「ディジタル貴重書展」


[国立国会図書館]  


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 開館五十周年の記念展として、国立国会図書館が六月九日から十二日間、「開館五十周年記念貴重書展」を開催した。重要文化財をはじめとする和漢洋の貴重書・準貴重書百点を館内展示したのであるが、その期間に併せて、その出展された百点全品を、電子図書館事業の一端としてインターネット上に公開した。題して「ディジタル貴重書展」。

 博物館、美術館、図書館等が、所蔵品の一部をインターネット上に展示公開することは、海外では早くから行われており、近頃では国内でもよく見かける。しかし、百点もの和漢洋の貴重書展示をネット上に載せるというこの試みは、国内サイトでは前例が無く、まさに画期的な事である。

 「ディジタル貴重書展」のタイトルページに入ると、そこには「案内」・「出展目録」・「特別展示」の各セクションへの入口が用意されている。「案内」はオリエンテーションのページである。閲覧者は、ここに示される展示全体の構成、展示内の標識の見方、記述の凡例等を理解すれば、自在にこの巨大なヴァーチャル展示室を往来できるようになる。

 「出展目録」。この展示目録は、単なる表題の羅列にとどまらず、大まかな分野別に分類され、そこに附されている解説文によって、興味ある分野への展示へと導かれる。そして各章に掲載された書籍名をクリックする事で、見たい書物の「展示」ページにジャンプするのである。

 検索システムも充実している。「索引」には、書名、人名、件名の3つの索引ページがあり、「年表」ページでは、書物の成立年代順から検索できる。更に「地図」ページでは、日本、畿内、世界、欧州の4つの地図上の国や都市に関わる書物を検索できる。これらの検索ページから「展示」ページには双方向に移動できる。

 「展示」ページは一点一点独立している。それぞれのページのスタイルは統一されており、展示品の写真、書誌、詳細な解題、国会図書館の請求記号が掲載されている。さらに精密な閲覧の為に、「標準画像」(800x600,78kb)・「大型画像」(1280x960,128kb)ページで拡大して見る事が可能となっている。転送画像としては重く、表示にはいくらか時間がかかるが、画像は流石に美しく、「ガラスに顔をくっつけて見たい」閲覧者の欲求を充たす配慮である。しかし、その為に「展示」ページは優に三百ページを超える事になる。まさに巨大な展示室である。

 「出展目録」に沿って順に「展示」を閲覧する。「出展目録」は「和漢書の部」と「洋書の部」とに分割されている。「和漢書の部」は更に三章に細分されている。

 第一章「書物の歴史を辿って」と題される章では、「奈良から江戸時代まで、各時代を代表する書誌学上の重要資料であると共に、美術的名品でもある書物の数々をとりあげながら、その歴史を辿っている」と記されている。「古写経と古刊経」には、光明皇后御願経である天平十二年筆の「集一切福徳三昧経」に始まり、「百万塔陀羅尼」、法隆寺伝来「大慈恩寺三蔵法師伝」、「足利尊氏願経」、春日版「成唯識論」等、九点が展示されている。「中国と朝鮮の書物」では、中国や朝鮮から舶載され渡来した書物のうち、我が国においてのみ伝存する北宋版「姓解」(重文)をはじめ、南宋思渓版大蔵経の内の「大唐西域記」、元版「新増説文韻府群玉」、明版「程氏墨苑」、「永楽大典」、李朝銅活字本「纂図互註周礼」等を見る事ができる。「古写本」には、平安末頃の書写とされる唐代の地誌「天台山記」(重文)、現存最古の刀剣書「銘尽」(重文)、室町中期の辞書「雑字類書」、南北朝時代の記録「師守記」、室町時代の醍醐寺座主自筆「満済准后日記」(重文)を展示。「古刊本」は、「新刊五百家註音辯唐柳先生文集」「仏果圜悟禅師碧巌録」等の五山版、大内版「蔵乗法数」、堺版「論語集解」、阿佐井野版「新編名方類証医書大全」等の九点。「古活字版」として、キリシタン版「ドチリーナ・キリシタン」(東洋文庫蔵・重文)や、慶長勅版「古文孝経」、伏見版「標題句解孔子家語」、駿河版「群書治要」、嵯峨本「伊勢物語」など十一点がある。「絵本・絵巻など」では、「おどりの図」、御伽草子の奈良絵巻「大ゑつ」の絵巻物二点、鈴木春信「青楼美人合」、鳥居清長「彩色美津朝」、喜多川歌麿「潮干のつと」など絵本五点、加えて、司馬江漢作「三囲景」、歌川広重の浮世絵「江戸近郊八景之内」全揃を展示。

