「女の子ですから」


  「勇者ちゃん、姫様。おいで! 髪を結ってあげる」
「勇者ちゃん、姫様。いらっしゃいな」
「え? なあに?」
「マーニャ姐さん、ミネア姉様。お呼びですか?」
「呼んだ、呼んだ。二人共、ちょっとこっちにお座りよ」

 美しき姉妹の招きに子犬と子猫のような少女達が駆けてきた。きょとんとする少女達の鼻先でマーニャは小瓶を楽しげに揺らす。

 「トルネコのおじさんの商売相手の方にもらったの」
「それは何?」
「ヘアオイルよ。これ、結構な上等品よ」
「ここしばらく強行軍だったでしょ? 良い機会だからみんなで髪のお手入れと洒落込みましょうか?」

 ピンと来ていない翠髪の少女にマーニャはウィンクを飛ばし、ミネアはアリーナに微笑みかけた。

  「一国の姫様にしたら、はした品ですけどね」
「私、髪の手入れをしたことなくてよく分からないわ」
「嘘ぉ? 冗談でしょお? いゃあねぇ~」
「それ、本当ですか姫様」
「アリーナはいつも綺麗にしてるじゃない。その色艶は普段のお手入れがないと出ないものだと思うんだけど? 毎日丁寧にブラッシングしたりしてるんでしょ? それで何もやってない?」
「えっとね、昔からクリフトが……」

 一同の驚愕に戸惑いつつ、髪を指に絡めてぽそぽそと零れ落ちてきた名に一同は納得の溜息と肩を落とす。

 「ただの朴念仁かと思えばっ! あの顔は表の顔かっ! 何気に美味しい所を持って行ってんじゃないのよっ!」
「姫様に合う方法を色々と考えてるんでしょうね」
「時々複雑に髪を結い上げてるよね。あれも? クリフトが?」
「ええ。暑くなる日とか、朝に余裕がある日にはね」

 爺さんはそこのお咎めは無しかっと姉妹達が地団駄を踏む。そして、首を傾げるアリーナの肩に勇者がぽんと手を掛けた。

 「うん、今だから言うけどさぁ。私、初めてアリーナに会った時、男の子と思ったんだよね。あの時のアリーナ、髪を編み込みにして帽子に収めてたでしょ? 強い美少年が現れたと思ったもん」
「え? ええーっ! 嘘ぉ~ ひどーい!」

 アリーナの憤慨ぶりに勇者は弾かれたように笑い出した。

 「クリフトさんはその方が心配の種が減る訳ですしね」
「大事な姫さんに集ってくる小虫は減らしたいもんね。美少年と勘違いさせてでも、姫様を守りたいか…… でもさ、姫様に敵う男なんてそうそう居ないから心配ないのにねぇ? 心配性もそこまで来れば褒め称えたくもなるわよねぇ」
「私…… あの……」
「そんな顔しなさんなって! 大切にされて羨ましいなって話よ」
「ごめん、ごめん。アリーナを困らせるつもりは無かったのよ。 クリフトさんがそう思わせるよう仕向けてたって話なんだから。アリーナはそうやって手を掛けてもらうのが一番幸せなのよ」
「ええっと…… うん」
「そういうこと」
「でも、今日の姫様の御髪は私達のものですからね」
「そうそう、あの朴念仁だけに良い思いはさせないわよ」
「さあ、姫様。こちらに。勇者ちゃんも」

 ミネアは優しく微笑み、唇を尖らすアリーナとまだ笑い転げている勇者の肩を押して座らせた。




 「アリーナの髪って本当に綺麗よね」
「お母様のような白金なら良かったけど、お父様に似ちゃった」
「アリーナの髪はカーネリアンの赤よね。角度によってオレンジに映えたり、黄色や茶色にも見えるもの。不思議な色よね」
「ありがと、勇者ちゃん。そう言ってもらえると嬉しい」
「マーニャ姐さん、ミネア姉様の御髪はアメジストの滝よね。瞳は黄金のトパーズ。そして、溜息が出ちゃうそのお身体……」

