佐美市の街並みががある程度見渡せる。卯佐美市は市と言っても都会ではなく、町村が合併して市に足りる住民数になったと言うだけの話だ。よって山もあれば川もあり、緑が多い。
「姫、本当に今夜はここで過ごされるのですか?」
 烈が質問してきた。烈はどこか中で寝られそうな廃ビルでも探そうかと提案したが、貴美愛がここでいいと言ったのだ。
「夏だから、風邪もひかないでしょう。幸い、ベンチもあるし」
「こんな所で姫を寝かせては、夜光様に叱られます」
 烈は夜光が怖いようだ。いや、夜光が怖いのは烈だけではなく、兇や亜未も一緒だった。エグゼキューターのリーダーである禍津夜光の怒りを買えば、その場で首がなくなるという物騒な噂がある。
 そんな夜光のお気に入りが、小松貴美愛だ。
 夜光は復讐を目的として魔法の習得を目指す貴美愛に興味を持ち、魔法を教え、トランスソウルを与えた。そしてお供として兇、烈、亜未を貴美愛と共にこの世界に送り込んだのだ。
「夜風を感じて寝るのって、素敵じゃない?」
 貴美愛はベンチの上にゆっくりと横になった。公園風のこの広場には、木で作られたテーブルとその周りを囲むように設置されたベンチがあり、屋根付きである。これなら突然雨が降っても大丈夫だ。
 亜未はせめて蚊が来ないようにと魔法で薄いバリアを張った。亜未と烈はリュックの中に入ったが、兇は貴美愛とテーブルを挟んだ向こう側のベンチに横になった。
 何か言いたそうな貴美愛に、兇は「俺もここで寝るよ」と言った。
「私に気を遣わなくていいのよ」
「気持ち良さそうだからな」
 そう言って目を閉じた兇から目を逸らし、貴美愛は仰向けになった。良い天気なのだが、屋根がある為に星空は見えない。屋根の裏の闇が拡がっているだけだった。
(柚梨・・・・お母さん・・・・もうちょっとだから。きっと私が悪い人達を懲らしめるから。そしたら柚梨もお母さんも、幸せになれるから)
 貴美愛は目を閉じた。
(・・・・私はどうなるんだろう)
 エミネントからトランスソウルを持ち出し、この世界で魔法を使うことは禁止されているから、罰せられることは間違いない。
 でも「大丈夫だ。きっと上手くいく」夜光はそう貴美愛に言った。
(夜光様がエミネントを掌握し、法律を変える。そうなれば私が罰せられることはない・・・・夜光様の言うことに、間違いはないわ)
 こちらの世界のルールがやっかいだが、いざとなればこちらも変えればいい、とさえ夜光は言ってのけた。
(今日は調子に乗って、校長先生を懲らしめたのは失敗だったかしら。魔法を使えば証拠は残らないけど、校長先生は思い切り兇がやっつけたし、私の顔も見られている。それに只者ではなかった・・・・)
 貴美愛は自分の失敗を悟っていた。
(後味が悪いとか言っていられない。校長は生かしておくべきじゃなかった)
 あの怪我だと、おそらく通行人に発見されて病院に送られているはずだ。
(病院を突き止め、始末する必要があるわね。あの時、殺しては駄目なんて恰好つけなければ良かった・・・・決断の甘さは後で自分の首を絞めることになる)
 校長の口から自分達の名前が漏れると、動き辛くなる。エミネントとしては事を内密に済ませたいだろうから、咲紅やナナからは自分達の事が世間に広まったりはしないだろうと思っていた。つまり校長の口さえ封じれば、自分達の行動は公にはならない。
 復讐の順番を決めている貴美愛にとって、その計画に誤差が生じてしまうが、この際仕方がない。
(早い方がいい)
 貴美愛は寝る体勢に入った自分の体を起こそうとしたが、力が入らなかった。どうやら自分で思っている以上に疲労が溜まっているらしい。それもそのはず、この三週間はひたすら魔法の習得に打ち込んでいたからだ。魔法の使用には精神力も必要だと聞いた。何とか復讐のためにと気を張ってきたのが、ここにきてツケが回ってきたらしい。
 兇を横目で見ると、既に寝息を立てていた。
(でも、疲れてなんかいられない・・・・)
 辺りは闇だ。その闇が、貴美愛の眠気を増大させた。
(明日の朝、必ず・・・・)
 貴美愛は愛用のマジカルバイブルを抱き、深い眠りに落ちていった。


