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タイトル


 4th Revenge 「リベンジ」


 日が沈みかけていた。空はオレンジ色に染まり、鳥が寝床に帰ってゆく。
 ナナと咲紅はアサミの家を訪ねたが、そこには貴美愛が来た様子もなく、その後に何軒か聞いて回ったが貴美愛の情報は得られなかった。
「どうやら焦ってはいないようね」
 咲紅は手にした缶ジュースを飲みながら、オレンジの空を見上げた。
「復讐に帰って来たのなら、すぐにでもその力を使って回るのかと思っていたけど」
「でも、こうしている内にも小松さんは復讐を果たす為に動いているかもしれません」
「そうだけど」
 咲紅はキョーコから貰ったリストを眺めて溜め息をついた。
「これだけの人数、二人で見張るの?」
「他に手はあるんですか?」
「ないけど・・・・」
「だったら、早く捜さないと!」
 歩きかけようとするナナの手を、咲紅が掴まえた。
「ちょっと休憩。焦ったって仕方ないし、ナナちゃんの体力が持たないわ」
「あたしは平気です。咲紅さんこそ、疲れてるならここにいて下さい。あたし一人で捜しますから」
「ナナちゃん」
 ナナが焦っていることは、咲紅の目から見て歴然としていた。
(正義感、使命感、責任感・・・・それらが強すぎるナナちゃんが、小松貴美愛を一刻も早く捜さないと、と思うのは仕方のないことだけど・・・・このままでは、ナナちゃんが倒れてしまうわ)
「いいから座りなさい」
「どうしてそんなに悠長なんですか!?」
「ナナちゃんに責任はないわ。今回の件は私が全部、責任を負うから」
「何ですか、それ。あたしに、咲紅さんに全ての罪を着せろって言うんですか?」
 ナナの目に敵意を感じた咲紅は、ナナがまだ自分の事を許していないことに気付いた。ナナのペットであるメタモルヤマネの圭ちゃんを、ウイルス感染獣として捕らえたのは咲紅だ。咲紅は悪くないとナナは自分に言い聞かせていたが、感情というものは理屈では制御し切れない。
(無理もないか・・・・)
「とにかく、あたしは罪を犯そうとしている小松さんを放っておくことなんて出来ませんから」
 ナナが咲紅の手を振り払う。
「ナナちゃ・・・・」
 ナナは首に掛けたロザリオから十字架を外し、マジカルクルスに変化させた。
「セルフ・ディメンション」
 ナナの姿が消える。セルフ・ディメンションは術者を中心とした球体の世界を生成し、外からは見えないアナザーワールドを作り出す。その中であれば、空を飛んでも周りからは見られることはない。
「あの子は・・・・」
 咲紅は見えないナナが空を飛んでゆく魔力を感知しながら、腕を組んだ。
「真面目な子って、扱いやすく、時に扱い辛いわね・・・・」
 咲紅は溜め息を一つついた後、自分もセルフ・ディメンションを張った。
「あなたが倒れたら、助けるのは私なんだからね。余計な手間を取るし、いざと言う時に一人じゃどうしようもないんだから」
 咲紅はナナの魔力を追って、跳躍した。
 早く見付けなければとは思うものの、どこを捜せばいいのかナナにも分からない。キョーコから渡された、貴美愛を苛めていたグループとはすなわちナナを廃工場で襲った者達だった。その者は現在、ナナの魔力の暴発による爆発で入院している。怪我が軽い者から重い者まで様々だが、そこに貴美愛は現れていないようだ。これは咲紅が聞いて回った結果で、ナナは顔を合わせていない。キョーコに命令されナナを襲った者、それらに自己防衛とはいえ大怪我を負わせたナナ。お互い、顔を合わせ辛い。
 貴美愛はナナと入れ替わりにエミネントに行ったので、ナナは貴美愛についてほとんど何も知らない。キョーコのグループ以外にイジメを受けていたとすれば、捜しようがなかった。
 あるいはクラスメイトの寧音や泉流なら知っているかもしれない。そう思った時、貴美愛に関するナナのある記憶が蘇った。
(そうだ、あのノート!)