 少女達の羨望をマーニャは明るく笑い飛ばす。

 「これでも二人共に見てくれ商売だからね。髪だけじゃなくて、色々と陰では気は遣ってるのよぉ」
「マーニャ姐さんは当然としても、ミネア姉様が?」

 少女達が目を丸くして身を乗り出して来るのを受け、ミネアはゆったりと微笑んだ。

 「姉さんは派手な衣装と、どぎつい化粧で誤魔化せるけど、私は信用第一の占い師ですもの。見てが綺麗な者の言葉と、不潔な者の言葉とではどちらを信用します?」
「ああ…… うん。言われてみればそうかもね」
「なるほど」
「ふーんだ。占い師なんて、口八丁の詐欺師と紙一重じゃない」
「んまぁぁぁっ!」

 マーニャの横槍にミネアの目が吊り上がる。

 「あらぁ、図星ぃ? ごめんなさいねぇ~」
「姉さんでも言っていいことと、悪いことがあるわよ! 私はね、 その方が欲しがっている言葉を探してお届けしているんですっ!」
「いやいや、その欲しがっている言葉というのが本当かどうかなんて分かんないじゃないのよ。だったら、カジノで一儲けできる数字をあたしに教えなさいよ。そうすれば、裕福な旅が出来るわ。 これってみんなが望む言葉じゃないの? ねぇ? 勇者ちゃんも姫様もそう思うわよねぇ?」
「えっ? あの…… いや、その…… どうかなぁ? はは……」
「えっと…… そのぉ……」
「私の占いをそんな下賤なことに使わないでっ!」

 バチバチと飛び散る火花に少女達は苦笑を零す。

 「まあまあ…… お二人とも落ち着いて」
「そうそう、つまらない姉妹喧嘩なんてしないでよ。とびっきりの美人が台無しよ」
「そうそう、怒る顔は全然綺麗じゃありませんよ」
「その点、私なんて良い所なしよ。この髪はくるっくるの癖っ毛でブロッコリーかアスパラガスの葉っぱだもん」
「どこのどいつよ、人様の髪を野菜に例えた奴わっ!」

  勇者の溜息を吹き飛ばす勢いでマーニャが声高く吠える。

 「勇者ちゃんの髪はアベンチュリンよね。ふんわりと柔らかで可愛らしいわよね」
「わ、私が可愛い? やだ、そんなこと……」
「今まで勇者ちゃんを可愛いと言ってくれる人はいなかったの? まあ、見る目のない人ばっかりだったのね。失礼しちゃうわ」

 アリーナの言葉に勇者の瞳にふと寂しげな翳りが射した。

 「いなかった訳じゃないけど…… もういないから」
「え? あっ…… こめんなさい、勇者ちゃん。私……」
「ううん。気にしないで。今はこうしてみんながいるもの」
「前にいたなら、これからあんたに可愛いと言うのは私達の特権ね。さあ、前を向いた、向いた。うんと可愛くしてあげるわよぉ」
「マーニャ姐さん、私は可愛くなんか……」
「あのね、勇者ちゃん」

 連続しての可愛いという言葉に照れる勇者の耳元に頬を寄せ、マーニャは低い声で妖艶に囁く。

 「じたばたしないの。よくお聞き。あんたはね、自分が思うよりずっと素地は良いの。軽く手を掛けただけでそこらの男は放っておかなくなる。ここはひとつ、このマーニャ姐さんに任せなさい」
「えっ…… ああ、はい。お願いします」
「うむ。女の子は素直がよろしい」

 勇者は鼻歌交じりに髪を梳かす指に身を委ねた。これ以上、この姉妹に抗うことは禁忌。戦闘よりもこっちの方が数万倍も怖い。

 「姫様の三つ編みって見たことないわね? 高い位置でのツインテールも悪くない? リボンもいいわねぇ。ああん、悩むわぁ~」
「ミネア姉様? あの? ええっと……」
「この御髪を独り占めなんて、クリフトさんは本当にずるいわね」
「ミネア姉様? なんかいつもと雰囲気が違いますよ?」
「クリフトさんが誰にも触らせずにいた気持ち、分かるわぁ……」
「ミネア姉様……」

 アリーナの方もミネアの妙にうっとりとした物言いには勝てずにすぐに口を噤んでしまった。

 やがて、横目で交わし合う目には仕方がないねぇ、という言葉が 苦笑と共に浮かんでいた。