• ■就活の心得  中山成樹


     就職活動は自分を磨く 良いチャンスです。就職活動を通じて自分の人間性を高めて下さい。 いろんな人と会いますが,今までは、親や先生など、あなたたちに対して好意的な立場の人たちでしたが、これから会う人たちは社会で闘っている戦士だと覚悟してください。まず、いろんな社会人と会いましょう。会って、社会人、管理職、経営者の考え方を学んで下さい。例えば、大学のOBと会ってその会社にどうやって入ったか,どんな活動をすればいいか、素直に聞いてみて下さい。どんな苦労があるか聞くのもいいでしょう。また、お家の方や、親戚に、そのような立場の人がいれば、その方に聞くなり、お知り合いで就活を指導してもらえる人を紹介してもらってはどうでしょうか。就職を紹介してもらうのは難しいでしょうが、就活の指導だけなら何の責任もないので頼みやすいと思います。そしてどんな人材が求められているか、深く考えてみましょう。下手な鉄砲は数を撃たなければ当たりません。また、撃っているうちに上手になってきます。とにかくすぐに行動をして下さい。

     すこし、私の例をご紹介しましょう。
     私は、中央大法学部の学生のころ、卒業しても、弁護士になるために司法試験の勉強を何年かしようと考えていました。たまたま、大学の出版社が出している雑誌に2ページほど文を頼まれて、書きましたが、それを見た大学のOBで、大手広告代理店の博報堂の社長室長をしていたAさん(40代後半)から電話をいただき、お会いしました。Aさんは仕事がらその雑誌にも時々原稿を書いていたことがあり、それで私の文を見て、会いたくなったそうです。それから社会人の勉強会(論語の会)に誘っていただきました。そのメンバーの中には住友鉱山の元会長をしていたC先生など、普通の学生では会えない方もいました。私も誘われるままに毎月その勉強会に顔を出していました。
     そんな時、一大転機を迎えました。そのAさんが、あるとき電話してきて「何故、お前は就職の相談に私のところに来ないんだ。」と言われたので、てっきり博報堂にいれてもらえるものと思い、「はい、すぐにお伺いします。」と答えると、「ついでだから友達も何人か連れてきなさい。」と言われ、はじめて就活の指導をしてくれるだけだと気がつきました。大学の友人は司法試験の浪人希望が多かったので、高校時代の友人(東大2、早稲田2、慶応1)を連れて行くと、「お前は、たいしたことないが、友達は優秀だな。ということはあなたも優秀なのかも知れないな。」と変なほめられ方をしました。これがその方にほめられた最初で、最後でした。Aさんにはいつも怒られていた気がします。
     まず、ソファに深く座ると、「それではだめだ。浅く座って前かがみになり、全身で相手の話を聞きなさい。メモは必ずとること。」とダメ出しをされました。後で考えるに、ボクシングや柔道の選手が試合をするときの姿勢と同じなのだと思います。
     最後に終わって帰るときにお礼を言って「大変参考になりました。」と言うと「目上の人には、大変勉強になりましたと言いなさい。」とのこと。 その時はえらい細かいことを言うなと思いましたが、今にして思えば、その細かいと思っていたことの積み重ねが、すべてその人の本質を表している大事なことなのです。
     私が足りなかったのは気配りです。その時聞いたアドバイスは、自分がこれまで何をしてきたか、またこれからその会社に入って何をしたいか、志望理由とかを深く考えておけ、といったことだったと思います。

