6時40分起床。宿舎の外を散策する。ベットーレはアレッツォから南へ30kmほど行った田園地帯で、周りは豊かな自然に囲まれている。「ポデーレ・ラ・チェッパ」は以前ワイン倉だった施設を改装して造られており、煉瓦造りの魅力的な佇まいだ。7時から朝食。ビュッフェ形式で、スクランブルエッグ、ハム、ソーセージ、生野菜、パン、ヨーグルト、ジュース、コーヒー等、盛りだくさんだ。8時30分から食堂と一部屋外も使って練習する。コンクールで取り上げる曲目は全部で14曲、その中からリークのWirindji、パレストリーナのSuper flumina、ウィテカーのAlleluia、フェラーリオのJubilate Deo、武満徹のさくら、柴田南雄の三重五章、松下耕の湯かむり唄を1曲1曲つめていく。昨日の観光が適度の疲れとなって昨晩はよく休めたらしく、みんな体調はすこぶる快調のようだ。13時前に練習を終了し昼食。外が雲一つない快晴なので、昼食は野外で頂くことにする。メニューは豚の香草焼き、生ハム、生野菜、パン、ヨーグルト、水だ。野外は暑いが、日陰に入ると涼しい。13時30分から午後の練習再開。14時まではローレのL'alto Signorを歌う少人数アンサンブルグループと他のメンバーに別れて練習し、その後は17時30分まで全体練習。山下祐加さんの「わくわく」、鷹羽弘晃氏の「解釈の試み」Ⅱ・Ⅳ、レーガーのNachtlied、プーランクのGloria、ブルックナーのChristus factus est、シェーンベルクのFried auf Erdenをさらっていく。
そのまま歩いてコンチネンタル・ホテルに戻る。会議室で着替えと昼食。ホテルの弁当はサンドイッチ二つとりんご1個、そして水だけだ。その後先ほどの演奏の反省会をする。十分な演奏ができなかった悔しさがにじむ。周りの音が聞こえにくかった反省を生かして、弧を描くような並び方に修正することとなった。13時から6部門の練習再開。6部門のCはブルックナーのChristus factus est、シェーンベルクのFriede auf Erden、DはプーランクのGloria、フェラーリオのJubilate Deo、リークのWirindji、松下耕の湯かむり唄だ。2部門の反省を生かして6部門は絶対に演奏を成功させようと、みんな気合いが入っている。14時40分まで練習し、再び歩いてピェーヴェ教会に向かう。15時からA区分3団体の演奏があり、それに続いてC区分の《EST》が出演する。15時50分に本番。2部門の反省を生かしてChristusも長いFriedeも緊張感のある渾身の演奏だ。審査員も聞き入っている様子。そして演奏が終わると2部門の時とは較べものにならないような万雷の拍手と歓声が沸き起こった。聴衆に思いが伝わったようで本当にうれしかった。(やはり《EST》は追い込まれると強い?)D部門までは時間があまりないので、教会近くの公園で湯かむり唄の並びと振り付けを確認し、他の曲も少し練習する。そのまま教会の控室に戻り待機。D区分は3番目の出場だ。16時50分に本番。Gloria、Wirindji、Jubilateと演奏は順調に進み、最後の湯かむり唄の最後の振り付けが決まると、会場から大きな歓声と拍手がわき起こった。会場を出ると何人もの外国人が「ブラボー」と声をかけてくれた。
12時に練習を終了し、歩いてモナコ広場に行きお弁当を食べる。日陰に入らないと日差しが熱い。なぜか公園にナスが植えてある。食後コンチネンタル・ホテルに移動し、着替えの後15時まで練習する。Alleluiaのリベンジをしようと気合いが入るが、声に少し疲れが見える。《EST》担当の現地ボランティアのマルコが時間が来たら呼びに来てくれるはずなのだが、いっこうに現れない。しびれを切らしてこちらから歩いて会場に向かう。今日の会場はピェーヴェ教会ではなく、市街地中心部のサンテ・フローラ・ルチッラ修道教会だ。この教会はピェーヴェよりは少し小さく、外はロマネスク様式の建物だが、中は明らかにバロック時代のもので、床の市松模様や色鮮やかな祭壇画がとても美しい。グランプリの出演順は、EST、イムジカペラ(フィリピン)、オニャティコ室内合唱団(スペイン)、ラウティティア混声ユース合唱団(ハンガリー)の順番だ。1曲目がシアターピースなので、会場が歩けるか下見をしてみる。真ん中の通路は一番前を審査員席がふさいでおり通行不能だ。残るのは客席横の左右の通路のみだが、満席のせいでにわかに左側の通路に臨時の椅子を入れ始めたではないか。これではとても左の通路は使えない。男性はすべて右側の通路を使うしかなさそうだ。開会行事が終了し、15時45分よりいよいよ《EST》の演奏開始だ。昨日は野外で効果が上がらなかった三重五章も教会中に声がよく共鳴している。Superはパートの線がよく見え、鷹羽Ⅱはその構造の面白さがうまく伝わり、そしてAlleluiaは昨日の反省を生かしたよくまとまった演奏だったのではないか。大歓声と拍手の中ステージを降り、他団体の演奏を聴く。他団体の演奏をしっかり聴くのは今日が初めてだ。イムジカペラはやはり個人の声の力と表現力が圧倒的だ。ルネサンスも現代曲もよく歌っている。ただロマン派の解釈には少し疑問が残ったが。ラウティティア・ユースはきれいに統一された声で一糸乱れぬハーモニーを聴かせてくれる。幼い頃からのコダーイ・システムによる音楽教育のたまものか。オニャティコはウィテカーのWater nightやクベルノのAve Maris Stellaを演奏しており、たいへん懐かしかった。閉会後外に出るとたくさんの人から称賛の声をかけていただいた。
さて今日演奏する曲目は司祭さんとの打ち合わせで、Jubilate、Super、Christus、Alleluiaと決まっている。主祭壇後方の2階聖歌隊席に着席し、開会を待つ。11時ミサ開会。まず開会の音楽として、Jubilate Deoを演奏する。キリスト教の本場ヨーロッパの信者さん達の前で宗教曲を歌うわけなので、緊張を禁じ得ない。なかなかこんな経験はできないだろう。ミサは司祭さんのリードで式次第に従って進んでいく。途中に幾度も挟まれる先唱者と会衆の聖歌斉唱は決してうまくはないが、高い天井に響いて美しい。聖体拝領の後、SuperとChristusを演奏する。地元イタリアのパレストリーナの祈りとロマン派の正統ブルックナーの祈りは信者の心に伝わっただろうか。1時間のミサが終了し退場の場面でAlleluiaを歌う。すると退場しかけた信者さん達が席に戻り始めるではないか。結局ほとんどの信者さんが長いAlleluiaを最後まで聴いてくださり、大きな拍手を送ってくださった。言葉を超えて伝わるものを感じ、大変感動した。終了後司祭さんからお礼の言葉と教会のキーホルダーをいただき、教会を出る。表では信者さんから「とても感動した」「Christus factus estがとてもよかった」などとうれしい感想をいただく。さて今日まで通訳としてだけでなく旅行のあらゆる面でお世話になったN田さんご家族、現地実行委員会のボランティアとして《EST》を担当してくれたキアーラとマルコのお二人と、ここでお別れである。改めて心からお礼を言いたい。