出演 妻夫木聡、池脇千鶴
監督 犬童一心
脚本 渡辺あや


いつかあなたはあの男を愛さなくなるだろう。
と、ベルナールは静かに言った。
そして、いつか僕もまた、あなたを愛さなくなるだろう。
われわれは、またもや孤独になる。
それでも同じことなのだ。
そこに、また流れ去った一年の月日があるだけなのだ。
ええ、わかってるわ。と、ジョゼが言った。

(フランソワーズ・サガン 『一年ののち』 作中より引用)
1987年に書かれた田辺聖子の原作は、30ページにも満たない物語だ。だがこれは原作を薄く引き延ばした作品ではなく、むしろ一部の重要なエピソードを省き、幾人かの新しい人物を配して精緻に再構築された作品である。故にタイトルとなった虎と魚のエピソードについて、映画で加えられた「ジョゼの独白から」虎は残されなければならなかったし、魚(水族館)は省かれなければならなかった。

恒夫(妻夫木聡)はバイトとオンナのコに興味の大半を占められる、ごく普通の大学生である。彼はある朝、脚の不自由な少女に出会う。少女の知る世界は狭い長屋と老母が拾ってきた雑誌や本、そして薄暗い朝の散歩だけ。それが、ジョゼ(池脇千鶴)と名乗る少女の全てだった。恒夫は不思議な空気を持つジョゼに惹かれる。ふたりの日常が始まり、ジョゼの世界は少しずつ色彩を増していく−。

「うち、好きや…。あんたのことも。あんたのすることも。」

池脇千鶴は諦めとも見える朴訥さで日々を過ごすジョゼの変化と、幼子の様な瑞々しさで世界を見つめるジョゼを熱演した。妻夫木聡は地に足の着いた演技でどこにでもいる青年の優しさと愛しさと、そしてズルさを演じた。特に彼の涙無くしてはあの結末は成立し得ないし、映画を見直した時に冒頭で彼が語る「これってもう、何年前だっけ…」のセリフと共に映画の印象をより一層際だたせことになる。池脇演じるジョゼにとって映画の中で表現された時は、決してまばゆいばかりの青春ではない。恋愛の甘さと僅かに残る苦み。つらいでも悲しいでもなく、こみ上げる切なさ。

幾重もの感情が物語の中に丁寧に織り込まれ、日常の美しさを捉えた映像と共に、くるりの音楽が物語を包む。映像的なカタルシスも無ければ、日常を劇的に変える物語も用意されてはいない。だからこそ、我々はこの物語を隣にある日常として捉え、切なさを胸に感じるのだろう。

余談だが映画の余韻に浸りながら、くるりの『ハイウェイ』が流れるクレジットを眺めていると驚きの名前を目にした。彼の名は西田シャトナー。芝居に興味の薄い方はご存じないだろうが、怪優・腹筋善之助を擁し、『白血球ライダー』で演劇界に衝撃を与えた惑星ピスタチオ(現在は解散)の脚本家であり、演出家である。一度目は存分に映画の空気に浸り、二度目には組み上げられた物語の精緻さに驚き、三度目辺りになれば彼がどのシーンに出演しているのかを探すのも、一興かもしれない。
この愛しさは、どこへ流れていくのだろう。