     さて、Aさんから指導を受け、いきなり就活を始めたわけですが、論語の会の皆さんに就職なら住友鉱山の元会長C先生に是非、お願いしろと言われました。えらい先生にそんな下世話なことをお願いしてはと気が進まなかったのですが、周りの社会人の方が強くすすめるものですから、それならとりあえずお願いしてみようと、電話しました。すると、「どこに就職したい?」と聞かれ、司法試験の勉強を続けるつもりでしたので、深く考えたこともなく、とっさに「住友商事です。」と答えてしまいました。
     そのころ商社は給料が高く外国にも行ける花形でした。「私の彼氏は商社マン」という歌があったくらいです。C先生は「住友商事の会長も毎月住友系の会長が集まっているので、よく知っている。紹介してあげられないこともない。中山さんの人柄はよく知っていて、申し分ないが、成績の方はどうですか。もし上位十分の一に入っているなら住友商事の会長を紹介してあげましょう。」と言って下さいました。しかし、私の成績はそんなによくもなく、「せっかく言っていただきましたが、そんなに良くはありません。」というと「そうですか。それでは無理ですね。それよりも少し小さくても伸びているところの方が、入ってからやりがいがあります。そんなところを探しなさい。」とアドバイスしていただきました。
     皆さんは成績が良くても、就職には関係ないと思っていませんか。 しかし、チャンスが来たときにそのチャンスを捕まえることができるのは努力をしてきた人です。常日頃からベストをつくす習慣を身につけましょう。

     私はもともと機転の利く方でないのですが、何度も同じ話をしていると、深く考えますし、応用力もついてきます。人に会って嘘は絶対についてはいけませんが、同じ事も言い方によって全然意味が違ってきます。私はある日の午前中に山一証券の重役面接が、午後からは日興證券の重役面接が入りました。ところが前の晩弟が泊まりに来て話し込み、起きたときには山一証券の重役面接に間に合いそうにありません。すぐに電話して急用で時間を変えて欲しいとお願いすると、日興證券の重役面接と同じ時間なら可能だと言われたのですが、その時間は日興證券と同じ時間なので予定がありますと言うと、向こうにも今回は縁が無かったですねと言われました。さて、日興證券の重役面接では重役に「他の会社の内定状況はどうですか。」と聞かれました。「実は、今日、山一証券さんと重役面接が重なったので、向こうをお断りして、こちらに来ました。」と答えると、重役は「そうかね。そうかね。」と大変上機嫌になりました。
     実情はだいぶ異なりますが、嘘はついていません。これはとても有効な返事です。他を断って自分のところにきた学生を理由もなく採用しない経営者・管理職は少ないと思います。このようにして日興證券に内定しました。C先生やAさんに内定を報告できて、ほっとしました。

     その論語の勉強会を主催していたB(当時日本NCR勤務、現在桜美林大学教授)さんからは、就活の時は、自分の書いたものがあれば、何部か拡大コピーして読みやすくして、その雑誌といっしょに持っていき、雑誌を見せてコピーだけを渡して帰りなさいとアドバイスしてもらいました。
     Bさんはその後、神戸でも社会人大学という社会人の勉強会を作り、私も大阪にいた頃、長くお手伝いしたことがあります。アシックスの創業者の今は亡き鬼塚会長に校長になっていただき、いろんな方のお話を聞くことができました。20人くらいのその社会人の勉強会でポーランドのワレサ元大統領が講演して下さったことがあります。私は、塾の授業で行けませんでしたが、塾のD先生が代わりに聴きに行き、一緒に写真まで撮ってもらいました。ソ連のゴルバチョフ大統領と共に冷戦構造を終わらせたポーランド連帯のワレサ議長です。 高校の世界史の教科書にも2ページに出てきます。

     もし応接室に通されたら座らずに立ってテンションを上げて待っていることをお勧めします。私はイギリス系の銀行、ナットウエストに30歳の時に転職しましたが、その時の上司は面接の前に外から鍵穴を通して応接室内の私の様子をうかがい、立ってテンションを上げて待っている私を見て、その時点で採用を決めたそうです。つまり、面接の前に勝負はついていたことになります。その上司は私より1歳年下でハーバード大卒業の部長でしたが・・・

     私の体験を書きましたが、たくさん失敗しましたし、欠点もたくさんありました。なんとかなったのは、私が素直に上の方の言うことに従ったので、いろんな方が私を助けて下さったからだと感謝しています。たぶん、危なっかしくて見ていられなかったのでしょう。

    気をつけることを思いつくままに書き上げます。


    1,30分前には会社に行って、トイレに行き、自分でシミュレーションをしたり、その会社について調べたものを取り出して確認しましょう。ただし,この時点で誰かに見られているかもしれませんので気をつけて下さい。会社の受付周辺は目立つので気をつけること。逆にチャンスもあるかもしれませんが・・・


