「風といっしょに」


 「アレン、何やってんだい?」
「ん……」
「何を地面に書いてるのさ? アレンって落書きをするような子供だった?」
「ん……」
「なんだよ、生返事ばっか…… その無愛想、直した方がいいよー」

 風のマントを羽織ったままのローレシア王子、アレンは棒で何やら地面に図形を描いていた。それを肩越しに覗き込むはサマルトリア王子、コナン。

 「あの風の塔、昔は吊り橋で繋がってたんだろ?」
「ん? ああ、そうらしいね」

 アレンは棒の先を双塔に向けた。それらは二つまとめて風の塔と呼ばれている。その間を激しく渦巻く海峡が横たわっており、名前の所以となった強い風も休むことなく吹き荒んでいる。今しがたこの塔から自分達は風のマントの力によって降りてきたのだ。

 「何故、脆弱な吊り橋じゃなく石造りの橋を架けなかったんだ?」
「は……?」
「吊り橋なんてすぐに吹き飛ばされる。潮風で劣化も激しい」
「え、まあ……」
「点検や交換が頻繁に必要な吊り橋はその度に作業員を危険に晒す。だが、石橋なら建設の手間は掛かるが、数年おきの定時点検で済む」
「はあ…… まあ、ね……」

 コナンは顔に浮かんだ大量の疑問符を風の中へ吹き流すばかり。この同年の王子の思考回路はたまに理解し難い動きを呈すのだ。

 「この塔もそうだが、この間のローラの門も」
「は? へ?」
「これらはきちんと管理してなかったから、魔物に占領されてたんだろ。我々人間の技術で造ったものを魔物にいいようにされて悔しくないのか?」
「そう言われたらそうだけど…… それが……?」
「橋の設計やローラの門の整備、その物資や費用がどの位掛かるかなって…… まあ、こんな所でする暗算では大雑把すぎて話にならなかったがな」
「橋の設計を暗算って…… アレン、出来るの?」

 アレンは何をつまらないことを言った色を一瞬瞳に浮かべたものの、何も言わずに手にした棒をぽんと無造作に投げ捨てた。

 「ローレシアは近年、学術や技術発展に力を注いでいる」
「え? 何?」
「うちは魔力に恵まれる者が少ない。だから、身体を鍛えるか文芸や技術を磨くしかない。魔法は年老いても威力は衰えない。性別や年齢も関係ない。実際に魔法使いは年配者の現役も多いだろ?」
「うん。そうだよねぇ」
「身体をいくら鍛えようと年を取れば戦力にならなくなる。女子供の体力では満足には戦えない」
「それが? ローレシアはそういう国だから、それで良いんじゃないの? 元気溌剌、活気に満ちた良い国じゃないか」

 コナンはアレンの自嘲めいた話を取り為すように穏やかに笑った。アレンはそれが気に入らなかったのか、少しきつい口調で斬り返す。

 「魔法と同等の威力を発する道具があれば、年寄りでも女子供でも身を守ることが出来るだろうが」
「……え? ああ、うん。まあ、そう言われれば、そう…… かな?」
「ローレシアは様々な技術知識や芸術文化を取り込み、将来的にはそれらを昇華させて国の基幹産業とするつもりだ」

 アレンの話に圧倒され、コナンは降参とばかりに肩を竦めて笑う。

 「それは…… そういう点はサマルトリアも見習わないと駄目かもね」
「サマルは穏やかな気候で豊かな土地が広がっている。今ある精霊の加護を大切に守り、農業と畜産を発展させるべきだと俺は思う」
「ムーンブルクは?」
「ムーンブルクは…… 魔力と精霊の加護に頼り過ぎた。魔力に頼り過ぎて兵士の鍛え方をなおざりにしていたから、魔法を封じられた途端に瓦解した」
「手厳しいねぇ……」
「それって、魔法を随分と格下に見てるってことじゃないかしら?」
「アイリン」

 背後からの硬い声に王子達は揃って振り返った。そこには風に乱れる金髪を押さえながら立つ少女がいた。ムーンブルク王女、アイリン。その紅瞳には憤怒に近いものが踊っている。

