フロリレージュ国際合唱コンクール・イン・トゥール
                               2009.5.27〜6.3



 5月27日(水)



           セントレアにて                エタップホテル・トゥール・セントレ             ホテルの部屋

5時過ぎに自宅を車で出発、津なぎさ港第2駐車場に6時半前に到着。車上荒らしに合わないよう中央付近に駐車、マイクロバスで津なぎさ港へ。7時に津なぎさ港を出港、40分ほどでセントレア(中部国際空港)に着く。そこでJR・名鉄等で到着したメンバーと合流する。今回参加するのは総勢36名(指揮者を含めると37名)だが、H山氏は2日前から渡仏しており、現地で合流の予定だ。したがって今日は36名のフライトとなる。新インフルエンザ騒ぎで参加が危ぶまれていたY本先生や高校生のI林君も何とか参加できて本当に良かった。

 AF295/JAL437(共同運行便)で予定通り10:00にセントレアを離陸、12時間35分のフライトだ。とにかく長いので座席備え付けの液晶テレビで映画を見て過ごす。見ていなかった「20世紀少年」「ベンジャミン・バトン数奇な人生」などを見る。食事は2回、昼食はチキンのあんかけご飯、サーモンと温野菜、フルーツゼリー、飲物。機内で健康カード(住所・氏名・ホテル名・10日間の連絡先)の記入を求められる。どうやらフランス政府の指示らしい。出発時に酔い止めを飲んだのに、このころから気分が悪くなり、夕食はほとんど食べられず。夕食はペンネのグラタン、パン、フルーツ、飲物等だ。

 現地時刻15:30にシャルル・ドゴール空港に到着。検疫の書類回収でしばらく飛行機内に足止めされる。スーツケースをピックアップした後、ロビーでこれから6日間通訳としてお世話になるB場さんと対面。B場さんは一橋大学を卒業され、現在は博士号取得のためパリ第四大大学院で哲学の研究を進めておられる方だ。

 17:00に貸切バスで空港を出発し、一路トゥールに向かう。渋滞中のパリ市内を抜けしばらく行くと、広大な田園風景となる。まるで北海道のようだ。途中には風力発電機が林立していた。3時間あまり走ると大きな河川が見えてきた。ロワール川だ。川を渡るとトゥールの美しい街並みに入っていく。トゥールはロワール川とシェール川にはさまれたロワール県の県都で、ルイ11世時代にはフランスの首都でもあった歴史ある美しい街だ。

 20:30にトゥール駅近くのホテルに到着、エタップホテル・トゥール・セントレだ。エタップグループのホテルには悪い思い出がある。以前家族旅行でパリに観光に来た時泊まったのがエタップグループのホテルだったが、ツァーなのにあまりにひどいホテルでツァー客から一斉に文句の声が上がり、ホテルを変えてもらったことがあったのだ。今回も予想通り必要最小限のものしかない部屋で、鉄骨むき出しの2段ベット、バスタブ無しシャワーのみ、冷蔵庫も無し、アメニティは石けんとタオルのみ。これからの生活が思いやられる。せめて隣のメルキュールにしてほしかった。同室はH峯くん。シャワーをあびて22:00に就寝。外はまだ明るい。


 5月28日(木)

      市庁舎            コンクール会場「グラン・テアトル」     サン・ガシアン大聖堂

 6:30起床、時差で熟睡できなかった。7:30より1階の食堂で朝食。ビュッフェ形式だがおかずは無く、パンと飲み物のみ。コーンフレークとヨーグルトはある。パンにチョコレートクリームをぬってみるが、これが異様に甘い。こんな朝食が何日も続くかと思うとうんざりする。

 朝食後少し時間があったので、ホテルの周辺を散策してみた。まず歩いて5分ほどのトゥール駅へ。正面に明かり取りの大きなガラス窓を配した立派な建物で、内部は広大な空間だ。TGV(フランスの新幹線)も発着する。駅からさらに5分ほど歩くと、市庁舎が見えてくる。中央に時計の着いた塔を持つ美しい建物だ。ここからナティオナレ通りをロアール川方向へ進み、途中で右折してしばらく行くと、今回のコンクール会場となるグラン・テアトルの前に出る。歴史を感じさせる壮麗な建物だ。グラン・テアトルを通り過ぎさらに進むと、巨大な聖堂が見えてきた。サン・ガシアン大聖堂だ。パリのノートルダム大聖堂に似たゴシック様式の二つの塔が正面にそびえている。(あいにく正面の外装が工事中だったが。)中にはいると美しいステンドグラスが目に飛び込んでくる。しばらく時を忘れてステンドグラスをながめていた。その後歩いてホテルへ戻る。

