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タイトル


 21th Milky 「ナナ、野球観戦します」


 京王電鉄・井の頭線の渋谷駅で降りたナナは、半蔵門線に乗り替えようとして右往左往していた。
 目的地は水道橋なのだが、乗り替えのホームでは路線図が見当たらなかった。時間に余裕があるのでゆっくり確認しても大丈夫だと思っていると、ホームに登る階段の所に路線図を発見した。
(え〜っと、こっちかな)
 ようやく半蔵門線のホームに着いたナナは、乗客の多さに驚いた。
(凄い人)
 渋谷は若者の街であるということを知らないナナは、同年代の子が大半で、しかも化粧をしたり髪を染めたりしているのを見て、異世界に迷い込んだ気分になった。
 電車に乗ると、吊革が持てないほど満員だった。ナナは仕方なく手を伸ばしてドアの横にある手すりを掴んで踏ん張った。
 辺りを見回すと、大半が中・高校生の女の子と思われるが、キラキラしたアイシャドウ、マスカラ、耳だけでなく唇にピアス、背中が丸見えの服と、ナナの想像を絶するファッションがあちこちに存在していた。化粧もしていないし髪も染めていないナナは至ってシンプルだった。アクセサリーとしては一応首にロザリオを付けているが、目立つ存在では決してなかった。
(凄い所に来ちゃったなぁ・・・・)
 少し不安になるナナだった。


 それでも何とか水道橋駅に着いた。時計を見るとまだ十五時だったが、時間に余裕を持っていたのでこれも予定通りである。東京ドームの敷地内にある東京ドームシティを見学しようとナナは横断歩道で信号が青になるのを待っていた。ナナの故郷では車が走っていない為、信号待ちというものはあまり経験がない。
 信号待ちをしていた周りの人が歩き出したので、ナナも釣られて歩き出そうとした。だがふと前を見ると、まだ歩行者用信号は赤だった。ナナが慌てて立ち止まると、後ろから歩いてきた中年男性とぶつかった。
「あ、ごめんなさいっ」
 反射的に謝ったナナだったが、中年男性はそのまま顔も合わさず「気を付けろ」と呟いて真っ直ぐに歩き去った。
 信号が青になり、ナナは改めて横断歩道を渡り始めた。
(赤だったのに・・・・)
 信号を見ずに、周りに流された自分も悪いと思うが、赤だと気付いて立ち止まった自分がぶつかられ、しかも謝らなければならないのはどうも釈然としない。それよりも、赤信号であれだけの人間が横断するという事実がナナには信じられないことだった。
(この世界では、信号無視は犯罪じゃないんだ・・・・)
 非道徳な行為を見て見て振りをする社会。そして、ルールに反したことを何とも思わない社会。ナナの目にはこの街が、そんな世界に映った。
(怖い・・・・)