 ナナはうさみみ中学に通っている間、貴美愛の机に座っていた。その時、机の中にあったノートが強く印象に残っていた。
 タイトルらしき場所に書いてあった言葉、「人間は皆、誰一人として平等ではない」。確かこんな言葉だったとナナは記憶している。興味を惹いたが勝手に見るのは失礼だと思い、中は見ていない。
(もしあれが、復讐に値する人のリストを書いているノートだとすれば・・・・)


 貴美愛は自分の机の中から一冊のノートを取り出し、笑みを浮かべた。
「姫、そのノートは?」
 リュックの中から烈が質問した。どうやらリュックの中にいるのに、何故か外が見えているようだ。
「リベンジ・ノート・・・・はちょっとダサいネーミングね。後で何かいい名前を考えておくわ」
「復讐する相手を忘れないように、書き残しているのですか?」
「ええ、もっとも・・・・」
 夜の教室は真っ暗だったが、貴美愛の目が光ったようにも見えた。
「復讐する相手は書き残すまでもなく、全て覚えているわ。忘れられるわけないもの」
 リュックの中の三人は一言も発しない。それほど貴美愛の言葉は夏の蒸し暑い教室の中で、冷ややかさを帯びていた。
 既にクラブ活動の下校時刻も過ぎている。校舎の明かりは消え、うさみみ中学には貴美愛と、住み込みの守衛のおじさんがいるだけだった。
「姫、今夜はどこで寝るの?」
 亜未が聞いた。貴美愛は、家に戻る気はないらしい。帰るかどうかは復讐が完了してから考えるということだ。もっとも、無事に帰れるとは限らない。エミネントから追われる身になっても復讐を果たす、それが貴美愛の覚悟だ。
「お金はないし、適当な所で寝るわ。幸い、暑いから風邪はひかないでしょう」
 中華料理店で兇が店員に見せた札束は、実は魔法で作ったレプリカだった。貴美愛達は今、あまり現金を持ち合わせていない。
「姫もリュックに入ればいいじゃねぇか」
 兇の提案に、烈が異議を唱えた。
「兇、姫と同じ部屋で寝るなど、恐れ多い話だぞ。そもそも結婚前の女性と同じ部屋で寝るなどと、道徳的に・・・・」
「ちょっと烈君、私は?」
 亜未が不機嫌そうに言った。
「き、君は・・・・」
「私は女性じゃないって言うの?」
「そんなことはない、君は幼馴染だから、小さい頃から一緒に寝てたし・・・・」
「昔の話でしょ! 私だってもう十七なんだからね! だいたい烈君はデリカシーがないのよ、スクールの成績はいいけど女の子のことなんて全然分かってないんだから! そんなんじゃ恋愛には赤点、落第、不合格間違いなしだわ! 全く、昔からそうなのよね。姫は夜光様の大切な人だから特別視するのは当然だけど、私のこともちょっとは気遣ってくれてもいいんじゃない? ふ〜んだ、どうせ私なんて恋愛対象じゃないんでしょ? だから同じ部屋に寝ても何とも思わないのよね。あ、違うわよ、私が烈君の事を好きだとか、特別に想って欲しいとか言ってるんじゃないのよ、誤解しないでね。私はただ、女の子として扱って欲しいって、それだけなの。でもまぁ仕方ないか、烈君は恋愛より勉強の方が大事だし、この世界にやって来たのも違う世界を見てみたいって理由だもんね。喧嘩がしたいって言う兇君とは違って、優等生で真面目な理由なんだよね。でもね、だからって人を思いやる心をおろそかにして欲しくないわけ。分かる? そうだ、あの時だって・・・・」

「ストップ!」
 兇が亜未の言葉を遮った。
「お前よー、カッカ来たらいつまでも喋り続けるそのクセ、やめろよなぁ」
「何よぉ、烈君が悪いんだもん。この私が女として魅力がないって言うから・・・・」
「そ、そんなことは言ってない」
 烈が弱々しく反論した。どうやら亜未には弱いらしい。
「悪いけど、静かにして頂戴」
 貴美愛がたしなめると、三人は即座に口を閉じた。彼らのリーダーである禍津夜光から、貴美愛の命令は私の命令でもあると思え、と言われている。つまり、貴美愛の命令は絶対だ。
「ディメンションの干渉を感じるわ」
(干渉? 誰かがアナザー・ディメンションを張っていると?)