 9:30に歩いて今日の練習会場ホテル・チュローヌに向かう。ホテル・チュローヌは市庁舎からナティオナレ通りとは反対方向のグラモント通りを20分くらい行った所にあるホテルで、なかなかしゃれたホテルだ。これくらいの所に泊まりたかったな。ここの会議室で10:00から17:00まで練習の予定だ。

 ここで今回参加する「フロリレージュ国際合唱コンクール」について少し説明しておこう。このコンクールは歴史あるヨーロッパ6大コンクールのうちの一つで、今年で38回目を迎える。四つのカテゴリー別にエントリーすることになっており、カテゴリーTは28〜40人の混声合唱団、カテゴリーUは12〜30人の同声合唱団、カテゴリーVは12〜24人の混声アンサンブル、カテゴリーWは40人以下のフリー部門だ。私たち《EST》はカテゴリーTとカテゴリーWにエントリーしている。それぞれのカテゴリーには予選と決勝があり、カテゴリーTの予選(7〜11分)ではルネサンス・バロックまたは古典派の曲を必ず1曲と1900年以後の作品を必ず1曲入れなければならない。決勝(7〜11分)では19世紀の作品を必ず1曲と1940年以降のフランスの作品を必ず1曲入れなければならないルールになっている。カテゴリーWは予選・決勝(どちらも7〜11分)とも全くのフリープログラムだ。またスペシャル・カテゴリーとしてルネサンス部門大会(9〜14分)も開催され、これには《EST》は少人数のアンサンブルでエントリーしている。この部門はルネサンス時代の曲を3曲以上演奏し、その中にフランスの有名な詩人ロンサール作詞の曲を入れなければならない。これらの演奏を総合的に判断し、グランプリ出場団体が4〜5団体程度選ばれる予定だ。

 さて午前中は決勝の曲目の練習が12:50まで、その後ルネサンス部門に出場する選抜者(スコラーズ+α)の練習の間に他のメンバーはお昼を済ませるというハードスケジュールだ。13:30からは予選とグランプリの練習が17:00まで続いた。練習後、受付と会場下見のため全員で歩いてグラン・テアトルに向かう。受付事務の間にホールの内部を見せてもらえるよう頼むが、見せてもらえず。ホールへ上がる重々しい石の階段が印象的だ。近くのルネサンス部門が行われるプロテスタント教会も見に行くが、鍵がかかっていた。

 全体はここで解散となり、私はmasaokunたちとサン・ガシアン大聖堂へ。入り口には朝いなかった丸顔のおじさんが皿を持って立ち、寄付を求めている。(たぶん大聖堂とは関係のない人だと思われる。)内部のステンドグラスの美しさに目を奪われる中、誰かがここで歌ってみたいと言いだした。幸い?教会関係者は誰もいないようなので、パレストリーナのValde honorandus est を歌ってみた。高い天井に反響して荘厳な響きだ。調子に乗ってバードのCibavit eos も歌った。演奏が終わると観光客から大きな拍手が起こった。その後市庁舎前まで戻り、ブラッスリー・リュニヴェールで夕食。メニューが読めないので、ピザと野菜サラダを頼む。野菜が食べたくて頼んだのにサラダの半分以上はハムとチーズだった。21:00ホテル帰着、23:00就寝。


 5月29日(金)
  
    ホテル・リュニヴェールの内部        コンクール会場「エスパス・マルロー」        大学レストランでの夕食

 6:30 起床、7:00 朝食。今日はいよいよカテゴリーT・Wの予選が行われる日だ。8:30 に練習会場へ出発、今日からは市庁舎前のホテル・リュニヴェールで練習だ。このホテルはトゥールで最も伝統のあるホテルで、ロビーの壁にはこのホテルに泊まった世界の著名人のフレスコ画が飾られている。一泊200ユーロ以上するらしい。9:00から15:30まで練習の予定だ。午前中は12:20 までグランプリの練習、masaokun の練習も熱気を帯びてきている。昼食は途中のスーパーで買い込んだサンドイッチで済ます。昼食の間にも選抜者の練習は続く。午後は13:20 から今日の予選の練習だ。外からはヨーロッパ・グランプリに参加する杉並学院の歌声が聞こえている。(ヨーロッパ・グランプリとは、前年度の6大コンクールの1位ばかりを集めたコンクール。今年はトゥールで開催される。杉並学院はこのホテルに宿泊しているのだ。高校生でこのホテルとは・・・)練習の終わり頃に現地のボランティア・ガイドをつとめる二人の女の子がやって来た。地元の商業高校生モナとサラだ。モナは19才サラは17才で、学校の接客体験プログラムの一環としてボランティアをするという。日本語はダメだが英語はできるようだ。