 「魔法で解決出来ないことはないと高を括っていたのは事実だろ?」
「私はそんな風に思っていないわよ」
「確かに、アイリンは違う。が、大臣や神官達はそうじゃなかった。精霊が愛してくれる我々の柔軟さを見失い、その綻びをハーゴンに付け込まれた」
「そうよ、私がもっと……」
「アイリン……」

 力無く俯いたアイリンの肩をコナンが優しく支え、言い過ぎと咎めの視線を向けられたアレンは居心地悪そげに身動ぐ。

 「ムーンブルクを守れなかったローレシアも愚を犯したと悔やんでいる」
「ローレシアがかい?」
「うちはムーンブルクを心から敬愛している」
「……」
「いや、これらは崇拝に近いと言っていい。我々が体力、技術を磨く原動力はムーンブルクを守るためだからな。今回、何のためにロトの剣を受け継いでいるのかと嘆く国民の声は大きかった」
「アレン…… あの……」

 ぼそぼそと呟かれた言葉にアイリンが顔を上げた。まじまじと見詰められたアレンはぷいっと顔を明後日の方向へと逸らす。その間をコナンの微笑みと明るい声が繋ぐ。

 「僕のサマルトリアも似たような感じだ。盾が盾の役を担ってないってね。アイリンがロトの鎧によって辛うじて守られていて良かったよ」
「ああ、そうだな」
「君が、王女が生きていただけでも、両国は国挙げて感涙ものなんだよ。 城は陥ちたかもしれないけど、国民の全てが死んだ訳じゃない。君が残ってさえいれば、ムーンブルクは必ず立ち直れる。ね? そうだろ、アイリン」

 アイリンはその場に座り込み、抱えた膝に顔を埋めてしまった。

 「ムーンブルクは元来が精霊と神々に愛された美しい国だ。すぐに巡礼や観光で立ち直れる。ロト三国でお互いに足りない所を補って行けば、末永い繁栄も夢じゃない」
「そうだよ。ね? 我らが未来の女王様。早く平和を取り戻さなくちゃね。いつまでも泣いている暇はないんだよ」
「……」
「アイリンはロト三国の心の拠り所だ。そのための力はいくらだって貸す。だから、心配するな。泣くな」

 不器用極まりない手で頭を撫でられてもアイリンは顔を伏せたまま。嗚咽を堪える肩が時折激しく上下するだけ。しかし、アレンはそれに気付いてるのかいないのか、仏頂面の同じ調子で手を動かし続けていた。

 「そうよね、二人の言う通りだわ。私がしっかりしなきゃね」

 ややあって、アイリンは膝を抱えたまま顔を上げた。

 「サマルトリアには美味しい農作物をいっぱい貢がせて、ローレシアには最新の技術供与をしていただくわ。そして、我がムーンブルクは精霊と神々の恩恵を目一杯届けるわ。それで文句ないわよね?」
「サマルトリアはとびっきりの作物を収めるからね。ローレシアにもうんと体力がつくようにガツガツ食べてもらうよ。腹が減っては戦は出来ぬってね。ロト三国の胃袋はサマルトリアに任せて」

 コナンが二人の肩を叩きつつおどけてみせると、アイリンに柔らかな笑顔が戻っていた。アレンは紅玉の瞳に残る涙を拭い、その身体をぐっと引っ張り上げた。そして、どこか挑戦的な笑みを浮かべて言い放つ。

 「魔法で解決出来ない難しい案件や技術は、真っ先にローレシアに頼れ。つまらない見栄や嘘はロト三国間では一切なしだ。いいな?」
「あなたの信望する各種技術と、この世の理である魔法とのよりよい融合を私は心から願うわ。そして、そこから生まれるものが、皆に幸せをもたらして くれるものであることを期待します」
「女王の御心に添うよう、精進致しましょう」

 アレンが恭しい仕草で頭を垂れると、アイリンとコナンは顔を見合わせて小さく吹き出した。

 「相変わらず、四角四面の完璧な返答過ぎてつまらない人ね」
「そうだよね。もう少し洒落っ気を混ぜて捻った方がいいよねぇ」
「そんなとこまで頭は回らん」
「難しい計算はくるくるとよく回る頭なのにねぇ」
「ほっとけ! 人の心は方程式じゃないんだからな」

 三人の笑い声は風に乗り、二つの塔の間から突き抜けるような青空へと舞い上がっていった。