 卯佐美西総合病院は、うさみみ中学から車で約十分の場所にある公立病院である。この地域の中では最大の規模を誇る病院で、病気や怪我なら取り敢えずここに来れば間違いはない。専門の病院が必要ならそれに応じて紹介状を書いて貰える。医師や看護士の態度も良く、軽い風邪でも訪れる者も多く、いつも混んでいて待ち時間が長いのが現状だ。
 そんな卯佐美西総合病院で行われていた手術が今、終了した。「手術中」のランプが消えたのを見て、廊下の長椅子に座っていた十代後半の女の子が立ち上がった。
 ベッドに乗せられた卯佐美中学の校長が運ばれて来る。その後ろから手術を担当した医師がゆっくりと歩いて来た。
「先生、おじいちゃんは・・・・」
 医師は「命は取り留めました」と答えた。
 それが今から約一時間ほど前のことだ。今現在、校長は「面会謝絶」と書かれた部屋に入れられている。
 病院としては、面会時間は過ぎていた。だが入院等、色々な手続きがあり、その女の子は小さく息を吐いて待合室のソファに腰を下ろした。
「はぁ・・・・」
 靴音が聞こえ、目の前に缶ジュースが差し出された。
「大変だったね、巳弥(みや)君」
「鵜川(うがわ)さん・・・・」
 巳弥は缶を受け取ると「ありがとうございます」と一礼した。鵜川は巳弥から少し離れた場所に腰を下ろすと、自分も缶コーヒーのプルタブを引いた。
「そんなので良かったかな。巳弥君のような歳の女の子って、何を飲むのか分からなくて」
「ありがとうございます」
 巳弥も缶ジュースの蓋を開ける。実は巳弥は、普段はこのようなあまり果汁の入っていない飲料水は飲まないのだが、それを言えば鵜川に悪いので黙って飲むことにした。どちらかと言えばお茶がいいのだが、鵜川の言う「同じような歳の子」の嗜好と同じかどうかは巳弥には分からない。
「鵜川さんがおじいちゃんをここに運んでくれたんですね」
「いや、僕は通報を受けて現場に行って、救急車の手配をしただけだよ」
 鵜川は警察官である。巳弥とはかつて知り合い、顔馴染みだ。
「あの道は普段、人通りが少ない。普通なら登下校の生徒が見付けるだろうけど、今日から試験休みだったらしいからね」
「もう少し遅ければ命に係わっていたらしいです」
 巳弥は両手を組み、祈るように目を閉じた。巳弥の両親は他界しており、唯一の身内が祖父だった。
「巳弥君、こんな時にこんな話もどうかと思うが・・・・大丈夫なのかな、その、手術費とか入院費って馬鹿にならないだろうし、収入源が・・・・」
 巳弥は現在、十九歳で短大に通っている。祖父の給料だけで生活を支えていたが、巳弥も祖父も贅沢をする趣味はないため、充分な暮らしは確保されていた。
「もし差し出がましくなかったら、僕が都合をつけるけど」
「ありがとうございます、でも貯金もありますから、何とか」
 その貯金は、祖父が可愛い孫の為に結婚資金にと溜めていたお金だった。本当は孫娘を誰にもやりたくないと思っている祖父だが、貯金だけはずっと続けていた。
「そうかい、でも本当に困ったら言ってくれよ」
「はい、分かりました」
 巳弥は少し笑って答えた。鵜川の趣味は「人に親切にすること」だ。ある人の影響で、鵜川は「献身」「慈愛」等の言葉を実践するようになった。お陰で今は、市民にも親しみ易い警官になっているがその反面、出世には縁がなさそうだった。
 会話が途切れ、巳弥は祖父の事を思った。
「どうして・・・・」
 かすかに漏れたその言葉は、静かな病院の待合室においては鵜川の耳にも届いた。
「そうだね・・・・君のおじいさんがどうしてあんな目に・・・・優しくて、トラブルなんかに巻き込まれるなんて信じられない。通り掛かりの犯行か、計画的か、オヤジ狩りか。計画的なら学生の犯行とも考えられる。でも心配しないでくれ、警察が絶対に犯人を捕まえるから」
「・・・・はい」
 巳弥が「どうして」と言ったのは、別の意味だった。
(おじいちゃんがあんなに酷い怪我を負うなんて、有り得ない)
 詳しくはここでは説明しないが、巳弥の祖父は普通の人間ではない。そんな祖父を、例え普通の人間が何人掛かりで暴行を加えたとしても、瀕死の重傷を負うほどのことはないはずだと巳弥は思う。無抵抗で暴行を受けたのなら別だが、そんな理由があるだろうか? それよりも、相手は普通の人間ではなかったと考える方が妥当かもしれない。
 エミネントか?
 それともイニシエートか?
 色々な世界を知っている巳弥には、様々な可能性が浮かんで来る。そして最も重要なことは、祖父を祖父と知っていてやったのかどうか、という点だ。相手は祖父をエミネントとこの世界を繋ぐ友好機関において、高い地位を持っていた。
 偶然ならまだいいが、狙ったのだとすれば、何の為に?
 巳弥はじっとしていられなくなり、廊下を歩いて窓の外を見た。
(何かが起こっている・・・・?)
「巳弥君?」
 鵜川は心配そうに巳弥に声を掛けたが、巳弥は窓越しに夜空を眺めるだけだった。
(おじいちゃんの意識が戻れば、あるいは何かが分かるのかもしれない)
 五年前のようなことが起こらなければいいが、と巳弥は手を握り締めた。
(どうして人って・・・・)



6th Revenge に続く




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