 16:00 にグラン・テアトル近くの大学へ移動して待機、17:00にバスでカテゴリーWの予選が行われるトゥール郊外のホール「エスパス・マルロー」へ。更衣・声出し後出番を待つ。客席の外で出番を待っていると急に客席へ案内され、客席を通ってステージに上がれと指示される。もう本番かと思うとそうではなく、ステージを通らないと舞台袖へ行けない構造になっているらしい。舞台裏で前団体の演奏を聴く。このコンクールは基本的に他団体の演奏が一切聴けないシステムになっている。聴きたければ窓口に並んで切符を買わなければならないのだ。だから聴けるのは舞台裏での前団体の演奏のみ。重厚なハーモニーが会場に響いている。うまい!ホールの響きもまずまずのようだ。18:20 いよいよ《EST》の本番。曲目は鈴木輝昭の「詞華抄T」とE.カモレットのCanticum Simeonis の2曲だ。ホールの大きさは三重県文化会館の中ホールくらいだろうか。観客は少なく空席が目立つのが少し残念。トゥール初のステージとしてはまずまずのできだったと思う。演奏後客席から「ブラボー!」の声がかかり、ロビーに出ると、「すばらしかった」と声をかけてくれる人にであった。

 ホール前で記念撮影後、バスでグラン・テアトル近くの大学の教室に戻り待機。20:00 にグラン・テアトルの舞台袖へ移動する。次はカテゴリーTの予選本番だ。舞台裏で前団体の演奏を聴く。ドイツ・ワイマールのリスト音楽院合唱団だ。ドビュッシーの「オルレアンの詩による三つ歌」が軽快に響く。実力のある合唱団である。20:20 いよいよ私たちの番だ。曲目はパレストリーナのValde honorandus est 、三善晃の「嫁ぐ娘に」より5.かどで、E.ウィテカーのhope, faith, life, love・・・・ の三曲。会場はエスパス・マルローとちがって満席だ。しかし声を出してみてびっくり、全く響かないのだ。周りの声もほとんど聞こえない。歌いにくいことこの上なし。響かないホールとは聞いていたがこれほどとは。演奏のできはまあまあだが、hope のハーモニーが少し乱れたか。2階席の審査員にはどう聞こえたのだろう。

 大学にもどって更衣し、夕食会場へ歩いて向かう。今日からは実行委員会が食事を提供してくれるのだ。ロワール川沿いにあるフランシス・ラベレー大学のレストランが会場だ。歩いて30分はかかったろうか。途中旧市街を通り抜けていく。有名なブリュムロー広場は観光客や学生であふれていた。さて夕食はセルフサーヒスで正に学食といった感じだ。パンと前菜を一つ、主菜を一つ、デザートを一つ選択できる。主菜はビーフの煮込みか白身魚のクリーム煮のどちらかで、付け合わせはライスと人参のソテー。ようやくまともな食事にありついた気がする。ビールを飲みたいところだが、明日も本番なのでやめておく。食事中に通訳のB場さんの携帯が鳴り、本部から2部門とも予選を通過したとの連絡が入った。思わず食事会場に歓声が上がった。食事後歩き組とタクシー組に分かれてホテルへ帰る。途中ライトアップされたサン・ジュリアン教会が美しかった。24:00 就寝。


 5月30日(土)
 