 蒸し暑い場所で長時間を過ごし、ある意味拷問かとも思える時間を乗り越えた真樹はようやく開場時間を目の前にして安堵の息を吐いた。既に行列は二百人を超えている。
「入場時にカメラチェックを行います」
 撮影・録音・飲食は禁止など、お決まりの注意事項を係員が説明する。分かってるから早く中に入れてくれ、とほとんどの面々が思っていることだろう。だが、それも係員の仕事の内だ。
 開場寸前、行列を無視して通路に入って来た女の子が、真樹の前にいた男と入れ替わった。
「どうぞ、どうぞ」
 女の子は「ありがと〜」と言って列に入った。割り込みなら腹が立つが、男と入れ替わりなら順番が変わるわけでもないのでまぁ許せる行為だろう。
(あいつ、この女の子のためにずっと並んでいたのか?)
 真樹の前にいたから、同じ時間だけ並んでいたことになる。女の子は優雅に後からやって来て「ありがと〜」の一言だ。普段より少し可愛く言えば、女の子に免疫のない男はイチコロだろう。
 だが真樹はその気持ちも分からないではない。オタクには女の子にモテない奴が多いのは否めない事実だ。女の子と知り合う機会が少ない中で、女の子に親切にして印象付けようと思うのも仕方のないことだろう。男の悲しい純情のなせる行為なのだ。
 というわけで、女の子はせいぜいオタクを利用して構わないのである。男もそれでいい気持ちになれるのだから、利害関係は成り立っている。
(報われない奴だな)
 真樹は疲れが滲み出ている男の背中を見送った。
 会場内は携帯電話の電源を切らなければならない。真樹が電源を切ろうと携帯電話を取り出した時、着信を示すバイブレーターが振動した。
(何だ?)
 液晶画面を見ると、公衆電話からの着信だ。最近は携帯電話を利用した悪質な業者が多い為、相手の分からない電話には出ないことにしている真樹だが、公衆電話であれば緊急の連絡である場合がある。母もしくはナナの身に何かあり、その連絡かも知れないので通話ボタンを押した。
「もしもし?」
「真樹? 母さんだけど」
 芳江の声には緊張も危機感もなかったので、ひとまずは安心だ。
「何? そろそろ電源を切らないと駄目なんだけど」
「もう席には着いた?」
「席? いや、まだ・・・・もうすぐだけど」
「あら、ゆっくりね。ナナちゃんはどう? 楽しそう?」
「ナナちゃん? さぁ、楽しいんじゃない?」
「何よ、ちゃんとリードしてあげなさいよ。ナナちゃんは初めての東京ドームなんだから」
「・・・・?」
 話が見えない。
「勝つといいわね。今日の先発投手、誰かしら?」
(先発投手?)
「それじゃ、ナナちゃんとのデート、頑張りなさいよ」
(デート?)
 一方的に通話が切れた。
「・・・・」
 東京ドーム、先発投手、ナナちゃんとデート。
 芳江は真樹がナナと一緒にいると思っている。しかも、東京ドームで野球観戦だ。これは一体、どういうことだろう? 東京ドームでは確か、ジャイアンツ対タイガースの試合がある。
 前方では開場時間を十五分過ぎ、芹江みくるイベントの入場が始まっていた。真樹も持ち物検査を受けて会場に入る。座席があり、前から順番に座っていくと真樹は丁度二列目の左から二番目、宅也の真後ろの席になった。
「緊張するね、マキちゃん」
「そうだね・・・・」
(どういうことだ? ナナちゃんは友達とコンサートへ行ったはず・・・・)
 ナナは一人で行くかもしれないと言っていた。
 真樹のイベントの開始時間、東京ドームへの所要時間を聞いていた。
「真樹さんにとって大事なイベントですからね」
 部屋にあったチケットは二枚。芳江は今日、ナナが東京ドームに行くことを知っていた。
(まさかあのチケットは・・・・)
 母の口振りから考えると、芳江がナナにチケットを渡したのではないだろうか? ナナと、そして自分の分を。
 そう言えば、ナナの様子がおかしかったような気がする。チケットを隠すような素振りがあった。では、何故隠したのか?
 もちろん、自分がみくるイベントに有頂天になっていたのを見たからだ。
(俺に気を遣って、ナナちゃんは一人で?)
 一人で行くことになるかも知れない、ではなく、最初から一人で行くつもりだったのだろう。
「うお〜、何かドキドキしてきたよ〜」
 そんな宅也の言葉は真樹の耳に入ってこない。
(俺がこのイベントを楽しみにしていたから、あの子は言えなかったんだ。一緒に東京ドームに行こうって言えなかったんだ。もし聞いていたら? 俺はどうした?)
 このイベントは芹江みくるファンにとってはプレミアムなイベントだ。人気が急上昇しているみくるがファンサービスで人気拡大を狙う握手会を開催するのはこれから先、永遠にないかもしれない。
 だがエミネントのナナが野球観戦する機会もこの先、ないかもしれないのだ。
 時計を見る。
 チケットは? ナナが余った一枚を持ったままドームに行っていれば真樹は入場出来ない。誰か一緒に行く人を見付けて、一緒に行っているかもしれないし、その可能性も少なくはない。だが一緒に行く者がいなくて家に置いてあるのなら・・・・。確かめたくても、ナナは携帯電話を持っていないので連絡の取りようがない。
(家に帰り、そこから東京ドームに行くと・・・・)
 十九時半には着けるかもしれない。
 あと二十分で、暑苦しい中で四時間待ったイベントが始まる。待ちに待った、みくるのイベントだ。直接話が出来て、握手が出来る。
 会場は入場が全て完了し、開演を待つのみとなっている。何百人というファンが、みくるに会えるのを楽しみにしているのだ。
「・・・・タク」
 真樹は前に座っている宅也の肩を叩いた。
「ん〜?」
「悪い、用事を思い出した」
「あ?」
 真樹は鞄を持ち、隣の人に「すみません」と声を掛けて席を立った。
「マキちゃん、どこ行くの!?」
「用事だって」
「有り得ないよ! マキちゃん、ずっと並んでたじゃないか。今更思い出すなんて、しかももうすぐ始まるんだよ!? みくるちゃんより大事な用事って何だよ!?」
「チケット譲って貰ったのに、ごめん」
「おいっ!」
 周りの視線を受けながら真樹は出口へ向かう。係員に「再入場は出来ませんよ!」と声を掛けられたが「構いません」と返し、足早に会場を出た。
(一緒に野球観戦しようという友達は、同年代では少ないだろう。きっと、あの子は俺に気を遣って一人で東京ドームに行った。ナナちゃんはこっちに来たばかりで、一人で出掛けたことなんてない)
 真樹の足の運びが段々と早くなり、駆け足になった。
(みくるちゃんはこれからもイベントやコンサートで会えるけど、ナナちゃんはこの世界にあと二週間しかいない。みくるちゃんには何百人も待っているファンがいるけど、今のナナちゃんには・・・・)
 真樹は走り出した。
(俺しかいないんだ)