 「和漢書の部」第二章は「名家の筆跡」で、細川忠興夫人書状などの筆跡から、曲亭馬琴の自筆稿本など、書簡、書入本等十三点を紹介している。

 第三章「大日本沿海輿地全図」では、今回展示の目玉である伊能忠敬の大図「大日本沿海輿地全図」の展示がある。

 「洋書の部」も三章に分けられている。第一章「書物の意匠」では、「獣皮に手で書かれていた中世の写本が、やがて初期の活版印刷技術によって作られたインキュナブラへと移行し、さらに技術的にも意匠的にもより洗練された造本へと変化していく過程」を、一四七五年イタリア刊の「ラテン語聖書」、グリフィウスによる小型本「ペルシウス諷刺詩」、ロンドンケルムスコットブレスの最高傑作とである美装本「チョーサー著作集」イギリス国王ジェームス一世の命による「欽定訳聖書」等、出版・印刷史を知る上で手がかりとなる十点の資料で紹介。 

 第二章「西洋人の日本発見」では、「天正遣欧使節グレゴリウス十三世謁見記」、ケンペル「日本誌」、オヤングレン「日本文典」など、東洋関係資料や西欧に日本を紹介した文献などを展示。

 第三章「科学革命の浸透」では、ニュートン「自然哲学の数学的原理」などの科学史上の資料が四点、鳥類学者グールドによる、博物学書の図版中最高傑作といわれる鳥類石版手彩色図入の「オーストラリア鳥類概説」、自筆水彩図版の為、世界に二十部しかないローゼンバーグ「アマリリスの花」など、動植物誌五点を紹介している。

 これらの錚々たる百点の通常展示に加えて「特別展示」のセクションがある。ここでは、「展示」品の中から十点を選りすぐって、それぞれの資料形態別に、ヴァーチャル展示の利点を遺憾なく発揮した新たなる手法でアプローチしている。

 「青楼美人合」、「彩色美津朝」等の絵本は、全頁を一頁ずつ開いて見る事が出来る様になっている。「大ゑつ」はショックウェーブという動画ソフトを使って、絵巻物を恰も巻いてゆく様に、端から端まで見る事ができる。「満済准后日記」はそれを更に発展させ、開けた巻物の一点をポイントする事で、巻物の表面と紙背とを同一画面に表示、対照できる様にしてある。

 中でも圧巻なのが伊能忠敬「大日本沿海輿地全図」の「結合図」である。これは、一辺1〜2mに及ぶ伊能大図の関東近傍図四十三枚全てを、コンピュータ画面の中で繋ぎ合わせた画像である。現実には全図の結合は、体育館でも用意しないと不可能であろう。これこそヴァーチャルの本領発揮というべきものである。

 「貴重書」はその性格上、本を傷めない様にする事が重要視される為、展示には様々な問題が付き纏う。展示期間や、開催場所さえも限定される物も多い。また、警備、保険等の問題も考慮しなければならない。故に、一般の人々が貴重書に接する機会は、どうしても限られたものになってしまうのである。インターネット上ではどうであろうか。端末がセットされ、電話回線さえあれば、二十四時間、世界のどんな場所からも目指すページに辿り着く。それがインターネットの利点である。しかし、インターネットによって介される情報には限りがあることも事実である。確かに現物の持つ迫力は計り知れないものがある。質感や量感、そのものの持つ雰囲気などは、画面ではなかなか伝わっては来ない。しかし、それで止まっていては、ヴァーチャルの新しい可能性を探る事はできない。

 それでは、インターネット上に展示される貴重書展とはどうあるべきなのか。ひとつの好例をこの「ディジタル貴重書展」は指し示した様に思える。現実の貴重書展と連携し、互いに補完しあう方法を示したこの展示は、現状に於ける「インターネット貴重書展」の限界を考えれば最良のものであったといえる。そして、その中に於いて模索された、即時性、インタラクティブな面を生かした動的な展示方法は、「インターネット貴重書展」が更に次の段階へと発展して行く可能性がある事を提示している。インターネットの持つ特性を駆使して表現・展示方法の新たな局面を見いだしてゆければ、もっと大胆な発想を持つ、もっと素敵なものが生まれてくる事であろう。その意味に於いても、「インターネット貴重書展」の嚆矢となるこの展示の持つ意義は大きいものといえる。

 


        「文庫紹介3」中尾重宏 23/6/1998 [不許転載]