   プロテスタント教会でのルネサンス部門        グラン・テアトルでの決勝              グラン・テアトルの内部

 6:30 起床、7:00朝食、朝食は相変わらず。今日は期間中最もハードな1日になりそうだ。というのもルネサンス部門の本番とカテゴリーTの決勝・カテゴリーWの決勝と、本番が1日に三つもあるからだ。朝食後さっそくホテル・リュニヴェールへ移動して9:00 から10:30まで練習する。まずカテゴリーTの曲を練習。時間が短い中なかなか練習がはかどらず、指揮者もいらいらしている。ルネサンスの練習は充分できないまま時間が来てしまった。更衣後歩いて会場のプロテスタント教会へ移動。教会は100人ほどしか入れないこぢんまりとしたつくりで、プロテスタント派らしく質素な内装だ。観客は満席の状態で、団員の中には入場できない者も出た。11:00 開演、参加は2団体で最初は《EST》だ。私は何とか会場に潜り込んで、演奏を録音することができた。曲目はまず12人でデ・プレのミサ・パンジェ・リンガからGloria 、パレストリーナのValde honorandus est 、8人でラッススのBonjour mon coeur 、最後に12人でバードのCibavit eos の4曲だ。教会だけによく響く。曲が進むにつれてアンサンブルが安定していく。Bonjour が最もいいできだったのではないか。途中で外から次の団体の声が漏れて聞こえ、係員があわてて注意に走る場面も見られた。

 演奏後は次の団体も聞かず練習のためホテル・リュニヴェールへもどる。昼食は実行委員会が用意してくれているのだが、時間短縮のため途中のスーパーで買い込んで済ました。12:45 から午後の練習を開始、カテゴリーT決勝の3曲を集中して練習するが、満足のいかないまま時間切れとなる。更衣をしてグラン・テアトルに移動し、舞台裏で待機。前団体スペインのランダルバソ・アベスバツァのラインベルガーが美しく聞こえている。14:12いよいよ我々の本番だ。曲目はメンデルスゾーンのHerbstlied 、F.プーランクの「クリスマスのモテット」よりO magnum mysterium 、ロペス・ガビランのEl guayaboso の3曲だ。客席は満席、最初の2曲は何とかうまくいったが、3曲目で大きな事故が・・・。冒頭の男声のリズムの部分が指揮を無視して走ってしまい、明らかに指揮とずれてしまったのだ。何とか持ち直し最後まで歌ったが、何とも後味の悪い演奏になってしまった。

 そのまま練習場に歩いて引き返し、練習を再開する。今の失敗は忘れて気持ちを切り替えたいがどうしても引きずってしまう。詞華抄Uの音がなかなか決まらない。指揮者も必死だ。何とか練習をまとめて、もう一度グラン・テアトルに移動。舞台裏で待機する。カナダのクインテッセンシャル・ボーカルアンサンブルのWater night が聞こえてくる。そして16:12 いよいよカテゴリーWの本番だ。曲目は鈴木輝昭の詞華抄Uとロペス・ガビランのQue rico e の2曲だ。心配していた詞華抄Uの音は今までになくよくきまった。会心のできではないか。1曲目が終わり女性がボタンを外して振り返ると、それだけでどよめきが起こる。2曲目のマンボも振り付けも含めて何とかきまり、演奏後は万雷の拍手となった。(しかしイタリアと比べるとフランス人は反応が少しおとなしめかな。)

 一旦練習場へ戻り、更衣後簡単な打ち合わせ。今夜はグラン・テアトルでヨーロッパ・グランプリが開催されるので、全員で鑑賞に行く予定だ。(すでにチケットは入手済み)杉並学院はOGと合同の「菊華アンサンブル」として参加する。昨年6大コンクールの一つイタリアのゴリツィアのコンクールでグランプリを獲得し、今回のヨーロッパ・グランプリに参加するのだ。D井ちゃんとB場さんが夕食を早くしてもらえるように交渉してくれたので、18:30 から大学レストランで夕食が取れることになった。ホテルへ荷物を置きに帰った後、市庁舎前から路線バスに乗る。今日は土曜日なので、特別割引で4人で2ユーロで乗れるのだ。トゥールの路線バスは2台が蛇腹でつながっている。バス待ちをしている時、B場さんの携帯に実行委員会から連絡が入り、グランプリの出場団体に選ばれたことがみんなに知らされ、歓声が上がった。予定通り18:30 に夕食会場に到着。夕食のメニューは昨日と同じなので、今日は主菜を白身魚に変えてみた。