 少し気分が悪くなったナナは、ドームに入る前に済ませようと思っていた夕食を取らずに三塁側の内野スタンドに座っていた。
 初めての野球観戦を楽しみにしていたので、応援バットを買った。読売ジャイアンツのホーム球場である東京ドームなので阪神ファンは少ないかと思っていたが、スタンドはジャイアンツのオレンジとタイガースの黄色でほぼ半分に分かれていた。ナナのいる三塁側はビジターであるタイガースの応援席なので、応援する上では心強かった。
(大きい・・・・)
 初めて入った球場は、ドーム球場なので思っていたよりも閉鎖的な空間ではあったが、やはりその大きさには迫力があった。
 芳江から貰ったチケットは、右側が通路になっている連番の席だった。片方のチケットは部屋に置いて来たので、隣に座る者はいない。ナナは右側に座り、左の席に鞄を置いた。
 周りには色々な人達がいる。お気に入りの選手の背番号や名前の入ったユニフォームを着ていたり、ハッピを着ていたり、トラの耳を付けていたり。小さな子供が小さなユニフォームを着て、応援する気満々の親子も多かった。若い女の子だけのグループも目立つ。野球観戦と言えばオジサンばかりだと思っていたが、これならナナも溶け込めそうだと思った。
 ちなみに今どきの球場、特に甲子園ではおじさんよりおばちゃんが多い気がする。
 試合前の応援合戦を聞いていると、気分が優れなかったナナも段々とワクワクしてきた。バットを両手に構え、プレイボールを待つ。
「ネェちゃん、カレシはまだ来ないんか?」
 突然後ろから声がした。振り返ると、ナナに声を掛けたのはハッピとハチマキを装備した知らないおじさんだった。
「あ、はぁ・・・・」
「こんな可愛い子を待たせるなんて、悪いカレシやなぁ」
 隣のおっちゃんも話に加わる。
「そんな男ほっといて、一緒に応援しよか!」
「ネェちゃん、誰のファンや?」
 馴れ馴れしいとか放っといてくれと思う人もいるかもしれない。だが球場で同じ球団を応援する人々は、みな仲間なのだ。
 ジャイアンツの先発投手が第一球を投げ、試合が始まった。


