奈 良 絵 本 

   「桃山期の華麗な絵本に誘われる」

  

有限会社 中尾松泉堂書店 代表取締役 中 尾 堅 一 郎   


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 マルコ・ポーロの「東方見聞録」にはジパングは文化的で物資に恵まれ、黄金は無尽蔵にあり、薔薇色と白色の真珠を多量に産し、何処にも属せず独立した国であると紹介されている。室町末期になって日本に漸く辿り着いた西欧の宣教師達は、足利義満建立の金閣寺、内部が金箔装の七重天守閣を持つ織田信長の安土城、豊臣秀吉の建立した大坂城の黄金の茶室と茶碗、金泥金箔で飾られた桃山百双屏風等を見て、黄金の国に目を見張った事であろう。戦国時代から安土桃山時代にかけては足利幕府の衰退に端を発し、群雄達が挙って天下統一への夢を馳せた時代であった。武将達の都への憧憬と権力の集中による富の蓄積とが相まって、豪放で雄大な様式を持つ美術工芸が造られて愛され、桃山文化という絢爛たる大輪の華が開花されたのである。

 一般に「奈良絵本」と呼ばれる絵入古写本は、まさにその時代の中で生み出された。王朝文化の名残りである古絵巻物を継承しながら、冊子形態の「本」の装丁に変え、挿絵の画を接続する技法が為された。それも大型本(縦30X横22)の堂々とした書物であり、表紙は紺紙金泥絵や金襴緞子で飾られ、見返しは金銀箔を豊富に使って、挿絵は鮮やかな色彩の岩絵具と金箔で描かれるという極めて華麗なものである。また、挿絵の画風は従来の伝統的な絵筋から逸脱した、素朴で趣の深い独創的なものである。題材には庶民的な御伽草子・物語・謡曲などが好んで用いられ、説教、教訓、軍記、物語に纏わる内容の人間味にも魅惑を感じる処である。在原業平の歌物語である「伊勢物語」(足利時代筆 四冊)には挿絵が二百八葉もあり、既製の絵巻物から如何に本仕立に組立てるかという苦心の跡が伺えて、挿絵本の形態の源流というべき書物であろう。

 これらの古絵本類はまず海外において高く評価された。西欧には古くから聖書や物語のヴェラム(羊皮紙)写本に極彩色の挿絵を施した書物があり、非常に珍重されていたが故に、日本の華麗なイルミネィテッド・マニュスクリプトにも興味を持ったのであろう。ニューヨーク・パブリック・ライブラリーには、1912年に豪華客船タイタニック号で遭難した事でも知られる実業家ウイリヤム・A・スペンサーが蒐集した絵巻と奈良絵本が五十五点もあり、アイルランド、ダブリンのチェスター・ビーティ・ライブラリーには八十点もある。大英博物館には三十余点、フランスには、パリ国立図書館、ギメ美術館等々世界各国で多数所蔵されている。海外へ仕事に出る度に各国の博物館、美術館、図書館を必ず見学して、これらの古絵本類を訪ね歩いている。既に四十数ヶ国を巡ったが、安土、桃山時代の古絵本は少なく、未だ未知数のものも多い。

 マルコ・ポーロの時代から七百年経った現代のジパングは、世界中から経済大国として黄金よりも現金の国であるかの様に見られがちである。しかし海外を旅しながら、世界の人々から評価され、愛されている日本の古典籍に出会う事は如何にも心強い。安土桃山期前後の豪華な古絵本は、世界に誇る日本の書籍として敬愛したいものである。   


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