 歩き組とバス組に分かれてグラン・テアトルに向かう。ヨーロッパ・グランプリに参加するのはフランスのアルテ・エコー(トゥールのチャンピオン)、スロベニアのプリモルスカ大学(ヴァルナのチャンピオン)、スペインのエル・レオン(アレッツォのチャンピオン)、アルゼンチンのメンドーサ大学(デブレツェンのチャンピオン)、ハンガリーのカンテムス室内合唱団(トロサのチャンピオン)、そして菊華アンサンブルの6団体だ。今までは演奏をする側だったが、観客の一人としてホールを見てみると大変美しい建物だ。正面の石造りの階段を上がり2階席左のボックス席に入る。私の席は8番なのに席が七つしかない。しかも固定席ではなく普通の椅子が七つ並べてあるだけだ。2階から見ると4層の客席がきれいに配置されており、天井のシャンデリアも美しい。予定通り20:00 に開演。しかし演奏が始まってみると残響がほとんど無いことに気づく。ほんとうに恐ろしいホールだ。一団体20分くらいの演奏だが、正直最初の2団体の演奏はいまいちだった。今年のフロリレージュの出演団体の方がうまいかもしれないと思ってしまう。3団体目のエル・レオンになって初めてさすがという演奏に出会った。ローリゼンやウィテカーなど選曲もなかなか良い。ここで真ん中の休憩となる。すでに時間は21:30を過ぎている。30分の休憩をはさんであと3団体聴くと24:00 近くになってしまうので、明日のグランプリに備えホテルに帰ることにする。歩いてホテルに戻ってみると同室のH峯くんがキーを持ったまままだ帰っていない。部屋に入れないので、同じ頃帰ってきたT田くんの部屋でしばらく時間をつぶさせてもらう。24:00 就寝。


 5月31日(日)

          市庁舎裏にて                   野外コンサート                市庁舎でのパーティー

 6:30 起床、7:30 朝食。昨日のヨーロッパ・グランプリを最後まで聴いた人も何人かいたようだ。終わったのは23:30 くらいだったらしい。みっちゃんに様子を聞いてみると、後半の3団体が素晴らしかったという。特にカンテムス室内合唱団がとてもうまいと思ったが、菊華もなかなか良かったということだ。アーァ、遅くなっても最後まで聞けば良かった。

 さて今日は最後のグランプリの日だ。昨日ヨーロッパグランプリの前に確かめると、グランプリに残ったのはスペインのランダルバソ・アベスバツァ、同じくスペインのヴォカリア・タルデア、ドイツのリスト音楽院室内合唱団、そして《EST》の4団体ということだ。我々の出番はいちばん最後である。今日はグラン・テアトルのピアノ付きの練習室が使えるので、いつものホテルではなくグラン・テアトルに向かう。9:00 から10:30 まで練習。曲目は事前に登録しておいた柴田南雄の「三重五章」序章、バードのCibavit eos 、プーランクのト長調ミサからSanctus 、間宮芳生のオンゴ・オーニに、2曲だけすでに演奏した曲目を入れられることになっている。ガビランの曲はきのう失敗しているので、詞華抄Uとhope faith life love・・・ を加えた6曲とした。練習場はあまり響かないので、本番の練習にはもってこいだ。みんなもグランプリだということでテンションが高まってきている。10:30 になっても次の団体が来ないのでずうずうしく練習を続ける。結局11:00 まで練習して次の団と交代した。

 グラン・テアトル近くの大学の教室に帰り、「三重五章」の会場の使い方について打ち合わせをする。「三重五章」はシアターピース作品で客席を歩き回って歌うのだが、1階の客席は前と後に通れるスペースがない。縦に2本の通路はあるが2階席の下に隠れて声が届かない。これで客席を歩くのは無理と判断し、ステージ上を歩いてまわることとする。ただできるだけ会場全体を使うため、先唱の2人は2階席から歌うこととなった。13:00 まで昼食休憩。アンちゃんらといっしょに市庁舎近くのブラッスリーでパスタをいただく。フランスのパスタは棒状ではなく、きしめんの様に平べたい。大学で13:00〜15:00 まで午後の練習、続けて更衣。最初の三重五章は青い法被を着ることになっている。15:30 に大学を出発、グラン・テアトルの舞台裏で待機。ドイツのリスト音楽院合唱団のマルタンの二重ミサが聞こえている。先唱は2階席へ、男声は客席の扉へスタンバイ。16:00 いよいよ我々の番だ。F本君のソロが2階席から美しく響く。客席は何が始まったのか興味津々で見ている。N島さんのソロに続いて各パートの歌い手がどんどん加わって重厚な響きがつくられていく。最後ステージに勢揃いすると客席から万雷の拍手だ。法被を脱ぎ捨ててCibavit eos 、Sanctus 、詞華抄Uと歌っていく。次はピアノ伴奏付きのオンゴ・オーニ(ピアノ伴奏と言うより、ピアノとの協奏と言った方がいいかも。)だ。この曲をどう感じてくれるのかと思ったが、前衛的な作品にもかかわらず演奏後歓声と大拍手がわき起こった。この曲にこんなに反応してくれたのは初めてだ。そして最後は我々の18番、hope faith life love ・・・。最後の和音が決まると会場いっぱいの大きな拍手が返ってきた。このコンクールに来て一番の観客の反応だ。演奏後外へ出ると、ホールから出てきた多くの人々から「すばらしかった」と口々に声をかけられる。コンクールの役員の方からは南フランスへの演奏旅行の招待を受けた。またオーケストラの指揮をしているという方からは、「君たちだけが唯一、会場全体をうまく使い切っていた。」「指揮者がいろいろな音色をうまく紡いでいた。」との言葉をいただいた。ホール前のカフェではすでに祝杯を挙げている団体もあった。