「あった・・・・」
 真樹はナナの部屋に入り、机の上に置かれたノートパソコンの下敷きになっているチケットを見付けた。
(東京ドーム、巨人×阪神、三塁側内野スタンド・・・・)
 既に十八時を大きく回っており、とっくに試合が始まっている時間だ。真樹はチケットを財布に入れ、駅に向かった。
 言ってくれよ。
 気を遣わずに、俺に言ってくれたら良かったのに。
 俺も悪かったのか?
 握手会のチケットにあんなに有頂天になっていて・・・・。
(くそ、恥ずかしい)
 ナナに、いい歳をして恰好悪いと思われなかっただろうか?
(仕方ないじゃないか、あんなイベントは滅多にないんだ)
 電車に乗った真樹は、どれだけ急いでも到着時刻の変わらない交通機関に気を揉んでいた。夕方なので乗客も多く、余計にイライラ度も増す。
(ナナちゃん・・・・)


 試合はテンポ良く進み、五回を終わって三対0、ジャイアンツがリードしていた。四回まで両軍共に二安打だったが、五回に阪神の先発投手がツーアウトから二塁打を浴び、その後に四球を与え、ジャイアンツが莫大な契約金で獲得した現役大リーガーの助っ人がスリーランホームランをバックスクリーンに叩き込んだ。
 それまでの緊迫した投手戦に緊迫したムードだった三塁側スタンドが「あぁ・・・・」という、一転して意気消沈ムードに変わる。今日のタイガースの打者は相手投手の変化球を引っ掛けて内野ゴロになるケースが多く、連打は期待できそうにない雰囲気だった。
 ナナも周りに押されるように応援していたが、六回の相手の攻撃を向かえて「今日は負けるかも・・・・」という気になっていた。何しろ、三回からはヒットだけでなくランナーすら出ていないのだ。
「あ・・・・」
 六回裏のジャイアンツの攻撃が始まると、周りの人達がめいめいに風船を膨らまし始めた。七回の攻撃前に行われる、阪神ファン恒例の「ジェット風船飛ばし」の用意をしているのだ。ナナも一度やってみたいと思っていたのだが、風船を買って来ていない。仕方なく辺りを観察していると、どんどん膨らんだ風船が視界を覆っていき、グラウンドが見えない状態になりつつあった。
(凄い・・・・今度来たら飛ばしたいな)
 七回のタイガースの攻撃前、色取り取りの風船がドーム内を舞った。華々しい応援も空しく、その回の先頭バッターも三振に終わった。
 夕食を食べていないナナのお腹が鳴った。
(はぁ・・・・)
 周りが騒いでいる時はいいが、静まると自分が一人であることを再認識する。通路のあちこちに散乱している風船の亡骸を見ながら、ナナは今日の出来事をどのようにレポートに書こうかと悩んでいた。
 ルールを守らない人々、それらを咎めない人々。
 ごく当たり前のようにルールを乱す。
 この東京だけなのか、それともこの国が、この世界がそうなのか。
 この世界の人々にとって、ルールとは「守らなくてもいいもの」、それはきっと守らなくても罰を受けることはないからだ。ルールとは本来、誰かに褒められたり罰せられるから守るのではなく、それぞれが持つモラルにより守るものだ。だがナナが見ている限りでは、この世界の人々は個々に「自分のルール」を持っているように思える。
 自分が良ければいい。自分はそれを守らなくてもいいと思う。だから守らない。
 周りの人はどうでもいい、自分だけのルールを守る。だから他人もそれぞれの価値観で行動すればいい。それがこの世界のルール。
 それは厳しい法律でルールを統一された世界で育ったナナには理解できないことだった。個々がルールを作れば、世界はバラバラになってゆく。ナナは「統一化された世界」は「個性を殺す」ことになるという危惧を僅かながら抱いていたが、個性と自分勝手は違うと思う。
