我が愛機CBR600RR

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我が愛機

CBR600RRというバイクについて

この「ホンダCBR600RR」は、2003年にそれまでの「CBR600F4i」に変わってホンダが送り出したロードスポーツモデルである。
そもそもホンダは’86年にフルカバード、インライン4を積むバイクとしてCBR600Fを世に送り出しました。今の目で見ると非常にあっさりした外見をしたこのバイクですが、海外、特にヨーロッパのライダーたちに高い評価を受けました。人間が扱える最大限と考えられる排気量に、400ccクラスの車体をもったスポーツツアラーとして確固たる地位を築くのでした。
ちょうどヨーロッパでは600ccのプロダクションレースが盛んであり、この600Fは最高のベース車として活躍したことは、想像に難くありません。しかし、他のメーカーがこのような状況を黙って見過ごすはずもなく、日本とは遠くはなれたところでは熱いメーカー間の競争があったのです。
そして、競争激化のあおりを受けてホンダは2001年春、「600F4」をベースに更なる走行性能を高めた「600F4i」を発表することになったのです。しかし、更なる競争の激化により、新しいコンセプト=レーサーとしての高性能化が求められたのでした。
そして2003年、それまで「FireBrade(炎の剣)」の愛称で知られる「CBR900RR]に続いての「RR」モデルとして「CBR600RR」が誕生するのです。その姿を見た人々の第一声は「RC211Vそっくり」だったのです。Moto GPとして生まれ変わったロードレースの最高峰を戦うホンダのワークスマシン「RC211V」と瓜二つのスタイリングをまとったロードスポーツが、公道を舞台に新たな活躍を始めたのです。
こちらは本田技研工業のページです。

ふぁーすといんぷれっしょん

初めの感想は「なんちゅうシートの高いバイクじゃ!」でした。足なんて全く付きそうにないくらい腰高なシート。それもそのはず、このバイクは、かの「RC211V]のレプリカなのですから。といっても、性能は全然違いますが…。(あんな性能、街中では危険だ!)また、非常に姿勢が苦しい…。思いっきり前傾姿勢なんだもの。おかげで腰が痛くなってしまいます。これは、多くの600RR乗りが感じているのではないでしょうか?
しかし、走り出してしまえばなんてことはない。すこぶるご機嫌なマシンに大変身。その真骨頂はワインディングにあります。どう考えてもそんなにライディングの上手でない私が操作しているにもかかわらず、曲がる曲がる。そのクイックなステアリングは、本当に感動モノです。知らない間に上手くなったのかと勘違いしてしまうほどです。
ただし、小回りだけはどうにもこうにもダメみたいです。ステアリングをきると、おててがタンクに当たってしまい、バランスを崩してしまう…。SSの宿命ですわな。

まじまじ眺めて

私の600RRは03モデルということで、1年落ちになるのですが、その戦闘的なスタイルは気分を高揚させてくれます。見ているだけで「速いんだろうな」と思わせ、実際に走ると速いという、期待を裏切らない野郎です。国内仕様69psという、輸出仕様からすると物足りない数字も、「使いきれる所あるの?」というぐらい、必要十分な感じがします。もちろん、サーキットを走るのであれば、全然でしょうが…。
まぁ、お金があればリアのショックを「オーリンズ」に変えて、マフラーを、できればフルエキ、最低スリップオンサイレンサーを付けたいなぁ、と思うのですが。それは、財布と相談ですよね。

過去のマシン「CBR400F」について

私の初めてのマシンは、同じくホンダの「CBR400F」というマシンでした。このバイクを購入したのは2002年12月のことでした。某レッドホニャララというバイク屋に立ち寄ったのが運の尽き。話をしている間にとんとん拍子で購入の手はずとなっていました。本当に話が上手なお店です^_^; 我が友人もスズキの「グース」というバイクを売りつけられて(?)いました
さて、自分が自動二輪の免許をとって始めての二輪車であった400Fですが、さすが20年落ちの車。どないもこないも言うことを聞いてくれないところが多々…。(もちろん、乗り手が非常に悪かったということなのですが。)今の目で見ると一昔どころかふた昔も古い空冷4気筒のバイクは、重量が200キロ超もあったのでとり回しが…。
と、ネガティブなことを書きましたが、かのCBX400F譲りのエンジンに『REV』なる可変バルブ、それにエアとのハイブリッドのアンチダイブフロントフォークなどを備えた先進技術車でした。しかしながら、たまたま行ったバイク屋の親父の「あのバイク、(エンジン)回しすぎたらバルブ飛ぶよ」との言葉にビビッて、一度もバルブ切り替えが味わえなかった…。
さて、このCBR400F、これといって乗り回すでもなく、京都に行ったのが唯一の遠出と言えるほど乗らなかったバイクです。(だって2年で100キロしか走ってないモンで…。)最後は、フロントフォークのダストシールの破れ、それにバッテリー上がりの押しがけの重さに負け、下取りにと出されるのでした。♪ドナドナドーナ、ド〜ナ〜
P.S 京都に行ったときにヘッドが球切れで、危うく車にぶつけられそうになりました。

(おまけ)クルマのコーナー

我が愛車、その名は「スバルレガシィGT−B Eチューン(BH5)」という長ったらしい名前である。今は亡きツインターボバージョンのEJ20を積む、5ナンバー幅のお車です。