 大学の教室へ戻り更衣後、夜の野外コンサートで歌う「ふるさと」の練習をする。

17:20 引き続き表彰式が行われるということで、グラン・テアトルへ。Masaokunと私はステージへ、他の団員は客席に陣取る。17:30 より表彰式開始。まず参加確認証とバラの花が各団体に送られる。続いて各賞が順番に発表されるが、フランス語なのでさっぱりわからない。とにかく「〜EST,Mie」と言われたら反応したらいいらしい。ステージ上で何回も呼ばれたのだが、何の表彰かわからず、賞状を見てからワンテンポ遅れて喜ぶことの繰り返しだった。もらったのはカテゴリーTの1位無しの2位(リスト音楽院と同点2位)、カテゴリーWの1位、ルネサンス部門の「ロンサール賞」、最も聴衆に支持された団体に贈られる「聴衆賞」の4枚の賞状をいただいた。さあ、いよいよあとはグランプリを残すだけだ。しかし、ここであっさり表彰式は終わってしまう。どうやらグランプリは夜の野外コンサートの後発表されるらしい。

 表彰式後、近くの大学で更衣する者とホテルに帰って更衣する者に分かれる。19:00 にホテル・リュニヴェール前に集合だ。野外コンサートは民族衣装の着用を促されており、女声は浴衣、男声は法被で出場する。市庁舎前広場の周りを自動車通行止めにし、大勢の観客を入れて、市庁舎前の仮設ステージでコンサートを催すのだ。《EST》は最後の出演である。19:00 にホテル前に行くと、すでに国内団体の演奏が始まっていた。どの団体も1曲のはずなのに何曲も歌っている。しばらく見学してから我々は出演のため市庁舎裏で待機。浴衣がめずらしいのか、他の団体がさかんに写真を撮らせてくれと言ってくる。いろいろな団体と入り乱れて何回も記念撮影。20:00 過ぎにトリとして我々の演奏だ。「ふるさと」をしっとりと聴かせる。演奏後ステージに残るように言われ、残っていると司会者が何やら話し出す。話の最後に「〜Mie」の言葉が聞こえ、観客から歓声が上がった。何のことやらキョトンとしていると、賞状が一枚渡された。見ると「グランプリ」と書いてある。ワンテンポ遅れて団員同士抱き合って大喜びとなった。客席から手拍子が起こり、アンコールにhope faith life love・・・ を演奏する。演奏し終わると司会者があと2曲やれと言う。続けてO magnum とQue rico e を演奏し、万雷の拍手の中ステージを後にした。ステージ下で封筒入りの賞金をキャッシュでいただく。3810ユーロ入っていた。

 その後20:30 から市庁舎内で出演団体のレセプション・パーティーが開かれた。パンやサンドイッチ、フルーツ、スイーツ、そしてミネラルウォーターとワインも用意されている。各団体と食事をしながら交流。みんながお祝いの言葉をかけてくる。役員の方からは南フランス演奏旅行の正式なオファーがあった。また、マリボー(スロベニア)のコンクールへの招待も受けた。そのうち各団体が自主的に合唱を披露し始める。どこも相当の実力だ。一人一人の力量は我々よりはるかに勝っていると思う。《EST》もプーランクのSanctus とEl guayaboso を披露した。各団体が引き上げても、名残惜しそうに最後まで階段の踊り場で歌っていたリスト音楽院合唱団が印象的だった。

 歩いてホテルに帰ると、ホテルの1階の廊下を占領してスウェーデンの聖ヤコブ教会合唱団のメンバーが宴会を始めていた。その中に近々名古屋に短期留学でやってくるという青年がおり、ぜひESTを見学に行きたいと言っていた。ESTの若者達も宴会に合流するつもりらしい。私は疲れていたので、シャワーを浴びて24:00 に就寝。


