

この山門は、天命の大火 天明8年(1788)で消失した後、文政元年(1818)に禁裏(御所)より拝領したもので、両袖(小門が両方についている)番所付きは、稀に見る格式高いものです。
御所塀といわれる横5本の白漆喰の線が入った塀も、禁裏から許されないと、建造できなかったようです。
山門は薬医門と呼ばれ、通常前側2本、後ろ側2本の4本の柱で屋根を支えるのですが、薬医門は屋根の中心が棟の中央に位置せずに、やや前方にきます。
そのため、前方の柱が太く加重を支える構造になります。
妙蓮寺の薬医門は2丈6尺(約8m60cm)の大きな門です。
(後方) (前方)

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