 烈は貴美愛との会話を心話に切り替えた。自分も感覚を研ぎ澄ましてみたが、そういったものは何も感じなかった。
(姫・・・・)
「黙って」
 個人が使える魔法は、その使用者の性格に大きく影響される。慈悲が強ければ回復魔法を得意とし、攻撃性が高い者はより破壊力のある攻撃魔法等が使える。逆に暴力的な者が治癒を使ったり、平和主義の者が攻撃魔法を使用する場合は極端にその効力が弱くなるか、全く発動しないこともある。
 貴美愛は昔から周りの人が自分をどう思っているか、いわゆる周りの目を気にするタイプだった。他人のことばかり考え、自分の主張を押し殺すことも少なくない。そんな貴美愛だから、現在張っている自分の「アナザー・ディメンション」に、他のディメンションが近付いて来たことを逸早く察知したのだった。
 貴美愛達は学校に忍び込む際、ディメンションを張った。この中だと外からは中の様子を見ることが出来ない。もし学校の当直や警備員が見回りに来ても見付からないようにという配慮で張ったものだ。
(誰でしょうか)
「すぐに分かるわ。解くわよ」
 言葉の後に、貴美愛のディメンションが消えた。と同時に教室の戸が開き、誰かが入って来た。
「・・・・小松さん」
「神無月さん、どうしてここが分かったの?」
「そのノート・・・・」
 ナナは貴美愛が手にしているノートを指差した。ナナがこの教室で授業を受けている間、貴美愛の机に入っていたノートだ。
「・・・・あなた、このノートを見たの?」
「いえ、中までは・・・・表紙だけです」
「それで私がこのノートを取りに来ると?」
「小松さんに関する手掛かりが、他になかったので」
「ふぅん」
 暗い教室の中は、窓空の月明かりだけが唯一の光源だった。ナナと貴美愛、互いの表情はよく見えていない。
(桜川っていうオブザーバーはいないみたいね)
 貴美愛は慎重に辺りの魔力を探った。
「小松さん、復讐が目的で帰って来たのなら、やめて下さい」
「それは出来ないわ」
「あなたが復讐するのは勝手です。でもトランスソウルを使うのは困ります」
「・・・・へぇ」
 貴美愛はナナがてっきり、復讐は空しいものだとか、新たな悲しみを生み出すものだとか説教するのだと思っていたので、その言葉は意外だった。
「復讐はしてもいいけど、マジカルアイテムは使うなってこと?」
「その力は本来、あなたが持っていいものではありません。エミネントとこの世界が交流する上で、魔法の流出は固く禁じられているはずです」
「それがルールだから?」
「そうです。あなたがイジメを受けていて、それに対して復讐するのなら、あなた自身の力で行って下さい」
「それでは、私がわざわざエミネントに行って魔法の修行をし、このマジカルバイブルを手に入れた意味がないわ」
「自信は身に付いたんじゃないですか? やれば出来るって」
「面白いわね、あなた」
 貴美愛はナナを値踏みするように、足の先から頭の上までジロジロと見た。
「やめないと言ったら?」
「捕まえます。小松さんは今でも充分、罪は犯してますけど」
「私に対して罪を犯した者を退治する為に戻って来た。それは悪いこと? 誰も裁いてくれないのなら、私が魔法の力で裁くしかない。もうそれしかないのよ」
「それと、トランスソウルの不法所持及びメビウスロードの不正利用とは別の話です」
「一理あるわね」
 貴美愛は素直に認めた。
「でも、邪魔はさせないわ」
 貴美愛はリベンジノートをリュックの中に入れると、マジカルバイブルを開いた。それを見て、ナナもロザリオから十字架を取り外すと、マジカルクルスへと変化させた。
(姫、ここは我々が)
 烈が心話を飛ばして来た。
「神無月奈々美だけなら、何とかなるわ」
(しかし、姫に何かあると我々が夜光様にお叱りを受けます。それより何より、僕は姫が心配だ)
「・・・・」
 貴美愛は夜光の名前を聞き、マジカルバイブルのしおりに掛けていた指を止めた。ナナはそんな貴美愛の様子を注意深く観察していた。
(リュックの中に最低二人いるのは間違いない。あれさえ何とかすれば・・・・)
 ナナの「ジャスティ・ホーリーライト」は対象の魔力を抜き取ってしまう技である。リュックの中身はエミネントだから、リュックに対して浄化を行えば、三人一度にリムーヴを行うことが出来るはずだ。