 6月1日(月)
  
      公園でラジオ局の取材                サン・マルタン聖堂               旧市街の町並み

 8:00 起床、8:30 朝食。みんなに聞くと昨夜2:00 頃に非常ベルが鳴って飛び起きたという。表まで避難した人もいたらしい。私は全く気がつかなかった。食事をしていると、今朝帰国するN島さん・まめちゃん・Y本さんを駅まで送りに行ったmasaokunが、駅でついでに新聞を買ってきたと言って見せてくれた。昨日の野外コンサート後のグランプリ発表の場面が写真入りで載っていた。各賞の内容もくわしく出ていた。ヨーロッパ・グランプリはアルゼンチンのメンドーサ大学が征したようだ。食事をしながら今日の《EST》単独コンサートの曲目を相談する。実行委員会がルネサンス部門の会場だったプロテスタント教会で1時間ほどの単独コンサートを用意してくれたのだ。前半は宗教曲5曲を集め、後半はコンクールで演奏していない男声合唱・女声合唱も1曲ずつ交えて世俗曲6曲という構成となった。

 久しぶりに11:00 までフリーとなる。市内観光に出かける者もあったが、私は部屋で休養。11:00 ホテルを出発。いつもの大学の教室に荷物を置く。今日の昼食は実行委員会の方が野外でピクニック形式で用意をしてくれるという。サン・ガシアン大聖堂近くの公園へ歩いて出かける。用意してくださったのはパン・野菜サラダ・ハム・各種チーズ、肉のパテ・デザート・水だ。心からのもてなしに感謝。食事中にラジオの生放送のキャスターが飛び入りで現れ1曲歌わされるというハプニングもあった。公園内では若者達がペタンクに興じていた。

 食事後プロテスタント教会へ移動し、13:10〜14:30まで練習。曲数が多いので曲をこなすのが大変だ。Bonjour は新たにI林くんが加わって演奏することになった。練習後大学の教室に戻り、更衣し待機。15:00 会場のプロテスタント教会へ。満席の観客が暖かい大きな拍手で迎えてくれた。冒頭masaokun のあやしいフランス語のあいさつの後、B場さんの司会でコンサートが始まった。前半はValde honorandus est 、Cibavit eos 、O magnum mysterium 、Sanctus 、Canticum Simeonis の5曲。後半はBonjour mon coeur 、Herbstlied 、間宮芳生の「田の草取り唄」(女声)、間宮芳生の「コンポジションY」の2(男声)、かどで、hope faith life love・・・・ の6曲。B場さんのフランス語の解説が入るので、観客も曲の内容をわかって聞いてくれるのが嬉しい。hope の最後のハーモニーがきまると、会場全体が大きな拍手に包まれた。アンコールに応えて「ふるさと」とEl guayabosoを演奏する。歌い終わると会場全体がスタンディング・オーベイションで応えてくれた。終了後教会の外では観客が口々に「すばらしかった」と声をかけてくる。観客の中には前の日にK山くんがマクドで知り合った日本人留学生もいた。

 大学の教室へ戻って更衣。お世話になった実行委員会の方に伊勢型紙のうちわを贈る。実行委員会が教会コンサートで集めた寄付のうち半分を贈りたいということで、実行委員会から一人5ユーロずついただいた。このあと実行委員会の方が市内の案内と夕食を用意してくださるという。一度荷物をホテルに置きに帰り、19:30 に大学レストラン前に集合。実行委員会の方の案内で聖マルタン聖堂・旧市街・ブリュムロー広場を案内してもらう。その後ロワール川の岸辺に降りピクニック形式の夕食だ。パン・肉パテ・フルーツ・チーズ・鶏もも肉・スイーツ・ポテトチップス・水など、実行委員会の方が用意してくれたものだ。食事をしながら豊かなロワール川を眺めていると、ここ数日間のいろいろなことが思い出される。実行委員会の二人の方にはコンサートから食事まで今日一日たいへんお世話になったが、ここでお別れだ。同じくお世話になった高校生のボランティアガイドの二人への感謝も込めて、全員で「ふるさと」を歌った。