 自分勝手に「人は殺してもいい」というルールを作った人は、人を殺すのか。ナナは毎日のニュースを思い出し、電車内、横断歩道、そしてこのスタジアム、どこで自分が通りがかりに殺されても不思議ではない気がしてきた。
 周りの誰かが懐にナイフを忍ばせている。
(・・・・怖い)
 この世界は怖い。
 自分は一人だ。誰も守ってくれない。
 試合では阪神の四番バッターがワンアウトからフォアボールを選んで出塁していた。だがナナは日常どこにでもある危険に恐怖を感じ、それどころではなかった。
(来なきゃ良かった、一人は・・・・怖いよ・・・・家に帰りたいよ・・・・)
「顔を上げて」
 俯くナナの肩に、ふいに誰かの手が置かれた。
 怖いことを考えていただけに悲鳴を上げそうになったナナだが、その人物の顔を見て、大袈裟だが幻かと思った。
「真樹・・・・さん?」
「ここ、俺の席だよね」
 真樹は席に置いてある鞄をナナに渡し、左の席に移動させて空いた席に座った。既にユニフォームを模したジャージを着て、首には応援バットをぶら下げている。
「ここまで二安打、三点差か・・・・相手投手は完投の経験があまりないし、そろそろ球威も落ちてくる頃だろうから、まだまだ勝機はあるよ」
「あの、真樹さん、どうしてここに・・・・?」
「見てなよ。状況は確かに不利だけど、こんな時に何とかしてくれるのが今岡というバッターだ」
 カァン。
 打球がレフとスタンドに向かって一直線に飛んでゆく。大歓声の中、それは黄色いメガフォンの波の中へと吸い込まれた。
「やった!」
「ま、真樹さん! ホームラン!?」
「あぁ、一点差だ! これで分からなくなったぞ!」
「やった〜!」
 スタンドの左半分が万歳三唱する中、ナナは真樹の腕にしがみつき、座ったまま飛び跳ねていた。ホームランの余韻が残る中、その回の攻撃はツーランホームランの二点で終わった。
「・・・・」
 攻撃が終わった後も、まだナナは真樹の腕に抱きついたままだった。
「あの、ナナちゃん?」
「良かった・・・・」
「あのさ・・・・」
 真樹の肘にナナの胸が当たっているが、ナナは気にしていないようだった。真樹は腕を不用意に動かせず、不自然な姿勢のまま固まっていた。
「な・・・・何かあったの?」
「・・・・」
 ナナは答えなかった。代わりに後ろにいたおじさんが話し掛けて来た。
「にいちゃん、遅かったなぁ。こんな可愛い彼女、放っといて」
「か、彼女?」
「淋しそうやったでぇ」
(・・・・そうか)
 淋しかったんだな。
「ごめん・・・・」
 真樹の声は、ホームランを打った選手へのコールに消され、ナナの耳にも届かなかった。
 次の回からナナは真樹と一緒にバットを振って声援を送ったが、残る八回、九回の攻撃は相手の抑え投手の好投で零点に終わり、結局一点差で試合を落とした。
 勝てば盛大なる六甲おろしの大合唱が響き渡るのだが、ジャイアンツの四番バッターがヒーローインタビューを受けている中、阪神ファンは集団でとぼとぼと帰路につく。試合終了と同時に何万という人間が席を立ったので、通路が一杯でなかなかスタンドの外に出ることが出来なかった。ナナは真樹とはぐれそうになったので、慌てて真樹の腕にしがみ付いた。四方から押され、ナナの体が真樹の腕にグイグイ押し付けられる。真樹は自分の手の平や指がナナの体に当たってはいけないと思い、手を固く握り締め、必死に手首を自分の方へ曲げていた。
「ま、真樹さん・・・・」
 人並みに押されて離れ離れになりそうになったのだろう、ナナが真樹の手を握ってきた。真樹も拳を解き、互いに少し汗ばんだ手の平がしっかりと繋がれた。
 真樹は思った。
 みくるより、ナナの握手の方がきっと暖かい。
 その上、何百分の一じゃない、自分だけの握手だ。




22th Milky に続く



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