 だが危惧する点がある。ナナとリュックの中身の人物との所持魔力量に大きな開きがあった場合、リムーヴは失敗する。自分の魔力と比べ、大き過ぎる魔力には魔法は効かないのだ。
(人数を考えると、まず間違いなくあたしの魔力では太刀打ち出来ない・・・・)
 以前、この世界でジャスティ・ホーリーライトの連続使用を行ったが、三回が限度だった。確実に成功させるには、リュックの中身を引きずり出し、一人一人のリムーヴを行うしかない。
「姫、ここは僕が」
 その言葉と同時に、烈がリュックから飛び出した。烈は筋肉質の兇とは違い、痩せ型で「ひょろり」としたタイプだ。どう見てもアウトドア派ではなく、顔立ちからは利発的な印象を受ける。
「ここは僕が」というセリフから、ナナは相手が一人で戦うつもりであることを知り、自分の思い通りの展開になったと思った。一対一なら、ジャスティ・ホーリーライトを使用することが可能だ。
「姫、下がっていて下さい」
「ええ」
 貴美愛は烈の言葉通り、マジカルバイブルを閉じて後方に下がった。烈はポケットから何やら小さい物を取り出したが、暗くてナナにはそれが何であるのかは分からない。ただポケットに入るのだから、そう大きな物ではないだろう。
「暗いですね」
「・・・・?」
「明るくしましょうか」
 いきなり烈の両手から炎が吹き出た。ナナはとっさに後ろに飛び退くと、マジカルクルスを構えた。烈の両手からは、まるでガスバーナーのようにそれぞれ火柱が上がっている。
「これが僕のトランスソウル『マジカルライター』です。あぁ、ちなみに僕は煙草は吸いませんよ、未成年ですからね」
 烈は左右それぞれの手にライターを手にしていた。マジカルライターとは、二個で一対なのだろうか。
「これはただの火ではありません」
 烈は火柱の方向を変えると、教室のカーテンに火が燃え移った。
「な、何を!?」
 ナナが叫ぶ前で、みるみるカーテンが燃えてゆく。あっと言う間にカーテンが黒い消し炭と化した。火の回りが速いのは、はやり魔力によって出来た火だからだろう。
「・・・・?」
 ナナは不思議なことに気付いた。あっと言う間に燃え尽きたカーテンだったが、その隣のカーテンは全く燃えていない。あれだけの火の勢いだ、燃え移っても不思議ではない。いや、燃え移らない方が不自然だ。
「このライターが生み出す火は、目標物のみを焼き尽くす火です」
「目標物のみ・・・・」
「つまり他に燃え広がって迷惑を掛けることがない、とても優しい炎なのです」
 炎がナナに向かって伸びた。ナナはマジカルクルスに張ったマジカルバリアでその炎を受け流そうとした。だが・・・・。
「!」
 表面に張ったマジカルバリアが燃え上がり、消え去った。
(バリアまで燃やす炎・・・・!)
 だがマジカルクルスは燃えていない。目標物のみを燃やすということは、例え隣接していても別の固体には燃え移らないということか。
(もしマジカルクルスに火が当たっていたら・・・・)
 マジカルクルスは炎に包まれていただろう、そう思うとナナはゾッとした。自分が握っているマジカルクルスが、自分の手を焼くことなく燃え尽きるのだ。もしナナがその炎に触れると、ナナの所持している物、着ている物を残して燃え尽きることになる。
 何もかも燃やすというのなら、やっかいだ。相手の動きを封じるナナの技「サクリファイス・オブ・レギュレーション」も、マジカルロザリオの一部が炎に触れたら燃やされてしまうかもしれない。
 攻撃魔法を持たないナナにとって、相手の動きを封じるサクリファイス、魔力を引き剥がすホーリーライト、剥がした魔力を吸い込むカタルシス・ゲート。この一連のパターン以外に必勝パターンはない。
 ナナの額に汗が滲んだのは、炎の熱のせいだけではない。この世界の住人にウイルス性魔力が取り憑いた場合とは訳が違う。一対一ならと思っていたナナは、考えが甘かったことを痛感した。
「烈、殺しては駄目よ。マジカルアイテムを燃やして、私の邪魔を出来ないようにしてあげて」
「承知しました、姫」
「!」
(マジカルクルスを・・・・燃やす!?)