 実行委員会の方と別れ、みんなでブリュムロー広場に出かける。22:00だというのにまだ明るく、学生や観光客であふれている。カフェに入り、名物のクレープとシードル(リンゴ酒)をいただく。名物だけあってクレープの種類はたいへん多い。演奏会が全て終了したので今夜は飲んでもOKだろう。アイリッシュ・パブでT田くん・H爪くん、M木くんらとビールをいただく。しばらくそこで飲んでから、歩いてホテルへ戻るが、途中の酒屋でビールとワインを買い、ホテルに帰ってからD井ちゃんの部屋で二次会をする。メンバーはT田くん・M木くん・N山くん・H山くん・D井ちゃん・H爪くん・T住くん。1:00まで飲みながら語り合い、その後就寝。


 6月2日(火)〜3日(水)

      トゥール美術館                 TGV                          機内食

 7:30起床、8:00朝食。食堂はリオデジャネイロ発のエール・フランス機墜落のニュースで持ちきりだ。私たちの乗るエールフランス機はだいじょうぶだろうか。11:45まで自由時間なので、部屋で荷物の整理をしてから、近くのスーパーでお土産の買物をした後、大聖堂近くのトゥール美術館に行ってみることにする。しかし行ってみると「休館日」だった。マンテーニャやルーベンスの絵画が見られるはずだったのに・・・。しかたがないので庭園だけを見て帰る。

 11:45ホテル出発。トゥール駅で先に出発するパリ観光組を見送る。駅近くのカフェでサンドイッチとビールの昼食。13:20ローカル電車でトゥール駅を出発。6日間お世話になったガイドのモナが涙で見送ってくれた。10分ほどでサン・ピエール・デ・コルプス駅に到着。TGVに乗り換える。チケットを見ながら席をさがすと、私の番号に若い女性が座っている。しかたがないので空いている隣の席に座った。約2時間ほどでドゴール空港駅に到着。2Fカウンターで搭乗手続きを機械で行う。重量オーバーの指摘を受けたが、団体だと言って勘弁してもらう。フライトは18:00だ。

 エール・フランス296便で定刻にパリを出発。隣の席が空いているので少しゆったりできる。食事は2回、夕食は日本時間の2:40(現地時刻19:40)から。献立はチキンカレー、サラダ、冷やしうどん、チーズ、チョコレートケーキ、飲み物だ。寝られそうでなかなか寝られない。映画を見て過ごす。朝食は日本時間の11:00(現地時刻4:00)から。メニューはパン、チーズトースト、クレープ、フルーツ、ヨーグルト。あまり食欲がない。飛行機は予定より少し遅れて12:50に中部国際空港に到着した。機内で簡単な質問用紙(アメリカ・カナダ・メキシコに行っていたか?または前記の国の人と接触したか?など)を書かされただけで難しい検疫はなし。サーモグラフィーのカメラは設置されていたが。空港の外貨交換所で賞金3810ユーロを日本円に換金したら、約50万5000円になった。「優勝した」という実感がわいてくる。レンタルの海外用携帯電話を返却し、レストラン街で昼食。久しぶりの日本食が嬉しい。16:00発の津なぎさ港行き高速船に乗船し、津へ。16:40津着。自家用車で家路につく。18:00自宅着。

 最後にフランスで印象に残ったことをいくつか書いてみる。まずフランス人のマナーの悪さだ。特にたばこのマナーと飼い犬のマナーはひどい。トゥールの町中でもたばこを吸いながら歩いている人をよく見かけたが、みんな火も消さずに道にポイ捨てしている。道のいたる所に吸い殻があふれているのだ。また飼い犬を散歩させている人をたくさん見かけたが、袋を持っている人は誰もいない。おかげで道のあちこちに犬の糞が落ちていて、何度も踏みそうになった。そしてもう一つ気づいたことは、フランスの歩行者は信号を守らないということだ。赤だろうが何だろうが、車が切れればどんどん渡ってしまう。ほとんど信号を見ていないと言っていい。車の方もそれを承知の上で、ちゃんと止まってくれる。歩行者優先は徹底しているようだ。

 コンクールを通じて感じたことは、参加した外国団体の一人一人の力量の高さである。レセプション・パーティーでお酒を飲んで歌っても、整った声できちんとハモらせてくる。ハモらせる感覚が体にしみこんでいる感じだ。我々一人一人の力は足元にも及ばない。しかしそれでも我々にグランプリが取れたことに大切な意味がある。私たちは声をそろえ、それぞれの曲の完成度を高めることで勝負をしているのだ。パーティーの時外国の団体から「君たちは今回の曲をどのくらいの期間練習したのか」と聞かれたので、「曲によっては3年前から取り組んでいる曲もあるよ」と応えた。相手は「僕たちは1ヶ月だよ」と言って笑っていた。この会話に象徴的に現れていると思う。

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