    2,自分のことをたくさん話さなければならないと思わずに、相手の反応を見ながら教えを請う気持ちでしてください。うまくゆけば、相手が勝手に自分の意見を言ってくれて、「君の言うように・・・」と学生が言ったと勘違いしてくれることもあります。聞き上手を目指しましょう。ただし、せめて相づちは打つこと。相手の言ったことを自分の言葉で繰り返し,相手に確認するのもいいでしょう。「〜ということですね。」など。


    3, 皆さんは答案を書くときに、@自分が正しいと思うことを書いていますか、それともA相手が言って欲しいと思っていることを書きますか。もちろんAの相手が言って欲しいことを書かなければいけません、面接では、しかも、相手が予想していた以上の答えを言わなければならないこともあります。相手が、今日、あなたに会って良かった、また会いたいと思えばしめたものです。そのためには、自分が相手の立場だったらどうして欲しいか、常にシミュレーションする癖を付けて下さい。


    4,会ったその日のうちにお礼の手紙を書きましょう。ハガキは目下の者や同僚ならかまいませんが、目上の人には封書で書きましょう。字に自信の無い人はパソコンで書いて構いません。eメールより郵便の方が無難な気がします。特に年配の方には。(きれいな記念切手を用意しておきましょう。100均でかまわないので、便せんは和紙で。要は、お金を使わず、気を遣えと言うことです。)できれば大人の方に見てもらい訂正してすぐに出しましょう。また,面談記録をノートに書き、後でこうすれば良かったと反省を箇条書きにしていきましょう。そうすれば、その場でも対応が出来るようになってきます。


    5,最近では、面接官が普段、悩んでいる困っていることを学生に聞くこともあるようです。若い人の意見、外部の価値観を求めて聞いてくるのですが、その時、@「私ならこうします。・・・」と得意になってはいけません。普通はこちらが考えられることなど既に考えているはずです。それでもうまくいかないから、もっといい考えを求めて聞いているのでしょう。その時は、A「こうしないのは何か理由があるのですか。」とたずねて提案して下さい。よければ、「それいいね。」だし、悪ければ、ここが悪いと教えてもらえるでしょう。その時には「さすが経営者(管理職)の方は考えている深さが違いますね。大変勉強になりました。」と答えれば、相手も気分良く面接を終え、こいつを一度使ってみたい、指導してみたいと思うでしょう。ソクラテスではありませんが、無知の知、つまり、「私は何が良い解答かは分からないが、自分の解答が、良い解答でないことは分かっているよ。その分だけ他のやつらより賢いよ」とメッセージを伝えることになるからです。@とAでは自分の提案が良くなかったとき、同じ情報を相手に伝えているのではありません。@はそれで終わりますが、Aは常に改良を加えて最後には良い考えにいたる可能性を持っています。また、言葉だけでなく、実際に自分が知らないことを知っている人は、謙虚になり、伸びます。


    6,卑屈になる必要はありませんが、謙虚になり、えらそうにしないこと。敬語に尊敬語と謙譲語がありますが、心がけとして、自分を落として、相手を持ち上げる必要はありませんが、ただひたすら相手をほめて持ち上げて下さい。謙譲語より尊敬語を多用するようにしましょう。


    7,兄弟仲や両親との関係を聞かれたら、ここだけは、嘘をついてでも、必ず良いと言って下さい。例えば、「兄弟の仲は良いです。親に言わせると、小さい頃から、悪いことをするときは、特に仲が良いそうです。」とか答えて下さい。私は結婚相手を選ぶ時、 両親の仲の良い人を選びなさいとアドバイスを受けたことがあります。家内にも結婚する前に確認しました。


    8,もしさらにつっこんで、「二人でどんな悪いことをしましたか。」と聞かれたら、「今、思い出せないので、たいしたことではなかったと思います。」と言いたくないことや、曖昧なことを聞かれた時のはぐらかし方もいろいろ研究して下さい。本当に困ったときは、「すみません。嘘をつきそうになったので、黙秘権を使わせてください。」と笑顔で答えましょう。笑顔は最大の武器です。


