うとうととフォーチュン内の自室のベットで微睡んでいた僕は、何だか胸に重みを感じてうっすらと目を開けた。 「おはよ」 耳元で誰かの声がする。 (誰?) ぼんやりとした思考でそう考える。胸の重みが少し動いた。 (眠い……) ほんの少しだけようやく開いた目が虚ろに閉じかかる。どうにもこうにも眠くて眠くて仕方がなかった。胸の上の何かがクスクスと笑う。 「起きる時間だよ、一矢」 栗色の髪が目に入った。真っ青な瞳が至近距離から僕を見下ろしている。 「ほえ?」 情けない声を出して、僕の意識は一気に覚醒した。 「わっ、な、何!? マイ!?」 びっくりして思わず声が裏返る。寝ている僕の上に覆い被さる様に、マイが僕を覗き込んでいた。目と鼻の先というか、くっつきそうな距離感でマイの真っ青な瞳が嬉しそうな色を浮かべ、サクランボ色の唇が笑みを浮かべる。 「おはよ。朝だよ」 言うだけ言ってコトンと僕の胸に顔を埋めた。そのままマイはじっと動かない。 「や、あの。マイ?」 眠気なんて一気に吹き飛んで、僕は困惑も露に彼女を見た。栗色の頭の旋毛が視線の先に入って来る。 「お早う。……じゃなくて、僕の部屋で何してるの?」 「ん。一矢の音を聞いてるの」 「ほえ?」 またまた僕は間抜けな声を出す。 (ええっと僕の音って? うわぁ、何? 全然さっぱりわかんないよ!) 「音。ちゃんとほら聞こえる」 僕の胸に耳を当てたままマイが呟く。それでようやく僕はピンと来た。 「あ。心臓の音?」 「うん」 あったり〜と応じ、しみじみとマイが呟く。 「まだちゃんと動いてる」 「……」 「良かった」 そう言ってスリスリと僕の胸に顔を擦り付けた。どうして良いかわからなくて、僕は硬直してしまう。 (ええっと、一体全体何があったのだろう? というか何で心臓の音??) 時々マイの思考回路がわからなくなるが、この時も正しくそんな感じだった。 (どうしたんだろう?) そう思った僕に聞かせる様に、マイがポツリと呟く。 「夢、見たの。……一矢の心臓に剣が刺さってた」 「……」 「恐かった。物凄く恐かった……」 小柄な体を増々小さくしてマイが僕に縋り付く。僕はそっと抱き締めた。 「……大丈夫だよ」 「でも私の見る夢は、全部正夢になっちゃう」 「大丈夫。ならないよ。うん、絶対大丈夫」 あやす様に言って、僕はマイの髪を梳いた。 「僕は死なないよ」 「……本当?」 「うん」 意味のない言葉のやり取り。先の確約なんて絶対出来ないのに……、それでも僕は頷いていた。マイを置いて死ぬつもりなんて、これっぽっちもなかったからだ。だけど……。 (僕は夢の様に死ぬのかも……) なんとなくそう思った。 マイの見る夢は外れない。まだ一度も外れた事がない『夢見の力』。古代だったら巫女と呼ばれるような力を時々マイは発揮する。だからもしかしたら……。 (そうなるのかも知れない) これは正に一種の死の予言だ。でもそれを聞いても少しも恐いとは思わなかった。先の未来を決めるのは予言の力ではなく、僕自身の選択だ。ならばそれを選ぶ時、僕はきっと後悔なんてしないんだろう。 「マイ……」 「ん?」 「その夢見、僕が外してやるよ」 「……うん」 小さな声で頷き、マイが半身を起こす。そして僕を見下ろして笑った。 「一矢ならきっと外すね」 「当然だろ?」 ふてぶてしく笑って、腕を伸ばす。壁に手をついて僕は漸く上半身を起こした。 「改めてお早うマイ」 「うん、お早う一矢」 満足したのかそれとも不安が解消されたのか、マイはにっこりと笑って横にどいた。花が綻ぶような可憐な微笑みだった。 僕はそれに満足して、両手を上げて大きく伸びをする。宇宙船の狭い寝台に寝ていて、ガチガチに固まった体が少しだけ楽になったような気がした。 それからベットを降り、着替ようと上着に手をかけて、ハタッと気付く。 「マイ、着替えるから外出てて」 「ん? 私は気にしないよ」 離れる気がないのか、クルリと僕に背を向けてマイはそう告げる。 (……マイ、僕が気にするの!) 心の中で叫びつつ、僕は上着を脱いだ。 (何言ったって多分全然効果ないんだろうけどさ。凄く問題だと僕は思うよ、うん。絶対何か間違ってるよ) ブツクサ文句を言いつつ、僕は着替えを取り出す。 狭い宇宙船でかれこれ半年以上共同生活を送っているから、いい加減慣れて来るけど、仮にも女の子がこんな事でいいんだろうかと、僕は少々虚ろな疑問を持った。 (いや別に何かしようとかは思わないけど。……っていうか、実は僕ら物凄く朝からヤバイ状況だったのでは? 寝ぼけていた僕に引っ付いていたとはいえ、マイといい僕といい接近し過ぎだったような……。ついでに何かしてなかったか僕?) 今更ながら一気に顔が赤くなる。着替えの手が思わず止まってしまった。 (…………最近、理性の限界に挑戦しているような気がしてくるよ。戦争中なのにこんな事でいいのだろうか?) バクバクという心臓の音を僕は自覚する。脈拍に大きく乱れはあったが、僕の心臓は今の所順調に動いていた。
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