 ナナはマジカルクルスを隠すように後退した。
(駄目、お母さんが・・・・)
 烈が両手のライターを外側に向けた。左右に炎の翼を拡げたような姿になる。烈はそのままゆっくりとナナに近付いて来た。
「・・・・!」
「さぁ、逃げ場はないよ」
 ナナは徐々に教室の隅へと追い込まれつつあった。烈はこの状況を楽しんでいるのか、足の運びがかなりゆっくりとしていた。
「炎はいい・・・・全てを無にしてくれる」
 炎の明かりに照らされた烈の顔は、ライターを出す前の表情とは明らかに違っていた。炎を見ると性格が変わるタイプとしか思えない。
「君はリムーバー志望だったね」
 ナナは答えなかったが、烈は構わずに続けた。
「リムーバーは僕らが憎むべき相手だ。姫の御意思だから君を燃やすのはよそう。君はそのトランスソウルがないとリムーヴを行えないんだろう?」
 後退するナナの背中に、掃除用具の入ったロッカーの角が当たった。
「いいなぁ、その恐怖に歪む顔。あぁ、もっと見たいよ・・・・」
 ナナの眼前に炎が迫る。
「やあああああああああっ!」
 何が起こったのか、すぐには理解出来なかった。
 突然目の前に何かが現れ、炎を遮った。
 次々と燃え上がる机、椅子、そして壁、天井。
「ぐはあっ!」
 烈の叫ぶ声が聞こえた。
「まだまだね、烈」
 貴美愛の言葉が、教室のあちこちが燃える音でかき消される。
(待って・・・・)
 ナナはその場に座り込んだ。
「ナナちゃん!」
 咲紅の声だ。ナナは腕を引っ張られ、立ち上がった。
 炎に包まれた教室。遠ざかる貴美愛の背中に向かって、ナナは弱々しく叫んだ。
「小松さん、いいの!? この教室が燃えちゃって、それでいいの!?」
「・・・・構わないわ。むしろ、せいせいするくらいよ」
 貴美愛は振り返らない。
「忌々しい記憶は、消えてしまえばいい。全て、燃え尽きればいい」
「悲しい記憶はそれでいいかもしれない、でもその他の思い出は!? 楽しかったことや嬉しかったことも、一緒に消えちゃうのよ!」
「ないわ」
「・・・・小松さん」
「ないのよ。そんな思い出なんて」
「ナナちゃん!」
 咲紅が座り込んでいるナナの腕を引き、無理矢理に立たせようとした。
 貴美愛の体は窓の外へと消えた。その後を追って、咲紅の「アブソリュート・ガード」の突撃を受けた烈が立ち上がり、外へと身を躍らせる。肋骨に鈍い痛みがあるのは、ひびでも入っているのだろうか、と烈は唇を噛んだ。
「追うわよ、ナナちゃん!」
 ナナを助ける為に、烈の放った炎とナナとの間に空間転移で飛び込んだ咲紅は、アブソリュート・ガードの表面にマジカルバリアを二重に張って炎を受け止めた。炎はバリアを焼き尽くしたが、烈の本体目掛けて突進してきた咲紅の攻撃により手元が狂い、教室内の机や椅子、床等に火が点いてしまったのだ。
 烈の「マジカルライター」の火は、最初に火の点いた物体のみを燃やすので、火が燃え移る心配はないはずである。なので教室内を燃やしている炎はナナや咲紅には燃え移ることはないが、ナナを助ける為に乱入した咲紅は烈の説明を聞いていない。よって咲紅は、周りの火は当然の如く普通の火だと思っていた。
「ナナちゃん!」
 咲紅はナナの腕を引いたが、ナナには自分の力で立ち上がる気配がない。
「咲紅さん、早く小松さん達を追って下さい・・・・」
 弱々しい声が聞こえた。
「あたしのことは、構わずに・・・・」
「何言ってるの! このままだと・・・・!」
 こうしている内にも、周りの炎は自分達に近付いて来ている。咲紅は早くしなければナナの身が危ない、と焦った。
「放って行けるわけないでしょ!」
「嫌なんです、もう足手纏いになるのは!」
「・・・・ナナちゃん!?」
 ナナの手から力が抜ける。ナナはそのままぐったりと床に倒れ込んだ。
「ナナちゃん!」
 咲紅の叫び声が遠くに聞こえ、ナナは気を失った。



5th Revenge に続く



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