    9,会話はキャッチボールです。聞かれたとき、Yes・Noだけでなく、何か情報を付け加えて、相手に投げ返して下さい。また、話す時は、ゆっくりと相手の反応を見ながら、滑舌よく(口をはっきり開けて)、大きい声で話すように心がけましょう。もちろん、笑顔で。


    10,何事も成功するには、成功する理由があります。また、失敗するには失敗する理由があります。その都度、その理由を考える癖を付けて下さい。
    例えば、浪人したり、落第したりした人は、それだけ、一年働く期間が短くなり、不利です。それだけでなく、失敗をしたということは、また同じ失敗をする傾向があると言うことです。しかし、その原因を考え、それを防ぐ努力を怠らなければ、その失敗のお陰で、これからは同じような失敗をしないということになり、プラスの評価になる可能性もあります。マイナスのままで終わるか、プラスにするかはあなた次第です。あなたなりに、何が原因でどうすれば良かったか、また普段何に気をつけていなければならないか、答えを書き出して深く掘り下げて考えてみて下さい。 さらに失敗を通じ、失敗した人や弱者の気持ち・痛みが理解できるようになればその失敗は、あなたの宝に変わるでしょう。


    11,新聞は日経新聞(日本経済新聞)が良いでしょう。ただし毎日読むのは大変なので週刊誌だと思って2〜3日かけて線を引きながら読んでください。(三色ボールペンがお勧め。また字の左に線を引く方が読みながら引けるので便利です。試してみてください。)隅々まで読みましょう。読みながら、これから世界はどんな風に変わっていくのか想像してみてください。そうしないと退屈な作業になります。


    12,服装はリクルートスーツに靴下も同系色のもの(男は特に白い靴下はダメ)、黒の革靴、黒のベルト、ネクタイはトラッド(伝統的なもの)がいいでしょう。カッターシャツやブラウスは白です。
    携帯は人に会う前に電源を切って下さい。


    13,自分のことを「俺」とは言わないこと。目上の人や、人前で話すときは男女を問わず、「私(わたし)」です。男の場合は「僕」はギリギリセーフかもしれません。私は目上の人や人前で話す時と普通に友達としゃべる時を使い分ける自信がなかったので、全部「僕」を使っていました。普段からよく考えて、人前で話しても大丈夫な言葉を選んで使いましょう。「おとん・おかん」は、論外ですが、「お父さん・お母さん」もダメです。「父・母」です。


    14,自分がしゃべらない時は、利き手を反対の手で握るようにするとそわそわしません。
    逆に自分が話すときは身振り手振りを交え、身体全体で相手に情熱を伝えるようにしましょう。このメリハリが大切です。


    15,最後に、話題がなくて本当に困った時は、「お仕事で何が一番大変ですか。」と尋ねて下さい。せっかく会っていただいたのですから、愚痴の一つも聞いてあげましょう。
    前に書いた論語の勉強会の住友鉱山の元会長のC先生は、浄土真宗の祖、親鸞に造詣が深かったのですが、勉強会の主催者のBさんが、C先生に「情の人と言われた親鸞を大好きな先生が、鉱山の閉鎖で人員整理をなさった時は大変だったでしょう。」と聞かれた時、「よくぞ、Bさん聞いてくれた。」と大変お喜びになったのを覚えています。
    (人の心を動かすのは、知・情・意(知性・感情・意志)といいますが、親鸞は情の人、日蓮は意の人と言われています。)


     以上、思いつくままに就活について書いてきましたが、良いと思うことはすべてやって下さい。後で後悔するのは、やって失敗したことよりもやらずに失敗したことです。ビジネスの世界では一番悪いのは、何もしないことです。
     その後、私は日興證券、メリルリンチ証券(アメリカ系証券会社、当時世界最大規模の証券会社)、ナットウェスト銀行(イギリス系、現在、ロイヤルバンク)を経て,実家にもどり、学習塾を始めました。今回は登場しませんでしたが、メリルリンチでは長い間、いろいろな体験をさせていただきました。自分が伸びているときには、今日の自分と明日の自分が違っていると、一日で実感できるほど成長していました。長くなるので、また、機会があれば、次にご紹介しましょう。

    皆さんの就職がうまくいくことを祈ります。