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桂離宮桂垣と愛宕山

 37年前、義母から「桂離宮には桂垣が有名」と教えてもらった。その後、百回以上拝観した。この2月に義母が90歳の天寿をまっとうした。この近くの実家の方向から雲がなびくさまを描いた。愛宕山を奥に入れた。
 この道路は、通行量が多い割に狭い。道路際にて描いたが、車の通行にひやひやした。また、雨上がりの新緑がきれいだったが、気温が上がらず、ケヤキの大木の影に入り、桂川を通る風も寒かった
 桂垣は、1908年に開花した淡竹が2020年に開花し、枯死してしまった。予定された桂垣改修にあたり淡竹の育成が遅れ、今は一部下地の建仁寺垣となっている。百年に一度の風景と思うと趣もある 
 朝8時から、4時間程で完成、寒い。そのあと、花屋町の大盛チャーシュー麺で温まった

桂の西羽束師川の柿

 この2月に逝去した義母の生家の近傍には大堰の桂川用水を源流とする西羽束師川(ニシハズカシガワ) が流れる
 川を北に見ると柿の木と、手前に蜜柑の木、そして川の上を渡した床の上に作った庭園がある。なお、似たものは浦安境川の風景( https://www.eonet.ne.jp/~n7ohshima/urayasunosuimenn_1.jpg )にもあった。右の水路は分水だが水が先にある可動堰で止められ、上に鉄板が敷かれている。川自体、今は農業用の利水ではなく、豪雨時の治水管理が目的となっているようだ。
 風の強い日だが暖かい秋の陽射しの中7:30か描きはじめ、10時に下書きとインキングが完成、11:30に水彩色鉛筆と透明水彩で仕上げる。風で水入れが倒れたのは始めて。家族を奥にある家屋のヴェランダに描いたのは、亡義母の実家を眺める方向を見ている様子とした。春と秋の「桂の絵」を奉げる

禊川取水口段々の流れと孫

孫シリーズの第一弾
 木屋町川取水口に併設された禊川の取水口は、段々に落ちて先斗町等の床が設えられる禊川の始まりの地点、孫はこの坂道を上がるのが大好き。たまたま、マガモのつがいがやってきて指差す7時半から描き始め、11時に完了、晴れ渡り気分が良かったがだんだん風が強くなってきた。犬の散歩や海外観光客が多く賑わっていた  孫の成長を描いておくのが楽しい、もうすぐ4歳になる

西新道橋の柿と嵐電
孫シリーズの第二弾

 西新道橋は西新道四条下るにある西木屋町川にかかる橋、並行して嵐電が走っている。西木屋町川は桂川から木材を洛中に運んだ、四条大宮には関連する材木問屋が未だに多い
 南に行くと西新道錦会商店街になっており両側からの可動庇がアーケード状になっている、朝は幼稚園や小学生の通学が多い。向こうに見えるのは私設の橋のようだ、なおお寺らしく鐘が釣られている。爽やかな秋の抜けるような空の下、朝の7時半から4時間で描き上げる
 これで京都の柿は20本目になった、次は新しい場所での柿を考えてみたい